要旨李花亭文庫蔵の写本﹃としなかこう﹄を翻字・紹介し︑その成立と特徴についての解題を付す︒
翻
刻﹃としなかこう﹄
入口敦志
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翻刻「としなかこう」(入口)
金沢県立図書館の藤岡作太郎旧蔵李花亭文庫に︑﹁としなかこう﹂なる一冊の写本が所蔵されている︒
﹁としなかこう﹂とは加賀藩第二代の当主となった前田利長︒本書は利長の逝去を機として書かれたものと推察さ
れ︑利長を追悼するとともに︑それを契機とした説教のかたちをとっている点で非常に興味深い︒
利長は永禄五︵西暦一五六二︶年︑前田利家の長子として尾張にて生︒母は利家の正室芳春院︒幼名︑犬千代︑の
ち孫四郎︒はじめ諄を利勝といい︑のち天正十七︵一五八九︶年︑利長と改める︒最初父とともに織田信長に仕え︑
﹄えい天正︵一五八二九年︑信長の娘永を要る︒信長死後一時豊臣秀吉と敵対するが︑その後臣従︒同十二年から十三年
にかけて越中にあった佐々成政を破り︑十三年越中砺波︑射水︑婦負郡に封ぜられ︑守山城に移る︒このとき羽柴の
姓を許され︑肥前守となる︒慶長三︵一五九八︶年︑父利家の隠居に伴い家督を嗣ぎ︑このとき従三位権中納言とな
るが︑同四年権中納言を辞す︒同五年の関ヶ原の戦には東軍につき︑戦後加賀︑能登︑越中一二○万石を領した︒同
十四年家督を弟の利光︵のち利常と改める︶に譲り︑富山城に隠居︒のち富山城の焼失により︑越中関野に城を建て
て移り︑地名を高岡と改める︒慶長十九︵一六一四︶年︑数年来の持病である腫れ物の悪化により︑五月二十日高岡
城にて逝去︒享年五十三歳であった︒
﹁としなかこう﹂は利長危篤の様子から死後の領民︑一族の悲しみの場面から始まる︒なかに出る﹁御だいさま﹂
︵二丁表一行目︑以下﹁2オー﹂のように記す︶は正室の永・永は利長死後落飾して玉泉院と号し︑金沢に移り住み︑
元和九︵一六二三︶年五十歳で没する︒﹁同筑前守利光﹂︵2オ9︶は右に出る第三代利常︒利光が筑前守を拝領した
のは慶長十︵一六○五︶年︑名を利常と改めたのは寛永六︵一六二九︶年のことであり︑そのときには肥前守を拝領
している︒
この二人の遺族が利長の死去に際して︑古歌を引いて悲しんだとの記述があるが︑外にそのことを示す資料を見い
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さらに︑本書には﹁はうゑん寺と申ほたひ所﹂︵3オ8︶で葬儀が執り行われたことを記している︒これも記録類
にある﹁宝円寺﹂であろう︒宝円寺は慶長年中に利長が広山恕陽を金沢から高岡に呼び寄せて創建した曹洞宗の寺で︑
利長没後その法号にちなんで瑞龍寺と改名されたという︒その改名の年月はつまびらかではないが︑葬儀ののちしば
らくしてからと考えるのが自然であろう︒だとすれば︑本書が﹁ほうゑん寺﹂とのみ記していることも本書の成立が
利長没後の早いうちであった可能性を示唆していよう︒
本書の末尾の元和七年という日付は成立年か書写年か不明︒以上の考察からみて︑書写年と考えるのが妥当である 歴譜﹂︵あろう︒ だせないため︑史実であるかどうかは不明︒ほかの内容から見てこの著者が利長の近辺にいた人物とは考えられないため︑むしろ仮託しているととるべきか︒
利長の戒名は加賀藩の諸記録類によれば﹁瑞龍院殿前黄門正二位大納言聖山英賢大居士﹂︵イ︶であるが︑本書で
は﹁すひりういんてんしやうさんみさきのかうもんしやうゑいけん大こし﹂︵1オー〜︶︵gとし︑また後半に漢字
で﹁瑞龍院殿従三位前黄門聖山英渭大居士﹂︵妬ウ4〜︶︵ハ︶と記している︒ここで官位に注目すると︑利長が正三
位であった記録は見られず︑︵ロ︶の﹁しやうさんみ﹂は誤りであろう︒ただし仮名で﹁さんみ﹂と書かれているた
め︑﹁二位﹂を誤ったととるよりは﹁従三位﹂を誤ったととるほうが自然か︒おそらくは﹁しゆう︵従︶﹂の﹁ゆ﹂を
﹁や﹂と書き誤ったものであろう︒さて︑利長の死の時点での官位は従三位であり︑正二位大納言は追贈である︒と
すれば︑︵ハ︶で﹁︵従三位ことし︑また︵ロ︶︵ハ︶ともに﹁大納言﹂を欠くことは︑本書の成立時期を利長没後官
位追贈以前のかなり早い時期と推測する手がかりとなるものか︒官位追贈の時期については不明であるが︑﹁加賀藩
歴譜﹂の注のごとく没年の十二月とする記録も見えることから︑没後そう遠くはない時期と考えてさしつかえないで
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翻刻「としなかこう」(入口)
作者については不明︒途中夢の中に﹁かうかく聖人﹂︵別オー︶という僧侶が登場し説法をし︑自分を﹁本国越中
森山の生まれ﹂︵別オ6〜︶で﹁ち︑はわたぬきの源太﹂︵別オ皿︶と名乗りを上げるが︑この人物についても未詳︒
年齢が九十九歳ということであれば生年は永正十二︵一五一五︶年で︑父が森山で死んだのは三歳の時︵別オⅡ︶で
あるというのは永正十四年のこととなる︒﹁わたぬき﹂という姓は近世初期の加賀藩の侍帳などにはみえない︒現在
高岡あたりに﹁綿貫﹂という姓が若干あるようではあるが︑関係づけられるものかどうかわからない︒
本書の特徴として挙げられるのは︑先に述べたように︑利長という人物の死を契機とした説教を坊佛とさせる点で
あろう︒利長の死そのものを悼むのは当然のことであるが︑その死は様々な仏教教義を引き出し︑人々に教え諭すた
めの一つの契機となっている︒そのことを端的に現しているのは︑﹁御はうみやうの文字をうき世のことわりと法の
道にわかち見たてまつる﹂︵4オ5〜︶部分であろう︒利長の法号を説くかたちを取りながら︑教えへと導く工夫が
見られる︒さらに五丁裏からと二十一丁裏からの二カ所に渡って各宗派の特徴をいうところがあるが︑それを難ずる
ことはなく各宗派間のバランスをうまくとろうとしているように見え︑そのことから特定の宗派の寺における説法で
はなく︑大勢の人々の集まる辻などでの説法と見るべきか︑興味深い点である︒
以下︑書誌を記す︒ ︑O這う︑刀
石川県立図書館李花亭文庫蔵本番号113/42
外題﹁としなかこう﹂︵元表紙の中央に書き付け︒後のもの︶
﹁としながこう﹂︵ボール紙表紙の中央に子持枠の刷題祭を張り付け墨で書き込み︶
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表紙としなかこう 表紙本文※備考
1オーいたみたてまつるすひりういんてんしやうさんみ
1オ2さきのかうもんしやうゑいけん大こしはうこの
1オ3はしめみことのりふしきいんてんきうせうまん
1オ4こしこれをなす抑十経にいわくせつさんふちう
1オ5のくすりもしるす事あたはすきはいわうのは
1オ6うしゆつもつきぬときに慶長十九きのへとら もとの表紙の外側にボール紙の表紙を付す︒表紙一丁遊紙一丁本文二十七丁裏表紙一丁本文半丁十一行詰 寸法縦十袋綴線装本快く翻刻を許可していただいた石川県立図書館に感謝申しあげます︒ 本文二十五丁裏の四行目から最後まで文字がそれ以前より大きくなる︒ただし︑同筆か︒ 十八・一横二十四・八︵センチ︶
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翻刻「としなかこう」(入口)
1ウ4きりj︲〜す夜寒に秋のなくま塗に
1ウ5よはるのこゑのとをさかりゆく
1ウ6終には御遠行なされ加能越三つの国のしつ
1ウ7のめしつのをにいたるまて空にあふき地にふ
1ウ8してをもひのむねをましさうかんになみたを
1ウ9うかへし事はた菌瀧津瀬のなみにして袖を
1ウ的しほり涙の有さまもるこし舟をよするは
1ウⅡかりなり古ことはに我此袖中有東海 1ウ3侍りされは古歌 1ウーとよみしも偽ならすときは秋にもあられ共1ウ2しも夜のきりj〜すよさむによはるこ園ち
1 1 1
オ オ オ 1 1 1 0 9歌 今 き に
1オ7のとし五月雨廿日のそらに羽柴肥前守利長きやう
1オ8年月つもる御なやみ次第御よはり給へは誠に古
きのふすきけふとくれぬるあちきなや
今はかきりの日こそちかけれ
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2オーとはかやうの心をこそ申侍れ殊に御たいさま
2オ2の御なけき実はなにもいたくなりぬれは
2オ3ちるわかれをさへかなしめりいわんやいもせの
2オ4御中申計なした園やみにくれ給へは古の人の
2オ5別によめる歌をそおほしめしやり給ひ
2オ7月のゆく山にこ︑ろをおくりいれて
2オ8やみなるあとの身はいか︑せん
︵ママ︶2オ9とあこかれ侍り同筑前守利光きう御涙
2オ岨にむせひ御袖をしほり給ふ涙の露
2オⅡを今は御形見とおほしめしける折ふし風いた 2オ6ける
2ウーく吹けれは古歌をそ引給へり
2ウ2露をたに今はかたみのふし衣
2ウ3あたにも袖をふく嵐かな
2ウ4此外御一門二つかのふしのなけきもおもひ
2ウ5のふかきを四方のうみにたとゑんとすれは
2ウ6倉海思をあさし其心ざしのたかきを中
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翻刻「としなかこう」(入口)
3 3
オ オ1 1 1 0
3オ9 3オー3オ23オ33オ43オ53オ63オ73オ8 2ウⅢあすまての命もしらすありかほに2ウⅡさきたつ君をあわれとそいふ 2ウ9なとおもひあわせ侍り 2ウ7の山に同しきとすれは須弥なをひきし心2ウ8あるひとノーはむしやうの心をひらき古歌
とひとつ御けふりとなりまいらせ候はんと
おもひ侍るしかれとも古歌
ひとり来てひとりさりぬる道なれは
つれてもゆかすつれられもせす
此歌の心にてと︑まり給へり同此歌の心はき
やうもんにいわく独生独死独去独来
此もんの心なれは御姿をと︑め申へき世にも
あらすはうゑん寺と申御ほたひ所へをくり
奉りかう花たうみやうさくわらんしや
きんノーをちりはめそなへたてまつり千そ
う万そうをくやうしせきやうを引かんの
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4オー侍りすなわち御ほうみやうをはすいれういん
4オ2てんしやうさんみさきのかうもんしやうさんゑ
4オ3いけん大こしとかうし奉り御いはいにかきあ
4オ4らわし侍りそれかしおかみたてまつり
4オ5御はうみやうの文字をうき世のことわりと
4オ6法の道にわかち見たてまつるにすい
3 3 3 3 3 3 3
ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ1 1 1 0 9 8 7 6 5
3ウーしやうこんはこんノーまりしやこめなうをち
3ウ2りはめりやうらきんしやうをよそをひや
3ウ3うらくけまんをたれすまんの御ともおひた︑鋪
3ウ4しておくり奉り一しのけふりとなし侍るをこそ哀と
実古歌とりへ野薗夕部のけふりいかなれは
ふかきおろかもいとわさりけり
折ふしくも井におとつれけるにしきの水に
烏のをとはなにそ斑くせんてんの五月雨
わか水をおしみてとりもむねをおとろかし時
をかんしてはなもなみたをそ︑くかと念ひ しておくり奉り一そ申計なかりけり
一
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4 4 4 4 4
オ オ オ オ オ l l l O 9 8 74ウⅡ 4ウ的 4ウ9 4ウ8 4ウ7 4ウ6 4ウ5 4ウ4 4ウ3 4ウ2 4ウー の字はきすいと申ていそぐあまりの間すいふくやうゑんをたなひかせたまいれうの字は中納言にてましませはもろこしのことはにれうさいといへるなみありしやうの字はせい人の字也ちう夜に万民をあわれみたまふ事いにしへのせい人にひとしくましませり山の字しゆみせんの山の字也御いくわうたかき心なりゑいの字は数の人にすくれたるをゑいと
︵ママ︶いへりしかれは数の一のかふりとなり給へゆ
へなりけんの字はけん人の事也度々弓矢
に勝利をゑたまふ心也いんてん大こしさた
まれるはうなりこれはいそく余の夢
まほろしの世のならひ実にあしたにひ
らくゑいくわの花は夕部の風にちるう
き世夕部にむすふ命の露はあしたの日に
きへやすき此かいなり故にこんかう経に
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5ウーさう日夜のこんきやうさせんくふうはう
5ウ2もん有国中諸しうはいつれもふきんあり天台
5ウ3真言はけんみつの二はうのかんもんをなし
5ウ4浄士宗はふきやうの念仏さんまいをなし
5ウ5同たうしはやるさいけ一たうの御もんとはしん
5ウ6らん聖人のしやうきやうをよみ日れん中 5オ5夢の世にまほろしの身の生れきて5オ6露にやとかるよひのいなつま5オ7世中はまとろまて見る夢なれは5オ8さてやおとろく人なかるらん5オ9た︑しかやうに世中を夢と見侍るこそ5オ岨終にさむへきのりのおしへとさとり侍れ扱5オⅡちういんのうちにはせんしうのちしきしよ 5オ4もるノ11の古歌 5オー云によむけんはうやうによるやくによてんを5オ2ふきによせくわんと魁き給ふとありかたきの5オ3りのをしへなり此きやうもんの心をとりてや
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翻刻「としなかこう」(入口)
5ウ7は妙の字を五十余年の御せつはうものこら
5ウ8すしてゑいけんかうは御わうしやうのた︑しき
5ウ9事みた如来みつからむかへくわんをんほさ
5ウⅢつはれんたいにうけせいしほさつかしらをな
5ウⅡてふけんほさつはたをさしあけおんかく
6オーと︑のへ五しやのしやうしゆいにうしたてま
6オ2つりしやうほんれんけのうてなにしやうし
6オ3十地とうかくの御位につき給ふこそ二世あん
6オ4らくの君とは申侍れされはくわんいんく
6オ5わきやうによくらくわんいんけんけんさ
6オ6いくわよくらくいくわけんこけんさいいんき
6オ7やうもんの心にてよめる古歌に
6オ8すきし世も又すゑのよもしられけり
6オ9君のこの世のさかんおもへは
6オⅢかやうに事こまかに有まつのもとにゃ
6オⅡすらいすさみ侍る中に少まとろみけれ
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7オーリ侍りそれかしいわくそれ古歌に
7オ2みな人の物知りかほにしらぬなり
7オ3かならすしするならひありとは
7オ4又何事もみないつわりの世の中に
7オ5しぬるはかりそまことなりける
7オ6又うき世そとおもひしりj︑いとはいは 6ウーはうつ笛のやうにをきな一入来り申けるはた︑6ウ2いまの物かたりしゆしやうに侍りしつわくは6ウ3当年九十九に罷成けるか一には古歌に6ウ4山さとにうき世いとわんとも秘かな6ウ5くやしくもすきしむかしかたらん6ウ6此歌の心ふしんに侍る問二には玉の瓦の6ウ7おしさりきりなし世の中にありなはゑ6ウ8せたるものにかいせられていと千年の命6ウ9もたもつへきとおもひ此山に入てひとり6ウⅢ有いまのことわり聞なほj︲︑何としてもの6ウⅡかれさる道か又のかる闘力も侍るかと来
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7 7 7 7 7 7 7 7 7 7 7
ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウl l l O 9 8 7 6 5 4 3 2 1
7オ7しらぬ人こそはかなかりけり
7オ8誠にわかきさへめいとの道をはおもひ侍る
7オ9におきなの身としてさやうなるはおるかなり
7オ川けにいにしへもみたりのおきな有いつれも
7オⅡしする事をかなしみ一人はうみへ下しをの
かれんとかくれ一人はさとに入しをのかれむ
としのふ一人はおきなのやうに山に入てしを
のかれんと身をひそかにすれとも三人
のおきな終にはかなくなりにけりしら
さるやまちにのそみいちにかくれてもの
かれかたきはしやうろうひやうしのく
るしみちやうにいりかんくつにこもりても
ふせきかたきは無常のせつき来りき
たってかへらさるは身に積る年月ゆへ
に古歌にみな人はとしをとるとや思ふらん
終には年にとられこそすれ
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8ウーひとりのこらん夕くれの空
8ウ2かやうにいつれも露霜とはかなく成ぬる
8ウ3世なれはいよノー古歌に
8ウ4見し人は皆露しもときえにけり
8ウ5さてをとろかぬわか心かな
8ウ6誠かしこきおろか成もたかきもひき︑も 8オ4同しゆへに古歌に8オ5谷川の木の葉か8オ6なかる風も行し8オ7ゆひを折かそへけ8オ8しすひとりとして8オ9あるはなくなき8オ皿あわれいつれの8オⅡ世の中は市のか 8オーかうふれはわか身に積る年月を8オ2おくりむかふと何いそぐらむ8オ3しやうしてしもんにおもむく事山川の水に
谷川の木の葉かくれの埋れみつ
なかる風も行したたるも行
ゆひを折かそへけるにかれもしし是も
しすひとりとして残る夕部なしゆへに古歌
あるはなくなきはかつそふ世の中に
あわれいつれの日まてなけかん
世の中は市のかりやそまてしはし
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9オー
9オ2
9オ3
9オ49オ5
9オ6
9オ7
9オ8
9オ99オⅢ
9オⅡ 8ウ7むなしく成ぬる此かいのさためなるゆへに十王8ウ8経にいわくたつせいのまうきは貴賎をも8ウ9ろんせすしやうしひつせんなりたれかこ8ウⅢれをまぬかる︑月をゑんととき給ふも左の8ウⅡ心のみのり成実かんわうのりふこんのこ
わふれたうわうのやうきひのちやうあいも一
しの夢の間也しんのしくわうはめいとの烏
をおそれて天に鉄のあみをはりりや
うのふていはふしのくすりをもとめんとし
ろかねのはちに露をうけたまへ共いつれも
しをのかれたるためしなしかれもをろ
か成三世をさとりししやか如来にも卯月八日
に誕生のあれは二月十五日のねはん有
しやうしやひつめつのゑしやちやうりのくる
しみのかるへきにあらすかやうにさとりわか
身を見れはきしひたいのれなし草命はゑ
−335−
1 0 1 0 1 0 1 0 1 0
オ オ オ オ オ5 4 3 2 1
9ウーのほとりにつなかるる舟に侍りゆへに古か
9ウ2年ことに身をうき舟のをひ風に
9ウ3とをさかり行わかのうらなみ
9ウ4世の中も何にたとゑんあさほらけ
こき行舟のあとは白波
9ウ5かやうにはかなき玉の尾をなかへらんとを
9ウ6おもふ心はくちたるなわにてのつのこまをつな
9ウ7きとめんとするに同し誠ふるきことにも手
9ウ8になかきなわをとりてをひをつなかんとすれは
9ウ9光いん矢のことし月弓に閏たりといへり何
9ウⅢやうにしてもと︑まる事なき此世なれははやノー〜
9ウⅡこしやうをもとむへしとをしへのために
極楽しやうとの有様たいみやうもんのゑいくわ
をといてきかすへしかしこの大しゆきんな
らかまりのをとけんたつはわうかふへの音ら
くへけてんかしよとくのつ霞みしたい天王のみ
やうかく共もさらにらいしやうの上ほんれんた
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翻刻「としなかこう」(入口)
皿ウⅡ 皿ウⅢ Ⅲウ9 皿ウ Ⅲウ7 Ⅲウ6
1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 ウ ウ ウ ウ ウ
5 4 3 2 1
1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 1 0 オ オ オ オ オ オ 1 1 1 0 9 8 7 6
8
を一所にあつめてもこくらくしやうとのおう
こんしゆなりしゆしやこめなふのはうしゆにはさら
にをよひかたしまんたうせうにのしよせうち
せつさんかうおんのむねっちりうすいちゃう
しやかやしやうちはやせつ所のはくろち
たうちうかいよのうんめいち是を一所にあつめ
ても極楽ちやうとのはくとくのいけのなみのを
と国土もくうむかととのうるにはたとへん
するにたよはす大ほんかうたいのかくしやく
たいせんけんのうてなとそつ天のまにはう
天うんりんしやうわうの八ちんのとこゆいま いのかくともにはおよひかたししゆくたいたうひのゑんしやうしゆくわんきゑんのはりしつたうたんしゆかひらしやうのむうけまれい山のせんたんしゆゑんふきうのせんふしゆしやたいさんのにくたししゆふたい山のさらしゆさうくわのをんかくしゆかるしゆしやうのめ成
−337−
l l l l l l l l l l ウ ウ ウ ウ ウ
5 4 3 2 1
ⅡオⅡ
l l l l l l l l l l l l l l l l l l l l オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1
しやかくわんおんは三世りやく同一躰也但
す園めのためにみつのほとけのゆらひをと
くへしそれみたのほんちをたつぬるにし
へうなほんしありとしてさいしやう国の
ていわうなるかたあうしやう国にゆきたまい こしのさいはうけんこちやうしやか金のをくろうこれらのくう天ろうかくをのきしりいらかをならへて作りたてたるも極楽じやうとの大はうのいらかにはたとへとするにおよはすかやうの極楽しやうとにはやくわうしやうせんとおもひをきりてすみやかにほたいをねかふへしをきないわくしゆせうに侍り但かやうのしやうとへわうしやう申事はみた如来をたのみたてまつるかしやか如来をたのみ侍るかくわんおんほさつをしんし奉るやそれかしこたへていわくみた
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翻刻「としなかこう」(入口)
岨オⅡ 胆オⅢ 岨オ9
1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 オ オ オ オ オ オ オ オ
8 7 6 5 4 3 2 1
l l l l l l l l l l l l ウ ウ ウ ウ ウ ウ 1 1 1 0 9 8 7 6
ねはきさきと三人のわう子をはこのは
らにをき給ひ御迎にまいるへきとてわれ
一人さいしやう国へ帰り給ふいそきたまへとか
た道三年三月九十日にて上下七とせにお
よひけれはきさきはまちかねたまい二人
のわう子にをしへ給ひけるは父はこれよ
り西の方へゆき給ふと是をさいこの御こと
はとしてあしたの露ときへさせ給ひけり
二人のわう子は御母にはなれ十方にくれ
ち鼬のかたへと西をさしてそゆき給へ
りはるノーゆきたまへは人お︑く供奉した たうしやう国の帝王のひとりのひめをひそかにふうふとならせたまへはちかわうこれをとかとしてたつせりはらと申人のすみかなき所へひめともになかしたまへりたうかうあるうちに二人の御子も成たまへりかくあるへきにもあら
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1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2
ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1 1 3 1 3 1 3 1 3 1 3オ オ オ オ オ 5 4 3 2 1
てまつりくるまの来るを見給ひ終に人
と云事見たまわれはおそれかたわらへゆ
きたまへりありとし是を御覧してふしき
なりこのはらは人なきはらにありけるにあ
れに人の見ゆるは尋てまいれとおほせけり
二人の王子はおそれて人によりつきかねた
まふやうノーにいたきたてまつりまいりけ
れは二人のわうしおほせけるはわかち熟は西へ
行給ふと母のをしへてし霞たまふゆへに父を
尋てゆき給ふとありけれは此よしありとし
きこしめしこれこそわか太子なりとて
きさきのむなしくなり給ふをかなしみ
もとゆいきちかいみやうはうさうひくと
申なり二人の太子をはせんくわうせんしん
となつけたまひ五こうしゆいやうさいちう
こうの御苦労六十くわんをたてたまい女人成
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翻刻『としなかこう」(入口)
旧ウⅡ 昭ウⅢ 昭ウ9
1 3 1 3 1 3 1 3 1 3 1 3 1 3 ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ
7 6 5 4 3 2 1
咽ウ
1 3 1 3 1 3 1 3 1 3 1 3 オ オ オ オ オ オ
1 1 1 0 9 8 7 6 8
師とたのみ山にのほつてたき国をとりたに︑
下って水をくみなん行苦行ましj〜て
有年の十二月いるにほしをみてたうをさ
とりそれより世にいてさせたまひて五十余年
の間は八まんしよしやうきやうをときあまね
くしゆしやうをさいとし八十三のうのこぐに又
はんにいり給へりこれよりしよしうとわか
ちて色々のはうの道に有さりなからわけ
のほるふもとの道はお鼠くあれともくも
井の月を見る事はひとへなるへし又かや
うに御しゆつせなき以前にわうらい八せんとの 仏の御法をなし終にしやうかくをとりたまいて十二巻をは薬師にまいらせ四十八巻にしてあみた如来となり給ふ扱しやか如来は天ちくの上ほん大わうの御子七太たいしと申也御母はまやふ人と申ける十九の御とし大ぐうをすめり下たまひあららせ人を
‑341−
1 4 1 4 1 4 1 4 1 4 1 4 1 4 1 4 1 4 1 4 1 4 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1 1 4 1 4 1 4 1 4 1 4
ウ ウ ウ ウ ウ 5 4 3 2 1
御苦労五百ちんてんかうの御しゆきやうありと
いへりさて又くわんおんほさつは本地あみたの御
子二人せんこうせんしんくわんおんせんしとなり
給ふといへり此くわんおんはちひ第一のほさつ
なり大な御身を三十二さうにへんしてし
ゆしやうをして仏になさんとあわれみたまへり
されはしやか如来御せつほうありけれともにんこう
といふうらはのつり人とも計仏せつをそむきてし
やか如来もすぐひかれたまへり然るをくわんおんほ
さつすなはち名をにんしこうとつき給ひてつり
さを一本にいとを二筋つけはりを二つさげ給ひて一
とにうを量二つ宛つり給ひけり此うらのものともふし
きなりときもをけし一度に二つつるやうをならひ
たきとそわひたりけりにんこう申けるやうは
われらはおしゆる事ならすわしのお山といふ所に
しやかといへる人あり何のやうもなくおしへ給ふな
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翻刻「としなかこう」(入口)
1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1
1 4 1 4 1 4 1 4 1 4 1 4
ウ ウ ウ ウ ウ ウl l l O 9 8 7 6
然るを花のかほはせやなきのかみたまのすかた
金のおゆうたんこんみめうのよそおひをなして
いつくしき女房とけんし給ひておろか成こにう
を閲いれてきんきんしやもんにやすらひ給へ
りその所の釣人共きもをけし心をなやまし
こいちにふししつみけり女房のこのみに
はわれはよみものおもしろくおもへる面白よみ物
たれ人にもをしへ申へきによくおほへたらん物を
わか妻となすへきとのたまへは三ノーとうら
の人よみならはんとするに御経を小きやうより
大きやうをたんノーにをしへたまへはみな御 りゆきてならひたまへとい︑けれは釣人ともよるこひてつかふ五百にて夜を日につゐてわしの御やまへそまいりけるけふのあすのとするほとにいつれもふつほうに入五百らかんとなりにけりこれくわんおんの大し大ひの御ちかひなり又有とききんしやたんと申うら人是も仏法をそむきけり
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1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 1 5 ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1 1 6 1 6 1 6 1 6 1 6
オ オ オ オ オ 5 4 3 2 1
経をそよみにける中にも其浦のをとなしき
は大はんや六百くわんをもとをしけこんあこんはう
たうはんやかつけをもかんとくするゆへにはや夫婦
とならんと有ける所を女房中j︑とかてんして
立所にとすに成たまへは其浦人共あつと手を
うち仏法にいりてみな仏になる事にも十六人
のをとな八十六らかんに成なり是をきよらんの
くわんおんと申也又せんはうと申御経のいわれを
見るにちけんといへるちしきあり仏法よき
ちしきなりしかれとも後は山寺をすめりて人
さとに寺を立らくをなしたまへり有時つだ
なき共中ノーなるとすきたって御奉公
申さんといふ也ちけんちひふかきちしきなれ
は中ノーとのたまひてつかひたまへりしかる
をよのさうたちつたなきとそにくみけり
しかる間此とすたまりかねてちんに申ける
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翻刻「としなかこう」(入口)
1 6 1 6 1 6 1 6 1 6 1 6 オ オ オ オ オ オ 1 1 1 0 9 8 7 6 1 6 1 6 1 6 1 6 1 6 1 6 1 6 1 6 1 6 1 6 1 6
ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ 1 1 1 0 9 8 7 6 ' 5 4 3 2 1
はしやう人のしひは有かたき次第さりなから
坊主衆にくみたまふほとに御いとま申なりし
せん御身のうへに一大事のわつらひてきなはし
ょくの国たか山と申山へ御たつね有へし其山を
はんふんのほりたまひてわきかへり見た
まひ候て松二本あるへしその木の本へ御こし
あれとい霞てゆくなりしかうして四五年過て
申させしことくちけんわしやう人めんさうと
いふかさてきそり此かさは人のかほのことくに
めくちはなもありてしょくをこのむ事少も
やしなわれはかきなく事大かたにてもなし
かきなけは五躰をしめていためる事かきり
なしちけん是よりほかの大事あるへからすど
すのをしへにまかせてゆくへきとて寺をいて
たり山へゆくにおしへのことくに松有其松の本
ゑゆき給へはいつくしきたうしいて︑樋も久し
く候とて七たうからんの寺へつれゆき其寺の
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1 7 1 7 1 7 1 7 1 7
ウ ウ ウ ウ ウ5 4 3 2 1
1 7 1 7 1 7 1 7 1 7 1 7 1 7 1 7 1 7 1 7 1 7 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1
しますをねんころなされたるによりた蕊いま
是にてかへってほるふる也但此水をうくれは
われらも仏と成こそよるこひなれとい鼠あへたる
に水をさっとかけたまへは入めんさうわつと
さけひちけんもあつとおとろき心をうし うしろにたきのおつるゑちけんをつれ申すなはちその瀧の有を柳の枝にてかきのつらへかけんとしたまへはそのかき申やうまつしはらくゆるし給へわれらかゆらいを申へしわれらはちけんわしやうのせんそのるいてきにて七代まてちけんわしやうのせんそをとりころし申へけれとも仏法におそれてとりつきゑたるところにと山をくたりさとに寺をたてらくにふけり仏法うすくなりたまふをさいわいの事と仕りとりつきころし申へき所にちけんしひの心有によりくわんおんとすにへんして御座ま
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翻刻「としなかこう」(入口)
1 7 1 7 1 7 1 7 1 7 1 7 ウ ウ ウ ウ ウ ウ 1 1 1 0 9 8 7 6
1 8 1 8 1 8 1 8 1 8
オ オ オ オ オ 5 4 3 2 1
肥オ6
1 8 1 8 1 8 1 8 1 8 オ オ オ オ オ 1 1 1 0 9 8 7
なひしはらくふしたまひてめさめ給へはた斑
松二本はかりありて七たうからんは見へさ
るなりこのねむりたる中によみたまふとお
ほへたる御経をたつね見れれはせんはうな
りしかもやうj︑しんすいといふ所有柳にて
水をそ︑きたる所なりうたかいなしせん
実歌にも はうのおこりこれなるほとにせんはうはこしやうにもきたうなりたつとき御きやうなり是くわんおんの大し大ひなりちけんもしひふかきゆへに人めんさうもなをりこしやうもわうしやうましませりかならすなんちもちひの心をさきとして仏法に入へき也
仏とは何をいわまのこけむしろ
た園しひしんにしく物はなし
とよめるも此心也しひの心なくしてけんとんの
心あらはかならすかきのくるしみをうくる事
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1 9 1 9 1 9 1 9 1 9
オ オ オ オ オ5 4 3 2 1
1 8 1 8 1 8 1 8 1 8 1 8 1 8 1 8 1 8 1 8 1 8 ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1
れんそんしやに申けるはもくれんほとの
御子をもちたまへともこんしやうのあいたけん
とんの心ふかくしてしひしんなきゆへにかやう
に八まんかうのくるしみをうけたまへり是
御覧候へとくるかねのはうのさきを大きなるか うたかひなしそのゆへは七月朔日より十六日迄のうらほんせかきのゆらいをたつぬるにしやか如来十たいみてしのうちもくれんそんしやの御母大せうみやうにと申せしかけんとんもつはらにしてしひの心少もなしされはしやうしやひつめつのならひにてしもんにおもむきたまふときこくそつのきわうもろノーの大き小きをつかわしひのくるまにもくれんの母をのせてかきたうにをとしけりもくれんそんしやはかなしみたまひてしやうとちこくをたつね給ふにかきたうへゆきたまへはきわうもく
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翻刻「としなかこう」(入口)
1 9 1 9 1 9 1 9 1 9 1 9 1 9 1 9 1 9 1 9 1 9 ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1
1 9 1 9 1 9 1 9 1 9 1 9
オ オ オ オ オ オ1 1 1 0 9 8 7 6
まの中へさし入てすみのやうにある物をさしつ
らぬきあけてもくれんに見せにけりもく
れんそんしや天にあふき地にふし天地もたう
ようするほとなきかなしみすこしせうしんの
すかたを見せよとありけれはこくそつのきわう
くわつノーとよひけれはしやうしんいてきけり
されともかきになりたまふゆへにむかしのすかた
にはあらすかしらいかにも大きにくひわたう
しみよりもほそくはらは大海のことくにひろし
めしをたむくれはめしよりくわゑんたちの
ほりたむけをうける事なしもくれんそん
しや又いわくこれもは鼠のしやうしんにあらす
たしか成しやうこありとやありけれはがき
の右のあしを見せけりもくれんそんしやあ
しのうらを見給へは大せうみやうにとかき
つけ有いよノーもくれんそんしやかなしみ給ふ
事限なしわかちからにはすくいかたきとや
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2 0 2 0 2 0 2 0 2 0
ウ ウ ウ ウ ウ5 4 3 2 1
2 0 2 0 2 0 2 0 2 0 2 0 2 0 2 0 2 0 2 0 2 0 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1
也こししよのくをすくうと是あり此月日
七月一日よりたつねめくりたまい十六日にてす
くいとりたまふゆへにすへの世まてもかやうに
とむらい侍りその色々のそなへもの水をた
むけ給ふときの御きやうせかきなれはいま おほしめししやうとに帰りしやか如来にかくとのたまへはしやか如来一さい三世仏をひきつれたまひ色々の物をひとつにかきませてそなへみそはきの花にて水をたむけ給へは常にはかきのめには水は火と見へうくる事ならさるかたむけによりて水と見へてもくれんそんしやの母をはしめとしていつれのかきもたむけをうけ物みなそのちこくしやうふつをうる其数以上八万四千人何れも極楽にすくいとりけりそのしよに云もくれんひもをたすけてき
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翻刻「としなかこう」(入口)
2 0 2 0 2 0 2 0 2 0 2 0 ウ ウ ウ ウ ウ ウ
1 1 1 0 9 8 7 6
2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1オ オ オ オ オ オ オ オ
8 7 6 5 4 3 2 1 2 1 2 1
オ オ
1 1 1 0
別オ9 にほんにはせかきをよめり是よりみそはきをはしよくこんさうともいへり又水に四けん有とは天人は水を見てまりとなすうをはくう天となす人は水と見るかきは火とみる此四つなり然はけんとんなる人はし鼠てはかきと成水を火と見侍れはけんとん
しひをもてしやうしきへりにちへのいと
たうの中こみわかのうらこも
とよみ侍り翁云ありかたくのりのをしへ
を聞なくノーさりなからいまはみたしやかくわん
おんもめに見へたまはすたうしさかんなるし
うしいつれをたのみほたいをもとむへきやそ
れかしいわくさるにおゐてはたうしさかんなる
しうノーのたてはをあら方とくへしいつれの の心をすて︑しひの心さきとしこしやうをねかひ給ふへしゆへに弘法大師た園みによせて
‑351‑
2 2 2 2 2 2 2 2 2 2
オ オ オ オ オ5 4 3 2 1
2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1
ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1外とさとりをひらくほんきうたうのしう也
有歌の二つを立て一くのさとりにてきわめ侍
り但大しようのはうなり古歌に
いへことのかきねにおゆるからすうり
うむとはいとくう人もなし しうにも入給へまつ天台真言はけんみつのしやありといへ共いつれもくちにしんこんをとなへてにいんけいをむすひちゆう夜にほけきやうをよみたまへりこまけきやういろノーのはうあり此宗にいらはげんぜあんおんにして後生前生にしやうする也と弘法大師の歌に
あかつきはまたはるかなりたつの山
なをかきたてよのりのともしひ
又さいかたうかは両はといへともしんの一ほうをかん用
とせり一千七百そくのかうあん有きょうけへってん
ふりうもんしにしてをしゑの間にあらはす
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翻刻「としなかこう」(入口)
2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1
2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2
オ オ オ オ オ オ l l l O 9 8 7 6仏にきせりゆへに古歌にも
又もまたあらはや人におしへへし
なむあみたふの六つのほかには
又日れん中は四十より年のせつはうは
しんしつにあらはすとて妙の字一字をかんもん
とせり中にも女人成仏はりう女八さいのとき
大はほんにて成仏するゆへに女人は此しうに
いらすは成仏なりかたきとす国むる宗也か
の龍女の一ねふりをかんかふるに人間の弐十年
にあたれり一日一夜は四百年にあたれり一
年は二千九百弐十年にあたれりしかれは 又しやうと宗はひとへにまつせのとんこんむちをたすけんため也殊しやうほん大わうりんしうの時もしやかねん仏をす餌めてわうしやうましませりくくわんの一しうはまんきやうのそうちとしてあみたの三しはしよとくのこんけん也八まんしよしやうきやうかくせあみた
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2 3 2 3 2 3 2 3 2 3
ウ ウ ウ ウ ウ5 4 3 2 1
2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ l l l O 9 8 7 6 5 4 3 2 1
をよそたうしはやる宗是也此よのりつ
しうくしやしうしりほつさう三そんいまの世に
おとろへたり翁日御もんとはいかやうなるたては
に候やそれかしこたへていわくさいけ一たうと
いひて宗師にはあらすそくにも出家にも侍
歌 に
八歳のうちのとし数は人間の九十七万三千五
百年にあたれり人間の夢の世の問にさへつ
もるこつしやうはしゆみにたとへるいわんや八
歳のうちのこつしやうたとへかたきなり大
はほんのくりきにて龍女成仏みやうてんのくり
きありかたく侍り日蓮は初は天台にてやう
しやろくしやにのりたまへるかこしのくるま
にひきちかへたまひ日れん宗と立給ふ初の
やくそくもたかへて物のうれしきは
のりちかへたるくるまなりけり
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翻刻「としなかこう」(入口)
2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1
2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 2 3 ウ ウ ウ ウ ウ ウ
1 1 1 0 9 8 7 6
ひんかしにとしを経たるかうかく聖人と
いへる物なり其方のちへのほとを心見ぬかために
来るなりされは三五のとしより仏法に入七十
のかくをつみ内てん外てんにくらからすされはか
くなってこきやうにかへりたるはにしきを
着て夜行かことくといへり本国越中森山の
生まれなるによって此二月のなかはにきさら
きやも︑の月にそつきにけりしやかの御弟子と
なりてはふものうちはいらされ共とてもの事
になのるへしわかち園はわたぬきの源太と申て
われら三歳のとしの五月廿日森山に而 る間かうむりになつけてへんふくの宗とはいふ也此ともからはあんしんけつしやうをたたしくして御たすけ一ちやうと一心一かうにそんんして朝夕ねんぶつは御たすけかたしけなしとの御礼なりといへり翁からノーと打わらいいまは何をかつ蚤むへきわれはせきの
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2 5 2 5 2 5 2 5 2 5
オ オ オ オ オ5 4 3 2 1
2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4 2 4
ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 1
むなしくなりぬるを今高岡ほとりにてはう
むる也いつくほとにてやといま来りたつれか
なしむなみたは五月雨の一日二日をつるまにとし
なかきやう御遠行一しのけふりとならせ給
ふをおかみ申さんとこれにあるに色〃の物かた
りはくかけんをひけはしきる心にあるに同じ
きといひをわってたいさんするかとおもへは夢覚に
けりかうかく聖人となのりたるは高岡のしやう
人といへるもしなれはた餌ならんれいむとおもい
侍る是につゐてあらたにしろをとりたつるに
は四つの大事を覧たて侍り一には神地二には仏地
三には入所四にはこつほうの地也高岡の御しろこつ
はうの地とうけたまへはさやうのれい人かと
おもひ侍り何事もみなゆめのうき世きんき
よをおむ物になしまんちうしよしのたっ
とき御くらいもしやうろうしのくるしみのか
−356−
翻刻「としなかこう」(入口)
恥オ2 恥オー
2525252525252525 ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ
8 7 6 5 4 3 2 1
2 5 2 5 2 5 2 5 2 5 2 5 オ オ オ オ オ オ 1 1 1 0 9 8 7 6
らひいまさらをとろくへきにましまさす
た茜御ほたいのためには朝夕の御たむけにし
くはなしと古よりも申伝へ侍り
奉悼瑞龍院殿従三位前黄門聖山
英渭大居士道空居士九拝
ョさういちむのうちらいくうせったん五十余霜一夢中人間万事本来空裁断
しゅんしうとうかた︑かくのことくたうとうさつノーたる︐春秋冬夏唯如是当頭楓々風
ゑいけんさま御歳五十余に侍れは五十よそ
とをくなり一夢の事とは古歌に
よしあしのそのなはかりは津の国の る︑ためしなし老少不定の世なれはわかきもたのみあらす老たるとてはやノー死スヘキニモアラスよしそれとてもいとふへき事なしすきんくわの一日とせうしよの千とせも一栄一楽なりはうその八百歳もなんのゑきやあるあひへつりくはよのな
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2 6 2 6 2 6 2 6 2 6 2 6 2 6 2 6 2 6 オ オ オ オ オ オ オ オ オ 1 1 1 0 9 8 7 6 5 4 3 2 6 2 6 2 6 2 6 2 6 2 6 2 6 2 6
ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ 8 7 6 5 4 3 2 1
なにわの事も夢の世の中
けふもまたはやあすちかくなりにけり
みな一ときのゆめのたわふれ
人間万事ほんらいくうとは古歌
くうよりも生れ来にける人の身は
し︑てもおなしくうにこそいれ
世の中のたかきひき︑もふるさとは
をなしすみかのみなのみはくう
春秋冬夏た︑かくのことくは古歌に
古歌に 春は花夏は青柳秋もみち冬はくち木となれる世の中世の中はさきみたれたる花なれやちりのこるへき一朶もなしせったんのたうj1さつノーたる風とは
生れけるそのあかつきにしにぬれは
けふの夕部も松風そ吹
−358−
翻刻「としなかこう」(入口)
〃ウー元和第七
〃ウ2弥生二念四日
2 6 2 6 2 6
ウ ウ ウl l l O 9 2 7 2 7 2 7 2 7 2 7 2 7 2 7
オ オ オ オ オ オ オ
7 6 5 4 3 2 1
かし一しゆ
なにしおふすへとしなかとおもひしに
いそちの夢のまくらなりけり
英渭様五十よさうの御さかへるせいくわ
しやうのかんたんの夢かとおもひ侍り
何事もふちたんさいをは︑かるまてに
侍り 松風のこゑのうちなるかくれかはむかしもいまもすみよかりけり同ゑいけんさま御なのりによせたてまつりてそれ