市場経済と秩序政策一
︵東條隆進
一、
ヘじめに
一九九一年の社会主義国ソ連邦の解体は資本主義体制を超克する目的で建設された社会主義の実険が挫折したこと
を意味した︒
それでは︑このことが新古典派経済学の勝利を意味するであろうか︒たしかに市場の価格機構なしには経済は合理
的に運営され縛ないと主張した点でアダム・スミス以来の古典派経済学・新古典派経済学の伝統の勝利であったと言
えよう︒ しかし︑市場経済もすでに何回かの危機に直面し︑かなり根本的なところで変質を重ねながら生きのびて来た︒と
くに大恐慌経験後の先進工業諸国の経済は古典的自由主義経済と大きく異なってしまった︒そして今日でも市場経済
が抱えている諸問題があり︑その解決が求められている︒社会主義の実験が失敗したからといって︑資本主義経済︑ 市場経済体制に問題がないわけではない︒その問題の本質に光を当てることが本稿の目的なのである︒
早稲田社会科学研究 第46号 93(H5).3.
73
一一
A現代の政策論的状況
74
分業と市場の調和的発展による予定調和の自然的自由の体系を信じた古典派経済学の信念は一九世紀に入って恐慌
を経験し︑マルクスによって体制の崩壊が予言された︒資本制的野産様式は産業予備軍の増大と巨大資本による独占
化と恐慌の危険性が運命であると主張せられたのである︒
この問題の解決は二〇世紀に持ちこされた︒恐慌については︑資本主義体制の崩壊の現象としてではなく︑資本主
も へ義経済にとって正常な景気変動の一局面として把握することによってマルクス主義からの批判を克服した︵とくにシ ︵2︶ユンペ白繭ー︶︒独占についても︑疾風怒濤の資本主義過程︑﹁創造的破壊﹂を原理とするイノベーション過程を乗り
切って行くために必要とされる制度的保障として把握し︑独占と生産性上昇︑分配の合理性が矛盾するものでないと ︵3︶主張し︑独占資本の不合理性を強調したマルクス主義からの批判を克服した︵シュンペーター︶︒そして︑資本主義
は慢性的不況から来る失業を解決できないのではないかという批判に対しても︑不況時に有効需要を創出することに ︵4︶よって失業問題は解決し得ると主張した︵ケインズ︶︒
事実︑第二次世界大戦後︑アメリカ︑ヨーロッパ諸国は恐慌︑独占︑失業問題を解決し得たように見えた︒しぼら ︵5︶くの間︑アメリカは﹁新しい経済学﹂の下に繁栄を謳歌した︒サミュエルソソを中心とする﹁新古典派綜合﹂学派が
世界の経済学をリードした︒永遠に経済成長と繁栄が可能であるように思われた︒
しかし︑﹁九七〇年代に入って︑アメリカ︑ヨーロッパと次々と繁栄が崩れ︑慢性的不況に陥った︒そして︑唯一
の例外と思われた日本もまた﹁.ハブル経済﹂の崩壊に見舞われたのである︒
市場経済と秩序政策(一)
このような状況下で︑アメリカではケインズ主義そのものの否定とスミスーワルラス主義︑マンチェスター主義への
先祖返りが試みられた︒マネタリズム︵フリードマン︶︑合理的期待形成主義︵ルーカス︶︑サプライ・サイドの経済 ︵6︶学はすべてケインズ主義否定という点で共通していた︒
これに対して︑フランスにおいてはレギュラシオン理論が﹁蓄積体制と調整様式﹂という論理的枠組みの下でヨー ︵7︶戸ッパの不況現象︑とくにフランスの不況現象を解明しようとした︒修正マルクス主義といってよいかも知れない︒ オルドー ︵8︶ ところが第二次世界大戦直後︑ドイツにおいては﹁新自由主義﹂とよばれるORDO主義︵W・ナイケン︶︑社会 ︵9︶的市場経済論︵アルフレッド:ミュラー・アルマヅク等︶が展開された︒ボルシニヴィキ革命後のソビエト社会主義
国家の成立︑ドイツ国家社会主義の経験を経て︑ORDO主義が形成せられた︒市場の価格機構が経済活動にとって
必要不可欠であると信じつつも︑古典派経済学においてあいまいであったレッセ・フェール主義と自由競争原理を明 ヘ へ確に区別し︑レッセ・フェ1ルを捨てて︑市場の価格競争を保証する秩︐序政策の必要性を主張した︒
ケインズもすでに一九二六年﹁自由放任の終焉﹂を宣言した︒そして﹃一般理論﹄においては︑景気変動の不況過
程に有効需要を創出するための政府の直接介入︵財政政策による公共投資︶の必藝性を求め︑不況脱出のためには市
場の価格機構は無力であると主張した︒ただ不況回復後は再び市場の価格機構に経済セ委ねることが必要であると主
張した︒ケインズは恐慌︵不況︶︑独占︑失業のうち不況と失業の関係に焦点を当てた︒ケインズにとって不況政策
は同時に失業︵雇用︶政策を意味した︒
しかし︑オイケンはケインズがあまり関心を示さなかった独占という問題に関心をよせた︒大企業による独占をコ
ントロールするために政府の行政力が必要であると考えたが︑ケインズ流の完全雇用政策︑景気政策は必然的に政府
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・行政機能を肥大させ︑それがついには市場の価格機構をマヒさせる方向に進まざるを得ないと警告した︒
このような考え方においてオイケンとサ︑・・ユェルソンは同じ線上にいると言えよう︒サミュエルソンにおいてもケ
インズ主義が市場の価格機構をマヒさせるかも知れないと考え︑政府の直接介入を不況時に限定し︑政府の政策をよ
り広い市場の価格調整機能に包摂しようと考えた︒ ﹁新古典派綜合﹂とよばれるゆえんである︒オイケンが失業問題
よりも独占問題の方により大きな関心を示したのに対し︑サミュエルソンは失業一雇用政策の方に関心を示した点で
よりケインズに忠実であった︒しかし︑ケインズよりもサミュエルソソの方が市場機構により大きな信頼性を示した ︵10︶点でスミスーワルラス的であった︒
ところでオイケンとサ︑ミュエルソンの位置づけについてであるが︑ケインズ﹁革命﹂後の経済思想史の流れにおい
ては︑オイケンの方が正しかったと言えよう︒サミュエルソンの﹁新古典派綜合﹂という思想は本質的にケインズ以
前の思想である︒これに対してオイケンは市場の価格機構の必要性を信じつつも︑それはきわめてひ弱なものであっ
て︑注意深く育成させられることが必要であると考え︑より広い社会秩序の中でのみ市場機構は存続できると考えた
のである︒
オイケンはケインズのように﹁ハーヴェイ・ロードの前提﹂を信じてはいなかった︒二〇世紀の経済は市場をこえ
る秩序体系が必要であるにもかかわらず︑その秩序体系がなかなか存在しないという点こそ根本問題であった︒国家
機構の増大に反比例してその権威が低下し続げているということが重大問題であった︒それにもかかわらず市場機構
がそこなわれないように全力を傾けることが国家や政府行政の職務であった︒
しかし︑オイケンにおいても︑彼がべームとともにORDOというヨーロッパ思想史の流れにおいて特別な意味を
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もつ概念を用いたにもかかわらず︑その本質の究明において必ずしも成功したとは言えないのである︒社会的市場経
済主義者達が批判したように今日の大企業体制︑産業社会の下で競争秩序政策だけで良いかという問題である︒
とくに失業−雇用問題の位置づけは不十分であると言わざるを得ない︒産業社会においては失業問題は独占問題以
上に重要な意味を持つものであって︑失業−雇用政策はあらゆる政策の中で第一にしなければならない政策なのであ ヘ へる︒雇用政策は単に経済政策の課題であるだけでなく︑社会政策の課題であり︑人間問題なのである︒
その意味で︑産業社会においては市場経済は必然的に社会的市場経済たらざるを得ない︒市場というメカニズムと
社会秩序とが不可分に結び合っているのである︒
三︑不況︑失業︑独占
市場経済と秩序政策(一)
さて︑産業社会において失業−雇用政策は最も重要な政策であるが︑分配の公平性もまた重要である︒独占f寡占
問題については︑マルクス主義経済学の方から批判されて来ただけでなく︑市場経済学塁壁︑正統派経済学の方から
も批判されて来た︒異なる点は︑マルクス主義経済学は資本主義的生産様式と独占現象は不可分に結びついており︑
体制内において解決することは出来ないと主張したのに対し︑正統派経済学においては反独占政策と市場機構の整
備︑競争の貫徹によって独占一寡占問題は解決されると主張した点である︒
これに対してシュンペーターはすでに述べたように資本主義の技術革新過程において独占という形態をどの企業も
持続的に維持することは出来ないということ︑一般に独占に対する批判は企業の革新の長期的.動態的成果を考慮外
においた短期・静学的前提からの批判にすぎないとした︒その後のJ・S・ベイソ︵匂・oD・田凶昌︶等の産業組織論の
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研究は︑産業内部での製品差別化の程度や個別産業への参入条件をはじめとする種々な条件によって答は異なるとい ︵11︶うことを明らかにした︒
そして︑そこから明らかになったことは︑企業の組織分析︑行動分析が市場の価格分析とは別に独自になされる必
要があること︑産業構造︑産業組織の解明が同時に必要であるということである︒
このことは失業間題についても言える︒すでに述べたように失業という問題がこれだけ重要になった背景には︑産
業構造が農業を中心とする自然経済から工業を中心とする産業社会へ移行したからである︒すくなくとも国民経済内
部において工業の占める比重が小さい間は︑雇用政策というものは二次的な問題である︒しかし︑経済生活の大部分
が工業に依存するようになると工業部門で雇用が保証されなければなちなくなる︒屑用政策は産業政策でもある︒
それゆえ︑長期の不況︑慢性的不況という事態は産業社会においては避けられなければならない︒不況からの脱出
とは単なる景気政策の問題ではなく︑産業政策の問題であり︑社会政策の問題であり︑人間の生活全体にかかわる政
策であらざるを得なくなる︒
したがって︑資本主義経済︑市場主義経済が恐慌を景気循環的変動過程の一局面であることを辛い出して︑理論的
にマルクス主義的社会主義経済学からの批判を克服しても︑何ら問題の解決にはならない︒長期の不況を︑大量の失
業者群を抱えたまま放置することは出来ないのである︒次の景気上昇をただ自然法則のごとく忍耐して待つことは出 ︵12︶来ない︒もちろん﹁自然失業率﹂という仮説で大衆を納得させることもできないのである︒
資本主義の長期動態過程の分析において︑おそらく唯ひとり正しい洞察を持っていたシュンペーターの理論が︑に
もかかわらず︑ケインズ理論にとってかわられざるを得なかったのは︑シュンペーターが産業社会における雇用の意
78
味を洞察できなかったからである︒純粋に経済学的に考えればシュンペーターが考えたように不況過程において整理
すべきものを整理して次のブーム︑好況を待つ方が健全である︒
しかし︑より高い次元︑社会全体から見るとそのことは許されなくなる︒それは何も批判を生活の糧とする知識人
の煽動によるのでもなく︑短期の哲学が支配的になっているからでもない︒産業社会そのものが命じている事柄なの
である︒
四︑市民社会の論理
市場経済と秩序政策(一)
第一は市民社会内の論理から来る問題である︒市民社会は政治的には議会制民主主義を原理としているが︑政党間
の投票獲得競争を通してリーダーシヅプを確保し︑権力と統治力を得る︒政治的リーダー︑政権担当老にとって︑ア
ダム・ス︑ミスによってすでに指摘されたように国防︑行政︑司法的秩序および公共事業を遂行することが必要であ
り︑成功することが求められる︒そしてその財源として租税が使用される︒議会の発達の重要な部分として租税の公
共使用をめぐるものであったことがすでに知られているが︑その意味で近代市民社会は租税国家を発達させたのであ
る︒ ところが産業社会の発達はもう一つの機能を政権担当者に求めることになる︒市民の生活保障である︒もし市民の
生活保障に失敗すると政権を追われることになる︒政府は官僚群やテクノクラートを使役して︑どうしても市民生活
を安定させなければならないのである︒そのためにどうしても︑不況そのものをなくしてしまうことが求められるこ
ヘ へとになる︒景気変動をできるだけなくして︑持続的好景気︑持続的繁栄過程を創出し続けることが求められるのであ
79
る︒ さて市民社会の経済制度は生産領域における分業とその生産物の市場における交換から成り立っている︒そして分
業は工場へと結合され利潤を目的とする組織体としての企業へと組み込まれる︒企業が生産した生産物が商品として
市場に供給され︑その商品の需要者たる生活者が消費者として対峙する︒
企業は労働力︑資本︑自然資源を生産要素として利用して生産関数OH聞︵国騙りZ︶を設定する︒ただしOHアウ
トプット︑K11資本︑L門労働力︑N自然資源︒この生産関数が設定される中に一つの擬制が強制的に入り込む︒
︑︑︑ ︵13︶商品化である︒
生産された財が商品として売買されることには何の問題もない︒問題なのは本来商品でないものが商品として擬制
され︑あたかも商品として売買されるということである︒その第一は労働力である︒労働力の供給者たる人間はいか
なる意味でも商品ではない︒しかし︑市民社会が形成され︑市場経済が確立されるためには︑人間が能力として措定
され︑労働力として商品化される必要が生ずる︒この労働力の売買可能性︑貨幣化と交換可能性がそれまでの異質
性︑多様性を一元化し︑機能化する︒労働力市場であり︑近代的工場体系であり︑企業化である︒
第二が自然の資源化であり商品化である︒人間の住家である自然を資源として︑開発︵搾取Φ×且︒#︶し︑しかも
それを商品として売買し交換するということが商業社会としての市民社会の成立根拠なのである︒近代科学の自然観
は自然を死せる客体と見なすことから出発したと言われるが︑同時に欲求の対象として自然を利用し消費したのであ
る︒
第三は資本の商品化である︒ここではさしあたって生産手段︑労働手段としての道具︑機械設備としての資本の商
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市場経済と秩序政簾(一)
品化と︑労働成果としての報酬たる所得から生活費用を差し引いた差額分たる貯蓄の商品化︑利子が問題の中心であ
る︒固定資本の流動化と貯蓄の商品化が貯蓄一投資の再循環を可能にする︒
このような擬制化を経て生産要素が生産関数化されるが︑この関数機能閃︵︶︑生産要素をカッコにくくる機能が
企業である︒すでにマーシャルは第四の生産要素として組織をあげたが︑より正確には企業としての組織なのであ
る︒ 企業は生産関数を設定して一方では財を生産して商品として市場に供給︑販売しつつ︑他方では生産要素にコスト
を支払う︒そして企業は生産物の販売から得られる収益から生産要素に支払う費用コストを差し引いた差額が持続的
に正になるように努力する︒もちろん企業の生産物に対する需要構造︑.企業間競争の激化によって利潤が急速に失な
われることになる︒このような危険性から守られるために企業は独占−寡占政策を取りがちである︒
しかし︑基本的に企業は収益−費用関係︑損−益計算を正確に実行することが求められる︒すでにゾンパルトは複
式簿記こそが資本主義の発達にとって決定的であったと言ったが︑企業会計原理の確立はきわめて重要であった︒
それだけでない︒企業が生産関数を設定し︑生産物を市場で販売しつつ︑長期的に企業間競争を耐えぬくために
は︑市場全体の価値体系に適応できるように価格計算をし︑すこしでも有利な生産要素を生産関数に組み込めるよう
に価値評価︑価格計算しなければならなくなる︒かくて︑非市場領域を商品連関を通して市場化する必要が生じ︑そ
のために貨幣がますます全目的化︑一元的価値評価基準となることが求められる︒ポランニ!の言う貨幣の商品化が
求められるのである︒商品の貨幣化と同時に貨幣の商品化が追求される︒
しかし貨幣の全目的化︑ 一元的価値評価基準化は完全に実現されることはない︒まず素材という点で不可能であ
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る︒万人が極値を認める金銀のようなものであっても鉱脈の発見という偶然的要因に規定され︑経済発展の速度と一
致するという保障はない︒そして︑・市民社会というものも現実には国民国家を単位とするのが原則であるから︑生
産・流通・消費関数も国民経済内で自己完結することが求められる︒この経済循環を一元的に機能させ完結させるの ︵14︶が中央銀行である︒
企業の経済計算が簿記会計で把握されるように︑国民経済も貨幣的には中央銀行で把握される︒冨く障胃という
貨幣数量説に体系性を与えるのが中央銀行なのである︒ただしM貨幣数量︑V1一流通速度︑P叫価格水準︑T−1取
引数量︒ ところで011哨︵国鳩ピ耀Z︶という生産関数はアウトプットとインプットとが等号で結ばれているが︑現実にはアウ
トプットの流通速度とインプットの生産速度とは異なる︒企業が生産関数を設定して財を生産するには時間がかか
る︒種々な企業が生産活動を遂行する過程で景気変動が起こる︒とくに︑それが新しい経済空間を創出するような重
要な発明・発見に伴われる時︑大きなブームが起こる︒この過程で生産関数としての価値関数に変化が起こる︒ブー
ムとスランプ︑好況と不況との価値撹乱を調整することが求められる︒その上︑すでに述べたようにその過程で生ず
る生活撹乱を調整することが6求められて来るのである︒
五︑技術とイノベーション
さて︑市場経済は労働力商品化︑自然の商品化︑資本・貨幣の商品化を進めることを見たが︑次に技術そのものを
商品化する︒技術的発明・発見を生産関数の中に包摂することによって︑生産要素そのものの生産性上昇と低価格化
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市場経済と秩序政策(一)
︵15︶を促進しながら︑生産要素間の関係をも変えて行く︒そのことが同時に新商品の開発となって市場に現われる︒
新しい技術は新しい生産方法となることによって生産関数の構造そのものを変え︑それがひいては市場構造そのも ︵16︶のをも変えるようになる︒産業革命とはもともとこのような新しい生産関数の設定を意味した︒
すでに古典的になったシュンペーターの定式化によれば︑二〜三年周期のクラムキチンの名に結びつく在庫循
環︑十年周期のジュグラーの名に結びつく設備投資循環︑五十〜六十年のコンドラチェフの名に結びつく技術革新波
動がある︒現実の資本主義過程はこの三つの循環と波動が合わされて好況と不況のプロセスを生み出している︒第一
次コンドラチェフ波動はイギリスに十八世紀後半︑一七八○年代に始まり一八四〇年代に収束したが︑その内容は蒸
気機関という動力革命と綿織物工業の紡績︑織布過程における革命であった︒第二次コンドラチェフ波勘は一八四〇
年代から一八九〇年代に収束したドイツの鉄道革命である︒この革命によってヨーロッパの内陸の交通網が整備さ
れ︑ヨーロヅパ文明の相互依存性が強まることになった︒第三次コンドラチェフ波動は一八九〇年代からはじまり一
九四〇年代に収束したが︑アメリカの化学︑電気︑自動車︑航空機の発達となって現われた︒二十世紀はアメリカの
時代と言えようが︑新大陸が旧大陸をあらゆる面でリードするようになった背景にはこの第三次コンドラチェフ波動
があったのである︒第三次コンドラチェフ波動の性格がアメリカ文明の型を作り︑それがさらに全世界に広がったの
である︒テーラー主義に結びつくフォード主義︑大量生産一大量流通一大量消費型の経済循環の確立である︒
そして歴史において安易な推測は許されないが︑ シュンペーターがハーパラー︵︵Ψ・ ︸出9一︶⑦﹁一①吋︶に語ったことばと
して伝えられていることを信じれば︑第四次コンドラチェフ波動は一九四〇年代からはじまり一九九〇年代に収束す
ることになる︒
ところで︑第一次︑第二次コンドラチェフ波動期と異なって第三次コンドラチェフ波動期に特長的なことは︑計画
性︑政策性が結びついたことである︒アメリカにおいてニューディール政策︑ドイツにおける国家社会主義的統制経
済︑そしてイギリスにおけるケインズ主義の誕生である︒
純粋に経済的に考えればシュンペーターがくり返し強調したように一九二九年の大恐慌はクラムーーキチン循環の谷
と︑ジュグラー循環の谷と︑コンドラチェフ波動の谷が重なったものである︒本質的に第一次︑第二次コンドラチェ
フ波動期の谷と変わらない︒しかし︑第三次コンドラチェフ波動期だけが﹁雇用﹂政策と結びついた︒
ケインズは一九三六年に発表した﹃一般理論﹄において次のように述べた︒
﹁消費性向と投資誘引との相互作用を調整しようとする仕事に伴う政府諸機能の拡張は一九世紀の政論家や現代
のアメリカ金融家にとっては個人主義に対する恐るべき侵害であるように見えるかも知れないが︑私はそれとは反
対に現存の経済的諸形式の全面的破壊を回避する唯一の実行可能な手段であるとともに︑個々人の創意を効果的に ︵17︶ 機能させる条件として︑それを擁護したい﹂︒
一九二九年の大恐慌は自由市場経済体制側の人々にマルクス主義的革命をひきおこすのではないかという危機感を
強めて行・翰・.もし自由市場経済体制にヲ・セ・フ・−ル﹂の標語しかなか・たなら︑社会主義との競争に勝利し
得たかどうかわからない︒ケインズの理論と政策こそが自由市場経済体制を救ったとも言︑兄るのである︒
しかし︑そのケインズにも産業社会︑近代の科学技術文明に対するトータルな認識はなかったように思われる︒産
業体制が﹁雇用﹂政策を必要どする必然性︑産業社会における職業︑職業倫理︑人間性の問題についての認識に欠け
ていたのである︒
市櫛経済と肢序敏策(一)
産業社会においては︑不況政策︑失業対策としての雇用政策の立場から私企業の確信の回復のための有効需要創出
政策とともに︑公企業による公共投資が行なわれ︑さらに新しい経済空間の開発のための産業政策︑技術革新政策が
遂行される︒国民経済全体のための成長政策が追求される︒もうすこしマイルドに安定と公正と言いかえてもよい︒
産業政策と技術政策の要は教育である︒技術教育︑もうすこし広く科学技術教青が産業社会で最も電要な政策課題
となる︒テクノクラシーとビューロクラシーの育成である︒個人の自由と社会的秩序の両立という最も困難な課題は
技術教育の勝利者に社会の高いステータスを保証するという仕方で解消される︒しかもこの成功一失敗という判定を
﹁客観﹂的な科学的評価で下すのであるから敗者は異議申し立てをすることが出来なくなる︒敗者の科学的管理であ
る︒敗者は自分の子供達に希望を託するという仕方で︑技術社会︑産業社会をさらに押し進める︒このような仕方で
産業社会の再生産過程が持続する︒ ﹁人的資本﹂理諭ほこの事態の理諭的表現であ翰04
この事態にもう一つのことがつけ加おる︒ ﹁信用﹂の商品化である︒古典的には︑新生産関教の設定を可能にする
企業家機能に薄して金融的融資をするのは勤勉・節約を原理とする生活型が所有する貯蓄であったが︑次の段階にな
ると︑その貯蓄を集積して資本化し︑現実の貨幣資本を土台にしてさらに﹁信用創造﹂をして企業家に融資するよう
になる︒ この過程の分析はシュンペーターによってなされたが︑企業家と別に銀行が産業社会の発展にとって決定的に重要
になる︒そして︑民間金融機関たる銀行の信用創造を背後から支えるのが中央銀行なのである︒貨幣と銀行という組 ︵20︶織と国家の権威の結合である︒
こうしてイノベーション︑新生産関数の設定︑新企業の結成と商品化された信用が結びつく︒そうして︑新経済空
間︑.新産業空間の開発が未来を作曲するのである︒イノベーションが成功すると旧生産関数︑旧企業は廃棄されるこ
とになる︒いかに独占体制を法・政治権力を利用して確立しても︑新しい企業と消費者の効用の前に崩壊せざるを得
なくなる︒新・旧悪業間の競争は地域の枠を越え︑国家主権の枠を突き破る︒企業間競争が地域間競争︑国家間競争
を不可避にさせる︒
そして信用の商品化過程はイノベーションという生産過程においてだけでなく︑消費局面にまで及び︑消費者信用
によって未来の購買力が現在化されることによって有効需要が創出され︑拡大再生産過程が持続される︒
ζのような事態は在庫循環や設備投資循環で十分に認識されることはないが︑コンドラチェフ波動のような局面で ︵21︶はきわめて重要である︒そして歴史において各コンドラチェフ波動はそれぞれ異なった国民経済によって担われ︑次
に競争に敗れていった︑第一次コンドラチェフ波動はイギリスによって︑そして第ニコンドラチェフ波動の主役たる
ドイツに座を譲り︑そのドイツは第三コンドラチェフ波動の主役たるアメリカに敗れ︑そのアメリカは第四コシドラ
チ呂フ波動の主役日本に苦戦している︒
国民経済︑国民国家︑民族の周流は経済変動と深く結びついていて︑国家主権という政治的概念も経済変動と深い
関係を持っている︒ 一つの長期波動の担い手たる国民経済が次の長期波動の担い手になることはきわめて困難であ
る︒創造的破壊のプロセスとしての産業社会に国家という枠組は対応できない場合が多い︒永続的イノベーションに
耐えうるほど強い意志と能力を持ち続けることは困難である︒どの国家も経済が発展し︑生活水準が上昇すると安定
を求め︑保守化する︒いったん保守化傾向を歩み出すと国民経済全体が動脈硬化に陥り変動に対応できなくなる︒こ ︵22︶うして歴史の舞台から消え去ることになるのである︒
86
市場経済と秩序政策(一)
注︵1︶ 本稿は一九九二年十二月︑日本学術会議︑経済政策研究連絡委員会で経済社会学会代表として報告したものに加筆したも
のである︒
︵2︶ 一・﹀・誓げ震日当8さ↓奮︒忌§︑態ミ肋︒§ミぎ口口琶静鳶§誓言﹁一霞Pぢ一一・ ︵中山伊知郎・東畑精一共訳︑﹃経済発展の
理論﹄岩波書店︑昭和二六年︑改訳︒︶
︵3︶ 匂・﹀・誓ぽロ亘Bεきε馬ミむ§⑦8酌葬浮貸蓑鴨b§8℃§︑﹂8&oP一謹b︒・︵中山伊知郎・東畑精一共訳﹃資本主義.社会主
義・民主主義﹄東洋経済新報社︑昭和三七年︶︵4︶9霧雲鴇8●§Qo§ミ↓§qミ肉ξξ漕ミ.ミ§晒ζ多き−噛ξ.ミ簿鴎ぎ§§ミミミξミ智ぎさM義達
さ灘ひく︒避く昌 ︵塩野谷裕一訳﹁雇用・利子および貨幣の一般理論﹄ケインズ全集第七巻︑東洋経済新報社︑昭和五八
年︶︵5︶ とくに第二次世界大戦後︑ケネディ政権時代の経済政策担当者達の経済致策陰に強く現われた︒
サミ呂エルソソの﹁新古典派綜合﹂という標語は彼の﹃国8ロ︒ヨ冨﹄.で.一時期使われたが︑その後︑どうなったか明らか
でないが︑サミュエルソソ経済孝の特激を最もよく表わしている︒
︵6︶ これら三者の関係については︑興μ℃げ︒一2℃智聖駕瀞8喬ミ§憂§◎ヨ喬睾◎實息猶○図幡σ己¢鼠ぐ︒菟¢℃﹁8ω・一80・
︵平山朝治訳﹃マクロ経済思想﹂新世祉︑一九九一年︶
︵7︶ 閃●曽鴇05重きoミ露虫己題習§鷺騰遷達電魯ユ冬夏●0量︒昌︵雲霧︐︒ジ冨dぎく︒§り国ユ9ち8●︵山田
鋭夫訳﹃レ山畠ラシオン理論−危機に挑む経済学﹄藤原書店︑一九九〇年︶R・ポワイエ︑清水耕一編訳﹃レギュラシナ
ンー成長と危畿の経済学﹄ミネルヴァ書厨︑一九九二年︒
︵8︶ ミ●国薩畠︒口噂O達暮翫§魯︑§葦§鴨馬銀燭 OO鱒︵大野忠男訳﹃経済政策原理﹄勤草書房︑一九六七年︶︒︵9︶≧h窪目自・7露︒F曾§h︒寒ミ砺8旨§さ轟きミ鍵葵●︿巴£国巳ぎξ一室ヨ・巳ω翼§二﹄§・
.§ミ︒・︒ミ貸O養ぎ議駅匙§蕊ミ貸ぎ亀葬.<︒﹃襲爵西詩ξけ閑Bロ巳ωεξ9芦一ミO・
︵−o︶︐﹀・留⁝︒ぎ戸・﹀切蓋︒励ロコ畠9穿仲山︒醤巴︒︒ロ雪︒喜ヨ霞け...↓99昌9酔a蜜臼け窪︒℃雪曇︒h国巳♪
留ヨ⊆o一8ロ.︿o一●国●↓冨寓●戸↓・℃3毬一霧・
留
讐︒.℃3げ﹃山鼠停︒>ヨ鼠8口国88ヨ引出9幽きユF国︒・曳︑︑●一目岩出・暴風85巴輸Z︒︷=oユ8ロ︒・9国88ヨ凶︒
℃曇塞●目9鼠壁巳巳ロ竃︒日︒蕾一§一§噛く︒一.×一一● ︵嘉治元郎﹁アメリカ経済の諸問題−困難なものと容
易なもの﹂﹁サミュエルソン経済学体系﹄動草書房︑一九八二年︶
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︵11︶ 匂・9望凶♪ぎ亀忌︑O蓉雛§鴨馬§讐.Zo類ぎ﹁ド響H§・︵宮沢健一訳﹃産業組織論﹄丸善株式会社︑昭和四五年︶植草益
著﹃産業組織論﹄筑摩書房︑一九八二年︒
︵12︶ フリードマンの﹁自然失業率﹂仮説は大恐慌において不況と失業が結びつけられ︑ケインズによって﹁非自発的失業﹂概
念によって﹃一般理詮﹄の全体系が構築されたことへの批判から生まれた概念であった︒ケインズの﹁自発的失業﹂よりも
もっと楽観的な概念であって︑政策的にどうこうできる性質のものではないという考え方が土台にある︒
︵13︶漏勺︒冨ロ覧↓譜O蕊︑↓湯量§貸§旨一︑蓄ぎ︑ミ8言詮向8まミ導O︑蔚馬湧ミOミ↓ぎ馬讐蜜8ロ℃﹁霧嘘這0↓・︵吉
沢莫成他﹃大転換−市場社会の形成と崩壌﹄東洋経済新報社︑昭和五〇年︶
一.竈巴ζ︒・§P蔭8︑§︑9も§募詳ぎロ巳PμO器・ ︵川北稔訳﹃史的システムとしての資本主義﹄岩波現代選書︑一
九八五年︶
﹁労働力商晶化﹂という概念は宇野弘蔵が言ったようにマルクスの全体系の要であり最も重要な概念である︒それをポラ
ソニーは貨幣の商品化にまで広げ︑経済人類学的構想から近代市場経済の倒影性を批判した︒ウォ:ラスティンは︑﹁労働
力商品化﹂過程が純粋に成り立つ場を本来の資本主義と見なす見方を排して︑それぞれの段階を﹁原理論﹂から区別された
ものと見るかわりに︑それぞれの慶階の資本主義性を見ようと七た︒
︵14︶ この考え方はまだ仮説の男茎であるが︑イングランド銀行の史的展開を扱った藤田幸雄﹃中央銀行の形成﹄多賀出版を参
照のこと︒イギリス市民社会︑イギリス国民経済形成にとっていかに中央銀行が決定的役割を果たしたかということを知る
ことができる︒日本の近代化に果たした銀行の役割︑中央銀行設立に至る明治政府︑経済界の苦闘のエピソードとして︑立 ぞリニンタルロパンク 脇和夫﹃明治政府と英国東洋銀行﹄中公新讐一九九二年︒参照のこと︒
︵15︶ イノベーションという語は周知のごとくシュンペーターの造腰であるが︑それはもともとUξoげ器冒信ロoqロ窪臼訳︒ヨ玄・
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市場経済と秩序政策(一)
冨酔凶言︒昌︵新結合の遂行︶という語であった︒シュンペーターは﹃経済発展の理論﹄の中で次の五つの場合をあげた︒一︑
新しき︑即ち消費者の間には未だ充分に知られていない財貨あるいは新しき品質の財貨の製造︒二︑新しき︑即ち当該産業
の部門に於て実際上未知な生産方法の導入︑これは敢て科学的に新しき発見に基くを要せず︑また商品の商業的取扱に於け
る新方法をも含む︒三︑新販路の開拓︑即ち当該国の当該産業部門に従来未だ紹介されていなかった市葬の開拓︑但し此の
市場が既存のものたると否とを問わない︒四︑原料或いは半製品の新しき獲得資源の占拠︒この場合に於ても此の獲得資源
が既に存在するか否か︵一その理由は単なる閑却か又は其の獲得が不可能と認められたかによるものであろうとi或い
はそれが始めて創り出されねばならぬか否かはまた敢て問うところではない︒五︑新組織の達成︑即ち独占的地位︵例えば
トラスト化による︶の形成又.は或る独占の破壊の如し︵一六六〜一六七ベージ︶︒
︵16︶革新と生産関数の結びつきは︑⇔ロ裂胤鳶銘e§偽●において展開された︒
類oo9ロぼ器ρ曇三&8葺︒竃89§o=口8く豊8巳げ霞8ho昌﹃ロ巳︒謎奮貸ξ切藁8轟蓼.層δ冨農︒
凶口8ヨ︒且βoぎロ署甑畠器oh停oh冨一白昌5臼oh一貫︒・08二重御︒︒広切藁oq冨oao門oh舞oq巳一信密<o戸炉︐O↑
︵17︶ ド竃.夢矯髪﹁婁野谷九十九訳﹃雇用・利子及び一般理論﹄東洋経済新報社︑四三ニページ︒
︵18︶最近発行されたケインズ全集を通して多くのことが知られるようになつえが︑一九二〇年代から三〇年代にかけて︑いか
にモスクワからの影響に気を使っていたかが今まであまり注目されて来なかった︒ ↓冨Φ琶2邑↓雪矯巳≧8噌雷コ
團中馨冨ぎ戸智・◎o&〜匂︒巳・ぎ9ミ零ミミミ鰯翌旦旨ぎ§蓉達§鳶恥・ ︑ .・:
︵19︶霧畠霞の﹁人的資本﹂という考え方には︑人間疎外︑人間性喪失への危機感というものが全く欠けている︒これはシカ
ゴグループ全体について言えることである︒そして︑このような仕事にノーベル賞が与えられることは︑ノーベル賞そのも
のが社会の危機をますます深めることに手を貸しているということになる︒
︵20︶ ぎ署の﹁貨幣国定説﹂は誤った貨幣論である︒銀行信用が国家の権戒に結びついていることを想起させる点で一面の
真理があると言えよう︒
︵21︶ おそらくシュンペーター理論に対する批判の一つは︑この三循環説にあると言えよう︒とくに今日︑ボス・システムめ発
達によって在庫循環は意味を失ったのではないかという疑問である︒次に十年周期の設備投資循環も︑産業構造の変質と政
府の政策によって︑その性格を変えてしまったのではないかという疑問である︒第三にコンドラチ呂フ波動についても︑﹁そ
もそもこの波動の存在そのものが疑われて来たし︑シュンペーターのように章新と結びつけて考えることが出来るかという
疑問がある︒そして︑これら三つの循環があ雲りにも機械的に重ね合わされてしまったので︑経済政策との結びつきを積極
的に考えることが困難であるという点もある︒あまりにもシュレジンガーの波動方程式と景気波動との間にアナロジーを見
すぎたのかも知れ・ない︒
︵羽︶ この過程を国家の商品化過程と呼ぶことが出来るかも知れない︒すでにアダム・スミスは近代社会を商業社会︵コマーシ
ヤル・ソサイ晶ティ︶とよんだが︑商業社会とはまさに国家の商品化︑社会の商品化過程であったのである︒そして︑ベン
サム流の最大多数の最大幸福というテーゼから始まって︑リカード流の国家間の関係を比較生産費の関係として見ようとし
たこともまさに国家の商品化過程であったのである︒
議会と市場の発達によって幸福を増大させようとする考え方の土台にも国家の商品化過程がある︒議会によって政治的自
由というベネフィットを租税コストによって得ようとする考え方に︑収益一費用関係と同じ考え方がひそんでいるのであ
る︒租税の国家化は同時に租税化過程が国家全体に及ぶことを意味する︒︑国家の租税化である︒そして租税が商品化機構に
従属することが国家の市民社会化の根拠なのである︒
このことは国家間の関係においても妥当する︒国家間の関係が比較生産費関係に還元されるということは︑︑国家関係が国
際分業関係に組み込まれることを意味するが︑これは同時に通商関係︑通貸の関係への組み込みであり︑まさに国家間の関
係の商品化なのである︒
為替関係というのはまさに国家の価格関係である︒古典派経済学が国内均衡と国際均衡の同時的達成をめざし︑それが金
本位制の発達につながったが︑これは国家間の商品化過程の表現なのである︒しかし金本位制は金という素材を基にしてい
るから︑それを操作可能な管理通貨にしょうとすることにより蝿その管理通貨で国家関係を表現することが求あられて来
る︒国家の値段がこうして為替関係として表われるのである︒
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