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学位論文内容の要旨

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Academic year: 2021

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博 士 ( 地 球 環 境 科 学 ) 池 田 菜 穂

Mobile Pastoralism of yak/yak‑cattle hybrids in the Kanchenjunga  Conservation Area, eastern Nepal Himalaya ‑Migration Patterns,      sustainability of fodder resource use, and their relationship        to conservation policy‑

(ネパール・ヒマラヤ東部,カンチェンジュンガ自然保全地域における ヤク/ヤク―ウシ雑種の移動牧畜―移動形態,飼料資源利用の持続性,

     および保全政策との関係一)

学位論文内容の要旨

  1970年代以降、観光開発を視野に入れつつ環境保全事業を重要な国策としてきたネパールの東部、カン チェンジュンガ自然保全地域のグンサ谷を対象地域として、1998200001の3カ年、延べ8ケ月半の 現地調査により、ヤク/ヤク―ウシ雑種の移動牧畜の形態を明らかにし、それをもたらした環境要因を分析 するとともに、飼料資源利用の持続性、および環境保全政策との関係について考察することを目的とした。

まず、調査地域内で放牧される全ての家畜群の移動ルー卜・日程を1年間に渡って詳細に記載し、土地利 用形態としての移牧形態の季節的特徴を明らかにした。次に、それらの特徴を形成する自然的・社会的要 因を分析し、移牧形態に影響を与える重要な環境要因を時期別に特定した。さらに、飼料資源利用の持続 性の検討に向けて、最も重要な放牧地である高山草地の総体的な飼料資源量を推定した上で、現行の移牧 形態の問題点を考察した。最後に、移動牧畜と環境保全政策との利害衝突の問題に着目し、希少動物種で あるユキヒョウによる家畜被害の問題について考察を行った。研究成果は以下のようにまとめられる。

(1)現行の移牧形態の特徴の解明

  夏期(6月半ば〜9月末)には全世帯の放牧高度が高山帯(標高4,000 ‑‑‑5,400 m)の範囲内に集中し

(高度差300〜 700m程度)、それ以外の期間には各世帯の放牧高度に大きなばらっきがある(高度差1,100

〜2,300 m)ことが明らかになった。特に7月半ば‑‑9月初めには、多くの世帯が日程を調整して高山草 地内の高所に位置する放牧地を同一期間に利用すること、また、冬期には、居住する冬村の周辺で家畜を 放牧する世帯があるいっぽう、一部の世帯が高山帯に留まることや、他の一部の世帯は冬村から遠い森林 帯に家畜を放置することなどが明らかになった。

(2)移牧形態に影響を与える重要な環境要因の特定

  夏期の移牧形態については、移牧期間の気温と草の生長量の測定、および村落での農業カレンダーの調 査に基づき、移牧形態をもたらした環境要因について分析した。この結果、夏期の移牧形態は農作物等睦 守るための村社会の移動規制に従い、かつ、ヤクの生理的特性に適する環境温度と、高山草地における草 の生育時期という2つの自然的制限をも受け入れたものであることを明らかにすることができた。すなわ ち、夏期には、暑さに弱いヤクの生理からみるとより高所のほうが温度環境は良いことになるが、このこ

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とは、カンパチェン集落(4,100 m)を分布上限とする畑や採草地の作物や牧草を守るための移動規制と 矛盾しな。ゝ。また、低所でヤクにとっての温度環境が悪化するこの時期は、高山草地で植物のバイオマス が増大する時期にあたり、高所へ移動することが温度環境からも植生条件からも合理的であると言える。

  本研究では、さらに、牧者たちが、高山草地をよりいっそう有効に利用するために、高山草地上部の放 牧龜で自主的な利用規制を行い、放牧開始までに植物の現存量を増大させていること、また、その利用に 関して世帯間の公平性を保つように計画していることを明らかにした。また、燃料木の入手が困難な高所 では、前年に乾燥させた家畜の糞を備蓄して代替燃料として併用することにより、宿営地の上限高度を 5000m付近まで上げ、草地限界高度(5400m付近)により近い場所の利用を可能にしていることを 明らかにした。

  いっぽう、秋〜春期の移牧形態については、放牧高度の大きなばらっきが居住村の高度、飼養する家畜 種、冬期間の飼料の確保状況を含めた世帯ごとの生業戦略に基づいていることを実証した。また、1960年 代以降に調査地域内に移住したチベット難民が、固有の文化・社会的背景により、以前からの住民とは異 なる形態で放牧を行っていることや、他の一部の世帯が、1990年代後半に始まった観光宿泊業を副業とし て取り入れ、それに対応した新しい移動形態を実践していることも明らかにした。これらのことから、秋

〜春期の家畜群の移動形態は個々の世帯の社会的・経済的事情により様々に変化しうると考えられ、伝統 的移牧形態の変容の可能性が、主に社会的要因によることを示唆した。

(3)飼料資源利用の持続性に関わる考察

  現行の移牧形態の持続性については、高山草地での夏期の放牧が草本植物の1生育期間中の総生産量や 翌年以降の再生産カに与える影響について、植物生態学・草地学的な視点から分析する必要があり、また、

高山草地下部の放牧地では、植物の生長段階のごく初期に放牧が実施されているので、その影響について も調査を行う必要がある。本研究では、特に夏期の放牧の持続性に焦点をあて、1地点における地上部バ イオマスおよび生長期の気温の実測データから、有効積算気温を用いて高山草地全体の飼料資源量を推算 した。この結果、潜在的な飼料資源量は、現在夏期に放牧されている家畜頭数の飼料要求量の6〜9倍に 相当すると推定された。野生草食動物の採食量については検討できなかったが、現存する家畜群にとって は、現行の移牧形態のもとで、高山草地全体で充分な量の飼料資源が存在することを示唆できた。いっぽ う、冬期には、世帯ごとの採草地の所有状況と乾草収量、補足的飼料(穀物等)の入手経路とその入手に 関わる経済カなど、飼料の確保をめぐる牧者世帯の戦略が問題になる。また、放牧場所と家畜の生存率に ついて調ぺる必要がある。本研究では、特に冬期間の移牧形態が世帯ごとに異なることを明らかにするこ とができたことから、今後は、各世帯レベルでの飼料確保手段について社会学・経済学的な観点からの検 討が必要であると言える。

(4)牧者達の経済生活からみたユキヒョウ保全政策についての考察

  ユキヒョウによる家畜被害発生時における1年間の平均的被害金額は、現地での聞取り調査により、平 均的規模の家畜群(36.6頭)を所有する世帯の牧畜業による純現金年収の約29%に相当することが明ら かになった。さらに、中〜小規模の家畜群(40頭以下)を所有する世帯が、最大規模の家畜被害を受けた 場合には、その被害金額は純現金年収の100%を超える可能性があり、家畜群規模の回復が難しくなる可 能性もあることから、生活レペルが下がるか、廃業に追い込まれる危険性があることが示唆された。実際 に、牧者達を対象とした聞取り調査から、彼らの多くがユキヒョウ保全政策に不満をもっていることが明 らかになった。

  移動牧畜による土地・資源利用と環境保全政策のこのような利害衝突の問題には、保全方法に関わる生 態的な調査のみならず、牧者達の経済状況の詳しい調査にも基づいた対応をとる必要がある。本研究で明 らかにした牧畜業の経済収支に基づき、今後は、牧畜以外の生業も含めた総合的な生業戦略について基礎

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(3)

的データを収集することにより、グンサ谷における牧者達の生活と自然環境の関係について経済的側面か ら検討することができよう。

‑ 196

(4)

学位論文審査の要旨

主 , 査

  

教 授

  

小 野 有 五 副 査

  

教 授

  

平 川 一 臣

副 査

  

助 教 授

  

池 田

  

透 (北 海 道 大学 大 学院 文 学

    

研 究 科 )

副 査

  

助 教 授

  

池 谷 和 信 ( 国 立 民 族 学 博 物 館 )

Mobile Pastoralism of yak/yak‑cattle hybrids in the Kanchenjunga  Conservation Area, eastern Nepal Himalaya ‑Migration Patterns,       sustainability of fodder resource use, and their relationship       to conservation policy‑

(ネノヾール・ヒマラヤ東部,カンチェンジュンガ自然保全地域における ヤク/ヤクーウシ雑種の移動牧畜―移動形態,飼料資源利用の持続性,

    

および保全政策との関係―)

  

本研究は、

1970

年代以降、観光開発を視野に入れた環境保全事業を重要な国策として きたネパールの東部、カンチェンジュンガ自然保全地域のグンサ谷を対象地域として、1998 、

2000‑01

3

カ年、延べ8 ケ月半の現地調査を行い、ヤク/ヤクーウシ雑種の移動牧畜の形 態を明らかにし、その形態に影響を与えた環境要因を分析するとともに、飼料資源利用の 持続性、および移動牧畜と環境保全政策との関係にっいて考察したものである。全体は7 章からなる。

  

第1 章では問題設定と先行研究のレヴューを行い、第2 章では調査地域を概観した。第

3

章では、調査地域内で放牧される全ての家畜群の移動ルート・日程を1 年間に渡って詳 細に記載し、土地利用形態としての移牧形態の季節的特徴を明らかにした。主谷の最奥部 で移牧を行うすべての世帯(11 世帯)について、地域に入ってきた時期の相違や、チベ ット難民であるかどうかなど、各世帯のもつ歴史的・文化的背景に応じた家畜構成や、そ れに起因する移牧形態の違いをまず明らかにした。移牧形態については、夏期には全世帯 の放牧高度が高山帯(標高4 ,000 〜5 ,400 rh) の範囲内に集中し、それ以外の期間には各世 帯の放牧高度に大きなぱらっきがあることが明らかになった。

  

第4 章では、それらの特徴を形成する自然的・社会的要因を分析し、移牧形態に影響を

与える重要な環境要因を時期別に特定した。夏期の移牧形態は、農作物等を保護するため

の村社会の移動規制に従い、しかも、ヤクに適する環境温度と、高山草地における草の生

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育 時 期と い う2 つの 自 然 的要 因 に順 応 し てい た 。い っ ぽ う、 秋 〜春 期の 移牧形態 について は 、 放牧 高 度の 大 き なぱ ら っき を 、 居住村 の高度、 飼養する家 畜種、冬 期間の飼 料の確保 状 況 を含 め た世 帯 ご との 生 業戦 略 の ちがぃ によって 説明した。 チベット 難民は、 以前から の 住 民と は 異な る 形 態で 放 牧を 行 っ ており 、また他 の一部の世 帯は、観 光宿泊業 を副業と し て 取り 入 れた 新 し い移 動 形態 を 実 践して いた。し たがって秋 〜春期に おける家 畜群の伝 統的移牧形態の変容は、主に社会的要因によることが示唆された。

  

第5 章で は 、飼 料 資 源利 用 の持 続 性 を検 討 する た め の基 礎 的 作業 として 、最も重 要な放 牧 地 であ る 高山 草 地 の総 体 的な 飼 料 資源量 の推定に 基き、現行 の移牧形 態の問題 点を考察 し た 。す な わち 本 研 究で は 特に 夏 期 の放 牧 の持 続 性 に焦 点 を あて 、

1

地 点におけ る地上部 バ イ オマ ス およ び 生 長期 の 気温 の 実 測デー タから、 有効積算気 温を用い て高山草 地全体の 飼 料 資源 量 を推 算 し た。 こ の結 果 、 潜在的 な飼料資 源量は、現 在夏期に 放牧され ている家 畜 頭 数 の 飼料 要 求 量の

6

9

倍 に 相当 す ると 推 定 され た 。 野生 草 食動 物 の 採食 量 につ い て は 検 討で き なか っ た が、 現 存す る 家 畜群に とっては 、現行の移 牧形態の もとで、 高山草地 全体で充分な量の飼料資源が存在すると推定した。

  

第6 章で は 、移 動 牧 畜と 環 境保 全 政 策と の 利害 衝 突 の問 題 に 着目 し、希 少動物種 である ユ キ ヒョ ウ によ る 家 畜被 害 の問 題 に ついて 考察を行 った。ユキ ヒョウに よる家畜 被害発生 時 に おけ る

1

年 間の 平 均 的被 害 金額 は 、 現地 で の聞 取 り 調査 に より 、平 均的規模 の家畜群

(36.6

頭 ) を所 有 す る世 帯 の牧 畜 業 によ る 純 現金 年 収の 約

29

% に 相当 していた 。さらに 、 中 〜 小 規 模 の 家 畜 群

(40

頭 以 下 ) を 所 有す る 世 帯が 最 大 規模 の 家畜 被 害 を受 け た場 合 に は 、 そ の 被 害 金 額 は 当 該 世 帯 の 純 現 金 年 収 の

100

% を 超 え、 家 畜群 規 模 の回 復 が困 難 と な り 、 廃 業 に 追 い 込 ま れ る 可 能 性 が あ る こ と も 示 唆 さ れ た 。 第

7

章 は 結 論 で あ る 。

  

本研 究 は、 こ れ まで 全 く調 査 さ れて いなか ったカン チェンジュ ンガ地域 における ヤクノ ヤク‐ウシ雑種の移動牧畜の形態を、全世帯を対象に詳細に明らかにしただけでなく、とくにその 持続性について、夏季の飼料資源利用と希少種であるユキヒョウとの関わりから考察したもので あり、ヒマラヤでは初めての研究である。高山帯における草資源の推定に関しては、高度別の刈 り取り回数を増やしたり、野生草食動物による採食量を見積もるなど、なお、今後、その精度を 上げる必要があるものの、ヒマラヤにおいて、現地での詳細な観測データに基き、初めてこのよ うな 算定を行 った意義は 大きい。 また移動 牧畜によ る土地・ 資源利用 と環境保全政策との利 害 衝 突に つ いて は 、 保全 方 法に 関 わ る生態 的な調査 のみならず 、牧者違 の経済状 況の詳し い調 査にも基 づぃた対応 が必要で あり、今 後、牧畜 以外の生 業も含 めた総合的な生業戦略 に つ いて 基 礎的 デ ー タを 収 集す る こ とによ り、グン サ谷におけ る牧者達 の生活と 自然環境 の 関 係に つ いて 経 済 的側 面 から の 検 討が可 能となる 。その意味 において も、本研 究で明ら かにした牧畜業の経済収支は重要な資料といえる。

  

審査 員 一同 は 、 これ ら の成 果 を 高く 評価し 、また研 究者として 誠実かつ 熱心であ り、大

学 院 博士 課 程に お け る研 鑽 や修 得 単 位など もあわせ 、申請者が 博士(地 球環境科 学)の学

位を受けるのに充分な資格を有するものと判定した。

参照

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