序 文
Streptococcus pneumoniae は市中肺炎の起炎菌と して最も重要な菌種のひとつである.本菌が院内 感染の原因菌として報告されることはこれまで比 較的稀であったが,最近では入院する乳幼児と高 齢者での水平感染による院内感染事例も報告され るようになっている1).今回我々は S. pneumoniae の中でも比較的分離頻度の低いムコイド型コロ ニーを形成する S. pneumoniae による院内感染と 推定される事例を経験し,パルスフィールドゲル 電 気 泳 動 法(pulse-field gel electrophoresis:
PFGE)を用いた分離菌株の解析を行ったので報 告する.
症 例
[症例 1]73 歳,女性.
基礎疾患:気管支喘息.
経過:平成 13 年 4 月下旬より呼吸困難が出現 し,近医を受診した.5 月 22 日より呼吸困難に加 え,食思不振,ふらつきも出現し,自宅にてトイ レに歩行中転倒したため 5 月 23 日当院受診後呼 吸器病棟に入院となった.受診後直ちにステロイ ド薬が投与され呼吸困難の症状は改善されたが,
入院翌日に採取された喀痰よりムコイド型コロ ニーを形成 す る S. pneumoniae が 分 離 さ れ た.5 月 24 日より CDTR-PI が投与され,その後著変な
く 6 月 13 日退院となった.
[症例 2]72 歳,女性.
基礎疾患:肺癌骨転移,肺線維症.
経過:平成 12 年,肺線 維 症,肺 癌 の 疑 い,C 型肝炎および急性気管支炎にて当院に入院し,退 院後も胸痛が持続していた.平成 13 年 4 月 5 日頃 より胸痛, 腰痛および下肢痛が増悪してきたため,
4 月 12 日当院呼吸器病棟に入院した.入院後は疼 痛治療が行われてきたが,症例 1 の患者より S.
pneumoniae が分離された 4 日後の 5 月 28 日に,
喀痰から症例 1 と同じ性状を示すムコイド型コロ ニーの S. pneumoniae が分離された.感冒薬のみで 特に抗菌薬の投与はなく,5 月 31 日に軽快退院と なった.
[症例 3]82 歳,男性.
基礎疾患:特記事項なし.
経過:平成 13 年 1 月 5 日に急性腸炎からの敗 血症性ショックにて当院入院となった.人口呼吸 管理と抗菌薬治療によって軽快したが,その後も 誤嚥性肺炎,中心静脈カテーテル感染,褥創感染 および尿路感染などを繰り返していた.症例 2 で S. pneumoniae が分 離 さ れ た 6 日 後 の 6 月 3 日 よ り発熱,呼吸不全が出現し,急速に悪化して敗血 症性ショックとなったため,6 月 6 日に呼吸器内 科病棟から集中治療部に転棟となった.6 月 6 日 採取された気管内吸引痰より症例 1, 2 と同じ性状 を示すムコイド型コロニーの S. pneumoniae が有 意に分離された.また 6 月 6 日の動脈血培養から
肺炎球菌による院内感染事例
1)公立玉名中央病院,2)琉球大学医学部臨床検査医学講座
永田 邦昭
1)牛島 正人
1)山根 誠久
2)宮城 知佳
2)(平成 15 年 2 月 17 日受付)
(平成 15 年 4 月 4 日受理)
別刷請求先:(〒865―0064)熊本県玉名市中 1950 公立玉名中央病院中央検査部
永田 邦昭
Key words: Streptococcus pneumoniae, mucoid colony, hospital-acquired infection
も同じ性状をもつ S. pneumoniae が陽性となった.
6 月 6 日に採取された気管内吸引痰のグラム染色
所見にて S. pneumoniae による感染が推定された
ため,同日直ちに PAPM ! BP の投与が開始された が,ショック状態が改善せず,呼吸不全が急速に 悪化し,6 月 7 日死亡した.
これら 3 症例の臨床経過と菌検出の推移を Fig.
1 にまとめた.
1.分離菌の同定および薬剤感受性
3 症例より分離された菌株は,いずれも羊血液 寒天培地にムコイド型の菌集落を形成し,集落の 周囲に α 溶血環が観察された.オプトヒン感受性 試 験(栄 研 化 学,東 京)お よ び 胆 汁 溶 解 試 験
(Sigma,St. Louis,U.S.A.)が陽性に判定された
Fig. 1 Clinical course of the patients became infected with mucoid type colony form-ingStreptococcus pneumoniae
Table 1 Minimum inhibitory concentrations(MICs)determined for the isolates of mucoid type colony forming Streptococcus pneumoniae
Isolates tested Antimicrobial
agents
Case 3 Case 2
Case 1
from blood on June 6, 2001 from sputum
on June 6, 2001 from sputum
on June 25, 2001 from sputum
on May 28, 2001 for sputum
on May 24, 2001
1.0
0.125
1.0
0.125
0.125
PCG
≦ 0.25 ≦ 0.25
≦ 0.25 ≦ 0.25
≦ 0.25 ABPC
≦ 0.125
≦ 0.125
0.25
0.25
0.25
CEZ
0.25
0.5
0.5
0.5
0.5
CTM
0.25
0.25
0.5
0.25
0.25
CZOP
≦ 0.125
≦ 0.125
≦ 0.125
≦ 0.125
≦ 0.125 CDTR
≦ 0.125
≦ 0.125
≦ 0.125
≦ 0.125
≦ 0.125 IPM
8
> 16
16
16
16
GM
> 4.0 > 4.0
> 4.0 > 4.0
> 4.0 EM
> 4.0 > 4.0
> 4.0 > 4.0
> 4.0 CLDM
16
8
16
> 16
16
MINO
≦ 0.5 ≦ 0.5
≦ 0.5 ≦ 0.5
≦ 0.5 VCM
1.0
2.0
2.0
2.0
2.0
CPFX
2.0
2.0
2.0
2.0
2.0
LVFX
Each value represents MIC(µg/ml)
こ と か ら,こ れ ら 3 株,い ず れ も S. pneumoniae と同定した.
微量液体希釈法(ドライプレート 栄研 ,栄研 化学)にて最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration:MIC)を測定した.
Table 1 に,3 症例より分離された延べ 5 株での MIC をまとめたが,いずれも相互に近似する感受 性度を示した.これら 5 株はすべて,PCG に中等 度 耐 性,ABPC,CEZ,CTM,CZOP,CDTR,
IPM,VCM,CPFX,LVFX に感性,GM,EM,
CLDM,MINO に耐性と判定された.
2.パルスフィールドゲル電気泳動法(pulse- field gel electrophoresis:PFGE)を用いた解析
制限酵素,Sma I(Fig. 2)および Apa I(Fig. 3)
を用いて,今回分離された 3 症例に由来する S.
pneumoniae 5 株(菌株 nos. 4〜8)について,PFGE での菌株の相同性を解析した2).解析対象とした こ れ ら 5 株 の PFGE に お け る DNA fragment pattern はふたつの制限酵素を用いた検討におい てすべて一致した.他方,小児病棟に入院する男 児の髄液,血液および咽頭粘液より分離されたス ムーズ型の菌集落を形成する 3 株(菌株 nos. 11〜
13)の ApaI による DNA 断片の易動度は,3 症例
に由来する菌株とは明らかに異なった.院内感染 の発生が疑われた 3 症例以降,約一カ月間経過し た 後 に 入 院 し た 患 者 に 由 来 す る 1 株(菌 株 no.
9)のムコイド型株では,Apa I での泳動像は 3 症 例に由来する菌株と一致していたが,Sma I での DNA 断片の易動度は一部が異なっていた.3 症例 の院内感染の発生以前に集中治療部に入院してい た患者に由来する 3 株(菌株 nos. 1〜3)のムコイ ド型株,また同時期,外来患者より分離された 1 株(菌株 no. 10)のムコイド型株の泳動像は,Sma I,Apa I いずれの制限酵素においても今回の 3 症 例に由来する菌株の泳動像と一致した.解析対象 とした 13 株の内,ムコイド型株 10 株はまったく 同じ, あるいは極めて近似した泳動像を示したが,
スムーズ型菌集落を形成する 3 株とはまったく異 なる泳動像であった.
考 察
今回経験した 3 症例から分離された S. pneumo-
niae は,いずれも羊血液寒天培地上での菌集落が
ムコイド型を示し,加えて penicillin に中等度耐
性,試験したその他の薬剤に対する感受性度も相
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
(kb)
361 324 262 257 208
175 135 117
80 76 44 36
互に一致していたことから,その表現型の類似性 から病院内での水平感染が疑われた.菌株の相同 性を解析する目的で,2 つの制限酵素を用いた PFGE を 行 っ た が,切 断 さ れ た DNA fragment pattern はすべて一致し,同一起源の菌株である と推測された.比較的分離頻度の低いムコイド型 コロニーを示す S. pneumoniae が約 1 カ月という 短期間に同一病棟(呼吸器病棟)内に広がったと いう疫学的観察に加え,薬剤感受性パターンおよ び PFGE の結果より,これら 3 症例は同一菌株に よる院内感染の事例であると推測される.その起 源については現在のところ,呼吸器感染を伴う気 管支喘息の症例 1 の患者が病院に持ち込み,長期 入院経過中に他の 2 人の患者に伝播していった可 能性が最も高いと考えている.しかし,3 症例の院 内感染発生以前に別病棟の集中治療部に入院して
いた患者に由来するムコイド型菌株が,これら 3 症例に由来する菌株とまったく同一の PFGE パ ターンを示したことから,これら 3 症例以前より 病院内に潜在的に定着していた可能性も否定でき ない.感染経路については,患者から患者への飛 沫感染が推定されるが,3 人の患者は少なくとも 発症時には相互に離れた病室に入院していた.入 院経過中に一時的に接触していた可能性は残る が,むしろ医師や看護師の鼻咽腔に付着して持ち 運ばれたという経路が推測される.今回の事例で は病院職員の鼻咽腔内保菌調査は実施していない が,菌の付着および拡散防止のためにはマスクの 着用が有効であると考えられる.さらにもし患者 がマスク着用可能な状態であれば,咳のひどい患 者本人がマスクを着用することで,周囲への拡散 が最低限に防げるものと推測する.またスタン
Fig. 2 Pulse-field gel electrophoresis of chromosomal DNA digested bySmaILane 1 through 3:The isolates from the patient admitted in intensive care units on April 7, 2001 prior to the cases.
Lane 4, 5 and 6:The isolates from sputa of cases 1, 2 and 3, respectively.
Lane 7:The isolate from blood culture of case 3.
Lane 8:The isolate from sputum of case 2 readmitted on June 25, 2001.
Lane 9:The isolate from the patient admitted in the respiratory disease ward on July 24, 2001.
Lane 10:The isolate from pediatric outpatient on July 18, 2001.
(kb) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 291
242 194
145
97
48
ダードプリコーションに基づいた処置時の手指お よび器具類の消毒も重要であると考えられる.特 に人工呼吸器による呼吸管理が必要とされる患者 においては院外から持ち込まれた市中細菌の感染 によって重篤化する危険性が高く,咳やくしゃみ を訴える新規の入院患者とはカーテンで仕切る,
もしくは飛沫が直接届かないベッド間隔を確保す ることが望ましいと考える.さらに個々の患者に おいては人工呼吸器回路の吸気側と排気側の両方 にフィルターを装着して菌の侵入,排出を防止す る処置も必要であろう.
S. pneumoniae による院内感染は,ペニシリン耐
性化が顕著になった特に 1980 年代後半より報告 がみられ,増加傾向にある.院内感染事例の患者 の多くは,ひとつは高齢者で,慢性閉塞性呼吸器 疾患をもつ患者集団において,自ら感染源となる と共に,他の患者から感染する危険性も高いこと が指摘されている
3)4).もうひとつの患者集団は,
乳幼児における院内感染で,呼吸器感染のみなら ず,菌血症,敗血症あるいは髄膜炎といった全身 感 染 症 を 来 た す こ と も 少 な く な い と さ れ て い る
5)6).
今回我々の経験した S. pneumoniae は,血液寒天 培地上の菌集落が比較的稀なムコイド型であり,
同じ菌集落の形状を示す菌株が同じ病棟の患者に
由来する臨床検体から分離されたことで発見され た.これらのムコイド型の菌株と院内感染発生以 前に別の病棟に入院中であった患者に由来するム コイド型 S. pneumoniae を PFGE で解析したとこ ろ,いずれも識別不可能な同一の DNA 断片の易 動度を示した.今回血清型の検討は行っていない が, ムコイド型の菌株はその多くが 3 型とされ
7), PFGE でみても今回の菌株に近似する菌株が市中 に広く分布する可能性が残り,今回の事例を明確 に病院環境における水平感染であると結論するに は,さらに多くの菌株を集めて検討を続ける必要 があると考えられた.
文 献
1)Paradisi F, Corti G:IsStreptococcus pneumoniaea nosocomially acquired pathogen? Infect Control Hosp Epidemiol 1998;19:578―80.
2)Lefevre JC, Faucon G, Sicard AM, Gasc AM:
DNA fingerprinting of Streptococcus pneumoniae strains by pulse-field gel electrophoresis . J Clin Microbiol 1993;31:2724―8.
3)de Galan BE, van Tilburg PM, Sluijter M, Mol SJ, de Groot R, Hermans PW,et al.:Hospital-related outbreak of infection with multidrug-resistant Streptococcus pneumoniae in the Netherlands . J Hosp Infect 1999;42:185―92.
4)Millar MR, Brown NM, Tobin GW, Murphy PJ, Windsor AC, Speller DC:Outbreak of infection with penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae Fig. 3 Pulse-field gel electrophoresis of chromosomal DNA digested byApaI
See footnotes of Fig. 1 except for lane 11 through 13.
Lane 11, 12 and 13:The isolates from cerebrospinal fluid, blood culture and pharyn- geal swab of the patient admitted in pediatric ward on October 28, 2001, respectively.
in a hospital for the elderly. J Hosp Infect 1994;
27:99―104.
5)Raymond J, Bingen E, Brahimi N, Bergeret M, Doit C, Badoual J,et al.:Pneumococcal meningi- tis resistant to penicillin and nosocomial transmis- sion in pediatric hospitals confirmed by genomic analysis. Arch Pediatr 1996;3:1239―42.
6)Cimolai N, Cogswell A, Hunter R : Nosocomial transmission of penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae. Pediatr Pulmonol 1999;27:432―4.
7)小栗豊子,小野米子:日常検査における検査法の 問題点―肺炎球菌の分離・同定,血清型別,ペニ シリン耐性株のスクリーニング法―.臨床と微生 物 1995;22:145―51.
Hospital-Acquired Streptococcus pneumoniae Infection
Kuniaki NAGATA
1), Masato USHIJIMA
1), Nobuhisa YAMANE
2)& Chika MIYAGI
2)1)
Tamana Central Hospital
2)
Department of Laboratory Medicine, Faculty of Medicine, University of the Ryukyus
Three elderly patients were consecutively found to harbor or to become infected with intermediate-level penicillin- resistant Streptococcus pneumoniae in a hospital respiratory ward. All the isolates from the respective patients produced mucoid-type colonies on sheep blood agar plates and were found to have an identical antibiogram, indicating that those were resistant against erythromy- cin, clarithromycin, clindamycin and minocycline. Pulse-field gel electrophoresis of genomic DNA di- gested Sma I and Apa I demonstrated homology among the isolates, which may suggest person-to- person spread in a hospital setting. With this, it is an urgent to establish the institution-based infec- tion control precautions against S. pneumoniae.
〔J.J.A. Inf. D. 77:510〜515, 2003〕