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禅研究所紀要 第33号 012大野栄人「天台『六妙法門』の研究(九)-二」

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Academic year: 2021

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) は じ め に 本 論 文は 、『 六 妙 法 門』 の 「 第 十 証 相 六 妙 門」 の 続 編で あ り 、 天 台 止 観 成 立 史の 立 場か ら 、 原 典 解 明し て い こ う と す る も の で あ る 。 本 論に は 、「 注」 の つ づ き と 、「 現 代 語 訳」 を 収 録す る こ と に し た い 。 本 研 究は 、 平 成 十 三 年 度 後 期・ 平 成 十 四 年 度 前 期の 大 学 院 修 士 課 程の 「 講 義」 の 授 業の 研 究 成 果で あ る 。 授 業の 受 講 生は 、 宗 教 学 仏 教 学 専 攻の 私の ゼ ミ の 次の 諸 氏で あ る 。 吉 見 典 生・ 久 田 静 隆〔 博 士 一 年〕 松 永 眞 由 子〔 修 士 二 年〕 、 天 野 明 美・ 今 井 勝 子・ 藤 井 崇 文・ 三 好 秀 範〔 修 士 一 年〕 、 伊 藤 光 壽・ 武 藤 明 範・ 鈴 木あ ゆ み ・ 濱 口 寛 朗・ 水 野 荘 平・ 森 琢 朗〔 研 究 生〕 、 當 間 日 澄〔 聴 講 生〕 毎 週、 右の 担 当の 大 学 院 生 諸 氏に や っ て 頂い た も の を 、 伊 藤 光 壽 氏が 文 章 化さ れ 、 詳 細な 「 注」 を 作 成し て 頂き 、 そ れ に 私が 手を 加え た も の で あ る 。 さ て 、『 六 妙 法 門』 を 大 学 院 修 士 課 程の 「 講 義」 で 読み 始 め た の は 、 平 成 九 年 四 月か ら で あ る 。 平 成 十 四 年 七 月を も っ て 読 了し た 。 伊 藤 光 壽 氏の 存 在が な か っ た な ら ば 、 こ の よ う な 研 究 成 果を 世に 送り 出す こ と は で き な か っ た 。 四 年 半に わ た り 、 全 面 的に ご 尽 力を 頂い た 伊 藤 光 壽 氏に 心よ り お 礼 申し 上げ る 次 第で あ る 。 本 研 究は 、 天 台 学 研 究 史 上、 は じ め て 本 格 的に 研 究さ れ

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) た 成 果で あ る 。 何れ 一 冊の 書 物と し て 刊 行す る 予 定で あ る 。 〔 注〕 ( 120) 広く 説か ば =「 広く 説か ば 」 は 、 範 囲を 広げ て い う な ら ば の 意を い う 。 す な わ ち 、 前 段で 、「 す で に 般 若の 正 慧 を 得、 如 来 蔵を 開き 、 真の 法 身を 顕わ し 、 首 楞 厳を 具え 、 明ら か に 仏 性を 見、 大 涅 槃に 住し 、 法 華 三 昧・ 不 思 議の 一 実の 境 界に 入る な り 」 と 説き 示し た が 、 こ れ と 同じ 立 場で 説か れ て い る 教え を 、 範 囲を 広げ て 取り 上げ て み る な ら ば の 意を い う 。 ( 121) 『 華 厳 経』 =『 華 厳 経』 は 、 正 式 名を 『 大 方 広 仏 華 厳 経』 と い う 。 漢 訳に は 、 三 種 類が あ る が 、 智 顗が 用い た の は 、 東 晋の 仏 駄 跋 羅( 三 五 九 - 四 二 六) が 訳し た 三 十 四 品、 六 ぶ だ ば だ ら 十 巻で あ る 。 略し て 『 六 十 華 厳・ 旧 華 厳・ 晋 経』 と も い う 。 『 華 厳 経』 は 、 仏が 成 道し た 後、 第 二 七・ 十 四 日に 、 毘 廬 舎 那 法 身と し て 、 海 印 三 昧と い う 深い 三 昧に 入っ て 、 文 殊 や 普 賢な ど の 大 菩 薩に 対し て 、 仏の 自 内 証、 す な わ ち 、 仏 自 身の 悟り の 内 容を そ の ま ま 説い た 経 典で あ る 。 旧 訳の 第 二 十 二の 十 地 品は 、 歓 喜 地か ら 法 雲 地に 至る 菩 薩の 十 地の 修 行 段 階を 説き 、 旧 訳の 第 三 十 四の 入 法 界 品は 、 善 財 童 子 が 五 十 五 人の 善 知 識を 訪ね て 、 普 賢の 行 願を 完 成す る 求 道 物 語が 詳 説さ れ て い る 。 こ の 両 品は 、『 華 厳 経』 の 中で も 成 立が 古く 、 教 義の 面か ら も 特に 重 要で 、 漢 文へ の 異 訳も 多い 。 智 顗は 、 晩 年に 五 時 八 教の 教 判 論を 説く が 、 そ こ で は 『 華 厳 経』 を 第 一 時の 華 厳 時に 位 置づ け 、 教 説の 内 容の 分 類で あ る 化 法の 四 教 判で は 、 別 教に 位 置づ け る 。『 華 厳 経』 の 教 説の 内 容は 円 教で あ る が 、 衆 生 済 度の 方 便に 欠け る か ら 別 教を 兼ね て い る 、 円 兼 一 別で あ る と 判 定し 、 衆 生 済 度の 方 便を 具え た 純 粋の 円 教を 説く 『 法 華 経』 よ り も 一 段 下 位 の 教え と し て い る 。 し か し 、 智 顗の 教 学を 形 成す る 上で 、 『 華 厳 経』 は 、 大き な 位 置を 占め て い る こ と は 疑う 余 地は な い 。 ( 122) こ れ を 、 初 地に 、 不 可 思 議 真 実の 六 妙 門を 証る と な す な り =「 こ れ を 」 は 、 既 出の 第 十 証 相 六 妙 門の 真 実 証 相の 通に 対す の 、「 初 証」 の 法 門を い う 。 「 初 地」 は 、 別 教の 五 十 二 位の 行 位の 第 五で あ る 、 十 地の 初 位を い う 。 十 地は 、 成 仏の 智を 生じ 、 無 縁の 大 悲を 起こ し て 、 一 切 の 衆 生を 背 負う 位を い い 、 歓 喜 地と も い う 。 歓 喜 地の 名は 、 『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 に よ る 。 菩 薩は 、 十 地に 入っ て 、 絶 対 的 世 界に 体 達す る 中 観( 中 道 観・ 中 道 第 一[ 義] 諦 観・ 空 仮 一 心 観) に よ っ て 、 十 地 の そ れ ぞ れ で 、 一 部の 無 明を 永 遠に 起こ ら な い よ う に 断じ 、 一 部の 法 身・ 般 若・ 解 脱( 如 来 蔵の 相 貌、 性 徳の 智 慧・ 第 そ う み ょ う

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 三 義 空、 中 道 法 性の 理) の 三 徳を 現わ す 。 初 地で は 、 こ の 位か ら 凡 夫を 捨て 、 聖 位に 入る 。 こ の 位 で は 、 先の 十 廻 向の 方 便 有 余 土に お い て 受け た 、 欲・ 色・ 無 色の 三 界の 迷い の 世 界を 離れ 、 輪 廻を 超え た 聖 者の 変 易 生 死に よ っ て 、 死 魔や 陰 魔や 煩 悩 魔に 惑わ さ れ 動か さ れ る こ と が な く 、ま た 天 魔に も 惑わ さ れ 動か さ れ る こ と が な い 。 こ の 位で 、 わ ず か に 悟り の 境 地に 到 達し て 、 初め て 聖 者と な っ て 大い な る 歓 喜の 心が 起こ る 。 歓 喜 地の 歓 喜は こ れ を い う 。 浄 心 地・ 聖 地・ 無 我 地・ 証 地・ 見 地・ 堪 忍 地な ど と も い う 。 「 初 地に 、 不 可 思 議 真 実の 六 妙 門を 証る 」 の 初 地は 、 初め て 悟り を 求め る 心を 起こ し た 菩 薩の 修 行 者が 、 初 住 位に お い て 、「 す で に 般 若の 正 慧を 得、 如 来 蔵を 開き 、 真の 法 身 を 顕わ し 、 首 楞 厳を 具え 、 明ら か に 仏 性を 見、 大 涅 槃に 住 し 、 法 華 三 昧・ 不 思 議の 一 実の 境 界に 入」 り 、 菩 薩か ら 仏 に な る 道を 、 二 住か ら 十 住ま で の 九 住と 十 行と 十 廻 向と の 二 十 九 位を 飛び 越え て 、 初 住 位か ら 瞬 時に 到 達し た 初 地 位 を い う 。 二 十 九 位を 飛び 越え て 、 瞬 時に 初 住 位か ら 初 地 位に 到 達 す る の は 、 化 法の 四 教を 修 行す る も の の 修 行が あ る 程 度 進 み 、 中 途で よ り 高い 教え の 修 行 者と な る 「 被 接」 と 同じ で ひ し ょ う あ る 。 被 接に は 、 通 教の 修 行 者が 中 途に 別 教に 飛ん で 入る 「 別 接 通」 、 通 教の 修 行 者が 中 途に 円 教に 飛ん で 入る 「 円 接 通」 、 別 教の 修 行 者が 中 途に 円 教の 菩 薩に 飛ん で な る 「 円 接 別」 の 三が あ る 。 九 住と 十 行と 十 廻 向と の 二 十 九 位を 飛び 越え て 、 瞬 時に 初 住 位か ら 初 地 位に 達す る の は 、 い わ ば 、「 地 接 住」 と も い う こ と が で き る 。 こ の 菩 薩の 修 行 者の 心の は た ら き は 、 こ と ば で い う こ と も 、 心で 思い は か る こ と も で き な い 。 玄 妙で 不 可 思 議な 現 象で あ る 。 不 可 思 議な 現 象の 一 切は 無 自 性 空で あ っ て 、 現 象と し て 仮に あ る の が 真 実の す が た で あ る と い う 、 不 可 思 議 真 実の 六 妙 門の 悟り に 入る こ と を い う 。 従っ て 一 句は 第 十 証 相 六 妙 門の 真 実 証 相の 通に 対す の「 初 証」 の 法 門は 、 初め て 悟り を 求め る 心を 起こ し た 菩 薩の 修 行 者が 、 一 切は 実 在す る と す る 見 惑を 永 遠に 起こ ら な い よ う に 断じ る 初 住 位に お い て 、「 般 若の 正 慧を 得、 如 来 蔵を 開き 、 真の 法 身を 顕わ し 、 首 楞 厳を 具え 、 明ら か に 仏 性を 見、 大 涅 槃に 住し 、 法 華 三 昧・ 不 思 議の 一 実の 境 界に 入」 る 。 そ れ と 同 時に 、 こ の 初 住 位に あ る 菩 薩の 修 行 者は 、 菩 薩か ら 仏に な る 道を 、 二 住か ら 十 住ま で の 九 住と 十 行と 十 廻 向と の 二 十 九 位に わ た っ て 飛び 越え 、 瞬 時に 初 住 位か ら 初 地 位に 達す る 。 こ の よ う な 菩 薩の 修 行 者の 心の は た ら き は 、 こ と ば で い う こ と も 、 心で 思い は か る こ と も で き な い 。 玄 妙で 不 可 思 議な 現 象で あ る 。 不 可 思 議な 現 象の 一 切は 無 自 性 空で あ っ て 、 仮に 現 象し て い る だ け で あ る 。 こ れ が 、 一 切は 、 現 象す る だ け の 不 生 不 滅に あ る 、 真 実の す が た で

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) あ る と す る 、 不 可 思 議 真 実の 六 妙 門の 悟り に 入る こ と で あ る の 意を い う 。 修 行の 段 階を い う 行 位は 、 中 国 仏 教で 重 視さ れ 、 様々 な 展 開を し て き た 。 智 顗 以 前に は 、 中 国で 成 立し た 経 典で あ る 『 仁 王 般 若 経』 『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 が 説く 行 位 説や 、 地 論 宗や 摂 論 宗が 説 く 行 位 説が あ っ た 。 五 十 二 位の 行 位 説は 、『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 に 由 来し 、 智 顗 は 、 こ れ を 別 教と 円 教の 行 位に 充 当し た 。 そ の 淵 源の 一つ は 、 慧 思の 『 四 十 二 字 門』 に あ る 。『 四 十 二 字 門』 に は 、『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 の 賢 聖 学 観 品が 多 数 引 用さ れ 、 菩 薩の 四 十 二 位に つ い て 論じ ら れ て い た こ と が 、 佐 藤 哲 英 氏に よ っ て 明ら か に さ れ て い る 。『 四 十 二 字 門』 は 、 現 存し な い が 、 そ の 所 説が 智 顗の 行 位 説の 形 成に 大き な 影 響を 与え た こ と は 、 疑う 余 地の な い こ と と さ れ る 。 『 四 十 二 字 門』 以 外に 、 智 顗の 行 位 説の 形 成に 大き な 影 響 を 与え た 第 二の 経 典に 、『 法 界 性 論』 が あ る 。『 法 界 性 論』 も 現 存し な い が 、『 法 華 玄 義』 な ど に 残る 記 述か ら 、 華 厳・ 般 若・ 法 華・ 涅 槃と 次 第す る 教 判が 、 智 顗の 五 時 判の 骨 格 と な り 、 五 時 判を 主 張す る と き の 拠り 所と な り 、 後 年、 成 道 後 最 初の 三 七・ 二 十 一 日の 華 厳 時、 次の 十 二 年の 鹿 苑 時、 次の 八 年の 方 等 時、 次の 二 十 二 年の 般 若 時、 次の 八 年と 三 カ 月の 法 華 涅 槃 時の 五 時 判に 発 展し 、 集 大 成さ れ る こ と に な る 。『 法 界 性 論』 が 挙げ て い る 法 数は 、 四 十 二 善 知 識、 四 十 二 位、 四 十 二 年 説 法 法 華 経な ど 四 十 二と い う 法 数で あ る 。 中 国の 成 立で な い 四 十 二の 法 数は 、『 大 品 般 若 経』 の 四 十 二 字 門だ け で あ っ て 、 他は す べ て 中 国で 成 立し た 法 数で あ る 。 『 華 厳 経』 は 四 十 一 位を 説き 、『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 は 、 こ れ に 等 覚 位( 無 垢 位) を 加え て 四 十 二 位と し て い る が 、 青 木 隆 氏に よ る と 、 こ れ と 『 四 十 二 字 門』『 四 十 二 章 経』 な ど の 法 数と の 関 連は 、 現 在の と こ ろ 判 然と し な い と い う 。 と も か く 青 木 隆 氏は 、 六 世 紀 前 半に 中 国で 成 立し た と 思 わ れ る 『 法 界 性 論』 が 、 四 十 二 位 説を 採 用し て い た こ と や 、 慧 思の 『 四 十 二 字 門』 が 、 智 顗の 四 十 二 位 説の 採 用に 大き な 影 響を 及ぼ し た も の と 推 測し て い る 。 『 華 厳 経』 は 、 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地に 仏 位を 加え た 四 十 一 位を 説く の に 対し て 、『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 は 、 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地と 妙 覚 位( 仏 位) の 間に 等 覚 位( 無 垢 位) を 立て て 四 十 二 位と し 、 次 第に 展 開さ れ る 菩 薩 行の 心 境を 眺め て い く 。 そ し て 、 経は 更に 、 四 十 二 位と 関 連し て 、 初 住に 入る 前に 、 大 衆 受 学 品に 十 信の 行 願が あ る と 説く 。 十 信を 四 十 二 位に 加え れ ば 五 十 二 位と な る 。 智 顗は 、『 法 華 玄 義』 巻 第 四 下に 、「 瓔 珞の 五 十 二 位は 名 義 整 足す 。 恐ら く は 是れ 諸の 大 乗 方 等 別 円の 位を 結べ る も の な ら ん 」( 『 大 正 蔵』 三 三・ 七 三 一c ) と 推 定し 、 菩 薩の

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 行 位の 最も 完 備し た も の と し た 。 智 顗の 五 十 二 位 説は 、 智 顗も 述べ る よ う に 『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 に 倣っ て 完 成さ れ た 教え で あ る 。 五 十 二 位の 行 位 説は 、 修 証の 進 行と 深 化の 具 合を 段 階 的 に 区 分し 、 整 理し た 説 示で あ り 、 後の 『 法 華 玄 義』『 法 華 文 句』『 摩 訶 止 観』 の 三 大 部で 、 よ り 整っ た 構 成で 論 及さ れ る が 、 原 初の す が た を 示す の は 『 六 妙 法 門』 の 嚆 矢と す ほ う し る 。 『 六 妙 法 門』 の 第 十 証 相 六 妙 門で は 、 別 教の 円 頓 証の 証 相 が 、 内 容か ら 相 似 証 相と 真 実 証 相に 類 別さ れ る 。 相 似 証 相 に 、『 法 華 経』 に い う 六 根 清 浄 相を 当て 、 真 実 証 相を 、 更 に 別に 対す と 通に 対す に 類 別し 、 そ れ ぞ れ に 、 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 等 覚・ 妙 覚を 当て 、 五 十 二 位の 行 位 説の 教 理 的な 骨 組み を 成 立さ せ て い る 。 な お 、 六 根 清 浄 相を 十 信 位に 当て る の は 三 大 部 以 後の こ と と な る が 、『 六 妙 法 門』 に 初 出す る 六 根 清 浄 相・ 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 等 覚・ 妙 覚に 、 後 年の 十 信・ 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 等 覚・ 妙 覚と い う 、 整 然と 確 立さ れ た 菩 薩の 五 十 二 位の 修 行 階 位 説の 原 型を 見て 取る こ と が で き る 。 『 六 妙 法 門』 で 説く 教 説は 、 仮か ら 空へ 進み 、 空か ら 仮へ 戻っ て 、 現 実の 無 量の 相に 対す る 的 確・ 自 在な 対 応を 説き 、 そ し て 、 更に 中に 赴く も の で あ る 。 智 顗が 説く こ う し た 教 説の 究 極は 、『 六 妙 法 門』 で は 、 骨 格 的な 「 五 十 二 位の 行 位 説」 と し て 悟り の す が た が 示さ れ る 。 ひ と り 菩 薩だ け が 漸 次に 修 行し 、 段 階 的な 悟り を 経て 仏と な る に 至る か ら 、 『 六 妙 法 門』 は 別 教に 区 分さ れ 、 前の 蔵 教・ 通 教の 二 教と 異な り 、 後の 円 教と も 異な る 教え で あ る 。 ひ と り 菩 薩が 仏 に 至る 教え と は い う が 、 声 聞・ 縁 覚の 二 乗の 先に あ る 、 菩 薩か ら 仏へ の 道を 示す 教え で あ る と い う 点か ら は 、『 六 妙 法 門』 は 、 通 教と 別 教と に 共 通す る と 考え ら れ る 。 以 上、 五 十 二 位の 行 位 説」 の 形 成の 跡を 概 観し た が 、 他 の 諸 経と の 関わ り な ど 、 今 後の 解 明を 待つ と こ ろ 大で あ る 。 ( 123) 中 証と は 、 余の 九 住、 十 行、 十 廻 向、 十 地、 等 覚 地を 、 み な 中 証に し て 、 不 可 思 議 真 実の 六 妙 門と 名づ く る な り = 「 中 証」 は 、 既 出の 第 十 証 相 六 妙 門の 真 実 証 相の 通に 対す の 、「 中 証」 の 法 門を い う 。 初 証に 続き 、 後に 究 竟 証が 控 え る 。 「 余の 九 住」 は 、 五 十 二 位の 第 二の 十 住 位の 初 位を 除い た 、 二 住か ら 十 住ま で の 九 位を い い 、 空 観に よ っ て 空 理に 安 住す る 行 位を い う 。 「 十 行」 は 、 仮 観に よ っ て 空か ら 仮に 出て 、 利 他 行を 実 践 す る 行 位を い う 。 「 十 廻 向」 は 、 仮 観か ら 中 観に 向か う 行 位を い う 。 「 十 地」 は 、 中 観を 実 践し て 、 十 地の そ れ ぞ れ で 一 部ず つ の 無 明の 惑を 破し 、 一 部ず つ の 法 身・ 般 若・ 解 脱の 三 徳を

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 顕わ す 行 位を い う 。 「 等 覚 地」 は 、 仏と 等し い が 、 仏の 一 歩 手 前の 入 法 界 心に あ る 行 位を い い 、 最 後に 残る 一 部の 無 明の 惑を 破し 、 あ と 一 生を 経て 妙 覚 位の 仏と な る 行 位を い う 。 五 十 二 位は 、 十 信・ 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 等 覚・ 妙 覚を 合わ せ て 成る 、 大 乗の 菩 薩の 、 仏に 至る 修 行 実 践の 階 位を い う 。 菩 薩の 修 行の 階 位は 、 経 典に よ っ て ま ち ま ち で あ っ た 。 そ の 内で 、 一 番 整っ て い た 『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 に 説く 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 等 覚( 無 垢) ・ 妙 覚の 四 十 二 位に 、 智 顗が 十 信を 加え て 五 十 二 位と し た 。 『 六 妙 法 門』 の 第 十 証 相 六 妙 門の こ の 部 分の 所 説が 、 別 教 の 五 十 二 位の 先 駆で あ る と さ れ る 。 五 十 二 位は 、 菩 薩の み の 法で あ る か ら 、 化 法の 四 教で は 別 教と 円 教と に 限る 。 「 界」 は 、 欲・ 色・ 無 色の 三 界と 地 獄・ 餓 鬼・ 畜 生・ 修 羅・ 人 間・ 天 上の 六 道の 輪 廻の 世 界を 指す 。 「 界 内」 は 、 三 界の 内の 対 象の 世 界を い い 、 凡 聖 同 居 土を い う 。 「 界 外」 は 、 三 界の 外の 対 象 外の 世 界、 聖 人の 居 住す る 土 を い い 、 方 便 有 余 土・ 実 報 無 障 礙 土・ 常 寂 光 土を い う 。 天 台で は 、 煩 悩に 見 思・ 塵 沙・ 無 明の 三 惑を 立て る 。 三 け ん じ 惑は 、 そ の 本 体が そ れ ぞ れ 別の 煩 悩で は な く 、 一 惑の は た ら き の 麁( 粗) と 中と 細の 程 度の 差に 過ぎ な い と す る 。 「 見 思の 惑」 は 、 万 有を 有と 執 著す る 迷い で あ り 、 三 界の 生 死を 招く 界 内の 惑・ 煩 悩を い い 、 空 観に よ り 伏し 断つ こ と が で き る 。 そ の う ち 「 見 惑」 は 、 迷 理の 惑・ 分 別 起の 惑、 す な わ ち 一 切は 実 在す る と す る 迷 見を い う 。「 思 惑」 は 、 迷 事の 惑・ 倶 生 起の 惑、 す な わ ち 眼 前の 衣・ 食・ 住な ど の 事

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 物に 対し て 起こ す 煩 悩を い う 。 「 塵 沙の 惑」 は 、 見 思の 惑を 断っ た 菩 薩が 空に 執 着す る 著 空の 惑で あ り 、 菩 薩が 十 界の 衆 生を 教 化す る の に 障 害と な る 化 道 障の 惑を い い 、 界 内と 界 外に 共 通し た 煩 悩で あ っ て 、 仮 観に よ っ て 伏し 断つ こ と が で き る 。 す な わ ち 、 恒 河の 沙 の よ う に 無 数に 多い 無 知で あ り 、 菩 薩 一 人が 空 理を 証っ て 生 死を 離れ て も 、 差 別の 理に 通 達せ ず 、 十 界の 衆 生を 利 益 す る こ と が な い こ と を い う 。 「 無 明の 惑」 は 、 界 外の 惑で あ る 、 親し く 中 道の 理に 迷う 中 道 親 付 体の 惑を い う 。 す な わ ち 、 現 象し 存 在す る も の の し ん ぷ 真 実の 相は 、 あ ら ゆ る も の が 空 有 不 二、 非 有 非 空・ 亦 有 亦 空の 理に あ る 一 法 界で あ り 、 中 道で あ る こ と を 体し な い 煩 悩を い い 、 中 観に よ っ て 伏し 断つ こ と が で き る 。 「 伏」 は 、 一 時 的に 起こ ら な い よ う に す る こ と を い う 。 「 断」 は 、 断 滅し て 永 久に 起こ ら な い こ と を い う 。 「 一 部」 は 、 一 分と も 一 品と も 表 記。 一 部 分を い う 。 な お 、 凡 聖 同 居 土・ 方 便 有 余 土・ 実 報 無 障 礙 土・ 常 寂 光 土の 「 四 土」 に つ い て は 、『 六 妙 法 門』 の 時 代に は 、 萌 芽 は あ る が 、 ま だ 確 立さ れ て い な い の で 、 仮に 当て は め て み た も の で あ る 。 つ ぎ に 、 五 十 二 位に つ い て 、 具 体 的に 究 明し て い く こ と に し た い 。 一 十 信 位 こ の 十 位を 通し て 信 心と 名づ け る の は 、「 信」 が 随 従の 意 を い う こ と に あ る 。 す な わ ち 、 妙 覚 位の 仏が 別 教の 因 縁 仮 名、 無 量の 四 諦、 仏 性の 理、 常 住 三 宝を 説く の を 聞い て 、 随 順し て 疑わ な い 、 初 心の 菩 薩が 信じ る べ き 十 種の 心を い う 。 十 信は 、 信 心、 念 心、 精 進 心、 慧 心、 定 心、 不 退 心、 廻 向 心、 護 心、 戒 心、 願 心の 十 位か ら な る 。 こ れ は 、『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 に 説く 十 信 位で あ る 。『 仁 王 般 若 経』 は 不 退 心を 施 心と 説き 、『 梵 網 経』 は 信 心・ 念 心・ 廻 向 心を そ れ ぞ れ 忍 心・ 喜 心・ 頂 心と 説き 、『 首 楞 厳 経』 は 不 退 心を 捨 心と 説き 、 順 序に も 違い が あ る 。 1 「 信 心」 は 、 信 心を お 起こ し 、 仏 道を 成 就し よ う と 願 い 求め る 位を い う 。 2 「 念 心」 は 、 仏・ 法・ 僧・ 戒・ 施・ 天を 念じ る 、 六 念 の 位を い う 。 3 「 精 進 心」 は 、 善 業を 実 践す る こ と に 精 進す る 位を い う 。 4 「 慧 心」 は 、 す べ て は 空で あ る こ と を は っ き り 知る 位 を い う 。 5 「 定 心」 は 、 修 行を し て 、 心を 平 安に す る 位を い う 。 6 「 不 退 心」 は 、 禅 定の は た ら き に よ っ て 、 後 退す る こ と の な い 位を い う 。 7 「 廻 向 心」 は 、 修 行し て い る こ と を 、 菩 提に 振り 向け る 位を い う 。

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 8 「 護 心」 は 、 修 行の 心を 守っ て 、 他に 目を 移さ な い 位 を い う 。 9 「 戒 心」 は 、 清 浄に 戒を 保つ 位を い う 。 化「 願 心」 は 、 種々 の 願い を 成 就す る よ う に 実 践す る 位 を い う 。 欲 界・ 色 界・ 無 色 界の 三 界の 内の 、 対 象の 世 界を い う 界 内に お い て 、 迷 理の 惑で あ り 、 一 切は 実 在す る と す る 「 見 惑」 と 、 迷 事の 惑で あ り 、 眼 前の 衣・ 食・ 住な ど の 事 物に 対し て 起こ る 「 思 惑」 と い う 煩 悩を 、 一 時 的に 起こ ら な い よ う に コ ン ト ロ ー ル す る 階 位が 、 十 信の 位で あ る 。 一 時 的に 起こ ら な い よ う に コ ン ト ロ ー ル す る こ と を「 伏」 と い う 。 従っ て 、 三 界の 見 思の 二 惑を 伏す こ の 位を 、「 伏 忍 位」 と い う 。 智 慧に 、 伏 惑の は た ら き を 生じ た 位を い う 。 別 教は 、 十 信を 外 凡に 位 置づ け る 。 蔵 教の 七 賢 位、 通 教 の 第 一 乾 慧 地、 第 二 性 地に 相 当す る 。 二 十 住 位 こ れ は 、『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 に 説く 十 住 位で あ る 。 十 住の 「 住」 は 、 理に 安 住す る こ と 、 真の 無 漏の 智を 発こ し 、 空 智を 証っ て 、 真 諦の 空 理に 安 住す る こ と を い う 。 十 住は 、 発 心 住、 治 地 心 住、 修 行 心 住、 生 貴 心 住、 方 便 心 住、 正 心 住、 不 退 心 住、 童 真 心 住、 法 王 子 心 住、 灌 頂 心 住の 十 位か ら 成る 。 1 「 発 心 住」 は 、 界 内の 見 惑を 永 遠に 起こ ら な い よ う に 断ち 、 真 実の 無 漏の 智を 起こ し て 邪 見を 起こ さ ず 、 広 く 智 慧を 求め て 、 心が 真 諦の 理に あ る 位を い う 。 2 「 治 地 心 住」 は 、 常に 空 観を 修し て 、 心 地・ 心 境を 治 め る 位を い う 。 3 「 修 行 心 住」 は 、 心 地を 治め た 後、 あ ら ゆ る 善 行を 実 践す る 位を い う 。 4 「 生 貴 心 住」 は 、 無 我の 理に 安 住し て 、 種 性が 清 浄に な る 位を い う 。 5 「 方 便 心 住( 具 足 方 便 住)」 は 、 無 量の 善 根を 具 足し て 、 空 観を 助け る 方 便と す る 位を い う 。 6 「 正 心 住」 は 、 般 若の 空 智を 成 就す る 位を い う 。 7 「 不 退 心 住」 は 、 す で に 空 観が 成 就し て 見 思の 二 惑を 断ち 尽く し 、 空・ 無 相・ 無 作の 三 三 昧か ら 心が 後 退し な い 位を い う 。 8 「 童 真 心 住」 は 、 す で に 見 思の 二 惑が な い か ら 、 天 魔 外 道の 愛 見・ 迷 妄の 邪 見を 起こ さ ず 、 菩 提 心を 破る こ と の な い 位を い う 。 9 「 法 王 子 心 住」 は 、 仏の 教え に 随っ て 智 解を 生じ 、 未 来に 仏の 位を 受け る 位を い う 。 化「 灌 頂 心 住」 は 、 空 観の 最 上に 至っ て 無 生の 心を 得、 空 理の 法 水を 頭に 灌ぎ 、 仏の 位を 継ぐ 位を い う 。 ほ っ す い そ そ 十 住の 位は 、 内 凡 位で あ る 。 界 内に お い て 、 見 思の 二 惑 と 塵 沙の 惑を 永 遠に 起こ ら な い よ う に 断ち 、 界 外に お い て 、

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 塵 沙の 惑を 一 時 的に 起こ ら な い よ う に 伏し コ ン ト ロ ー ル す る 階 位を い う 。 つ ま り 、 見 思の 二 惑を 断っ て 空 理を 証る 位 で あ る が 、 初 住で 界 内の 見 惑を 断ち 、 第 二 住か ら 第 六 住で 界 内の 思 惑を 断ち 尽く し 、 位 不 退を 得、 第 八 住か ら 第 十 住 で 界 内の 塵 沙の 惑を 断ち 、 界 外の 塵 沙の 惑を 伏す 。 三 十 行 位 こ れ は 、『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 に 説く 十 行 位で あ る 。 十 行の 「 行」 は 進み ゆ く こ と を い う 。 つ ま り 、 先の 十 住 位で 空 理 を 証っ た が 、 続い て 更に 、 仮 観・ 従 空 出 仮 観の 実 践を 経て 、 や が て 中 道に 進み ゆ く こ と 、 利 他 行を 実 践す る こ と を い う 。 十 行は 、 歓 喜 心 行、 繞 益 心 行、 無 瞋 恨 心 行、 無 尽 心 行、 離 に ょ う や く 癡 乱 心 行、 善 現 心 行、 無 著 心 行、 尊 重 心 行、 善 法 心 行、 真 実 心 行の 十 位か ら 成る 。 1 「 歓 喜 心 行」 は 、 十 住の 空 観に の み あ れ ば 、 二 乗と 等 し く 灰 身 滅 智し て 利 他 行を 円 満す る こ と が で き な い 。 そ こ で 初め て 法 空に 入っ て 、 二 乗 所 得の 涅 槃を 空じ て 化 他の 法の 運 用に 通 達し 、 邪 見に 動か さ れ ず 、 歓 喜し て 衆 生を 済 度す る 位を い う 。 2 「 繞 益 心 行」 は 、 常に 衆 生を 教 化し 、 法 利を 得さ せ る に ょ う や く 位を い う 。 3 「 無 瞋 恨 心 行( 無 違 逆 行)」 は 、 常に 忍ん で 、 人に 逆ら わ な い 位を い う 。 4 「 無 尽 心 行( 無 屈 繞 行)」 は 、 他を 究 竟の 涅 槃に 導こ む く つ に ょ う う と 、 大 精 進す る 位を い う 。 5 「 離 癡 乱 心 行( 無 癡 乱 行)」 は 、 無 明の た め に 乱れ ず 、 利 他を す る 位を い う 。 6 「 善 現 心 行」 は 、 常に 、 仏 国の 中に 生ま れ る 位を い う 。 7 「 無 著 心 行」 は 、 我と 我 所、 あ る い は 空と 有の 二 辺の 見に 執 着し な い 位を い う 。 8 「 尊 重 心 行( 難 得 行)」 は 、 得 難い 利 他の 善 根を 身に 成 就す る 位を い う 。 9 「 善 法 心 行」 は 、 利 他 行の 機に 応じ 、 法を 説い て 、 人 を 導く 位を い う 。 化「 真 実 心 行」 は 、 空か ら 仮に 出て 、 中 道 実 相の 理を 照 ら す 位を い う 。 つ ま り 、 仮 観・ 従 空 出 仮 観を 実 践し 、 界 外の 塵 沙の 惑が 永 遠に 起こ ら な い よ う に 断ち 、 利 他 行を 実 践す る の が 、 十 行の 修 行の 階 位で あ る 。 四 十 廻 向 位 こ れ は 、『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 に 説く 十 廻 向 位で あ る 。 十 廻 向の 「 廻 向」 は 、 事を 転 回し て 理に 向か い 、 因を 転 回し て 果に 向か い 、 お の れ の 功 徳を 転 回し て 普く 衆 生に 施し 、 こ の 位の 終わ り に い よ い よ 中 観を 修 行 実 践す る こ と を い う 。 十 廻 向は 、 救 護 一 切 衆 生 離 相 廻 向 心、 不 壊 廻 向 心、 等 一 切 仏 廻 向 心、 至 一 切 処 廻 向 心、 無 尽 功 徳 蔵 廻 向 心、 随 順 平 等 善 根 廻 向 心、 随 順 等 観 一 切 衆 生 廻 向 心、 如 相 廻 向 心、 無 縛

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 解 脱 廻 向 心、 法 界 無 量 廻 向 心の 十 位か ら 成る 。 1 「 救 護 一 切 衆 生 離 相 廻 向 心」 は 、 無 相の 心で 衆 生を 救 護し 、 衆 生を 救 護し て い る と い う 思い を 離れ る 位を く ご い う 。 2 「 不 壊 廻 向 心」 は 、 自 分が し て い る こ と を 、 そ の ま ま ふ え に 空と 観じ る 位を い う 。 3 「 等 一 切 仏 廻 向 心」 は 、 三 世の 諸 仏の 教え を 、 常に 弘ぐ 通す る 位を い う 。 づ う 4 「 至 一 切 処 廻 向 心」 は 、 あ ら ゆ る 仏の 国 土に 入っ て 、 一 切の 仏を 供 養す る 位を い う 。 5 「 無 尽 功 徳 蔵 廻 向 心」 は 、 尽き る こ と が な い 、 常 住の 仏 性の 功 徳の 教え を 、 人々 に 教え る 位を い う 。 6 「 随 順 平 等 善 根 廻 向 心」 は 、 中 道の 無 漏の 善 行を 実 践 し 、 善・ 悪は 別の も の で は な い こ と を 観じ る 位を い う 。 7 「 随 順 等 観 一 切 衆 生 廻 向 心」 は 、 人々 が 行う 善・ 悪は 一つ の も の で 、 差 異が な い も の で あ る こ と を 観じ る 位 を い う 。 8 「 如 相 廻 向 心」 は 、 中 道の 智 慧に よ っ て 有と 無を 照ら し 、 す べ て は 仏 法の 世 界で あ る と 観じ る 位を い う 。 9 「 無 縛 解 脱 廻 向 心」 は 、 般 若の 智 慧に よ っ て 、 す べ て は 平 等で あ る と 観じ 、 執 着を 離れ る 位を い う 。 化「 法 界 無 量 廻 向 心」 は 、 す べ て は 中 道で あ り 、 無 相で あ る と 悟る 位を い う 。 こ の 位を 三 賢、 ま た 内 凡 位と す さ ん げ ん る 。 十 廻 向は 、 無 明の 惑を 一 時 的に 起こ ら な い よ う に コ ン ト ロ ー ル す る 階 位で あ り 、 ま だ 中 観を 成 就し た 位で は な い 。 十 廻 向は 、 仮 観か ら 中 観に 至る 途 中に あ る 。 従っ て 、 無 明 は 断ち 尽く し て い な い か ら 、 方 便 有 余 土に 住す 。 無 明の 惑 は 、 第 十の 法 界 無 量 廻 向( 心) 位に お い て 初め て 断ち か か り 、 次の 十 地の 修 行の 初 地か ら 各 地に 、 中 観に よ っ て 、 一 部ず つ の 無 明を 断っ て い く 。 五 十 地 位 十 地は 、 よ く 成 仏の 智を 生じ 、 育み 、 生 長さ せ 、 無 縁の 大 悲を 起こ し て 、 一 切 衆 生を 負 荷す る 位を い う 。「 地」 は 、 草 木を 生 育さ せ る 大 地の よ う で あ る こ と を い う 。 住 処の 意 で 『 十 住 毘 婆 沙 論』 の 経 題の よ う に 、「 十 住」 と も い う 。 十 地は 、 歓 喜 心 地、 離 垢 心 地、 明 光 心 地、 焔 慧 心 地、 難 勝 心 地、 現 前 心 地、 遠 行 心 地、 不 動 心 地、 善 慧 心 地、 法 雲 心 地 の 十 位か ら 成る 。 明 光 心 地、 焔 慧 心 地、 現 前 心 地の 三 地の 名は 、『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 に よ り 、 他の 七 地の 名は 、『 六 十 華 厳 経』 巻 第 二 十 三に よ る 。 そ の 他、 智 顗は 、『 十 地 経 論』 や 『 十 住 毘 婆 沙 論』 を 参 考に し た と い わ れ る 。 1 「 歓 喜 心 地」 は 、 こ の 位で 初め て 中 道の 智を 成 就し 、 か ん ぎ 凡 位を 捨て て 聖 位に 入り 、 先に 方 便 有 余 土に お い て 受 け た 、 変 易 生 死の 死 魔な ら び に 陰 魔の た め に 動か さ れ

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) ず 、 ま た 天 魔に 動ぜ ず 、 仏 界に 証 入し て 、 自 利と 利 他 に 大い に 歓 喜す る 位を い う 。 2 「 離 垢 心 地」 は 、 中 道の 理に 住し 、 九 界の 衆 生の 中に 入っ て も 、 二 辺の 垢を 離れ て 汚れ る こ と の な い 位を い う 。 3 「 明 光 心 地( 発 行 地)」 は 、 二 辺の 垢を 去っ て 、 中 道の く 智 慧が 明ら か に 発す る 位を い う 。 4 「 焔 慧 心 地」 は 、 無 生 法 忍に よ っ て 、 中 道の 智 慧が 一 え ん ね 層 明ら か で あ る 位を い う 。 5 「 難 勝 心 地」 は 、 断ち 難い 界 外の 無 明の 惑を 、 こ と ご と く 空じ る 位を い う 。 6 「 現 前 心 地」 は 、 こ れ よ り 進ん で 、 諸 法 平 等の 観に 入 ろ う と し て 、 何を 観じ て も 寂 滅 無 二で あ る 位を い う 。 7 「 遠 行 心 地」 は 、 界 外の 別 見 惑を 断っ て 中 道を 得、 念 お ん ぎ ょ う 念に 遠く 上 地に 進む 位を い う 。 8 「 不 動 心 地」 は 、 界 外の 三 界の 報を 捨て て 変 易 生 死を 離れ 、 下 観 無 生 法 忍に よ っ て 中 道 不 思 議の 妙 慧に 入り 、 中 道の 妙 慧に 安 住し 動じ な い 位を い う 。 9 「 善 慧 心 地」 は 、 上 観 無 生 法 忍に 入り 、 中 道 無 生の 善 ぜ ん ね 妙の 智 慧に 安 住し 動じ な い 位を い う 。 化「 法 雲 心 地」 は 、 こ れ よ り 以 後は 、 一 切の 色 心の 相 寂 滅し 、 こ と ご と く 法 性と な る 。 色 心の 相が 寂 滅す る か ら 、 一 塵も 法 界、 一 念も 法 界の 全 体と な る 。 こ れ を 中 道 第 一 義 諦の 寂 滅 忍と い う 。 忍と は 体 認の こ と 。 こ こ に 至っ て 中 道 三 昧が 成 就し 、 十 方の 諸 仏の 灌 頂を 受け 、 仏の 職 位を 受け 継ぐ 。 仏の 位を 許さ れ て 、 慈 悲と 智 慧 が 仏 法の 世 界を 覆う こ と が 大 雲の よ う で あ る 位を い う 。 十 地は 、 無 明の 惑が 永 遠に 起こ ら な い よ う に 断つ 、 十 聖 の 階 位を い う 。 こ の 十 地の 内、 第 二 地よ り は 、 九 地の 一 地 く じ ご と に そ れ ぞ れ 一 部の 無 明を 断ち 、 一 部の 中 道を 証る 。 こ れ が 見 道の 位で 、 聖 位に 証 入す る 。 任 運 無 功 用の 位、 百 界 作 仏し 、 八 相 成 道し て 衆 生を 利 益し 、 実 報 無 障 礙 土に 入る 。 つ ま り 、 十 地に 入っ て 、 中 観を 修 行 実 践し て 、 一 部の 無 明 を 破し 、 一 部の 法 身・ 般 若・ 解 脱( 如 来 蔵の 相 貌、 性 徳の 智 慧・ 第 一 義 空、 中 道 法 性の 理) の 三 徳を 顕わ す 。 な お 十 地は 、『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 で は 、 無 量 心 地・ 善 心 地・ 明 光 心 地・ 焔 慧 心 地・ 大 勝 心 地・ 現 前 心 地・ 無 生 心 地・ 不 思 議 心 地・ 慧 光 心 地・ 受 位 心 地と あ り 、『 華 厳 経』 に は 、 歓 喜 地、 離 垢 地、 明 地、 焔 地、 難 勝 地、 現 前 地、 遠 行 地、 不 動 地、 善 慧 地、 法 雲 地と あ る 。 六 等 覚 位 等 覚 位の 等 覚は 、 等 正で あ る 覚の 意の 等 正 覚、 普く 真 実 を 悟り 、 諸 仏の 悟り の 内 容が 等し い こ と を い う 。 等 覚 位は 、 仏に 等し い 位、 妙 覚に 隣る 位を い い 、 仏の 一 歩 手 前の 入 法 界 心に あ る 階 位を い う 。 つ ま り 、 別 教の 行 位の 第 五の 十 地 の 第 十 法 雲( 心) 地の 後 心に 、 空・ 仮・ 中の 三 観を 用い て 、

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 残る 一 部の 無 明の 惑を 断つ 位で あ る 。 す で に 天 魔・ 陰 魔・ 煩 悩 魔の 三 魔を 断ち 尽く し て い る が 、 な お 変 易の 一 部の 死 魔が 残る 。 だ か ら 、 妙 覚に 至る に は 、 な お 一 生を 要す る 。 従っ て 、 な お 一 部の 無 明を 残し て い る か ら 、 妙 覚か ら 観 れ ば 、 ま だ 菩 薩で あ る こ と は 免れ な い 。 だ か ら 等 覚を 、 金 剛の よ う に 堅 固な 心で 、あ ら ゆ る 煩 悩を 打ち 破る こ と か ら 、 金 剛 心の 菩 薩と も 、 汚れ を 離れ て 清 浄な こ と か ら 、 無 垢 地 の 菩 薩と も 、 現 在の 一 生を 過ぎ て 仏の 処を 補っ て 仏と な る こ と か ら 、 一 生 補 処の 菩 薩と も い う 。 妙 覚の 仏 陀を 無 上 士 ふ し ょ と す る の に 対し て 、 な お 上 位が あ る こ と か ら 、 有 上 士と も い い 、 仏の 一 歩 手 前の 入 法 界 心に あ る か ら 、 等 覚 仏と も い う 。 十 地の そ れ ぞ れ の 地で 、 中 観に よ っ て 一 部ず つ の 無 明の 惑を 断ち 、 合わ せ て 、 十 部の 無 明の 惑を 断っ て き た が 、 仏 と 等し い 別 教の 等 覚 位で は 、 更に 残る 一 部の 無 明の 惑を 、 空・ 仮・ 中の 三 観に よ っ て 断ち 尽く し て 、 仏の 妙 覚 位へ と 進む 。 七 妙 覚 位 妙 覚 位は 、 別 教の 行 位の 第 六の 等 覚 位に お い て 修 行 実 践 す る 観 智が 、 金 剛の よ う に 鋭く 、 最 後の 一 心に お い て 、 更 に 残る 一 部の 無 明の 惑を 断ち 尽く し 、 無 明の 惑の 習 気を も 断ち 尽く し て 、 仏 果に あ る 階 位を い う 。 妙 覚の 位に 至っ た 仏は 、 常 寂 光 土で あ る 蓮 華 蔵 世 界に 住し 、 形は 、 蓮 華の よ う に 十 方 法 界を 包 含す る 。 七 宝の 菩 提 樹の 下の 大 宝 華 王 座 に 坐し 、 円 満の 報 身を 現わ す 。 な お 、 仮か ら 空に 入る 従 仮 入 空 観と 呼ば れ る 「 空 観」 、 空 か ら 仮に 出る 従 空 出 仮 観と 呼ば れ る 「 仮 観」 、 前の 二 観を そ れ ぞ れ に と ら わ れ ず に 並べ て 用い る 中 道 第 一 義 諦 観と 呼 ば れ る 「 中 観」 と い う 、 空・ 仮・ 中の 三 観を 次 第に 、 順 序 に 修 行 実 践す る 、 別 教の 鈍 根の 菩 薩の た め に 、 無 量の 四 諦 を 始め 、 別 教の 因 縁 仮 名、 仏 性の 理、 常 住 三 宝な ど を 説く の は 、 こ の 妙 覚 位に あ る 仏で あ る と さ れ る 。 妙 覚 位は 、 煩 悩を 永 遠に 断ち 切っ て 、 智 慧が 円か に 具わ り 、 心の 障 害を 断っ た 悟り の 極 致の 、 断 証 究 竟の 寂 滅 心に あ る 階 位を い う 。 つ ぎ に 、 参 考ま で に 、 修 行の 階 位の 異 説に つ い て 記し て お く こ と に し た い 。 『 六 十 華 厳 経』 は 、 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 妙 覚の 四 十 一 位を 説く 。 『 金 光 明 経』 は 、 十 地・ 仏 果の 十 一 位を 説く 。 『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 は 、 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 等 覚 ( 無 垢)・ 妙 覚の 四 十 二 位と 十 信を 説く 。 『 勝 天 王 般 若 経 波 羅 蜜 経』 は 、 十 地を 説く 。 『 仁 王 般 若 経』 は 、 十 信・ 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 妙 覚の 五 十 一 位を 説く 。 『 南 本 大 般 涅 槃 経』 は 、 五 行を 明か す 。

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 『 法 鏡 論』 は 、 十 信・ 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 等 覚・ 妙 覚の 五 十 二 位を 説く 。 天 台で は 、 凡 聖 同 居 土・ 方 便 有 余 土・ 実 報 無 障 礙 土・ 常 寂 光 土の 四 土を 立て る 。 1 「 凡 聖 同 居 土( 同 居 土)」 は 、 欲 界・ 色 界・ 無 色 界の 界 内の 対 象の 世 界で あ り 、 凡 夫と 聖 者と が 共に 住む 土を い う 。 2 「 方 便 有 余 土( 方 便 土)」 は 、 方 便 道で あ る 空 観と 仮 観 を 修め て 、 三 界に 生ま れ る 因で あ る 見 思の 二 惑は 断っ た が 、 塵 沙の 惑と 無 明の 惑と を 断っ て い な い た め に 、 界 外の 変 易 生 死を 受け る 蔵 教の 二 乗、 通 教の 三 乗、 別 教の 三 十 心の 菩 薩な ど が 生ま れ る 、 界 外の 土を い う 。 3 「 実 報 無 障 礙 土( 実 報 土)」 は 、 真 実の 法で あ る 中 観を 修め て 、 無 明を 断っ た 別 教の 初 地、 円 教の 初 住 以 上の 菩 薩が 生ま れ る 、 界 外の 土を い う 。 4 「 常 寂 光 土( 寂 光 土)」 は 、 仏 果を 悟っ た 仏が 存 在す る 界 外の 土で 、 如々 法 界の 理に 外な ら ず 身 土 不 二で あ る 土を い う 。 三 論 宗で は 、 仏の 教 化す る 国 土を 仏 土と 名づ け 、 凡 聖 同 居 土・ 大 小 同 居 土・ 独 菩 薩 所 住 土・ 諸 仏 独 居 土の 四 位が あ る と す る 。 な お 、『 梵 網 経』 で 立て る 仏 土は 、 蓮 華 蔵 世 界で あ る 。 蓮 華 蔵 世 界は 、 千 葉の 大 蓮 華か ら な り 、 一つ ひ と つ の 葉の 一 世 界に 、 百 億の 須 弥 山・ 四 天 下・ 南 閻 浮 提な ど の 世 界が あ り 、 毘 廬 舎 那 仏が 、 そ れ ら の 本 源と し て 蓮 華 台の 上に 坐し 、 自 身を 変 化さ せ て 、 千 体の 釈 迦と な っ て 千 葉の 一々 の 葉の 上に 拠り 、 千の 釈 迦は 更に 百 億の 菩 薩 釈 迦と な っ て 、 南 閻 浮 提 菩 提 樹 下で 説 法す る と す る 。 『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 二 巻、 大 正 蔵』 第 二 十 四 巻に 収 蔵。 姚 秦 建 元 十 二 年( 三 七 六) ~ 十 四 年( 三 七 八) 前 秦の 竺 仏 念の 訳と 伝え ら れ る が 、 近 年で は 、 五 六 世 紀 頃に 中 国 で 撰 述さ れ た と す る 説が 、 大 勢を 占め て い る 。 『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 は 、 略し て 瓔 珞 本 業 経、 瓔 珞 経、 本 業 経、 菩 薩 瓔 珞 経と 呼ば れ る 。 名が 示す よ う に 、 菩 薩の 本 業、 す な わ ち 、 菩 薩 行の 本 筋を 開 顕す る こ と を 使 命と し て 生ま れ た 経で あ る 。 菩 薩 行の 本 筋は 、 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 等 覚( 無 垢)・ 妙 覚と 次 第し て 展 開さ れ て い く 、 心 境・ 心 地に 眺め ら れ る も の と し て い る 。 従っ て 、 主 要 部の 多く は 四 十 二 賢 聖の 心 境・ 心 地を 明ら か に す る も の で あ る 。 こ れ と 関 連し て 、 初 住に 入る 前に 十 信の 行 願が あ る と し 、 十 順 名 字の 菩 薩、 信 想の 菩 薩、 仮 名の 菩 薩な ど の 名を 与え て 、 詳し く 説 示さ れ て い る 。 十 信を 四 十 二 賢 聖に 加え れ ば 五 十 二 位と な る の で 、 智 顗 は 、「 瓔 珞の 五 十 二 位は 名 義 整 足す 。 恐ら く は 是れ 諸の 大 乗 方 等 別 円の 位を 結べ る も の な ら ん 」 と 推 定し 、 菩 薩の 行 位の 最も 完 備し た も の と し て 、 こ れ に 倣っ た 。

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 『 菩 薩 瓔 珞 本 業 経』 に 注 目し た 人は 、 智 顗が 最 初で あ る 。 智 顗は 、 こ の 経を か な り 重 要 視し 、 従 仮 入 空 観・ 従 空 出 仮 観・ 中 道 第 一 義 諦 観か ら 成る 三 観 説は 『 法 華 玄 義』 第 三 下 に 、 五 十 二 位 説は 同 第 四 下お よ び 『 四 教 義』 第 九に 、 心 無 尽 説は 『 摩 訶 止 観』 第 四 上な ど に 引い て お り 、 天 台 教 学の 重 要な 思 想を 形 成し て い る 。 下 巻に お い て 、 菩 薩の 戒に つ い て 詳し く 説く 点が 、 智 顗や 法 蔵ら に 注 目さ れ 、 中 国の 仏 教で は 、 こ の 経を 大 乗 律 蔵の 中に 数え て い る 。 こ の 経は 、『 六 十 華 厳 経』 に 負う と こ ろ が 大で あ る が 、 他 に 、『 菩 薩 本 業 経』『 梵 網 経』『 仁 王 般 若 経』『 地 持 論』『 優 婆 塞 戒 経』 な ど と 関 係が 深い 。 ( 124) 究 竟 円 証の 六 妙 門= 究 竟 円 証」 は 、 既 出の 第 十 証 相 六 妙 門の 真 実 証 相の 通に 対す の 、「 究 竟 証」 の 円 証の 法 門 を い う 。 第 十 証 相 六 妙 門の 真 実 証 相の 通に 対す の 「 初 証」 で は 、 初 発 心の 初 住 位に お い て 、「 般 若の 正 慧を 得、 如 来 蔵を 開 き 、 真の 法 身を 顕わ し 、 首 楞 厳を 具え 、 明ら か に 仏 性を 見、 大 涅 槃に 住し 、 法 華 三 昧・ 不 思 議の 一 実の 境 界に 入」 る 。 続く 「 中 証」 で は 、 初 住 位を 除く 二 住か ら 十 住ま で の 九 住 位に お い て 、 空 観に よ っ て 見 思の 二 惑を 断ち 、 微 細な 化 道 障の 惑と 著 空の 惑で あ る 塵 沙の 惑を 、 界 内に 断ち 、 界 外 に 伏す 。 十 行 位に お い て 、 仮 観に よ っ て 、 界 外の 塵 沙の 惑を 断ず 。 十 廻 向 位に お い て 、 仮 観か ら 中 道の 理 観に 向か い 、 非 有 非 空・ 亦 有 亦 空の 理に 迷う 界 外の 無 明の 惑を 伏す 。 十 地 位の そ れ ぞ れ に お い て 、 中 観に よ っ て 、 非 有 非 空・ 亦 有 亦 空の 理に 迷う 、 界 外の 無 明の 惑を 一 部ず つ 断ち 、 一 部ず つ の 法 身・ 般 若・ 解 脱の 三 徳を 現わ す 。 そ し て 、 等 覚 位に お い て 、 絶 対 的 世 界に 体 達す る 空・ 仮・ 中の 三 観に よ っ て 、 最 後に 残る 一 部の 界 外の 無 明の 惑を 断 ち 、 仏の 一 歩 手 前に あ る 去 仏 一 等の 悟り の 境 地に あ る 。 「 究 竟 証」 は 、 等 覚 位に 残る 一 部の 界 外の 無 明の 惑を 断 ち 、 菩 薩 究 極の 悟り の 境 地に あ る 断 証 究 竟の 一 切を 完 全に 具え て 、 欠け る と こ ろ が な い 悟り の 様 相を い う 。 「 円 証」 は 、 こ こ で は 次 第に 積み 重ね て 、 至り 得た 別 教の 円 頓 証を い い 、 一 切を 完 全に 具え て 欠け る と こ ろ が な い 悟 り の 様 相を い う 。 従っ て 一 句は 、 心の 障 害を 断っ て 悟り を 得、 悟り を 極め 尽く し て 円か で 欠け る と こ ろ の な い 断 証 究 竟の 、「 究 竟 円 証 六 妙 門」 を い う 。 究 竟 円 証の 六 妙 門は 、 利 根の 大 士で あ る 、 勝れ た 菩 薩の 修 行 者の 証 相で あ る 。 こ れ は 、 利 根の 大 士で あ る 勝れ た 菩 薩の 修 行 者の 証 相で あ る が 、 円 教が い う 円 融 円 頓の 証 相で は な い 。 円 教が い う 円 融 円 頓の 証 相は 、 『 法 華 経』 だ け を 裏 打ち と し 、『 法 華 経』 に の み に 依る も の で あ り 、『 摩 訶 止 観』 に 説く 。 円 教の 円 頓と 別 教の 円 頓と は 、 大き な 懸 隔が あ り 、 似て 非な る も の で あ る 。

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 『 六 妙 法 門』 で い う 円 頓は 、 智 顗の 教 説の 中で 、 最 初に 説 か れ た 円 頓で あ る が 、 円 教で 説く 究 極の 円 融 円 頓を い う の で は な い 。 後に 完 成さ れ る 五 時 八 教の 蔵・ 通・ 別・ 円の 化 法の 四 教に 当て は め れ ば 、 別 教に 相 当す る 円 頓を い う 。 す な わ ち 、 仏に な る 一 歩 手 前に あ る 利 根の 大 士で あ る 勝れ た 菩 薩の 円 頓、 す な わ ち 、 化 法の 四 教の 第 三の 別 教の 円 頓を い う 。 こ こ で の 「 円 証」 は 、 別 教の 円 頓 証で あ る が 、 現 象 し 存 在す る す べ て が 、 固 定 的 不 変な 独 自の 実 体が な い 無 実 体で あ り な が ら 、 現 象し 存 在す る す べ て が 相 関 関 係に あ っ て 、 親が 子に 、 子が 孫に 続く よ う に 、 関 係し あ っ て い る 不 思 議さ を あ ら わ す 。 円 証の 円は 、 更に 生き と し 生け る も の の 心が 本 来、 円か で 平 等な こ と を 象 徴し て い る 「 円 相」 の 円を も い う 。 ( 125) 後 心の 菩 薩= 一 般 的に は 、 初 心の 菩 薩は 、 六 年の 苦 行 の 後、 ブ ッ ダ ガ ヤ ー の 菩 提 樹の 下で 、 悪 魔で 象 徴さ れ る 、 自 我が 造り 出し 続け て 止ま な い 妄 想を 克 服し て 悟り を 開き 、 仏 陀の 位に 至っ た 釈 尊の こ と を い う 。 中 心の 菩 薩は 、 降 魔 成 道 後 初め て 鹿 野 苑で 五 人の 比 丘に 説 法し た 後、 四 十 五 年 間に わ た っ て 教 化し 続け た 釈 尊の こ と を い う 。 後 心の 菩 薩 は 、 八 十 歳で 、 ク シ ナ ガ ラ 城 外の 沙 羅 双 樹の 下で 、 最 後の 説 法を 終わ っ て 肉 身を 滅し た 釈 尊の こ と を い う 。 ま た 、 後 心は 、 初 心が 初 発 心 住で あ る か ら 、 十 住の 第 二 位の 二 住 以 後を い っ た り 、 降 魔 成 道 以 後を い っ た り 、 無 余 依 涅 槃を い っ た り す る 。 こ こ で は 後 心の 菩 薩は 、 中 証の 最 後の 等 覚 位に あ る 菩 薩の 修 行 者と 取る 。 仏 陀の 悟り は 、 初 証も 中 証も 後 証も 全く 違い が な く 、 同 じ 悟り で あ る と さ れ る 。『 六 十 華 厳 経』 巻 第 八・ 梵 行 品で は 、「 初 発 心の 時、 便ち 正 覚を 成ず 」( 『 大 正 蔵』 九・ 四 四 九c ) と 、 初 心 成 道を 説く 。 便 成 正 覚と は 、 仏と 同じ 八 相 成 道の は た ら き を 起こ す こ と を い う 。 勿 論、 ま だ 全く 仏と 同 等の 位に 至っ た の で は な い が 、 す で に 八 相 成 道を あ ら わ し 、 一 部の 無 明を 断っ て 一 部の 中 道を 証り 、 一 部 仏と 等し い 位に 至る の で あ る か ら 、 初 発 心 時は 初 住の 位と な る 。 こ の 位は 、 別 教の 初 住で な く て 、 円 教の 初 住 位で あ る 。 別 教 の 初 住 位は 、 わ ず か に 見 思の 二 惑の 中で 、 見 惑だ け を 断つ の に 対し て 、 円 教で は 初 住 位か ら 無 明の 惑を 断っ て 法 身の 大 士と な る か ら で あ る 。 イ ン ド で は 、 日々 の 生 活が 、 煩 悩の 起こ り に く い 状 況に あ っ た 。 し か し 中 国で は 、 日々 の 生 活に 煩 悩が 起こ り 易い 状 況に あ っ た 。 仏 教は 皇 帝と 手を 結ん だ 。 長 安 城 内に あ る 大 興 善 寺は 、 官 寺で あ り 、 国 家 体 制に 組み 込ま れ た 寺で あ っ て 絶 大な る 権 威を 誇っ た 。 そ れ 以 外の 寺も 、 大き な 寺 領を 持ち 、 経 済 的に も 豊か で あ っ た 。 そ う し た 中で は 、 中 国の 仏 教は 、 修 行に よ っ て 、 悟り と い う 特 殊な 世 界に 入る こ と を 説き 、 悟り を 得た 人は 、 特 殊な 世 界に 入っ た 人で あ る と す る 風 潮が 醸 成さ れ て い っ た 。 そ こ に は 、 武 帝に よ る

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 徹 底 的な 廃 仏が 起き る 必 然が あ っ た 。 し か も 、 中 国に 伝 来 し た 諸 経 論は 、 イ ン ド で の 成 立の 順 序を 無 視し 、 順 不 同に 流 入し た 。 こ う し た 状 況の 違い が あ っ て 、 イ ン ド で は 初 心 成 仏が 説 か れ 、 釈 尊 成 道の 初 心・ 中 心・ 後 心は 、 全く 同じ 悟り で あ る と 説か れ た が 、 中 国で は 実 際の 修 行に は 、 浅い 深い の 浅 深が あ っ た か ら 、 実 際の 修 行の 浅 深 次 第に 従っ て 、 教え に も 浅 深 次 第を つ け ざ る を 得な か っ た 。 教 相 判 釈で は 、 釈 尊 一 代の 説 法の 順 序を 分 類し て 五 時に 分け 、 教え 導く 形 式 方 法か ら 四 種と し 、 人々 の 性 質や 能 力に 応じ て 教え 導い た 教 理 内 容か ら 四 種の 教え を 立て 、 諸 経 論の 説を 三 面か ら 批 判 し 整 理し た 。 こ の 代 表が 、 智 顗の 五 時 八 教で あ る 。 五 時で は 、 華 厳 時・ 鹿 苑 時・ 方 等 時・ 般 若 時・ 法 華 涅 槃 時を 立て 、 八 教で は 、 頓・ 漸・ 秘 密・ 不 定の 化 儀の 四 教と 、 蔵・ 通・ 別・ 円の 化 法の 四 教を 立て た 。 中 国 仏 教の 第 一 歩は 、 こ の 教 相 判 釈に 始ま る 。 従っ て 、 浅 深 次 第な し で は 、 中 国の 仏 教は 一 歩も 前へ 進む こ と が で き な か っ た 。 こ こ に 、 後 心の 菩 薩を 、 中 証の 最 後の 等 覚 位に あ る 菩 薩 の 修 行 者と 取る 理 由が 存 在す る 。 ( 126) 茶( 荼) 字 門に 入り = 荼 字 門の 「 荼」 は 、 一 般 的に ( マ マ ) は 、 四 十 二 字 門の 最 後の 文 字 dh a 上 声の da の 音 写 語を い う 。『 瑜 伽 金 剛 頂 経』 釈 字 母 品で は 執 持、 す な わ ち 、 信 仰 心や 精 神 統 一し た 心が 堅 牢で あ り 、 金 剛の よ う に 坐っ て い る こ と を い い 、 滅 穢の 境 界の 音と さ れ る 。 こ こ で は 、 果て の 果て ま で 極め 尽く し 、 悟り 尽く し た 無 上 至 極の 意の 「 究 竟・ 辺 竟」 の 意で あ り 、 究 極の 清 浄で あ っ て 、「 言 語 道 断・ 心 行 処 滅」 、 つ ま り 、 言 語を 絶し 、 思 慮を 超え て お り 、 さ ら に そ れ を 超え た 悟り の 境 地は 存 在し な い こ と を い う 。 つ ま り 、 菩 薩の 位を 極め る こ と の 意と 取 る 。 荼 字 門に 入れ ば 、 等 覚 位に 残る 一 部の 無 明の 惑も 消え 失せ て 、 現 実に さ ま ざ ま に 展 開し つ つ あ る お の れ の 心を 突 き つ め て 、 そ の 本 源を 覚 知す る 、 口や 文 字で は 表わ す こ と が で き な い 、 菩 薩 究 極の 悟り の 境 地に 入る こ と を い う 。 四 十 二 字 門は 、 サ ン ス ク リ ッ ト 語の 四 十 二の 文 字の 一つ ひ と つ に 、 一 切 法 空の 意 義を 明ら か に し た 教え で 、 文 字に よ っ て 意 味を 説く か ら 字 門と い う 。 四 十 二 字 門は 、『 大 智 度 論』 巻 第 八 十 九や 『 華 厳 経』 巻 第 五 十 七な ど に 説か れ 、 四 十 二 字 陀 羅 尼 門と も 呼ぶ よ う に 、 い わ ゆ る 文 字 陀 羅 尼で あ っ て 、 悉 曇 五 十 字 門の よ う に 、 字 母な ど を 説く の が 目 的 で は な い 。 だ か ら 、 文 字の 配 列も 五 十 字 門の よ う に 整 然と し て お ら ず 、 母 音 字 十 五と 子 音 字 四を 欠き 、 別に 合 成 語の 重 字 十 一を 加え て い る 。 四 十 二 字 般 若 波 羅 蜜 法 門、 悉 雲 四 十 二 字 門と 同 義で あ る 。 『 大 品 般 若 経』 巻 第 五・ 広 乗 品 第 十 九(『 大 正 蔵』 八・ 二 五 六a - ) に よ れ ば 、 四 十 二 字に は 、 そ れ ぞ れ 次の 一 切 法 空の 意 味が あ る 。

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 1 阿a = 阿 字 門は 、 一 切 法の 初 不 生の 故な り 。 2 羅ra = 羅 字 門は 、 一 切 法の 離 垢の 故な り 。 3 波pa = 波 字 門は 、 一 切 法の 第 一 義の 故な り 。 4 遮ca = 遮 字 門は 、 一 切 法は つ い に 不 可 得の 故に 、 諸 法は 不 終 不 生の 故な り 。 5 那na = 那 字 門は 、 諸 法の 名を 離れ 、 性 相は 不 得 不 失 の 故な り 。 6 邏la = 邏 字 門は 、 諸 法の 世 間を 度す 故に 、 ま た 愛 支 因 縁 滅の 故な り 。 7 陀da = 陀 字 門は 、 諸 法の 善 心を 生じ る 故に 、 ま た 施 相の 故な り 。 8 婆ba = 婆 字 門は 、 諸 法の 婆 字を 離れ る が 故な り 。 9 荼da = 荼 字 門は 、 諸 法の 荼 字を 浄ず る が 故な り 。 化 沙sa = 沙 字 門は 、 諸 法の 六 自 在の 王 性を 清 浄に す る が 故な り 。 仮 和va = 和 字 門は 、 諸 法の 言 語 道 断に 入る が 故な り 。 何 多ta = 多 字 門は 、 諸 法の 如 相の 不 動に 入る が 故な り 。 伽 夜ya = 夜 字 門は 、 諸 法の 如 実の 不 生に 入る が 故な り 。 価 咤st a = 咤 字 門は 、 諸 法の 折 伏の 不 可 得に 入る が 故な り 。 佳 迦ka = 迦 字 門は 、 諸 法の 作 者の 不 可 得に 入る が 故な り 。 加 娑sa = 娑 字 門は 、 諸 法の 時の 不 可 得に 入る が 故な り 。 諸 法の 時 来れ ば 転ず る の 故な り 。 可 磨ma = 磨 字 門は 、 諸 法の 我 所の 不 可 得に 入る が 故な り 。 嘉 伽ga = 伽 字 門は 、 諸 法の 去 者の 不 可 得に 入る が 故な り 。 夏 他tha = 他 字 門は 、 諸 法の 処の 不 可 得に 入る が 故な り 。 嫁 闍tha = 闍 字 門は 、 諸 法の 生の 不 可 得に 入る が 故な り 。 家 蒟sva = 蒟 字 門は 、 諸 法の 蒟 字の 不 可 得に 入る が 故な り 。 寡 駄dh a = 駄 字 門は 、 諸 法の 性の 不 可 得に 入る が 故な り 。 科 sa = 字 門は 、 諸 法の 定の 不 可 得に 入る が 故な り 。 暇 kn a = 字 門は 、 諸 法の 虚 空の 不 可 得に 入る が 故な り 。 果 叉ks a = 叉 字 門は 、 諸 法の 尽の 不 可 得に 入る が 故な り 。 架 st a = 字 門は 、 諸 法の 有の 不 可 得に 入る が 故な り 。 歌 若jn a = 若 字 門は 、 諸 法の 智の 不 可 得に 入る が 故な り 。 河 rt h a = 字 門は 、 諸 法の 字の 不 可 得に 入る が 故な り 。 珂 婆bh a = 婆 字 門は 、 諸 法の 破 壊の 不 可 得に 入る が 故な り 。 禍 車cha = 車 字 門は 、 諸 法の 欲の 不 可 得に 入る が 故な り 。 影の ご と く 、 五 陰も ま た 不 可 得の 故に 。 禾 摩sma = 摩 字 門は 、 諸 法の 摩 字の 不 可 得に 入る が 故な り 。 稼 火hva = 火 字 門は 、 諸 法の 喚の 不 可 得に 入る が 故な り 。 箇 嗟ts a = 嗟 字 門は 、 諸 法の 嗟 字の 不 可 得に 入る が 故な り 。 花 伽gh a = 伽 字 門は 、 諸 法の 厚の 不 可 得に 入る が 故な り 。

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 苛 他tha = 他 字 門は 、 諸 法の 処の 不 可 得に 入る が 故な り 。 茄 拏na = 拏 字 門は 、 諸 法の 不 来 不 去 不 立 不 坐 不 臥に 入 る が 故な り 。 荷 頗ph a = 頗 字 門は 、 諸 法の 遍の 不 可 得に 入る が 故な り 。 華 歌sk a = 歌 字 門は 、 諸 法の 聚の 不 可 得に 入る が 故な り 。 菓 ys a = 字 門は 、 諸 法の 字の 不 可 得に 入る が 故な り 。 蝦 遮sca = 遮 字 門は 、 諸 法の 行の 不 可 得に 入る が 故な り 。 課 咤ta = 咤 字 門は 、 諸 法の 傴の 不 可 得に 入る が 故な り 。 嘩 荼dh a = 荼 字 門は 、 諸 法の 辺 境 処に 入る が 故に 、 不 終 不 生な り 。 荼を 過ぎ て 字の 説く べ き な し 。 ( 127) 一 念 相 応の 慧を 得て =「 一 念」 は 、 大 脳が 造り 出す 、 迷 い の 自 我 心が は た ら く 方 向、 す な わ ち 、 地 獄・ 餓 鬼・ 畜 生・ 修 羅・ 人 間・ 天 上と い う 六 界で 象 徴さ れ る 自 我 心が 造り 出 し て 止ま な い 、 悪の 方 向に あ る 造 作し た 心を い う 。 「 一 心」 は 、 臍 下 三 寸の 丹 田に す わ り 、 自 我 心が は た ら か な い 悟り の 方 向、 す な わ ち 、 声 聞・ 縁 覚・ 菩 薩・ 仏と い う 四 聖で 象 徴さ れ る 、 善の 方 向に あ る 集 中し た 心を い う 。 「 相 応」 は 、 真 実 直 参を い う 。 す な わ ち 、 大 脳が 造り 出す 一 念が 、 自 我 心を 出す 余 地が な い ほ ど ぴ っ た り と 、 悟り の 本 来 心で あ る 一 心と 直 結し て い る こ と を い う 。 「 慧」 は 、 智 慧を い う 。 本 来の 自 己が 、 本 来 具え て い る 智 慧を い う 。 智 慧は 、 本 来の 自 己が 本 来 具え て い る 智 慧で あ る が 、 人は 眼・ 耳・ 鼻・ 舌・ 身・ 意の 六 根の は た ら き に よ っ て 自 我 心を 造り 、 造っ た 自 我 心が 燃え 盛り 、 燃え 盛る 自 我 心が 本 来の 自 己が 本 来 具え て い る 智 慧を 覆い 隠し て し ま う 。 だ か ら 、 本 来の 智 慧は 、「 一 念 相 応」 に よ っ て 流れ 出る だ け で あ る が 、 人は 、 本 来の 智 慧が あ る こ と を 知ら な い 。 だ か ら 、 改め て 「 得る 」 の 意で 「 得」 が 使わ れ て い る 。 従っ て 一 句は 、 空・ 仮・ 中の 三 観に よ っ て 、 最 後に 残る 等 覚 位の 一 部の 無 明の 惑を 断じ 、 日 常の 一 瞬の 迷い 心の は た ら き で あ る 介 爾 陰 妄の 一 念を 、 臍 下 三 寸の 丹 田に す わ る 本 来の 悟り の 一 心に よ っ て 包み 込む こ と に よ っ て 、 流れ 出 る 智 慧に ぴ っ た り と 直 結さ せ る の 意を い う 。 「 一 念」 は 、 介 爾の 一 念・ 陰 妄の 一 念・ 介 爾 陰 妄の 一 念・ け に お ん も う 現 前 陰 妄の 一 念な ど と も い う 。 介 爾 陰 妄の 一 念は 、 わ れ わ れ 凡 夫が 、 現 実に 起こ す 日 常の か す か で 弱い 、 迷い の 一お も い の 心で あ り 、 自 我 心が つ く り 出す 造 作し た 心で あ る 。 従っ て 一 念は 、 三 千の 数で 表わ さ れ る 現 象し 存 在す る 一 切 を 完 全に 包 摂す る こ と が で き る 。 三 千の 数は 、 迷っ て い る 者も 悟っ て い る 者も 含め た 、 す べ て の 境 地で あ る 、 地 獄・ 餓 鬼・ 畜 生・ 修 羅・ 人 間・ 天 上・ 声 聞・ 縁 覚・ 菩 薩・ 仏の 、 十 界・ 十 法 界の そ れ ぞ れ が 互い に 具わ り 合っ て 百 界と な り 、 そ の 百 界が 実 相に 十 種の 面 ( 十 如 是) を 具え て い る か ら 千と な り 、 千が 、 物と 心と の 関わ り 合い の 境 地( 衆 生 世 間) と 、 さ ら に 人 間が 住む 場 所・

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天 台『 六 妙 法 門』 の 研 究( 九) - 二( 大 野) 環 境( 国 土 世 間) と 、 人 間の 存 在を 構 成す る 要 素( 五 陰 世 間) と の 、 三 種の 世 間に わ た る か ら 三 千と な る 。 三 千の 数 で 表わ さ れ る 一 切の 現 象、 宇 宙の 一 切の す が た が 、 一 念の 中に 完 全に 具わ る の は 、 一 念が ま さ に 造 作し た 心で あ る か ら で あ る 。 一 念は 、 か す か で 弱く わ ず か な 介 爾の 中に 、 無 尽 蔵の 迷 妄の 五 陰で あ る 陰 妄の カ ル マ 一 切を 、 摂 取し 尽く し て い る 一お も い の 心で あ る と い え る 。 「 一 心」 は 、 心に 生 起し て 止ま な い 自 我 心に 塗れ た 煩 悩を 対 治す る た め に 、 心を 統 一し 集 中し て 臍 下 三 寸の 丹 田に 置 き 、 散 乱す る 自 我 心を 真 正 面か ら 見 据え 、 煩 悩を 淘 汰し 対 治す る 集 中し た 心を い う 。 天 台 教 学で は 、「 一 心 三 観」 、 「 一 心 三 智」 、「 一 心 三 惑」 を 説く 。 臍 下 三 寸の 丹 田に 置い た 、 集 中し た 心で あ る 一 心に 、 一 切を 空と 観じ 、 仮と 観じ 、 ま た 空も 仮も 一で あ る と 観じ る 空 観・ 仮 観・ 中 観の 三 観を 、 同 時 同 所に 実 現す る の が 「 一 心 三 観」 空・ 仮・ 中の 三 観 を 一 心に 融 合す る の で 、 起こ す 一 切 智・ 道 種 智・ 一 切 種 智 の 三 智も 、 ま た 同 時 同 所の 一 心に 証っ て 、 前 後の 差 別が な い と す る の が 「 一 心 三 智」 。 空 観・ 仮 観・ 中 観に よ っ て 、 そ れ ぞ れ 見 思の 二 惑・ 塵 沙の 惑・ 無 明の 惑の ど れ か 一つ の 惑 を 断ち 切る と 、 残る 二 惑も 同 時 同 所に 断た れ る と い う の が 「 一 心 三 惑」 で あ る 。 一つ の 対 象に 集 中し 自 我を 対 治す る 集 中し た 心、 臍 下 三 寸の 丹 田に 坐っ た と ど ま る 心、 相 手と 一つ に な り 私 情の な い 無 我の 心が 一 心で あ る 。 智 顗は 、 前 述の よ う に 、 十 界 互 具や 一 念 三 千の 説を 説く 。 こ の 十 界・ 十 法 界の 内、 大 胆に い え ば 、 地 獄・ 餓 鬼・ 畜 生・ 修 羅・ 人 間・ 天 上の 六 界の 有り 様に あ る 人の 心が 「 一 念」 で あ る 。 残る 声 聞・ 縁 覚・ 菩 薩・ 仏の 四 界の 有り 様に あ る 人の 心が 「 一 心」 で あ る 。 一 心は 、 本 来 心と も 、 本 来 の 面 目と も い わ れ る 。 だ れ で も 人が 本 来 具え て い る 清 浄な 心で あ る 。 人が 本 来 具え て い る 清 浄な 心を 、 人が 、 自 分を 他と 分 離し 区 別し 、 自 分に 確 固と し た 自 分が あ る と し 、 自 我を 確 立す る こ と が 大 切で あ る と 自 我に 執 着し 、 人が 本 来 具え て い る 清 浄な 心を 、 自 我 心が 造り 出す 煩 悩で 覆い 隠し て い く 迷い の 煩 悩を 一 念と い う が 、 人は 、 こ の 一 念か ら ど う し て も 脱 却す る こ と が で き な い 。 人は 、 一 念と 直 面し 、 対 峙し 、 対 治す る こ と が で き な い の で 、 迷い の 根 本 原 因と な る 悪 魔の 心に 心を 束 縛さ れ 、 悪 魔の 心か ら 逃れ る こ と が で き な い 。 こ れ が 魔 事 境で あ る 。 魔 事 境は 人 独 自の 、 人に 独 特の 心の は た ら き で あ り 、 人が 専 念す る 自 我 造り で あ る 。 自 我が 造り 出す 心が 地 獄の 心で あ り 、 餓 鬼の 心で あ り 、 畜 生の 心で あ り 、 修 羅の 心で あ り 、 人 間の 心で あ り 、 天 上の 心で あ る 。 自 我が 造り 出す 心が 、 地 獄の 心に 包ま れ た 世 界 を 造り 出し 、 餓 鬼の 心に 包ま れ た 世 界を 造り 出し 、 畜 生の 心に 包ま れ た 世 界を 造り 出し 、 修 羅の 心に 包ま れ た 世 界を 造り 出し 、 人 間の 心に 包ま れ た 世 界を 造り 出し 、 天 上の 心 に 包ま れ た 世 界を 造り 出す 。

参照

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