Title 災害が教会に教えること (全体会)
Author(s) David, Boan 松下,瑞子・訳 品川, 謙一・監修
Citation 聖学院大学総合研究所紀要, No.58, 2014.11 : 119-146
URL http://serve.seigakuin-univ.ac.jp/reps/modules/xoonips/de tail.php?item_id=5311
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︻第三回東日本大震災国際神学シンポジウム︼
全体会 災害が教会に教えること
デービッド・ボーァン 松下瑞子・訳 品川謙一・監修
本 稿 は 二 〇 一 四 年 二 月︑ 御 茶 の 水 ク リ ス チ ャ ン セ ン タ ー で 開 催 さ れ た﹁ 第 三 回 東 日 本 大 震 災 国 際 神 学 シ ン ポ ジ ウ ム ﹂ のプレゼンテーションのために作成したものです︒
概説
昨 今 顕 著 な い く つ か の 時 代 的 潮 流 に よ り︑ 教 会 や 信 仰 共 同 体 が 災 害 救 援 や 復 興 支 援 に 従 事 す る 機 会 が 急 増 し て い ま す︒ 最 近 の 災 害 は︑ そ の 発 生 頻 度 と 規 模 が と も に 増 大 す る 傾 向 に あ り ま す︒ 多 く の
N G
た︒また政府機関も︑信仰に基づく団体の働きに対して︑積極的に資金的支援を増やしています︒日本では︑教会によ ミ ュ ニ テ ィ ー と 深 い つ な が り を も つ 教 会 や 信 仰 共 同 体 を︑ 自 分 た ち の 働 き を 助 け 強 め る 協 力 者 と 見 る よ う に な り ま し O ︵ 非 政 府 組 織 ︶ は︑ 地 域 コ
る 災 害 対 応 活 動 が ま れ な 事 象 で は な く︑ 継 続 的 な ミ ニ ス ト リ ー と な る 現 実 に 直 面 し て い ま す︒ 困 窮 し て い る 人 々 を 助 け︑教会のよい証しとなるという意味で︑このような潮流は教会に多くの恩恵をもたらしますが︑同時にそこには教会 や信仰共同体が注意すべき数々のリスクもあるのです︒例えば︑災害や災害状況の報告が︑コミュニティーとそのニー ズについての理解を歪めてしまう危険性があります︒また外部の団体から資金を受ける際のリスクや︑災害救援と復興 支援を教会ミニストリーの中心としてしまうリスクもあります︒この講演では︑そのようなリスクを減らす選択肢とし て︑教会の根幹的使命と一致する︑災害支援ミニストリーのいくつかのモデルを提示し︑最後にトレーニングとミニス トリーについての勧告をもって締めくくることとします︒
序論
二〇一一年三月︑日本のキリスト教会は日本国民全体と共に︑突然目を覚まさせられるような経験をしました︒長く 信じられてきた安全やコミュニティー︑日本の人々にいかに仕えるべきかといった前提は︑東北沿岸の多くのコミュニ ティー同様︑津波によってすっかり洗い流されてしまったのでした︒
こ の よ う な 災 害 は︑ 私 た ち の 注 意 と 行 動 を 喚 起 し ま し た︒ そ れ は 自 然 災 害 と 呼 ば れ る 一 方︑ 市 民 災 害 と も 言 え る で しょう︒なぜなら市民コミュニティー全体が跡形もなく破壊され︑住民の命が失われ︑移住を余儀なくされ︑大変な苦 しみを味わうからです︒こうした災害は︑私たちとコミュニティーの関係やキリスト者としての責任に課題を投げかけ て い ま す︒ 多 数 の 行 政 組 織 や 民 間 団 体 が 災 害 に 関 わ っ て い る 中 で︑ 教 会 に と っ て 適 切 な 役 割 と は 一 体 何 な の で し ょ う
か? 教会が救援団体の一つのように行動するとしたら︑その独自の﹇教会ならではの﹈使命はどのように維持し続け るのでしょうか︒終わりがないような災害の繰り返しの中で︑教会が限りある人的︑物質的資源を提供し続けるリスク をどう考えたらよいでしょうか︒
緊 急 支 援 で あ れ︑ 長 期 に わ た る 復 興 支 援 で あ れ︑ 災 害 に 対 す る 支 援 に 教 会 や 信 仰 に 基 づ く 団 体 の 関 わ る 度 合 い が 高 まっています︒宗教系非政府組織︵
N G 政 策 な ど に よ っ て︑ 二 〇 〇 一 年 か ら 二 〇 〇 五 年 に か け て︑ 信 仰 に 基 づ く 団 体 に 対 す る Hear n, 2002 Charitable Choice 大きな役割を担うというものです ︵ ︶︒例えばブッシュ政権下で制定された ︵慈善の選択︶ 呼ばれるもので︑開発における行政当局の役割を減らし︑教会や信仰に基づく団体などの地域に根ざした団体が︑より New Policy Agenda か の 国 で は︑ 災 害 支 援 に 関 わ る 教 会 へ の 直 接 資 金 提 供 が 行 わ れ て い ま す︒ こ れ は ︵ 新 政 策 条 項 ︶ と を後押ししているのは︑行政当局や他の資金提供者の信仰に基づく団体を支援しようとの意思の高まりであり︑いくつ O ︶の数は︑世界的に見て過去数十年で著しく増加しました︒このような成長
U S A I 手 の 届 か な い 人 々 が い る︑ と い う 認 識 で す︒ 行 政 や 巨 大 資 金 提 供 は 一 七 億 ド ル ま で 増 加 し ま し た︒ こ の よ う な 潮 流 を 牽 引 し て い る の は︑ 行 政 組 織 に よ る 援 助 が う ま く い か ず︑ D ︵ 米 国 政 府 支 援 金 ︶ の N G で あ り︑ そ れ ゆ え に 行 政 当 局 や O と は 対 照 的 に︑ 教 会 は 地 域 に し っ か り と 根 付 い た 存 在 N G のを行政当局や 支援活動に巻き込むことは︑まずボランティア参加者の供給源という観点からスタートしましたが︑やがて教会そのも O の 働 き を 地 域 に 届 け る た め に︑ 有 益 な 協 力 者 で あ る と 見 ら れ て い ま す︒ 教 会 を N G O の業務を遂行する主体として採用するように変貌したのです︒
このような信仰に基づく団体の災害対応参画の潮流と並行して︑災害そのものの発生頻度︵グラフ
数︵グラフ 1 ︶と罹災者の人
2 ︶のいずれもが劇的に増加しています︒この増加の理由が︑災害がより強いからなのか︑災害の通り道に
グラフ1:1900年から2011年までの自然災害の発生件数
グラフ2:1900年から2011年までの災害による罹災者の人数
1900 1910 1920 1930 1940 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010
050100150200250300350400450500550
Natural disasters reported 1900--2011
自然災害発生件数
年
(出典:The Center for Research on the Epidemiology of Disasters(災害罹災者 調査センター)資料,2013年12月2日付。Natural Disasters Trends <http://www.
emdat.be/natural-disasters-trends>)
(出典:同上)
1900 1910 1920 1930 1940 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010
0100,000,000200,000,000300,000,000400,000,000500,000,000600,000,000700,000,000
Number of people reported affected by natural disasters 1900--2011
罹災者の人数
年
より多くの人がいたからなのか︑については議論が分かれるところですが︑物質的破壊と人命損失が増大していること は明らかです︒
ここに挙げた種々の潮流は︑教会にとってチャンスであると同時に脅威でもあります︒それらは日本の教会や神学校 に︑以下のような貴重な教訓を提供していると思います︒すなわち︑災害時における教会の適切な役割は何か︑また行 政に任せるのが最善なのか︑災害をどのように教会の根本的な使命と関連づけるべきなのか︑についてです︒本稿の目 的はそれらの脅威や教訓を明示することによって︑他の教会や信仰共同体がそれらを認識し︑そのような課題に対応で きるよう備えることにあります︒そして教会に対して︑災害関連ミニストリーへの対応手段を備えさせ︑かつ教会の根 源的使命を損なうリスクを最小限に食い止める︑明確な神学的土台に立った戦略を提言いたします︒
教会の使命
災 害 ミ ニ ス ト リ ー に 従 事 す る 上 で の リ ス ク を 理 解 す る に は︑ ま ず 何 が リ ス ク に さ ら さ れ て い る の か を 正 確 に 定 義 し な け れ ば な り ま せ ん︒ 私 た ち は︑ ま ず 教 会 を 定 義 す る 働 き︑ す な わ ち︑ 教 会 に は 存 在 理 由 の 本 質 と な る 特 定 の 働 き が 存 在 す る︑ と い う 大 前 提 か ら ス タ ー ト し た い と 思 い ま す︒ も し そ の 教 会 を 定 義 す る 働 き を 脅 か す よ う な も の が あ れ ば︑ ︵ 完 全 に そ れ を 回 避 で き な い な ら ︶ 最 大 限 の 注 意 を 払 い な が ら ア プ ロ ー チ す る 必 要 が あ る で し ょ う︒ 極 端 な 場 合︑ 万 一 こ の よ う な 教 会 を 定 義 す る 働 き に つ い て 妥 協 す る こ と に な れ ば︑ 教 会 の 第 一 義 的 な 使 命 と ア イ デ ン テ ィ テ ィ に つ い て も ま た︑ 妥 協 し て し ま う こ と に な り ま す︒ そ の よ う な 教 会 を 定 義 す る 働 き の 中 で︑ 以 下 の 三 つ の 働 き が こ こ で 論
じ て い る 災 害 支 援 に 特 に 関 係 す る と 思 わ れ ま す︒ す な わ ち 地 の 塩 と し て の 教 会︑ 世 の 光 と し て の 教 会 へ の 召 し︵ マ タ イ 福 音 書 五・ 一 三 ︱ 一 六 ︶︑ そ し て 聖 書 全 体 を 貫 い て 繰 り 返 さ れ て い る 弱 者 に 奉 仕 せ よ と の 召 し︵ 例 え ば マ タ イ 福 音 書 二五・三五︑使徒一〇・四︶ ︑という三つの働きです︒
塩は地に浸透します︒塩という比喩は︑教会が世を保全し︑世が堕落に陥るのを守る働きを指しています︒イエスは 自らを塩とは言っていないことに注目しましょう︒彼の弟子たちが塩であり︑それも教会の中に対してだけの塩ではな く︑地上全体に対する塩である
000︑と言っているのです︒また︑塩になりなさい
00000とか︑塩になるべきだ
00000︑とは言っていま せ ん︒ あ な た が た は 塩 で あ る と 言 っ て い ま す︵ Bonhoef fer , p.104 ︶︒ し た が っ て 世 に お け る 私 た ち の 存 在 は 必 要 と さ れ︑ 期 待 さ れ て い る の で す︒ 私 た ち は ま た︑ 塩 が そ の 味 を 失 う こ と が あ れ ば︑ そ の 塩 は も は や 価 値 を 持 た な い︑ と 警 告 な さ っ て い ま す︵ マ タ イ 福 音 書 五・ 一 三 ︶︒ こ の 警 告 は 私 た ち の 論 点 に 通 じ ま す︒ す な わ ち 地 の 塩 と し て の 教 会 の 役 割 を 脅かすものは何であれ︑教会の土台を脅かすものだ︑ということです︒
光は可視性に関わる比喩です︒すなわち︑他の人々の目に見える状態であることに関係します︒塩の場合と違い︑キ リストはご自分を光だと言い︑弟子たちにも各々の光を他者に見えるようにせよ︑と説いています︒教会の働きは︑ま さに世界中に見えるものでなければなりません︒
しかしそれはどのような光でしょうか︒目に見えるべきものとは一体何なのでしょうか︒このことについてボンヘッ ファーは︑キリストが弟子たち全員を召された働きとはすなわち︑貧しい人々に仕えること︑平和︑服従︑そして山上 の説教で説かれた至福の教えの内容である︑と言っています ︵ Bonhoef fer , 1949 ︶︒
教会がこの地を保全し︑他者の目に見えるように行動する場合︑その働きに特有な性格というものがあります︒聖書 は明確です︒私たちはこれらの内の最も小さい者のためにしなければならない︑と命令されています︒また︑困難な状 況にある人々を見て行動を起こす︑良きサマリア人の譬えがあります︒これは弱き者や被害を受けやすい者を目にした ら︑彼らが教会の信者であるか否かにかかわらず︑支援することの重要性を謳っています︒どこであろうと彼らがいる その場所で彼らを支援するよう命じられているのです︒このように教会は災害が発生したら進んで対応するのが当然で あり︑それが教会活動の重要な分野の一つであることに間違いはありません︒私たちの論点は︑災害に対応すべきか否 かではなく︑困窮している人たちに対して︑塩であり︑光であり︑憐れみ深いという教会のアイデンティティに一致す る方法で︑どのように対応すべきなのか︑ということではないでしょうか︒
ここで主題の核心に迫りましょう︒災害に関して︑教会はあくまでも教会として行動しなければならない︑と提言し ます︒すなわち教会は︑塩となり︑光となり︑そして憐みを施すという命令に仕える形で行動するということです︒や り方によっては教会の使命と競合し︑それを損なう関わり方というものもあります︒教会はその区別を理解しなければ なりません︒
さらに ﹁社会的福音﹂ ︵ social gospel ︶ という問題に触れておきましょう︒これは保守派の間で長い間懸念されてきた 問題なのですが︑教会がコミュニティーに仕えるような活動に従事していると︑社会的奉仕機関としてのイメージを与 えてしまい︑真の福音のメッセージが正しく伝わらなくなる︑という懸念です︒我々の分析はこの懸念を支持していま す︒一九三〇年代から一九四〇年代にかけて盛んだった自由主義神学運動は︑教会の社会的使命に関する神学的基盤の
構築が貧弱で︑それが保守的神学への反動であったために社会的ミニストリーと福音宣教の間に無用な分裂を生じさせ る こ と に な っ た︑ と 論 じ て い ま す︵ Metaxas, 2010 ︶︒ こ れ は 私 た ち の 論 点 に 一 致 し ま す︒ 再 度 申 し 上 げ ま す が︑ 私 た ち は塩であり︑光であり︑困窮している人々を支援するように命令されていますので︑コミュニティーと関わることに関 しては選択の余地がありません︒しかし重要なのは︑教会がそれをどのように行うのか︑ということなのです︒
残念ながら︑災害時にどのようにこの使命を果たすべきか︑について歪みをもたらす二つの要因が存在します︒一つ は 災 害 に 対 す る 私 た ち の 理 解 と 対 応 で あ り︑ も う 一 つ は 公 共・ 民 間 の い ず れ を 問 わ ず︑ 他 の 支 援 組 織 と 教 会 の 関 係 で す︒それぞれの歪みとそこから生じるチャレンジを検証し︑それらの課題に対応するミニストリーのモデルを考えてみ ましょう︒
災害への私たちの誤った認識
災害に関して問われると︑一般の人々は竜巻や津波や地震など︑過酷な事態を思い浮かべます︒しかしこれは︑災害 を予測不可能で︑過酷で異常なものだけだ︑と考える偏見に基づくものです︒このような偏見はいくつかの要素が複合 したものです︒まずメディアは最も報道価値がある過酷で例外的な事態に焦点を当てます︒焦点が当てられるのは短時 間だけで︑やがて次の大きな事態へとメディアの焦点は移っていきます︒このようにして︑私たちは災害が短期間で終 わ る も の だ︑ と 考 え る よ う に な り ま す︒ さ ら に 災 害 現 場 か ら の 映 像 は 印 象 的 で︑ は っ き り と 思 い 出 し や す い も の で す︒ 津波によって内陸へ押しあげられた船や︑九・一一同時多発テロで︑ワールド・トレード・センターに突っ込んだ飛行
機 の イ メ ー ジ の こ と な ど を 考 え て み て く だ さ い︒ メ デ ィ ア で 何 度 も 繰 り 返 し 報 道 さ れ︑ 明 確 な 映 像 に 関 連 づ け ら れ た 出 来 事 は︑ い ず れ ま た 起 き る の で は な い か︑ と 思 わ さ れ る の で す︒ こ れ を 利 用 可 能 性 ヒ ュ ー リ ス テ ィ ッ ク︵ availability heuristic ︶ と 呼 び ま す︵ Car roll, 1978 ︶︒ 明 確 で 劇 的 な 映 像 で 何 度 も 繰 り 返 し 見 せ ら れ る こ と に よ っ て︑ 人 は 誰 で も リ ス クの認識を歪められてしまうのです︒アメリカでは誰でもテロについての意識がきわめて高く︑多くの人が航空機に乗 ることを避けます︒実際には︑航空機事故で死ぬ確率より︑パジャマに火が燃え移って焼死したり︑落雷で感電死した り︑ 蜂 に 刺 さ れ て 死 ん だ り︑ 落 花 生 ア レ ル ギ ー で 死 ぬ 確 率 の ほ う が 高 い に も か か わ ら ず で す︵ Pinker , 2011 ︶︒ 言 い 方 を 変えれば︑ある出来事の発生可能性や必要性の度合いを考えるとき︑人は事実よりも︑自分の想像力の鮮明さとそれを 聞く頻度によって左右されがちだ︑ということです︒ニューヨークタイムズで報道された災害の状況を示すグラフ
ます︒ ご覧になり︑考えてみてください︒最初の一〇日間の関心の度合いは際立っていますが︑その後は関心が急降下してい 3 を
寄付金の額で測った災害への対応も︑ハイチ地震への寄付金額が地震発生後三日以内に最高額に達している︵グラフ
同時に︑災害とは緊急の危機に関することである︑という見方を強化するものです︒ 4 ︶ように︑類似の曲線を示しています︒このような関心度の短期性は︑ニュースの関心が短期的であるということと
これまで行われてきた災害支援活動の経験から︑私たちはこのような危機の見方がもたらすいくつかの結果を認識し ています︒一番目に︑このような見方は災害を緊急的危機であると定義し︑長期的な影響や必要を無視してしまう︑と いうことです︒緊急的危機に焦点を当てると︑長期的な関わりではなく︑過酷な出来事の発生によって駆り立てられた 災害へのアプローチになってしまいます︒出来事の発生に焦点を当てると︑人々が関心を失い︑技能が低下するにつれ
$900,000,000
$800,000,000
$700,000,000
$600,000,000
$500,000,000
$400,000,000
$300,000,000
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Total Haiti Donations through Network for Good by Day
1/13/2010 1/14/2010 1/15/2010 1/16/2010 1/17/2010 1/18/2010 1/19/2010 1/20/2010 1/21/2010 1/22/2010 1/23/2010 1/24/2010 1/12/2010
(出典:The Center for Research on the Epidemiology of Disasters(災害罹災者調査セ ンター)資料,2013年12月2日付)
(出典:Haiti Relief Trends Observed on $4 Million in Network for Good Donations
(Network for Good資料,2010年1月22日)<http://www1.networkforgood.org/
ckfinder/userfiles/files/HEQ_Bulletin_2_2_10.pdf>
グラフ3:主な大災害のメディアへの掲載傾向
グラフ4:ハイチ地震救済の寄付パターン
The Issue-Attention Cycle for News Coverage of Natural Disasters
Katrina
Katrina tsunami Haiti
tsunami Haiti
0 10 20 30
0
-7 10 20 30 40 50 60 70 80 90
ニューヨークタイムズ誌記事件数
災害後の日数