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御嶽山噴火災害活動記録誌

⑵ 平成26年噴火の発生

 9月27日、秋の行楽シーズン の真最中に御嶽山は水蒸気爆発を 起こしました。4度目の噴火が発 生したのです。目撃された噴火と しては35年ぶりで2度目となる ことから、多くの地元住民は再噴 火と呼びました。

 この時期の御嶽山は、信者はほ とんど登拝を済ませていました が、カメラを持った一般登山者で にぎわっていました。登山者の多 くは頂上でゆっくり昼食をしよう と、朝方に山麓を出発し、お昼こ ろ山頂に着くように登ります。当 時剣ヶ峰周辺に100人以上、王滝

頂上周辺には150人以上の登山者 がいたといわれます。

 午前11時52分ころ突然大きな 音とともに噴煙が吹き出し、噴煙 はすぐに横へ広がって四方に覆い かぶさりました。噴煙によりあた りは真っ暗になり、熱風と火山 灰が気管を襲い、10cm以上の噴 石が時速300kmで頭上に襲いか かってくるのです。大きい噴石は 40cm以上もあったといいます。  頂上の祈祷所はシーズンを終え て閉鎖されており、八丁ダルミか ら剣ヶ峰の尾根は建物や身を隠す 場所がないため、行き場を失った

人が大勢いました。

 気象庁の発表では、11時41分 に田の原の地震観測点で連続微 動を観測し、11時52分に噴火が 起こっています。この間わずか に11分しかありません。さらに、 爆発音と同時に黒い噴煙が地獄谷 から一気に吹き上り、1分後には 噴石が落下し降灰が登山者に襲い かかっています。昭和59年の噴 火と異なり、最初から大きな噴火 が発生したので、避難する猶予が ほとんどなかったと推察されます。

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第2章 噴火の状況と対応

多量の土砂を含んだ噴煙 見るみるうちに高くそびえ立つ

⑶ 犠牲者の発生

 逃げ場がない暗闇の中を噴石が 襲ってくる。また、火山灰は高温 で吸い込んでしまうと気道熱傷を 起こしてしまう。そんな惨い状況 です。残念なことに動けなくなっ てしまう人が大勢発生しました。 仕方なく噴石が収まる合間を縫っ て、歩ける人は助け合いながら山 小屋に避難しました。

またたく間に広がる噴煙

一ノ池から流れ始めた灰が確認できる

頂上付近の犠牲者 32 人

一ノ池周辺 4人

意波羅山方面 3人

剣ヶ峰~八丁ダルミ 17 人

王滝頂上山荘 1人

奥の院 1人

行方不明者 5人

犠牲者合計 63 人

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御嶽山噴火災害活動記録誌

⑷ 山小屋の人々の適切な処置  幸いなことに山小屋※はまだ営 業中で閉鎖していませんでした。 従業員は適切な判断で被災者を小 屋に誘導し、頂上にも駆け上がっ て負傷者を収容し、医療関係者を 探して手当をしてもらいました。 また、前回の噴火後に備えたヘル メットを配り、飲料水や毛布を提 供しました。山小屋の建物自体は 窓ガラスが割れたほか、50cm近 い噴石が屋根と2階の床を突き 破って1階まで落ちてきたといい ます。

 室内は暗くなり火山灰が充満し、 タオルを口元に当てても息苦しく、 身を寄せ合う登山者は生きて帰ろ うと励ましあったそうです。灰だ らけになった従業員が無線で助け を呼ぶ姿に勇気をもらい、自身を 奮い立たせたという人もいました。 噴火の影響なのか、小屋によって は携帯電話が通じないところも あったようです。

 噴火が収まり始めた午後1時 20分ころ、従業員は二ノ池方面 への下山誘導を始めました。負傷 して動けない5人には従業員が付 き添って小屋に泊まることにし、 翌日ヘリコプターで無事に救助さ れました。下山を始めた登山者は、 負傷者に付き添いながら途中の山 小屋で小休止をしつつロープウェ イ飯森高原駅に着いています。  八丁ダルミにいた登山者たちも 王滝頂上山荘へ一旦避難し、ヘル メットを受け取ってから下山して います。

備えられていたヘルメットを着用し山小屋を出発する登山者(石室山荘)

噴火が収まった隙に避難する登山者(九合目付近)

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第2章 噴火の状況と対応

八合目付近の紅葉を襲う火山灰

ロープウェイから見た噴煙 降灰に覆われた石室山荘付近

八合目登山者の様子

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御嶽山噴火災害活動記録誌

⑸ 噴火の状況

 今回の噴火口は、昭和54年の 噴火口より南へ300mほど移動し ており、地獄谷噴火口から岐阜県 境である継母岳尾根を越えて岐阜 県側の北西に向かって並び、東南 方向は奥の院に向かって点在し、 その距離は1kmを越えています。 今までの噴火場所から離れて新た な噴火列ができたことは、専門家 の間でも研究課題となっているよ うです。今回は剣ヶ峰や八丁ダル

ミからは離れましたが、地獄谷西 側斜面の岩盤に火口ができたため、 噴石は剣ヶ峰方向に噴き上がり、 剣ヶ峰への被害が多くなったと思 われます。また、降灰の堆積は約 50cmあったようです。

 昭和54年の噴火では王滝頂上 裏側鞍部付近でも大きな噴火口が できました。今回は地獄谷から継 母岳尾根の県境まで長い線状に なって発生していますが、大きな

噴火口は地獄谷に集中しており、 急峻な谷底で岩を吹き飛ばして大 きな火口ができています。した がって頂上や一ノ池への噴石が非 常に多かったのではないでしょう か。

 地獄谷以外の火口は比較的小さ かったため、専門家は昭和54年 の噴火よりも規模は小さかったと 見ているようです。

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第2章 噴火の状況と対応

沢の岩も灰を被り真っ白に 車道で舞い上がる灰

車の屋根に積もった灰

ロープウェイ駐車場の様子

⑹ 降灰被害

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御嶽山噴火災害活動記録誌

翌日は北西からの風により南東に流れた

高原野菜は出荷時に水洗いして灰を落とした

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第3章

救助活動

状況

1. 救助活動の開始

2. 合同救助隊による救助

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御嶽山噴火災害活動記録誌

⑴ 避難の開始

 9月11日に役場から火山情報 の連絡を受けた山小屋関係者は、 お互いに連絡を取り合い何かあっ たら一緒に対処しようと話し合っ ていました。しかし、異変は感じ られなかったといいます。  それから2週間ほどたった9月 27日11時52分に噴火は起きてし まいました。山小屋関係者は近く にいた登山者に小屋に入るよう呼 びかけ、ヘルメットを配り座らせ ました。しかし、剣ヶ峰や登山道 にいた人たちには避難場所があり ません。山荘の携帯電話は警察・ 消防・報道機関からの着信が相次 いだそうです。

 30分後、激しい噴火が一旦収 まり、小屋の人が剣ヶ峰で無事 だった人を山荘へ誘導しましたが、 なかにはすでに厚い火山灰に埋 まった人もいました。また、その とき複数の登山者が下山を始めた

1. 救助活動の開始

ところを見た人もいたそうで、再 び激しくなった噴石により倒れた 人もいたようです。

 剣ヶ峰の御嶽頂上山荘と御嶽 剣ヶ峰山荘にはそれぞれ約40名 の登山者が避難しました。骨折等 で動けない重傷者もおり、居合わ せた医療関係者により応急処置を 受けた人もいました。

 噴火が収まってきたところを見 計らって、午後1時20分ころ従 業員が黒沢口へ下山の誘導を始め ました。最後の人が飯森駅にたど り着いたのは午後7時半近くに なっていました。両山荘には歩行 困難な4名と家族1名と、剣ヶ峰 山荘の支配人が付き添って残るこ ととなりました。

 王滝頂上から剣ヶ峰間の八丁ダ ルミ周辺では隠れる場所がなく、 わずかな岩陰で身を防いでいまし たが、多くの犠牲者や負傷者が発

生してしまいました。動ける負傷 者は王滝頂上山荘までなんとか避 難して手当を受け、山荘従業員が 付き添いながら田の原まで下山し ています。

 50人ほどが避難していた二ノ 池本館にも噴石が落ち、トイレの 屋根2箇所に突き刺さりましたが、 これによる負傷者は発生しません でした。頂上から避難してくる登 山者も含めて避難誘導がなされ、 無事に下山しています。

 二ノ池新館では、お鉢めぐりを していた登山者や、飛騨頂上方面 へ避難してきた人たちが立ち寄り、 手当てを受けて飛騨頂上に向かい、 五の池小屋に25人が避難して一 夜を明かしました。

 他の覚明堂・石室山荘・女人 堂・行場山荘もまだ営業をしてい たため、手当や体を温めるなどの 処置をして元気づけました。

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第3章 救助活動の状況

33 ⑵ レベル3 入山規制

 気象庁は27日午前11時41分、 火山性微動の観測を確認しました。 続いて52分には傾斜計に変化が 見られ、山が膨らむ地殻変動も確 認されました。上部は霧がかかっ ておりすぐには噴煙を確認するこ とはできませんでしたが、53分 に滝越の監視カメラに火砕流が映 り、噴火の確認がなされました。  12時36分には噴火警戒レベル が1から3に引き上げられ、「火 口から4km程度の範囲では、噴 火に伴う大きな噴石の飛散等に警 戒してください。火口周辺で入山 規制などの警戒をしてください。」 との噴火警報を知らせるメールが 関係県と市町村に対し一斉配信さ れました。これを受けて関係市町 村は入山規制に踏み切り、火口4 km圏内への立ち入りを禁止しま した。

 連絡を受けた関係町村や県地方 事務所・警察署・消防署・国は、 それぞれの分野で一斉に動き出す ことになりますが、山小屋に避難 者がいる情報は入っても、負傷者 の把握には時間がかかりました。 もちろん現地でもすぐには犠牲者 がいることまでは分かりませんで した。噴火から30分くらいして 屋外に出た時、状況把握ができた のではないかと思われます。木曽 消防署へは九合目半の覚明堂小屋 から電話が入り、50人くらいの 登山者が小屋に避難しているとの 通報がありました。

 安倍総理大臣は国連総会演説の 帰路で噴火の一報を受け、午後2 時半ころ「被災者の救助に全力を 挙げる」と指示を出しました。ま た、長野県の阿部知事は用務先の 伊那市から木曽地方事務所に急行

し、長野県災害対策本部を設置し ました。

 14時31分には知事から陸上自 衛隊に対し災害派遣要請がなされ、 隊 員250名、 車 両70台、 航 空 機 7機が出動準備を始めました。さ らに14時52分には木曽広域消防 本部が松本広域消防局に応援要請 しています。

 長野県警機動隊は13時55分に 12名が出動し、田の原に向いまし た。さらに14時17分には70名が 出動しています。17時前に田の原 に到着した機動隊員や消防隊員は 下山してくる負傷者がいるとの情 報から八合目付近まで登り、負傷 者に補助者をつけて下山させたり、 ライトを照らして下山場所を知ら せたりするなどの活動をしていま す。この際、現地指揮所は田の原 観光センターに置かれました。

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第3章 救助活動の状況

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御嶽山噴火災害活動記録誌

⑶ 救助要請

 県対策本部では山頂に登山者が 取り残されているとの情報を受け、 救助の準備に入りました。それに は火山性ガス検知資機材や防毒マ スクが必要となりますが、県内の 消防署などには備えがなく、全国 の緊急消防援助隊に出動を要請し、 火山性ガスの検知器を持つ東京 都・山梨県・静岡県・愛知県の4 都県の救助隊に出動を求めました。  さらに、噴煙や乾燥した火山灰 がある場合は、防塵装置が装備さ れたエンジンでないと灰が焼きつ き故障してしまうということも判 明しました。それには長野県所有 のヘリコプターでは対応できず、 自衛隊の多用途ヘリコプターでな いと近寄れないことも分かってき ました。

 自衛隊は迅速な対応で、当日夜 間には軽装甲車両や特殊車両が麓 に到着し、救助準備に入りました。 翌日には地上隊が、負傷して頂上 小屋に避難していた5名を発見し、 覚明堂上の尾根まで担架搬送して

から多用途ヘリコプターで救助し、 覚明堂付近からも12人を吊上げ 救助しました。さらに八丁ダルミ からも負傷者を収容しており、自 衛隊ヘリは7機が出動して17人 を救出しました。また地上搬送で も7人を救助しています。  県防災ヘリコプターと県警ヘリ コプターに加え、国土交通省中部 地方整備局の防災ヘリも上空から の調査を実施し、火口や降灰状況 の確認を行い、さらに翌日からは 林野庁中部森林管理局もヘリコプ ターによる現地調査を実施してい ます。28日からは長野県警ヘリ 2機が交互に上空を巡回し、山頂 周辺や火口の状況を災害対策本部 などに報告しました。

 岐阜県側でも救助隊が編成され、 28日早朝に出発して五の池小屋 に避難していた24名を下山させ、 1名は骨折の疑いがあるため岐阜 県警ヘリコプターで収容していま す。

⑷ 水蒸気爆発を発表

 気象庁噴火予知連絡会は28日 夜、火山灰を分析した結果マグマ に由来する物質が確認できなかっ たとして、今回の噴火は水蒸気爆 発だったと考えられるとの見解を まとめました。噴煙の高さは火口 から推定約7千mで、火口から南 斜面を火山ガスと火山灰などの噴 出物が混ざった火砕流が流れ下っ たと認定しました。

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第3章 救助活動の状況

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2. 合同救助隊による救助

⑴ 現地対策本部の設置

 現地対策本部は王滝村役場に置 かれ、自衛隊・警察・消防署等の 救助部隊は松原スポーツ公園に待 機し、架設テントや車両内等で宿 泊し、山頂までは自衛隊ヘリコプ ターによる輸送、または徒歩で入 山して救助・捜索活動を展開しま した。下山もヘリコプター輸送が 基本となりますが、天候によって はやむを得ず徒歩となることもあ りました。ヘリコプターは松本- 木曽間を毎日往復運航し、松原ス ポーツ公園を離着陸しました。

⑵ 捜索隊の待機場所

 黒沢口に駆けつけた自衛隊は、 ロープウェイ駐車場に集結して活 動し、その後太陽の丘公園に移動 しました。軽装甲車や特殊車両等 は六合目駐車場を待機場所とし、 王滝口の軽装甲車等は田の原に待 機して、再噴火等の緊急事態に備 えました。

 木曽町側からの捜索隊は、三岳 の交流センターや開田の旧市邨学 園宿舎を警察詰所として、また三 岳小中学校体育館や千秋閣を自衛 隊の詰所として使用しつつ、三岳 と開田に分かれて入山しました。

その後、王滝側の捜索隊とも合流 し、黒沢口を通って捜索に向いま した。

 王滝村松原スポーツ公園には、 現地本部要員や東京消防庁など4 都県による緊急消防援助隊が駐屯 し、自衛隊や警察救助隊はおんた け2240スキー場五合目八海山駐 車場に一旦集結してから入山しま した。

道の駅三岳に設置された臨時給油所

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御嶽山噴火災害活動記録誌

⑶ 頂上付近の捜索

 翌日28日、早朝5時半に救助 隊が黒沢・田の原の両登山口に召 集され、528人体制で山頂を目指 しました。黒沢口からは長野県警、 県内消防隊、愛知、山梨両県緊急 消防救援隊、自衛隊の212人が入 山し、11時半ころから救助活動が 始まりました。先頭には、有毒ガ スを検知できる緊急消防救助隊と 自衛隊科学防護隊が進み、県警山 岳救助隊らが後に続きました。ま た、岐阜県下呂市の濁河温泉から も25人の救助隊が向かいました。  祈祷所付近では、岩陰で灰に埋 まった人が多数見つかったといい ます。剣ヶ峰の山小屋に避難して いた5人は無事に発見されました が、自衛隊のヘリコプターでも噴 煙により剣ヶ峰には近づけなかっ

たため、北東側覚明堂上の尾根ま で担架搬送したうえでヘリホイス トによる吊上げ救助がなされまし た。ヘリコプターは直接木曽福島 の木曽青峰高校第2グランドに着 陸し、待機した救急車で県立木曽 病院に搬送されて手当てを受けま した。

 王滝口からは210人の捜索隊が 入山し、八丁ダルミ等に残されて いた遭難者を救助し、ヘリコプ ターで搬送しました。また心肺停 止者の人数把握や搬送にもあたっ ています。

 この日、心肺停止状態の31人を 発見し5名を搬送しましたが、 14時 こ ろ 火 山 ガ ス 濃 度 が 高 く なったため捜索を中断して下山し ました。山頂付近での捜索はヘル

メット・ゴーグル・防毒マスクや 防弾チョッキだけでなく、火山ガ ス検知器等の装備が必要であり、 かなりの重装備となります。消防 隊員のなかには防火服を着た隊員 もおり、長野県警はジュラルミン 製のシールドも持ち込み再噴火に 備えました。雨が降った後は火山 灰がぬかるんではまり込み、捜索 は困難を極めました。

 30日早朝からは、再び火山性 微動振幅が増大し、火山活動が活 発化する恐れがあるとして、八合 目付近で移動を中止し、ヘリコプ ターも離陸を見送りました。14 時20分にこの日の救助活動を打 ち切り、心肺停止状態の24人が 取り残されている頂上付近に近づ くことができませんでした。

多くの車両が駆けつけた 開田口に到着した捜索隊

ロープウェイ駐車場に到着した自衛隊車両 

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第3章 救助活動の状況

39 他県からも各種の専門車両が駆けつけた

現地でテントが設営された ベンチを集めて対策検討 ⑷ 八丁ダルミ付近の捜索

 王滝頂上から剣ヶ峰間はコー スタイムが30分ですが、海抜が 2,900mを超えています。また、 頂上に近づくほど急斜面になって くるところです。この場所も、や はり噴火に遭遇した人にとっては 隠れるところがありません。西側 から襲う噴煙から逃れようと東側 に逃げると、急な崖に落ちてしま う危険なところでもあります。  時間帯的にここで昼食をする登 山者も多かったのではないかと思 われます。何とか助かった人もい ましたが17人が犠牲になられま した。

⑸ 一ノ池への着陸

 不明者の捜索は、ゾンデ棒捜索 だけでは綿密な捜索は難しく、順 次掘り起こしながらの捜索に変 わっていきました。

 29日 か ら は 自 衛 隊 ヘ リ コ プ ターが一ノ池東端の二ノ池上に着 陸できるようになりました。この 場所は頂上にも近く、一ノ池外輪 により強風を防げる最適な場所で あったと思われます。遺体収容は 一ノ池まで人力搬送すれば、ヘリ コプターで収容できるようになり ました。

⑹ 徒歩入山による捜索

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御嶽山噴火災害活動記録誌

⑺ ヘリコプター着陸場所の確保

 ヘリコプターにより収容された 負傷者は、木曽青峰高校の第2グ ランドに着陸しました。砂埃を抑 えるため、あらかじめ散水をして 備えましたが、ヘリコプターが大 型のため風圧が強く、離陸した後 はグランドが掘られたようになり 修繕を要する事態となりました。 その後の心肺停止者収容は松原ス ポーツ公園に着陸し、救急車で木 曽町の旧上田小学校へ搬送されま した。

⑻ 木曽警察署の対応

 木曽警察署でも全員召集し、署 内災害対策本部を立ち上げて情報 収集や交通規制、入山者の把握や 問い合わせへの対応にあたってい ます。

 遺体が収容された場合の検死や 身元確認は、旧上田小学校体育館 で行われましたが、身元判明には 時間を要しました。

⑼ 木曽消防署の対応

 防毒マスクを備えた隊員は、率 先して剣ヶ峰まで登り、捜索活動 に加わりました。初日の本部は木 曽広域消防本部に置かれました が、他の救助隊との連携が必要で、 29日午後からは王滝村役場の本 部に合流して捜索に加わりました。 また、自衛隊ヘリコプターに消防 救援隊員を輸送してもらえるよう 申し出て、捜索時間を確保しまし た。

 他の消防署員は、ヘリコプター や担架搬送に備え、松原スポーツ 公園や田の原・六合目中の湯に救 急車で待機しました。

隊員輸送車両 山梨県からは火山ガス対策装備品も持参 他県からも救急車が応援に

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第3章 救助活動の状況

41 ⑽ 救護活動の状況

・木曽病院

 木曽病院は27日から大勢の負 傷者が搬送され、不眠不休の対応 に追われました。県内外からの DMAT隊 が27隊、 約130人 が 集 まって応援にあたりました。DM ATは災害医療に早く対応するこ とを目的に、訓練を受けた医師や 看護師らが5人前後でチームを 構成し、治療優先順位の判断や 応急処置などにあたるチームで す。木曽病院に搬送された重傷者 はDMATの医師が応急処置をし、 けが人は噴石による骨折や打撲な どの損傷が多くレントゲンなども 頻繁に扱われました。

 2日間で対応したけが人は53 人に及び、骨折や熱い火山灰を吸 い込んだことによる気道熱傷・低 体温症といった重症から中等症の 患者13人は、ドクターヘリや救 急車で他の病院に転院されました。

⑾ 検視と身元確認

 28日午前、長野県警と木曽町 は、心配停止状態の人を旧上田小 学校の体育館に運ぶことを決め、 木曽医師会の医師や県警検視官ら により死亡確認と死因究明が行わ れました。犠牲者は看護師や女性 警察官らにより体を丁寧に拭かれ、

・DMAT救護所

  ロ ー プ ウ ェ イ 鹿 ノ 瀬 駅 に も DMATが救護所を開設しました。 メンバーは9人で医師が2人含ま れていました。1人の医師は消防 救助隊の要請で頂上まで同行し、 生存者の確認や、手当ての緊急度 にしたがって優先順位をつけるト リアージを担当しました。

活動場所 県内 県外 計

御嶽山下山口 3 3

県立木曽病院 8 1 9 災害医療本部(県庁) 1 1 信大病院  3 10 13

諏訪赤十字病院 1 1

計 16 11 27 災害派遣医療チーム(DMAT)チーム数

・医療救護班

 県内:5病院  10チーム  県外:1病院  1チーム

・医療救護・心のケア

*「こころの医療センター駒ヶ 根」精神科スタッフを木曽病院 に派遣

*家族等の待機施設等に保健師等 を派遣

 ○医療救護班と連携

 ○県内保険福祉事務所からの応  援派遣

 ○「県精神保健福祉センター」 と「こころの医療センター 駒ヶ根」が専門的支援 *木曽町役場・王滝村役場に保健

師等を派遣

 ○役場職員の健康相談

傷口には包帯が巻かれ、葬儀会社 の申し出によりメイクが施された 人もいました。身元確認が家族立 会いのもと行われた後、ご遺体は、 県トラック協会霊柩部会と全国霊 柩自動車協会のご協力を得て、自 宅や火葬場まで搬送されました。

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御嶽山噴火災害活動記録誌

⑿ 長野県からの職員派遣

⒀ 捜索活動の期間

 県では早くから各分野への職員 派遣を行い、情報収集や技術支援、 避難者や家族、そして行政職員へ の健康相談や心のケアを実施しま した。

 地方事務所で集約した情報を掲 載します。

派遣先 活動内容 期 間 派遣機関 延人数

御嶽山下山口 現地の情報収集 9月27日 ~29日 地方事・建設事務所 16 県立木曽病院 搬送者等の情報収集 9月27日 ~29日 保健福祉事務所 10

木曽町役場

町本部からの情報収集 9月27日~10月17日 地方事務所 63 避難者、家族等の健康・ケア 9月29日~10月3日 保健福祉事務所 6 町職員の心・身体健康相談 10月15日 ~17日 保健福祉事務所 14 土石流対策の情報・技術支援 10月2日 ~15日 建設部・建設事務所 30

王滝村役場

指揮所、村本部の情報収集 9月27~10月17日 地方事・建設事務所 106 報道対応の支援 10月2日 ~17日 地方事(課長) 32 村職員の心・身体健康相談 10月3日 ~14日 保健福祉事務所 9 土石流対策の情報・技術支援 10月2日 ~15日 建設部・建設事 30 一時待機施設・

遺体安置所 避難者、家族等の健康・ケア 9月29~10月16日 保健福祉事務所報道整理、家族への資料提供 9月29日~10月5日 地方事務所 7318 八 海 山 ゲート警備 10月3日 ~17日 地方事・総務部他 18 計 425

平成 26 年9月   27 日 当日から各部署で準備に入る

県警機動隊と消防隊員が王滝口八合目付近まで入山し救助 に当る

翌日早朝より救助活動に入るために麓に集結し始める 9月   28 日 早朝より入山し、剣ヶ峰をはじめ生存者の救助を始め 24

人を救助

心肺停止者 31 人を確認 その内4名は検視で死亡確認 その後連日のように発見される

9月   30 日 火山性微動増大により救助活動中断する

10 月 2・3日 2 日午後より降雨で中断する 以後火山灰ぬかるみ転倒者 続出

10 月 5・6日 台風 18 号接近により捜索活動中断する 10 月    9 日 降雨で中断する

10 月 11 日 今年度最後となった1人を発見する 死者 56 人 不明者 7人

10 月 13・14 日 台風 19 号接近による雨天で捜索活動中断する 10 月 15 日 捜索活動再開したが山頂部は降雪となり中断する

10 月 16 日 捜索者 960 人を動員、当日の捜索で年内の捜索を打ち切る 捜索者 延べ 15,176 人となる

10 月 18・19 日 山小屋所有者ら 11 人が入山し、破損状況や登山道の調査 をする

翌日二ノ池までの山小屋を修繕補強して下山する 10 月 23 日 遺体一部の身元が分かり 死者 57 人 不明者 6 人となる 平成 27 年6月   10 日 第1回関係機関合同調査で入山し、剣ヶ峰まで登る

6月 26 日 噴火警戒レベルを3から2に引き下げる 警戒範囲は火口から半径1キロ圏内にする 7月 29 日 捜索を再開する

7月 31 日 1人を発見し収容する 死者 58 人 不明者5人となる 8月 6 日 阿部知事再捜索終了を表明する

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第3章 救助活動の状況

43 ⒁ ヘリコプターによる搬送

⒁ ヘリコプターによる搬送

⒂ 捜索隊員の派遣状況

自衛隊機ヘリホイスト救助 剣ヶ峰山荘付近    6人 覚明堂付近   17 人

心肺停止者の搬送 剣ヶ峰付近   58 人(徒歩及びヘリ) 自衛隊員他の搬送

関係機関職員搬送 延べ 1,150 人 航空機 17 機

自 衛 隊 捜 索 隊 員 600 人 延べ 7,150 人 長 野 県 警 察 750 人 延べ 10,272 人 岐 阜 県 警 察 120 人 延べ 1,683 人 警 視 庁 機 動 隊 90 人 延べ 170 人 緊 急 消 防 援 助 隊 470 人 延べ 4,080 人 県 内 消 防 本 部 110 人 延べ 1,490 人 木 曽 広 域 消 防 60 人 延べ 1,140 人 消 防 団 70 人 延べ 235 人 岐 阜 県 内 消 防 30 人 延べ 45 人 計 2,300 人 延べ 26,265 人

警 察 官 5,665 人 自 衛 隊 4,688 人 県 内 消 防 隊 員 1,838 人 緊急消防援助隊 2,985 人 計 15,176 人 9月27日から10月16日まで(雨天での待機日含む) 捜索出動人員の内訳

⒃ 救助・捜索活動の状況

月日 曜 救助・捜索活動状況 死亡確認 行方不明 人員体制(人) (機)ヘリ

9月27日 土 11:52 噴火 自衛隊出動要請

28日 日 4 702 10

29日 月 8 884 12

30日 火 早期終了(火山性微動) 1,082 12

10月1日 水 35 1,065 12

2日 木 早期終了(降雨) 1,118 11

3日 金 中止(降雨) 16 2

4日 土 4 12 991 15

5日 日 中止(台風 18 号) 自主避難

6日 月 中止(台風 18 号) 12

7日 火 3 9 1,024 12

8日 水 (凍結) 1 8 1,022 12

9日 木 中止(天候不順)

10日 金 1,117 11

11日 土 1 7 1,164 13

12日 日 1,150 13

13日 月 中止(台風 19 号) 14日 火 中止(台風 19 号)

15日 水 早期終了(天候不順) 積雪 5cm 1,896 13

16日 木 1,961 13

17日 金 捜索隊撤収

(21)

御嶽山噴火災害活動記録誌

⒄ 捜索の解散

 平成26年度の捜索は10月中旬 になり、薄氷が張り、濡れた灰が 凍ってしまう季節となり、隊員も 凍傷の危険が増す可能性が出てき たため、これ以上の捜索は無理だ と判断せざるを得ない状態となっ てきました。未だ6名の行方不明 者がいるなかでの判断は大変心 苦しいものだったと推測します。 10月15日を最後に、捜索は打ち 切られました。

 途中交替した隊員を含めると捜 索人員は2,300人になりました。

整列した警察関係者 謝辞を述べる県知事・両町村長

退場する消防車両

松原公園での解散式

(22)

第3章 救助活動の状況

45 ⒅ 翌年の再捜索

・合同調査の実施

 長野県対策本部では、未だ6名 の行方不明者がいることから、捜 索終了後も同行者、目撃者等から の情報をもとに行方不明者の足取 りを追い、ご家族の思いや地元の 意見を踏まえ、再捜索を実施する ことにしました。

 噴火翌年の平成27年6月10日 には、効果的な捜索と隊員の安全 確保を図るため、地元も含めた事 前の合同調査が実施されました。 ここでは山頂付近の融雪、火山灰、 登山道の状況、山小屋(退避舎と して活用)など、捜索活動に必要 な情報が収集されました。  その結果、火山性地震や噴煙も 安定しており、緊急時には既存の 山小屋へ避難するほか、一ノ池周 辺には仮設シェルターを設置する など対策を講じて準備をすること にしました。

・先遣隊調査の実施

 さらに雪解けが進んだ7月12 日にも先遣隊による調査を行って います。火山灰の積もった位置を 調べ、金属探知機やスコップが使 えるか確認をしました。

・再捜索の基本方針

 *捜索にあたっては捜索する隊 員の安全確保を大前提にする。  *県警と県内消防を中心に捜索

隊を編成する。

 *ご家族の思いにできる限り寄 り添った対応を行う。

・再捜索の状況

 再捜索は7月28日に行方不明 者捜索隊結隊式を王滝村八海山で 行い、現地対策本部を御嶽スキー 学校に置き、木曽町と王滝村も加 わり、29日から8月6日まで実 施されましたが、午後になると雷 注意報が出され、ほとんどが半日 程度の捜索となりました。  7月31日に1名の遺体が発見 されましたが、残念ながら5名の 行方不明者は発見されませんでし た。

(23)

御嶽山噴火災害活動記録誌

 再捜索時の家族待機場所は木曽 地方事務所が手配して合同庁舎講 堂に設けられ、大型テレビによる 現地説明をするなど工夫を凝らし て対応しました。木曽町では木曽 警察署で行われる検視後の着替え や輸送を担当し、午後の捜索がで きない日などは、温泉で休んでい ただくためチケットを配布しまし た。

 8月6日夕方、阿部知事や野池 危機管理部長が現地入りし、県庁 災害対策室・木曽合同庁舎と現地 対策本部を繋いだテレビ会議によ る災害対策本部員会議を開催され ました。会議では、同日をもって 捜索を終了することが決定され、 県危機管理部長からご家族ごとに 説明がなされました。

⒇ 犠牲者の発見場所 ⒆ 再捜索隊の出動状況

犠牲者の発見場所 平成 26 年 平成 27 年 剣ヶ峰周辺 32 人

一ノ池周辺 4 人 1 人 二ノ池方面 3 人

八丁ダルミ 17 人 王滝奥の院 1 人

計 57 人 1 人 合計 58 人

行方不明者  5 人

月日 曜 活動状況 被発見者 長野県出動者 岐阜県出動者 ヘリ

7月28日 火 行方不明者捜索隊結隊式

(24)

第3章 救助活動の状況

47

 平成26年9月11日、御嶽山の 火山性地震が増加したことを受け、 気象庁は火山解説情報第1号を発 表し、翌12日に第2号、16日に は第3号が発出されました。   解 説 情 報 をFAX受 信 し た 後、 木曽町役場本庁では総務課長から 町長に報告がなされ、三岳支所で は職員から各山小屋関係者へ連絡 がなされました。

 気象庁からの情報は「噴火警戒 レベル1、平常」であること、昭 和54年噴火の火口付近はすでに 進入禁止の措置がとられているこ と、現地の山岳関係者からは異変 情報等が入っていないことなどを 確認し、王滝村とも情報共有しな がら変異等に注視していくことと していたなか、噴火当日を迎える ことになりました。

3. 木曽町の対応

⑴ 職員召集

 平成26年9月27日、当日は12 時01分に木曽消防署から役場本 庁の日直職員へ連絡が入ったほか、 山小屋関係者から三岳支所へいち 早く噴火の一報がもたらされまし た。また、総務課長にも山小屋関 係者から直接連絡が入り、町理事 者に連絡がなされました。  12時20分には「木曽町災害対 策本部」が設置され、職員165名 に一斉連絡が配信されました。町 では平成25年3月に「木曽町職 員初動マニュアル」を作成し、こ れにもとづく訓練を9月7日に実 施していたため、迅速な参集が行 えました。

⑵ 対策本部の設置

 本部は役場本庁に設置し、開田 支所・三岳支所には地域対策本部 を設置し、情報収集と対策に努め ました。

12:20 役場本庁に木曽町御嶽山噴火 災害対策本部を設置

三岳支所・開田支所に地域対 策本部を設置

14:00 木曽警察署員合流 14:45 木曽消防署員合流 14:47 木曽地方事務所職員合流 15:47 自衛隊松本駐屯地隊職員合流

木曽森林管理署・国交省多治 見砂防国道事務所合流

(25)

御嶽山噴火災害活動記録誌

⑶ 入山規制・交通規制

 12時45分、町は気象庁が噴火 警戒レベルを1から3へ引き上げ たことを受け、火口から概ね4 kmを入山禁止とし、規制を開始 しました。

12:31 瀬戸の原木曽温泉 県道分岐 点(看板設置 14:46)(鹿 ノ瀬)

12:46 三岳羽入地籍三叉路(屋敷野・ 北部御岳ロープウェイ方面) (油木美林入口・神王原・八海

山)

13:45 開田口登山道入口入山規制

ロープウェイ入口

瀬戸ノ原入口 登山道開田口

神王原ゲート

屋敷野(百間滝入口) 八海山ゲート

県道交通規制 開田高原管沢

県道交通規制 羽入 国道361号道路情報 杭の原

 また、道路の各所にバリケード と規制看板を設置し、消防団や建 設業者が連日交替で規制にあたり、 その後専門の警備会社へ引き継ぎ ました。

県道の規制状況 町道の規制状況

町道の規制状況 町ホームページで随時お知らせした

御嶽山噴火に伴う町道規制状況(H26.10.07現在)

(町道名) (通行規制区間)

*鹿ノ瀬線 鹿ノ瀬温泉 ~(御岳RW 山麓駅)~中の湯

*屋敷野線 八海山小屋~千本松線

*千本松線 千本松小屋~中の湯

町道鹿ノ瀬線

通 行 止

入 山 禁 止

通 行 止

入 山 禁 止

参照

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