佐藤 嘉夫
(久慈市、野田村、普代村、岩泉町、宮古市、山田町、
大槌町、釜石市、大船渡市、陸前高田市、遠野市、
一関市=旧千厩、旧大東町)の、病院を含む自治 体職員、農協職員、生協職員など 3,800 人。
調査方法 自記式アンケート 下記労働組合等 が職場毎に配布して回収(一部郵送で回収)。
調査期間 2011 年 11 月中旬から翌年 1 月。
調査協力:岩手自治労連、いわて労連、岩手県 医療局労働組合、岩手県農協労組
調 査 結果 有 効回 答 数 2,262 有 効回 答 率 59.5%
なお、調査の倫理的配慮については、調査票配 布に当たって、調査の趣旨、内容を従前に伝え、
回答の任意性について周知するとともに、被災の 甚大であった地域については、回答者の心理的 負担に配慮して、一部調査内容を変えて行った。
3 個人が受けた震災による被災の大きさの違いが、
どれだけ仕事や生活に影響を及ぼしたかの検証 は災害研究の大きなテーマの一つである。被災 程度の分類を行い検証を試みたが、本調査およ び本調査時点では明確な差は見られなかった(地 域総合研究所 2012 p 66-67)。
4 これについての具体的状況は、佐藤一則「復旧・
復興と自治体・自治体職員」自治労連 2014 所収 参照
5 自由回答のあった 406 人の記述内容をKJ法に よって類型化したもので、割合は自由記述回答者 の回答率である。
6 こうした、震災による物的・心的被害、業務の多忙・
過酷さ、本人・家族の生活再建不安、将来不安 などが複雑に絡み合った中での長期的、持続的 な心的ストレスの詳細は「自治労連・岩手自治労 連 2014」でも具体的、詳細に証言されている。
7 近い時点での沿岸地域の比較データがないが、
2003 年時点の大船渡市の例で見ると、近隣の付 き合いが「疎遠(弱い・少し弱い)」は 18.3 %に 過ぎない。佐藤嘉夫他「岩手県子どもの健全育 成に関する調査」岩手県保健福祉部 2004 年 8 ここで挙げたものの他に、「災害時の業務体制、
システムの見直し」の課題がある。本稿では、こ の部分についてはほとんど触れなかったので割愛 した。震災時の業務体制や危機管理システムに ついては、災害マニュアルが十分に機能しなかっ
たことも含めて、再点検が必要であることがわかっ た。 本 調査でも、自由回答で数多くの反省点、
改善点についての意見が寄せられている。(地域 総合研究所 2012 P42-49 参照)。震災初期、初 動時の職員業務や配置については、その後の出 された市町村毎の「震災検証報告書」で触れら れているが、十分ではない。さしあたり、職域ご とに、被災時直後を中心に、今日までの対応に ついて、状況・情報把握、意思決定、伝達・連携、
要員・人員、活用資源(設備、備品など)、実行 などの職務の流れに沿って検証をし、教訓を引 出し、今後の指針につなげていく取り組みが求め られている。
9 労働そのものを扱ったものではないが、桑原等も 同様の成長分析をしている(桑原祐子他 2014)。
そこでは“外傷後成長”を「非常に困難な生活環 境とたたかう結果として経験される肯定的な心理 的変化」と定義づけ、“成長”につながったファ クターとして、「人や住宅に関する被害」、「住民か ら感謝された」、「家族や上司・同僚のからの支 援」、を挙げている。
引用文献・資料
岩手地域総合研究所 2012 年 12 月『震災後の仕事 と暮らしに関する調査報告書―3.11 岩手県沿岸 被災地“公的業務従事者”2200 人の声』
岩手地域総合研究所 2013.8 岩手県沿岸地域におけ る『いのち・くらし復興塾』講義集 トヨタ財 団 2012 年東日本大震災対応「国内助成プログ ラム」『特定課題』活動助成報告書
桑原裕子、高橋幸子、松井 豊 2014 「東日本大 震災で被災した自治体職員の外傷後成長」「筑 波大学心理学研究」47 号
自治労連・岩手自治労連編『3.11 岩手 自治体職員 の証言と記録』大月書店 2014
参考文献
岡田知弘・自治体問題研究所編『震災復興と自治体』
自治体研究社 2013
芝田進午編『公務労働の理論』青木書店 1977 年 桒田但馬『地域・自治体の復興行財政・経済社会の
課題−東日本大震災・岩手の軌跡から』クリエ イツかもがわ 2016
岩手県立大学社会福祉学部紀要 第 19 巻特別号(特集:東日本大震災) 2017. 3 49 − 60
本稿では、岩手県の自治体における生活保護担当職員の東日本大震災発災直後からの被災者支援、被保護者支援 及び生活保護の業務の実際と発災以降の岩手県の生活保護の動向、さらには、発災から 5 年が経過した現在の被災 地の生活保護の実施状況と大震災の影響による地域実情等を概括した。また、東日本大震災前後の生活保護及び生 活困窮者自立支援をめぐる政策動向を整理し、その動向や岩手県の地域実情等を踏まえて、生活保護受給という形 で「貧困の顕在化」が現れていない大震災被災地の今後の被災者支援及び生活保護、生活困窮者自立支援のあり方 について考察した。
キーワード:被災者支援 生活保護 生活困窮者自立支援 貧困の顕在化 共同体的相互扶助
This paper summarizes the status of work done for supporting victims, wards, and livelihoods by livelihood protection officials of local governments in Iwate Prefecture in the aftermath of the Great East Japan Earthquake.
It also analyses trends in livelihood protection in Iwate Prefecture, the implementation status of livelihood protection in the region five years after the disaster, and the regional conditions after the impact. It organizes policy trends related to livelihood protection and support for the needy before and after the Great East Japan Earthquake, and based on these trends and the actual regional conditions in Iwate Prefecture, considers desirable future support in cases where the “actualization of poverty” has not appeared as of now – in the form of providing livelihood protection
Keywords: support for victims, livelihood protection, support for independence of needy people, actualization of poverty, community mutual aid
東日本大震災被災地の今後の被災者支援及び 生活保護、生活困窮者自立支援のあり方について
Desired Victim Support, Livelihood Protection,
and Support for the Needy to Lead Independent Lives in the Future in the Great East Japan Earthquake Disaster Region
齋藤 昭彦
1SAITOU Akihiko
Ⅰ.はじめに
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災による岩手県の 被災状況は、2013 年 2 月 28 日現在(2012 年 12 月 7 日までに発生した余震の被害を含む)で、人的被 害は死者 4,672 人、行方不明者 1,151 人、負傷者 206 人となっており、人的被害の合計 6,029 人は、県人 口の 0.5%、沿岸地域人口の 2.1%を占めた。家屋被 害は、全壊・半壊が約 2 万 5,000 棟にのぼっている。
避難者は、2011 年 3 月 13 日には最大で約 5 万 4,000 人となった。
本稿では、まず、東日本大震災の津波により壊滅 的な被害を受けた沿岸被災地である岩手県大槌町、
陸前高田市と内陸被災地で沿岸被災地の後方支援を 担った一関市の発災直後からの被災者支援と生活保 護業務の実際、発災から現在までの岩手県及び被災 地の生活保護の動向と実施状況等を概括する。
1 岩手県立大学社会福祉学部
次に、大震災前後の生活保護及び生活困窮者自立 支援をめぐる政策動向等を整理し、その動向と岩手 県の地域実情等を踏まえて、生活保護という形で「貧 困の顕在化」が現れていない岩手県の被災地の今後 の被災者支援及び生活保護、生活困窮者自立支援の あり方について考察する。
Ⅱ.被災地の被災者支援と生活保護業務の実際 大震災で被災した被保護受給者がいた岩手県内の 福祉事務所は8福祉事務所で、これら福祉事務所に は、亡くなった職員や家族が死亡、行方不明となっ た職員もいた。こうした中で福祉事務所は、生活保 護業務のほか被害状況の把握、避難所の手配、食糧・
衣類等の物資の調達などの被災者支援に追われた。
1.大槌町の被災者支援と生活保護業務の実際 以下は、釜石市にある大槌町所管の「岩手県沿岸 広域振興局保健福祉環境部」(以下、「沿岸局」)に 勤務していた菊池(2012)の報告によるものである。
(1)被災の状況
大槌町は、震災前の 2010 年 10 月 1 日で人口 1 万 5,276 人、世帯数 5,679 であった。
大槌町の東日本大震災の津波による被害は、2013 年 2 月 28 日 現 在 で、 死 亡 が 803 人、 行 方 不 明 は 437 人で人的被害の合計は町人口の約 8%に及び、
家屋倒壊数の 3,717 棟は全世帯数の約 65%に達した。
役場庁舎も全壊し、町長以下職員の約 3 分の 1 が犠 牲になった。
(2)発災直後の状況
菊池自らも陸前高田市の自宅を津波で流されなが ら、生活保護を含めた被災者支援業務に当たった。
震災当日の 3 月 11 日夕方になり、余震が落ち着い てから、釜石市内の社会福祉施設・病院の被災状況 確認や必要な物資の有無などを暗闇の中、聞いて歩 いた。真夜中、釜石市から赤ちゃんのミルクが欲し いとの要請があり、街の中を駆けずり回って、ドラッ グストアの店長を探し出し、店を開けてもらい、商 品が散乱しているその危険な中を、ミルクとおむ つ、それから幾ばくかの食料を確保した。
沿岸局職員が、担当区域の大槌町に入ったのは 3月 14 日であった。発災から 3 日後となったのは、
大槌町で大規模な火災が発生していたからである。
大槌町に行った当日も、山火事が延焼中で、大槌町 入り口のトンネルの中に山火事の煙が充満し、山火
事の中を駆け回って、施設や病院を歩いたという。
(3)生活保護業務の実際
発災後に沿岸局福祉課の菊池以下 8 名の職員が、
管内の社会福祉施設、被災者、生活保護世帯の全て に対応することは極めて難しく、まずは、施設の物 資の確保や各種手帳の再発行、内陸の避難先施設の 確保を優先した。高齢者、障害者の避難先の確保の ための受け入れを直接施設と交渉した。加えて、大 槌町が役場庁舎と多くの職員の喪失で行政機能を 失っていたため、町への業務支援、各種手当ての支 給などにあたった。
生活保護担当4人のうち 2 人は、3 月 23 日まで 保健活動に従事し、菊池と職員 2 人が、被災者支援 や生活保護世帯の安否確認に従事した。被保護者の 避難先や生死もわからない中で、4 月 13 日から大 槌町に児童と生活保護の相談所を設置した。
生活保護業務でまず問題となったことは、被保護 者の安否確認と 4 月の保護費の支給であった。沿岸 局では、まずは、避難所に安否の連絡をポスターで 掲示した。最初は避難所に電話は設置されていな かったが、各避難所に衛星携帯電話が設置されてか らは、担当ケースワーカーに電話連絡が入るように なり、避難所を巡回すると、被保護者から声がかけ られ順次、情報を得て世帯の把握をしていった。保 護費支給は、金融機関が再開しないため、金融機関 のATM利用や窓口業務の状況などの情報を収集し て、被保護世帯に伝えた。5 月の保護費支給では一 段落をした。
震災の影響として、疎遠であった扶養義務者間の 絆が結構回復している。また、保護世帯の転出の中 には、内陸避難して、そのまま花巻市とかあるいは 盛岡市に定住してしまう事例も多く、被災地で保護 が増えているのではないかと思っているかもしれな いが、実は増えておらず、震災以後の 2011 年 10 月 までで生活保護相談は 22 件、申請は6件であった という。
大槌町の生活保護受給者は、震災前の 2011 年 3 月 1 日で 191 世帯、288 人であった。2010 年度月平 均保護率は、18.62‰で、県内市町村中 3 番目に高かっ たが、8 か月後の 2011 年 11 月 1 日時点では、74 世 帯、102 人に減少した。
生活保護受給者は、2011 年 10 月現在で死亡 11 人、
行方不明 23 人、全壊・半壊家屋 136 棟となっており、
この間の保護廃止理由は、義援金等が 53 件、死亡・
行方不明が 28 件、転出が 19 件、引取りが 7 件、就 労 4 件などであった。
菊池(2012)からは、町村を所管する「県福祉事 務所」の役割の難しさが見える。権限移譲と地方分 権が進む中で、自治体福祉行政は生活保護業務を除 く業務のほとんどを市町村が中心となって担ってお り、生活保護業務も町村の「協力」が大きい。市町 村の行政機能が十全に果たされて、初めて自らの業 務も進めることができる実態にある。大槌町の代替 機能も果たしながらの業務遂行は困難なものであっ た。
2.陸前高田市の被災者支援と生活保護業務の実際 以下は、岩手県陸前高田市(2012)、岩手県陸前 高田市、名古屋市被災地域支援本部、名古屋市健康 福祉局生活福祉部保護課(2012)及び新美(2012)
の報告によるものである。
(1)被災の状況
陸前高田市は、震災前の 2010 年 10 月 1 日で人口 2 万 3,300 人、世帯数 7,767 であった。
陸前高田市を襲った津波は、最大 16 メートルの 高さに及び、大槌町と同様に市は壊滅的な被害を受 けた。その被害は、2013 年 2 月 28 日現在で、死亡 が 1,556 人、行方不明は 217 人で人的被害の合計は 町人口の 7.6%に及び、家屋倒壊数の 3,341 棟は全世 帯数の約 43%に達した。
市役所本庁舎は全壊し、市役所職員も嘱託や臨時 職員を含めると、全体の約 4 分の 1 が犠牲となった。
(2)生活保護業務の実際
陸前高田市の生活保護受給者は、2010 年度月平 均で 114 世帯、163 人で、 保護率 6.96‰であった。
保護率は、34 市町村中 25 番目と県内でも常に低位 にあった。2011 年度月平均では、92 世帯、124 人 に減少した。
震災前、生活保護業務は係長と 2 名のケースワー カーで担当していたが、震災により 1 名が亡くなっ た。庁舎屋上に避難して助かった 1 名は、震災後は しばらく災害対策本部業務や避難所運営に従事し、
生活保護の業務に就いたのは、3 月下旬になってか らであった。
生活保護関連の台帳や書類は津波で流され、市役 所内の保護費の計算等を行う生活保護システムの サーバも破壊されたが、バックアップテープを回収
し、5 月中旬にデータは復元された。
しかし、データで復元できなかったケース記録 は、対象人員が少なく、人と人のつながりが密接な 地域性から個人の記憶をつなぎあわせることで、か なりの部分は補えたが、亡くなったケースワーカー の分はすべてを埋めることは困難だったという。
4 月の保護費は、水の引いた庁舎から 3 月の支払 伝票が偶然見つかり、4 月 28 日に支払いが可能と なった。ちなみに、地元銀行のATMが利用可能と なったのが 7 月 1 日で、それまでは、保護世帯も含 め多くの市民は、支援物資や炊き出しなどで生活す る実態にあったという。
陸前高田市の生活保護業務への支援には、名古屋 市と隣接する一関市から各 1 名が派遣された。
(3)派遣職員が見た被災地の生活保護業務 名古屋市は陸前高田市に支援を集中し、隣接の一 関市大東町の旅館に派遣職員の宿舎を兼ねた「現地 連絡事務所」を設置した。
名古屋市からの最初の派遣職員は、「約 10 年の ケースワーカー経験を持」ち、阪神・淡路大震災時 には、兵庫県に派遣された経験があった。陸前高田 市に着いてからは、記録の復旧や実施体制の立て直 しが主な業務で、出発前に多くなるだろうと予想し ていた保護の相談や申請は少なく、「地域の助け合 いや親族の援助などが新規の相談・申請件数の少な さに表れているのではないか」と感じた。
最初の派遣職員は約 1 か月で交替し、次の職員が 1 か月派遣され、7 月から翌 3 月までは長期の支援 職員が派遣された。
長期の派遣職員となった新美が着任した 7 月以降 は比較的落ち着いた状態となり、一関市からの派遣 職員とともに、保護台帳の再作成などの本格的な復 元に取り組んだ。
生活保護システムの復旧により、過去 4 年分の保 護変更履歴や医療・介護の利用履歴、一部ではあっ たが扶養義務者の住所等を把握し、これをもとに、
2 か月間で全世帯を訪問し、生活歴や震災時の様子、
亡くなった家族・親族の話を 2 ~ 3 時間をかけて聞 いた。この聞き取りの中で、新美は陸前高田市の被 保護者が親族らに「普段から、いろいろ精神的な面 でバックアップをしてもらっているということがす ごくたくさん」あり、死亡や仮設住宅への転居など による親族の喪失の影響の大きさと、名古屋市の親
齋藤 昭彦
族との縁が切れている多くの被保護者との違いを感 じた。
高齢者の支えとなっていた親族の被災により、医 療機関の身元保証をする者がなく、「市役所の生活 保護担当が身元保証をやってくれ」などの話に名古 屋市にはあった身元保証をするNPOなどが岩手県 にはなく、親族を亡くした者の入院時の保証人問題 の難しさも感じた。
相談受付は、年度を通じて 10 件にも満たない状 況で、震災等に直接関連したものは 2 件で、当初「震 災によって生活保護の相談が増えるのではないかと 言われて」いたが、実際はその予測は全く当たらな かった。
新美は、生活保護の相談受付で気になる点を2つ 挙げている。
1つは、要保護世帯の捕捉の問題である。岩手県 民が生活保護に「かなり消極的というか、生活保護 に頼らず頑張ってしまう世帯がすごく多い」という 話を聞き、要保護者の情報をどうやって把握するか という点である。
2 つ目は、「扶養の限界」である。震災から 1 年 以上経過した時期に、被災者の親族からの「1 年は 何とか頑張って支援してきたけれども『もう限界』」
との相談を受け、親族の生活も大きく変化し、「な かなか面倒を見切れないことが出てきているよう だ」と感じ、こうしたことが、生活保護の新規相談 に関わってくるかという点である。
新美が生活保護業務を通じて感じた被保護者の
「親族の死亡や転居が与える被保護者の大きな喪失 感」や「医療機関の身元保証人の確保」の問題は、
岩手県の生活保護や福祉を考えるうえで大きな示唆 となる。
岩手県民が生活保護受給に消極的で「生活保護に 頼らず頑張ってしまう世帯が多いという声」と同時 に「支援に疲れた親族の声」も聞いている。ここに は、生活保護や生活困窮者支援における「自助」や 親族間の「支え合い」と「その限界」を見極める難 しさがある。
3.一関市の被災者支援と生活保護業務の実際 以下は、齋藤(2012)の報告と齋藤の行政実務体 験(当時、一関市在職)によるものである。
(1)被災の状況
一関市は県南端に位置し、1市7町の合併で市域
が広くなり、東に宮城県気仙沼市、南に宮城県登米 市及び栗原市と接する。
内陸の一関市は 3 月 11 日の地震では、震度 6 弱 を観測し、電気・水道などのライフラインが止まっ た。4 月 7 日の震度 6 弱の最大余震は家屋に大きな 被害を与え、その被害は全壊 57 棟、半壊 734 棟に のぼった。
(2)被災市民への支援
3 月 11 日の地震により、家屋被害などで自宅か ら市役所や一次避難所に避難した市民は、最大約 3,000 人となった。福祉事務所は、要援護者の安否 確認や社会福祉施設の被害状況の確認などに取りか かった。余震が続く不安に加え、停電と断水により 電気水道が使用できない状態では、自宅には戻れな い市民も多く、12 日の昼からは、職員と日赤奉仕 団等による「炊き出し」が始まった。
ガソリン不足は市民生活を混乱させ、市は通院が 困難な在宅人口透析患者に市保健ンセンターを宿泊 場所として提供し、職員が公用車で通院を支えた。
在宅酸素療養者の酸素の確保、民間病院・医院の発 電機の確保、さらには、大規模病院からの食糧の調 達などの「SOS」が次々と市災害対策本部に入り、
その対応に追われた。自宅や避難所では生活できな い要介護高齢者などのため、急きょ、特別養護老人 ホームなどを「福祉避難所」とした。当時は特別養 護老人ホームなどの社会福祉施設を「福祉避難所」
として指定していなかった。
発災直後から市、県保健所、医師会、歯科医師会、
薬剤師会、さらには救急医療の中核である県立磐井 病院が毎夕市役所に集まり、市民の災害時医療に対 応するための「連絡協議会」が開かれた。
(3)沿岸被災地への支援
市内の対応に加えて、隣接する陸前高田市や気仙 沼市等の沿岸被災地への対応も迫られた。
3 月 11 日夜、陸前高田市民約 100 人が治療と投 薬を求めているとの情報を受け、深夜に一関市医師 会と対応を協議し、翌 12 日に市のバスで被災者を 迎えに行き、市内で治療・投薬を行った。
一関市は自らへの支援物資に加え、沿岸被災地へ の全国各地からの支援物資の中継基地ともなり、そ の保管・輸送にもあたり、また、県の南端で県境に 位置するため、2011 年 11 月 1 日現在で、市内には 市民のほか、岩手、宮城、福島の 3 県 23 市町から
東日本大震災被災地の今後の被災者支援及び生活保護、生活困窮者自立支援のあり方について
被災者約 1,000 世帯、約 2,500 人が避難生活を送っ た。主な避難生活者は、市内で家屋被害を受けて転 居を余儀なくされた 196 世帯、548 人、陸前高田市 の 113 世帯、247 人、気仙沼市の 606 世帯、1,367 人 で、最も多い住居は、みなし仮設住宅となった民間 賃貸住宅で、517 世帯、1,337 人であった。
なお、福島県からは「福島第一原発」事故直後か ら一関市に避難者が来ており、市内公民館等の避難 所で避難生活を送った。
気仙沼市には、二次避難所として閉校した小学校 跡等を提供(最大 30 世帯、86 人利用)、さらには、
2 か所、320 戸分の応急仮設住宅の建設用地(学校 跡地)を宮城県に提供し、2011 年 9 月から入居が 始まった。
(4)生活保護業務の実際
一関市の生活保護受給者は、2010 年度月平均で 731 世帯、1,033 人で、保護率 8.57‰であった。保護 率は、34 市町村中 19 番目で、近年やや高位となっ ていた。2011 年度月平均では、790 世帯、1,105 人、
保護率 9.22‰と前年度より増となっていた。
保護動向を見ると、2008 年の世界金融危機以降、
誘致企業の撤退などで雇用情勢が悪化し、2009 年 度、2010 年度は保護世帯が前年度より大幅に増加 していたが、2011 年度からは横ばいの状態にあっ た。保護申請数も 2009 年度をピークに 2010 年度は やや減少となっていた。
震災以後の保護動向を見ると、震災を理由とした 申請が 14 件あり、うち 13 件は沿岸被災地からの転 入で 12 件が開始された。
ま た、2011 年 9 月、10 月 頃 の 状 況 で は、 特 に、
稼働年齢層の相談が減少傾向にあり、震災復旧関連 と見られる建設関係への就業による廃止が増える傾 向にあった。その後は、義援金等の費消や雇用保険 の給付終了などで保護相談や申請が増えるのではな いかと予想していたが、相談や申請の顕著な増加は 見られなかった。震災による生活保護業務の大きな 混乱はなかった。
一関市の状況からは、災害によりライフラインが ストップした緊急時に生命の危険が伴う在宅人工透 析患者や在宅酸素療養者への支援の事前の想定の必 要性が示唆されている。
行政実務者として関わった齋藤は、発災直後から 市、県保健所、医師会、歯科医師会、薬剤師会及び
救急医療を担う県立磐井病院による連絡協議会が、
地域包括ケアの大きな課題である医療と介護の連携 の一関市のその後の基盤となったと考える。
また、隣接市への支援活動や県境を越えた他の自 治体の被災者の受け入れは、災害時の自治体の広域 的支援や他の自治体からの「住所を持たない被災 者」への行政サービスのあり方、さらには、自治体 間の災害時に活かされる平時からの連携などの難し さを感じた
4.義援金等の取扱い
東日本大震災後の生活保護業務の実務にとって、
義援金等(生活再建支援金、弔慰金を含む)の取り 扱いが大きな課題となった。以下は、齋藤(2012)、
菊池(2012)によるものである。
(1)一関市の義援金等の取り扱い
一関市では、自立更生に当てられる額については 収入認定をしないという原則を踏まえ、義援金が関 係するすべてのケースについてケース診断会議を経 て取り扱いを決定し、2011 年 10 月までに、15 件中 8 件を停止・廃止、7件を継続保護とした。
一関市は、当初から丁寧な対応による生活保護受 給者との十分な話し合いを基本として自立更生に当 てられる額については、まずは、被災前の生活に戻 るためにはどれだけの額が必要かを把握し、認定し た。
世帯人数や年齢、子どもの有無、障がいの有無な ど、世帯の状況によって、現状復帰や自立更生に関 する費目に違いがあることを当然のことと十分に認 識し、また、自立助長や自立更生という考え方を福 祉事務所全体で具体的にイメージし、ケースワー カーが被保護世帯の将来について、いかに対象者に 寄り添い、話し合えるかが重要であった。
(2)沿岸広域振興局の義援金等の取扱い
当初、実施機関により様々な義援金に関する取り 扱いがあったため、2011 年 6 月に沿岸の福祉事務 所関係者が集まり、義援金等に関する取り扱いの協 議をしている。義援金の取り扱いについての説明は かなりの時間を要し、保護廃止後も訪問を継続し て、なんでも相談に乗りますよということを必ず付 け加えて、震災以降の家庭訪問は今でも最低1時間 かけ、きめ細かく丁寧に説明をし、「保護廃止後の 世帯についても、1 か月に一度あるいは 2 か月に一 度巡回をして、様々な相談に対応した。
齋藤 昭彦
自立更生に当てられる額の決定については、でき るだけ多くの項目を、あれはどう?これはどう?と いうスタイルで提案した。日弁連の調査では沿岸局 管内は、個別的費目の積上げが際だって多いと指摘 している。
義援金等の取り扱いは、生活保護業務で大きな課 題となったが、岩手県では、概ね被災者に寄り添い 丁寧な取り扱いがなされたと言えよう。福祉事務所 職員にとっては、被保護者との面接や自立更生計画 の作成などを通じて、被保護者の自立とは何かを考 える良い機会ともなった。
Ⅲ.東日本大震災と生活保護の動向
ここでは、東日本大震災発災時から 2015 年 3 月 までの岩手県及び沿岸部の保護動向と東日本大震災 に係る保護の開始・廃止の動向等を「平成 27 年版 岩手県の生活保護」により整理する。
なお、沿岸部は「宮古市、大船渡市、久慈市、陸 前高田市、釜石市、大槌町、山田町、岩泉町、田野 畑村、野田村、普代村、洋野町」の 12 市町村である。
1.岩手県の保護動向
図 1 は、 岩 手 県 の 全 体、 沿 岸 部、 内 陸 部 別 の 2011 年 4 月から 2015 年 3 月までの 6 か月毎の被保 護世帯、被保護人員の動向である。また、図 2 は、
沿岸部の被保護世帯、被保護人員の動向である。
初めの 6 か月間で世帯、人員ともに急減し、2011 年 4 月からの 1 年間で沿岸部は 406 世帯、629 人減 少し、沿岸部からの転入等により内陸部は 251 世帯、
241 人の増加となり、県全体では 155 世帯、388 人 の減少となっている。
2012 年 4 月からは大きな変動はなく、2012 年 4 月から 2015 年 3 月までの 3 年間で、沿岸部は 9 世帯、
107 人減少し、内陸部は 196 世帯増、279 人減となっ ており、県全体では 187 世帯増、386 人減となって いる。
2.東日本大震災に係る保護の開始・廃止等の動向
(1)相談・申請・開始・廃止の動向
図 3 は、 東 日 本 大 震 災 に 係 る 2011 年 4 月 か ら 2012 年 3 月までの 1 年間の相談・申請・開始・廃 止件数の動向である。
相談件数は、発災翌月の 2011 年 4 月に 75 件で最 も多く、5 月が 36 件、6 月が 40 件で、7 月から徐々 に減少している。なお、2014 年度は多い月で 15 件、
少ない月で 5 件、平均で約 10 件となっている。
申請及び開始件数は、2011 年 4 月から 6 月まで は 20 件前後で推移し、7 月以降は相談件数と同様 に減少している。なお、2014 年度は申請が多い月 で 11 件、開始も多い月で 10 件となっている。
廃止件数は、義援金の給付に伴い、2011 年 8 月 が最も多く 64 件となり、その後は減少している。
なお、2014 年度は多い月で 3 件となっている。
これらの動向から、発災直後は被災による生活不 安等から相談件数は増えたものの、多くは申請及び 開始に至っておらず、義援金の給付が自治体で本格 的に始まった 7 月以降は、相談、申請、開始とも大
世帯 2643 2330 2237 2244 2261 2261 2252
人員 3666 3185 3037 3017 3024 3004 2982
世帯 7977 8134 8228 8247 8273 8253 8313
人員 11386 11570 11627 11573 11535 11351 11263 世帯 10620 10464 10465 10491 10534 10514 10565 人員 15052 14755 14664 14590 14559 14355 14245 内陸
県
2013年 4月
2014年 4月 沿岸
2011年 4月
2012年 4月
0 2000 4000 6000 8000 10000 12000 14000 16000
2011 年 4月
2012 年 4月
2013 年 4月
2014 年 4月
2015 年 3月 沿岸 世帯 沿岸 人員 内陸 世帯 内陸 人員
県 世帯 県 人員
沿岸部の保護の動向
世帯 2643 2330 2237 2244 2261 2261 2252 2239
人員 3666 3185 3037 3017 3024 3004 2982 2944
2014年 4月 2014年
4月
2012年 4月
2013年 4月
0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000
2014年 4
月2012年 4
月2013年 4
月2014年 4
月2015年 3
月世帯 人員
図 1 岩手県の生活保護(県全体、沿岸部、内陸 部別被保護世帯・被保護人員、月平均)の動 向(単位:世帯、人)
岩手県「平成 27 年版岩手県の生活保護」よ り筆者作成
図 2 沿岸部の生活保護(被保護世帯・被保護人員、
月平均)の動向(単位:世帯、人)
岩手県「平成 27 年版岩手県の生活保護」よ り筆者作成
東日本大震災被災地の今後の被災者支援及び生活保護、生活困窮者自立支援のあり方について
きく減少し、その後、相談は増減しているが、申請・
開始はほぼ横ばいの状態である。
(2)義援金等による廃止の動向
平成 27 年版岩手県の生活保護によると、2011 年 4 月から 2012 年 3 月までの義援金等による廃止は、
5 月の 2 件に始まり、8 月が 44 件と最も多くなり、
その後減少し 3 月に 5 件となり、2011 年度の計は 200 件となっている。
年度単位では 2012 年度が 12 件、2013 年度が 2 件、
2014 年度が 1 件となり、2015 年 3 月までの計は 215 件となっている。
なお、義援金等が支給された被保護世帯は 2015
年 3 月までに 1,847 世帯で、廃止件数 215 件は全支 給件数の 11.6%である。
(3)廃止世帯からの再申請による開始の動向 平成 27 年版岩手県の生活保護によると、義援金 等による廃止世帯からの再申請による開始は、2012 年 1 月の 2 件に始まり、多くて 2012 年 7 月~ 11 月 までの 5 件から 6 件で、2012 年で合計 42 件であり、
2013 年 度 は 20 件、2014 年 度 は 11 件 で、2015 年 1 月から 3 月は 0 件で計 73 件となっている。
開始件数の 73 件は、2015 年 3 月までの義援金に よる廃止件数 215 件の 34%である。
(4)沿岸部の開始・廃止件数の動向
図 4 は沿岸部の開始・廃止件数の動向である。
沿岸部の保護の開始・廃止件数を 2012 年 4 月か ら 2015 年 3 月までの 3 年間の推移を見ると、開始 件数は多い月で 34 件、少ない月で 12 件、平均で約 24 件となっている。年度毎の平均は、2012 年度が 約 27 件、2013 年度が約 24 件、2014 年度が約 22 件 となっている。
廃止件数は、多い月で 40 件、少ない月で 13 件、
平均で概ね 24.5 件となっており、年度毎の平均も 24 件~ 25 件となっている。
義援金等による廃止が減少し、2012 年 4 月以降 の廃止・開始件数は、月単位での増減はあるものの 年度単位では大きな変動はない。
Ⅳ.東日本大震災被災地の生活保護の実施状況 以下は、被災地の生活保護の実施状況についての
2011年 4月
201 1年 7月
2011 年 10月
2012年
1月 2012
年 3月
相談 75 36 40 26 28 11 21 22 31 33 24 14 361
申請 23 22 19 6 6 9 13 6 7 15 8 9 143
開始 15 17 22 6 5 6 5 6 6 13 7 8 116
廃止 45 37 39 53 64 56 32 28 22 19 11 11 417
0 10 20 30 40 50 60 70 80
2011
年4月 2011
年7月 2011
年10月 2012
年1月 2012
年3月
相談 申請 開始 廃止沿岸部の開始・廃止件数の動向 2012年
4月
2012 年
2013年 4月
2013年 10月
開始 31 25 24 34 18 29 33 34 20 27 20 28 21 30 12 24 17 22 25 23 33 廃止 29 30 21 30 27 19 21 25 13 18 15 40 25 21 23 22 17 22 16 27 30
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45
2012
年4
月2012
年10
月2013
年4
月2013
年10
月2014
年4
月2014
年10
月2015
年3
月 開始廃止 図 3 東日本大震災に係る発災から 1 年間の生活
保護の相談・申請・開始・廃止件数の動向(単 位:件数)
岩手県「平成 27 年版岩手県の生活保護」よ り筆者作成
図 4 沿岸部の生活保護の開始・廃止件数の動向(単位:件数)岩手県「平成 27 年版岩手県の生活保護」より筆者作成
齋藤 昭彦
釜石市、陸前高田市、一関市の各福祉事務所からの ヒアリング調査によるものである。
1.釜石市、陸前高田市、一関市の生活保護の動向 表 1 は、2010 年度から 2014 年度までの釜石市、
陸前高田市、一関市の生活保護の動向である。
釜 石 市 は 2011 年 度 に 世 帯、 人 員 と も 急 減 し、
2013 年度に増となり、その後は横ばいである。
陸前高田市は 2011 年度に世帯、人員とも急減し、
その後は増減しながら世帯、人員ともに減少傾向に ある。
一関市は 2011 年度に世帯、人員とも増となり、
その後は世帯が 2013 年度に若干の増となり、人員 は減少が続いている。
年度
被保護世帯 被保護人員
釜石市 陸前高田市 一関市 釜石市 陸前高田市 一関市
2010 432 114 731 613 163 1,033 2011 378 92 790 530 124 1,105 2012 336 88 802 459 115 1,114 2013 350 83 788 470 104 1,087 2014 348 82 789 468 107 1,069
2.東日本大震災の影響
(1)釜石市、陸前高田市、一関市の相談・申請・
開始の状況
表 2 は、2010 年度から 2015 年度までの釜石市、
陸前高田市、一関市の相談・申請・開始の状況であ る。
3 市とも 2011 年度以降、増減はあるものの、相談・
申請・開始の件数は、横ばい又は減少の傾向で推移 している。
2014 年度の相談件数に占める申請件数は、釜石 市は 43%、陸前高田市は 42%、一関市は 41%であ るが、申請又は開始に至らなかった約 60%の相談 者の生活・福祉問題への対応が適切に行われたかが 課題となる。この課題は生活困窮者自立支援制度が 創設された背景でもある。
2010 2011 2012 2013 2014
釜石市 相 談 247 196 168 148 120
申 請 75 61 77 62 52
開 始 63 55 72 52 44
陸前高田市
相 談 58 24 28 30 38
申 請 31 10 13 16 16
開 始 20 8 12 11 11
一関市 相 談 398 371 315 305 354
申 請 198 163 131 145 145 開 始 176 128 116 116 112
(2)釜石市、陸前高田市、一関市の地域実情等 以下は、ヒアリング調査による地域実情と 3 市に よる保護動向の分析等である(業務を通じての実感 等も含む)。
① 釜石市の地域実情等
1)母子世帯は復興により就業場所や時給単価が 高い求人も増え、また、義援金等を活用し、バ イクの購入などで移動の自由が増すなどした。
また、子どもの進学・就労が実現するなどした。
こうしたことが「自立」につながり、又は「生 活保護受給」につながっていない要因ではない か。
2)最近のその他世帯は、復興工事などにより一 旦は建設・土木業に就労したが、心身の状態な どから就労が難しくなり、保護受給となってい る可能性がある。
② 陸前高田市の地域実情等
1) 保護開始理由は、非稼働収入の減少や老齢に よる収入の減少が主で、この要因を震災との関 係で考えれば、扶養義務者が何らかの形で震災 の影響を受け、これまでの要保護者への仕送り が難しくなっていることも考えられる。
2)保護開始が今後増加する要因としては、現在 の被災者の医療費自己負担や介護サービス利用 料などの免除の終了が考えられ、このことを理 由に将来不安を覚えての相談事例もある。
3)陸前高田市を含む大船渡管内の有効求人倍率 は、2013 年 4 月の 0.25 倍から 2015 年 12 月には 表 1 釜石市、陸前高田市、一関市の生活保護(被
保護世帯・保護人員、月平均)の動向
(単位:世帯、人)
表 2 釜石市、陸前高田市、一関市の生活保護の 相談・申請・開始の状況 (単位:件数)
岩手県「各年版岩手県の生活保護」より筆者作成
出所/釜石市、陸前高田市、一関市からの提供資 料より筆者作成
東日本大震災被災地の今後の被災者支援及び生活保護、生活困窮者自立支援のあり方について
1.25 倍まで回復し、有効求職者数も 4,502 人か ら 856 人と震災後最少となっており、稼働収入 の減による保護開始はほとんどない。
4)さけ・ますの孵化場などが整備され、パート 労働ではあるが水産加工場が就労の場となって きており、女性の就労の場も拡大している。
5)生活困窮者自立相談の中では、震災で「生計 の中心者」ではないが、「家計管理の中心者」
や「家族融和のキーパーソン」であった妻や母 などを喪失し、「家族関係がうまくいかない」
との悩みも聞く。
③ 一関市の地域実情等
1)2015 年度には被災者からの相談は 10 件あり、
うち申請・開始は 5 件であった。沿岸被災地の 被災者からの相談・申請は、今後とも一定程度 はあると予想している。
2)一関市内の避難者は、2016 年 9 月 30 日現在 で、陸前高田市が 61 世帯、129 人、気仙沼市が 288 世帯、589 人など計 426 世帯、897 人となっ ている。なお、2015 年には、市内での被災者を 対象とした市営の災害公営住宅(27 戸)が整備 されている。
Ⅴ.生活保護及び生活困窮者自立支援をめぐる政策 動向等
東日本大震災発生前後の生活保護の自立支援と生 活困窮者自立支援をめぐる政策動向等を概括する。
1.生活保護の自立支援をめぐる政策動向
(1)自立支援プログラムの導入
2004 年 12 月に社会保障審議会福祉部会「生活保 護制度の在り方に関する専門委員会」は、報告書で
「自立支援プログラムの導入」を提言し、生活困窮 者の自立・就労を支援する観点から、「経済的自立
(就労自立)」、「日常生活自立」、「社会生活自立」の 3 つの「自立」概念を示した。
これを受けて国は、自立支援プログラム策定推進 事業として、就労支援員による「就労支援事業」、
職業訓練、職業紹介等を行う「就労意欲喚起等支援 事業」、「精神障害者等退院促進事業」、日常生活習 慣の改善支援等を行う「日常・社会生活及び就労自 立総合支援事業」を実施することとなった。
3 つの自立概念により、これまでの「自立=経済 的自立=保護廃止」から段階的で多様な自立の考え
方が生活保護行政に定着することとなった。
一方、2008 年の世界金融危機による多くの失業 者・生活困窮者への対策として、2009 年 9 月には、「住 居を失った離職者を支援する新たなセーフティネッ ト(第二のセーフティネット)」が求職者支援、住 宅手当、生活福祉資金貸付の各制度等により実施さ れ、2010 年には、雇用・住居を含む複合的な生活 問題に対応する「パーソナル・サポート・サービス プロジェクト」がスタートした。
こうした中で、東日本大震災が発生した。
(2)生活保護法の改正
2013 年 1 月に「生活困窮者の生活支援の在り方 に関する特別部会」報告書が出され、同年 12 月に 生活保護法の一部改正が国会で成立・公布された。
国は法改正に先立ち、2013 年 8 月からは被保護 者の自立支援、特に、就労自立の促進のため、早期 の就労支援により保護開始直後から「低額でも一旦 就労」を目指す「就労活動促進費」を実施した。
2014 年 7 月からは、生活保護脱却へのインセン ティブを強化し、就労による保護廃止後の自立生活 への円滑な移行のための「就労自立給付金」が実施 された。
2015 年 4 月からは、従来の就労支援員を活用し た事業での相談助言や求職活動支援などを充実・強 化する取り組みとして「被保護者就労支援事業」が 実施された。同時に、自立支援プログラム事業が見 直され、日常生活自立、社会生活自立、就労自立を 計画的かつ一貫して実施する「被保護者就労準備支 援事業」が実施された。
2.生活困窮者自立支援事業の動向
2013 年 12 月、生活保護法の一部改正とともに生 活困窮者自立支援法が国会で成立・公布され、生活 困窮者自立支援事業は実施主体を福祉事務所設置自 治体として、2015 年度から始まった。
以下は、岩手県保健福祉部地域福祉課(2015)及 び釜石市社会福祉協議会からのヒアリング調査によ る岩手県での 2013 年度からの生活困窮者自立支援 事業のモデル事業と法施行に伴う事業の実施状況で ある。
(1)生活困窮者自立支援モデル事業の実施状況 「パーソナル・サポート事業」を一部継承した岩 手県でのモデル事業は、2013 年度は県(県南地区、
宮古地区)と花巻市で、2014 年度は県(県南地区、
宮古地区、県央地区一部)と花巻市、二戸市、北上 市、遠野市、大船渡市、一関市の 6 市で実施された。
盛岡市では、両年度とも「パーソナル・サポート事 業」として実施した。
子どもの学習支援については、生活保護事業とし て、県が盛岡広域振興局管内の町村を対象に 2013 年度は 2 町で、2014 年度は 5 町で実施し、盛岡市 と滝沢市でも実施した。
(2)生活困窮者自立支援事業の実施状況
2015 年 4 月からは法施行に伴い、岩手県と 14 市 で生活困窮者自立支援事業がスタートした。
岩手県の 2015 年度の実施状況を見ると、支援の 入り口である自立相談支援事業は、14 市は 1 市が 直営、13 市が委託により実施、19 町村を所管する 県は直営 5 町村、委託 14 町村で実施した。
支援の出口である任意事業は、就労準備支援事業 は、県(19 町村)と宮古市、花巻市、北上市、二 戸市の4市が実施した。一時生活支援事業は岩手県 での実施はなく、家計相談支援事業は、宮古市、花 巻市、北上市、陸前高田市、滝沢市の 5 市が実施した。
子どもの学習支援事業は、県(盛岡広域振興局管内 5 町)、盛岡市、宮古市、滝沢市の 3 市で実施した。
被災地の釜石市は、釜石市社会福祉協議会に委託 し、実施している。
2015 年度の新規相談受付者は 93 人で、当初相談 者は本人の 66 件に次いで、福祉事務所等の関係機 関 18 件となっている。主訴別(重複あり)では「お 金に関すること」が 60 件で、次いで、「就労に関 すること」37 件、「家族との問題」17 件となってい る。相談受付者の年齢は、不明の 23 人を除く 70 名 では、60 歳以上が 27 人(うち 65 歳以上 20 人)に 上り、50 代 17 人、40 代 16 人となっている。高齢 層の相談からは、低年金による経済的困窮が窺える という。
釜石市は、同一フロアで生活保護と生活困窮者自 立支援の業務を行っており、相互の連携による一体 的な相談支援ができる体制となっている。
なお、釜石市社会福祉協議会の自立支援相談員 は、復興関連事業で被災者の生活支援の相談業務に 従事しており、その経験を生活困窮者自立支援に活 かしている。人材確保が厳しい沿岸被災地において は、震災復興事業により被災者の生活支援に従事し た人材が生活困窮者自立支援を始めとした福祉分野
の貴重な戦力となっている。
Ⅵ.まとめと考察
発災直後の被災地の自治体職員の多くは、自らも 被災する厳しい状況の中で、被災者支援や被保護者 支援、円滑な生活保護の実施をはじめとする各行政 分野の業務に懸命に取り組んだ。その経験は、現在 の生活保護や生活困窮者自立支援、地域包括ケアシ ステムづくりにもつながっていると考える。
岩手県の保護動向を見ると、沿岸部は発災後の 1 年間で世帯、人員ともに急減したが、震災から 5 年 が経過した現在においても、被保護世帯・人員の顕 著な増加とはならず、依然として、県全体とともに ほぼ横ばいで推移している。
震災直後に自治体の生活保護関係者が予測した
「震災の影響により生活保護受給が増える」という 予測は、今のところ現実とはなっていない。
また、「義援金を費消すれば、一旦減少した被保 護世帯・人員は増加に転じるであろう」との予測も 義援金による保護廃止後の申請・開始の状況から見 ても、「義援金費消、即、生活保護」という状況に もなっていない。生活の将来不安等からの相談は、
今後ともあると見込まれるが、申請・開始が急増す る状況は今のところは見えていない。未だ「貧困の 顕在化」は現れていない。
岩田(2012)は、岩手県の「農村部や沿岸部では、
共同体的相互扶助が、低位な所得状況を生活保護受 給に結びつけることを阻止する」(p.7)と指摘した。
これは、陸前高田市の名古屋市からの派遣職員が感 じたものと相通ずるものである。
齋藤(2012)は、沿岸被災地の生活実態を踏まえ て、大震災により「半農半漁で細々と生活しながら、
『自立』することができた生活基盤や生産基盤が決 定的に破壊されたとすれば、生活保護という形での
『地域の貧困の顕在化』が起こりうる」(p.23)と論 述した。
こうした岩手県の地域実情に対する分析は、生活 保護という形での「貧困の顕在化」の課題のみなら ず、地域福祉的課題や震災からの復興のための「地 域コミュティ再生」の課題とも密接に関連するとと もに、被災者の地域社会での「孤立と貧困」の防止 や生活保護受給者等生活困窮者の「自立支援」とも 関連するものであろう。
発災以降、被災地には巨額の事業費が投じられ各 種の復興事業が進められてきた。こうした事業が、
被災地に雇用を生み、被災者の生活再建に影響を及 ぼし、その波及効果は被災地の被保護者の母子世帯 やその他世帯の保護動向からも読み取れる。
自治体が実施した被災地の地域コミュニティの再 生と地域づくりを目的とした事業(岩手県では「福 祉コミュニティ復興支援事業」など)や被災者の見 守り等を行う「生活支援」関係職員の配置事業(岩 手県では 2014 年 9 月時点で 568 人が配置) では、
生活困窮者自立支援制度が掲げた対象者への「寄り 添い」や「アウトリーチ」が求められた。
被災地では、復興事業により生活困窮者自立支援 事業がすでに「前倒し」で実施されていたとも言え る。他にも介護予防や疾病予防、孤立防止などの様々 な事業が住民参加型も含め実施され「地域包括ケア システムづくり」が始まっていたとも言える。こう した事業が被災者の「生活困窮」や「貧困」を防ぐ 要因ともなったであろう。
また、岩手県において被災者への「国民健康保険 及び後期高齢者医療制度の被保険者への医療費の一 部負担金と介護保険の利用者負担の免除」が継続実 施されたことは、低所得者や高齢者の経済負担の軽 減と生活の大きな支えとなったと考える。
岩手県(2016)によると、2016 年 10 月末現在で、
災害公営住宅は 4,237 戸が完成した(完成率 74%)。
応急仮設住宅等からは、2011 年 10 月のピーク時の 43,738 人のうち 6 割以上が退去したが、依然として 応急仮設住宅等 7,214 戸に 15,881 人が入居している。
こうした中で、自治体関係者からは、応急仮設住宅 等入居者の「災害公営住宅への転居には『家賃がか かる』と心配する」声があると聞く。災害公営住宅 は、低所得世帯に対し特別低減措置により一般の公 営住宅より低廉な家賃となるが、多くの高齢者を含 む低所得被災者には、新たな家賃負担が今後の生活 不安となっていることも想像に難くない。
被災地の復興、生活再建のためには、安心できる
「住まい」、安定した「仕事」、そして、安心して利 用できる「医療・介護・福祉サービス」が必要であ り、こうした基盤があって初めて、家族、親族、地 域の人々の「安らぎと支え合い」も再生できるであ ろう。これらの基盤の欠如・喪失は、生活困窮や生 活保護受給の要因ともなろう。
震災から 5 年が経過し、復興は進んでいるものの、
「道半ば」であり、依然として、生活再建がままな らずに応急仮設住宅等に住む人々も多く、その人々 の「取り残され感」からの生活不安や生活困窮に対 し、生活保護や生活困窮者自立支援は応えなければ ならない。そのためには、義援金等の取り扱いでも 課題となった、対象者に寄り添った丁寧で多様な自 立支援が不可欠である。
2000 年代の生活保護と生活困窮者自立支援の政 策は、就労と福祉の融合、金融・経済情勢からの雇 用の不安定化、格差・貧困問題の顕在化、政権交代 で大きく揺れた政治と、国民世論などに強く影響さ れながら、今日に至っている。東日本大震災の発生 とその後の復興時期は、こうした生活保護、生活困 窮者自立支援政策が大きく動いた時期と重なる。
被災者支援施策は、いつかは一般施策に移行せざ るを得ない。「いつまでも被災者扱いして欲しくな い。でも、被災者であったことは忘れないでほしい」
という被災者の声があると聞いたが、こうした被災 者の声に応えるためには、被災者の生活・福祉問題 を自立支援の視点で捉え直すことが必要ではないだ ろうか。
今後の被災者支援では、まずは、生活保護が被災 者の確実なセーフティネットとして機能することが 必要である。そのうえで、3 つの自立概念による地 域の社会資源を生かした多様な自立支援の実践が生 活保護と生活困窮者自立支援事業において展開され る必要がある。そのための被災者支援と生活保護、
生活困窮者自立支援の関係者のより一層の連携が求 められている。
結びにあたり、ヒアリング調査や資料提供などに 多大なご協力をいただいた釜石市、陸前高田市、一 関市、大槌町、岩手県保健福祉部地域福祉課、岩手 県復興局、沿岸広域振興局保健福祉環境部の関係職 員の方々に厚く御礼申し上げます。
引用文献
岩田正美 2012 震災と貧困への基本視角~貧困 は「あぶりだされ」たのか? 貧困研究V o l . 8 明石書店 4 ‐ 12
岩手県 2016 復興実施計画における主な取組の 進捗状況平成 28 年 11 月版 7 ‐ 8
岩手県保健福祉部地域福祉課 2015 よりそい
齋藤 昭彦
ホットラインフォーラム報告「岩手県困窮者支援の 取組」
岩手県陸前高田市 2012 東日本大震災と福祉事 務所①津波による庁舎全壊と記録損失からの復旧 生活と福祉№ 673 全国社会福祉協議会 24 ‐ 25 岩手県陸前高田市、名古屋市被災地域支援本部、
名古屋市健康福祉局生活福祉部保護課 2012 東日 本大震災と福祉事務所②被災自治体への応援職員の 派遣と受入れ 生活と福祉№ 675 全国社会福祉協 議会 24 ‐ 25
菊池隆 2012 震災後の釜石市近郊の貧困問題 貧困研究V o l . 8 明石書店 13 ‐ 17
齋藤昭彦 2012 沿岸被災地の後背地一関市の問 題状況~沿岸被災地と内陸被災地の狭間で 貧困研 究V o l . 8 明石書店 18 ‐ 23
新美隼吾 2012 陸前高田市に派遣されて 季刊 公的扶助研究第 227 号 萌文社 31 ‐ 39
参考文献
一関市 2016 東日本大震災復興への道程改訂版 一般財団法人高齢者住宅財団 2015 被災地の災 害公営住宅における福祉・交流拠点の整備を通じた 地域包括ケアへの支援に係る事業報告書
岩手県 2013 岩手県東日本大震災津波の記録 岩手県保健福祉部地域福祉課 岩手県の生活保護 各年版
岡部卓 2014 新版福祉事務所ソーシャルワー カー必携−生活保護における社会福祉実践 全国社 会福祉協議会
岡部卓 2015 生活困窮者自立支援法の制定に至 る経緯 岡部卓(編) 生活困窮者自立支援ハンド ブック 中央法規出版
岡部卓 2016 貧困・低所得者対策の動向 岡部 卓・六波羅詩朗(編) 低所得者に対する支援と生 活保護制度第 4 版 中央法規出版
菅原淳 2012 東日本大震災と福祉事務所③災害 発生時の生活保護業務の課題 生活と福祉№ 676 全国社会福祉協議会
岩手県立大学社会福祉学部紀要 第 19 巻特別号(特集:東日本大震災) 2017. 3 61 − 73
本稿は、東日本大震災で甚大な被害をうけた宮城県石巻市北上地区の世帯を対象とした「暮らしについての世帯 調査」の報告である。本稿では、居住意向の現状について小学校区ごと(相川・吉浜・橋浦)に分析した。結果、
北上を離れる選択は、家族構成よりも被害状況が影響している。とはいえ、子どもを持つ世帯が北上にとどまる選 択をしている。また、第一次産業を主とする世帯のほとんどが、北上にとどまる選択をする。地区の特徴として、
被害が大きい吉浜は被害状況が移動の選択を左右し、石巻市街に近く、サラリーマン世帯が多い橋浦は、必要がな い限り北上にとどまらない、相川は生業中心に北上にとどまる選択をしているという傾向が確認された。
キーワード:東日本大震災 居住意向 防災集団移転事業 市民調査
This paper is a report of 'A Survey on Household Living Condition,' a survey that targets households in Kitakami Area, Ishinomaki City, Miyagi. This is a region that was severely affected by Great East Japan earthquake.
Current intention to relocate is analyzed according to the various elementary school regions (Aikawa, Yoshihama, Hashiura). Results of the survey show that rather than familial structure (for example, a two-generation household), the degree of damage is a major influence on the decision to leave Kitakami. However, households with children and households involved in primary industries usually choose to stay in Kitakami. As for region specific factors, the decision to relocate depends on the degree of damages in severely impacted Yoshihama; Ishinomaki city center, with the largest concentration of salarymen households, tends to not move unless absolutely necessary; and it has been confirmed that there is a higher tendency to remain in place in Aikawa with concentrations of mostly occupational households.
keywords: great east japan earthquake, intention to relocate, group relocation for disaster mitigation project, survey conducted by citizen
被災地における居住意向の現状と課題
― 宮城県石巻市北上地区を対象とした世帯調査より ―
Inclination to Reside in Disaster Affected Regions and its Issues:
A Household Survey on Kitakami Area, Ishinomaki City, Miyagi
庄司知恵子
1・西城戸 誠
2SHOJI Chieko, NISHIKIDO Makoto
Ⅰ.はじめに 1.本稿の目的
本稿は、東日本大震災において甚大な被害をうけ た宮城県石巻市北上地区の世帯を対象とした「暮ら しについての世帯調査」の調査報告である。本稿で
は、被災地における居住意向の現状について小学校 区ごとに分析し、コミュニティの復興に関する課題 を提示する。
宮城県石巻市北上町は、震災前から深刻な過疎高 齢化の問題を抱えてきた。そのような中でも、「(震 1 岩手県立大学社会福祉学部
2 法政大学人間環境学部