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ディスカッション(シンポジウム 東西文化交流と比 較神話)

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ディスカッション(シンポジウム 東西文化交流と比 較神話)

雑誌名 東西南北

2002

ページ 51‑54

発行年 2002‑03‑20

URL http://id.nii.ac.jp/1073/00003602/

(2)

シンポジウム○東西文化交流と比較神話ディスカッション

司会時間があまりないので︑一つ︑二つだ

け︑どうしても聞いておきたいことはござい

ますか︒参会者きょうはすごく刺激的なお話をして

いただき︑ありがとうございました︒お三方

にそれぞれお伺いしたいのですが︑神話学と

してはそれぞれ違う立場で︑お話をされたと

思いますが︑各神話の共通性とか︑類似とか︑

アナロジーとかというものが︑鶴岡先生の場

合であれば︑イメージとして交流があるとい

う現実に基づいているわけで︑これはちょっ

と今回の話とは違うかもしれませんが︑基本

的には実際に文化交流があったと︒しかし︑

例えばユングの元型的な話のような︑そうい

った神話構造自体が人間の中にアプリオリに

あるんじゃないか︑という考え方を全くとら れておられないのかどうか︑先生方にお聞きします︒吉田全くとっていないわけじゃなくて︑今回はこの講演の全体のテーマの趣旨に沿って︑私の研究のそれに合った部分をお話ししたわけです︒私は︑ユング心理学の日本におけるその方面の第一人者︑河合隼雄先生とご一緒に︑﹁日本神話の思想﹂︵ミネルバ書房︶という本を出しておりまして︑そこではユングの元型という考え方を大いに取り入れています︒

ですから︑今まさにご指摘のように︑神話

の類似というのは二つの場合があると思うん

です︒例えばユングが言うように︑人間が心

理的に成長していく過程でもって︑どうして

も一人前になるために克服しなければならな

い問題を︑ユングは母殺しという大変どぎっ い言い方で表現しています︒そして︑世界中どこでもその問題を克服しなければいけないので︑自分が心理的な成長を遂げるために︑その桂桔から逃れなければならない︒元型的な母親︑デヴォァリング・グレート・マザーと言うわけですが︑そういうものと対決をして︑それに勝つ︑殺してしまう︑それでもって初めて一人前になれるんだと︒そのユングの言う﹁母殺し﹂の表現と思われる英雄による怪物退治の神話は世界中に共通してあるわけです︒

ただ︑じゃあどこでもそれが同じなのかと

いったら︑やはり違いがあると思うんです︒

日本の場合︑河合先生のご著作がなぜこれ

だけもてはやされるか︒本屋さんに行って私

の本を取り上げてごらんになると︑大概︑第

妬 1 −

(3)

二刷とか︑後ろに書いてあります︒河合先生

の本を開いてみると︑二十何刷とか︑すごく

売れるんです︒それはなぜかというと︑これ

は日本の文化の特徴でして︑日本の人にとっ

てユングの言う母殺しというのは欧米の人よ

りもさらにいっそう困難なことであって︑ほ

とんどの日本人は母殺しができていない︒母

離れができていないわけです︒

例えば素芙鳴尊の八岐大蛇退治というのは︑

まさにユングの言う元型的デヴォアリング・

グレート・マザーの殺害がそこに表現されて

いるのですが︑素芙鳴尊は確かに八岐大蛇を

退治して︑クシナダヒメと結婚するわけです︒

そこまではペルセウス型の神話そのものなん

ですけれども︑それでもってせっかく手に入

れた草薙の剣を︑自分の姉さんの天照大神に

献上してしまうわけです︒草薙の剣というの

は︑さっき申しました三種の神器の一つです

から︑これを手に入れたということは︑そこ

で素芙鴫尊は葦原中国の支配者の力を手に入

れたわけです︒

素斐鴫尊は︑生まれたときに父親の伊邪那

岐命に︑﹁汝命は海原を知らせ﹂と言われた

のに︑ヨモックニにいるお母さんが恋しくて︑ それができなくて泣きわめいてばかりいたわけです︒その素芙鳴尊が八岐大蛇を退治した︒これはまさにユングの言う母殺しを遂げたわけです︒けれども草薙の剣を︑今度は自分の母親代理に見立てていた天照大神に献上したということは︑素芙鳴尊はペルセウスとは違って︑母殺しをしてもまだ母離れできない.

河合先生は︑日本の男はみんな永遠の少年

だと︒これは母離れのできない︑母殺しので

きていない男のことを言うわけですが︑永遠

の少年の社会だとか︑母性社会日本だとか︑

そういうふうにおっしゃいます︒

そういう意味で日本の神話を考える場合に

は︑そういう元型が確かに表現されている︒

だけどそれがほかの文化で元型が表現される︑

その表現のされ方とは︑日本の場合は独特の

違いがある︒そういうことが考えられるんじ

ゃないかと思います︒

司会よろしいですか︒

鶴岡バスがあるので︑終わってからここで

お話ししますので︒

司会私もどうしていいかよくわからなくな

っておりますが︑バスをお気になさらない方

が多いのであれば︑もう少しお話を続けても よろしいんですが︑いかがでしょうか︒松村私は特にないです︒吉田先生が十分に委曲を尽くしてお話しくださったと思います︒司会それでは︑あわただしい中で申しわけありませんが︑締めの言葉を︑和光大学の表現学部長︑前田耕作先生にお願いしたいと思います︒前田結語をということですが︑結びの言葉というふうに理解していただければいいと思います︒

三時間に及ぶそれぞれのスピーチに︑大変

感動しております︒皆さんのおかげできちん

と三時間︑密度の高い時間をここで過ごさせ

ていただいたのを︑大変ありがたいと思って

おります︒

先生方も実にすばらしい話を披露していた

だいたと思います︒スキタイの話から始まり

まして︑ケルトまで至って︑まさに洋の東西

を神話の構造をもってつないでいただいた吉

田先生︑それから鶴岡先生は︑イメージの断

続を通して︑にもかかわらずイメージの存続

の力というものがいかに強烈であるかという

ことを︑私たちに語りかけてくださいました︒

いずれも心に残ることは︑最初に吉田先生

− 0 う 2

(4)

がおっしゃったように︑比較神話学が成立す

るときに︑一つの枠組みをつくって比較をし

ていくわけです︒そしてその枠組みというの

はインド・ヨーロッパという枠組みなのです

が︑その枠組みを維持しないと︑いわば比較

の糖密度︑あるいは信懸性というものが改め

て問われるということになりますから︑その

枠組みの中できちんと成立してきました︒そ

の枠組みを︑鶴岡先生も吉田先生も超えられ

て︑インド・ヨーロッパの枠組みをはずされ

た︒その問題提起を︑一つは神話の構造を通

して︑一つはイメージの変容を通して話され

たということは︑非常に大きな意味があった

と私は受けとめました︒先生方ならではとい

うことです︒

それから︑松村先生は︑﹁オデュッセイァ﹂

から﹁ロビンソン・クルーソー﹂を経て︑そ

して﹁ユリシーズ﹂まで︑どういう変容があっ

たのかということを展開していただきました︒

﹃オデュッセイア﹂については︑やや点が

辛いのではないかと︑﹁オデュッセイァ﹂フ

ァンといたしましては︑いささか納得しかね

ると思わぬ点がないわけでもなかったんです︒

﹁オデュッセイア﹄の主人公オデュッセウ スは確かにトロイの戦争に勝って帰国の途につくわけですが︑彼は偉大な戦士として多くの人びとを殺してしまった︒帰還途上の流浪の旅は︑その魂をいかに浄化するかという根本的課題を背負ってのことでした︒これを﹁ロビンソン・クルーソー﹂ごときと一緒にされてはとてもたまらない︑というのが私の思いです︒

そういう感じがいたしましたが︑さてやが

てジョィスの﹁ユリシーズ﹂に受け継がれて

いって︑いわば二○世紀の散文世界というも

のを対象にしたときに︑はたして﹁オデュッ

セイア﹂のような問題がどのようにつかまえ

なおされるのか︒私はジョイスもまた魂の問

題を依然として引きずっているという意味で

は連続性があると思っております︒

このことは私が発見したことではなくて︑

ホメロスにおける魂問題というものをテーマ

化したエルビン・ローデーという偉い学者が

いて︑たまたまそれを今︑学生たちとゼミで︑

魂とはいかなる構造のものかということを

﹁オデュッセイァ﹂を通して読んでいるので︑

思いいたったということです︒

それはともあれ︑スキタイの話は非常に象 徴的だったと思います︒これは鶴岡さんのスキタイ︑サルマタイの文様の話も通してですが︑黒海の上側がいわばスキタイですから︑そのスキタイからもう少しアジア側のカスピ海に寄ったところのサルマタイというようなものが︑東西の文化を考える上で非常に大きなブリッジをかけているということが伝わったのではないかと思います︒

そのときに鶴岡先生はロストフッェフとい

う人の名を挙げられましたが︑ロストフッェ

フは︑一九一七年のロシア革命の後︑ロシア

のその後の歩み方に異議を唱えて︑アメリカ

にやがて亡命せざるを得ないという人生をた

どった人ですcそういう一つの歩みと︑もう

一つは︑そういう自分の運命をやむなく選択

させている背景に︑一つのキリスト教社会な

らキリスト教社会の社会観みたいなものを背

負っておられて︑それに対する反発も一つあ

って︑彼はもう少し遊牧的なものを︑最近の

はやりの言葉で言うと反思考的と言うんでし

ょうか︑そういう研究をロストフッェフは抱

え続けた人だったというふうに思います︒

最近︑幸いなことに︑ロストフッェフの

﹁ローマ社会経済史﹂という巨大な本が翻訳

0 5 3 ‑ ‑

(5)

されました︒翻訳者のあとがきを見ますと︑

二五年かかって訳したということです︒今時

そういう人がいるのだというので︑それにも

改めて感動いたしましたが︑実は私たちはロ

ストフッェフのことをよく知っていて︑昔︑

新潮社から出ました﹃隊商都市﹂という本が

あります︒パルミラという︑シリア砂漠の東

の方︑ユーフラテスの川岸にある︑一つの遺

跡の発掘に彼は携わるわけですが︑そこでい

わば東西をつなぐ一つの文化を発見したんで

す︒これがパルティアというもので︑彼はパ

ルティア文化の存在ということを初めて提起

しました︒私たちもまたそのパルティア文化

論に非常に大きな影響を与えられたことを覚

えています︒

それはなぜかというと︑パルティアはガン

ダーラの芸術と非常に深いつながりがあった

からなのです︒それが立てられるまでは︑ロ

ーマあるいはヘレニズムとガンダーラとの間

に文化的なブリッジを架けることができなか ったのです︒それをブリッジできるものがパルティアで︑パルミラを中心としたところに独自に花開いた文化だったのです︒このことをロストフッェフが指摘して︑これに一つの文化として名称をつけるべきだということを彼は提案したのです︒そのことによって初めてブリッジがかかったという︑そういう経験がありました︒

私がしゃべっていてはいけませんので︑結

びの言葉ですが︑きょうの講師の方の長い熱

弁に皆さん方がご支持を与えてくださったこ

とを︑大学といたしまして︑あらためて感謝

を申し上げます︒

先生方の紹介が前後しますが︑吉田敦彦先

生はもっとも早くジョルジュ・デュメジルと

いう世界的な比較神話学者に学ばれ︑その比

較理論を日本神話に適用され︑こんにち独自

の日本文化論を展開されている方です︒デュ

メジルが一九六六年に出した﹁古ローマの宗

教﹂という画期的な大著の序文に︑私はアシ ピコ・ヨシダの名を初めて目にし驚いた思い出があります︒

鶴岡真弓先生は和光大学の﹁象徴図像研究

会﹂に当初より加わっていただき︑共に勉強

してきました︒エミール・バンヴェニストの

名著﹁インドーョーロッパ語棄集﹂の翻訳出

版の仕事もいっしょにいたしました︒それに

バンヴェニストとデュメジルが友人であった

ことも︑不思議な縁を感じます︒鶴岡先生は

一九八九年に﹁ケルト/装飾的思考﹂を出版

され︑衝撃をもって多くの人びとに迎え入れ

られました︒

このおふた方に今日︑ここにつどいよって

下さったことを感謝しないではおれません︒

先生方︑ありがとうございました︒

これを機会に和光大学のほうに足を運んで

いただきたいと思います︒これは先生方にも

お願いしますし︑聴衆の皆様にもお願いをし

たい︒

ありがとうございました︒

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