1.はじめに 第四紀は気候変動が激しい時期であるが,東京都区部 西南部の第四紀後期の植生変遷に関する研究は少ない。 2009 年に日本大学文理学部 9 号館(東京都世田谷区) 新設工事現場から約30,000年前∼約27,000年前の試料が 採取された(図1)。この時期は最終氷期最盛期(LGM) に向かって寒冷化が進んでいる時期である。本研究では この試料を用いて花粉分析を行い,最終氷期AT 火山灰 降下前後の古環境を推定する。また,同時期の関東地方 の植生変遷が分析されている日本大学櫻丘高等学校,調 布市野川,茨城県桜川のダイアグラムと比較し,どの時 期から寒冷化が始まったのかを検討する。
栗原 美貴
*・遠藤 邦彦
**・鈴木 茂
**Peaty deposits around the Last Glacial Maximum (LGM) were cropped out from the construction site of 9th building, College of Humanities and Sciences, Nihon University. The vegetation history of this outcrop around AT tephra was investigated on the basis of pollen analyses.
About 32,000 years ago, in the vicinity of the investigated area, swamp woods of Alnus were dominant, accompanying conifer and cool-temperate-subarctic deciduous broad-leaved trees in swampy land and upland. It became a little warmer at about 30,000 years ago, the conifer and the cool-temperate subarctic deciduous broad-leaved trees decreased, and tem-perate to cool-temtem-perate deciduous broad-leaved trees increased instead. Then, the climate became colder toward LGM and the cool- temperate subarctic conifer increased. The commencement of cold climate was shortly before AT tephra fallout.
The pollen diagrams of this site and another site of neighboring Sakuragaoka High School, Nihon University show continuous vegetation change before and after AT tephra. Moreover, those were compared with those of the Nogawa peat, the Shimo-Oshima peat and Kashima IMAGES core, including AT tephra. At a result, the cool-temperate- subarctic conifer forest began to increase shortly before AT tephra, and those were strongly increased shortly after the deposition of AT tephra. This cold phase corresponds to LGM.
Keywords : Setagaya, Tokyo, LGM, pollen, vegetation change, AT, Japan
東京都世田谷区の最終氷期
AT火山灰降下前後の古植生
Vegetation and Paleoenvironment around AT Tephra in the Last Glacial Period in Setagaya-ku, Tokyo
Miki KURIHARA
*, Kunihiko ENDO
**and Shigeru SUZUKI
** (Received October 31, 2011)* Graduate school of Integrated Basic Sciences, Nihon University: 3−25−40 Sakurajosui, Setagaya-ku, Tokyo, 156−8550 Japan
** Department of Geosystem Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University: 3−25−40 Sakurajosui, Setagaya-ku, Tokyo, 156−8550 *日本大学大学院総合基礎科学研究科: 〒156−8550 東京都世田谷区桜上水3−25−40 **日本大学文理学部地球システム科学科: 〒156−8550 東京都世田谷区桜上水3−25−40 図1 位置図(調査地は*印:日本大学文理学部 9 号館.す ぐ隣の+が櫻丘高校の分析地点). +
2.調査地周辺の地形・地質 調査地である日本大学文理学部9 号館は,東京都世田 谷区の北部に位置する。日本大学文理学部内の敷地内 (体育館,研究棟,7号館まで)は下末吉面相当面の淀橋 台であるが,8 号館や 9 号館,日本大学櫻丘高等学校周 辺は立川面とほとんど高度差のない沖積低地である。日 本大学文理学部は,体育館,研究棟,7 号館までは下か ら江戸川層,東京レキ層,東京層,多摩ローム層(土屋 ローム層・早田ローム層),下末吉ローム層,武蔵野ロー ム層,立川ローム層が堆積し,その上に盛土が堆積して いる。これに対し8 号館や 9 号館,日本大学櫻丘高等学 校周辺は下から江戸川層,東京レキ層,東京層までは同 じように堆積しているが,多摩ローム層(土屋ローム層・ 早田ローム層),下末吉ローム層が堆積した後,東京軽 石(TP)の堆積の時に寒冷化によって浸食が始まり,東 京層と多摩ローム層(土屋ローム層・早田ローム層), 下末吉ローム層が浸食された。その後,武蔵野ローム層, 立川ローム層,泥炭層が堆積し,その上に盛土が堆積し ている。また,立川ローム層下部にはAT 火山灰が存在 している。 3.柱状図と層序の概要 EL 39.10 ∼ 36.51m に 相 当 す る 試 料 A( 図 2) と EL 36.50 ∼35.57mに相当する試料B(図3)が採取され,今 回 試 料B で花粉分析を行った。また試料 A では北村 (2010MS)により鉱物分析における層序が報告されてい る。 試料上部のEL 36.50 ∼ 36.10m には立川ローム層が堆 積しており,EL 36.10m から下はところどころにテフラ 層 を 含 む 泥 炭 層 が 堆 積 し て い る。 ま たEL 35.80 ∼ 35.75m はテフラ混じりの泥炭層である。試料は全体に わたって植物遺体を含んでおり,特にローム層部分より 泥炭層部分の方が植物遺体を多く含んでいた。 図2 日本大学文理学部 9 号館で採取された試料 A の柱状図 と土色測定 図3 日本大学文理学部 9 号館で採取された本研究対象であ る試料Bの柱状図と土色測定
4.放射性炭素年代測定とテフラ認定 EL 36.10m,EL 35.70m,EL 35.64m の 3 試料について 放射性炭素年代測定(AMS法)を㈱パレオラボにお願い した。その結果,14C 年代が較正曲線範囲外だったため, CalPal を用いて暦年較正を行った。結果は,EL 36.10m で は 約27,000 年 前,EL 35.70m と EL 35.64m で は 約 32,000年前であった。 また,洗い出した鉱物を顕微鏡で観察したところ,EL 36.18 ∼ 36.10m にバブルウォール型の火山ガラスが多く 含まれていた。その中でも特にガラスが濃集していた部 分であるEL 36.15 ∼ 36.10m の火山ガラス屈折率を測定 したところ,最大値1.4991,最小値 1.4960,平均 1.4978 であった(測定は後藤 翠氏による)。この測定結果は, 既存研究におけるAT 火山灰の火山ガラス屈折率 1.498 ∼1.501と非常に近い(町田・新井,2003)。火山ガラス の形態的特徴,層位関係,また,EL 36.10m の放射性炭 素年代が27,892 ∼ 27,108 年前であることを総合し,EL 36.15 ∼ 36.10m に堆積している火山ガラス濃集部は AT 火山灰であると判断した。 5.結果 土色分析 試料上部のローム層部分はL*(明度)が40 ∼55と高 く,彩度もa*値は値が10 を超えないが,b* 値はほぼ10 以上の値を示しており,a*値よりもb*値の方が値が高 いため黄色味が強い。対して泥炭層部分はL *(明度) は値が20 ∼ 40 の間にあり,ローム層部分よりも暗い。 彩度もa*値とb*値にそれ程差はなく,ほとんど同じ値 を示していた。 花粉分析 試料には泥炭層だけでなくローム層とテフラ層も含ま れているため,泥炭層部分ではフッ化水素法を行い, ローム層,テフラ層,テフラ混じりの泥炭層部分では比 重分離法を行った。産出した花粉化石の出現率を花粉ダ イアグラムに示した(図4)。花粉には区別が難しい分類 群もあるため,区別が難しい分類群同士はハイフンに よって結んだ。また分析した層のほとんどからハンノキ 属の花粉化石が約50%以上産出と産出率が高かったた め,他の樹木花粉の変化が見やすいようにハンノキ属を 除いた主要樹木花粉ダイアグラムを作成した(図5)。花 粉化石は一試料につきハンノキ属以外の樹木花粉が150 個に達するまで検鏡した。 EL 36.15 ∼36.10mのAT火山灰上位(花粉分析層準① ∼④)では花粉化石は産出しなかった。これは(ⅰ)上 位のほとんどが火山灰質ロームのため,層内に含まれて いた花粉が分解された,(ⅱ)火山灰の影響で土地が荒 廃し,植生が弱まった,(ⅲ)花粉があまり飛散しない 季節に他の場所以上の速度でロームが堆積した,以上の いずれかが考えられる。しかしAT 火山灰より上位の花 粉分析層準①,③と②,④は土相が異なっているが,そ の4 つ全てに肉眼で識別出来る植物片が含まれていた。 下とは異なる土相が堆積しても植物片が含まれていたと いうことは,その異なる土相が堆積し始める時にも植物 が存在していた可能性が高い。また還元的な環境であっ たAT火山灰下位と異なり上位は酸化的な環境であった。 よってAT 火山灰上位に花粉化石が産出しないのは,層 内に含まれていた花粉が分解されたために花粉化石が産 出しないと考えられる。 EL 36.10m 以降の花粉・胞子化石出現率の垂直変化か ら花粉化石群集帯を3 つに分けた。今回の分析位置は鈴 木ほか(2010)のⅠ帯に相当するためそれに因んで下か らⅠa 帯,Ⅰ b 帯,Ⅰ c帯とした。EL 36.10m以下の層準 ではハンノキ属の花粉化石が多いため,調査地域にはハ ンノキ属を主体とした湿地林が広く成立する湿地帯で あったと推測される。その後,AT 火山灰降下の影響に よって還元的環境から酸化的環境に変わったため湿地で なくなった。湿地林の周りにはコナラ属コナラ亜属やカ バノキ属などの落葉広葉樹や,マツ属単維管束亜属やス ギなどの針葉樹が分布していたと考えられる。このハン ノキ属以外の花粉化石に重点を置いて,試料堆積時の環 境について考察する。 また落葉広葉樹のヤマモモ属はさらに ヤマモモ と ヤチヤナギ に分かれる。この二つは生息域が異なるが, 花粉を区別することは難しい。しかし他の産出花粉化石 の種類と植生条件から寒冷な湿地に生える冷温帯−亜寒 帯落葉広葉樹の ヤチヤナギ と推測される。 Ⅰa帯(花粉分析層準⑩,⑪): この帯に多産するマツ属単維管束亜属は針葉樹,ヤマ モモ属(ヤチヤナギ)とカバノキ属は冷温帯‐亜寒帯落 葉広葉樹である。よってこの時期は冷涼な気候だったと 考えられる。 Ⅰb帯(花粉分析層準⑧,⑨): ここではⅠa 帯で多産していたマツ属単維管束亜属, ヤマモモ属,カバノキ属が減少し,温帯−冷温帯落葉広 葉樹のクマシデ属‐アサダ属,コナラ属コナラ亜属が多 産している。よってⅠb 帯はⅠ a 帯よりも少し暖かい気
候であったと考えられる。 このⅠb 帯は放射性年代測定を行った 3 個所のちょう ど中間あたりで,年代は約30,000 年前頃と推測される。 最終氷期中には周期の短い寒冷期と温暖期があり(ダン シュガード・オシュガーサイクル),ここはそのサイク ルにおける小温暖期にあたると考えられる。 Ⅰc帯(花粉分析層準⑤,⑥,⑦): 針葉樹のスギと温帯−冷温帯落葉広葉樹のコナラ属コ ナラ亜属が減少傾向を見せているのに対し,Ⅰb 帯では 出現率が少なかったヤマモモ属(ヤチヤナギ)やカバノ キ属がⅠb 帯よりも多産している。またマツ属単維管束 亜属だけでなく冷温帯−亜寒帯針葉樹であるモミ属,ツ ガ属,トウヒ属が他の層よりも多産している。よってⅠ c 帯はⅠ a 帯と同じか,それ以上に冷涼な気候であった と考えられる。 図5 日本大学文理学部9号館で採取された試料Bの主要樹木花粉ダイアグラム 図4 日本大学文理学部9号館で採取された試料Bの花粉ダイアグラム
(LGM)に向かって気候は寒冷化していったため,温帯 −冷温帯落葉広葉樹のコナラ属コナラ亜属などが減少 し,代わりに冷温帯−亜寒帯落葉広葉樹であるカバノキ 属,ヤマモモ属や冷温帯−亜寒帯針葉樹であるモミ属, ツガ属,トウヒ属が増加していった。そして約27,000年 前にAT 火山灰が降下し,約 10 ㎝堆積した。よって AT 火山灰降下より少し前に寒冷期が始まったと考えられ る。またEL 36.00 ∼ 35.90m の間に約 5cm のテフラ層が あるが,これは再堆積した風化火山灰と思われる。この 層の後にも花粉化石はでてきており,これによる植生の 影響は今回の花粉ダイアグラムからは認められない。 鈴木ほか(2010)による日本大学櫻丘高等学校の試料 は本研究の調査地点と50m 以内という非常に近い距離 で採取されており,花粉ダイアグラムにあまり差はなく 比較しやすい。よって本研究で得られなかったAT 火山 灰降下後の結果は鈴木ほか(2010)で補うことにする。 日本大学櫻丘高等学校の花粉ダイアグラムは下位よりⅠ 帯,Ⅱ帯,Ⅲ帯の3 帯に設定されており,Ⅰ帯は AT 火 山灰直下でコナラ属コナラ亜属などの冷温帯落葉広葉樹 卓越期,Ⅱ帯はAT 火山灰降下後でスギなどの針葉樹拡 大期,Ⅲ帯は針葉樹衰退期である。またこの地点は本研 究と同じくハンノキ属を主体とした湿地林が広く成立し ていた。そのためハンノキ属の割合が多く針葉樹の割合 また花粉分析層準⑤,⑥ではハンノキ属の花粉塊が3 個見つかっている。花粉塊があることは,その樹木がそ の場にあったことを示す。 6.考察 6-1 文理学部 9 号館と櫻丘高等学校の比較 本研究は近接する日本大学櫻丘高校の花粉群集帯Ⅰ帯 に相当し,それをより詳細に分析している。上記の結果 から以下のことが推測される。 最終氷期が始まってから寒冷化により気候は冷涼に な っ て い っ た。 現 在9 号館が建っている場所は,約 32,000 年前にはハンノキ属を主体とした湿地林が広く成 立していた。その湿地林の周囲に針葉樹のマツ属単維管 束亜属や冷温帯−亜寒帯落葉広葉樹のヤマモモ属(ヤチ ヤナギ),カバノキ属といった冷涼な気候に生える樹木 が存在した。約30,000年前頃になると氷期の中でも若干 暖かい温暖期になり,針葉樹のマツ属単維管束亜属や冷 温帯−亜寒帯落葉広葉樹のヤマモモ属(ヤチヤナギ), カバノキ属が衰退した。その代わりに温帯−冷温帯落葉 広葉樹であるクマシデ属−アサダ属やコナラ属コナラ亜
属が増えた。Igarashi and Oba(2006)のグラフからも約
32,000 年前に始まり,約 28,000 年前に収束するやや温暖 な時期が認められる。その後,再び最終氷期最盛期
図6 関東地方およびその周辺の花粉分析結果との比較(主要樹木花粉の産出状況に限定)
左から鹿島沖(青木ほか,2008;Igarashi and Oba,2006),調布市野川(辻,1992),本研究の9号館,日本大学櫻丘高校(鈴 木ほか,2010),茨城県桜川(鈴木ほか,1993)の順に比較している。
鹿島沖のグラフにおいて,実線はIgarashi and Oba(2006)のTp(=〔暖∼冷温帯広葉樹/(暖∼冷温帯広葉樹+亜高山帯針 葉樹)〕×100),破線は青木ほか(2008)のUvigerina δ18O‰ vs PDBを抜粋引用。
が減っている。このハンノキ属の割合を除くと針葉樹の 割合が2倍近く多くなると思われる。 6-2 関東地方の既存研究との比較 文理学部9 号館と櫻丘高校の結果を合わせて考えると AT 火山灰降下後に本格的な寒冷期があるが,AT 火山灰 降下より少し前に寒冷化の始まりが見られる。この寒冷 化の始まりの時期を他の地点と比較する。関東地方の最 終氷期最盛期(LGM)の植生変遷と AT 火山灰前後での 植生変化は鈴木ほか(2010)のほかに,野川(辻,1992) や桜川(鈴木ほか,1993)によって報告されており,こ れらの花粉ダイアグラムに鹿島沖のIMAGES core の結
果(Igarashi and Oba, 2006)も加え,比較検討した(図 6)。比較しているいずれの地点でも AT 火山灰が確認さ れており,Igarashi and Oba(2006)のTpの図には青木 ほか(2008)のAT火山灰の層準を踏まえた。 辻(1992)による野川泥炭層の花粉ダイアグラムは下 位よりCFI-Ⅰ帯,CFI-Ⅱ帯,CFI-Ⅲ帯,CFI-Ⅳ帯の4帯 に設定されており,CFI- Ⅰ帯は温帯性落葉広葉樹卓越 期,CFI-Ⅱ帯は針葉樹増加期(Ⅲ帯への移行期),CFI-Ⅲ 帯はマツ属単維管束亜属やモミ属,ツガ属といった針葉 樹卓越期,CFI-Ⅳ帯はハンノキ属等の落葉広葉樹卓越期 である。調布市野川と世田谷区では針葉樹産出量が異 なっている。世田谷区は湿地林が広く成立していたため 周りに針葉樹が少なく,多摩丘陵に生える針葉樹の花粉 が飛んできた可能性がある。よって多摩丘陵に近い調布 市野川の方が多産しているのだと考えられる。また9 号 館花粉化石群集帯Ⅰa 帯・Ⅰ b 帯は野川泥炭層 CFI- Ⅱ帯 の冷温帯落葉広葉樹林卓越期(針葉樹林への移行期含 む)に相当し,上位のⅠc帯はCFI-Ⅲ帯の針葉樹林拡大 期に相当する。 鈴木ほか(1993)による下大島層の花粉ダイアグラム は下位よりSM-Ⅰ,SM-Ⅱa・SM-Ⅱb,SM-Ⅲの3花粉 化石群集帯と2 亜帯に設定しており,SM- Ⅰはコナラ亜 属を主とする冷温帯落葉広葉樹林卓越期,SM-Ⅱは針葉 樹林拡大期,SM-Ⅲは針葉樹林衰退及び陽樹拡大期であ る。 これらの地点を比較した結果,産出量に差はあるもの のいずれの地点でも約30,000年前に針葉樹減少に伴う温 帯‐冷温帯落葉広葉樹の増加が見られる。これはダンス ガード・オシュガーサイクルにおける小温暖期に相当す る可能性がある。この小温暖期の末期のAT 火山灰降下 より少し前にモミ属,ツガ属,トウヒ属といった冷温帯 ―亜寒帯針葉樹が増加し始め,AT 火山灰降下後に増加 が強まっている。これは寒冷期の影響によるもので,増 加 し 始 め た 所 が 寒 冷 期 の 始 ま り だ と 考 え ら れ る。 Igarashi and Oba(2006)のグラフでもAT火山灰が降下
した約28,000 ∼ 27,000 年前より少し前に寒冷化の始ま りが見られる。この本格的な寒冷期はLGM と対応する が,LGM の始まりをどこに置くかという問題について はグローバルな視野での比較検討が必要である。 謝辞 本研究をまとめるにあたり、日本大学地球システム科学科 の故宮地直道教授には現地調査をはじめ大変お世話になっ た。また日本大学大学院博士課程前期1 年の後藤 翠氏には 火山ガラス屈折率の測定をご協力いただいた。放射性炭素年 代測定(AMS法)については㈱パレオラボにお願いした。こ こに記して謝意を表する。
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