1.開題──消費者の個人的エピソードで製品・サービス・
地域をブランド化
現代日本では,製品やサービスの間に大きな機能的価値の差はなく(い わゆる「コモディティ化」),消費者に対して差別化する方法論が必要とされ てきた。このような問題状況に対し,経験価値マーケティング(
Schmitt 1999)
,五感ブランディング(Lindstrom 2005)
,物語マーケティング(福田1990,山川 2007)
,コンテクスト・ブランディング(原田・三浦2010)
など,513 商学論纂(中央大学)第
59
巻第3・4号( 2018
年3月)エピソード・ブランディングの 概念規定と戦略枠組み
──エピソード記憶の特性を生かしたブランド戦略──
三 浦 俊 彦
目 次
1 .開題──消費者の個人的エピソードで製品・サービス・地域をブラ
ンド化2.エピソード・ブランディングの定義と理論的基礎
⑴ 概念登場の背景と定義⑵ 理論的基礎としての「エピソード記憶」
3.エピソード・ブランディングの戦略体系
⑴ 保持者(誰のエピソードか)の違いによる3戦略 ⑵ 対象(何のエピソードか)の違いによる4戦略
⑶ エピソード・ブランディングの記憶定着・記憶再生の戦略
4.結語──エピソード概念のより深く,広い分析へ向けて
情緒的価値(非機能的価値)の構築を目指した多くの研究が国内外で展開 されてきた。
上記コンテクスト・ブランディングの研究を通じて,製品やサービスを 価値の集合体(コンテクスト;文脈)として消費者に伝えていくためには,
それらの価値を消費者の「エピソード」として心に刻むエピソード・ブラ ンディングが有効であることが明らかになってきた(原田・三浦
2011,三浦 2013 a
,2013c
)。そこで本稿では,このエピソード・ブランディングという新たなブラン ド戦略の確立へ向けて,その理論的検討と戦略枠組みの提示を行う。前者 の理論的検討については,認知心理学のエピソード記憶研究をその基礎と する。
2.エピソード・ブランディングの定義と理論的基礎
⑴ 概念登場の背景と定義
エピソード・ブランディングという新概念は,地域ブランドを研究する 中から生まれた。
原田・三浦(2011)では,地域ブランドが成功するためには,
a.
ゾーン デザイン(ブランド化しようとする特定地域/ゾーンを価値の集合体[コンテク スト]としてデザインする),b.
エピソードメイク(デザインされたゾーン・コ ンセプトを来訪者にエピソードとして体験・記憶させる),c.
アクターズネット ワーク(上記ゾーンデザインおよびエピソードメイクを実行する参加者/アクタ ーのネットワークをつくる)の3戦略が必要なことを,多くの地域事例を取 り上げて実証した。ここで
a.
(ゾーンデザイン)およびb.
(エピソードメイク)は戦略論であ り,c.
(アクターズネットワーク)は組織論であるため,ブランド戦略の視 点からは,a.
とb.
が重要であり(c.
はブランド組織論),前者(ゾーンデザイン)は,「ゾーンを価値の集合体(コンテクスト)としてデザインする」と いう意味では,コンテクスト・ブランディングとほぼ同一であることが理 解された。そのような中,同じ研究チームの江戸(2010)によって,後者 は,エピソード・ブランディングと呼びうるのではないかという提案があ り,ここにエピソード・ブランディングという新概念が生まれた。
このように,エピソード・ブランディングは,地域ブランド戦略におい て,地域のコンセプト(コンテクスト)を顧客のエピソードとして定着さ せることの重要性を指摘したブランド戦略として登場した。ただ,ブラン ド戦略を考える場合,単に地域ブランドだけでなく,製品・サービスな ど,一般的なブランド戦略にも,このエピソード・ブランディングの枠組 みが援用できるのではないかと考えられる。
このような基本認識に則り,本稿では,エピソード・ブランディングを,
「顧客のエピソード記憶に,当該対象(製品・サービス・地域など)のブランド 価値を,エピソードの形で刻み込むブランド戦略」と定義する。「当該対 象」には,地域や製品・サービスだけでなく,企業,大学,国家その他,多 くのものが入るわけであり,したがって,エピソード・ブランディングは,
製品ブランド戦略,サービス・ブランド戦略,企業ブランド戦略,地域ブ ランド戦略など,すべての対象のブランド戦略に援用可能なのである。
⑵ 理論的基礎としての「エピソード記憶」
地域に滞在したエピソード(伊豆に家族で旅行した,など)や製品・サー ビスを使用してのエピソード(近くのレストランで誕生日に食事するとケーキ をサービスされた,など)は,消費者の記憶に保持されているわけであり,
したがって,エピソード・ブランディング理論構築のための基礎は,認知 心理学のエピソード記憶研究に求められる。
認知心理学における記憶研究では,人間の記憶は,大きくは,意味記憶
とエピソード記憶に分けられる。ここで,意味記憶とは,対象の意味(内 容)に関する記憶で,一方,エピソード記憶とは,時間的・空間的に定位 された経験の記憶である(
Tulving 1983,太田 1988)
。例えば,「東京ディズニーランド(
TDL
)」に対する意味記憶は,「オリ エンタルランドが運営」,「浦安に所在」,「シンボルはシンデレラ城」など となる。一方,エピソード記憶とは,例えば,「去年のクリスマスに,彼 女とTDL
に行った」などとなる。意味記憶(TDL
の意味内容の記憶)に,時間的・空間的なタグ(クリスマスなど)が付くとエピソード記憶になると 言われる(
cf.
太田1988)
。ここでエピソード記憶は,意味記憶と比較すると,マーケティング的視 点からは,次の3つの点で特徴がある(
cf. Tulving 1983,太田 1988)
。 まず第1の特徴として,エピソード記憶は,エピソードの体験時の感情 とセットで記憶される(cf. Tulving 1983)
。上記の例では,TDL
の意味記憶(オリエンタルランド運営,浦安所在,など)は感情とは関係なく,単に知識 として記憶されているのに対し,「去年のクリスマスに彼女と
TDL
に行っ た」というエピソード記憶は,その際の楽しかった感情とセットで記憶さ れる。もちろん,仮にその際に彼女とケンカして別れてしまったなら,悲 しい感情とセットで記憶される。レストランも同様で,サプライズのケー キサービスがあれば楽しい感情とセットでよいエピソードとして記憶され る一方,店員の態度が悪ければ嫌な感情とセットで悪いエピソードとして 記憶される。このようにエピソード記憶は体験時感情とセットで記憶されるので,心 に深く刻まれると考えられる。意味記憶は,その記憶保持のためにはある 程度の労力が必要と考えられるが
1)
,エピソード記憶の場合は,その体験1
) 学生時代の試験前の記憶の大変さが代表的であるが,その理由の一つは,エピソード記憶の場合は入ってきた情報そのものがそのまま保持される一
時感情が,非常にポジティブであったり(大変よいエピソード),非常にネ ガティブであったり(非常に悪いエピソード)した場合,記憶にしっかりと とどまると考えられる。
第2の特徴は,意味記憶が対象(事実・観念・概念など)に関する記憶で 基本的に万人共通と考えられるのに対し,エピソード記憶は,非常に個人 的で主観的な記憶であり,各人各様という点である(
cf. Tulving 1983,太田
1988)
。例えば,TDL
の意味記憶は,誰であっても,オリエンタルランドが運営,浦安に所在,シンボルはシンデレラ城,などと共通している(違 いは,知っている情報量の違いだけ)。一方,
TDL
に対するエピソード記憶は,「去年のクリスマスに彼女と行った」という人もいれば,「子どもを連れて 行ったら,各アトラクションでものすごく待たされてヘトヘトになった」
という人もいるなど,各人各様である。
各人各様というこの特徴は,エピソード記憶が累積的に積み上がるとい う性質からも強化される。すなわち,個人的で主観的なエピソード記憶 は,経験を積めば積むほどエピソードは増えてくるので,エピソード記憶 もどんどん累積的に増えてくる。
TDL
に2回目に行くと新たなエピソー ド記憶が加わり,3回,4回と行くごとに,どんどん増えていき,こうし て各人各様さがさらに増していく。エピソード記憶が拡大していくという 意味では,エピソード記憶は可変的とも言うことができる。第3の特徴は,意味記憶は万人共通で企業自身も同様に持っているが,
エピソード記憶は,企業はまったく持っていない(知らない)という点で ある。これは第2の特徴とも関わるが,意味記憶とエピソード記憶を誰が 作るのか,という理由に起因する。
TDL
の意味記憶(オリエンタルランド運方,意味記憶では入ってきた情報を意味あるものとしてまず認識し,さらに これまでの長期記憶内の意味記憶体系[意味ネットワークなど]との関係も 考えて保持するという保持過程の違いが考えられる(cf.太田
1988)。
営,浦安所在その他)は,
TDL
自身が作ったブランド戦略に基づいており,したがって,
TDL
の意味記憶は,TDL
(企業)が作ったと言える(正確に 言うと,TDL
が作った内容を,消費者が記憶)。したがって,意味記憶は企業 自身もちろん知っており,消費者間においても(企業がプロモーション戦略 その他で伝えるので)万人共通に知っている。一方,エピソード記憶は,各 消費者が作る個人的で主観的な記憶であり,各人各様であり,したがっ て,(自分が作ったわけではないので)企業は知らないのである。以上をまとめると,エピソード記憶の特徴(意味記憶と比較しての,マー ケティング的視点からの特徴)は,図表1のようになる。すなわち,①感情 との関係で言うと,体験時感情とセットで記憶されるので心に深く刻まれ る,②内容から言うと,個人的で主観的な記憶(さらに蓄積的・可変的)な ので,各人各様である,③企業の保持については,企業はまったく持っ ておらず知らない,と言える。
これら特徴を企業のブランド戦略的視点から評価すると,まず①が非 常に重要である。よいエピソードを消費者に体験してもらえれば,自社製 品・サービスへ好感情が付加されると共に,よいエピソード記憶が心に刻 まれるのである(再購買が大いに期待される)。ただ,企業は知らない(③)
わけであり,いかに消費者がよいエピソード記憶/悪いエピソード記憶を 持っているかを知る必要がある(それらのエピソード記憶が再購買を規定する
図表1 エピソード記憶の3つの特徴
──意味記憶と比較しての,マーケティング的視点からの特徴──
エピソード記憶 意味記憶
①感情との関係 体験時感情とセットで記憶される 感情とは無関係
②内容 各人各様 万人共通
③企業の保持 持っていない(知らない) 持っている
ので)。ただ,消費者の各人異なるエピソード記憶を調査するのは,大変 な作業である。
そこで考えられるのが,企業からの働きかけによって,消費者にエピソ ード記憶を創造してもらうという考え方である。個人的で主観的なエピソ ード記憶は蓄積的・可変的でもあるので(②),企業の戦略が入り込む余 地がある。単に製品・サービスを提供するだけでなく,消費者によいエピ ソード記憶を創ってもらうようなブランド戦略を展開するのである。それ がエピソード・ブランディングである。
3.エピソード・ブランディングの戦略体系
「顧客のエピソード記憶に,当該対象(製品・サービス・地域など)のブラ ンド価値を,エピソードの形で刻み込むブランド戦略」であるエピソー ド・ブランディングであるが,
a.
保持者(誰のエピソードか)によって3つ の戦略に分かれ,b.
対象(何のエピソードか)によって4つの戦略に分かれ る。⑴ 保持者(誰のエピソードか)の違いによる3戦略
エピソード・ブランディングは,エピソードの保持者の違い(誰のエピ ソードかの違い)によって,①自己エピソード・ブランディング,②他者 エピソード・ブランディング,③共通エピソード・ブランディング,の
3つの戦略に分けられる。
① 自己エピソード・ブランディング
消費者に,当該対象(製品・サービス・地域など)に対する自身のエピソ ードを,新しく創ってもらいブランディングするのが,自己エピソード・
ブランディングである。
このブランディング戦略は,サービス業や小売業では,古くから有効な
戦略と考えられてきた。例えば,レストランにおける誕生日サービス(ケ ーキやシャンパンのサービスなど),鉄道でのスタンプラリー(近年では,西武 鉄道の妖怪ウォッチなど),スーパーでの親子料理教室(日曜などに屋上や駐車 場などで実施)など,消費者によいエピソードを新たに創ってもらうこと によって,当該ブランド(レストラン・鉄道・スーパー)への愛顧を高めて もらうブランディングである。サービス業は,サービスの持つ「生産と消 費の同時性」という性質からわかるように,企業によるサービス生産時
(提供時)と消費者によるサービス消費時(購入時)が同時であり,サービ ス購入時に基本的に消費者がサービスを消費するので,そこにエピソード 記憶が必ず生まれることになるので,それを確実に利用していく戦略であ る。
もちろん,メーカーの製品ブランド戦略においても有効で,2010年にパ ナソニックが行ったデジカメの
Lumix
でのショートムービーコンテスト などは,まさにその製品ブランドを使って消費者が体験するエピソードに よってブランド価値を高めていこうとする戦略である。エピソード記憶と は,記憶対象とそれに関わる文脈(当該製品を使用したり,当該製品を話題に したりする文脈,など)とのセットの記憶とも考えられるわけであり(仲1988)
,この例では,Lumix
に,お父さんと子供がショートムービーを一緒に撮った多くの文脈・エピソードが付随することによって,当該
Lumix
の価値は格段に拡大するのだと考えられる。製品は,基本的に必ず使用さ れるので,その使用場面におけるエピソード記憶を豊かにすることによる ブランディングと位置づけられる。同様に,地域ブランドにおいても,当該地域のさまざまな場所やグッズ で,心に残るエピソードを創ってもらうことができる。浦安の
TDL
でも,伊豆の海水浴場でも,彼女・彼氏や,また家族と一緒に訪れたエピソード を,素敵な思い出(エピソード記憶)として心に刻み込んでもらうようなさ
まざまなイベント(カップルでのスイカ割り,親子での風鈴づくり,など)や 記念品などの企画が考えられる。
② 他者エピソード・ブランディング
次に,他者のエピソードでブランディングするのが,他者エピソード・
ブランディングである。
伊豆やグアムにある恋人岬は,他者のエピソードを用いたエピソード・
ブランディングと考えられる。例えば,伊豆では,地元の伝承などに基づ き,1983年5月に廻り崎の地名を恋人岬に改称し,設置したラブコールベ ル(愛の鐘)を3回鳴らすと恋愛が成就するとした。そこを訪れるカップ ルにとっては,もちろんそれは自分達のエピソード記憶になるが,さらに 加えて,これまでそこを訪れた何千,何万というカップルのエピソード
(恋愛成就のエピソード)があるからこそ,当該地域のブランド価値が高ま っているのだと考えられる。同様に,神社における初詣の際の絵馬も,他 者のエピソードによって当該神社のブランド価値が高まっている例であ る。例えば,この神社で絵馬を奉納したら
A
大学に合格した,などの他 者のエピソードがあると,自身も奉納したくなるわけであり,当該神社の ブランド価値が高まるのである2)
。このように,他者エピソード・ブランディングは,もともとは恋愛や受 験など,消費者にとってかなり重要な生活シーンに関わる地域や場所のブ ランド戦略の色彩が強かったが,
e
の時代になり,ネット上の2) 関連する製品事例(エピソード・ブランディング事例)として,ブランド
名が「きっと勝つ」に通じるということで,受験生応援版を出しているネス レ「KitKat」があげられる。近年「インスタ映え」という言葉がよく言われるが,
に影響されて,そのカフェやバルに他の消費者も行きたくなったりするわ けであり,他者のエピソードを利用した,サービス業のエピソード・ブラ ンディングと言うことができる。
製品でも同様で,例えば,江崎グリコ「ポッキー」は,シェア・ハッピ
ネス(
Share Happiness
)というそのブランド・コンセプトを消費者に伝達するために,2015年,三代目
J Soul Brothers
を使い,「シェアハピ・ダン ス」を踊るCM
を展開した。すると,「シェアハピ・ダンスを踊ってみた」という一般消費者の動画が
You Tube
などに大量にアップされた。さらに,それら他者のエピソード(シェアハピ・ダンスを踊っている他者のエピソード)
に影響され,多くの人が自分もシェアハピ・ダンスを踊ったり,ポッキー 自体を購入することによって,大きな社会現象となっていった。こうし て,「ポッキー」は他者の多くのエピソードによって,シェア・ハッピネ スというブランド価値を多くの消費者の脳裏に焼き付けたわけであり,エ ピソード・ブランディングの成功例と言うことができる。
③ 共通エピソード・ブランディング
最後に,多くの消費者が共通して持っているエピソードを基にブランデ ィングするのが,共通エピソード・ブランディングである。
過疎化に悩まされていた大分県の豊後高田市は,2001年に「昭和の町」
という新しいコンセプトで商店街を革新し,いまでは年間30万人以上の観 光客が訪れる街にまで復活した。旧型の郵便ポストや駄菓子屋,また高度 成長期の三種の神器(冷蔵庫・洗濯機・白黒
TV
)の飾られた電気店など,昭和の時代の風情や街並みを再現し,約40の参加店舗が一体となって「三
丁目の夕日」的なノスタルジックな,それでいて何となく暖かい「昭和の 町」を具現化したのである(三浦
2011)
。「昭和の町」は,現在の40代以上には,自分の子供の頃や懸命に働いて いた時代のエピソードを呼び覚ますわけであり,皆が共通に持っている素 敵なエピソード記憶(昭和の時代の,貧しくとも暖かく,上を向いていた時代の エピソード)に基づく,共通エピソード・ブランディングと言うことがで きる。また,若い20代にとっても,自分達はまったく経験していないので 自身のエピソード記憶には保持されていないはずであるが,当時の駄菓子 屋や街並みを目にするとき,日本人の心の故郷のような郷愁やエピソード を感じていると考えられる。その理由は,映画「三丁目の夕日」を見た り,また
TV
番組やネットの動画でそのような昭和のシーンを見ることに よって,「昭和」というエピソードが,20代の若者にも擬似的に共通して 保持されている可能性が高いからである。同様に,「坂の上の雲」の明治 の息吹や,幕末の志士たちの活躍は,現在の消費者は誰も経験していない わけであるが,多くの小説やドラマ・映画を読んだり見たりする中で,(共通した)疑似的なエピソード記憶になっていると考えられるのであり,
だからこそ「昭和の町」と同様に,明治の息吹や幕末の志士たちの活躍を 題材にしたイベントやアトラクションその他が,(それらを擬似的にエピソ ード記憶として保持している)消費者を引っ張るのである。
多くの消費者が共通して持っているエピソード記憶を基礎とする共通エ ピソード・ブランディングは,ヒット商品のリバイバルなどでも見られ る。例えば,2012年に発売されたトヨタ「86(ハチロク)」は,
FR
のスポ ーツカーであったが,その源流は,トヨタが1983年に発売したAE 86型カ
ローラレビン・スプリンタートレノに求められる。FR
のスポーツタイプ で,86(ハチロク)と言えばこれらの車のことだとわかるくらい絶大なる 人気を博したが,当時の車好きにとっては共通のエピソード記憶になっていたと考えられる。それを利用して,約30年後に,40代・50代となったか つての若者をメインターゲットに,さらにその子ども世代(スポーツカー に興味を示す20歳前後)もサブターゲットにトヨタ「86」を新発売したので ある。親世代(40代・50代)にとってはエピソード記憶である一方,子ど も世代(20歳前後)にとっては親から聞いたり,雑誌で読んだりすること によって,擬似的エピソード記憶になっていたと考えられる。ガンダムや ウルトラマンの復活なども,同様な共通エピソード・ブランディングと考 えられる(
cf.
山岡2007)
。以上をまとめると,エピソードの記憶保持者の違いに基づくエピソー ド・ブランディングの3戦略は,図表2のようになる。
⑵ 対象(何のエピソードか)の違いによる4戦略
上記の3戦略を見るとわかるように,企業が利用・創造の対象とするエ ピソードには,
a.
ブランド戦略の対象(製品・サービス・地域など)に関す るエピソードと,b.
ブランド戦略の対象以外のエピソード,の2つがあ る。レストランの誕生日サービス,Lumix
のムービーコンテスト,伊豆の 恋人岬,ポッキーのシェアハピ・ダンス,トヨタの86が,a.
ブランド戦略 の対象に関するエピソードを利用・創造しているのに対し,豊後高田市の図表2 エピソード・ブランディングの記憶保持者別3戦略
──誰のエピソードを用いるかの違いによる──
戦略名 対象エピソード 例
①自己エピソード・
ブランディング
ターゲットに新規 エピソード創造
レ ス ト ラ ン 誕 生 日 サ ー ビ ス,
Lumix
ムービーコンテスト,など。②他者エピソード・
ブランディング
他者のエピソード を利用
伊豆「恋人岬」,ポッキー「シェ アハピ・ダンス」,など。
③共通エピソード・
ブランディング
ターゲットの共通 エピソード利用
豊後高田市「昭和の町」,トヨタ
「86」,など。
「昭和の町」は,ブランド戦略の対象(「豊後高田市」という地域)以外の,
より大きな時代としての「昭和」のさまざまなエピソードを包含している という意味で,
b.
ブランド戦略の対象以外のエピソードを利用している と言える。以下では,
a.
ブランド戦略の対象(製品・サービス・地域など)のエピソ ードを用いるエピソード・ブランディングを対象ごとに3つに分け(製品,サービス,地域),
b.
ブランド戦略の対象以外のエピソードを用いるエピソ ード・ブランディングと合わせ,対象が異なる4つの戦略を検討する。① 製品のエピソードを用いたエピソード・ブランディング
先に見たように,サービスの場合は,「生産と消費の同時性」というそ の特徴から,「(企業側の)提供時点=(消費者側の)消費・使用時点」なの で,消費者がどのように(その場で)消費・使用するかは常に考えられて いるが,製品の場合は使用場面まで考慮した戦略にまで深まっていない場 合も多い。すなわち,サービスの場合,「購入体験=使用体験」であるの に対し,製品の場合,「購入体験≠使用体験」という違いがその理由と考 えられる。パナソニックの
Lumix
の購入体験は,単なる購入体験に過ぎ ず,使用体験はもっと後で起こるのである(その点,レストランの食事は,購入しながら使用・体験している)。
このように製品の場合,購入時点と使用時点が異なるので,これまでの 企業のマーケティング戦略は,(消費者に購入させるために)購入時点を重視 した戦略が多かった。すなわち,昔は品質と価格を2大訴求要因としたコ スト・パフォーマンス戦略が多かったし,近年のブランド戦略の流れの中 では,製品の機能的価値(品質など)と情緒的価値(イメージなど)を訴求 した戦略が主流となっている。ただ,コスト・パフォーマンス戦略であ れ,機能と情緒の戦略であれ,共に,製品自体の価値を訴求するのが基本 となっており,そこに使用体験というエピソードが入り込む余地が少なか
った(「使いやすさ」などの機能的価値として入っている程度)。
したがって,これからの製品のエピソード・ブランディングにおいて は,特に,使用体験というエピソードをいかに製品ブランド戦略に組み込 んでいくかが重要となる。
Lumix
の例で考えるなら,ズーム倍率・液晶画 面の大きさ・電池持続時間などの機能的価値やデザインなどの情緒的価値 を訴求するだけでなく,むしろLumix
を使用することによって体験され る価値あるエピソードを訴求するべきなのである。ズーム倍率やデザイン の斬新さなどの製品開発は,R&D
部門の仕事である。一方,マーケティ ング部門にとっては,その製品を使用しての価値あるエピソードをデザイ ンするという「エピソード開発」こそが重要な仕事なのである。先に見たLumix
のショートムービー・コンテストは,実際にどのような価値あるエピソードが開発されるかは消費者側に委ねられてはいるが,消費者に当該 製品のエピソード創造の機会を与えるという意味で,エピソード開発の一 つの好例と考えることができる。
② サービスのエピソードを用いたエピソード・ブランディング サービスの場合は,「生産と消費の同時性」というその特性から「購入 体験=使用体験」であり,したがって,サービスを購入・使用すると,必 ずエピソード記憶が生まれる。ただ,ここで重要なのは,いつもと同じエ ピソードを体験しただけなら,エピソード記憶として深く記憶内に刻まれ ないということである。仮に行きつけのレストランで,いつもの好物のス テーキを注文し,いつものおいしい味を堪能し,いつもと同じ店員の笑顔 で送られたなら,記憶内には,いつもと同じようなエピソード記憶が一つ 増えるだけで,満足度は大きくは変わらない。一方,仮に行った日がたま たま誕生日で,サプライズのシャンパン・サービスがあったなら,いつも のエピソードとは異なる特別なエピソードとして,記憶内に深く刻まれる と考えられる。「このレストランは(おいしいだけでなく)素敵なサービス
もしてくれる」という素敵なエピソード記憶が刻まれるのである。
このようにサービスの場合は,いつもと違う「特別な体験(エピソード)」 を提供することが必要なのであり,このような「特別エピソードの開発」
が,サービスのエピソードを用いたエピソード・ブランディングの要と考 えられる。すなわち,通常のエピソードの流れ(来店→席に案内→注文→料 理・飲み物のサーブ→会計→見送り,など)
3)
をしっかり創り上げるのはサー ビス業の基礎的な仕事であるが,エピソード・ブランディングの場合は,さらにそこに特別なエピソードを開発し,付け加えるのである。「特別」
の意味は,自社の通常サービスとの違いであり,また競合他社の通常サー ビスとの違いでもある。このような特別なサービスを提供することによっ て,消費者にとって特別なエピソード記憶として心に刻まれ,再購買を生 み出すと考えられる。
先ほどの例なら,通常の西武鉄道の輸送サービス(通勤・通学)はいつ もと同じようなエピソード記憶を生むだけであるが,夏休みに子どもと一 緒に妖怪ウォッチのスタンプラリーにがんばって挑戦したエピソードは,
特別なエピソードとして心に刻まれるのである。通常のスーパーの小売サ ービスを受けるだけなら,日々ほぼ同様なエピソード記憶が残るだけであ るが,日曜に小学生の娘と一緒に行った日曜親子料理教室の特別なエピソ ードは心に残るのである。このような「(通常とは違う)特別エピソードの 開発」が,サービスを利用したエピソード・ブランディングでは重要なの である。
③ 地域のエピソードを利用したエピソード・ブランディング
地域の場合も,サービスに近く,「購入体験≒使用体験(滞在体験)」で
3) このレストランにおける一般的な流れのように,典型的な出来事の時系列
に 関 す る 知 識 の モ デ ル は, ス ク リ プ ト(script) と 呼 ば れ る(Schank &Abelson 1977,三浦 1989)。
ある。例えば,奈良に旅行に行って,東大寺の大仏を見る場合,拝観券の 購入=使用体験(大仏の鑑賞),である。奈良公園の鹿に鹿せんべいをやる 場合,鹿せんべいの購入=使用体験(鹿への餌やり),である。ただ,奈良 公園で鹿せんべいを購入せずにそぞろ歩きをしながら奈良の空気を楽しむ ことも可能で,その際には,購入体験はないにも関わらず使用体験(奈良 のここちよい空間に滞在する経験)を得ることができる。その意味で,サー ビスの場合は,「購入体験=使用体験」であったのに対し,地域の場合は,
購入体験がなくても地域を楽しむことができる場合があるので,「購入体 験≒使用体験(滞在体験)」と,≒なのである。
地域の場合は,サービスと同様に,地域に滞在・購入すると,必ずエピ ソード記憶が生まれる。ただ,ここで重要なのは,サービスの場合と異な り,ルーティン的な定型的パターンが少ない点である。サービス業のレス トランの場合,一般的なエピソードの流れは,「来店→席に案内→注文→
料理・飲み物のサーブ→会計→見送り」などであり,同じ流れを体験させ るだけなら同様のエピソード記憶が一つ増えるだけで,大きくは満足度は 上がらず,したがって,「特別エピソードの開発」が重要であった。一方,
地域の場合は,ここまで定型的なエピソードの流れはない。理由は,
a.
地 域を構成する要素の多様性と,b.
(地域を訪れる)頻度である。すなわち,a.
一般的な定型的流れができないほど構成要素が多様であり(奈良の楽し み方も,東大寺に行く人もいれば,春日大社に行く人もおり,鹿せんべいをあげる 人もいれば,ご当地アイスを自分で食べる人もいる,など多様;したがって,レス トランのような定型的な流れは作りにくい),b.
多様だとしても,レストラン のように100回,200回行けば定型的流れが徐々に出来上がる可能性もある が,地域の場合,例えば,奈良に100回行く人はほどんどいないわけで,(訪問)頻度がはるかに少ないため定型的な流れができない。このように 地域を構成する要素は,膨大に多様であり,定型的な流れが作れるほど訪
問頻度も高くないので,その地域の滞在の仕方・楽しみ方は,各人各様な のである。
したがって,地域のエピソードを用いたエピソード・ブランディングの 仕事は,このような多様な構成要素のエピソードの新しい流れ(順番)を 創造することである。すなわち,「特別エピソードの開発」でなく(もち ろん,特別エピソードを開発できればそれも効果は大きいが),むしろ「エピソ ードの流れ(順番)の開発」をすることが,地域のエピソード・ブランデ ィングの核心となる。例えば,地域の名所を順繰りに回るという旧来型の エピソードの流れではなく,山梨地方で行われているが,地域産品(ぶど う)をテーマに,畑での収穫体験(ぶどう狩り)からワイナリーでの試飲体 験まで含めた,ぶどうに関するエピソードの流れを作ることによって,来 訪者の心に当該地域のエピソード記憶がより深く刻まれると考える。近年 では,ワイナリーなどのアクターたちが集結して「ワインツーリズムやま なし」というイベントを毎年秋に行っており,10回目となる2017年11月11
〜12日には,5つの市,60以上のワイナリー,地域住民が参加し,専用バ スでブドウ畑,ワイナリー,飲食店などをめぐるエピソードの流れを作っ て,「山梨=ワイン」というブランド・コンセプトを来訪者の心に刻んで いる。
④ ブランド戦略の対象(製品・サービス・地域など)以外のエピソード を用いたエピソード・ブランディング
ブランド戦略の対象(製品・サービス・地域など)のエピソードを用いた エピソード・ブランディングとして,製品のエピソードを用いたもの,サ ービスのエピソードを用いたもの,地域のエピソードを用いたものを考察 してきたが,最後に,これらブランド戦略の対象(製品・サービス・地域な ど)以外のエピソードを用いたエピソード・ブランディングを考察する。
このタイプのエピソード・ブランディングとしては,
a.
歴史(時代)に関するエピソードを付加するものと,
b.
(製品とは関係のない)自身のエピ ソードを付加するもの,の2つがある。まず,「歴史(時代)」に関するエピソードを付加するものとしては,先 に見た「昭和の町」があげられる。そこでは,豊後高田市の商店街に,
「昭和」という時代のエピソード(円筒型の赤い郵便ポストや駄菓子屋のある 風景,白黒の小画面ブラウン管テレビや足踏みミシンなど)を付加して,昭和時 代の懐かしさを商店街に付加して,ブランディングしている。同様に,日 光江戸村(栃木県日光市)は,忍者活劇や花魁道中などのアトラクション によって,「江戸」という時代の文化や生活のエピソードを活用してブラ ンディングしたテーマパークである。これらでは,地域(豊後高田市,日光 市)に関するエピソードよりも,地域を離れた「昭和」「江戸」という時 代のエピソードを当該地域に付加しているわけであり,ブランド戦略の対 象(製品・サービス・地域など)以外のエピソードを用いるエピソード・ブ ランディングと言うことができる。
次に,近年,小売業でよく見られるのが,製品に(製品とは関係のない)
自身のエピソードを付加するエピソード・ブランディングである。
代表的なものが,無印良品の「刺繍工房」である。これは,無印良品で 購入した布製品(シャツ,バッグ,ポーチ,タオル,寝装用品など)に,200種 類以上のマークや文字,また消費者持込みのイラストやマークを,その場 で2〜3時間で刺繍してくれるサービスである(マークや文字は500円,持込 みのものは1500〜3500円,など)。もともと
T
シャツへのオリジナル印刷や 名入れは昔からビジネスとして存在していたが,それを自社製品購買と連 動させ,短時間で安い費用でシステム化し,刺繍という価値をつけたとこ ろが,ヒットの理由と考えられる。例えば,幼稚園の子どもが初めて書い たライオンの絵をT
シャツに刺繍してもらうことができるわけで,これ は,自身(および親)にとっての貴重なエピソードである絵を,T
シャツという製品に付加して価値を高めたわけであり,製品(
T
シャツ)以外の エピソード(自身が初めて書いたライオンの絵)を付加したエピソード・ブ ランディングと言える。さらに2013年からは,東京の「無印良品有楽町」の衣服売場の一角を
「デザイン工房」にリニューアルし,刺繍サービスに加え,
T
シャツやバ ッグにフルカラーでプリントを施せるサービスも開始した(ただ対象製品 は,無印指定T
シャツ,ファスナー付きコットントートなど,ある程度限定)。子 どもが書いた絵や,デジカメで撮った思い出の写真もプリント可能であ り,同様に,製品(T
シャツなど)に,自分自身のエピソード(父の日用に子 どもが書いた絵,彼女と行った京都の思い出の写真など)を付加することによ って,当該製品の価値を高めるエピソード・ブランディングと言える4)
。4
) ユニクロでも,手描きのイラストをプリントできるスキャンカットサービ スや,刺繍サービスなどがある。図表3 エピソード・ブランディングの記憶対象別4戦略
──何のエピソードを用いるかの違いによる──
エピソードの記憶対象別戦略 戦略の核心 例
①製品のエピソードを用いた エピソード・ブランディン グ
(製品使用の)エピ ソード開発
Lumix
ショートムービ ー・ コ ン テ ス ト,
など。
②サービスのエピソードを用 いたエピソード・ブランデ ィング
( サ ー ビ ス 使 用 の ) 特別なエピソード開 発
鉄道のスタンプラリ ーや,スーパーの親 子料理教室,など。
③地域のエピソードを用いた エピソード・ブランディン グ
(地域における)エ ピソードの流れ/順 番の開発
ワインツーリズムや まなし,など。
④製品・サービス・地域以外 のエピソードを用いたエピ ソード・ブランディング
歴史(時代)エピソ ードや,自身の個人 的エピソードの付加
豊後高田市「昭和の 町 」, 無 印 良 品「 刺 繍工房」,など。
以上をまとめると,エピソードの記憶対象の違いに基づくエピソード・
ブランディングの4戦略は,図表3のようになる。
⑶ エピソード・ブランディングの記憶定着・記憶再生の戦略
上記のように,エピソード・ブランディングは,誰のエピソードかとい う視点から3つに分けられ(自己,他者,共通エピソード・ブランディング), 何のエピソードかという視点から4つに分けられる(製品,サービス,地域,
それら以外のエピソード・ブランディング)。ただ,いずれの場合も,「顧客の エピソード記憶に,当該対象(製品・サービス・地域など)のブランド価値 を,エピソードの形で刻み込むブランド戦略」であるエピソード・ブラン ディングが有効に機能するためには,エピソード記憶を記憶(長期記憶)
内に定着させ,またいつでも再生可能にしなければならない。心に刻ませ ること(記憶定着)によって,当該対象への好意的エピソードをしっかり と保持させることは必須であるが,さらにそのよいエピソード記憶をいつ でも消費者に思い出させること(記憶再生)も重要である。両者ができて はじめて当該対象(製品・サービス・地域など)が,よいブランドとして再 購買されることになる。
記憶定着について,山内(1987)は,記憶(意味記憶・エピソード記憶など)
を定着させるためには,
a.
画像イメージの利用,b.
他の概念との関係づ け,c.
カテゴリー化,などが重要と指摘している。すなわち,a.
言葉より 絵などの画像を用いた方が記憶されやすく(cf. Paivio 1971)
,b.
他の概念と 関係づけたり(記憶すべき語でストーリーを作る,など),c.
関係の深い他の 語とカテゴリーを作ることによって,記憶への定着が促進される。記憶再生について,東福寺(1985)は,記憶(意味記憶・エピソード記憶な ど)を再生させるためには,(関連情報としての)手がかりが重要と言う。
手がかりの例としては,(記憶対象の)カテゴリー名,(記憶対象と)概念が
近いもの(上位概念,同レベル概念など)をあげており,また手がかりは複 数存在するとも述べている。
エピソード・ブランディングでは,製品・サービス・地域の消費・使用 体験というエピソードが戦略の基礎になるが,上記の記憶研究から示唆さ れることは,いかに体験させ,記憶定着させ,そして再生させていくかが ポイントとなるということである。
例えば,地域ブランドで考えた場合,単に旧所名跡に来てもらうだけで なく,
a.
地域の故事来歴などのストーリー(コンセプト)を画像をちりば めてイメージ化し,b.
地域の名産品と関係づけ(さらにエコミュージアム化 まで目指す;cf.
大原1999)
,c.
他地域の名所旧跡・特産品・祭りなどとカテ ゴリー化することによって,当該地域の体験・ストーリーを多彩に広げて いくのである。そうすることによって,消費者の心にしっかりとしたエピ ソード記憶として深く刻まれていく。また,地域ブランドの記憶再生のた めには,d.
地域の言葉(「おいでませ,山口へ」など)やキャラクター(「ひ こにゃん」など)の手がかりをしっかり作ったり,当該地域から帰った後 も,ファン組織やファンサイトによって絶えずエピソード記憶を再生して もらう機会を作ることが重要である。同様に,製品ブランド,サービス・ブランドで考えた場合,
a.
製品・サ ービスの故事来歴のストーリーを画像をちりばめてイメージ化し(ポルシ ェのブランド・ブックなど),b.
製品・サービス使用場面の多様なコンテン ツと関連づけ(無添くら寿司は,子どもをターゲットに,ハンバーグなどのメニ ュー追加,ゲームと連動した皿回収システムなど多くのコンテンツとメインの寿司 を関連づけ;cf.
江戸2012)
,c.
関連製品・サービスと市場内の優位なポジシ ョンでカテゴリー化し(健康によいオーガニック製品という位置づけなど),d.
製品・サービスのコア体験をロゴ・スローガン・キャラクター・ジン グルなどの手がかりで表し(NTT
ドコモのCM
の「犬のお父さん」キャラクターなど;
cf.
コンテクスト・マーカー戦略)5)
,製品・サービスのファンサイトを 作っていく(H.O.G.
[ハーレー・オーナーズ・グループ],など)ことが需要で ある。以上の記憶定着・記憶再生の戦略をまとめると,図表4のようになる。
4.結語──エピソード概念のより深く,広い分析へ向けて
以上,本稿では,近年の製品・サービスのコモディティ化(機能的価値 の差の縮小)によって,非機能的価値(情緒的価値)をベースとしたブラン ド戦略が望まれる中,エピソード・ブランディングという新たなブランド 戦略を提案した。認知心理学のエピソード記憶研究をその理論的基礎とし
5) コンテクスト・マーカー戦略とは,製品・サービス・地域などのブラン
ド・コンセプト(コンテクスト)をキャラクターなどで代表させることによ って,そのキャラクターを消費者・来訪者が見る度に,当該製品・サービ ス・地域のブランド・コンセプト(コンテクスト)や素敵なエピソードなど の体験を思い出させる戦略である(三浦2013 b,cf.
三浦・原田2012)。
図表4 エピソード・ブランディングの記憶定着・記憶再生の戦略
目的 原理 例
記憶定着
a.
画像イメージb.
関係づけc.
カテゴリー化製品・サービス・地域の故事来 歴ストーリーの画像イメージ化 地域産品との関係づけ,子ども が喜ぶ無添くら寿司
名所・特産品・祭り・オーガニ ック製品などとのカテゴリー化 記憶再生
d.
手がかり 製品・サービス・地域の言葉・キャラクターづくり
ファンサイト・ファン組織づく り(H.O.G.など)
ながら,その戦略体系として,
a.
エピソード記憶の記憶保持者別の3戦略(自己,他者,共通エピソード・ブランディング),
b.
記憶対象別の4戦略(製 品,サービス,地域,それら以外のエピソードを用いたエピソード・ブランディン グ),c.
記憶定着・記憶再生の諸戦略(画像イメージ,関係づけ,カテゴリー 化,手がかり)を提示した。今後,さらにエピソード・ブランディングの理論と戦略を精緻化してい くためには,エピソード概念について,次の2点を解明・分析していくこ とが重要と考える。
まず第1は,いわゆるデコ(かわいく飾る)などのカスタマイゼーショ ン概念との関係の明確化である。先に見た無印良品「刺繍工房」では,自 分の描いた絵などのエピソードに関わる刺繍だけでなく,単にかわいい動 物の絵や文字を刺繍してもらうことによって,自分オリジナルの
T
シャ ツやジャケットを得ることができる。刺繍工房はまさにカスタマイズ・サ ービスであり,自分や子どもの絵を刺繍してもらう際には自分らのエピソ ードも加わるが,カスタマイズ・サービスである点は,単なるマークの刺 繍と同一である。そのように考えると,エピソード・ブランディングは,カスタマイズ・
マーケティングに含まれると考えられるわけで,その中の特殊ケース,特 殊ブランディングと位置づけられる。したがって,エピソード・ブランデ ィングの理論的深化を進めていくためには,カスタマイゼーション概念や カスタマイズ・マーケティングの理論や事例をさらに丹念に分析・考察し ていくことが今後必要と考えられる。
第2は,他人とのインタラクション(相互作用)とエピソードとの関係 である。グリコ「ポッキー」のシェア・ハッピネス(幸せをシェアする)と いうブランド・コンセプトが代表的だが,ポッキーの購買体験は一人で行 うかもしれないが,使用体験(食用体験)は皆で1本ずつ取り合って食べ
るという共同体験かもしれないのである。同様に,車はお父さんが個人的 に購入するかもしれないが,その使用は,奥さん・息子・娘と4人で伊豆 に行ったりするのである。このように製品購買は一人でも,使用体験のエ ピソードは他人と共有する可能性が高いのである。この点は,サービスや 地域の使用体験・滞在体験も同様である(もちろん,一人での体験もあるが,
複数での体験も多い)。
したがって,今後,エピソード・ブランディングの理論と戦略を深化さ せていくためには,このような複数人による製品・サービス・地域の使用 体験・滞在体験を念頭にしたフレームワーク作りが必要である。一人での 体験より,複数人(友達・彼女/彼氏・家族など)による共同体験の方が,
より記憶定着し,記憶再生も容易な可能性もあり,今後解明すべき非常に 重要なテーマと考える。
それらの分析ができてはじめて,エピソード・ブランディングは理論的 に価値があり,戦略的にも効果的なものになると考える。
参 考 文 献
江戸克栄(2010),「地域ブランド戦略策定のためのマーケティングリサーチ技法」
明治大学リバティ・アカデミー「地域ブランド戦略研究」
2010 . 6 . 10
資料。江戸克栄(2012),「サービス戦略のコンテクストデザイン」原田保・三浦俊彦・高 井透編著『コンテクストデザイン戦略─価値発現のための理論と実践─』,芙 蓉書房出版,
pp. 221‑240。
太田信夫(
1988
),「エピソード記憶」太田信夫編『エピソード記憶論』,誠信書房,pp. 1‑25。
大原一興(
1999
),『エコミュージアムへの旅』,鹿島出版会。東福寺一郎(1985),「記憶情報の検索」小谷津孝明編『認知心理学講座2 記憶と 知識』,東京大学出版会,pp.
123
‑140
。仲真紀子(1988),「文脈」太田信夫編『エピソード記憶論』,誠信書房,
pp. 190‑
205
。原田保・三浦俊彦編著(2010),『ブランドデザイン戦略─コンテクスト転換のモデ