日本英語音声教育史 : Edward Gauntlett による日本人教師向けの英語発音指導書

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日本英語音声教育史:

Edward Gauntlett による

日本人教師向けの英語発音指導書

田 邉 祐 司

1.はじめに1

  明 治23 (1890) 年 に 英 国 ウ エ ー ル ズ 出 身 の George Edward Luckman Gauntlett (1868~1956) と い う 青 年 が 滞在先のカナダ・バンクーバーから日本にやって来た。 来日はカナダ・メソジスト教会 (Methodist Church of Canada) の「自給伝道」(Self-supporting Missionary)2

応じたものだった。翌年からGauntlett は各地の学校で 語学 ( 英語,ラテン語 ),簿記などを教えながら,自身 の生活を支えた。自給伝道が10 数年続いた頃,彼は日

本での英語教育経験をもとにThe Elements of Japanese and English Phonetics for the Use of Japanese Teachers of English ( 以下,Elements) と題する英語発

音の指導書を上梓した。  Gauntlett に関する論考は数ある3。しかしながら彼の英語教育分野におけ る足跡の内, Elements に関するものは高木 (1987) での言及,橋内 (2007) と 図1 山口高商業時代 ( 山口大学図書館 ) 1 本稿は田邉 (2013) に修正,加筆したものである。

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明治33 (1900) 年 岡山第六高等学校 (~1906) 明治 38 (1905) 年 Elements 出版 明治39 (1906) 年 金沢第四高等学校 (~1907) 明治40 (1907) 年 山口高等商業学校英語教師 (~1915) 大正 2 (1916) 年 東京高等商業学校英語講師 (~1935) 大正 8 (1919) 年 立教学院,立教大学講師 (~1936) 大正 9 (1920) 年 東京商科大学予科,附属商業専門部英語教授 (~1935) 大正14 (1925) 年 文化学院 (~1928),勲四等旭日小綬受賞 昭和10 (1935) 年 自由学園教師,勲三等瑞宝章受章 昭和16 (1941) 年 横浜高等商業学校英語講師,日本国籍取得 昭和19 (1944) 年 自由学園,横浜高等商業学校辞任 昭和20 (1945) 年 終戦連絡中央事務局嘱託,総裁官房翻訳課嘱託 昭和22 (1947) 年 外務省嘱託,大臣官房勤務 昭和24 (1949) 年 外務省外務官吏研修所講師 (~1953) 昭和31 (1956) 年 死去

 Gauntlett は英国 ウェールズ南部のスウォンジー (Swansea, Wales) で英国 国教会司祭の父 John と William Henry Monk (1823~1889) の姪で,作曲家の 母 Francis の次男として生まれた ( ガントレット彩子,2002; 古田 , 2003; 赤井 , 2006)4。教会・音楽一家で育った彼はグラマースクールを卒業した後,故郷

の建築会社に勤めたが,再び科学および美術学校のスウォンジー分校,さら にはシカゴ大学の通信課程で学び続けたという ( ガントレット, 恒, 1949)5

 好奇心の旺盛な若者となったGauntlett は 20 歳の頃,両親の反対にもか

4 伯父Henry John Gauntlett (1805~1876) はオルガン奏者・作曲家,バッハ研究家だっ た。メンデルスゾーン (Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy; 1809~1847) とも 知己を得ていたと伝えられている。

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( ガントレット,D., 1949;ガントレット彩子,2001)。

 足跡の中からエピソードをいくつか紹介すると,まずあげられるのが中央 教会における活動である。会堂に設置されたパイプ・オルガンは彼が自費で 購入し,組立てたもので,献堂式でのお披露目演奏も行った。中央教会では 初代の音楽主任を務め,聖歌隊の指導も担当したという ( 赤井,2006)。  千葉中学校 ( 現 千葉高等学校 ) では速記法 (stenography, shorthand writing) に夢中になった。最先端のピットマン式 (Sir Isaac Pitman,1813~1897) の日 本語版の開発をはじめ,明治32 (1899) 年には「新式日本語速記術」(ガントレッ ト式) を発表するに至った (Gauntlett, 1906)。この時は Pitman を通して基本 的な音声学の考え方にふれたと考えられる。  アメリカ大使館に勤務した折に紹介された山田恒 (1873~1953; 後に「恒子」 と改名) と明治 28 (1895) 年に結婚し,恒は日本初の英国籍所持者となった8 その後は一家で金沢へと移ったが,肺炎を患ったGauntlett は明治 36 (1903) 年に温暖な瀬戸内の岡山第六高等学校 ( 現 岡山朝日高等学校 ) に転職した ( 池 田哲,1979; 保坂,2020)。

 その岡山では自給伝道バンドからの友人McKenzie (Daniel R. McKenzie, 1861~1935) からエスペラント語 (Esperanto) を紹介された ( 池田裕,2020)。 この人造語に魅せられたGauntlett は直ちに学習を開始し,短期間で上達し た。恒の協力を得て講習会もはじめ,日本人向けの通信教育へと発展させた ( 山根 , 2000)9。エスペラント語の日本への導入には複数のルートが確認され ているが,その一人がGauntlett だった ( 岡,1983; ガントレット , O., 1976)10 8 恒は櫻井女学校 ( 現 女子学院 ) を卒業し,最難関の文検 ( 文部省検定 ) に合格した才 媛だった。前橋英和女学校 ( 現 共愛学園前橋国際大学 ),桜井英語専門学校 ( 現 女子 学院),東京女子大などで英語を教えながら,宣教師の通訳者として伝道にも協力した。 同時に婦人参政権の制定を求めて活躍した ( ガントレット恒 , 1949; 田邉 , 2012)。 9 受講者には息子のOwen,義弟の耕筰のほか浅田栄次 (1869~1914),山陽高等女学校 校長の上か じ ろ よ し代淑 (1871~1959),思想家の大杉栄 (1885~1923) や山川均 (1880~1958) など がいた。

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高等師範学校 ( 現 筑波大学 ) の R. G. Watkin (1873~?),および第一外国語学 校( 現 東京外国語大学 ) の R. B. McKerrow (1872~1940) が Henry Sweet (1845~ 1912) の Broad Romic (Sweet, 1899; スウィート,1998) を教えたのが最初だっ た ( 大村 , 1957; 南 , 1987)。  明治 34 (1901) 年から 3 年間,文部省留学生として新しい教授法を見聞す るために英国,ドイツ ( 当初予定になかったフランスにも滞在 ) に派遣され た岡倉由三郎は帰国後,日本のReform Movement の先鞭をつけた ( 岡倉 , 1906a; 1906b; 平田 , 2018)。8 年余り経った明治 39 (1906) 年には文部省留学か ら帰朝した杉森此この馬ま (1858~1936) が広島高等師範学校で Sweet の phonetics を 伝えた ( 松村 , 1971; 1996; 田邉 , 2010)15。杉森の帰国前後には外山 (1897),片 山・McKerrow (1902),岡倉 (1905; 1906) など英語音声に関する書物の出版は 続き,新教授法改革への胎動がはじまった ( 資料参照 )16Elements の出版は こうした英語教育界の流れとは無縁ではなかろう。 3. 2 構成・概要  Elements はタテ 21cm ×ヨコ 15cm の A5 判菊版 で,全19 章から成る 72 頁の小冊子だった ( 中表 紙,ERRATA,PREFACE,CONTENTS, 添 付 の 見開きの音声器官図を除く)。本書は出版の前年に 金沢で開催された中等教育英語科教員対象の文部省 夏期英語講習会(8 月 )17で配布された資料 (resume) の内,Gauntlett が担当した英語音声学の講義に基 づいたものである( 安藤 , 1904; 1904; 濱田,2012)。 図3 Elementsの中表紙 15 杉森の授業で「実地」を担当したのがP. A. Smith (1876~1945) だった ( 田邉 , 2018)。 16 英語の専門誌や新聞なども英語音声知識の普及に貢献した。『中外英字新聞』は「発 音学入門講座」を連載し,明治39 (1906) 年には『英語教授』(The English Teacher's Magazine) が創刊された。

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それを大手出版社で書籍化できた経緯は不明である。推測ではあるが,本書 が文部省の講習会を元にしたものだったということ,明治34 年に神田乃武 (1857~1923) と共著の英習字教科書 ( 神田・ガントレット , 1901) が好評を博 したこと ( 江利川 , 1996) などが関係していたのかもしれない。Elements の執 筆目的をGauntlett は次のように述べている。

Several years of teaching in Japan have convinced the writer that many difficulties in pronunciation might be overcome if only the teachers who instruct beginners had some practical knowledge of the subject treated in this book. (Preface)  このように自身の英語指導経験から,Gauntlett は明治後期の日本人学習 者の問題点は発音であり,改善のためには日本人英語教師に英語音声学の基 本知識を身に付けさせることが近道であると考えていたことがわかる。  Elements の構成と概要をまとめたのが表 2 である。この表から Gauntlett が経験していた日本人の英語発音困難点,および日本人英語教師のためにそ れぞれどのように対処しすべきかという彼のアプローチが窺えるはずである。 表 2 Elements の構成18 章 目  次 頁 主 な 内 容 I. INTRODUCTORY. 1 概説,発音メカニズム,息 II. THE ORGNS OF

SPEECH.

3 調音器官,音声断面図,口,声帯, 声,ささやき声

III. GENERAL CLASSES OF CONSONANTS.

6 子音分類,Stopped or Explodent, Continuent,Surds/ Sonants

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IV. EXPLANATIONS OF TERMS.

10 nasals, labials, dentals, palatals, gutturals, trill, aspirate, カタカナ, ひらがな V. THE JAPANESE VOWELS 13 母音,半母音への言及,調音様 式 ( 舌位,唇形,wide/narrow) VI. DIFFICULTIES TO BE ENCOUNTERED. 16 英語発音と文字の不規則性, accents ( 強勢 )

VII. ENGLISH “STOPS.” 18 子音閉鎖音,日英比較p b t d k g VIII. ENGLISH

“CONSONANTS.”

20 子音連続音,f v ふぶ , th the s z さざ sh zh し ch, 写真,図 IX. ENGLISH “NASALS.” 29 鼻音 m ま n なにぬねのん ng が

ぎぐげご

X. L AND R. 31 流音 l r 舌の正面図 XI. W AND Y. 36 w y

XII. H AND WH. 37 h wh 人 he-toe he who XIII. THE ENGLISH VOWELS. 39 母音 wide vowels narrow vowels

舌位 前中後 高中低 long short The Obscure Vowel 単語 文単位 での提示( 文脈 )

XIV. COMBINATIONS OF CONSONATS.

44 子音結合 tn, dn, tl, dl

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XVIII. EXCERCISES IN PRONUNCIATION: THE VOWELS. 62 単語Webster 式の diacritical mark を一部採用 XIX. FLUENCY. 65 文単位の発音練習,音節,ポーズ, 意味単位での区切り APPEN-DIX. THE NIGORI. 69 濁音,半濁音 INDEX 71  I. 章は音声のメカニズムの概説であり,II. 章では調音器官図とともに口, 声帯などの器官が音の産出にいかに働くのかが述べられている。  III. 章は閉鎖音,連続音などの子音の概論である。ここで注意を引かれる のが,子音が母音に先んじて取り上げられていることである。それが英語母 語話者としての直感に依るものか,当時の英語音声学の考え方に倣ったもの なのかは不明である。上野 (2017) は岡倉 (1989) を論じた際に子音が優先配置 されていたことに着目し,「( 岡倉が ) 初学者への配慮のために,原則として 1 文字 1 音対応と綴り字関係が単純で,母音に比べて調音位置が明確な子音 を先に扱ったと推測される」(p. 211) との見解を呈しているが,同じように Gauntlett も外国語として英語を学ぶ者の立場から子音を先行配置したのか もしれない。  IV. 章は当時の英語音声学の用語・概念の説明である19V. 章では日本語 母音と対照する形で英語母音が紹介されている。VI. 章は日本人学習者の習 得する上での困難点が扱われ,発音と文字の不規則性と強勢 (accents) からは じめられている。  VII. 章からは子音の各論で,ここでは閉鎖音が扱われている。VIII. 章では f, vなど日本人に難しい音声項目が,IX. 章では鼻音 (nasal) がまとめられている。

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 X. 章では L と R が,XI. 章では W と Y,さらに XII. 章では H と WH が 日本語音声と比較しながら論じられている。これらはどれも困難点予測に そったGauntlett の経験からのものであろう。そこには恒のアドバイスがあっ たものと思われる。  XIII. 章は再び母音の包括的な記述で舌の位置や曖昧母音などが取り上げ られている。XIV. 章は子音結合で tn, tl などが扱われている。XV. 章は音変 化の実際が取り上げられ,続くXVI. 章では音変化の実際を印欧語のみなら ず,ハングル語,日本語などからの実例を紹介している。

 XVII. 章以下は子音,母音それぞれの練習である。XIX. 章では syllable 概念, ポーズ,意味単位での区切りなど,文単位における自然な発音の仕方が工夫 ( 指導上の提案 ) とともにまとめられている。 4. 特色  以上を踏まえ,この項ではさらにElements がそれまでの同類書と比べて, どのような点で一線を画しているのか,その特色を論じてみる。  第1 の特色はElements が日本在住の英語母語話者によって著わされ,か つ日本人の英語教師を対象とした英語音声指導書だったということである。 江戸末期から一般の学習者向けの英語発音の手引のような印刷物はElements 以前にも数点存在するが,日本人英語教師用と銘打ち,「指導書」という形 でまとめられたものは数少なかった20。この一点のみをとらえてもElements の意義は大きい。  第2 点は日英音の対照を基本方針とし,「日本語音声 (the known) →英語音 声 (the unknown)」という手順が徹底されていることである。鼻音を扱った IX. 章を例にとると,英語の /m/ と日本語の「ま」との違いに着目し,それ

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ぞれの唇の使い方と息の違いを体感させるように構成してある。  さらに記述そのものに関しても初学者への配慮があり,例えばXII. 章を例 にとると日本語の「人」と英語の“he—toe”と対照させることで,日英音で の息の使い方の違いに気づきが起こるよう,帰納的な説明が行われているこ とも本書の持ち味である。同じく日本人の多くにとって困難点のL と R の 項目では;

Therefore, the first thing to do is to notice that a long continued l gives a voice- sound a little like う , whereas r has a sound peculiar to itself, as already explained. (p. 35)

 と,日本語の「う」音と対照させながら,dark l の音質の説明を行っている。  日英対照と聞くと戦後の構造言語学を連想するのが一般的ではあるが (cf. Contrastive Analysis; Fries, 1945),英語音声研究の歴史を眺めると,その原初 的な形は早くも中濱 (1859),本木 (1859),福澤 (1860),清水 ( 撰 ) (1860) など に見られる ( 田邉・川迫,1993)。  明治になって出版された尺せき・須藤 (1872),Dallas (1872), 青木 ( 編 ) ( 述 ) (1873),吉村秀蔵 ( 訳 )(1887)などには日英対照をさらに進めた記述がある ( 豊 田,1939; Tanabe, 2006)。英語発音を体系的にまとめた本邦初の英語発音書 ( 菊 池, 1886) もこの観点を踏襲し ( 田邉 , 2007),田村 (1887),Bradbury (1887), 池田 ( 編 ) (1888),神原 (1891),佐藤 ( 編訳 ) (1889) などがこれに続いた。磯 辺弥一郎 (1861~1931) の『中外英字新聞』の連載「発音学入門講座」(1902), 片山・McKerrow (1902) なども同様の観点を基本にしている ( 竹中 , 1982)。  Gauntlett がこうした先行出版物のいずれかに目を通していたかはわから ないが,日本語音声という「既知」(the known) と英語音声という「未知」(the unknown) を比較・対照させながら,帰納法に近い形式で記述するという方 針は教育学的に考えても理にかなったものだった。

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測し,対処法が述べられているという点である。2 点目で述べた日英対照が 編集の「ヨコ糸」であるとすれば,これは「タテ糸」とも呼ぶべきものである。 Elements の英文タイトルにある“for the Use of Japanese Teachers of English” の通り,音声項目には日本人英語教師の便宜を考慮に入れたものが配置され ている。なお,Gauntlett が選んだ困難点にはアクセント ( 強勢 ) ( 表 2:VI. 章 ), 子音 ( その一部 : VII.~XII. 章および XIV. 章 ),母音 (XIII. 章 ),子音結合 (XIV. 章),音変化 (XV. 章 ) だった。

 4 点目は音声項目の記述に盛り込まれた種々の工夫で ある。まず気づくのが,項目が文の中で提示されてい る点である。母音を例にとると;

 The Shah may be thought no fool.  That rare pen is not much good.

       (p. 41—下線筆者 )

 のように出来るだけコンテクストの中で音 声を提示するという方針を持っていたようで ある。これは現代の発音指導で推奨されてい る 原 則 を 先 取 っ た 工 夫 で あ る (Celce- Murcia, Brinton, Goodwin, & Griner, 2010)。

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epenthesis) の具体例を文字化することで,読者にどの部分が問題になるかを わかりやすく示している。

 I see a tiger and a big dog.

 I see a tinger ando a bingu dongu. (p. 19—太字は筆者 )

 「誤文」は当然,Gauntlett が耳にしていた明治後期の日本人の発音の実態 を示すものと考えても良いだろう。

 音変化を扱ったXV. 章では;He knows an eagle in an instant. という文が音 変化を受け,実際には;He knows a-neagle in-na-ninstant. (pp. 48-49) のよう に発音されることが説明され,文字と現実の音 (phonetic reality) との違いを 伝えようとしている。Gauntlett は語を超えて結びつく,「超分節音」をこう した工夫を加えて伝えていたことがわかる。

 Gauntlett は音読練習にも以下のように言及している。

It is not an uncommon thing to hear students commence a long word and stop halfway, reading some syllables two or three times, with the result that such a word as indisputable sounds like in-in-indis-indis-indisput-indisput-able. To prevent this, the students should practise (at home) in the following manner. (1) Examine the syllables without pronouncing them out loud: read them “in your mind.”

(2) Take a full breath and read the word slowly from beginning to end without stopping for a moment between the syllables.

(3) Never read it quickly. (p. 65)

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単位で,英語も音読する傾向があることに気づいていたのである。  さらに彼は単に音読練習のステップを示すに留まらず,テキストをどの様 に音読すれば良いのかという具体的な手順も示している。それが図8 の行間 の補助文で,これは上述のXV. 章で取り上げた文字による超分節音の現実を 伝えようとした工夫の延長にあるもので,一種のinterlinear mnemonics とで もいうべきものだった。  最初の行ではwhen I は 英語では whenI と繋げて 読むのが自然である。同 じ 様 にhad a を 一 語 の ご と く 読 み,view of も そ の 次 のcity of も of が それぞれ前にくっ付いて発音されることを示している。補助文の表記には Webster 式を援用しているが,これは International Phonetic Alphabet (IPA) が日本にはまだ移入されていない時代であったのでGauntlett が当時の日本 人に最も馴染みのある記号を選んだ結果であろう (IPA に関しては後述 )。英 語圏の小説などでは自然な音の実態を表記するのに “eye dialect” ( 視覚的方 言) と呼ばれる独特の綴りを用いることがあるが ( 例:Wassup? = What’s up?; Who dunit? = Who (had) done it?),Gauntlett は,文字言語を優先し,視覚 を通して音声言語を学ぶことが多い日本人の傾向を掴んでいたことが窺える ( オング,1991)。現在ではこの様な工夫を「記号付け」( 例えば寺島 , 2016) と呼ぶことがあるが,音声言語の実際を伝えるのには有益な手法である ( 小 山・松畑・田邉,1998)。

 英語母語話者の中には日本でなぜ音読が推奨されるのか理解できない人が いるが ( 例えば Levin and Addis, 1979),Gauntlett はその経験から音読が日本 人学習者には適した練習方法であることを見抜いていたのかもしれない。音 読を取り上げたことについても恒のアドバイスがあったのではないのかと推 測される。

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 以上,Elements の特色をまとめて来たが,最後に 1 点ほど付記しておく。 本書には発音記号が用いられておらず (Exercise にのみ Webster 式 diacritical mark が一部使用 ),音声記述の中には「自己流」で音声学を学んだ痕跡も各 所に見られる点である (Saito & Ashby, 2013)。

 しかしすでに述べたようにElements が著された明治後半は Sweet と Jones の狭間にあたる時期で,欧州の音声学研究の最前線とは知識上の大きな「時 差」が存在したのは無理からぬことだった23。  日本にJones の音声学・発音記号 ( 含む IPA) が本格的に紹介されたのは 大谷正信 ( 俳号 繞ぎょうせき石,1875~ 1933) の連載が契機となり Jones (1917; 1918) の 大量輸入につながった ( 大谷 , 1913~1914)。そこから英語教育界ではいわゆ る「大正音声学ブーム」が巻き起こり,日本の英語教育はPalmer 時代へと 突入したのである ( 宮田 , 1967; 田邉 , 2020)。つまり発音記号が普及するのは Elements の 10 数年後のことだったのである。  いずれにしても情報の入手が現在ほど容易ではなかった明治の後期にあっ て,学ぶ者の立場に立ち,創意工夫をこらした本書には上述の欠落点を補う 日本英語音声教育上の価値があると考える。 5.おわりに  明治時代には「底本」と呼ばれる海外の原典があり,それを下敷きに日 本版が著されることがどの分野でも一般的だった ( 音声学では例えば岡倉, 1906b)。しかしここまで見て来たように Gauntlett の本書はそうした翻刻版 ではなく,日本人に英語指導した自らの経験をもとに日本人英語教師のため にゼロから書き上げたものであった。したがってElements は英語音声学の 専門・細部化が進む前の時代に学歴や専門性などに縛られない自由な立場か らまとめた,初期の“応用音声学的な英語音声指導書”だったとまとめるこ

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とができよう。Elements はそれを読んだ英語教師のみならず,出版以降に著 された類書に有形無形の影響を与え,さらに大きく大正時代の英語音声学の ブームそのものにも何らかの形で関わったものと思われる24。 謝辞 *調査に際しては濱田栄夫氏,山陽女子中・高図書館,ガントレットの曽孫 のガントレット彩子氏,山口大学図書館,山口大学経済学部東亜経済研究 所,玉川大学図書館に大変お世話になった。また元香川大学の竹中龍範先生 からは安藤 (1904) の筆記による Gauntlett の金沢講習会のコピーを届けてい ただいた。ここに記して感謝を申し上げる。 参考文献 青木輔清 ( 編 ) ( 述 ) (1873)『英吉利語学便覧』行田町 : 青木輔清 [ 私家版 ]. 赤井励 (2006)『オルガンの文化史』東京 : 青弓社 . 秋吉台科学博物館 ( 編 ) (1985)『秋吉台・秋芳洞の人物史 4 エドワード・ガン トレット』山口: 秋吉台科学博物館 .

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資料:英語音声知識移入に関する簡易年表 時  代 事    項 出 版 物 江戸末期 音声知識収集 オランダ語からの類推 漂流人,留学生 中濱 (1859) 『和英商賈對対話集』(1859) 清水 (1860) 明治時代 (1868~1911) 音声知識形成 輸入・翻案 学制 (1872) 日英比較の萌芽 お雇い外国人 ミッショナリー 教育令 (1879) 英語音声知識の体系化への試み 日本人学習者の困難点を考慮 Sweet の音声学の紹介 音声重視の考え方 初期のIPA の紹介,体系化への 試み 文部省『中学校教授要目』 (1902) 『中外英字新聞』発音学入門講座 連(1902) 『英語教授』(The English Teacher's Magazine) 創刊 (1906) 蓄音機使用の音・リスニング指 導法の書物(附属レコード)の 出版 文部省中等学校英語教授法調査 委員会 (1910, 委員長 新渡戸稲 造) 東京高師付属中学校 教授細目 (1910) 明治四 (1871) 年版『薩摩辞書』 Webster 式 Spelling Book

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