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『『『『都市と暴動の民衆史 ―― 東京・ 1905 - 1923 年 ―― 』』』』 TAKAYANAGI Satoko

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96

高柳 聡子

TAKAYANAGI Satoko

藤野裕子著

『 『 『

『都市と暴動の民衆史 ―― 東京・ 1905 - 1923 年 ―― 』 』 』 』

(有志舎、

2015年)

Toshi to bōdō no minshūshi: Tokyo, 1905-1923 (A People’s History of Cities and Violence: Tokyo, 1905-1923). By Fujino Yūko. Yūshisha, 2015.

本書は、1905 年の日比谷焼打事件から 1918 年の米騒動までの間に起きた 民衆による暴動が、1920 年代の普通選挙運動の活発化によって秩序化されて いく過程をつぶさに追いながら、民衆の暴力行使と社会秩序の相関性に迫る ものである。2015 10 月に刊行されて以降、さまざまな媒体で本書を評価 する書評を目にした。さらには、地方自治や都市問題に関する優秀な研究に 対して贈られる藤田賞を受賞している。

日比谷焼打事件は、日露戦争の講和条約に反対する人々の集会に端を発し ているが、その背景には、政治集会の屋外化というこの時代の新たな現象が あったという。そのおもな舞台が日比谷公園である。日露講和のような外交 問題への抗議から電車の賃上げ反対要求まで、政治的な問題が発生すると屋 外での集会が開かれ、そのうちのいくつかが暴動へと発展していった。藤野 は、こうした事象を、従来の大正デモクラシー史研究に抗う姿勢で、暴動を 起こす民衆の本質に迫ろうと切り込んでいく。

本書では、自身によってはほとんど記述されることのない民衆の言葉が、

裁判記録や警察の証言などから丁寧に拾い上げられている。それらの記録に 併せ、膨大な資料から、個々の暴動のプロセス、参加した民衆の年齢層や職 業、居住地域などが示され、それによって、この短い期間の暴動の主体とな った民衆という概念が意識と身体性を伴ったものとして可視化されていく。

だが、彼らの意識や身体性は確固とした普遍性を持つものではない。絶え間

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書評

97 なく揺らぎ、時に消失しながら、集団としての人格を呈するのである。議論 は、関東大震災時の朝鮮人虐殺にまで至り、国家の犯罪性と都市暴動の共通 性と差異を指摘しながら、出来事の凄惨さが肉付けされていく。

民衆のこうした身体性は、「男らしさ」というジェンダー規範を導入した 分析により、さらに具体的なものとなる。暴動に参加した人々のほとんどが 労働者で、若い未婚男性であったことを踏まえ、彼らの生活文化、労働にお ける人間関係にも視線が向けられる。そうした環境の中で、彼らの世界に独 自の「男らしさ」の体系が存在したとし、それにより、日本社会における

「男らしさ」の多元性も示唆されている点は興味深い。このとき藤野は、よ り明確な考察のために、民衆の生活を日常、暴動への参加を非日常とし、そ の連関性を突き止めようとしている。本書が提示するテーマ、展開された議 論は、どの読者にも非常にアクチュアルなものと受け止められることは間違 いないように思う。

専門外の一読者という立場から敢えていうなら、先行研究の否定への力点 が強く、藤野自身の論がそこへ埋もれがちなことがやや気になった。本格的 な研究書ではあるが、本書を機に民衆史の領域に初めてアプローチするとい う読者も多かろう。そうした読者にとっては、藤野自身の切り口からの歴史 記述を存分に展開してほしかったという思いが残るが、それは、今後の研究 に期待するものとしたい。とはいえ、秀逸なことに、本書では先行研究が欠 いた視点を指摘しつつも、それらへの深い関心を読者に促す記述がなされて いる。読後には、民衆史のより大きな領域への関心が開かれることになろう。

蛇足ではあるが、ロシア研究者の立場から付け加えさせていただく。日比 谷焼打事件については、宣教師ニコライの日記にも記述がある(『宣教師ニ コライの全日記』中村健之介監修、教文館、2007年、第8巻、216-220頁)。

1905年の95日から7日にかけて(日記の日付けはロシアの旧暦で記され ているため8 24日から26日)、ニコライはいつもよりも長い日記を書い ている。〈民衆の怒号がしだいに近づいてきた。多くの兵士が下の門に走っ

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書評

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ていった。ついに群衆は怒号や金切り声を立てて、門前で止まり、門に突進 し始めた。内と外から門を警護していた近衛兵が、門を護りながら群衆を説 得した。鋳造製の門は重圧に耐えたが、鍵だけ壊れた。しかし、鉄輪は耐え た。何千匹もの猫の声のような叫び声や悲鳴が長くあがっていたが、その後、

群衆は叫ぶのをやめて、脇に退いていった〉(217頁)。さらに、プロテスタ ントやカトリックの教会に火がつけられたことを記し、「ニコライのところ に火をつけてやらねばならないが、兵士が邪魔をする」という叫びがあった こと、「ニコライに火がかけられる」という張り紙が市中の各所に現れたこ と(218 頁)、ついには、「ニコライが殺された」という噂が市内に流れた

(219頁)ことを記録している。

個人的な感慨かもしれないが、日露戦争は、世界史においてもっと大きく 位置づけられるべきではないかという思いを強くした。また、1905 年から 1920 年代末まで、日本もロシア(ソ連)もこの戦争を機に、政治体制のみな らず、民衆の意識と身体性にいまだ記述し切れぬ影響をもたらしたのだと考 えることができたのも本書のおかげである。著者のたゆまぬ努力と研究への 姿勢に敬意を表したい。

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