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災害が教会に教えること(全体会) 利用統計を見る

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Title 災害が教会に教えること (全体会)

Author(s) David, Boan 松下,瑞子・訳 品川, 謙一・監修

Citation 聖学院大学総合研究所紀要, No.58, 2014.11 : 119-146

URL http://serve.seigakuin-univ.ac.jp/reps/modules/xoonips/de tail.php?item_id=5311

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聖学院学術情報発信システム : SERVE

SEigakuin Repository and academic archiVE

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︻第三回東日本大震災国際神学シンポジウム︼

全体会 災害が教会に教えること

デービッド・ボーァン 松下瑞子・訳   品川謙一・監修

本 稿 は 二 〇 一 四 年 二 月︑ 御 茶 の 水 ク リ ス チ ャ ン セ ン タ ー で 開 催 さ れ た﹁ 第 三 回 東 日 本 大 震 災 国 際 神 学 シ ン ポ ジ ウ ム ﹂ のプレゼンテーションのために作成したものです︒

概説

昨 今 顕 著 な い く つ か の 時 代 的 潮 流 に よ り︑ 教 会 や 信 仰 共 同 体 が 災 害 救 援 や 復 興 支 援 に 従 事 す る 機 会 が 急 増 し て い ま す︒ 最 近 の 災 害 は︑ そ の 発 生 頻 度 と 規 模 が と も に 増 大 す る 傾 向 に あ り ま す︒ 多 く の

N G

た︒また政府機関も︑信仰に基づく団体の働きに対して︑積極的に資金的支援を増やしています︒日本では︑教会によ ミ ュ ニ テ ィ ー と 深 い つ な が り を も つ 教 会 や 信 仰 共 同 体 を︑ 自 分 た ち の 働 き を 助 け 強 め る 協 力 者 と 見 る よ う に な り ま し O ︵ 非 政 府 組 織 ︶ は︑ 地 域 コ

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る 災 害 対 応 活 動 が ま れ な 事 象 で は な く︑ 継 続 的 な ミ ニ ス ト リ ー と な る 現 実 に 直 面 し て い ま す︒ 困 窮 し て い る 人 々 を 助 け︑教会のよい証しとなるという意味で︑このような潮流は教会に多くの恩恵をもたらしますが︑同時にそこには教会 や信仰共同体が注意すべき数々のリスクもあるのです︒例えば︑災害や災害状況の報告が︑コミュニティーとそのニー ズについての理解を歪めてしまう危険性があります︒また外部の団体から資金を受ける際のリスクや︑災害救援と復興 支援を教会ミニストリーの中心としてしまうリスクもあります︒この講演では︑そのようなリスクを減らす選択肢とし て︑教会の根幹的使命と一致する︑災害支援ミニストリーのいくつかのモデルを提示し︑最後にトレーニングとミニス トリーについての勧告をもって締めくくることとします︒

序論

二〇一一年三月︑日本のキリスト教会は日本国民全体と共に︑突然目を覚まさせられるような経験をしました︒長く 信じられてきた安全やコミュニティー︑日本の人々にいかに仕えるべきかといった前提は︑東北沿岸の多くのコミュニ ティー同様︑津波によってすっかり洗い流されてしまったのでした︒

こ の よ う な 災 害 は︑ 私 た ち の 注 意 と 行 動 を 喚 起 し ま し た︒ そ れ は 自 然 災 害 と 呼 ば れ る 一 方︑ 市 民 災 害 と も 言 え る で しょう︒なぜなら市民コミュニティー全体が跡形もなく破壊され︑住民の命が失われ︑移住を余儀なくされ︑大変な苦 しみを味わうからです︒こうした災害は︑私たちとコミュニティーの関係やキリスト者としての責任に課題を投げかけ て い ま す︒ 多 数 の 行 政 組 織 や 民 間 団 体 が 災 害 に 関 わ っ て い る 中 で︑ 教 会 に と っ て 適 切 な 役 割 と は 一 体 何 な の で し ょ う

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か?   教会が救援団体の一つのように行動するとしたら︑その独自の﹇教会ならではの﹈使命はどのように維持し続け るのでしょうか︒終わりがないような災害の繰り返しの中で︑教会が限りある人的︑物質的資源を提供し続けるリスク をどう考えたらよいでしょうか︒

緊 急 支 援 で あ れ︑ 長 期 に わ た る 復 興 支 援 で あ れ︑ 災 害 に 対 す る 支 援 に 教 会 や 信 仰 に 基 づ く 団 体 の 関 わ る 度 合 い が 高 まっています︒宗教系非政府組織︵

N G 政 策 な ど に よ っ て︑ 二 〇 〇 一 年 か ら 二 〇 〇 五 年 に か け て︑ 信 仰 に 基 づ く 団 体 に 対 す る Hear n, 2002 Charitable Choice 大きな役割を担うというものです ︵ ︶︒例えばブッシュ政権下で制定された ︵慈善の選択︶ 呼ばれるもので︑開発における行政当局の役割を減らし︑教会や信仰に基づく団体などの地域に根ざした団体が︑より New Policy Agenda か の 国 で は︑ 災 害 支 援 に 関 わ る 教 会 へ の 直 接 資 金 提 供 が 行 わ れ て い ま す︒ こ れ は ︵ 新 政 策 条 項 ︶ と を後押ししているのは︑行政当局や他の資金提供者の信仰に基づく団体を支援しようとの意思の高まりであり︑いくつ O ︶の数は︑世界的に見て過去数十年で著しく増加しました︒このような成長

U S A I 手 の 届 か な い 人 々 が い る︑ と い う 認 識 で す︒ 行 政 や 巨 大 資 金 提 供 は 一 七 億 ド ル ま で 増 加 し ま し た︒ こ の よ う な 潮 流 を 牽 引 し て い る の は︑ 行 政 組 織 に よ る 援 助 が う ま く い か ず︑ D ︵ 米 国 政 府 支 援 金 ︶ の N G で あ り︑ そ れ ゆ え に 行 政 当 局 や O と は 対 照 的 に︑ 教 会 は 地 域 に し っ か り と 根 付 い た 存 在 N G のを行政当局や 支援活動に巻き込むことは︑まずボランティア参加者の供給源という観点からスタートしましたが︑やがて教会そのも O の 働 き を 地 域 に 届 け る た め に︑ 有 益 な 協 力 者 で あ る と 見 ら れ て い ま す︒ 教 会 を N G O の業務を遂行する主体として採用するように変貌したのです︒

このような信仰に基づく団体の災害対応参画の潮流と並行して︑災害そのものの発生頻度︵グラフ

数︵グラフ 1 ︶と罹災者の人

2 ︶のいずれもが劇的に増加しています︒この増加の理由が︑災害がより強いからなのか︑災害の通り道に

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グラフ1:1900年から2011年までの自然災害の発生件数

グラフ2:1900年から2011年までの災害による罹災者の人数

1900 1910 1920 1930 1940 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010

050100150200250300350400450500550

Natural disasters reported 1900--2011

自然災害発生件数

(出典:The Center for Research on the Epidemiology of Disasters(災害罹災者 調査センター)資料,2013年12月2日付。Natural Disasters Trends <http://www.

emdat.be/natural-disasters-trends>)

(出典:同上)

1900 1910 1920 1930 1940 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010

0100,000,000200,000,000300,000,000400,000,000500,000,000600,000,000700,000,000

Number of people reported affected by natural disasters 1900--2011

罹災者の人数

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より多くの人がいたからなのか︑については議論が分かれるところですが︑物質的破壊と人命損失が増大していること は明らかです︒

ここに挙げた種々の潮流は︑教会にとってチャンスであると同時に脅威でもあります︒それらは日本の教会や神学校 に︑以下のような貴重な教訓を提供していると思います︒すなわち︑災害時における教会の適切な役割は何か︑また行 政に任せるのが最善なのか︑災害をどのように教会の根本的な使命と関連づけるべきなのか︑についてです︒本稿の目 的はそれらの脅威や教訓を明示することによって︑他の教会や信仰共同体がそれらを認識し︑そのような課題に対応で きるよう備えることにあります︒そして教会に対して︑災害関連ミニストリーへの対応手段を備えさせ︑かつ教会の根 源的使命を損なうリスクを最小限に食い止める︑明確な神学的土台に立った戦略を提言いたします︒

教会の使命

災 害 ミ ニ ス ト リ ー に 従 事 す る 上 で の リ ス ク を 理 解 す る に は︑ ま ず 何 が リ ス ク に さ ら さ れ て い る の か を 正 確 に 定 義 し な け れ ば な り ま せ ん︒ 私 た ち は︑ ま ず 教 会 を 定 義 す る 働 き︑ す な わ ち︑ 教 会 に は 存 在 理 由 の 本 質 と な る 特 定 の 働 き が 存 在 す る︑ と い う 大 前 提 か ら ス タ ー ト し た い と 思 い ま す︒ も し そ の 教 会 を 定 義 す る 働 き を 脅 か す よ う な も の が あ れ ば︑ ︵ 完 全 に そ れ を 回 避 で き な い な ら ︶ 最 大 限 の 注 意 を 払 い な が ら ア プ ロ ー チ す る 必 要 が あ る で し ょ う︒ 極 端 な 場 合︑ 万 一 こ の よ う な 教 会 を 定 義 す る 働 き に つ い て 妥 協 す る こ と に な れ ば︑ 教 会 の 第 一 義 的 な 使 命 と ア イ デ ン テ ィ テ ィ に つ い て も ま た︑ 妥 協 し て し ま う こ と に な り ま す︒ そ の よ う な 教 会 を 定 義 す る 働 き の 中 で︑ 以 下 の 三 つ の 働 き が こ こ で 論

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じ て い る 災 害 支 援 に 特 に 関 係 す る と 思 わ れ ま す︒ す な わ ち 地 の 塩 と し て の 教 会︑ 世 の 光 と し て の 教 会 へ の 召 し︵ マ タ イ 福 音 書 五・ 一 三 ︱ 一 六 ︶︑ そ し て 聖 書 全 体 を 貫 い て 繰 り 返 さ れ て い る 弱 者 に 奉 仕 せ よ と の 召 し︵ 例 え ば マ タ イ 福 音 書 二五・三五︑使徒一〇・四︶ ︑という三つの働きです︒

塩は地に浸透します︒塩という比喩は︑教会が世を保全し︑世が堕落に陥るのを守る働きを指しています︒イエスは 自らを塩とは言っていないことに注目しましょう︒彼の弟子たちが塩であり︑それも教会の中に対してだけの塩ではな く︑地上全体に対する塩である

000

︑と言っているのです︒また︑塩になりなさい

00000

とか︑塩になるべきだ

00000

︑とは言っていま せ ん︒ あ な た が た は 塩 で あ る と 言 っ て い ま す︵ Bonhoef fer , p.104 ︶︒ し た が っ て 世 に お け る 私 た ち の 存 在 は 必 要 と さ れ︑ 期 待 さ れ て い る の で す︒ 私 た ち は ま た︑ 塩 が そ の 味 を 失 う こ と が あ れ ば︑ そ の 塩 は も は や 価 値 を 持 た な い︑ と 警 告 な さ っ て い ま す︵ マ タ イ 福 音 書 五・ 一 三 ︶︒ こ の 警 告 は 私 た ち の 論 点 に 通 じ ま す︒ す な わ ち 地 の 塩 と し て の 教 会 の 役 割 を 脅かすものは何であれ︑教会の土台を脅かすものだ︑ということです︒

光は可視性に関わる比喩です︒すなわち︑他の人々の目に見える状態であることに関係します︒塩の場合と違い︑キ リストはご自分を光だと言い︑弟子たちにも各々の光を他者に見えるようにせよ︑と説いています︒教会の働きは︑ま さに世界中に見えるものでなければなりません︒

しかしそれはどのような光でしょうか︒目に見えるべきものとは一体何なのでしょうか︒このことについてボンヘッ ファーは︑キリストが弟子たち全員を召された働きとはすなわち︑貧しい人々に仕えること︑平和︑服従︑そして山上 の説教で説かれた至福の教えの内容である︑と言っています ︵ Bonhoef fer , 1949 ︶︒

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教会がこの地を保全し︑他者の目に見えるように行動する場合︑その働きに特有な性格というものがあります︒聖書 は明確です︒私たちはこれらの内の最も小さい者のためにしなければならない︑と命令されています︒また︑困難な状 況にある人々を見て行動を起こす︑良きサマリア人の譬えがあります︒これは弱き者や被害を受けやすい者を目にした ら︑彼らが教会の信者であるか否かにかかわらず︑支援することの重要性を謳っています︒どこであろうと彼らがいる その場所で彼らを支援するよう命じられているのです︒このように教会は災害が発生したら進んで対応するのが当然で あり︑それが教会活動の重要な分野の一つであることに間違いはありません︒私たちの論点は︑災害に対応すべきか否 かではなく︑困窮している人たちに対して︑塩であり︑光であり︑憐れみ深いという教会のアイデンティティに一致す る方法で︑どのように対応すべきなのか︑ということではないでしょうか︒

ここで主題の核心に迫りましょう︒災害に関して︑教会はあくまでも教会として行動しなければならない︑と提言し ます︒すなわち教会は︑塩となり︑光となり︑そして憐みを施すという命令に仕える形で行動するということです︒や り方によっては教会の使命と競合し︑それを損なう関わり方というものもあります︒教会はその区別を理解しなければ なりません︒

さらに ﹁社会的福音﹂ ︵ social gospel ︶ という問題に触れておきましょう︒これは保守派の間で長い間懸念されてきた 問題なのですが︑教会がコミュニティーに仕えるような活動に従事していると︑社会的奉仕機関としてのイメージを与 えてしまい︑真の福音のメッセージが正しく伝わらなくなる︑という懸念です︒我々の分析はこの懸念を支持していま す︒一九三〇年代から一九四〇年代にかけて盛んだった自由主義神学運動は︑教会の社会的使命に関する神学的基盤の

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構築が貧弱で︑それが保守的神学への反動であったために社会的ミニストリーと福音宣教の間に無用な分裂を生じさせ る こ と に な っ た︑ と 論 じ て い ま す︵ Metaxas, 2010 ︶︒ こ れ は 私 た ち の 論 点 に 一 致 し ま す︒ 再 度 申 し 上 げ ま す が︑ 私 た ち は塩であり︑光であり︑困窮している人々を支援するように命令されていますので︑コミュニティーと関わることに関 しては選択の余地がありません︒しかし重要なのは︑教会がそれをどのように行うのか︑ということなのです︒

残念ながら︑災害時にどのようにこの使命を果たすべきか︑について歪みをもたらす二つの要因が存在します︒一つ は 災 害 に 対 す る 私 た ち の 理 解 と 対 応 で あ り︑ も う 一 つ は 公 共・ 民 間 の い ず れ を 問 わ ず︑ 他 の 支 援 組 織 と 教 会 の 関 係 で す︒それぞれの歪みとそこから生じるチャレンジを検証し︑それらの課題に対応するミニストリーのモデルを考えてみ ましょう︒

災害への私たちの誤った認識

災害に関して問われると︑一般の人々は竜巻や津波や地震など︑過酷な事態を思い浮かべます︒しかしこれは︑災害 を予測不可能で︑過酷で異常なものだけだ︑と考える偏見に基づくものです︒このような偏見はいくつかの要素が複合 したものです︒まずメディアは最も報道価値がある過酷で例外的な事態に焦点を当てます︒焦点が当てられるのは短時 間だけで︑やがて次の大きな事態へとメディアの焦点は移っていきます︒このようにして︑私たちは災害が短期間で終 わ る も の だ︑ と 考 え る よ う に な り ま す︒ さ ら に 災 害 現 場 か ら の 映 像 は 印 象 的 で︑ は っ き り と 思 い 出 し や す い も の で す︒ 津波によって内陸へ押しあげられた船や︑九・一一同時多発テロで︑ワールド・トレード・センターに突っ込んだ飛行

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機 の イ メ ー ジ の こ と な ど を 考 え て み て く だ さ い︒ メ デ ィ ア で 何 度 も 繰 り 返 し 報 道 さ れ︑ 明 確 な 映 像 に 関 連 づ け ら れ た 出 来 事 は︑ い ず れ ま た 起 き る の で は な い か︑ と 思 わ さ れ る の で す︒ こ れ を 利 用 可 能 性 ヒ ュ ー リ ス テ ィ ッ ク︵ availability heuristic ︶ と 呼 び ま す︵ Car roll, 1978 ︶︒ 明 確 で 劇 的 な 映 像 で 何 度 も 繰 り 返 し 見 せ ら れ る こ と に よ っ て︑ 人 は 誰 で も リ ス クの認識を歪められてしまうのです︒アメリカでは誰でもテロについての意識がきわめて高く︑多くの人が航空機に乗 ることを避けます︒実際には︑航空機事故で死ぬ確率より︑パジャマに火が燃え移って焼死したり︑落雷で感電死した り︑ 蜂 に 刺 さ れ て 死 ん だ り︑ 落 花 生 ア レ ル ギ ー で 死 ぬ 確 率 の ほ う が 高 い に も か か わ ら ず で す︵ Pinker , 2011 ︶︒ 言 い 方 を 変えれば︑ある出来事の発生可能性や必要性の度合いを考えるとき︑人は事実よりも︑自分の想像力の鮮明さとそれを 聞く頻度によって左右されがちだ︑ということです︒ニューヨークタイムズで報道された災害の状況を示すグラフ

ます︒ ご覧になり︑考えてみてください︒最初の一〇日間の関心の度合いは際立っていますが︑その後は関心が急降下してい 3 を

寄付金の額で測った災害への対応も︑ハイチ地震への寄付金額が地震発生後三日以内に最高額に達している︵グラフ

同時に︑災害とは緊急の危機に関することである︑という見方を強化するものです︒ 4 ︶ように︑類似の曲線を示しています︒このような関心度の短期性は︑ニュースの関心が短期的であるということと

これまで行われてきた災害支援活動の経験から︑私たちはこのような危機の見方がもたらすいくつかの結果を認識し ています︒一番目に︑このような見方は災害を緊急的危機であると定義し︑長期的な影響や必要を無視してしまう︑と いうことです︒緊急的危機に焦点を当てると︑長期的な関わりではなく︑過酷な出来事の発生によって駆り立てられた 災害へのアプローチになってしまいます︒出来事の発生に焦点を当てると︑人々が関心を失い︑技能が低下するにつれ

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$900,000,000

$800,000,000

$700,000,000

$600,000,000

$500,000,000

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$200,000,000

$100,000,000

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Total Haiti Donations through Network for Good by Day

1/13/2010 1/14/2010 1/15/2010 1/16/2010 1/17/2010 1/18/2010 1/19/2010 1/20/2010 1/21/2010 1/22/2010 1/23/2010 1/24/2010 1/12/2010

(出典:The Center for Research on the Epidemiology of Disasters(災害罹災者調査セ ンター)資料,2013年12月2日付)

(出典:Haiti Relief Trends Observed on $4 Million in Network for Good Donations

(Network for Good資料,2010年1月22日)<http://www1.networkforgood.org/

ckfinder/userfiles/files/HEQ_Bulletin_2_2_10.pdf>

グラフ3:主な大災害のメディアへの掲載傾向

グラフ4:ハイチ地震救済の寄付パターン

The Issue-Attention Cycle for News Coverage of Natural Disasters

Katrina

Katrina tsunami Haiti

tsunami Haiti

0 10 20 30

0

-7 10 20 30 40 50 60 70 80 90

ニューヨークタイムズ誌記事件数

災害後の日数

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て︑プログラムを維持していくのが非常に困難になります︒さらに問題なのは︑このようなアプローチが教会や信仰共 同体のもつ強みそのものを見過ごしていることです︒それは︑これまで長期間にわたって培ってきた地域社会での存在 感であり︑困窮した人々への奉仕を通じて出来上がってきた最も弱い人々とのつながりです︒

二番目に︑例えばテロリズムに焦点を当てた場合のように︑このような見方の歪みは︑世間で騒がれるような出来事 の リ ス ク を 過 大 に 評 価 さ せ︑ そ れ ほ ど 劇 的 で な い 出 来 事 の リ ス ク を 過 小 評 価 さ せ ま す︒ 劇 的 な 出 来 事 と 関 連 が な く と も︑ コミュニティーに多大な影響を与える災害は多くあります︒インフルエンザや

M R ん︒なぜなら︑それらはメディアに注目される︑明確でドラマチック﹇劇的﹈な映像と関連していないからです︒ しょう︒熱波や気候変動のように︑それほど極端でない気象変化やゆっくり進行する事象も︑それほど注目を集めませ のような伝染病は災害とは見なされませんが︑異常気象などに比べて多数の死者を出す大きな脅威である︑と言えるで A S ﹇薬剤耐性黄色ブドウ球菌﹈

三番目に︑過酷な出来事に焦点を当てることで︑長期にわたって災害で苦しむのが誰であるのか︑を見過ごしてしま うことになります︒なぜなら︑事件発生当初の劇的な段階が過ぎれば︑私たちの関心も消えてしまうからです︒次に挙 げる出来事について考えてみましょう︒

二〇一一年にアメリカ南東部で︑過去最大数の竜巻が発生しました︒このうち最悪の竜巻がアラバマ州のタスカルー サ︵ T uscaloosa ︶ を 襲 い︑ 危 険 度

E F

が︑災害時に弱い立場にあるこれらの人々をケアするための計画をもっていた教会は一つもなかったのです︒ 六 〇 % が 五 五 歳 以 上︑ そ の う ち 半 数 が 八 〇 歳 を 超 え て い ま し た︒ ま た 犠 牲 者 の 九 〇 % が 地 域 教 会 の 活 発 な 会 員 で し た 5 の 竜 巻 が 郊 外 地 域 を 縦 断 し ま し た︒ 二 〇 〇 人 を 超 え る 人 々 が 亡 く な っ た 中 で︑

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二 〇 〇 二 年 に は ノ ー ス カ ロ ラ イ ナ 州 を 襲 っ た ア イ ス ス ト ー ム﹇ 氷 雨 を 伴 う 暴 風 ﹈ に よ っ て︑ 真 冬 の 寒 さ の 中︑ 五〇〇万人が停電状態に置かれました︒三四人が亡くなりましたが︑その死因は寒さではなく︑主に一酸化炭素中毒に よるものでした︒彼らのほとんどが極端な寒さでの生活経験がない南部から来ていた季節労働者たちで︑屋内でバーベ キュー用のコンロや他の直火を使って家を暖めることの危険について︑無知な人々でした︒

一九七七年︑強烈な熱波がシカゴを襲い︑四日間で七五〇人が亡くなりました︒死者のほとんどが高齢者で︑犯罪発 生率の高い地域にある古く断熱が劣悪な建物の中で暮らしていました︒彼らの社会的状況と脆弱性は︑熱波と同じぐら いその死に影響していたと見るべきでしょう︵ Klinenber g, 2002 ︶︒

最 後 に︑ 二 〇 一 一 年 の 津 波 の 犠 牲 者 に つ い て 考 察 し ま し ょ う︒ 地 震 と 津 波 の 発 生 か ら 二 年 半 ほ ど 経 過 し て い ま し た が︑一〇万三〇〇〇人が今なお仮設住宅に住んでおり︑自宅の再建の見通しが立っていないと報告されています ︒仮設 住宅にいる人たちのほとんどが六〇歳を超え︑津波で破壊された沿岸部の小さい町の被災者たちです︒上記およびこれ ら の 統 計 か ら わ か る こ と は︑ も と も と 弱 い 立 場 に あ っ た 者 は︑ 災 害 発 生 当 初 の 衝 撃 に よ る 被 害 を 受 け や す い だ け で な く︑災害の長期的影響においても被害を受けやすい者である︑ということです︒これは世界中で災害が発生した都度繰 り返されてきたパターンです︒すなわち︑弱者は災害の長期的被害を最も多く受けやすい人たちなのです︒

以上に挙げた例やその他の類例は︑災害とそのリスクの見方について︑いくつかの特性を指し示しています︒

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誤った認識︱

1   災害ミニストリーとは救援活動を行うことである。

この誤まった認識は︑災害支援活動を危機が頂点に達しているときの救援活動である︑と見誤った結果生じるもので す︒この場合︑救援とはたまに発生する過酷な災害時に行われ︑高度な技術を必要とする特別な働きである︑と見なさ れます︒過酷な事態の発生に焦点を合わせてしまうと︑災害の長期的被害や最も災害に弱い人たちの実態を見落として しまうことになります︒そして実はそのような人たちこそ︑教会が最も助けの手を差しのべられる人々なのです︒例え ばハイチでは︑二〇一〇年以来コレラによって八〇〇〇人の命が奪われ︑今も農村部の貧困者を中心にこの伝染病の患 者が増え続けています︒しかし︑ハイチへの支援金の総額と活動している医療チームの数は︑大幅に減少し続けている のです︒

誤った認識︱

2   災害支援活動とは、主に被災直後の生残者たちへのケアである。

この誤った認識は︑上記の問題の必然的結果です︒医療的弱者ほど支援を絶たれると︑後々まで苦しむことになりま す︒ さ ら に 言 え ば︑ コ ミ ュ ニ テ ィ ー が 社 会 的 に 弱 け れ ば 弱 い ほ ど︑ 災 害 に よ る ダ メ ー ジ が 大 き く な り ま す︵ Thomas, et

al., 2013 ︶︒このようなグループのニーズは︑災害復興期間がより長期になればなるほど︑より明白になってくるのです が︑ちょうどその頃には︑支援や社会の関心が著しく低下してしまうのです︒弱者のケアと長期にわたる復興には︑地 域教会こそが最も相応しい担い手となります︒教会は長い間地元コミュニティーに存在し︑困窮した人々との継続的な つながりをもっているからです︒しかし︑このような教会の役割に対するニーズや重要性の認識は︑破壊のあとが片付

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き修復されれば災害は終わったものである︑という見方によって低下させられてしまうものです︒

誤った認識︱

3   災害支援活動は、プロの支援組織のほうがうまくできる。

私 た ち は 教 会 の チ ー ム が 災 害 復 興 活 動 に 携 わ る こ と を 支 持 し︑ そ の よ う な 働 き を 脅 威 や 懸 念 の 対 象 と は 見 て い ま せ ん︒しかし︑災害復興活動だけが災害ミニストリーである︑という考えには懸念を抱きます︒それは過酷な出来事だけ に 焦 点 を 合 わ せ る こ と か ら 生 じ る 見 方 で す︒ 後 の 章 で 触 れ ま す が︑ 教 会 に 災 害 支 援 活 動 に 特 化 し た 技 能 を 教 え よ う と す る 潮 流 が あ り ま す︒ そ れ は 役 立 つ 場 合 も あ り ま す が︑ 教 会 の 本 質 的 使 命 が 災 害 関 連 の 活 動 に は 不 十 分 で あ る︑ と い う メ ッ セ ー ジ に も な り か ね ま せ ん︒ こ の よ う な 考 え 方 は︑ 過 酷 な 出 気 事 へ の 反 応 で は な く︑ 明 確 な 使 命 感 と コ ミ ュ ニ ティーとの一貫した絆から生まれる︑教会ならではの災害貢献にダメージを与えることになるでしょう︒

このことは︑我々を本稿の中心的仮説へと導きます︒すなわち︑災害は︑不公平︑支援の欠如︑不当な仕打ち︑資源 へのアクセスの欠如などによって︑苦しんでいる人たちを明らかにすることによって︑コミュニティーと被造物を贖う 必要性を示すものです︒その意味で︑災害は︑贖罪を与える主体としての教会に︑コミュニティーの基本的ニーズを明 ら か に し ま す︒ し た が っ て 災 害 は︑ 教 会 に と っ て 単 な る﹇ 宣 教 の ﹈ 機 会 で は な く︑ ﹇ そ の コ ミ ュ ニ テ ィ ー に お け る ﹈ 教 会の働きの必要性を明らかにするものなのです︒教会の働きは︑第一義的に災害時の専門家としてではなく︑コミュニ ティーと被造物の贖いを成し遂げる組織としての働きなのです︒

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教会は誰と共に働きに携わるべきか

もし教会が︑災害によって支援の機会が与えられ︑コミュニティーの必要が明らかになり︑そのコミュニティーへの 支援をさらに拡大しようとするならば︑そこに携わる他の支援組織と教会との関係はどのようであるべきでしょうか?   この質問は︑二つのリスクのカテゴリーの二番目︑国と非政府団体の影響というテーマに︑我々を導くことになりま す︒

組 織 的 同 型 化 理 論 に よ れ ば︑ 相 互 に 関 連 す る 分 野 に お い て 仕 事 を 履 行 す る 組 織 は︑ 時 間 の 経 過 と 共 に お 互 い に 類 似 し て く る と 言 わ れ ま す︒ こ れ は 非 政 府 組 織 に お い て も︑ 政 府 官 庁 に お い て も 同 様 に 見 ら れ る も の で す︵ Fr umkin &

Galaskiewicz, 2004 ︶︒ バ ー チ ャ ー ド︵ Bur char dt, 2013 ︶ は︑ 南 ア フ リ カ で

H I ン に 従 事 し て い た 多 く の 教 会 で︑ こ の 作 用 が 起 き た こ と を 記 録 し て い ま す︒ こ の キ ャ ン ペ ー ン で は︑ 当 初 V ﹇ エ イ ズ ﹈ の 蔓 延 を 止 め る キ ャ ン ペ ー

N G 会 を 通 し て ボ ラ ン テ ィ ア を 募 集 す る 形 を と っ て い ま し た が︑ や が て プ ロ グ ラ ム を 各 個 教 会 が 提 供 す る た め に︑ O が 教 N G O

が 教 会 に 直 接 資 金 提 供 す る 形 へ と︑ 協 力 形 態 が 明 確 に 変 遷 し て い っ た の で す︒ そ の キ ャ ン ペ ー ン は 大 成 功 裏 に 終 わ り︑ 地 域 の 人 々 と つ な が る 教 会 の 参 画 な し で は で き な か っ た で あ ろ う 支 援 の 成 果 を 得 た の で し た︵ Gunderson & Cochrane,

2012 ︶︒ し か し な が ら︑ こ の プ ロ グ ラ ム は キ ャ ン ペ ー ン に 参 加 し た 教 会 に 明 確 な 影 響 を 与 え ま し た︒ や が て そ れ ら の 教 会 は︑ プ ロ グ ラ ム を も っ と 効 率 的 か つ 効 果 的 に 運 営 す る た め に︑ パ ー ト ナ ー で あ る

N G

を 採 用 し ま し た︒ そ の 結 果︑ O が 推 奨 し た 組 織 と 運 営 手 法

H I

V キ ャ ン ペ ー ン と 関 連 し な い 教 会 の 他 の 働 き へ の サ ポ ー ト が 減 少 し︑ 多 く の 場 合︑

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H I ミ ュ ニ テ ィ ー か ら 教 会 と し て 認 識 さ れ な く な り︑ 代 わ り に V プ ロ グ ラ ム が 参 加 教 会 の ミ ニ ス ト リ ー を 支 配 す る よ う に な っ て し ま い ま し た︒ あ る ケ ー ス で は︑ 教 会 が そ の コ

H I そうです︒ V 支 援 セ ン タ ー と 誤 認 さ れ る ま で に 変 容 し て し ま っ た バ ー チ ャ ー ド︵ Bur char dt ︶ が 記 述 し た よ う な 地 域 教 会 へ の 影 響 が 起 き た 主 な 理 由 は︑ 経 営 資 源 に 恵 ま れ た 組 織︵ 政 府 や

N G Gr een, et al., 2002 しい田舎のコミュニティーへの奉仕活動に従事する場合は︑そのようになるでしょう︵ ︶︒ を継続することが困難になるケースもあります︒特に︑必要なプログラムを維持するための地域的資源が足りない︑貧 Englund, 2003 の よ う な 貧 困 の 広 が り は 脆 弱 性 を 生 み 出 し ま す︵ ︶︒ 加 え て︑ 教 会 に 資 金 提 供 が な さ れ た 後︑ プ ロ グ ラ ム が牧師に給与を支払えなかったり︑フルタイムでサポートできない先進国以外の地域では︑特に懸念される点です︒こ 雇用し︑教会の仕事に専念できる資金提供が得られることは︑教会にとってきわめて魅力的なことです︒これは︑教会 会やスタッフたちは︑その地域から十分なサポートを集められないからです︒こうした状況下においては︑スタッフを からなのです︒このことは︑田舎や開発の遅れた地域では︑特に懸念されることです︒なぜならそれらの地域では︑教 O ︶ が︑ そ の よ う な 資 源 に 恵 ま れ な い 組 織︵ 教 会︑ 特 に 貧 し い 田 舎 の 教 会 ︶ に 呼 び か け て︑ 影 響 力 を 行 使 し た

資 金 源 の こ の よ う な 不 均 衡 は︑ 上 記 の よ う な 影 響 が 起 こ り う る 条 件 の 一 つ に す ぎ ま せ ん︒ パ ウ エ ル と デ ィ マ ジ オ ︵ Powell and Dimaggio, 1991 ︶ は︑ 結 果 的 に 二 つ の 組 織 が 似 通 っ た も の に な っ て い く 課 程 で︑ 一 つ の 組 織 が 他 の 組 織 に 影響を与える場合の条件を︑いくつか記述しています︒それらの条件の中には︑組織化の進んだ団体が組織化の遅れた 他の団体に影響を与えるケースや︑効果性や成功に関して評判が高い団体が評判の低い団体に対して影響力をもつケー ス︑などが含まれています︒これらやその他の影響の結果︑単に同じ業務分野で操業することを通して︵例えば地域の

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災 害 回 復 力 の 開 発 や 復 興 ︶︑ 一 群 の 団 体 が 次 第 に 類 似 性 を も つ よ う に な り︑ 特 に よ り 力 強 く 尊 敬 さ れ て い る 団 体 に 似 て くるというのは︑よくあることです︒

こ れ ら の 影 響 力 行 使 は︑ 非 常 に あ か ら さ ま に な さ れ る こ と も あ り ま す︒ 例 え ば︑ ホ ー ク︵ Hauck, 2010 ︶ は︑ 教 会 に 対 し て N G O と 良 き パ ー ト ナ ー と な り︑

N G は不十分だから︑もっと な影響を全く考慮せずに行われたものです︒それは︑コミュニティーへの支援を効果的に行うには︑現状のままの教会 能力とリーダーシップを高めるよう行動せよ︑と呼びかけています︒この一見役立ちそうな忠告は︑教会に与える深刻 O が 地 元 コ ミ ュ ニ テ ィ ー に 支 援 す る の を 助 け ら れ る よ う に︑ 教 会 の 運 営

N G O のようにならなければならない︑と暗示しているのです︒

教会のミニストリーは︑ コミュニティーに関わる際にはリスクにさらされる必要がありません︒ベッカート ︵ Becker t,

2010 ︶は︑協同作業に従事している複数の団体が︑必ずしも似たものになるとは限らない︑と書いています︒ある条件 下では︑協力団体は各々の特色を維持し︑他の協力団体とは違った特色をさらにもつようになることがあります︒ある 団体が︑自身の目的や使命や自らの役割に関して明確な意思をもっている場合︑他の組織と共同の働きに従事すること に よ っ て︑ そ の 使 命 を 研 ぎ 澄 ま す こ と が で き る の で す︒ 教 会 に 当 て は め れ ば︑ 一 体 な ぜ 災 害 支 援 に 従 事 す る の か を 含 め︑教会は自らの使命を非常に明確に自覚することが必要です︒すなわち︑教会のメンバーは︑自分の役割が︑

N G O の使命を取り込むことではなく︑教会の中核的使命の遂行にどのように関係づけられるかを︑明確に知っていなければ ならない︑ということです︒教会は︑他の組織との関係においても︑災害との関係においても︑自らの特色ある使命と 明 確 な 役 割 を し っ か り 認 識 す る 必 要 が あ り ま す︒ グ リ ー ン︵ Gr een, et al., 2002 ︶ は 次 の よ う に 勧 告 し て い ま す︒ ﹁ 教 会 は自らに求められる役割について︑十分検討された理解に到達し⁝⁝そしてそれを行政当局︵私たちとしては︑

N G

O

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も加える︶に伝達し︑相互の役割や関係についての対話を始める﹂ ︵ p.351 ︶︒

こ こ で︑ 私 た ち の 問 題 の 核 心 に 戻 り ま し ょ う︒ 過 酷 な 災 害 事 象 に 焦 点 を 当 て た 場 合 の 二 つ の 歪 み と︑

N G 機関と共同で災害復興活動に従事することが︑教会の使命を弱体化させるリスクであるということです︒ O や 政 府

こ の 問 題 の 解 決 策 は︑ 教 会 が 本 来 あ る べ き 教 会 そ の も の に な る こ と で す︒ す な わ ち 教 会 が︑ そ の 核 心 的 使 命 で あ る 塩︑光︑憐みの役割を遂行する︑ということです︒さらに︑教会は自らが教会であることの特質と重要性を明確に理解 し た 上 で︑ そ れ を 行 う べ き で す︒ で は 教 会 が 教 会 で あ る こ と は 何 を 意 味 し︑ 実 際 に は ど の よ う に 行 動 に 移 さ れ る の で し ょ う か︒ こ こ で 私 た ち は︑ 災 害 現 場 で の 観 察 に 基 づ く い く つ か の モ デ ル を 例 示 し ま す︒ そ れ ら に よ っ て︑ 教 会 が 塩︑ 光︑憐みを指し示す特色ある役割を担っていることがわかるでしょう︒

教会ベースの災害ミニストリーのモデル

困窮している人々へのかけ橋としての教会

かけ橋の概念は二つのコミュニティーをつなぐことを意味します︒この点では︑教会は弱者と弱者救済の資源および 責任をもっている人々の間のかけ橋となることができます︒教会は地域社会の代表という特別な役割だけではなく︑継 続的援助と思いやりある奉仕を通して︑時間をかけて築き上げてきた信頼される地位にあります︒私たちは︑教会がか

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け橋となる数多くの例を世界中で見てきました︒

教会は弱者向けプログラムのためにかけ橋になることができます︒弱い立場の人々がこのようなプログラムにアクセ スするスキルが欠けている場合︑また認識が欠けていたり︑プログラム提供者への信頼が欠けている場合︑教会はかけ 橋となりうるのです︒

教会は技術的資源へのかけ橋にもなれます︒東アフリカでは︑以前一〇年か二〇年に一度発生していた干ばつが︑毎 年発生するようになり︑地域社会を脅かしています︒教会はその地域社会と外部のアクセス拠点として︑問題解決のた めにスキルのある人材や資金を呼び込んだり︑また︑その地域社会への関心が低く助けが必要な場合︑彼らに代わって 世界に情報発信することもできます︒

最 後 に︑ こ れ は す べ て を 網 羅 し た リ ス ト で は あ り ま せ ん が︑ 教 会 は 外 部 の

N G コ ミ ュ ニ テ ィ ー に と っ て は 擁 護 者︑ O と コ ミ ュ ニ テ ィ ー の か け 橋 と な り︑

N G O に と っ て は 促 進 役 の 働 き を す る こ と が で き ま す︒ こ の 場 合︑ 教 会 は

N G O

側 の 代 理 人 で は な く︑ あ く ま で も コ ミ ュ ニ テ ィ ー 側 の 擁 護 者 で あ り︑ そ の コ ミ ュ ニ テ ィ ー を よ く 知 り︑

N G に役立つ情報提供者の務めを果たすのです︒ O の 業 務

レジリエンス(回復力・弾力性)あるコミュニティーとしての教会

前述のとおり︑コミュニティーは社会的な強さ︑例えば︑情報や他の資源への障壁の低さ︑正義︑教育︑健康などが

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適切に配置されているときに︑レジリエンス﹇回復力・弾力性=跳ね返す力﹈が増します︒教会は地の塩として地域社 会のレジリエンスに影響を与えることができます︒まず第一に︑教会がレジリエンスあるコミュニティーの特徴を取り 込み︑教会内の交わりの促進︑正義の奨励︑諸資源へのアクセスを容易にすることなどを進めていきます︒次に︑教会 自身が開放的で︑公正︑正義︑および奉仕に特徴づけられたコミュニティーとなることによって︑教会は︑教会が属す るより大きな地域社会に︑いくつかの方法で影響を与えるでしょう︒まず教会のメンバーがレジリエンスの意味するも のについての経験を積み︑その経験を他の地域社会の人々と分かち合います︒次に﹇地域社会に存在する﹈種々の障壁 を取り壊すことによって︑地域社会全体に﹇レジリエンスある共同体の﹈利点を提示し︑ ﹇レジリエンスを低下させる﹈ 孤立化や特権化に対する反圧力を掛けるのです︒

癒しのコミュニティーとしての教会

肉 体 的︑ 感 情 的︑ 霊 的 な 癒 し は︑ 教 会 が 独 自 の 特 別 な 貢 献 が で き る 分 野 で す︵ Aten, et al., 2013; Boan, et al., 2012 ︶︒ 人々は災害やトラウマ経験のあとに教会や牧師のところに来ます︒それは自分の経験に筋道をつけ︑それらの意味や神 のご性質に関する葛藤を解決しようとする努力の一端なのです︒これらの問題について言及し︑生存者たちを慰められ るようボランティアたちを訓練することは︑教会に与えられた特別な役割だ︑と言えるでしょう︒

癒しのプロセスは長い時間がかかるものです︒最初に述べたとおり︑災害に関する世間の注意持続期間は非常に短い も の で す︒ 教 会 は︑ 特 に 地 元 コ ミ ュ ニ テ ィ ー に 奉 仕 す る と き は︑ 長 い 期 間 の 復 興 支 援 を 忍 耐 強 く 継 続 す る こ と を 通 し て︑誠実さと思いやりを人々に表すことができるでしょう︒これは︑災害支援を救急サービスとしてではなく︑必要が

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ある限り継続するライフスタイルとして︑教会活動の中に取り入れることを意味します︒

個人レベルでの癒しに加え︑二つの別のレベルで癒しは起こります︒教会がグループや教会内のコミュニティーレベ ルで︑養育︑支援︑慰めなどの資源を提供するなら︑教会は癒しのコミュニティーとなるでしょう︒また︑社会活動や 地域コミュニティーのイベント︑他の地域コミュニティーレベルの活動も︑ニーズがある人々に対して︑自分たちが思 いやりのあるコミュニティーの一員だと伝えることで︑癒しをもたらすものとなるでしょう︒

最後に︑教会は癒し︑憐み︑慰めを教えることによって︑癒しを提供します︒このような教えは︑説教壇から日曜学 校で︑その他の団体プログラムにおいてなど︑いろいろな場所で行われます︒このようなよりフォーマルな場での癒し の表明は︑見過ごされがちではありますが︑人々が自分の経験を意味づけることを助け︑慰めと癒しを与えるものとな ります︒

コミュニティーのモニターとしての教会

と き に 災 害 は︑ 国 家 の 失 敗 を 正 す た め に︑ 政 治 的 な 行 動 を 起 こ す 必 要 性 を 明 ら か に す る こ と が あ り ま す︒ ボ ン ヘ ッ ファーはこのような状況について︑まれではあるが重要な役目が教会にはある︑と述べています︒すなわち︑行政当局 が︑ 法 と 秩 序 の 維 持 と コ ミ ュ ニ テ ィ ー に 奉 仕 す る 役 目 を 怠 っ た と き は︑ 大 胆 に 行 政 当 局 に 立 ち 向 か う と い う 役 目 で す ︵ Metaxas, 2011 ︶︒ こ れ を 教 会 が 政 治 的 に ア ク テ ィ ブ に な る こ と と︑ 混 同 し て は な り ま せ ん︒ ボ ン ヘ ッ フ ァ ー は︑ 教 会 は国家から独立し依存しない存在であるが︑国家と無関係でいてはならないと強調しています︒教会は国家が責任を果

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たさなかったときには︑コミュニティーの究極的擁護者となり︑国家に本来の役割を回復するように働きかけるべきで す︒災害に関して︑我々は災害がいかにコミュニティーの性質を露呈するか︑ということを述べました︒極端な場合に は︑災害が︑腐敗︑政策の失敗︑弱者へのケアにおける正義の失墜などを露呈させます︒このような場合には︑教会が ここに列挙した国家の失敗を明らかにし︑是正させる活動家になるのは理にかなうことです︒

本論が示唆する事柄

教 会 と 地 域 コ ミ ュ ニ テ ィ ー︑

N G がなるように召されているもの︑すなわち塩︑光︑憐みの器︑となるべきなのです︒ 活動とは区別される教会特有のものです︒教会はこの役割を果たすために専門家を必要とはしません︒教会はただ自ら く︑教会が果たすように召された核心的役割です︒東北地方の津波被災地では現に行われている役割であり︑他の奉仕 み深く仕えてきたならば︑災害時に教会が力強い役割を果たすことは可能です︒これは教会にとって新しい役割ではな の通う関係の延長線上にある働きであるべきでしょう︒教会がそのコミュニティーを知り︑長期間にわたって誠実に憐 熟を要する専門的な働きと考えることの帰結だと述べてきました︒災害支援活動は︑根本的にはコミュニティーとの心 割を作り出すのは難しいと思われるかもしれません︒これまでの論述で︑このような発想は︑災害支援活動を技術的習 O や 行 政 当 局 と の 関 わ り な ど の 歴 史 が 浅 い 日 本 で は︑ 教 会 が 担 う べ き 特 色 あ る 役

教 会 リ ー ダ ー た ち の た め に︑ こ の 論 議 の 四 つ の 重 要 な 示 唆 を 列 挙 し て 締 め く く る こ と に し ま す︒ 第 一 に︑ 教 会 の コ ミュニティーへの関わりの神学は︑教会リーダーを訓練・育成するための根本であるべきです︒私たちの意見では︑こ

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の ト ピ ッ ク は︑ 福 音 宣 教 を 弱 体 化 さ せ る と 見 ら れ た 社 会 的 福 音︵ social gospel ︶ へ の 懸 念 に よ っ て︑ 必 要 以 上 に 込 み 入った問題になってしまったと見ています︒世界の多くの地域でこの問題が固執されているという事実は︑それに関す る明確で成熟した神学教育が欠如していることを示しています︒

第二番目の本質的トピックはリーダーシップです︒教会の使命に明確性が欠如し︑教会のミニストリーがどのように その使命を達成するかを教会メンバーに明示することに失敗するなら︑無宗教の諸団体による影響に対して教会が脆弱 になってしまうということを述べてきました︒このようなことを防止するのがリーダーシップの働きであり︑学校は将 来のリーダー養成に際してこれに取り組む必要があります︒

弱 者 支 援 は 教 会 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ に と っ て 根 本 的 な も の で す が︑ そ れ は メ デ イ ア や 政 治 に よ っ て 歪 曲 さ れ て し ま う︑もう一つのトピックでもあります︒ある国々では︑貧困者は︑依存者であり︑怠け者であり︑政府プログラムで甘 やかされた者である︑という烙印を押されています︒これは貧困の意味を歪曲し︑さらには弱者とは誰かを歪曲してい ま す︒ 一 般 的 に 認 識 さ れ て い る 以 上 に 多 く の 人 々 が 弱 者 に 属 し て い ま す が︑ 弱 者 で あ る こ と を 認 め 支 援 を 受 け る こ と は︑多くの否定的イメージと結びつけられており︑弱者支援ミニストリーの障害となります︒貧しく弱い人々に仕えて いくためには︑貧しく弱いとはどういうことなのかについて︑将来のリーダーたちを教育する必要があります︒

最 後 に︑ 教 会 リ ー ダ ー た ち は︑ 教 会 が 擁 護 者 で あ り︑ 癒 し の コ ミ ュ ニ テ ィ ー で あ り︑ レ ジ リ エ ン ス を も つ コ ミ ュ ニ ティーであり︑さらに根源的には地の塩であり︑世の光であることの意味を︑教会のメンバーたちに行動で示す必要が あります︒教会の使命は︑概念や神学的立場を教えて終わるものではなく︑実際に行動を起こすことにあります︒教会

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が︑地の塩︑世の光としての使命を果たすためには︑目に見える行動を起こし︑コミュニティーの中に浸透していかな ければなりません︒リーダーたちはそれを行う方法を示すように教育されなければなりません︒

事例研究 ︱ ︱ フィリピン

二 〇 一 三 年 一 一 月 八 日︑ T yphoon Haiyan ︵ 現 地 で は T yphoon Yolanda ﹇ 日 本 名 は 台 風 三 一 号 ﹈︶ が フ ィ リ ピ ン の 東 サ マ ー ル 州 に 上 陸 し ま し た︒ 上 陸 し た と き に は︑ 時 速 三 一 五 キ ロ の 暴 風 を 伴 う 史 上 最 大 規 模 の 台 風 に 発 達 し て い ま し た︒ 台 風 が 西 フ ィ リ ピ ン 海 に 抜 け る ま で に︑ 九 百 万 人 が 影 響 を 受 け︑ 五 二 〇 〇 人 が 死 亡 し︑ 二 五 万 軒 の 家 が 破 壊 さ れ ま し た︒直ちにフィリピン福音主義教会協議会︵

C P ととなりました︒ 議論が重ねられた結果︑この案を拡大し︑教会リーダーとメンバーがミニストリーに携わる多様なモデルを提供するこ emotional and spiritual car e 時 に︑ 教 会 リ ー ダ ー お よ び 教 会 メ ン バ ー が 心 の ケ ア︵ ︶ を す る よ う に 指 導 す る こ と で し た︒ う諸教会をサポートし始めました︒最初の提案は︑災害チャプレンを養成し︑大人と子どもに心のケアを提供すると同 C E ︶は︑被災した諸教会の支援に乗り出し︑生存者ケアができるよ

プログラム拡大の合理性は︑そのプログラムがどれぐらいのインパクトを与える可能性があるのかを測ることからス タートします︒この働きのフォーカスが︑災害チャプレンと心のケアの援助者だけに限られているなら︑教会メンバー のうち少数だけが携わる働きとなります︒七五〇人という数はそれなりの人数ではありますが︑フィリピン福音主義教 会 協 議 会 に 所 属 す る 三 万 人 の 教 会 の リ ー ダ ー た ち の 二・ 五 % に す ぎ ま せ ん︒ こ れ に 代 わ る 提 案 と し て︑ も し 教 会 リ ー

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ダーやメンバーに多様な役割があり︑それらの中に︑既存のミニストリーが台風によって衝撃を受けた人々をどのよう に支援できるかが含まれているとすれば︑支援を必要とする人たちにインパクトを与える機会が劇的に拡大するでしょ う︒そしてその結果︑大多数の教会がこのミニストリーに携わることになれば理想的です︒さらに︑生存者に焦点を当 てることは必要ではありますが︑国全体への広範なインパクトや︑台風による直接の損失を被らなかった人々も間接的 に被害を受けていること︑台風によるダメージが国全体に拡がっていること︑などを見過ごすことにもなります︒この ような議論から︑フィリピン福音主義教会協議会との協同作業で策定されたプログラムは︑以下のようなタイプの各ミ ニストリーについて︑トレーニングとメンタリングを提供するものとなりました︒

* 災害対応の観点から︑既存のミニストリーを調整するための戦略︒弱者の確認と支援に注力 * 弱者擁護の働き︒弱者のニーズの発信戦略およびニーズがある人々への救援資源の配分促進など * 腐敗の監視︒特に不公平な恣意的物資配布の監視︑透明性の欠如︑説明責任性の欠如など * 諸資源への架け橋として仕える︒あるミニストリー分野のニーズを査定し︑結果に基づいて外部資源と援助必要者 をつなぐ * 協 力 と 意 思 の 疎 通︒ 特 に 他 の ミ ニ ス ト リ ー に︑ 自 分 た ち の 業 務 と 資 源 に つ い て 周 知 さ せ︑ こ ち ら の ニ ー ズ を 知 ら せ︑全体の業務調整を促進させる * サポートサービスの提供︒救援スタッフとして従事する人たちへの研修サポート︑救援ワーカーへのリトリート企 画や休息の提供︑救援スタッフのニーズを他の資源提供可能者へ周知させる

災害チャプレンおよび心のケアトレーニングと合わせて︑上記のプログラムは︑人々の役割を援助者やチャプレンに

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変えることなしに︑被災者支援の機会を拡大する一連のミニストリーのモデルを提供します︒最も重要なことは︑教会 活動を特殊な災害救援プログラムに変えることなく︑既存の教会ミニストリーの範囲内で災害被災者のニーズに応える ことができると︑教会に示すことです︒それは災害のインパクトにより広い視野で取り組むことにもなります︒

現在︑これらのプログラムとトレーニングは実施に向けて準備中であり︑それらのインパクトと成果は測定され︑い ずれ報告されることになるでしょう︒提供されたトレーニングを人々が利用するかどうか︑トレーニングがボランティ アたちの燃え尽きリスクを減らしているか否か︑また︑トレーニングで推奨された様々なミニストリーモデルにどれぐ らいの教会が携わっているのか︑というような点について効果を査定する予定であります︒

    注

︵*︶ 2 01 1 d isa ste r s ur viv or s s tu ck in h ou sin g l im bo , a sa hi, 9 /1 1/ 20 13 < htt p:/ /r ec ov er in gto ho ku .w or dp re ss .co m /ta g/ te m po ra ry - housing/> ︵ accessed on 12/17/2013 ︶

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参照

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