第四章 相差町において実施されているエコツーリズム事業について 鳥羽市相差町(おうさつちょう)では,海島遊民くらぶによってエコツーリズム事業が 実施されている.本章では,ヒアリング調査と参与観察,文献調査によって把握した同町 の基本情報と海女文化,観光事業,海島遊民くらぶが同町において実施するエコツーリズ ム事業について述べる. 4-1 相差町の概要 4-1-1 相差町の基本情報 相差町の位置を図 4-1 に示す1).相差町は,鳥羽市の南部に位置する人口 1,478 人(2010 年度)の町である2).周辺に鉄道が通っていないため,同町への主な交通手段は自動車も しくは JR 鳥羽駅発の市バスとなる3).近隣の伊勢市などの会社に勤めている者もいるが, 町内の旅館などの観光業や漁業に携わっている町民がほとんどである3).同町では,町内 会や漁協などの団体が協力して,1999 年度に街づくり推進協議会を設立した.同協議は住 民や訪れた観光客にとって居心地の良い町になることを目指して様々な取り組みを行って いる.同協議会の活動もあり,同町は街づくり事業の先進地としても有名である3). 図 4-1 相差町の位置1)
4-1-2 相差町の海女文化について 現在,相差町で海女漁を行っているのは「徒人(かちど)」と「船人(ふなど)」と呼ば れる海女である4).徒人は,磯桶や浮樽につかまりながら岸から磯場まで泳いで行き,主 に 4~10 m 程度の浅い漁場で漁をする海女のことをいう4).これに対して船人は,トマエ と呼ばれる船を操縦する者と 2 人で船に乗って水深 20 m ほどの漁場まで行って漁をする海 女のことである4).三重県教育委員会によって 2010 年度から 2011 年度に行われた調査に よれば,同町には 120 人の徒人と 13 人の船人がいることがわかっている5).同町の海女人 口は徒人と船人を併せて 133 人であり,鳥羽市の中でも答志島に次いで海女人口が多い地 域ということになる5). 同町における海女の年代別人口のグラフを図 4-2 に示す5) .図に示すように現在,同町 の海女は,50 代以上がほとんどで,高齢化が進んでいる.このような現状になった主な理 由としては次の 2 点が考えられる.1 点目は交通手段の発達である.昔は,同町の漁師の 家に生まれた女性は海女になるという慣習があったが,車などの交通手段の発達により都 市部への移動が容易になり,それに伴い若い女性が海女以外の仕事を求めて都市部に流出 するようになったためである.2 点目は漁場環境の悪化である.近年,アワビなどの水産 物の水揚げ量の減少が深刻化しており,海女漁による収入が安定しない状況が続いている. また,海女が海女漁の練習に使う浅瀬のコンクリート化が進み,素人が海女漁を始めるの が困難な状況になっているのも海女の高齢化の一因であると考えられる. なお,同町において,海女が出漁を許可されている日数は年間で 45 日である.また,漁 の回数は 1 日あたり 1 回(90 分)に制限されている.そのためほとんどの海女が,海女漁 だけでは収入が十分でなく,農業や家業,旅館業などを兼業している4). 0 10 20 30 40 50 10代 20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代 海 女 人 口( 人) 年代 図 4-2 相差町の海女の年代別人口5)
4-1-3 相差町における観光事業について 相差町では,1 月に実施される「獅子舞祭り」や 5 月に実施される「くじら祭り」が有 名である.毎年多くの観光客がこれらの祭りの見物に訪れる3).街づくり推進協議会の活 動の一環として,町全体を観光地として捉え,より多くの観光客が訪れる町にすることを 目的とした鳥羽エコミュージアム事業が 1999 年度から実施されている3).同事業の主体は, 鳥羽商工会議所と相差町内会,鳥羽市,三重県,国である3).同事業の沿革をまとめたも のを表 4-1 に示す. 表に示すように,同事業の実施によって,多くの観光施設が相差町に整備された.たと えば,2002 年度に完成した「石神さん社殿(神社)」は,パワースポットとしてメディア でも頻繁に取り上げられ,参拝客数は 2007 年度が 1 万 2 千人であったものが,2013 年度 には 25 万人を記録している.また,2004 年度には春雨展望台が完成した.同展望台の名 前は,1911 年に相差町の菅崎沖において沈没した駆逐艦春雨に由来する.同展望台の敷地 内には,春雨殉難記念碑があり,当時の事故の詳細が記されている. 一方で,2006 年度に開業した「相差かまど」(以下,相差かまど)は,観光客が海女の 手料理を食べながら,海女から直接,海女漁の方法や魅力について学ぶことができる施設 である.相差かまどの内部の様子を写真 4-1 に示す3).現在,11 人の海女が雇用されてお り,海女漁を行うかたわら週に 3 日程度,同施設で働いている6).同施設で働いている海 女の一人である小崎たみえ氏によれば「観光客へのおもてなしの仕事にやりがいを感じて いる」とのことである6).同施設では観光客数や勤務時間に応じた給与が海女に支払われ ており,「一日当たり 2,500 円以上の報酬を受け取ることができるため,副業として観光業 に携わることができている」とのことである6).なお,同かまどでは,海女が漁に出る日 に仕事を依頼する場合は,漁の妨げにならないように時間帯を調整している3).たとえば, 海女漁は通常午前中に 90 分間行われるため,同かまどでの仕事を依頼するのは午後である. また,同かまどで働いている海女は仕事を円滑に行うために,観光客をもてなす準備をし てから漁に出ている.このような形で,同かまどで働く海女は本業と副業とを両立させて いる3) .ただし,海女の都合を考慮しつつ観光客が希望する日程に合わせるためには,で きる限り多くの海女を雇用する必要がある3). 同町ではまた,相差かまどに続いて,2007 年度には海女文化資料館が開館した.同資料 館には,海女漁で使用する道具や海女漁の方法を記したパネルが展示されており,入場料 も不要で,観光客が無料で海女文化について学ぶことができるようになっている.
表 4-1 鳥羽エコミュージアム事業の沿革3) 1999 年度 「鳥羽エコミュージアム事業」推進決定 2001 年度 鳥羽,石鏡,浦村,相差の 4 地区で研究会を開催 アクションプログラムの作成 2002 年度 石神さん社殿が完成 鯨崎遊歩道の整備 2003 年度 石神さん春祭りの開始 2004 年度 春雨展望台の完成 2006 年度 相差かまどの開業(国交省の協力による観光ルネサンス事業) 2007 年度 海女文化資料館の開業(国交省の協力による観光ルネサンス事業) 2009 年度 海女小屋バイオトイレの設置(国交省,環境省の協力による観光圏事業) 石神さん参道景観の整備(国交省,環境省の協力による観光圏事業) 2011 年度 相差古民家海女の家「五左屋」の開業 写真 4-1 相差かまどの内部の様子(2015 年 10 月 28 日,筆者撮影) 4-2 海島遊民くらぶが相差町において実施するエコツーリズム事業 4-2-1 エコツアーの内容について 相差町では海島遊民くらぶによって,鳥羽エコミュージアム事業で設置された春雨展望 台や海女文化資料館,石神さん社殿,相差かまどを巡るエコツアーが実施されている7). そのうち通年で実施されている「海女の国スピリチュアルツアー」を取り上げると,同 ツアーにおいて観光客は,先ず海女文化資料館を訪れ,施設内の展示物について,ツアー のガイドから解説を受ける.海女文化資料館において,ガイドが海女文化の解説をしてい る様子を写真 4-2 に示す.同写真は,インドネシア人のスタッフがフランス人観光客に対 して英語で解説をしている様子である.
次に,石神さん社殿を訪れ,ガイドに参拝の方法を教わり,参拝を行う.そして最後に 相差かまどを訪れる.相差かまどでは,現役海女が待機しており,海産物の料理を振る舞 ってくれる.観光客は,提供された料理を食べながら,海女から直接海女文化について話 を聞くことができる.また,海女文化資料館を訪れた際に疑問に感じたことを,このとき 直接海女に質問することもできる.なお,ツアーのプランは観光客の予算や要望によって 変更することができるようになっている8). ただし,同町におけるエコツアーは,海島遊民くらぶのスタッフが JR 鳥羽駅付近にある 同くらぶの事務所から同町までと同町における観光施設間の観光客の送迎を行う必要があ るため,送迎可能な人数しかエコツアーに参加することができない.そのため,ガイド 1 人に対して,観光客が 1~4 人という形態である8). 写真 4-2 海女文化資料館にてガイドが解説をする様子(2015 年 10 月 28 日,筆者撮影) 4-2-2 特徴について 海島遊民くらぶが相差町において実施するエコツーリズム事業では,鳥羽エコミュージ アム事業で整備された海女文化に関連した観光施設を活用したエコツアーを実施している 点が特徴である.同事業のエコツアーにおいて観光客が海女と接するのは相差かまどで雇 用されている海女のみであり,日常生活を営む海女と接する機会はない.同町の海女は, 海女漁以外にも副業をしており,観光客が相差かまど以外で海女に接することは,海女の 生活や仕事の妨げになる場合もある.しかし,相差町の事例では,観光客のおもてなしを する海女は相差かまどで雇用されており,また,同かまどでは海女が本業と副業を両立で きる仕組みを確立していることから,海女の生活や仕事に負担をかけることなくエコツア
ーを実施することができているといえる. 海島遊民くらぶ代表の江崎氏によれば「同町におけるエコツーリズム事業は,鳥羽市に 初めて訪れる観光客向けのものである」とのことである8).その理由は,同町では,町の いたる箇所に海女文化を解説する看板が設置されているなど,観光地としての整備がなさ れているため,鳥羽市の中でも特に海女文化の魅力が伝わりやすいからであるという8). 4-2-3 優れている点について 海島遊民くらぶが相差町において実施するエコツーリズム事業の優れている点は,同事 業が同町の住民にとって利益となっている点と観光施設を活用した内容であるためスタッ フがガイドをしやすい点である. 同町の住民の多くは観光業に携わっており,エコツアーによって観光客を誘引すること は住民の利益になっている.また,同ツアーは,海女漁に負担をかけることもなく,相差 かまどで働く海女にとっては,同かまどでの仕事が副業となっているため,エコツアーに おいて同かまどを活用することは海女の利益にもつながっている. 一方,同町の観光施設の中や町のいたる箇所に海女文化を解説する看板などが設置され ているため,ガイドするスタッフは,それらを活用して観光客に解説することができる. そのため,経験の浅いスタッフであってもガイドすることができると考えられる.ちなみ に 2015 年度に入社したインドネシア出身のスタッフは,同町のエコツアーを行うに当たっ て初めの 5 回だけは先輩スタッフが同伴していたが,それ以降は一人でガイドをしている. 4-2-4 問題点・課題について 海島遊民くらぶが相差町において実施するエコツーリズム事業では,一度に参加できる 観光客が限られる点と,ガイドと相差かまどで働く海女が不足している点が問題点である. 同町は,アクセスに JR 鳥羽駅から自動車で 30 分程度の時間を要するため,エコツアー 実施の際は,海島遊民くらぶのスタッフが,鳥羽駅からの送迎を行うようになっている. そのため,同町におけるエコツアーでは,一度に参加できる観光客の人数が,スタッフの 自動車の座席数によって制限されるという問題点が存在する. また,同町においてエコツアーを実施している団体は海島遊民くらぶのみであり,同く らぶのガイドは答志島など同町以外のエコツアーも担当しているため,ガイドの人数不足 という問題もある.ガイドの人数不足によって,エコツアーへの参加を希望する観光客の 希望日程に対応できないことも多いという.そのため,相差町内会では,エコツアーのガ イドを育成する取り組みを今年度から始めている.同取り組みは,海島遊民くらぶのスタ ッフが講師となり,相差町において希望者に対してガイド養成の講習会を開催する取り組 みである8).
相差かまどで働く海女の人数不足も問題の一つである.現在,同かまどで働く海女全員 が,開業当初から勤めている者である.同かまどでは,開業以来これまで,働く海女の募 集をしてきたが,新たな海女の雇用にはつながっていない.同かまどで働く中山氏によれ ば「同町の海女の多くが,観光客のおもてなしをすることを自分たちには難しいと考えて いることが大きな理由である」という4).また,同じく同かまどで働く小崎氏は「同町の 海女の多くが,相差かまどで働くことによって海女漁に支障が出るのではないかという不 安を抱いているのも理由の一つである」という6).
<参考文献> 1) Google マップ:相差町<https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92517-0032+%E 4%B8%89%E9%87%8D%E7%9C%8C%E9%B3%A5%E7%BE%BD%E5%B8%82%E7%9 B%B8%E5%B7%AE%E7%94%BA/@34.4469988,136.8523248,12z/data=!4m2!3m1!1s0x600 5018abdabec17:0x80d68b74f1e6b2f3>,2016-01-18 2) 相差町内会:海女と漁師の町 相差<http://www.toba-osatsu.jp/>,2015-11-21 3) 中村幸照,2015-07-28,会話 4) 中山茂代,2015-07-28,会話 5) 三重県教育委員会:海女習俗基礎調査報告書,pp.17-26,三重県教育委員会 (2012) 6) 小崎たみえ,2015-10-28,会話 7) 海島遊民くらぶ:ツアーメニュー<http://oz-group.jp/menu.html>,2015-11-21 8) 江崎貴久,2015-10-03,会話