瀬 戸 篤
Ⅰ
冷戦の終幕 と日本経済社会 システム
1
グローバル経済 と世界的競争
冷戦が終 わ り世界経済 は 〈グローバ ル化〉 してい る
。グローバ ル経済の もと では,従来の世界経済社会 システムに見 られた 「 先進 国対途上国
」「 西側対東側」
といった世界市場 におけ る単純 な
2元 的構造が揺 らぎ出 し,「 地域 間統合」が 進む一方で 「 地域 間競争」が激化 している。その結果,現在 のグローバ ル市場 では,従来の先進 国 と途上 国 といった競争 フ レームを無視す る形 で レス ター ・ サ ローが言 う 「 世界 的競争」が拡大 している
。また,世界的競争 に対 してマイ ケル ・ポー ターが説 明す る 「 競争優位」を確保す るには,〈 変化 のス ピー ド〉と, それを早める ぐ情報 の共有化)が不可欠である
。冷戦終了後 の旧西側陣営お よび旧東側 陣営 に属す る軍事大 国は,お しなべ て これ まで く 軍事分野) に集 中 させ ていた最良の技術 資源 を く 民生分野〉 にシフ トさせ ている。例 えば,米 国発 で世界 の標準通信技術 とな りつつあるイ ンター ネ ッ トとは,東西冷戦体 制 の もとで旧 ソ連 の
ICBM攻撃 に よって国内通信 回
本論文の構想 とアイデアは,筆者が本学に赴任 してから今 日までのおよそ
2年間にわ たる経済学科の西山茂助教授 との対話の中から生まれたものである。また,後述する 「 地 域経済社会システム研究会」に所属する学内同僚と,我々のささやかな試みに対 して有 形無形の支援を常に与えて下さる ( 秩)光合金製作所の井上一郎社長との出合いがなけ れば,具体的な事例を上げて説明することは出来なかった。
最後に,母校のため変わらぬ支援を下さるOB 会組織 『 線丘会』に感謝します0
〔155〕
156 商 学 討 究 第47巻 第 4号
線が部分的に破壊 されて も,反撃用 ミサイルを発射可能な水準の通信 を維持す るために開発 された ( 戦時通信 システム)か らの派生技術であることが一般に 知 られている
。1980
年代 に入 り旧ソ連 との緊張緩和が進むにつれて,インターネッ ト関連技 術 とその通信 インフラは,初めは学術 ネッ トとして大学向けに開放 され,次 に 冷戦終了後の1
990年代 に入 り商用 ネッ トとして企業向けに開放 されたことが今
日のインターネッ ト・ブームをもた らした。
2
国内産業の高 コス ト問題
日本 は世界経済のグローバル化 に対する対応,すなわち 「 ポス ト冷戦」にお ける世界競争 に対す る国内対応がで きていない。 これまで激烈な国際競争にさ
らされてきた輸出主導型製造業のみが対応準備 を迫 られている。
今 日の 日本では,ポス ト冷戦 に対す る対応準備が進む第
2次産業 と,冷戦体 制で国の裁判の下で しか生存方法 を知 らない第
1次産業や第
3次産業 との問 で,深刻な労働生産性のかい離が生 じている
。それが国際間のコス トギャップ
として表面化 している。
だが 日本 においては奇妙なことに,技術水準や労働生産性の高い分野ほど付 加価値率が低 く,政府の規制が強 く労働生産性が低 い分野ほどが付加価値率が 高いことが投入産出価格 データと産業連関分析 の双方で観察 される。つ まり, 競争市場で生 き抜 くために大幅なコス トダウンを達成 し,労働生産性が高い原 材料生産な どの川上部門ほど付加価値率が小 さく,反対 に労働生産性が低い金 融や運輸 ・流通な どの川下部門ほど付加価値率が大 きいのだ ( これに対 し,栄 国で付加価値率が高いのは農業 ・鉱業 に加 え,製造業のなかで も自動車 ・半導 体 ・食品加工 などの付加価値率が高い)。
こうして,国内で最 も労働生産性の高い自動車産業や電子半導体産業 は,労
働生産性が低 く付加価値率が高い国内サービス産業の高 コス ト構造 を嫌 って海
外への製造工程 シフ トを進めた結果,国内製造業の空洞化現象が深刻化 してい
る。 このような工場の海外移転 をグローバル経済における 「 新たな国際展開」
とか 「 水平的国際分業」 と呼ぶ向 きもある。だが,海外直凄投資の源泉が国内 貯蓄である。 日本 による先進国お よび途上国への海外直接投資に見合 うだけの 海外か ら日本への直凄投資が行われていない ということは,貴重な国内貯蓄が 技術 とともに海外 に一方的に流出 していることを意味 している。
3
人口の高齢化問題
この ような国内産業の ( 労働生産性 に関するはこう性)に加 えて, 日本の深 刻化 している国内問題 として ( 人口の高齢化〉がある
。人口の高齢化 とい う社会構造の変化 は,経済構造にどのような変化 をもた ら すのであろうか。人口問題 に関 しては従来マルサス流の人口増加 と食料不足の
問題が中心であった。 しか し, 日本が海外か らの単純労働移民 を国民的合意 と して受け入れることを好 まない以上,① 出生率の劇的低下は
18‑22年後の労働 力人口の大幅供給減少 をもた らす,(
参65才以上の年金受給者の総人口にしめる 比率が急上昇する, ことを意味す る。
若年労働力の減少 は,端的に技術革新のスピー ドの低下をもた らす ことは明 らかである。 なぜな ら,ノーベル賞授賞者の研究分野 をみれば,授賞の きっか けとなった新研究が
20代後半か ら
30才代で集中的になされたことが知 られてい る。特定の世代 の減少 は,人種や民族 にかかわ らず若手世代 によってなされる 技術革新の停滞 を意味する
。また,総人口にしめる年金受給者比率の増加 は,従来の年金 システムである 世代 間の所得移転 によって支 え られて きた フロー としての年金制度 を破壊す
る
。そ もそ も右肩上が りの名 目成長はインフレーシ ョン政策 と同義であ り,た ‑ とえ莫大 な設備投資資金 を借 り入れによって賄 った として も,経済成長過程で インフレが進行すれば過去の負債 は実質的に軽減可能 となる
。こうしたイ ンフ レーシ ョン経済 システムの もとでは,過去の年金支出が現在の給付 を賄い得 る はずがな く,結局,現在の現役世代が現在の年金受給者 を支 えることによって のみ年金 システムは機能する
。だが,名 目 ・実質 ともに
2%程度の低い経済成長では,教育支出 と住宅 ロー
158 商 学 討 究 第47巻 第4号
ンに追われる若年層の所得伸 び率が伸び悩むなかで,物価ス ライ ド制 と退職時 給与 に比例する形での画一的な年金給付額 は毎年確実 に上昇す る。その結果, 現在大卒者初任給が過去
3年以上1
8万円前後で停滞 し,新卒者の就職内定率が
7割前後 に留 まっていなかで,63 才以上のモデル年金給付額 は
25万 円程度 と学 卒者初任給 を大 きく上回っている。その稼 ぎ役たる若年労働力が急減 している のだか ら日本の年金 システムの破綻 は避け られない。
4 日本経済の破綻
以上 に述べた 日本の経済社会 システムに起因す る
2つの困難,すなわち 「 国 内産業問における労働生産性のはこう性」が もた らす国内産業の空洞化 と,「 人 口の高齢化」が もた らす年金 システムの破綻 は,いわゆる 「 団随の世代」 と呼 ばれる19
45年以降の生 まれの 「 団随の世代」が年金受給者 となる
2010年
‑15年 で発生する
。それゆえ,現状のままだと日本の国家財政 は確実 に破産すること が予想 される
。それゆえ,現政権 をして 「 火だるまになって も」や り抜 くと言わ しめる
「6つの改革
」と呼ばれる 「 財政
」「 行政
」「 金融
」「 経済構造
」「 地方分権
」「 教育」
の諸改革 を,西暦20
01年 を目標 として断行せ ざるを得 ない状況 まで追い込 まれ ている
。それか ら
2010年 までの1
0年間は, これ らの改革の成果 をもって 日本の 国家財政が破綻 に追い込 まれることがない活気のみなぎる経済社会 システムの 再生時期 と考えるべ きであろう。それゆえ,
3ヶ年程度の外科手術 を経て患部 を嫡 出 し,次の1
0ヶ年で今後の高齢化社会 を乗 り切 る基礎体力 をつける必要が ある
。つ まり,改革実行の期 間は極 めて限 られているのだ。
Ⅱ
6つの国内改革
1
緊急を要する国内改革
多 くの国民は,た とえそれ らが緊急 を要する改革であるとわかっていて も,
それ らを同時に行 えば国全体の体力が持ちこたえ られず国家の生命 システムそ
の ものが損 なわれるのではないか と危倶 している
。だが現実 には,
2010年 まで あ と
10数年 を残す ばか りとなった今 日, こうした危 険性 を承知の うえで も
「6つの改革」 を断行 しか ナればな らないほど事態 は急迫 している
。今や 米国において空前の株価上昇期 を迎 え,財政健全化 に向けた着実 な政策 発動がなされている
。また,欧州 においては 「 通貨統合」 を現実化 しようとす るプロセスにおいて,加盟各国がゼネス トを覚悟で公務員削減 を含む財政赤字 の縮小 を断行 しようとしている。 さらに,アジアにおいては空前の経済成長 に 沸 きハ イテク技術 をベース とした工業化 を一気 に進めている最中である
。こうした中で,一人 日本のみが膨大 な国内貯蓄 を有 しなが ら冷 え込んだ国内 景気 による国内投資の落 ち込みによって貸出先 に憂慮 している
。また,不良債 権償却 をすすめる金融機 関救済 を目的 とした異常 な低金利政策による不 当に低 い利子配当は,冷 え込んだ個人消費 をさらに落ち込 ませている
。2
改革の タイ ミング
もしも, このままの状態で
「6つの改革」 の うち 「 金融改革」で想定 されて いる 「日本版 ビッグバ ン」が実行 された場合,土地本位制 に慣れ きった脆弱 な 国内金融機 関を買収す る形で海外金融機関が一斉 に国内資本市場 に参入 し,膨 大 な国内貯 蓄 は有利 な投 資先 を求 めて大量 の海外 シフ トを起 こす可能性があ る。それゆえ,「 金融改革」 を進 めるにあたっては,他 の諸改革 も同時並行 し て進 めなが ら国内経済構造 をグローバ ル経済 に対応可能な強靭 な体質 に変革 さ せてゆ く必要がある
。それでは 「 行政改革」や 「 親制緩和」 を強力 に押 し進めるには どの ようなア
プローチをとるべ きであろうか。以上
2つの改革は,他の 「 金融改革」や 「 財
政改革」 も含 めて く 中央集権 システム)か らの離脱 と政府部門のス リム化 に最
大の主眼が置かれている
。それゆえ,( 地方分権 システム)への円滑 な移行が
前提 としてない限 り他の
4つの改革 も前‑ は進 まない。
160
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商 学 討 究 第47巻 第 4号
Ⅱ 地方分権 と地域経済社会の再構築
1
外圧 と改革
日本は外圧 によって しか大 きな構造改革を図れない国家 であるとしば しば批 判 される。例 えば1 ‑江戸時代か ら明治維新 に移行 した きっかけはペ リーの黒船 来航が発端であった し,軍国主義一辺倒か ら戦後民主主義への移行の きっかけ は太平洋戦争の敗北 と米国
GHQの占領政策 によるものであった と言われる
。だが,米国が もた らした
2つの歴史的転換点 を比較 してみると,ある質的差 異が両者 に存在す ることが理解 される
。前者 においては,維新以前 に薩摩 ・長 州などの強大 な経済力 と軍事力 を有す る雄藩が存在 し,それ らが連合すること で旧体制 を軍事的に制圧 して近代国家 を形成 していった点である。つ まり,外 圧 は変革を促 した環境変化 にす ぎず,あ くまで も地域が変革の主体者であった
のだ。それに対 して,後者の変革は外圧の主体者である米国の占領政策その も のが変革の主要なプロセスであ り,外圧 は直接の当事者であった といえよう
。前者 と後者の質的差異 は一体 どの ような原因か ら生 じているのだろうか。そ
れは,
1868年の明治維新以前の 日本では政治 ・経済 ・外交の決定権があたか も
小 国家が存立す るごとく地方分権状態 にあったのに対 して
,1945年以前の 日本 には中央集権 システムが政治 ・経済の隅々まで行 き渡 っていた。それゆえ,明 治維新 か ら
1945年 までの 日本の近代化 は く 地方分権 システム)か ら ( 中央集権
システム)へ の移行 と同義 であった。
皮肉にも,
1945年以後サ ンフランシス コ講和会議 までの 日本 占領期 間に米国 が持 ち込 もうとした民主化政策は,明治維新 い らいの中央集権 システムの象徴 ともいえる中央官僚 の動員 な しには実行不可能 なものが多 く,結果的に形式的 な地方分権の背後で中央政府が予算配分 と人材派遣 を通 じてコン トロールする
「 疑似地方分権」が形成 されて しまった。
2 1997
年の改革
1990
年 に冷戦が終 わって世界経済はグローバ ル化 して, 日本 は国内の経済社 会 システムの大幅転換 を迫 られている
。こうした意味で,
1997年 は
1868年 に比 す る大 きな外圧 にさ らされている と言 えよう
。だが
,1997年が
1968年 と決定的に異 なる点は, こうした外圧 によって変 わる べ き方向が 「 地方分権」 に向かってお り,
1868年 とは逆方向 を目指 した転換 に 迫 られている点にある。そ うした意味で
,1997年における地方分権 のための改 革は,
1868年以前の 日本 に存在 していた地域の政治 と経済の 自立化 を取 り戻す ためのプロセス とみ ることが可能である
。地域経済の活性化 には く 既存産業の強化〉とく 新産業 の育成〉が不可欠である
。つ ま り地域の 「 産」の活性化が欠かせ ない。 また,地方分権 の実現 には地方政 府の政策立案機能 と政策遂行能力 の強化が欠かせ ない。つ ま り地域 の 「 官」の 活性化が欠かせ ない。すなわち,地域 における 「 産」 と 「 官」の活性化 を同時 に図 らなければ,グローバ ル時代 における 日本 の国内改革の展望 は妬 けないの である
。こうした地域 における 「 産」 と 「 官」の活性化 を支援す る触媒機能 と
して,地域の 「 学」の役割が増 している。
162 商 学 討 究 第47巻 第4号
3
地域 における 「 学」の役割
地方分権 の時代 における 「 学」の果たすべ き役割 とは一体 どの ようなものだ ろうか。
地方分権 の進捗如何 は,中央政府が これ まで担 って きた行政お よび財政機能 を地方政府が円滑 に引 き継 ぎ得 るか如何 にかかっているか ら,地域の社会科学 系大学が国に代 わって地方分権‑のスムーズな移行 を強力 にサポー トし,同時 に地方分権が もた らす プラス面 とマイナス面 に関す る情報 を中央政府 に適切 に フィー ドバ ックさせ ることがで きれば,ある地域 における地方分権 プロセスが 他 の地域 における地方分権 のモデル とな り得 る
。こうした中央政府 と地方政府 の媒介機能 としては,国民の税金 によって運営 される中立 ・公正 ・守秘義務 を課 された国立大学 ほど有効 な機 関は他 に存在 し ない。現実 に米国にはおいては,州立大学が州政府 の求めに応 じて様 々な政策 立案やその検証 を行 ってお り,連邦政府 に過度に依存 しない州の独 自性 と自治
システムを地域の 「 学」が積極 的にサポー トしている
。それゆえ,地域 の社会科学系 国立大学 は中央政府 と地方政府 の どち らか一方
に荷担することな く,国民国家 の視点 に立 ちなが ら地方分権 を推進 させ るエ ン
ジンとして働 くことで地域の活性化 に貢献 し得 る現実的な機関 といえよう。
Ⅳ
地域 にお ける社 会科 学 系 大学 の役 割
1
地域経済社会の現状
今 日の 日本の地方政治構造 を観察すると,数百年の歴史的背景 をもつ欧米の 地方議会 ・政党政治制度 に比 して 1世紀 ほ どの歴史 しかない 日本では,中央 に おける政党間の力学が地方議会 に直接持 ち込 まれ,与野党間で 「 反対のための 反対」が繰 り返 され政策立案機能が麻痔す る光景が中央 と変わ らず散見 され る
。そのため,地方政治家 による地域 の視点 に立 った政策立案 とその検証の機能は きわめて脆弱である
。さ りとて,中央政府が支出する公共事業 に過度 に依存す る脆弱 な経済基盤 し か もたない北海道地域 においては,層の厚い民 間経済が育 っていないため 自助 努力 による地域経済社会の活性化 にむけた 「 産」独 自の試み も限定的な影響力 しか持 ち得 ていない。 また,中央政府か ら多 くの公共投資支出を受 けなが らそ の執行機関 としての役 目を果た して きた地方政府である 「 官」 は,現在改革の 嵐 に当事者 として改革 に投 げ込 まれ ようとしているため,中長期の政策立案が 立てに くい現状 に置かれている
。そこで,現政権の
「6つの改革」 における 「 教育改革」のなかの 「 学」の役 割が急速 にその重要性 を増 している
。まさに,国内諸改革の成否 は中央 ・地方 を問わず 「 産」お よび 「 官」の活性化 に依存 しているが,その活性化 のために は 「 学」 のコーデ ィネー タ機能や政策立案機能が不可欠 なのである。
3
地域の社会科学系大学 による具体的貢献
それでは,地域 における社会科学系大学の具体的な貢献策 としてはどの よう
なものが考 え られるだろうか。その第
1段階は,地域経済社会が抱 える諸問題
について 「 産
」「 学
」「 官」 の関係者 を集めて頻繁 に意見交換が行 える地域連携
のための学外 オフィス を企業 ・行政機関の集中す る地域首都 中心部 に設置する
こと
。第
2段 階は,学外 オフィスで得 られた地域経済社会が抱 える現実の諸問
題 をキ ャンパスに直接持 ち込み,本格的な診断 と治療 を行 うための"社会科学
164 商 学 討 究 第47巻 第 4号
の大学病院" を大学教官研究棟 に隣葦 して設立す ることが考 え られる
。ここで,仮 に"社会科学の大学病院" を 「 地域経済研 究セ ンター」 と呼ぶ こ ととしよう。セ ンターに配置 されるス タッフは,少数の専任 コーディネーター 担 当教官お よび支援事務ス タッフを除けば,学内のみで教育 と研究に専心 して いる学部 ・大学院教官 と,中央お よび地元の 「 産」お よび 「 官」か ら出向派遣 される 「 客員研究員」が共同で共同プロジェク トに参加す ることが望 まれる。
ただ し,学内教官でセ ンターでの共同研究 に参加するス タッフについては,お お よそ
1年か ら
2年 間程度 の期 間はセ ンター専属 で活動可能 とす る学 内ロー テーシ ョンの体制が必要 となろう
。こうして,セ ンターが全学施設 として機能 し始めれば
,10年程度の うちに多 くの教官が地域経済社会の問題解決 に直接 たず さわった経験 を有することとな り,「 学」が地域 のため 「 産」 と 「 官」 の よき仲介者お よびパ ー トナー とな り 得 る経験 を実践的に学ぶ機会 を, リサーチアシス タン トとして参加す る大学 院 生達 と共 に共有す る場 ともなろう
。それゆえに,セ ンターは社会科学系大学 内
に設置 される総合 的な研 究セ ンター として機能 させ る必要がある
。また,密接 な地域連携 を維持す るために も第
1段 階で述べた学外 オフィスは 重要である。 もちろん,国立大学が このような試みを今 日の財政改革 プロセス で行お うとすれば民間か らの支援 な しには考 え られず,米国の一流大学 と同様 の大学
OB会 による学術支援財団による資金 的バ ックア ップ体制が不可欠 とな ることは言 うまで もない。
政策決定 プロセス と社会科学系 の学問が ともすればかい離 して きた 日本 にお
いて,セ ンターにおける主たる任務 とは,地域企業や地方政府がかかえる諸問
題の解明やその解決策 について体系的かつ学際的に研究す ることにある。そ う
して,最終的には地方分権 を進めるための知的イ ンフラを地域 内に構築す るこ
とに繋がることが理想的である
。Ⅴ
小樽 商科 大学 にお ける取 り組 み と今後 の課題
1
「 地域経済社会 システム研究会」の発足
日露戦争後の明治
43年
(1910)に建学 された小樽商科大学 ( 旧小樽高商)は, 建学以来
85年間にわたって高い研究水準 を保つ社会科学系大学であ り,国内産 業界 に対 し少数精鋭の有為 なる経済人を送 り続 けて きた。 こうした本学 に対 し て,地元の 「 産
」「 官」が地域貢献 に寄せ る期待感は極 めて大 きい。そ こで, 平成
8年
3月に本学経済研究所内に,経済 ・経営 ・情報の
3学科有志教官
7名 が参加 して 「 地域経済社会 システム研究会」が結成 され活動 を開始 した。
こうした研究活動の結果,本学 に寄せ られる地域か らの要請は以下の
3つに まとめ られることがわかった。すなわち,
( ∋地域独 自の発展戦略が求め られる地方政府 自治体 に対す る地元経済の現 状分析支援,お よび産業振興 ・地域活性化 に向けた計画策定支援
( 参グローバル経済‑の対応 に迫 られる地場中小企業の経営現状分析お よび 中期経営戦略の策定支援
③技術 開発志向が強いベ ンチャー企業 に対す る一般的経営 ノウハ ウ支援
そこで 「 地域経済社会 システム研究会」では,現在次の
3つの共同研究プロ ジェク トに取 り組んでいる
。( 彰経済企画庁 .北海道大学農学部 と共同で 「グ リー ン
GDP計算方法の研 究」
②北海道経済連合会 と共同で「 地域の中小企業の競争力比較 に関す る調査」
166 商 学 討 究 第47巻 第4
号
2
「 地域経済研究センター」構想
だが,有志教官 による任意研究会では日々高まる地域か らの要請にすべて応 じることは不可能 とな りつつある
。そのため,旧小樽高商以来の学内組織であ る経済研究所 を改編 し,地域のニーズに応 じた経済 ・商学 ・企業法お よび社会 情報 の
4学科 に属す る教官が,地元の 「 産
」「 官」お よび他の 「 学」 とも連携 なが ら地域経済社会 に関する学際的な共同プロジェク ト研究を行 うための受け 皿組織設置が急務の課題 となっている
。構想中の「 地域経済研究セ ンター」においては, ①学外 ( 理工系 を含む他大学 ・ 研究機関 ・中央官庁) との共同研究体制 を強化する,( 参学外 との共同研究推進
の担い手 として,地元の政府 自治体 ・経済団体 ・シンクタンク ・民間企業等か ら多 くの専 門家 を常勤 ・非常勤 を問わず客貞研究員 として招‑いする,( 多地域 研究に関す る国際的研究ネッ トワークを充実する,の
3つ を柱 とする全 く新 し
いタイプの運営方針 を持つ ことが現実的である
。従来,こうした研究形態は理工系大学 において盛んであったが,社会科学系 大学 においては一部をのぞいてほとん ど例がみ られない。 しか しなが ら,現在 の 日本 において地方分権の受け皿 となるべ き地方政府お よび自治体の計画策定 能力 は欧米各国に比べ著 しく遅れてお り,本学 による地域連携 システムの構築 が強 く望 まれる。
3
派遣研修生の受け入れと大学院教育 との連動システム
構想 中のセ ンターは,昨今叫ばれて出 した職業人のための 「リカレン ト教育」
や 「リフレッシュ教育」 とも連動 させ ることが望 ましい。例 えば,地域の自治 体 による長期総合計画の策定や,地場の中小企業による中期経営計画の策定 に あたって, 業務課題の完成 を目的 とした
1カ月か ら半年程度の担当者 による「 業 務出張」ない し 「 業務出向」 をセンターで受け入れるべ きである。
一般的に地元の町村や中小企業では長期の派遣留学 ・出向制度が未整備な場
合が多い。そこで,セ ンターは自治体 ・企業出向者 を 「 研修生」 または 「 客貞
所員」 として受け入れ,彼 らに対する事務的設備 ( オフィス ・コンピュータ ・
電話
・FAX)と研究場所 を貸与 し,課題テーマに応 じた研究プロジェク トチー ムを紹介する。 これ らは 「リカレン ト教育」の一環 として位置づけることも可 能である
。また, もしも彼 らの出張ない し出向期間が
2年間認め られるのであれば,派 遣決定時に派遣元 ならびに個人に対 し 「 社会人入学制度」 を活用 した大学院へ の挑戦 も合 わせて提案 したい。そうすれば,あ くまで も課題 を抱 えた派遣であ ると同時に 「リフレッシュ教育
」の場 にもな り得 る
。近年大学院の充実の必要性が問われて久 しいが,現実 には社会科学系大学院 の場合 に修了生の進路がアカデ ミック方面 に限 られるため,大学側 も専 門分野 における高い学力 を求めがちである
。しか しなが ら,現実の社会的ニーズはそ れ とは異なる分野で発生 しているケースが しばしば発生 している。例 えば,一 度社会 に出た自然科学系や人文系の出身者が第一線の政策や経営の意志決定者 になった場合 に必要 となる経済経営の再教育や,シンクタンク等 における研究 貞の専門分野移行 に伴 うリカレン ト教育,等のニーズである。
このようなニーズに対 して,現実の一般国立大学 における経済経営学系大学 院の教育プログラムはほとん ど対応 していないのが現状である。地域社会に貢 献で きる大学院プログラムとはどうあるべ きかが,現在の国立大学全体 に課せ られた大 きな課題 となっている
。その突破 口として上 に述べたセンターが機能 し得 る余地がある
。自治体や企業か らの研修生 と大学ス タッフが共に地域活性 化のための共同プロジェク ト研究を進めるなかで,研究成果 を学術的にも価値 あるものに昇華 して 「 修士論文」 を作成 し, これを派遣元 に持 ち帰ればよいの ではないだろうか。
4
センターの未来
同時にセ ンターでは,地域が求めるテーマに関 して学問的裏付 けのある政策 シミュレーシ ョンを行い,純粋 な政策科学 としての政策研究を行 うのである
。これ らの ことは, 従来東京 を中心 とする中央 レベルでは過去 に行われてきたが,
地域 レベルではほ とん ど実例がない という
。それはまた,地域のグローバル化
168 商 学 討 究 第47巻 第4号
が進行す る今 日,地域 レベルにおける政策決定に対 して強 く望 まれている研究 形態 と言 えるのである
。将来的にはセ ンターが 自立的に発展すれば,地域 の政策科学 を学問体系化 し て大学院教育 に反映 させ る 「 地域政策科学大学院」 をス ター トさせ ることも可 能である
。例 えば,米国ボス トンにあるハーバー ド大学 におけるケネデ ィ行政 学大学院, ワシン トンにあるジ ョン ・ホプキ ンス大学 における国際関係学大学 院な どはそれにあたろう
。ここか らは数多 くの優秀 な学生が育 ち,ある者 はプ ロの行政マ ンとして,ある者 は大学教授 として, またある者 はジャーナ リス ト
としてのちに活躍 している
。Ⅵ
おわ りに
構想 中の 「 地域経済研 究セ ンター」 におけるポイ ン トは くヒ ト)である。理 工系研究セ ンターが大型実験施設 を駆使 した研究 を重視す るとすれば,社会科 学系 における実験場 は く 社会〉である
。その場合,学内における人的資源 を戦 略的に運用 して地域連携 のための産学官研究 をプロジェク トベースで強力 に推 進す ることが重要である
。これ らを実現す るため大学 に求め られている機能 とは,く 組織 の タテ割 りを 越 えた ヒ トとヒ トの出合 いの場 の提供) に尽 きるように思 われ る
。この ような 出合 いの場 として, 税金で運営 される地域 の国立大学ほ ど望 ましい場所 はな く, 地元の自治体 ・企業の実務担 当者が 〈 問題検討‑共 同研究‑政策策定〉 を大学
に持 ち込み,それ を学内外のス タッフがサポー トす るための機能が地域社会で 切実 に待 ち望 まれている
。この ような 〈 組織〉を国立大学の どこかにたち上 げようとす る場合 に,経済 ・
経営 ・法律 ・情報 の
4学科が商学部 とい う同一のハー ドウェアに展開 し,戦前
か らの高いアカデ ミックス タンダー ドを背景 として 自前の支援財団をも合 わせ
持つ小樽商科大学 は,地域連携 のための先端的モデルケース となろう
。そ うし
た意味で,地域経済の活性化が国家的要請 として浮上 している今 日, 日本 にお
ける地域研究のメ ッカとして発展す るための基礎 的イ ンフラが小樽商科大学 に おいては用意 されているのである
。参考文献
1
)大学入試 シリーズ 『 小樽 商科大学』数学社
(1978)2)
出村克彦,伊藤 昭男 ,瀬戸 篤 「 酪農乳製品の産業構造 に関す る国際比較 一国際産業連 関表 に よる 日米欧比較分析 ‑」岩波書店 『 農業経済研究』第66 巻第
4号
(1995)3) Edited by David R.Lamp,"The Massachusetts Miracle",The MIT Press(1988)