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論 文 の 和 文 要 旨

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Academic year: 2021

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様式3号

論 文 の 和 文 要 旨

張 巧鳳

(博士論文の題目)

日本におけるエアロビックダンスの受容と展開に関する歴史的研究(1971-1986)

(博士論文の要旨)

本研究は、日本においてエアロビクスが導入されて以降、エアロビックダンスによる傷 害が多発するまでのプロセスに着目し、エアロビックダンスがどのように受容され、また その後どのように国内に普及していったのかについて検討し、日本におけるエアロビック ダンスの受容と展開の過程を明らかにするものである。本論で検討した結果は以下のよう にまとめられる。

1.アメリカ空軍の軍医であったケネス・H・クーパーは、人の体力は酸素の供給能力で決 ま る と す る エ ア ロ ビ ク ス 理 論 を 提 唱 し 、1968(昭 和 43)年 に そ の 研 究 成 果 を 著 書

『AEROBICS』の刊行によって世間に発表した。このエアロビクス理論は、後に開発さ れるエアロビックダンスの科学的基礎ともなった。1971(昭和 46)年、ジャッキー・ソー レンセンは自らが長年取り組んだダンスにエアロビクス理論を取り入れ、エアロビック ダンスの一種である「エアロビックダンシング」を考案した。その後、ジェーン・フォン ダの「ワークアウト」などエアロビックダンスのプログラムが次から次へと誕生し、そ の波が日本を含む他の国へと広がっていった。

2.1970 年代の日本において、理論の面ではクーパーの著書の邦訳、エアロビクスに関す

る研究、エアロビクス理論及びその実際に関する新聞・雑誌記事、さらに健康づくりに 関する訳本・著書という各方面から、また実践の面では淀川善隣館を中心とした健康推 進運動によって人々に紹介された。このように、1968(昭和 43)年にアメリカで発表され たクーパーのエアロビクス理論は、エアロビックダンスに先立って1970年代に日本へと 導入された。当時、「エアロビクス」はジョギング、サイクリング、スイミングなどの有 酸素運動として正しく解釈された。

3.ソーレンセンがエアロビクス理論に基づいて考案したエアロビックダンシングは、

ADI(Aerobic Dancing.Inc.)日本支社の創設により、日本へと導入された。1981(昭和56) 年には朝日新聞社がクーパーを招待して「朝日エアロビクス・セミナー」を開催し、エ アロビクス理論の紹介とエアロビックダンスの指導が行われた。こうして、エアロビク ス理論に基づいたフィットネスの一つとして、エアロビックダンスが日本へと導入され

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様式3号

た。しかし、朝日エアロビクス・セミナーにおいて、エアロビクス理論の実践方法とし てジョギングやサイクリング、スイミングなどではなくエアロビックダンスが披露され たことは、以降の日本で「エアロビックダンス=エアロビクス」というイメージが広が っていくきっかけとなった。

4.1982(昭和57)年に入ると、フィットネスクラブ「ザ・スポーツコネクション」とスタジ

オ「NAFA」がアメリカからエアロビックダンスを取り入れた。同年、広告代理店の第一 企画はスポンサーの大塚製薬と提携し、テレビ番組「エアロビサイズ」を放映するとと もに、国内で「オロナミン C エアロビクスキャンペーン」を展開した。これらはいずれ もビジネスの世界と深く結びつき、企業のビジネス戦略の一環としてエアロビックダン スを捉え、日本へと取り入れたことによる。この過程において、「エアロビクス」という 語がエアロビックダンスを指す言葉として用いられ、エアロビックダンスに「レオター ド姿の若い女性によるセクシーな激しいダンス」というイメージが付与された。

5.エアロビックダンスの移入後、企業はそのブームに便乗し、エアロビックダンスのビデ オの輸入やテレビ番組の制作を行い、さらにはエアロビックダンスを企業や商品の広報 活動に用いた。また、すでにヨガやジャズダンスなどの練習着として広まっていたレオ タードがエアロビックダンス時の服装として定着すると、レオタードの変化とともにエ アロビックダンスの性的なイメージが強調されるようになった。

6.1980 年代前半の急激なブームにより、エアロビックダンスを専門とする指導者が不足

し、プログラムの研究も遅れた。にもかかわらず、エアロビックダンススタジオやフィ ットネスクラブなどの関連施設が拡大したことで、理論に基づかないプログラムと未熟 な指導が広がっていった。また、1983(昭和 58)年の全日本エアロビック選手権大会をき っかけとして、エアロビックダンスの競技化が進行した。このことは、エアロビックダ ンスが激しいものであるという認識を広めることにもなり、インストラクターも愛好者 も激しいエアロビックダンスを求める傾向がみられるようになった。

このような受容と展開の過程において、エアロビクス理論という科学的根拠が見落とさ れていき、ファッション性や激しさばかりが求められた結果、エアロビックダンスの実施 に伴う慢性的なケガに悩まされる人が増加し、1986(昭和 61)年にはエアロビックダンスに よる傷害の発生が大きな社会問題となったのである。

参照

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