倶舎論における非伝説句の立場
―総縁法念住の内容を巡って―
田 中 裕 成
1.はじめに
『倶舎論』は,古来より,カシミール毘婆沙師の教義が体系的にまとめられて いるとみなされ,有部の教義を学ぶ際に重宝されてきた.ただ,『倶舎論』は一 部で「伝説(kila)」の語が付属し,世親の不服が示される(以下,このような文を 「伝説句」と呼称する).そして,時には異説を挙げて,毘婆沙師の教義を批判す る.このような「伝説句」に注目し,『倶舎論』の立場は古来より,「理長為宗」 とも評されてきた.その中,加藤1989等によって,伝説句は分析され,「『倶舎 論』伝説句」の研究は進展した.しかし,そういった「伝説(kila)」や異説が付 されない箇所,いわゆる「『倶舎論』における非伝説句」(以下,『倶舎論』中におい て伝説(kila)の語や異説が提示されていない文を本稿では「非伝説句」と呼称する)につ いては,厳密な研究が行われないままカシミール毘婆沙師の一般的な見解が示さ れていると受け入れられているように思われる.おそらくは,『倶舎論』八章末 尾の偈において「大体(prāyas),カシミール毘婆沙師の理によって成就したアビ ダルマが私によって説かれた(AKBh 8. 40ab)」とあること等に由来するのであろ う.しかし,あくまで「大体」であり,全てではない.そこで,本稿では『倶舎 論』第六章に「非伝説句」として登場する総縁法念住の説示を取り上げ,『順正 理論』や,後代の 釈家たちがその点ついてどのように評価しているか確認し, 『倶舎論』の非伝説句の立場について私見を述べたい. 2.『倶舎論』非伝説句としての総縁法念住説
さて,まずは『倶舎論』に非伝説句として登場する総縁法念住の記述を見てみ たい.次の通りである. 以上のように,身等を所縁とする〔別相〕念住を修習して,「彼〔の修行者〕は総縁の法念住に住して、無常・苦として、空・無我として、それらを観察する.(6. 16)」総縁の法念 住に住した者は,それら身体等全てを合して,四つの行相を用いて観察する.〔則ち,〕無 常として,苦として,空として,無我として〔観察する〕.「それより、煖〔法〕の生起が ある.(6. 17a)」その法念住がこのように修せられてから,次第に,煖〔法〕と呼ばれる善 根が生じる.恰も煖のようであるから煖法である.煩悩の薪を焼きつくす聖道の火の先行 する有様の故にである.(AKBh 343, 4–9.) ここでは,本頌(6. 16, 17a)において,総縁法念住において苦諦四行相(無常・ 苦・空・無我)が修習され,その法念住から四善根の煖が生起することが述べられ る.長行でも本頌の内容を紐解くにとどまり,伝説の語もなく,特に他の解釈な どは言及されない.つまり「非伝説句」である.一見すれば,これがカシミール 毘婆沙師の一般的な理解のようにも見える.では,この非伝説句として登場した 『倶舎論』の記述は一般的な理解なのであろうか.『順正理論』や『倶舎論』の諸 注釈との比較を通して分析してみたい. 3
.『倶舎論』の非伝説句に対する『順正理論』の立場
『倶舎論』伝説句の毘婆沙師に対する世親の不服は,反 書として知られる 『順正理論』において,カシミール毘婆沙師の立場から逐一批判される.そこで 『倶舎論』非伝説句として登場した総縁法念住の箇所について確認してみたい. 『順正理論』では総縁法念住について『倶舎論』の数倍の説示に増広される.五 つの段落に分けて内容を紹介したい.第一段落[T29, 677c9–c16]では総縁法念住 の概略が示される.当該の内容は概ね『倶舎論』と同様である.しかし,第二段 落より『倶舎論』でまったく見られなかった総縁法念住の内容となる記述が登場 する.第二段落[T29, 677c17–23]では,「無我観→生滅観→縁起観(or縁起→生滅) →三義観七処善」という四つの修行徳目が聞所成慧十六行相建立の加行として説 かれる.そして,第三段落[T29, 677c24–28]では十六行相建立の次第が説かれ, 第四段落[T29, 677c28–678a3]では思所成慧から修所成慧までの経緯が説かれ る.そして第五段落[T29, 678a3–5]では『倶舎論』と同様に煖の生起について説 かれる.さて,『倶舎論』では総縁法念住は身受心法を対象とする,苦諦四行相の 観察を行う階位として簡潔に説かれていた.しかし,『順正理論』では総縁法念 住は枠組みこそ法念住とするが,内容は「無我観→縁起観→生滅観(or生滅→縁 起)→三義観七処善」といった異なる徳目を説示する.つまり,枠組みと内容が 相違しており,内容を説かなければ不適切な箇所であると言えよう.つまり,カシミール毘婆沙師の立場をとる『順正理論』からすれば,『倶舎論』の総縁法念住 説は非伝説句にもかかわらず,不適切であると言えよう. 4
.『倶舎論』非伝説句に対する諸注釈書の見解
次に,カシミール毘婆沙師にとって不適切な『倶舎論』総縁法念住説に対する, TA, AKVy, LAの立場を確認したい.まず,安慧によるTAは次の通りである. (※以下,訳中の * は想定される梵文を示したものである) 「それより,煖〔法〕の生起がある(17a)」とは,暖かくなったものが,煖の行相である.〔一方 で,彼らは〕次のように評説する(*varṇayanti).雑縁の法念住より,〔すなわち,〕合わせた 〔法念住より〕である.先ず,一切を所縁とする無我の行相を修習する.それから,生滅を考 察する(*utpādavyayaparīkṣā).それから,縁起を観察する(*pratītyasamutpādapratyavekṣaṇaṃ). 〔なぜならば,〕修行者が,因として,生と滅との二つを見る.〔すると,〕簡単に,因と果の観察 (縁起観)に入る〔からである〕.【異説】一方で,ある者たちは,先ず縁起を考察しようと 願う.彼ら〔修行者〕は,生滅を見た直後に,三種の義を観察する(*trividhārthaparīkṣā). そして,七処に巧みとなる(*saptasthānakauśalaṃ).そ〔の七処〕に巧みとなり,先ず,後 に見る所の所知の諦を安立して集めて,考察する.(TA Q 359a8–b4; D 213a3–6) ここでは,『倶舎論』の本頌(6. 17a)における「それより」の内容を解説する. その際に,「無我観→生滅観→縁起観(or縁起→生滅)→三義観七処善」といった 『順正理論』と同様の修行順序を「評説(*varṇayanti)」として毘婆沙師の正統説と して補説する.つまり,TAは『倶舎論』非伝説句を不完全な説示とみなし,『順 正理論』の記述を援用して,『倶舎論』の記述を補説するのである. 次にAKVy(532, 3–12)であるが,先程のTAとは一変して,『倶舎論』の単語 を説明するにとどまり,総縁法念住の特殊な内容については一切補説しない.つ まり,AKVyは『倶舎論』の記述に対して,不完全と見なしていない. 最後にLAの 釈箇所を見てみたい.次の通りである. 「それより、煖〔法〕の生起がある(17a)」とは,法随念の直後に,〔諸〕行が刹那滅であ ると理解する為に,生滅を考察する.諸行は刹那であり,その通りに,行に趣入する.そ れから縁起を考察する.有漏智によって縁起を理解するとき,その直後に一切法を所縁と して,無我の行相を〔考察する〕.その直後に蘊界処すなわち,三義を考察して,七処に 巧みとなる.そうであれば,総縁の法念住より,煖善根が生じる.というのは,この次第 である.軌範師(*ācārya)は かな例(*udāharaṇa)だけを述べたのである(LA Q 200b6– 201a1, D 162b2–5).LAではTAと同じく,『倶舎論』の本頌(6. 17a)の注釈として,総縁法念住の 内容を補足説明する.また,LAでは,補足末尾に「軌範師は かな例だけを述べ たのである」と付言し,『倶舎論』の当該箇所の記述は かであり,補説する必 要があることを示唆する.さて,その内容であるが,構成徳目は『順正理論』や TAと対応する.しかし,修習順序が「生滅観→縁起観→無我観→三義観七処善」 となっており,TAや『順正理論』の修習順序「無我観→生滅観→縁起観(or縁起 →生滅)→三義観七処善」と異なる.さて,『倶舎論』の批判を意図して著された ADの384偈より392偈(AD 316–320)でも同種の修行徳目で総縁法念住が説かれ る.そこでは生滅→縁起→無我→三義観七処善の順序で登場し,LAの記述と対 応する.つまり,LAは『倶舎論』の総縁法念住説を不完全と見なしたうえで, 『順正理論』やTAではなく,AD系の理解を用いて,補説する. 5
.まとめ
『倶舎論』は非伝説句として総縁法念住を説明した.しかし,カシミール毘婆 沙師の立場による『順正理論』は『倶舎論』の説明に対して補説を行い,TAは 『順正理論』を評説として用いて補説し,LAはAD系の記述を用いて補説した. つまり,これらの論書や注釈書は『倶舎論』に非伝説句として登場した総縁法念 住説を不適切であり不完全であると見なして,カシミール毘婆沙師の立場から補 説する.一方で,自身の立場を経部と自称するAKVyは注釈書であるにもかか わらず総縁法念住の内容を全く補説しない.福田2002によって,AKVyはTAを 参照していた強い可能性が指摘されているが,もしそうであるならば,当該箇所 を補説するTAを認知した上で,AKVyは当該箇所を補説していないこととな る.すなわち,AKVyの立場からすれば,『倶舎論』の総縁法念住説は補完する必 要がない適切なものであったと理解できる.そして,それは兵藤2002によって 明らかにされたように,『倶舎論』世親が経部に属する人物であり,AKVyの称 友も同じ経部に属する人物であるとするならば,両者が同じ,総縁法念住を細説 しない立場を取ることにも納得がいく. では,毘婆沙師系と経部系の見解の相違はなぜ生じたのであろうか.これを紐 解く手がかりとして,総縁法念住の補説された四つ教義のうち一つである「三義 観七処善」を見てみたい.この修行徳目については田中2017において成立過程 を明らかにした.七処善三義観という修行階位は,経典では無漏行であったが, 『発智論』により有漏無漏に通ずる行として改変され,その結果,有部の修行体系の加行位に位置付けられるに至った.つまり,有漏行としての七処善三義観は 経典に基づく階位ではなく,『発智論』に起源をもつ階位であり,経部の立場か らすれば容認し難い階位であると理解できる.一方で,『順正理論』やADは 『発智論』を権威として認める毘婆沙師の立場にある論書であり,『発智論』に起 源を有する階位を肯定的に捉えても何ら不合理ではない.仮に,そうであれば, 『倶舎論』は非伝説句であっても,『発智論』起源の記述について説明しないとい う消極的方法を用いて,自身の立場,いわゆる,経部的立場を表現している可能 性を見出すことができるのではないだろうか. いずれにせよ,今回の検討によって,『倶舎論』は非伝説句であっても,カシ ミール毘婆沙師の立場を遵守する『順正理論』やADやTAやLAの立場からす れば不完全で不適切な説明が存在することが明らかとなった.つまり,『倶舎論』 の非伝説句をそのままカシミール毘婆沙師の一般的な見解とみなすことには問題 があるのである. また,今回の検討によって,立場が明らかでないTAやLAの注釈姿勢につい ても,カシミール毘婆沙師の立場から『倶舎論』の不備を補説している可能性が 見いだせた.そして,LAについてはADとの関係が見いだせたといえよう. 〈略号表・一次文献〉
AKBh: Abhidharma Kośabhāṣya of Vasubandhu. Ed. P. Pradhan. Patna: K. P. Jayaswal Reserch
Insti-tute, 1967. AKVy: Sphuṭârthā Abhidharmakośavyākhyā by Yaśomitra. Ed. Unrai Wogihara.
Sankibo Buddhist Book Store, 1989. AD: Abhidharmadīpa with Vibhāshaprabhavritti. Ed.
Pad-manabh S. Jaini. Patna: K. P. Jayaswal Research Institute, 1959. LA: * Abhidharmakośaṭīkā-lakṣaṇānusāriṇī by *Pūrṇavardhana. (Q no. 5594; D no. 4093). TA: Abhidharmakośabhāṣya-ṭīkātattvārtha by Sthiramati. (Q no. 5875; D no. 4421).
〈参考文献〉 加藤純章 1989『経量部の研究』春秋社. 田中裕成 2017「有部系論書における七処善 三義観」『佛教大学仏教学会紀要』22: 69–88. 兵藤一夫 2002「経量部師としてのヤ ショーミトラ」櫻部建博士喜寿記念論集刊行会編『櫻部建博士喜寿記念論集 初期仏教か らアビダルマへ』平楽寺書店,315–336. 福田琢 2002「Bhagavadviśeṣa」櫻部建博士 喜寿記念論集刊行会編『櫻部建博士喜寿記念論集 初期仏教からアビダルマへ』平楽寺書 店,37–56. 松田和信 2014「倶舎論注釈書 真実義 の梵文写本とその周辺」『イン ド哲学仏教学論集』2: 1–21. 〈キーワード〉 非伝説句,説一切有部,四念住,四善根,順決択分,加行 (佛教大学大学院)