確率モデルの数値計算
Numerical Simulations of Stochastic Models
物理学専攻 小野清敬
Kiyotaka Ono 1.1
はじめに物理のみならず様々な分野で用いられている確率 モデルを経済に適用する。経済を確率的に扱う理由 として、為替相場、株式市場の出来高などは刻々と 変わっており正確に推定、測定することができない。
よって、こうした変化はランダムな過程、つまり確 率過程として扱うほうが自然である。
∗ [1]
経済や社会の個々の活動主体
(人・会社・国など)
をエージェントと呼ぶ。従来の経済学では主として 同一のエージェントの集まりがその対象とされてき た。しかし、青木1
の主張である、「経済システムは 異質的なクラスターの集まりで、平均的経済量を扱 うのではなくゆらぎを取り入れた確率的な扱いが必 要。」から、エージェントをいくつかの「タイプ」に 分類し、異なったタイプのエージェント間の相互作 用を調べ、いくつかの異なったタイプの群れが時間 と共にどういう経過をたどるか解析し、それによる 確率的ゆらぎを分析することを本研究の目的とする。1.2
ダイナミクス将来における事象の起こる確率は現在の状態だけ から決まり、過去の状態には依存しない性質をマル コフ性といい、状態
i
から次の時点で状態j
に移る 確率P { X n+1 = j | X n = i, ..., X 1 = i 1 , X 0 = i 0 }
= P { X n+1 = j | X n = i } (1)
が成り立つ。1
青木正直 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)
経 済学部名誉教授有限または可算の状態空間を持つモデルを連続マ ルコフ・チェーンとよび、その変化は、ある状態
j
から状態k
への遷移として、時間が連続的に変化す る場合には、P r(X t+τ = k | X t = j) = w j,k +o(τ), j ̸ = k, j, k ∈ S (2)
と規定できる(w j,k :遷移率)。
1.3
マスター方程式マスター方程式は確率モデルの時間変動を捉える 方程式で、式
(3)
のように表される。これはある時 点である特定の状態をとる確率が、確率流の流入(右
辺第1
項)と流出(右辺第 2
項)によってどのように 変化をするかを示している。dP j (t)
dt = ∑
k ̸ =j
[P k (t)w kj − w jk P j (t)], j ∈ S (3)
2.
モデルエージェントのタイプが二つあるクラスターモデル を考える。一つは技術力の優れた
advanced company
のクラスター1、もう一つはless advanced com- pany
のクラスター2である。各クラスターのサイ ズをn 1 , n 2
とすると、クラスターサイズの遷移率はw { (n 1 , n 2 ), (n 1 + 1, n 2 ) } = c 1 n 1 + f 1 (4) w { (n 1 , n 2 ), (n 1 , n 2 + 1) } = c 2 n 2 (5) w { (n 1 , n 2 ), (n 1 − 1, n 2 ) } = d 1 n 1 (6) w { (n 1 , n 2 ), (n 1 , n 2 − 1) } = d 2 n 2 (7) w { (n 1 , n 2 ), (n 1 + 1, n 2 − 1) } = λf 1 d 2 (e + an 1 )n 2
(8)
w { (n 1 , n 2 ), (n 1 − 1, n 2 + 1) } = bλf 1 d 1 n 1 (9)
となる。また、このモデルのマスター方程式は∂P (n 1 , n 2 ; t)
∂t = P(n 1 + 1, n 2 ; t)d 1 (n 1 + 1) +P (n 1 , n 2 + 1; t)d 2 (n 2 + 1)
+P (n 1 − 1, n 2 ; t) { c 1 (n 1 − 1) + f 1 } +P (n 1 , n 2 − 1; t)c 2 (n 2 − 1)
+P (n 1 + 1, n 2 − 1; t)(n 1 + 1)(n 1 + 1)b 1
+P (n 1 − 1, n 2 + 1; t)(n 2 + 1) { a 2 (n 1 − 1) + b 2 }
− P (n 1 , n 2 ; t) { c 1 n 1 + f 1 + c 2 n 2 + d 1 n 1 + d 2 n 2
+n 1 b 1 + n 2 (a 2 n 1 + b 2 ) } (10)
となる。図
1:
モデル3.1
キュムラント法キュムラント母関数を用いて、マスター方程式を 解く。
確率母関数を
G(z 1 , z 2 ; t) = ∑
n 1 ,n 2
P(n 1 , n 2 ; t)z n 1 1 z 2 n 2 (11)
と定義し、マスター方程式と確率母関数から確率母 関数
G
に対する偏微分方程式を導く。また、キュムラント母関数を
K(θ 1 , θ 2 ; t) = lnG(e θ 1 , e θ 2 ) (12)
と定義する。表
1:
キュムラント法でのパラメータースタンダードパラメーター
γ = 0.1 r = 0, 0001 m = n = 0.01/r
b = 50/γ a = 0.0001 e = 0.001
次にキュムラント母関数をテイラー展開する。
K(θ 1 , θ 2 ; t) = − k 1 θ 1 − k 2 θ 2
+ 1
2 (k 11 θ 2 + 2k 12 θ 1 θ 2 + k 22 θ 2 2 ) +・
・・(13)
ここでk i
はクラスターi
のサイズn i
の平均、kii
は クラスターのサイズn i
の分散、k12
は共分散である(i = 1, 2)。
G
についての偏微分方程式を方程式(13)
を使って、常微分方程式
k ˙ 1 = 1 − (n + b)γ 1 k 1 + eγ 2 k 2 + aγ 2 A 0 , (14) k ˙ 2 = − (m + e)γ 2 k 2 + bγ 1 k 1 − γ 2 A 0 , (15) k ˙ 11 =1 − 2(n + b)γ 1 k 11 + (2/γ + b − n)k 1
+eγ 2 (2k 12 + k 2 ) + 2aγ 2 (k 1 k 12 + k 2 k 11 ) + aγ 2 A 0 , (16) k ˙ 22 = − 2(m + e)γ 2 k 22 + γ 2 (2/γ + e − m)k 2
+bγ 1 (2k 12 + k 1 ) − 2aγ 2 (k 1 k 22 + k 2 k 12 ) + aγ 2 A 0 , (17)
k ˙ 12 = − ((n + b)γ 1 + (m + e)γ 2 )k 12 + bγ 1 (k 11 − k 1 ) + eγ 2 (k 22 − k 2 )
− aγ 2 (k 1 k 12 + k 2 k 11 − k 1 k 22 − k 2 k 12 ) − aγ 2 A 0 , (18)
が導かれ、この5つの方程式を解くことによってク ラスターの振る舞いを解析する。式
(14)-(18)
の右辺をゼロとおいて解いた定常解はk 1 = 252, k 2 = 499874, k 11 = 322, k 22 = 5
×10 7 , k 12 = 6494
となる。表
2:
モンテカルロ法でのパラメーター パラメーターc 1 = 4.0 c 2 = 7.2 d 1 = 5.0 d 2 = 7.1 f 1 = 10.0 γ = 0.1 r = 0.0001 m = n = 0.01/γ b = 50/γ a = 0.0001 e = 0.001
3.2
シミュレーション初期値を
k 1 = 10000, k 2 = 50000, k 11 = 322, k 22 = 5
×10 7 , k 12 = 6494
にする。結果:図
2〜図 6
初期値を定常解から大幅にずらしても、長期的に見 ると定常解近傍に解がいき、定常解の吸引域
(basin of attraction)
が大きいことがわかる。4.1
モンテカルロ法モンテカルロ法を用いて遷移確率から直接クラス ターの振る舞いを見る。
4.2
シミュレーション初期値
n 1 = 250, n 2 = 500000
結果:図7
モンテカルロ法において定常解の吸引域は確認で きなかった。キュムラント法との結果の違いとして、
キュムラント法はキュムラント母関数をテーラー展 開し、第
2
項までを扱って解いたのに対して、モン テカルロ法は遷移率から直接解いたためだと考えら れる。5.
変動係数と共分散変動係数から各クラスターのゆらぎの大きさ、共 分散からセクター1,2の相関関係をみる。クラス ター
i(i = 1, 2)
の変動係数r i
をキュムラント法にお いてr i = √
k ii /k i , c o = k 12 /k 1 k 2 (19)
モンテカルロ法においてはr i =
√ < (n i − < n i >) 2 >
< n i > , (20)
表
3:
変動係数・共分散r 1 r 2 c o
0.07 0.014 5.1 × 10 − 5
c o = < (n 1 − < n 1 >)(n 2 − < n 2 >) >
< n 1 >< n 2 > (21)
と定義する。これより、キュムラント法における変動係数・共
分散は表
3、モンテカルロ法における変動係数・共
分散は図
8、図 9
となる。6.
まとめ変動係数は平均値に対する相対的な散らばりの大
きさ
(ゆらぎ)
を表しており、一般の巨視的体系では、非常に小さな量である。このモデルにおいて変動係 数が大きい場合、平均値だけではこの系の挙動をう まく説明することができない。これはクラスターサ イズの時間発展が過去の履歴に強く依存しているか らである。これを
non-self averaging phenomena
と 定義する。一方、変動係数が小さい場合、平均値に よってこの系の様子が分かる。これをself averaging phenomena
と定義する。∗ [4]
本研究において、モンテカルロ法、キュムラント 法どちらにおいてもクラスター1は
non-self aver- aging phenomena、クラスター2は self averaging phenomena
という結果を得た。経済におけるこの現象の例を挙げると、国民所得 の平均に基づいた経済政策を評価する場合、国民所 得の変動係数が大きいと平均値に基づいた経済政策 にそれほど信頼性がなく、経済政策の効果が単純に 予見できない。
参考文献
[1]
青木正直『異質的エージェントの確率動学入門』共立出版
2003
[2]
青木正直『経済における確率的モデルへの招待』サイエンス社
2004
[3] M.Aoki,T.Nakano,G,Yoshida,An Example of Schumperterian Dynamics,unpublished pa- per,2004
[4] M.Aoki,Thermodynamic Limits of Macroeco- nomic or Financial Models,EconPapers,2006 [5]
遠藤靖 『確率モデルの基礎』東京電機大学出版局
2002
[6]
小倉久直『確率過程入門』森北出版株式会社1998
[7]
阿部龍蔵『統計力学』東京大学出版会1966
10000
8000
6000
4000
2000
0
k11000 800 600 400 200 0
tx10
3k
1:252.424
図
2: k 1
500
400
300
200
100
0
k2x1031000 800 600 400 200 0
tx10
3k
2:499873
図
3: k 2
4000
3000
2000
1000
0
k111000 800 600 400 200 0
tx10
3k
11:322.591
図
4: k 11
55 50
45 40 35 30 25
k22x1061000 800 600 400 200 0
tx10
3k
22:4.999 x10
7図
5: k 22
80
60
40
20
0
k12x1031000 800 600 400 200 0
tx10
3k
12:6494.63
図
6: k 12
503
502
501
500
499
x103
3000 2500 2000 1500 1000 500 blue : 10000 green : 50000 yellow:100000 pink :150000 purple:200000 black :250000
gray :300000 light blue:350000 brown :400000 navy :450000 red :500000
図
7: n 1 , n 2
100
80
60
40
20
0
r1,r2x10-3500 400 300 200 100
tx10
3blue :r
1green:r
2図
8:
変動係数-20 -15 -10 -5 0
cox10-6
500 400 300 200 100
tx10
3図