• 検索結果がありません。

「復興」という状況の定義に抗う人々と私

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "「復興」という状況の定義に抗う人々と私"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

巻頭言

─ 1 ─

2019 年の年が明けた。「東北の震災から丸 8 年が過ぎようとしています」といったフレーズが時折報道される一方 で、2020 年の東京オリンピック・パラリンピック、2025 年の大阪万博のニュースが目立って増えてきた。「被災地は復 興している」という状況の定義と共に、震災と原発事故の記憶は風化させられ、まだ生活再建の途上にある多くの人々 のことは見えなくされている。「避難指示が解除されたのに、なぜ帰らないの」という素朴な問いかけが、さまざまに 迷う人々の心に突き刺さっていく。

現実はどうなっているのか。なぜそうなのか。

一人一人の状況はまさに多様である。ただ、もうすっかり元の暮らしに戻れたように見える人でさえ、以前とは違う 諸条件の中で生活している。ましてや、今もなお帰還困難区域で戻れない人、あるいは年間 20ミリシーベルトに引き 上げられた安全数値に到底納得できずに戻りたくても戻れない人は多い。そういう1人 1人の現実があることが、見え にくくなっている。

私は 2011 年震災当時、鳥取県内に住み、岡山県内の私立大学に勤務していた。中国地方から被災地は遠かった。

実際に通うようになったのは跡見学園女子大学に赴任してからのことである。翌年、2016 年 4 月から科研費を得て「原 発事故後を生きる有機農業者の生活再建と地域コミュニティ再生のエスノグラフィー」というテーマで福島県二本松 市東和地区へ通い始めた。2018 年度が最終年度である。

先日、日帰りで二本松市内の公営復興住宅で開催された住宅の居住者と二本松市民との交流会「新春餅つき大会」

に参加してきた。東和地区の有機農業者たちが交流会の共催となっており、12 月に調査に行った際にこの会のことを 聞いて知った。交流会には、NHK 福島ほか、いくつかのテレビ局が取材に来ていた。帰宅後、ちょうど目にした全国 ニュースでほんの短時間、その映像が放映された。「今日の会はどうですか」と聞かれて、「(交流会が)楽しい」、「励 みになる」という答えと明るい笑顔だけが放送された。これを見てお茶の間では、ああ良かったなとほっとするのだ ろう。

しかし、さまざまな事情を知る人・抱える人たちは、「それだけ?」、「そういう風に伝えるの?」と思うのではない か。実際、餅つきもけんちん汁もおいしかったし、元気は出た。みんなで一緒に歌を歌って楽しかった。しかし、そ れだけではなかった。

「故郷」を歌った時は涙ぐんだり、つまったりしている人たちもいた。また、現職教員や教員OB で活動している

「なごみーず」も出演し、オリジナル曲「フクシマは終わっていない 2018 」が唄われた。「なごみーず」は、震災前、歌 好き・音楽好きの教員たちで結成・活動していたが、震災後は自分たちが和むだけでなく子どもたちの声を代弁する ことが教育者としての役目ではないかと考えるようになり、オリジナル曲を作り、歌ってきたという。山形県長井市で 30 年以上活動しているローカルバンド「影法師」と重なった。

歌は、「ふくしまは完全にコントロールされているとうそぶく安倍政権」と始まり、「重要なベースロード電源だと言 い張り 原発の再稼働と輸出を進めている ふくしまは終わっていない ふくしまはまだ終わらない」という歌詞に続 き、間にボーカルの方の語りが入った。「原発事故関連死は震災で亡くなった方の数を超えた。しかし自ら命を絶った 方は関連死とは認められない。避難解除、もう戻れますと言うだけでライフラインの整備は進んでいない。生業を奪 われた方の補償もしない東電。7 年も経ってようやく福島原発の廃炉を口にした。」そして、2 番の歌詞へ続いた。聴い

「復興」という状況の定義に抗う人々と私

Standing by those who resist the prevalent definition of recovery in the Tohoku Region

(2)

─ 2 ─

跡見学園女子大学 観光コミュニティ学部紀要 第4号

ている人々の多くは大きくうなずき、また、そうだと声には出さなくても共感しているような表情の人、複雑な様子の 人……。この曲が終わった時、とても大きな拍手が起こったのが印象的であった。私も深く引き込まれた。

午後 1時過ぎからは団地の自治会長と元商工会長の 2 人の方から、これまでのことや現状、今後のこと等を詳しくう かがう第 2 部があった。2011 年 3 月の震災・原発事故のことはもう終わったこと、ちょうど 2020 年度で「復興・創生 期間」は終了する、さあ、次は 2020 年の東京オリンピックだ、と言われているように思う。交流会に参加した人たち の中には、そうした思いを口にする人もあった。3 時半過ぎまで質問等意見交換もあり、第 1 部の餅つきや演奏・合唱 に加え、どちらも大事な企画だと思った。

しかし、テレビ局は第1部の途中でもう引き上げていた。取材目的でやって来て最後まで残っていたのは、私の他、

横須賀在住のフリージャーナリストの方だけだった。この方は震災直後から福島へ通い「民の声新聞」という電子媒体 を発行してきた方である。お会いするのは初めてであったが、以前から私が時折チェックしてきた媒体であったので、

似たような関心を持つ者はどこかでつながるのだろうなと思った。確かな視点からの丁寧な取材を通して、取材を受 けた人々からの信頼を得てきた方のようだった。交流会では参加している色々な方から声をかけられていた。

この国はいったい何を目指し、どこへ向かおうとしているのか。

私は、真理の探究を大学の使命と考え、研究教育を行ってきた。大学教員である限りはそれを忘れないようにした いと思う。見えないもの、隠されて見えにくくされているものをあぶり出し、その持つ意味を明らかにし、よりマシな 未来を描くために考える。私は、これからも社会学・民俗学の立場から、「復興」という他者からの状況定義に抗う 人々と共に、生活再建の現実を捉えていきたい。

靏  理 恵 子

(観光コミュニティ学部長)

参照

関連したドキュメント

(例えば古川, 2015 ,木下, 2015 ,岡田, 2015

落にあるが,伊里前湾の奥にある伊里前には,小さな伊里前川が海にそそいでいる。この川口では,

日本労働研究雑誌 1

塩竈市魚市場は平成 23 年、24 年ともに、東日本大震災前の平成 22 年の水揚量を上

 2012 年 12 月の「生活基盤の復旧状況」指数 (震災前= 100) をみると、岩手県、86.4、宮城県 89.3、福島県

被災者の生活再建の第一歩を支援する制 度が「災害救助法」である。この法律は 1947

災害 FM 局の寿命と CFM 局経営の課題 3.11 以降、岩手県内 7 市町に 8 局が設けられた 災害 FMは 2018 (平成 30)年3 月 22 日に廃止され

、東日本大震災の財源措置と同水準ではないが、阪神・淡路大震災以降の地震災害と