平成24年度
特定の課題についての学修の成果
古典に親しみを持たせるための授業方法の工夫
一高等学校入門期における学習指導一
兵庫教育大学大学院
学校教育研究科
教育実践高度化専攻
授業実践リーダーコース
PllO29J
巽 利 行
目次
第1章 問題の所在と研究の目的・・・・・・・・・・・・・・…
第1節 研究の背景・・・・・・・・・・・・・・… ● ● 第1項自らの経験から・・・・・・・・・・・・・・・・…
第2項 学習指導要領に見る高等学校古典学習の在り方・・…
第3項平成21年告示『高等学校学習指導要領』・・・・・…
第2節 本研究の目的・・・・・・・・・・・・・・・… σ・・
第3節 本稿の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
1113690 1
第II章 高等学校における古典教育の理論と実践・・・・・・・…
第1節 古典教育の理論・・・・・・・・・・・・・・・・・…
第1項 古典教育の意義・・・・・・・・・・・・・・・・…
第2項高等学校古典入門期の指導法・・・・・・・・・・…
第2節 先行実践から学ぶ・・・・・・・・・・・・・・・・…
第1項グループ学習(班別学習)・・・・・・・・・・・…
第2項 現代語訳の活用・・・・・・・・・・・・・・・・…
第3項創作活動・・・・・・・・・・・・・・・・・… ● 第3節 本研究における指導法・・・・・・・・・・・・・・…
1.グループ学習・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
2.現代語訳の活用・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
3.創作活動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
4.教科書教材以外の教材の使用・・・・・・・・・・・・…
5.和歌の紹介・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
1116004600011111112222333333
第皿章 実践・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・… ..
第1節 教育実践研究開発プロジェクト実習・・・・・・・・…
第1項単元計画・・・・・・・… ●● ●● ●●● ● 第2項 「阿蘇の史、盗人にあひてのがるること」の実践・…
333954993333345556
第3項 「雪のいと高う降りたるを」の実践・・・・・・・…
第3節 本実践の考察と課題・・・・・・・・・・・・・・・…
第1項 質問紙調査の概要・・・・・・・・・・・・・・・…
第2項古典に対する意識の変容・・・・・・・・・・・・…
第3項 手立ての検証・・・・・・・・・・・・・・・・・…
ρOPO反U−←8
7唇88QりQり
第IV章 本研究のまとめと今後の課題・・・・・・・・・・・・…
第1節 本研究の成果と課題・・・・・・・・・・・・・・・…
第1項 本研究のねらい・・・・・・・・・・・・・・・・…
第2項 本研究の成果・・・・・・・・・・・・・・・・・…
第3項 本研究の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・…
第2節授業モデルの提案・・・・・・・・・・・・・・・・…
第1項「児のそら寝」・・・・・・・・・・・・・・・・・…
第2項 「清水寺二千度参り、双六に打ち入るる事」・・・・…
100 100 100 102 104 106 106 110
謁寸舌辛。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … 114
引用・参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・… 115 巻末資料
要旨
第1章問題の所在と研究の目的
第1節 研究の背景 第1項 自らの経験から
これまで古典の授業を担当し、生徒から「古典は難しい」「古典は外国語」と いうことばを数多く聞いてきた。そして、「古典は嫌いだ」ということばも聞い た。私自身、古典が好きで、古典のおもしろさを生徒たちに伝えたいと常日ご ろ思っていた。しかし、実際は正反対の方へと向かってしまっていたわけであ
る。
古典指導についての課、題は、古くは1954年に当時の文部省が次のように指
摘している。
従来の古典学習では、逐語的に説明を加えたり、文法を解説したりしながら現代語訳を作 っていくことが、古典学習の重要な作業であった。それも古典読解の一つの方法ではあるが、
古典学習をむずかしくし、興味のないものにした原因ともなった。1
そして、特に、古典入門期の学習においては、このような状況に陥ることの ないようにすることの重要性を強調している。しかし、50年以上前から指摘さ れていることが、いまだに改善されていない。
また、加藤i郁夫は、次のように述べている。
そもそも高校における古典教育をかろうじて維持しているのは、大学入試である。入試が あるから、生徒たちは古典を勉強する。したがって、大学入試という枷がはずれてしまうと 古典は見向きもされなくなるかもしれない。また、受験勉強は、合格の一点に目を向けさせ るがゆえに、何のための勉強かをも見えなくさせることがある。2
大学入試という枷が高校生をして古典学習に向かわせているという加藤の指 摘は、全日制普通科の高等学校で教鞭をとった者には同感できるものである。
そこで、古典嫌いをなくすこと、あるいは古典嫌いを作らないためには、ど のような授業方法、指導法をとればよいのか、さらに進めて、生涯にわたって 古典に親しむ態度を生徒たちに育むためにはどのような工夫をすればよいのか
を研究テーマとして探っていくことにする。
2
第2項 学習指導要領に見る高等学校古典学習の在り方
高等学校国語科の学習指導要領は、これまで昭和26年以降、昭和30年、昭 和35年と改訂され、これ以降は、昭和45年、昭和53年、平成元年、平成11 年、そして平成21年と、ほぼ10年ごとに改訂が行われた。ここでは、必修科
目の在り方・変遷という視点からそれらを大きく3っに分けて見ていくことに
する。
1.昭和26年刊行『中学校高等学校学習指導要領 国語科編(試案)』
試案として刊行された学習指導要領であるが、そこには、国語教育について 以下のように書かれている。
これまでの国語教育、ことに中等学校以上の国語教育は、教室の中で古典を読んだり、名 文を読んだりすることをおもな仕事としていた。そうした言語文化の習慣をとおして、言語 文化を向上させようとねらっていた。これに対して、新しい教育課程の考え方では、われわ れはどんな言語生活を営むかを考え、その生活の向上に必要な能力をつけようとする。われ われが社会生活をして行く上に読むのは新聞であり、聞くのはラジオである。(中略)話し 言葉の学習指導が小学校の一年生から高等学校の三年生までずっと、教育課程の中で一つの 地位を得ようとしているのも新しい傾向である。また、古典よりも現代文学のほうが生徒に とって興味もあるし、能力にも合っているから、国語の教育課程の中では、後者のほうがも っと重要な地位を占めようとしている。けれども、古典の学習指導を捨ててはならない。多 くのりっぱな、価値ある作品が過去において書かれてきており、それを読解する力がつけば、
その読書は楽しいものであるばかりでなく、われわれの祖先の生活や精神が理解される。古 典の学習が不要なのではなくて、国語教育を古典に限ることが狭いというのである。3
この文面からは、従来の国語教育は古典教育が主であったことが読み取れ、
今後は話し言葉の学習指導や現代文学の学習を重要視する方向性が示されてい る。しかし、国語教育を古典に限ることに対しては「狭い」としつつも、古典 の学習指導を捨ててはならないと論じている。
関する科目に分けたねらいについて冨安慎吾は次のように述べている。
『35年学習指導要領』の改訂において最も注目されたのは科目「現代国語」の設置であ る。このねらいについて、教育課程審議会による「高等学校教育課程の改善について(答申)」
の解説には、次のような記述をみることができる。
この趣旨は、要するに現代国語の読解力、作文の能力の向上をはかりたいということにあ る。(中略、筆者)現在国語科の教科書には現代文も相当量はいっているが、これを現場で 指導する場合、ややもすれば古文の読解の指導に重点がおかれ勝ちであることが考慮された
のである。
従来の「国語(甲)」において、現代文学習は軽視される傾向があった。「現代国語」の設 置は、そのような状況を大きく変える画期的な措置であったと言える。4
つまり、それまでの古典重視の授業を打破しようとした改訂であり、そのた めに、現代国語と古典の科目に分けたのである。
その後向20年間にわたって、現代国語と古典とが別の科目として扱われ、
存在し続けたことは、その後の学習指導に大きな影響を与えることになった。
3.昭和53年告示『高等学校学習指導要領』
ここでは、現代国語と古典を1つにし、「国語1」という科目にし、必修科 目とした。必修科目の単位数も大幅に減らされている。このことについて、『高 等学校学習指導要領の展開 国語科編』では次のように述べている。
必修の「国語1」が総合的な性格のものとなったのは、一つには全教科を通じて第1学年 に総合的な必修科目を設けるという全体の方針に沿ったものであり、また一つには、4単位 という少ない単位数の中を2、3の科目に細分するのは不適当だという事情もあったからで ある5
つまり、この年の学習指導要領改訂全般にわたる基本方針が、必修単位数を 極力抑えて、かつ原則として第1学年において必修科目を完了し、その後にお いては生徒の実情に応じて学習内容の多様化を図ろうという趣旨である。した がって、国語科でも、必修科目を「国語1」のみとし、必修科目の単位数も半
4冨安慎吾「昭和30年代後期の国語科教育過程における漢文学習の位置づけ一『古典に関 する科目』の成立に注目して一」広島大学大学院教育学研究科紀要 第二部 第56号、
2007, p.122
5馬渕和夫、大矢武師『高等学校学習指導要領の展開 国語科編』明治図書、1978、p.31 4
分以下になったのである。
さらに現代国語と古典とを区別することについて次のようにも述べている。
本来両者は統一的に把握されるべき連続した言語文化であるという一面をもっており、そ の意味では、両者を切離して別個に学習すると、両者の連続性・統一性が見失われる危険性 もある。ことに古典を学ぶ初歩の段階では、その連続性を保った形で学習する方が自然であ り、無理なく理解できる、ということである。また、総合的に扱う方が、生徒の実情に応じ て両者の学習量や進度を調整できるという利点もある。6
つまり、現代国語と古典の科目を一緒にしたのは、学習指導要領全般の流れ であることも間違いないが、それだけではなく、現代国語と古典両者が持つ連 続性・統一性を大事にしたということである。現代文も古文も同じ日本語とい うことには変わりなく、言語文化を継承するということでは統一性が図られる ことが重要であろう。
これ以降、国語科の必修科目は1つに統一され、平成11年告示の学習指導 要領からは「国語総合」と改編され、平成21年告示の新学習指導要領でも引 き続き「国語総合」として、現代文と古典の2つの分野が統合されている。
第3項 平成21年告示『高等学校学習指導要領』
平成21年に高等学校の学習指導要領が告示された。ここではその新学習指 導要領の中から、特に「国語総合」の古典分野について見ていく。
1.平成21年告示『高等学校学習指導要領』
今回の改訂では、科目や単位数について大きな変化は見られない。変化があ ったのは、「国語総合」の内容および内容の取扱いである。
昭和53年の改訂で、必修科目が「国語1」として統一されたことは先にも 述べたが、それ以降、必修科目における教科の目標や科目の目標、内容及び内 容の取扱いにおいて、古典に関する記述が減っている。国語科の目標に関して は、昭和53年の改訂以降あまり変化はないが、その中で古典に関する事項が ほとんど見当たらない。これは「国語1」の科目目標を見ても同様である。内 容及び内容の取り扱いの事項を見ても、現代文分野の項目と比べると非常に少 ないのが見てとれる。詳しくは巻末の資料を参考にされたい。
しかし、今回の改訂で、「国語総合」における内容及び内容の取扱いの事項が 大幅に増えた。「伝統的な言語文化に関する事項」が新たに設けられ、それにつ いての記述が増えたためと思われる。「伝統的な言語文化に関する事項」につい ては、『高等学校学習指導要領解説国語編』に次のような説明がある。
新たに置いた〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕では、我が国の文化と外国 の文化との関係に気付き、伝統的な言語文化への興味・関心を広げることを示すとともに、
従前、〔言語事項〕として示していた言葉のきまり、言葉の成り立ち、表現の特色、言語の 役割、文や文章の組立て、語句、語彙、表記、漢字の読み書きに関することも取り上げてい
る。7
ここから読み取れるのが、国際化の流れを汲み、伝統的な言語文化への興味・
関心を喚起するということである。そのため、内容の取扱いには、「中学校の指 導の上に立って」や、「注釈、傍注、解説、現代語訳などを適切に用い」、「我が 国の伝統と文化に対する関心や理解を深め」や、「国際協調の精神を高めるのに 役立つこと」などと書かれている。古典に重きが置かれるようになった。これ は大きな変更点である。
7文部科学省『高等学校学習指導要領解説国語編』2010、p.7 6
2.伝統的な言語文化に関する事項
新学習指導要領では、従来の「言語事項」に代わり、「伝統的な言語文化と国 語の特質に関する事項」が設置された。これは小学校や中学校でも同様に新た
に設置された。このことについて、宮一美樹は次のように述べている。
この背景には、教育基本法が改正され「伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を 推進する」という条文が加えられたことがある。これを受け、学校教育法にも伝統と文化を 尊重する態度を養うことが明言され、平成20年の中央教育審議会の答申において、「伝統や 文化に関する教育の充実」という項目が盛り込まれた。学習指導要領の改訂で、「我が国の 言語文化を享受し継承・発展させる態度を育てる」ことを目指し、そのために「伝統的な言 語文化に低学年から触れ、生涯にわたって親しむ態度の育成」を重視しているのである。こ れらのことから、児童の日常生活、言語生活と、日本の伝統的な文化を結び付け、生涯にわ たって古典や物語、民話などに親しむことができるような児童を育てる学習活動を工夫して いくことが求められていると言える。8
教育基本法や学校教育法の改正が大きな要因となり、子どもたちは小学校の 低学年から古典に触れることとなった。小学校の第1・2学年では、「昔話や神 話・伝承などの本や文章の読み聞かせを聞」くこと、第3・4学年では、短歌 や俳句の音読・暗唱や、「故事成語などの意味を知り、使うこと」を指導事項と
して取り上げられるようになった。
また、中学校でも古典の教材が増加している。つまり、高校古典の入門期の 様相が、従来の古典の入門期とは違うことになっているということに留意して 授業を行う必要がある。
3.学習指導要領解説
先にも述べたが、1954年に当時の文部省から出された『中学校高等学校学習 指導法国語科編』では、古典教育に関する課題として「奥詰注釈」に陥った授 業を指摘している。一方で平成22年に刊行された『高等学校学習指導要領解 説国語編』には、次のように書かれている。
まり、多くの古典嫌いを生んできたことも否めない。9
50年以上も前に文部省が指摘した課題が、今もなお課題として取り上げられ ている。ここには、課題として認識されていながらもそれを克服できていない 国語教育界の現状が浮かび上がる。本研究では、その現状を克服する方法を探
ることとする。
9「注7」と同じ
8
第2節 本研究の目的
前節で述べたように、生徒たちが古典を苦手にしている現状が浮かび上がっ ている。そのため、古典に対して興味・関心を持つように、学習方法を工夫し なければならない。
平成21年告示の『高等学校学習指導要領』の「古典A」の目標は以下の通
りである。
古典としての古文と漢文、古典に関連する文章を読むことによって、我が国の伝統と文化 に対する理解を深め、生涯にわたって古典に親しむ態度を育てる。10
「生涯にわたって古典に親しむ」ことが古典の授業で求められている。その ためには、生徒たちが入学して本格的に古典と向き合う、高等学校入門期の古 典学習を工夫する必要があると考えた。
なお、本研究においては、「高等学校入門期」とは、高校1年生の一年間を 想定している。この一年間において、古典作品や学習に対する生徒たちの関心・
意欲を喚起し、彼らに基礎的な学力をつけることが重要だからである。
第3節 本稿の構成
本稿第1章では、「問題の所在」として、1954年に当時の文部省が指摘した 古典学習についての課題が、平成22年に文部科学省がほぼ同じ指摘をしてい ることを取り上げた。「生涯にわたって古典に親しむ」生徒を育むべく、高等学 校入門期の古典学習の工夫を本研究の目的とした。
第II章では、高等学校における古典教育の理論と実践として、古典教育の意 義について論じ、先行研究・実践の調査を行った。
第皿章では、第ll章の先行研究・実践をもとに、実習校で実践を行い、その 効果の検証を試みた。
第IV章では、本研究の成果と課題を述べ、今後の授業モデルとして、説話文 学の教材を2つ提案し、本研究のまとめとした。
IO
第H章 高等学校における古典教育の理論と実践
第1節 古典教育の理論
「なぜ古典の授業があるのか。なぜ古典を勉強しなければならないのか。」
これは生徒の多くが疑問に思っていることであろう。そして、国語科の教員 であるならば即答しなければいけない。そこで、ここでは、古典教育の意義と、
高等学校古典入門期の指導法を探ることとする。
第1項 古典教育の意義
古典教育の意義については、これまで諸家によって様々な論が呈示されてい る。大平浩哉によると、古典教育の意義、目的については、これまで次のよう なことが挙げられてきた。
(1)心情を豊かにするため
(2)文化を創造する基礎を養うため
(3)思考力・批判力を伸ばすため
(4)人生を豊かにする態度を育てるため
これらはいずれも、古典としての古文や漢文を読解し鑑賞する能力を養うことを通して育成さ れるべきものであって、戦後の高等学校学習指導要領(国語)のなかで一貫して明示されてきた 事柄である。11
大平はこのように述べている。また、古典教育の意義について、渡辺春美は より詳しく述べている。そこで、渡辺春美の分類12に従って、以下の2点にま
とめる。
1.内容的意義 2.言語的意義
時枝誠記は次のように述べている。
人は他人の伝記を読むことによって、人生の指針を与へられることが多いが、同時に、又 それ以上に自己の生活の回顧や反省によって、己の行くべき道を知ることが多い。自国の古 典を読むといふことは、それと同じ意味で、自己を正しくしり、現在の自己を拡充する大切 なよすがである。古典は、鏡に映された民族の自らの姿である。己の姿を見るのに、これに 自惚れたり、これに卑屈であったり、又これを歪めることがあってはならない。13
時枝は、自国の古典を読むことによって、ありのままの過去を知り、そして 現在の自己を知る。そのことが、古典を読む意義であると論じている。
そして、時枝は次のようにも述べている。
古典は善くも悪くも、それが民族の精神形成を物語るものとして教育される必要があるの である。自叙伝が、今日の個人を明かにする上に重要であるやうに、古典は、民族の自叙伝 である。自叙伝には、栄誉と戯悔とが盛り込まれてあるやうに、古典は、ある場合には、民 族の栄光であると同時に、ある場合には、民族の臓悔である。古典を読むことは、民族が、
自己の過去を反省するといふ意味において重要なのである。14
時枝は、古典には、栄光と強陣があるとし、ただ栄光を褒め称えるだけでは なく、戯悔を直視し、反省することが必要であると論じている。このことにつ いて増淵恒吉は、次のように述べている。
ひたすら崇め尊ぶ対象なのではなく、古文から読み取ったものの中から、現代に生かすべ からざるものは捨て、生かすべきものは、生かしていくというのが、古典に学ぶ態度でなく てはならない。15
つまり、現代に生かすべからざるものと、生かすべきものを見極めることが まずは重要であることがわかる。そこから、取捨選択をし、古典に学ぶ態度が
できる。
13時枝誠記「国語教育に於ける古典教材の意義について」小和田仁、小川雅子編『国語教 育基本論文集成17国語科と古典教育論 古典教育論と指導研究』明治図書、1993、p.15 14時枝誠記「古典教育の以後とその問題点」小和田仁、小川雅子編『国語教育基本論文集 成17国語科と古典教育論 古典教育論と指導研究』明治図書、1993、p.127
15増淵恒吉「高等学校における古典指導の意義」大矢武師、瀬戸仁編『高等学校における 古典(古文漢文)の理論と実践』明治書院、1979、p.12
12
また、増淵は次のようにも述べている。
日本古典の中には、民族固有の感受性、感情や思想が脈々として息づいており、我々の生 活には、それらがなんらかの形で投影され、受け継がれていると言えよう。日本古典の学習 によって、母国語の由来や変遷を知るとともに、先人が、それぞれの歴史的・社会的状況の 中で、どう感じ取り、どう考え、どう生きてきたかを、作品の中に具体的に探り、それらが 同時代及び後世にどのように影響し、現代とどんなつながりがあるのか、更に、古典の不易 性・普遍性とは何なのかを学ぶところに、日本古典の学習の意義が認められる。16
このように、増淵は、先人の感じ方、考え方、生き方と、現代とのつながり を学ぶことが、日本古典の学習の意義であると論じている。もちろん栄光と戯 悔とがあり、すべて受け入れる必要があるわけではあるが、そこから古典の不 易性・普遍性を探ることこそが、古典学習の意義であるとしている。
以上は、教育学者の卓見、論考である。その一方で、学習者である生徒の立 場から論を立てようとする渡辺春美は、生徒の実態をもとに、古典教育の意義 に関して考察している。そこで、古典教育の意義について生徒に記述させ、次 のように述べている。
生徒は、古典を読むことによって、時間の変化を意識し、古典に表れたものの見方・考え 方を現在のそれと比較することを通して、現在のものの見方・考え方の成り立ちの根をとら えているといえる。成り立ちの根をとらえることは、文化の根を歴史的にとらえることであ り、私たちの拠って立つところを確認することでもあろう。ここに、文化の根を探る古典教 育の意義を達成する古典教育の可能性を見ることができる。17
古典教育の意義について、生徒の実態に立って述べられたものは少ない。渡 辺は生徒の記述をもとに、古典教育の意義を考察した。そこからは、古典と現 代のものの見方・考え方の比較を通して、現代を考えることが浮かび上がった。
内容的意義とは、古典の栄光と戯悔を直視し、生かすべきものを生かし、生 かすべからざるものは捨てるといった態度で古典を学ぶことが重要である。そ こから、ものの見方・考え方・生き方について、古典と現代を比較・照合し、
大平浩哉は次のように述べている。
古典教育は、母国語としての日本語のふくらみ、豊かさに生徒の目を開かせることができ る。18
また、増淵恒吉は次のように述べている。
古典は、ながい時代のふるいにかけられて現代まで生きのびた国文学の傑作であり、不易 的なものを廃し、しかも如何なる批判にも堪え得る強靭なものを持つものであるゆえに、古 典に接し、これを正しく読み得ることは、文学の本物と本物ならざるもの、すぐれたものと 然らざるものとを識別する能力を養うことになるであろう。つまり古典を媒介として、文学
マ マ
の味い方について学ばせることができよう。19
つまり、言語・文学としての古典を学ぶ意義が見てとれる。母国語としての 日本語、日本の文学を学び、発展・継承させていくことが、古典教育の言語的
意義である。
以上が、古典教育の意義として、内容的意義と言語的意義である。それ以外 にも、時枝誠記は次のように述べている。
源氏物語は、その或る部分に自然主義的心理描写を持つがために、国文学の古典として高 く評価されるのではない。それは過去幾世紀かに亘って多くの人々に愛敬されたが故に古典 と考へられるのである。そこにはそのやうに高く評価されるべき理由があったに違ひない。
それは恐らく現代の尺度には無いものであり、忘れ去られたものであるかも知れない。20
古典が現代まで残ってきた理由は、過去の人々に愛敬されたためである。国 文学の古典として高く評価されたのは、現代になってからの話である。時代を 越えて評価され続けてきたからこそ、現代にも残っている古典作品を学ぶ意義 があるのである。
また、もし古典を学ばなかった場合の弊害について、大矢武師、大平浩哉が 以下のように論じている。大矢は、次のように述べている。
18 「注11」と同じ
19増淵恒吉「古典の単元学習」小和田仁、小川雅子編『国語教育基本論文集成17国語科 と古典教育論 古典教育論と指導研究』明治図書、1993、p.26
20「注13」と同じ、pp.16・17
14
古典が、生徒全員にかなりな分量、系統的に学習されているのは高等学校である。高校で かりに古典を全く教えないで、現代の言語文化だけを扱うことになったとしたらどうなるか。
万葉集や源氏物語のようなすぐれた古典をもつ国でありながら、それらを知らずにこの世を 終えていく者が大部分となろう。21
さらに、大平は、次のように述べている。
古文や漢文を学習することによって、母国語としての日本語による理解力、表現力が一層、
幅と深みのあるものとして身に付いていくことは確かである。このことを忘れて、ひところ、
目先だけの実用的な国語力の育成に走りすぎた時期があった。そのため教育課程の基準にお いて、改訂のたびに、現代の国語の時間を増やし、古典の授業時数を減らす方向に傾いてい った。その結果、言葉の土壌がやせ、語彙の貧困、表現力の不足が指摘されるようになった ことは記憶に新しい。古典の学習は、現代の言葉を支え、豊かにしていく働きをしているこ とを私たちは忘れてはならない。22
大矢、大平ともに、もし古典を学ばない場合があれば、弊害が起こると論じ ている。さらに、大平によれば、古典の授業時数が減ったことにより、「語彙の 貧困、表現力の不足」が指摘されるようになったという。つまり、古典は過去 だけのものではなく、現代でも必要なものであることがわかる。
第2項高等学校入門期の指導法
1.高等学校入門期の位置づけ
小杉高昭は高等学校入門期を高校1年生の1年間が適切だとしている。
「国語1」における古文の割合を、標準単位四の場合で考えてみれば、週当たり一時間と いうことになり、十五ないし二十時間を消化するのに一学期中もしくは二学期の中途までか かるということになる。「国語1」の性格が強調されると、この科目における古文学習をす べて入門期学習として、本格的学習を二年次以降に委ねる考え方がむしろ適切ということに
なろう。
前述のような生涯学習を前提にした、「学習意欲の長い将来にわたっての持続を図るため の入門期指導」という考え方にポイントを置けば、一年間を入門期としてじっくり構える指 導者の姿勢が要求されようし、一層の創意工夫と熱意が必要となる。23
小杉は、生涯にわたって古典に親しむことを考えた場合、中学・高等学校の 6年間は入門期といえると述べている。現在は、小学校低学年から百人一首な
どの古文に触れる機会があり、実質は小学校から高等学校の12年間が古典の 入門期になる。しかし、現実的にそれは厳しく、高等学校2年生からの古典の 科目(古典Aや古典B)の性格からも、必履修科目である「国語総合」の学習 期間全部を入門期とするのが妥当だと考える。
そこで、本研究では、高等学校1年生の1年間を入門期と規定して論考を進
めていく。
2.高等学校入門期指導のねらい
小杉は、高等学校入門期指導のねらいについて、以下のように述べている。
入門期指導のねらいは、一口で言えば、古典の本格的学習へのレディネスを作ることにあ る。しかし、高校進学率90%以上というユニーバーサル段階に対する認識が足りないまま大 学入試を優先させ、十分なレディネスを作らないうちに、性急にも本格的指導に突入する状 況が現実には多い24
23小杉高昭「古文入門期の指導」大矢旧師、瀬戸仁編『高等学校における古典(古文漢文)
の理論と実践』明治書院、1979、p.194 24「注23」と同じ、p.187
16
入門期のねらいとしては、古典の魅力を教えることに最も重点を置くということである。
入門期のねらいは、前述のとおり古典の本格的学習へのレディネスを作ることにあるが、具 体的に言えば、一つは古典の魅力を実感させ、古典学習への持続的意欲を植えつけることで
あり、もう一つは、古典学習の基礎力もしくは基礎的学習方法を身につけさせることである。
両者は車の両輪のごとき関係にあるのみならず、相乗効果が期待されるので、一方を全く無 視し得ないことは論をまたない。
しかし、従来はややもすれば、前者の効果的な指導方法が見いだせないままに、後者にウ エイトをかけ過ぎ、要求水準の高い文法指導が主になったため、いたずらに古典離れを生じ
させたが、前輪が古典学習の起動力という認識のもとに、全力を傾注して興味関心を喚起し、
学習意欲を盛り上げる努力をする必要があろう。25
高等学校古典入門期の指導法については、第1章で述べた通り、50年以上も 前から、訓詰注釈に陥ることのないように指摘されている。小杉高昭は、文法 や口語訳作業の煩雑さ、記憶量の増大が生徒たちの負担感を増幅し、「古文」を
「第二外国語」に追いやったと指摘し、次のように述べている。
したがって、平易で親しみやすい教材の選択、教材の取りつきやすい提出方法の工夫、同 テーマの現代文章の活用などを試みることによって、口語訳の作業なしに主題や文章の核心 部に抵抗なく近接できるようにする思い切った方法をとる必要がある。26
3,高等学校入門期の指導法
小杉は、高等学校入門期に次のような指導法を提示している。詳しい内容は 省略するが、ポイントを以下に列挙する。27
(1)音読の重視
(2)原文の怯臆
(3)辞書の利用
(4)表現活動との関連
(5)教材提出方法の工夫
(6)現代文章の活用
(9)視聴覚教具・教材の積極的利用
(10)授業形態の工夫
(11)適切な文法指導
(12)発問の工夫
また、昭和59年に当時の文部省が『古典の学習指導、国語1国語IIを中心 として』の中で、高等学校入門期の指導について、以下のように述べている。
入門期は、古文学習全体の動機付けの時期という意味で重要である。この時期の指導に際 しては、一人も古典嫌いを作らない、逆に、一人残らず古典好きにしてしまおうということ をねらって、教材・指導方法の両面にわたる、生徒の実態に応じた十分な配慮と綿密な計画 が必要である。28
このように、当時の文部省も入門期の指導について、古典嫌いを作らないこ と、古典好きにさせることを目標に掲げていた。
また、上掲書においては、高等学校入門期に次のような指導法が提示されて いる。詳しい内容は省略するが、ポイントを以下に列挙する。29
(1)ノートを活用させて基礎学力を定着させる指導
(2)口語訳から先を大切にする指導
(3)関連教材を口語訳で取り上げる指導
(4)口語訳と対比させて、古文独特の表現に慣れさせる指導
(5)口語訳の違いから古文を考えさせる指導
(6)口語訳を練りながら古文に親しませる指導
(7)学習プリントによる指導
(8)図式化を利用する指導
(9)絵画化・漫画化を利用する指導
(10)紙人形の動きを利用する指導
(11)批判的に読む指導
(12)時代背景としての生活や風土を知ることで意欲を高める指導
(13)優れた鑑賞文や解説文を利用する指導
この中から、実習校における授業時間数、教材、生徒の実態などを考慮に入 28文部省『古典の学習指導、国語1国語Hを中心として』1984、p.131
29「注28」と同じ、pp。133・150
18
れ、適切な指導方法を取捨選択し、本研究における指導法を検証していく。
第2節 先行実践から学ぶ
中・高等学校においては、大村はまを初めとして多くの優れた教育実践がな されている。ここでは古典学習における指導方法の工夫という筆者のめざす方 向に合致したものを3点取り上げる。
グループ学習については渡辺春美、創作活動については伊東武雄と重松裕美、
現代語訳の提示については同じく重松の実践を以下1〜7にまとめた。また、
各実践に対する筆者の考察を8として加えた。
第1項 グループ学習(班別学習) 渡辺春美の実践30
(1)指導対象
平成元年 大阪府立和泉高等学校3年生文系2クラス(各48名)2学期後半
(2)科目 古典H
(3)教材 『源氏物語』「葵」
(4)指導目標(授業目標)
①班別学習を通して積極的に授業に参加する。
②自ら問い、考えることによって六条御息所・源氏の心情とその背景を読み取
る。
③六条御息所の心情を「愛と誇り」という観点から考え、人間性についての理
解を深める。
(5)「班別学習」のねらい ア、学習に対する意欲
①授業形態の変化による活性化
二学期前半まで一斉授業の形態を採ってきたこともあって、形態を変え新鮮 味を出すことによって授業を活性化させる。
②能動的取り組み
興味・関心を高めるための工夫を凝らすにしても、一斉授業はどうしても受 動的になりがちである。その点、班別学習は生徒の積極的参加を促す形態であ
る。
イ、学習内容の理解
①問題発見と解決
発表内容を設問形式でまとめることを課した。問うことは理解に至る道筋の
30渡辺春美『国語科授業活性化の探究ll一古典(古文)教材を中心に一』渓水社、1998、
pp.147 169
20
第一歩である。班員は問い(問題発見)、答える(問題解決)ことによって内容 理解に至る。
②発表(表現)による理解
班員でまとめたことを発表することで理解したことを確かなものにする。
ウ、学習の充実
①学び合う楽しさ
班員が協力して内容をまとめ、発表することで楽しく学ぶ。
②充実感・達成感
内容をまとめ、発表プリントを作成し、発表することで学習に達成感・充実
感を持つ。
エ、学習方法の取得
参考図書の利用、話し合い、まとめ方、発表の仕方について学ぶ。
(6)指導の実際(展開の概要)
①導入(1時間)
学習内容・方法について、「班別学習の手引き」(表2−1)によって説明、班分 け、担当箇所の決定。
②班別学習(4時間)
図書館で担当箇所を中心に調べ(源氏関係図書は授業者によって用意)、発表 プリントにまとめる。発表者を決め、発表の準備。発表プリントは最後の時間
に提出。
③発表(5時間)
1時間に2班が発表。2班の発表後にどちらか一方の班宛に「評価カード」
を提出(発表した班は、後に「評価カード」を「反省カード」に整理し、反省 と感想を書いて授業者に提出。授業者は「評価カード」は見ない。)。寸評。次 回の発表プリント配布。
④まとめ(3時間)
六条御息所・源氏の心情を中心に全体のまとめ。参考プリント(「六条御息所」
一「源氏物語の女性たち」秋山度より)配布。「愛と誇り」をテーマに感想文を 書かせた。
表2−1 生徒配布資料・班別学習の手引き(一部)
1班員は四〜六名とし、各班に班長を置く。
2発表準備
①三時間、図書館で行う。各回辞書を準備する。
②「葵」「野々宮(只木)」を十場面に分け各班が一箇所を分担する。
③発表内容はプリントにまとめる。
まとめ方 ◇設問形式
語句の意味 部分訳 文法(助動詞・助詞・敬語等)
指示語 主語 源氏の心情 六条御息所の心情 他の人々の心情 心情の比較 表現 ◎訳は必要に応じて載せる
3発表手順
①発表は1時間2班とする。
②発表の前罪にプリント配布一発表時までに予習。
③発表(発表者は一人でもよいし数人で分担してもよい)。
・質問して答えさせる ・説明する
④質疑応答(たくさん質問して互いに鍛えあおう)。
(7)実践者の考察
授業目標の①は、態度目標で、ねらいのア、ウー①と関連している。生徒は、
班別学習を新鮮に受け止め、おおむね積極的に楽しく参加した。初め面倒がっ ていた生徒も時間を進めるにつれて、イラストを画いたりして次第に積極性を 見せるようになって行った。ただ、作品に立ち向かう意欲という点で十分と言 えない班もあった。しかし、全体的に見れば、班別学習が、生徒の積極性を引 き出したと評価できる。
不十分な点も多いが、生徒は班別学習を楽しみながら源氏物語を読み、満足 感を持ったようである。
(8)筆者の考察
①授業活性化の手立てとしての班別学習
渡辺は「授業の活性化」ということに着目し、実践を重ねている。その中で も班別学習を実践した理由としては、ねらいにあるように生徒の学習意欲を促 すことが大きい。事実、生徒は「小学校以来のグループ研究」や「初めての班
での研究」として新鮮に受け止めていた。したがって、授業を活性化させるた めの手立てとして、班別学習は有効である。
22
②優れた事前指導(班別学習の手引き)
渡辺の実践で特に優れているのが、事前指導である。「班別学習の手引き」と して詳細に事前指導を行っている。班での学習の仕方や手順、発表での設問形 式などを詳細に記している。班別学習となると活性化しすぎるあまり、収拾の つかなくなることがあったりするが、このように詳細な事前指導があると生徒
も学習に取り組みやすい。
③表現活動
渡辺は班別学習に加えて、発表・感想文などの表現学習を取り入れている。
班での調べ学習のみで終わるのではなく、発展させることは重要である。そこ で取り入れた表現活動は、「理解を確かなものにするのに有効であった」と述べ ている。表現活動を取り入れることによって、班別学習での学びが、より深ま
ることになる。
④課題
課題として挙がるのが、教材全文の理解である。自班が担当した場面は十分 理解できるが、それ以外の場面に関しては他班の発表を聞くだけで、内容を理 解するのが不十分である。渡辺は、生徒たちによる班別学習の後、授業者とし て3時間でまとめを行った。教材全文の理解も兼ねる班別学習や、事後指導な
どが必要と思われる。
第2項 現代語訳の活用 重松裕美の実践31
(1)指導対象
平成20年岡山市立取除中学校第2学年97名
(2)科目 国語
(3)教材 『徒然草』「神無月のころ」「仁和寺にある法師」
(4)指導目標
①古典特有のリズムや表現の特徴を生かした音読ができるようになる。
②昔の人のものの見方や考え方に触れ、想像したり、自分の考えと比べたりし たことを表現することを通して現代につながる人の生き方を味わうことができ
る。
(5)指導の工夫
「原文から読み始める」授業と「現代語訳から読み始める」授業を比較する
形をとった。
(6)指導の実際
①現代語訳から読み始める。
生徒に提示する現代語訳は、解説を加えることなく生徒自身で想像して読む ことができるものを、教師が作成して提示する。(教科書に載っている現代語訳 や注釈だけでは内容を想像しきれない生徒も多いため)
②原文を音読する。
教師は、意味の切れ目やリズム、古典特有の響きを生かした音読を20点満 点で評価する。
(7)実践者の考察
まず、生徒の音読の自己評価を満足度として比較した。すると、現代語訳か ら読み始める場合では満足度は94%で、原文から読み始める場合の48%に比 べると、生徒の満足度が高まっている様子が見られた。次に教師による評価を 比較した。学年の平均点を出した結果、原文から読み始める場合と比べると、
現代語訳から読み始める場合は平均点が約2倍になっており、原文のよさを生 かした音読になっていることが分かった。
内容理解に関しても、現代語訳から読み始める場合は想像しやすいため、作 品の世界に入り登場人物になりきって考えている生徒がいた。
現代語訳から読み始める場合、原文を先に読むことから生じる文語表現への 抵抗感を持たないで作品に向き合えるので、内容の面白さに触れることができ
31田中宏幸・大滝一登『中学校・高等学校 言語活動を軸とした国語授業の改革 10のキ ーワード』三省堂、2012、
24
る。また、原文を音読するときに、想像した内容を思い浮かべやすいので、音 読に対する抵抗感が軽減されていることが分かる。文語表現と想像している内 容が結び付き、自然に文語表現に興味が持てるようになったことが、結果とし て文語表現のよさを生かした音読をしたいという気持ちにつながっている。
以上のことから、「現代語訳から読み始めること」は文語表現への抵抗感を軽 減し、作品のよさに触れる手がかりとなることが得られた。
(8)筆者の考察
現代語訳から読み始めることにより、文語表現への抵抗感が軽減されるため、
作品の世界にすぐに入れるようになる。そのことが音読にも影響を及ぼすもの となった。現代の高等学校の授業でも、訓詰注釈に陥りがちなため、重松の実 践は参考になる。
中学校の実践であっても、高等学校の入門期の指導において、十分参考にで
きる。
第3項創作活動
1.現代版の創作及び作者宛ての手紙の創作 重松裕美の実践32
(1)指導対象
平成20年夏岡山市立興除中学校第2学年 97名
(2)科目 国語
(3)教材 『枕草子』「春はあけぼの」
(4)指導目標
①古典特有の言葉のリズムや表現の特徴を生かした朗読ができる。
②古典特有の言葉のリズムを味わうことで、語感を磨くとともに、語彙を豊か にすることができる。
③季節に対する昔の人のものの見方や感じ方に触れ、想像したり、自分と比べ たりしたことを表現することをとおして、現代につながる古典の世界を味わう
ことができる。
(5)指導の実際
【第一次】
①自分の季節感について短くまとめる。
②「枕草子 春はあけぼの」の現代語訳を読み、清少納言のものの見方・感じ 方についてとらえる。
③自分と清少納言のものの見方・感じ方を比べ、自分の考えを書く。
【第二次】
①文語表現のよさに気づき、朗読時の工夫を考える。
②班で朗読時の工夫を話し合い、朗読する。
③文語表現のよさを生かした朗読を班ごとに発表する。
【第三次】
①「春はあけぼの」の「夏」の表現形式を使い、自分が選んだ季節の「平成版 行はあけぼの」を創作する。
②「平成版 春はあけぼの」に添える清少納言宛ての手紙を書く。
【第四次】
①感想の交流をしながら、お互いの作品を評価し合う。
②友達の作品の表現の仕方や描写の工夫などについて評価カードに記入し、読
み合う。
(6)実践者の考察
32「注31」と同じ
26
現代語訳で読み始め、表現活動を中心に位置付けることにより、授業におけ るそれぞれの活動は、自分の考えを表現することにつながっていると生徒が意 識できていた。学んだことを次の活動に生かすことができるため、抵抗感なく 創作活動にも取り組めた様子がうかがえる。古典の世界と自分の生活とのつな がりをうまく表現した作品が多く見受けられ、創作活動をとおして古典を身近 に感じていることがわかった。
現代語訳を用いることで、文語表現への抵抗が少なくなり、内容をより深く 味わうことができるようになった。登場人物や作者の思いを想像することによ り、古典を身近に感じることができるのである。さらに読み取ったことを生か した創作活動を取り入れたことで、現代の生活とのつながりを見つけ、自分の 考えをもちながら古典の世界を味わうことができるようになった。内容の理解 が確かなものになり、古典の学びを日常生活に生かせることを実感すれば、古 典を学ぶ意味にまでふれることができ、古典への親しみが一層深まることを生 徒の作品や、感想からうかがうことができた。
(7)筆者の考察
現代語訳から読み始めることの有効性については前項の実践でも述べたが、
この実践では創作活動にスム・一一・・ズに取り組むことができたため、後の学習活動 への橋渡しとしての効果があると考えられる。
現代版及び作者宛ての手紙を創作することで、自分の考えを持ち、文章にす ることができる。また、昔の人のものの見方や感じ方を自分と比べることがで きる。そこから現代との共通点や相違点に気付くことで、古典との距離が縮ま り、古典に対して親近感がわくことになる。創作活動は、古典に対して親しみ を持つことにつながる。
2,話の続きの創作 伊東武雄の実践33
(1)指導対象
昭和44年広島県立高吟東高等学校第1学年4組(普通科)43名
(2)科目 国語1(古典)
(3)教材 『徒然草』第二三六段「丹波に出雲といふ所あり」
(4)指導目標
る。
③話のつづきを創作化することによって、古典への親しみをもつ。
(5)指導の実際
①臨時の目標「主人公はどんな失敗をしたのか。なぜ失敗したのか。」の確認
②原文の音読
通し読み2名。セリフ読み数名。
③表現をよみときながら内容を理解する。
ア、素材読み
時・所・人物・事件の整理 イ、文法読み
センテンスの確認。会話文の主語の指摘。文脈をたどって筋の展開を理解す
る。
ウ、表現読み
表現をとおして、作品のおもしろさを理解する。
④主題について考える。
⑤続きを創作する。
本震は時間の関係で宿題となった。この後、「上人や同行の人はどんな言動を とったか」を他のクラスの実例を参考に創作させた。
(6)指導者の考察
生徒の作品には、「上人はバカにされた」「上人は恥ずかしくて立ち去った(逃 げた)」「笑ってごまかした」「これからは早とちりしないように気をつけた」な どが多くあがった。
総じて楽しいものが多かった。その反面、現実感、臨場感に欠けるものがあ った。他のクラスのものを参考にして、その場の情景を思い浮かべ、その場に ふさわしい楽しいつづきを創作してみるよう指示した。
人々の対応については、上人をきびしく非難するものもあったが、概して、
同情したり、なぐさめたりするものが多かった。
(7)筆者の考察
話の続きを創作することにより、古典に親しみをもっことがわかる。作品を 読んで思ったことを表現できる場というのは大切である。
伊東は、創作活動までに、音読、素材読み、文法読み、表現読みと本文の読 み込みに重点を置いた。そのため、内容が十分理解できた上での創作活動であ る。一般に、自由に書かせることに関しては危険性を伴うことが危惧される。
しかし、伊東の実践では創作活動までの過程が丁寧であるため、その心配もな い。また、他のクラスの作品を提示することも、生徒にとっては親近感が湧き、
28
創作する意欲につながる。紹介を受けた生徒も評価されることに好感を持つで
あろう。
さらに、続きの創作をするためには、教材としての要件も重要である。話の 続きが書きたくなるような章段であること、続きを創作することによって得る ものがあることなどの要件が必要である。徒然草のこの章段のような失敗諦な どであれば、続きの創作もしゃすい。
課題としては、創作活動の事後指導が必要である。創作させて終わりという ことにならず、その後の展開も工夫しなければならない。
第3節 本研究における指導法
第1節古典教育の理論、第2節先行実践をもとに、本研究では以下の指導法
を実践する。
1.グループ学習
グループ学習については、主に渡辺春美の実践34を参考に、グループに分か れ、話し合いや共同制作などを行う。
渡辺は古典の授業を活性化させるための手立てとして班別学習を実践した。
詳しくは前節で述べたが、生徒の学習意欲を引き立てることをねらいとして、
班別学習を行った。その結果、授業は活性化し、生徒は作品に対して満足感を 持ったことが確認されている。
この渡辺実践を参考にして、グループ学習を行うことで、普段は受動的な生 徒たちを、主体的に活動させる場を設ける。これによって、授業の活性化、古 典に親しむ態度の育成をめざすことにする。
2.現代語訳の活用
現代語訳の活用については、主に小杉高昭の理論35や文部省の指導36、重松裕 美の実践37を参考に、現代語訳を最初から与える指導方法をとる。
小杉は、「口語訳の作業なしに主題や文章の核心部に抵抗なく近接できるよう にする」指導法を提唱している。
また、昭和59年の当時の文部省は、「口語訳から先を大切にする指導」を提示 し、次のように述べている。
古典の授業を魅力あるものにするためには、作品を読み味わい楽しむことを学習活動の中 心に設定しなければならない。そのためには、思い切って口語訳を最初から与えてしまう指 導方法も有効である。口語訳の文章をしっかり読んで古典の世界を理解し、自己や現代との かかわりの中で古典をとらえる学習活動を展開し、口語訳の先の方に古典の世界のおもしろ
さが見えてくることを体験させようというのである。38
34第2節第1項渡辺春美「班別学習」の実践
35第1節第2項小杉高昭「高等学校入門期指導のねらい」
36第1節第2項文部省「高等学校入門期の指導法」
37第2節第2項重松裕美「現代語訳から読み始める」の実践
38文部省『古典の学習指導、国語1国語Hを中心として』1984、p.135 30
このように文部省は、古典に親しみを持たせるためには、作品の内容を読み 味わわせることが重要であると述べている。しかし、そこには、現代語に訳す る作業が障壁になっている。そこで、現代語訳を最初から与える指導方法が有 効だと述べている。
また、重松裕美も、現代語訳から読み始める方法をとった。現代語訳から読 み始めたことによって、生徒の満足度が高まり、音読に対する抵抗感も軽減さ
れた。
現代語訳を最初から与えることによって、生徒は現代語に訳することを必要 とせず、作品の内容をすぐに味わうことができる。したがって本研究では、現 代語訳を活用して、古典に親しみを持たせる実践を行うことにする。
3.倉」作活動
創作活動については、主に重松裕美や伊東武雄の実践39・40を参考に、個人や グループで創作活動を行う。
重松は、現代版の創作と作者宛ての手紙の創作を行った。それにより、生徒 たちは、現代の生活とのつながりを見つけ、自分の考えをもちながら古典の世 界を味わうことができるようになった。生徒たちは古典への親しみが一層深ま ったと重松は述べている。
また、伊東は、話の続きを創作させる活動を行った。その結果、総じて楽し いものが多かったと述べている。
このように、創作活動を行うことで、古典の世界を味わうことができ、古典 に対して親しみを持つことができると考え、実践する。
また、上記以外に、以下の2点について実践する。
4.教科書教材以外の教材の使用
教科書教材だけでは、古典に対して親しみ持たせることが困難と考えた。そ のため、教科書教材以外の教材を補助教材として使用し、実践する。
その教材は、古典に親しみを持ちやすいように、随筆や説話から選ぶことと する。具体的には、教育実践研究改善実習における『枕草子』「かたはらいたき
もの」、今後の授業モデルにおける『宇治拾遺物語』「児のそら寝」「清水寺二千
和歌は、わずか三十一文字の中にいろいろなものが込められている。それら を読み取ることで、古典に対して興味・関心を持つと考えた。詳しくは「第皿 章 第1節 和歌の紹介」で述べる。具体的には、『古今和歌集』を使用する。
思春期の生徒たちに、恋歌などを読ませることで、古典に親しみを持たせるこ とができると考えた。また、勅撰和歌集である『古今和歌集』は、平安中期を 代表する秀逸なもので、これを学ぶ意義は十分にある。
以上の5点を本研究における指導法とし、入門期の古典授業の工夫として実
践する。
32
第皿章 実践
第1節 教育実践研究開発プロジェクト実習 第1項 単元計画
1 単元名 説話と随筆
『今昔物語集』「阿蘇の史、盗人にあひてのがるること」
『徒然草』「これも仁和寺の法師」
2.,月日・指導対象
平成24年5月28日〜6月22日
兵庫県立S高等学校普通科第1学年3クラス120名
3.生徒観
実習校の生徒は、入学後2か月が経ち、しだいに高校生活に慣れたため、全 体的に落ち着いており、授業も真面目に受けている。ただ授業が活性化しない
こともあり、活性化させるための工夫が必要である。
4.指導目標
(1)説話と随筆を読み味わうことにより、古典に対する親しみを深めさせる。【関 心・意欲・態度】
(2)文語文法の基礎について知識を深めさせる。【知識・理解】
(3)文章に描かれた人物、情景、心情などを表現に即して読み味わわせる。【読
むこと】
(4)古典に親しみを持たせるために、授業方法の工夫を行う。具体的には、以下 の5点を工夫する。
ア、ワークシートの活用 イ、現代語訳の活用
ウ、グループ学習の実施