−jノー 471
(1) 費用理論と原価計算との交渉
一丁−;/ェ.マーーレンバッノ、の場合−
平 林 喜 博
Ⅰ
周知のように,ドイツに.おいては,原価を給付単位当り紅関連づけて論究す る原価計算と,操業度ないし経営規模との関係において研究するところの費用 理論とが;そ・、れぞれ独.鼓した理東体系をもち自己運動をつづけている。しかし ながら等しく原価の問題を研究対象としている限りにおいて,この東名が没交 渉であると考えられないのは当然である。
事実,ドイツに.おいては,費用理論が原価計算の基礎理論であると一般に考 えられている。また,わが国においては.,さらに進めて費用理論が間接費計算 の理論的基底に.なっていること,原価計算の目的論を整序するうえにおいて費 用理論の体系的な目的論が関連していること,さらに」は直接原価計算の基礎理 論として交渉 (2) をもっていること等が研究の結果明らか紅なって−いる。
本小文は,このような結論がどちらかといえば論理的ないし原理論的に示さ れているのに.対し,これを見方をかえて学説史的あるいは歴史的に求明し,上 記の時論の正当性を傍証したいと考える0 つまり;具体的紅ほシュマーレ∵/
バッハの考え方をとりあげて∵費用理論と原価計算との関係に・ついて考察したい と考える。とりわけ,、原価計算の目的論と費用理論の目的論との交渉について 考えてみたい。
(1)本稿は日本会計研究学会第29回大会(昭和45年11月22日)において,自由論題として 報告したものと同趣旨のものであるが,当日の報告ではふれなかった点を追加してまと
めたものである。学会に・て報告したもの(『会計』掲載予定)とあわせごらんいただけ れば幸いである。
(2)久保田音二郎著『間接費訂評論』森山」苦瓜昭和34年。同著『直接標準原価計算論』
千倉書房,昭和40年参照。
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−−J2 −
いま,本小文の結論を若干先取りしていえば,シュマー・レンバッハは周知の ように原価計算の目的として大きくぼ経営態様の管理と価格計算との2つをあ げているが,これら目的が実ほシュ.マ−レ∵/バッノ、の場合,論理的にも歴史的 にも費用理論に.よって−整序されているのである。以下,この点を明らかにする
ことが本小文の目的である。
ⅠⅠ
さて,・それに先立って,われわれは.ここで3つのこどを指摘しておきたいと 思う。
第1は,・そ・もそも原理的に原価計算の目的が費用理論によって整序されると はどうヤ、うことなのか,という点である0いま・久保田教授の見解によればお
(8) よそつぎのようであると理解する。
すなわち,久保田教授たよれば,原価計算の整序された目的論ほ原価引算論 の発展に・よったかといえばそうではなく,む㌧ろ費用理論の体系的な目的論紅 よって整序されたといわれる。たとえば,いま原価計算の目的の1つである原 価管理−・原価の引き下げ−を考えてみると,いかにすればこの管理目的が達成 でき原価の引き下げが可能となるのであろうか。こ・れほ・1方で価値計算的管理 、 が必要であるが,他方で数量計静的管理が不可欠であり,しかして価値計算的 管理と数量計算的管理との関係の究明ほ費用理論の援用を求めなければならな いと教授は主張される。何故ならば,これは操業度の問題と関連するが,原価 は本来的には数量的原価であって,自然的・物理的素材の部分的または全部的 な利用消耗であり,価値的原価はその貨幣価額上の反映にすぎないからであ る。それ故に,操業度と結びついた素材の利用の合理化が等価・対立の関係に おいて原価引き下げとなって.顕現するのである。したがって,数愚計静的管理
と価値計算的管理との−・体化を通して原価管理は行なわれるのであるが,両者 の関係は前者が後者の基底となり,しかもこd数愚計静的管理に.費用理論が交
\
(3)久保田音二郎著『間接費計辞論』246−252ぺ−ジ参jモ‰
費用理論と原価計算との交渉 ーJ、?−
473
渉をもっているのである。かくして,原価計算の1つの目的である原価管理目 的は費用理論によってヨリ明確に,ヨリ有為にされていることが判明するが,
他の原価計算目的,たとえば価格計算目的あるいは損益計算目的も同様論理的 に.説明できると教授は論結される。
さて,算2の点ほシュマ−レンバッハの原価計算目的論についでである。彼 が初めて原価計算の目的をとりあげたのほ1908/09年の論文「生産費算定の理 論」においてであった。しかしその詳述は後にゆずるとして,彼のいきついた 見解は彼の著書『原価計算と価格政策』(第6版)にみることができる。
それ紅よれば,「原価計算の目的のうら,特紅2つが明白把月立っている。そ
(4) れは経営態様の管理と価格の計算とである」。前者ほ原価管理目的と必ずしもイ
コールではないが「その経営が節約的に細いところまで疲済的なヤリ方をす
(さ)
る.」場合重要となり,このために」は「原価の分類を精細紅し浪費される傾向の
(6) ある原価は特紅著しく目立」つようにせねはならないのである。それに対して
後者の価格計算眉的は,端的に.いえ.ば得られるぺき価格の計算であり,それを 通して原価の補償・回収をはかるものである。なお,シュマー1/ンバッハはと れら2つの目的以外に副目的として「経営価格すなわち計算価格の計算と億益
(7) 計算をなすために必要な基礎をえること.」をあげている。
第3はシ㌧マ−レ∵/バッハの費用理論についでである。周知のように彼の費 用理論は原価範疇論と数学的費用分解論とが中心となっている。
原価範疇論とは,原価を操業度との関係で把え,基本的には比例費,固定費,
逓汲費,逓増費の4原価範疇が考えられるとし,これら4原価範疇についてその 特性を論じたものである。なお,シュマーレ∵ノバッノ\の場合,この4原価範疇 が要素的原価範疇とし七把えているのか,総費用経過の原価範疇と′して把え.て いるのか瞬昧である。むしろ,両者を同時的に.把えようとしているのである
(4)Schmalenbach,Eい,Selbstkostenrechnung und Preisi・Olilik,6・Auflい,Leipzig,
1934.S.119.土岐政蔵訳『原価計穿と価格政策』森山書店,昭和誕年。182ぺ・−ジ。
(5)Ders・,a.a.0.,S.119㊥ 土岐政蔵訳,前掲杏,182ぺ−汐。
(6)DeIS.,a.a.0..,S.120.土岐政威訳,前掲昏,183ぺィー汐。
(7)DeI・S..,a.a.0..,S.123.土岐政蔵訳,前掲書,188ぺ・一ジ。
第43巻 第5弓
−J・∫ − 474
が,それにして−も「固定,逓減,比例,逓増という4つの総費用態様が連続し たものであるのに.対して,それを説明する個別的費用の側になんらの必然性,
(8)
連続性も論証されていない」のほ片手落ちであるという批判は甘受せきるをえ ないであろう。
シュマーレ∵/バッハの数学的費用分解論とほ,この原価範疇論をうけて,1 方である生産層(1,000p〜1,200p)を想定し,そこでの生産還の増加(200p)に
ともなう原価増加分(8,000k)から限界費用(40k)を算出し,それをもって 総原価を比例(費)部分と固定(費)部分とに分解すると共に.,他方ある生産層に 達するまでの総原価を考慮しないで,その限界費用をもってすべての生産患の 原価とみなすという考え方である。つまり,数学的費用分解はある生産層まで の総原価を考慮せず,限界費用をもっですべての生産についての原価とみなし て計算するところの限界費用計算ないし比例費計算を志向する基底となってい るのである。
ⅠⅠⅠ
さて,以上3点を確認したうえでさらに.論をすすめたい。
まず,シュマーレ∵/バッハの原価計算とほ彼によれば経営価値計算のことで あるが,その経営価値計算とは具体的にほ限界費用(比例費)計算をさしてい るようである。彼は「原価計算においては−・般にありふれたたんなる支出計算 終ゎ
では目的に.到達しえないのであって,経営価値計算がこれに代わらねばならな
(9)
い」と主張し,ついで「経営価値計琴の本寅ほ原価逓減の段階においては原価 を固定費と比例費とに.分ち,しかして給付単位め上に比例費の鼻を計算し,固
(10)
走費を計算しないことである」と述べ,この点を明確にしている。
ではそもそも何故に∴シュマ」−レ∵/バッハが経営価値計算=限界費用(比例 費)計算を主張するのであろうか。−;言でいえば,原価計算の計算原理である
(8)溝口一・雄著『管用管理論』中央経済社,昭和36年。56ぺ一汐。
(9:Schmalenbach,Eu,a.a.0.,S.ⅠⅤ.土岐政蔵訳,前掲書,序文2ぺ−・iy。
(1α DeIS.,a.a.0‖,S.174.土岐政蔵訳,前掲書,262ぺ−ジ。
費用理論と原価計算との交渉
475 T∴路ト【
比較性の原理を貫徹することにあるが,その背後にほ1方において,彼の主唱 してやまない経済観および共同経済的経済性の昂扮があり,他方において,エ 業経営に.おける巨大な固定資本の投下が固定費として現われ,その固定費の計 算的関心とその解決紅注意しなければならない,という事情があったからであ る。いいかえれば,′彼の経済観にささえられた共同経済的経済性の昂揚の障碍 となっている固定費問題の解決,そのための比較性思考の導入,それを可能に する経営価値計算の主張,そして具体的には固定費問題解決の2つの方途草し ての経営態様の管理と価格計算という原価計算目的の浮上,これがシュマ−レ ンバッハ原価計算論の骨格であると筆者は推論する。
ところで,シュマーレンバッハの経済観は「経済することは物財と物財との
(1り 間軋選択を行なうことである」という主張に代表させること隼しても,彼の共
同経済的経済性ほはっきりしないものがある。端的にいえ.ば資本と財の浪費防 止,いいかえれば資本と財とをその効用が最高の水準で発揮でき・るように使用 するという考え方である。彼はつぎのようにいう。「われわれの理論的労作に方 向を与えるものほ,共同経済的な経済性であって,私経済的な経済性ではない○
ある工場主が多くもうけるか少なくもうけるかほわれわれの関心事ではなく,
(1三≧)
不経済的な作業紅よって財が浪費されないということのみが関心事である」0
「事態は最高度の共同利益性が,いまなお一・般に行なわれている単純な支出計
(13)
算に代えて経営価値計算の適用によってずっと促進されるようになっている」
と。
かくして,シュマー1/ンバッハは経営価値計算を主張するのであるが,そ■の 主張すると与ろをいま1歩究めてみると,共に・比較性思考に根ざし,また限界 費用という原価範疇が本来もっている性格を最高限利用しているのであるが,
2つの方向が存在していると考え.る。1つの方向ほ最適操業度政策を通しての 原価の回収・補償,つまり経営価値計算による操業度政策およ、び価格政策であ 皿 DeIS,.,a.a.0.,S.6. 土岐政蔵訳,前掲書,9ぺ・−ク。
(1針DeI′S.,a.a.0.,S.2. 土岐政蔵訳,前掲書,3ぺ・一汐。
姻 DeISり,a.a.0.,S.3. 土岐政蔵訳,前掲害,4−5ぺ一汐。
第43巻 第5弓 476
・−J6 一
り,いま1つの方向は経営価値による評価を通しての経営態様の管理である。
前者の経営価値計算と操業度政策および価格政策との関嘩ほ,シュマーーレ∵ン バッハがつぎのように論述するところに端的にあらわれている。すなわち,「経 営者をしていずれの経営も逓減費と逓増費とを包蔵するので∴それを開明するこ
とが肝要である。かくてこれが原価計算の主要問題であり,逓減的に.作業する部 分を飽満せしめ,逓増的に作業する部分を軽減することが製造劇画の選択や価
(14) 格政策の根本問題である」と。つまり,さきに.指摘した数学的費用分解による限
界費用(比例費)が,最適操業度を維持するためのメルクマールとなり,操業 度の逓減段階でほ限界費用く価格→需要増大→操業度上昇→最適操業度
という図式が,逆に.逓増段階では限界費用>価格一−一斗需要減少→操業度下降
・→最適操業度という図式が,、それぞれ志向されてし、るのである。と同時に,
この限界費用(比例費)が得られるぺき 価格と1して市場価格への順応性の測定 尺度として作用し,全部原価補償,部分原価補償,価格最低限の決定等のメル
クマールとなるのである。かくみると,共同経済的経済性の昂翫=操業度政 策を通しての価格政策の展開ニ:経営価値計算の主張という論理がうかびあが
る0しかしてみられるようにここに費用理論が交渉する1局面のある与・と明ら かである。
しかし,他方シュマーレ∵/バッハは経営価値に.よる評価論を展開している。
つまり「製造のために消費される財に対し,支出でほなぐて経営価値をあてが
(1ヱ〉)
う.」のが経営価値計算の本質であるというのである。そして財を経営価値で 評価するのはさきにも述べたように彼の経済観および共同経済的経済性の昂扮
,これを防げる固定費の増大現象,しかしで比較性の確保にその根元がある。
すなわち,経済するとほ選択することであるが,そのためにはあらゆる経営 の作業実体を認識測定し,比較し,取捨選択することが必要である。しかし,
(14)Dersい,Grundlagen derSelbstkostenrechnung undPYeispoliiik,5.Aufl.,Leipzig,
1930.S.32.土岐政蔵訳『原価計界と価格政策の原理』東洋出版社,昭和10年。63ぺ
−ジ。
(15)DelSu,SelbstkostenrechnungundPreilSPolitik,6・Aufl‖,S.172.土岐政蔵訳『原
価計界と価格政策』259ぺ−汐。
襲用理論と原価計算との交渉
477 岬 ヱ7 −
かかる1連のいわほ琴択過程ほ評価を前提とする。つまり比較のためにほ統一一 的な基準が必要不可欠であり,その比較の基準を統・一するものとして経営価値 による評価という思考を導入するのである。かくしで,「ある財が経営に対して 有する価値ほ経営価値である。これほすべての原価計算的および価格政策的討
(16) 究の根本的基準である。」「経営価値ほ経済的選択可能性のうちからその時ゐも
っとも経済的なものを決定しうるため紅諸財‥…‥… に与えるぺき数字的な金 額である。しかも,これは多くの評価のうち経済的選択の可能な範囲の申で,
経済性の最有利なものを誘致するものであり,最良でしかも正当な評価であ
(ユ7)
る」とシュマーレ∵/バッハほ主張する。
ところで,経営価値の具体的な実体・内容は.如何なるものであるのかといえ ば,基本的に.ほ限界価値法則(観念)を示すものであるが,それは諸種の条件 に.より変化するという。シ/ユマTl/ンバッハに.よれば,いま固定費を含む場合州 を別紅すると経営価値はその条件に・より取得価格,時価,限界費用,鱒界利用 の4つが考えられるが,限界費用がとりわけ経営価値を決定づけるという○ し かし,「生産が何らかの理由に.より阻止され,絡資する側の経営の要素がそれに
(18)
もかかわらず上昇する場合」紅は,限界費用から限界利用に転位するとも述べ,
「経営価倦は1つの限界費用点でありまた限界利用点でありうる」・と論結して いる。
ところで,シュマL−レ∵/バッ/\のいう経営価値は種々の経済陛階や諸関係に ょって変化するのであるから,それら変化の条件を考慮札入れた経営価値を考 察する必要がある。とりわけ,・その主要なものとして固定費が経営価値紅及ぼ す影響を論究する必要が生じるが,シュマーレンバッノ1ほそれを「経営価保と 操業度との関係」と題して論じるのである。つまり,費用理論的考察を行なう のである。
ということは,さき紅経営価値は主として限界費用であるという彼の見解を
0 ・4 1 9 2
S S S
O OO
a a a
a a a
S S S
一⊥ r▲ 一⊥ e e e D D D
仇W嘲り 州α H ハ n
土岐政蔵訳,前掲苔,16ぺ−汐。
土岐政蔵訳,前掲苔,14ぺ−・汐。
土岐政蔵訳,前掲書,38ぺ一汐。
第43巻 第5号
ーふ9 −− 478
示したが,そ・れは比例費のみをもって自家製品を生産している企業を想定し,
しかも需要供給共に複数部内を仮定し,競争を予想して:のそれであったわけで ある。しかしながら,比例費のみからなるというこ.とほ現実に.ほありえない。
比例費のみであれはたしか紅操業度の変動に.よる影響はない。しかし,現実は 原価が操業度の変化と関係するとし、う事実,と同時に周定資が存在し,しかも 増大しているという事実ほ,企業の生産費把.重大な影轡を及ぼすことは当然で ある。かくして,シュマーレンバッノ、ほ原価と操業度との関係を論じ,その結 果としての原価逓減および原価逓増が経営価値とどう関連するのかの解明に焦 点を合わせるのである。しかして\彼のいきついた結論はつぎのとおりである。
「総原価の内の固定的部分ほ操業度の増進碇したがって絶対的に少なくなる事 を示している。これは非常紅多く発生するところの漸次紅低下する逓減の特徴 である。全く正常なる業操度に.達する前紅すでに・経営はその最も弱い場所に.,
最初は軽い,次第に.強くなる逓増現象が現われ始め,これは逓減を次第に弱め るのであ■る。これに加えて,ある固定費を発生せしめていた給付が能力の限界 に達し,ここで前に述べた原則に.したがって経営価値は限界費率から限界利用 率に飛躍するのである。この作用に.よって,生産によって生じた収益ほ原価の 固定分を滅ずるのである。
本筋において述べた逓減費を固定的部分と比例的部分とに.分解する方怯は,
最後の生産層の附加的な原価が全生産層の,すなわち総生産量の比例費に.対し 標準を与えるという想定にもとづいたものである。
(19) この想定ほ.大体において限界価値観念に相似点を有する」と。
つまり,混合費としての逓減費ならびに逓増費の認識と数学的費用分解を通 しての経営価値の算出ということを考えるのである。そしで,このような経営 価値に.よる評価の導入に・よって,たとえば,大規模経営紅おける分権的経営欝 理,あるいほ生産の追加をすべきか,注文を引受けるぺきかの選択,さらに」は 複数部門間の経営活動結果の良否の批判等が可儲となり,ここに経営態様の管
(19)Dersい,a.a.0−.,S.47.土岐政蔵訳,前掲書,71ぺ−ジ。 なお,これらの点に
ついては,松本剛著『原価理論の構造』森山書店,昭和42年,参照。
費用理論と原価計算との交渉 −J9 − 479
理が達成できるとレコマー・レンバッハは考え.るのである。
かくして,共同経済的経済性の昂揚:二経営態様の管理=こ経営価値計算の 主張といういま1つの図式が浮び上り,しかしてここにも費用理論が交渉して いることが判明する。
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以上,われわれは.シュマ・−レンバッハの経営価値計算が費用理論と交渉して いることを論理的に明らかにした。しかも,本小文のポイントに合わせれほ,
彼の費用理論が原価計算目的をヨリ明確にし,また有為ならしめていることも 明らかである。けだし,経営価値計算の2つの方向が一といっても両者ほ相互 依存の関係に.あるが−シュマー・レ∵ンバッハのいう原価計算眉的を浮上らせてい
るのである。
しかし,さらに重要なことほ,シユマ−レ∵ノバッハの場合,彼の原価計算に 関する文献をみれば明瞭であるが,当初から原価計算の目的がほっきり整序さ れていたわけではない。むしろ,はっきりしていたのは彼の費用理論とその目 的観であったといえる。たとえば,当初彼は1方において「■間接費の正確な配 賦ほいまだ行なわれていない。それほまず間接費の十分な研究,つまり生産畳
(20)
の増大または減少との関係紅おいて研究することに.よって達成される」と述 べ,費用理論の考察を行なうのセあるが,他方に.おいて,その費用理論的考察 によって間接費の段階的補償を実現しようとしているのである。つまり,費用 理論め目的ほ増大する固定費問題を価格政策を通して解決せんとするところに あったと理解できる。しかして,このような費用理論甲方向性に示唆を受けつ つやがて原価計算の目的が1つ1つ明らかにこされ,つい紅体系的な原価計算目 的論となるのである。
すなわち,シ.ユ.マ・−レンバッハが体系的な原価計算目的論を展開した囁矢は
位α DeIS‖,β〝Cカノ畝如 〟〝g〟〝d助J々〝Jαf≠β狸≠一望ダα∂γょねe・SCゐ∂ノ≠,ⅣαCカ♂㌢〟C一点,1928,S.
7,
第43巻 第5▲弓 480
−− 20・−
1908/09年の論文「生産費算定の理論」に∴給いてであったが,そこに.おいて彼 ほ「一生産費算定の目的を考えてみると,組織的に体系化することほ差し当り不
⊥ 可能のように思われる。たしかに価格の決定,経営管理,そして損益管理は主
(21)
要目的であるといいうるがしかしこれ以外にないとほいえない.」と述べつつ,
(1)価格決定のための生産費算是,(2)貸借対照表のための生産費算定,(3)経営管 理のための生産費算定,(4)損益管理のための生産費算定,の4つを挙げ,原価計
(22)