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雑誌名 東京家政大学附属臨床相談センター紀要

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Academic year: 2021

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学会印象記 ACPM 2012 Ulanbaatar THE 15th CONGRESS OF ASIAN COLLEGE OF PSYCHOSOMATIC MEDICINE : "Promoting the Development of

Psychosomatic Medicine throughout Asia" に参加 し、演題登録し、発表をおこなった報告

著者 近喰 ふじ子

雑誌名 東京家政大学附属臨床相談センター紀要

巻 13

ページ 65‑68

発行年 2013‑03

出版者 東京家政大学附属臨床相談センター

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010079/

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学会印象記

ACPM 2012 Ulanbaatar

THE 15

th

CONGRESS OF ASIAN COLLEGE OF PSYCHOSOMATIC MEDICINE

“Promoting the Development of Psychosomatic Medicine throughout Asia”

に参加し、演題登録し、発表をおこなった報告 近喰 ふじ子

1

アジア心身医学会は、アジア諸国による心身医 学の研究発表および、交流の場として 1984 年に 第 1 回大会が東京で開催された。以後、2 年ごと にアジア各地で開催されている。

今回、平成 24 年 8 月 24 日~25 日まで第 15 回 アジア心身医学会がモンゴルのチンギスハーン ホ テ ル で 国 立 健 康 科 学 大 学 の Lkhagvauren Tserenkhun MD.,phD.,D.,Sc の会長のもと開催さ れた。筆者はそこで発表するために大学院生を伴 い、モンゴルまで行ってきた。演題は東京家政大 学大学院共同研究費(共同研究者:上智大学総合 学部看護学科の塚本尚子、東京家政大学人文学部 心理カウンセリング学科の井上俊哉、国立精神神 経センター心身医学研究部の安藤哲也、京都大学 小児科学教室の高尾龍雄)でおこなった研究であ り、演題名は「A study of spouse stress factors in Japan using a “stress diary”」とした。Stress7演題 の二番目に発表した。また、大学院生 2 年生の眞 田聡子が筆者の与えたテーマを卒論で完成させ たので、それに色を付けて発表させた。演題名は

「A Study on the change Masculinity and Femininity of present from past: In the case of female

1

東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科

adolescents」で、Clinical Study8演題の 2 番目で あった。さらに、国立精神神経センター心身医学 研究部で一緒だった釈文雄先生(筑波大学)の

「Psychosocial medical education using role-play:

Feelings in training Japanese undergraduate students as a role of simulated psychosomatic patient」もポ スター発表をしていた。釈文雄先生の友人である 森谷満先生(北海道医療大学)が「Solution focused Coaching with cognitive behavioral therapy for Medically Unexplained Symptoms」を口頭発表した。

インドネシアやモンゴルにおいては摂食障害が 珍しいのか?発表者は質問攻めにあった。摂食障 害はアジア諸国にとってはまだまだなのかも知 れないと思った。慢性疼痛についても初めて聞く 疾患だったように思えた。

ところで、アジア心身医学会は日本の他に、イ ンドネシア、インド、モンゴル、韓国、中国など が中心となっておこなわれている学会である。し かし、今回の学会には国際心身医学会の中心国で あるドイツとカナダ(インドの Singh 教授がカナ ダの大学に異動されたため)の先生も参加され、

2 人の先生たちはマイクを持ったら離さないほど

スピーチが終わらないほどの熱心さで語ってい

る姿が印象的であった。このような活溌な意見交

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ACPM 2012 Ulanbaatar

換は演題数の多さにも現れていた。私は第 11 回 アジア心身医学会が沖縄で開催された時にポス ター発表し、今回は 2 回目の発表であった。今回 の演題数は口頭発表が 34 題、ポスター発表が 65 題あり、ポスター発表者に対しても口頭での発表 と質疑応答が要求されていた。この他に教育講演 などが含まれているのだから、2 日間の大会は 8 時半~18 時までびっしりおこなわれ、1 日目は 18 時から「Welcome reception」がホテル内で、2 日目は「Gala dinner」がホテルから山之上の頂上 の会場まで車で約 1 時間ほどかけて到着したパ オ型の会場であった。「Gala dinner」では今回の 会長である Lkhagvauren Tserenkhun MD.,phD.,D.,Sc ご夫妻からの招待であり、私たち参加者はモンゴ ル文化と食事を満喫させてもらった。初めて食事 らしい食事にありつけたとの思いがあった。モン ゴルはロシアと中国に挟まれた国であり、モンゴ ル人の誰もが最も嫌いな国は中国だと答えるそ うである。街の看板などはロシア語が目立ち、ロ シアからの援助を受けていたことが分かる。しか し、今では韓国が入り込んでいるらしく、ホテル の TV は韓国製であり、朝食には韓国のりとキム チが付いていた。日本はお相撲だけでなく、韓国 を超えた関係が結べなかったのかと思った。なぜ なら、モンゴルの地下には資源が眠っているよう に思えたからである。ほこり舞い散る国、いいか げんな国民性のモンゴルなんてと思っていたが、

子どもたちの英語力には参った!であった。イギ リスの私立の学校が入り込んだからだそうであ る。大学の説明会もホテル内で開かれ、韓国や中 国の学校名も垂れ幕の間からのぞき見えた。最終 日の 3 日目は会長の大学の博士課程の学生たち の案内で広大なモンゴル文化に誘われた。広大で 荒涼とした荒野にひときわ目立つチンギスハー ンの建物(博物館)は、頭上にチンギスハーンの

銅像が穀然としてそびえていた。最上階に上り、

チンギスハーンの頭から見る広大な草原は見事 としかいいようがない。荒れ果てた?土地は岩と 石だらけで、車は左右に揺れ、車酔いの人にはご 遠慮願わねばならないほどである。しかし、その 石だらけで歩きにくい土地の隙間から咲く可憐 な花々が吹く風に揺れ、愛おしくさえ思えた。行 けども行けども広大な荒涼とした荒野は眠気を 催すが、眠っていられないほどつねに揺すられて いる。またモンゴルにはシャーマンがいるらしい。

シャーマンの家に案内された。中年にさしかかっ たくらいの女性で、私たち各人の名前をモンゴル

語で縦 50cm、横 20cm の紙に書いてくれた。お金

はいらないと言ったが、私と白井幸子先生(ルー テル学院大学)とで相談し、各自が 3 ドルお支払 した。帰国した後、購入した額縁に入れて飾って あるがモンゴル文字の何とも気品のある趣を呈 したものとして気に入っている。ところで、チン ギスハーンが住んでいたというパオで昼食が振 る舞われたが、モンゴルの家庭料理(馬肉が包ま れた餃子、馬肉の入ったうどん、ヤギのミルク、

野菜サラダなど)は食するほどの気はおこらなか

った。遊びはチェスだったようで大きなチェス盤

がでんと王様の椅子の前に鎮座していた。このパ

オはチンギスハーンの住まいとして残されたも

のだから特別であり、一般の人たちはこのような

立派な住まいではないと言われた。そうだろう

な・・・と思った。中国やロシアから排斥された

チンギスハーンが、今、復活したのである。ウラ

ンバートルの中心にはルイビトンなど高級品が

販売されるビルが立ち並び、その周辺は市民の憩

いの場となっている。子どもが相撲を取っている

銅像が目を引いた。結婚式にも出会った。写真を

撮っていたら、若い女性に日本語で話しかけられ

た。岩手大学を卒業し、その学んだことを生まれ

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故郷のモンゴルで生かして働いていると言った 後、 「日本いいですね・・・?また、行きたいで す」と笑顔で言った。花嫁さんの姉のようで、モ ンゴルではかなりの裕福な家庭の子女と思われ た。年配の方々は民族衣装を身に着けていた。モ ンゴルを駆け抜けたあっという間の 3 日間であ ったが、2 日間の学会と 1 日の観光がセットされ た 3 日間は有意義な日々であった。 9 月から雪が 降り始めると聞き、ショップのセールの文字とカ

シミヤ 100%の物が所狭しと並んでいたのが当然

のように受け取れた。

最後に、「モンゴル・日本人材開発センター」

が 10 周年を迎えた。モンゴルの経済発展を担う

人材を育成し、日本とモンゴルの架け橋を目指す ことが目的となっている。 3 つの大きな柱があり、

一つはビジネス人材の育成、二つ目は日本語教育 支援、三つ目は相互理解促進である。さて、日本 に帰ってきてから聞いた話であるがモンゴル人 はお金を増やすことを知らないので、日本の某大 学教授がお金の活かし方・増やし方を教えに行っ ているという話を聞き驚いた。そうなんだ・・・、

それにしても日本語や英語で話しかけると逃げ てしまうモンゴル人を思い出し、昔の日本人に似 ているな・・・とも思った。2 年後にはインドネ シアで開催される。再び、目指していきたい!

モンゴルの子どもたち(きょうだい)。英語で質問したら 英語で返事が返ってきた子どもたち。

「Gala dinner」が終わりに近づき、熱さを静めるためにゲ ルから外にでて見た夜景。

「Gala dinner」でのDr.Tomiko Hokama(琉球大学医学部保 健学科)、釈 文雄(筑波大学)先生、森谷 満(北海道医 療大学)先生らと楽しく食べ、話し、飲み、笑った。

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ACPM 2012 Ulanbaatar

「Welcome reception」でDr.Hans C.Deter(Germany)、小 元(国際医療福祉大学福岡リハビリテーション学部)

先生らと久しぶりにお目にかかり、守谷 満(北海道医療 大学)先生らと御一緒に挨拶を…。

筆者のポスター発表の前で末松弘行(名古屋学芸大学)

先生、釈 文雄(筑波大学)先生が挨拶に来られて御一緒 に…。

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