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〔書評紹介〕平安博物館考古学第

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(1)

︹書評紹介︺

平安博物館考古学第

2研究室

﹁桑飼下遺跡発掘調査報告書﹂

との紹介文では︑わたくしをも含めて考古学

K

なじみの薄い一般 の地理研究者を対象とする形で書き進めること

K

する︒をず私事

K

ついて述べ︑もっともたいせつな報告書の内容

Kついては最後とい

う逆の順序である︒

わたくしと﹁桑飼下遺跡﹂地域昭和三四年七月︑かねて自然堤 防として白をつけていた︑乙乙由良川下流の桑飼下(京都府舞鶴市 桑飼下)へ行った︒由良川がゆる︿蛇行し︑その右岸

K沿って︑き

わ立って高い自然堤防が連左っていた︒歓喜であった︒ζのときを

きっかけK︑昭和四八年をでに一O回以上ζ

の土地を訪ねたととに

ととでわた︿しの心に特大の疑問が残った︒それは自然堤防上の 六六戸の全農家が明治田

O

年の大水害で流失してなり︑家の礎石か らもそれはよくわかった︒疑問というのは︑このとき流失した集落.

が一体いつの時代

K

発生していたのかという点であった︒そして全

︿の推測K

過ぎ左いが︑ずっと古い時代

K

その後︑洪水で

流失するととを繰返しつつ明治

K

至ったろうと考えた︒そのことは

架空の推測とて︑

もちろんつぎの報告には書けなかった︒寵瀬良明

(一九六二)

京都府由良川下流谷平野

横浜市立大学紀要

そして本報告書

Kよって︑永年の疑義は解けたのである︒

渡辺

誠助教授とわたくし

時は移った︒しかし由良川︑とくに 桑飼下の自然堤防はわた︿しの脳裏から離れることがなかった︒調

査を縁で知った一人︑との地の桑垣太一さんから︑とんど建設省の

手で由良川の自然堤防の半分を除去して︑

河幅を広げる工事を始め

るとの手紙を受取ったときも飛んで行った︒その後︑さらK工事K

よって遺跡が発見され︑学者の手で本格的左発掘が始交ったとの知

4 4

bた飛んで行った︒昭和四八年二月一一日のととであ

る︒本報告書の発掘経過記事(一tO

頁)を読むと︑その日は 第一次発掘調査の開始(一月二九日)直後だったととに在る︒

自然堤防上には︑調査団のための板囲いの︑そをつ左小屋が建つ

h u

︑わたくしはそとで黙々として発掘作業‑ P

K従事している若い

22  学者たちに接触できた︒その日も日本海母独特の冬空だったが︑

とで受けた強烈在感激はいまも残っている︒

一八巻八号K

書いたのはその時の記事である︒

昨年拙著﹁自然堤防﹂を出版するに際しては︑渡辺誠助教授の御 好意で︑第一︑二次調査報告書と貴重左発掘現場写真を頂き︑巻頭

を飾るζとができた︒その渡辺さんからある日電話があり︑

川の河鮮の地形調査をした

ζ

とが念いか︑その記事は左いか﹂との

とと︒実は紹和四O

年前後

K

何回もそこを歩き︑資料も多少集積し

ているのだが︑変だ論文Kはなってい念いと答えたのだった︒

さらK十二月に入ると再度の電話で︑﹁自然堤防﹂を五冊急送せ

よとの有難い御下命を受けた︒

自然堤防地形に注意を払う渡辺

そのよう左ζとが重誠助教授

(2)

念ったので︑渡辺助教授とその周囲の考古学者が︑自然堤防を人間 の生活舞台としてどのように考えているかは︑わたくし

K

とって強 い関心事と走りはじめた︒そして贈られた部厚いとの報告書を読み 進むうち︑いくつもの重要左記述

Kぶつかったのである︒

たとえば﹁:・:・自然堤防はすべて遺跡である︑とさえ認識して

も︑決して事実から大きくかけ離れることはをいであろうととを︑

強調してなきたい︒﹂(一一二二頁)という︿だりである︒

自然堤防を舞台とするのはな

K

もとと桑飼下だけで念︿︑由良川 べりのほとんど全部の自然堤防がそうであることを︑五万分一図

K

記入されている(六頁)だけで念︿︑西日本の各地の事例を数多く

あげているのである︒それは稲作

K

好都合左弥生時代の舞台である だけで念いとととわったうえ︑縄文時代の自然堤防遺跡をあげてい る︒石川県犀川下流︑豊川下流の自然堤防上︑一宮市佐野︑同馬見 塚左どの遺跡がそれであるという︒近畿地方では京都市上烏羽︑向 日市石田川︑桜井市大福︑淀川右岸高槻市住本︑日高郡川辺町和佐

左ども自然堤仲間上の遺跡としてあげられている

O( 三 t

貰)さらに小出博(一九七

O )

を引用して﹁西日本は一般的に河岸 段丘や洪積台地が弱い(三

O

九頁)﹂と述べた後︑﹁河岸段丘等の 好条件に恵まれないため

K

︑遺跡の立地条件として︑自然堤防が重 要祝されて︿るのは︑きわめて自然左乙とである

O( 三

九頁)と指

摘している︒

縄文時代における自然堤防の生活条件

自然堤防は︑弥生時代K

は ︑ 付随する後背湿地で水稲作が行念わ れやすいから︑よい生活舞台と在るととが多い

Kしても︑縄文時代

も有利な舞台であったのは左ぜか︒渡辺助教授は﹁まず由良川は網 漁の舞台である﹂と述べ︑さら

K﹁露出している粘土層は土器の胎 土を供給・:自然堤防上

κはドングリ・クり等の堅果類︑根菜類の 採集が行なわれ﹂由良川と後背湿地の水は鳥類を集めた︒自然堤防 斜面からの自然湧水は︑冬季ドングリやトチの実のアク抜き

K利用

﹁後背湿地では︑網漁の他に︑毒流し漁が想定される︒ま

K

はヒシの実の採集が行左われたであろう﹂といっている︒そ してとのよう左生活を展開していた縄文後期村落の経済基盤の形態

を︑と︿K

ゴシック文字で﹁桑飼下型経済類型﹂と命名しているの

は興味深い︒

﹁西南日本K

なけるとうした立地条件は︑弥生時代

K

念って水稲 栽培を受容する際

K︑非常に受容し易い前提条件の一つを形成して

23 

ζK

(一一二七頁)という記述も注目をひ︿︒

ととだけでなく︑わた︿しの自をみはらせる珠玉の記事は

にみちているから︑恐ら︿考古学者や古代史家

K

注目されている

K

相違左い︒しかも下層から順次縄文︑弥生︑さらに﹁表土近く

K

中世・近世の遺構面も残存していた﹂ζ

とから︑本書はより広範左

史学者伯作も魅力ある研究K

相違ない︒地理学者とく

K平野地形の専

攻者と歴史地理学者

K

K恩われる︒

終りに本報告書の目次と調査班組織のあらましを列挙する︒

遺跡の位置と環境

二︑発掘調査の経過

文時代の遺構と遺物(炉祉・埋楚・特殊粒土層・縄文土器・石器・ 目次概要 石製品・土製品・木製品・動物遺体・植物種子・炭化材・花粉分析

四︑弥生時代以降の遺構と遺物(住居社・土域・弥生式土器・

(3)

土師器・陶器・須恵器・鉄犠・土製品・石製品)

五︑綜括(立地 条件をめぐる諸問題・縄文後期集落の経済基盤・縄文農耕論への新

しい視角)

英文抄録

引用文献目録

調査団

角白文衛

調査主任

調査員 岡肇・鈴木忠司・江谷寛・亀井節夫・那須孝悌・田中正昭︑その他 木村・山本・小池・川端・長谷川・山岸・山下・梅咲・上羽・飯田

・西国在どの若い学者が協力︒江坂輝弥・賀川光夫・寺島孝・中道 秋治・永松・乎ノ内・下村諸氏も名をつらねるなど︑落大な組織で

左されたのである︒

以上は地理学の側というより︑わた︿しのインタレストである自 然堤防のどく限られた視角からの紹介であり︑穫めて不備左記述

K

過ぎ左いととをなわびしつつ欄筆する︒

本報告書は非売品であるが︑発行所に伺ったところでは若干の余 部があり︑京都市中京区三条高倉平安物館経理課(〒六

O 定価六

OOO

O

円でなわ 京都七七七

)

K申込まれれば

けできるとのととである︒B

五版三四八頁

ほかにア!ト写真版七

一九七五年二一月コ二日舞鶴市教育委員会発行

./

本書は専修大学の山崎謹哉教授を中心

K

︑駒沢大学の中島義一助 教授が協力した著述である︒ほか

K

小学校教育を大角留吉(日大地

理卒・一戸塚一小)︑奥藤恭弥へ千葉大卒︑東大研修・習志野二中)︑

阿部和夫(岩手大卒・岩谷堂高)の三先生が実践面を分担した︑書 名のとなり﹁本質と実践﹂のすぐれた教科書である︒

五名の編著者はいずれも︑その道のベテランである上︑評者もよ

︿知っているので︑文章が読みやすい乙とと椙まって︑

アブという まに︑全巻を読了してしまった︒

ζ

れ左ら︑現場の先生はもちろん︑

他日現場へ出るため

K学部大学生が︑教職課程のテキストまたは教

材研究指針として使用しやすいに違い左い︒

本書の特色の第一は︑地理教育とは何か︑地理学との関係︑小 中・高校での地理教育での本質と実際面はもとより︑郷土学習から

遠足のしかたにいたるまで︑

がよそ地理教育の各面を一通り︑まん べん念︿扱っている点である︒とれ念ら大学のテキスト

K好適であ

24 ‑

第二の特色は地理教育の実際のやり方を具体的

K

展開している点

である︒例えば小学校五年生︑

﹁日本の農業﹂を二八時間で行左う 指導計画を︑あるいは六年生﹁さば︿と草原﹂の展開例を適切

K

同じ﹁日本の農業﹂は中学校ではどのよう

K指導するか︒ζ

れを 日本経済の諸問題として︑政経社分野で綿密

K

展開して見ぜてくれ 高校では﹁オセアニアと南極大陸﹂の指導案では︑ る ︒

その展開例が

と︿Kすぐれている︒

第三の特色は生徒指導の実践例を写真や地図を加えて︑

興味深︿

表現している点である︒同じ傾向は山崎教授自身の撮影に左る︑住 宅地と入組む野菜畑と芝生畑を示した都市域農業の景観写真にも見

参照

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