Ⅰ.はじめに
「政治・経済」(3 年生 3 単位)の経済学習では,① 市場メカニズムのすごさ(資源配分の効率性)②しか し,市場にすべて任せておいてもうまくいかない。 「市場の失敗」(貧富の差の拡大,不況・恐慌,失業の 問題)③政府=財政の役割(公共財の提供,所得と資 産の再分配,経済の安定=景気の調整,成長戦略な ど)④「大きな政府」から「小さな政府」へ。(ケイ ンズの政策,新自由主義の政策=福祉国家の見直し, 国営企業の民営化,規制緩和,ケインズ政策への批判 =財政赤字,政府の政策決定メカニズムなどの問題で ある「政府の失敗」)などを学んできた。 政府=財政の役割を認めつつ,政府の活動の具体的 な内容が直ちに決められるわけではない。公共財とし て,どのようなものが含まれるのか,また,政府活動 の水準と規模についてどれくらいが必要なのか。社会 資本の建設や維持にどれだけの費用を投入すべきなの か,所得や資産の再分配はどの程度まで行われる必要 があるのかは,現実の政治(政策決定)に委ねられる わけだ。安倍政権が進めようとしている「第三の矢= 成長戦略=新自由主義政策」の内容を事例に,下記の 項目を「発展学習」として,生徒に考えてもらった。Ⅱ.「発展学習」の授業計画
A:「保育」は,政府・自治体(財政・税金)と市場 (企業)のどちらが担うべきなのか。 B:国民皆保険制度をどうするのか?混合医療,株式 会社の参入など市場原理の導入をどう考えるのか。 C:消費税の増税は賛成か,反対か。(詳細略) D:社会保障制度は政府(財政)の責任か,それと も自助・共助で自己責任か?(詳細略) E:「市場」か「財政か 」(詳細略) あなたは a か b のどちらを選択するか? a の立場:市場を民主主義にもとづく政府が制御す るな。市場にすべて任せろ。貧困問題 も市場に委ねれば,富裕者の富が弱者 にトリクルダウン(したたり落ちる) して,政府の所得の再分配(富裕者に 負担を求めない)をしなくても解決す る。 b の立場:政府(財政)の役割は大切だ。市場原理 では,生産物は購買力によって分配さ れる。購買力のない人は生産物を分配 されない。(購入するための所得は労働 市 場 か ら 稼 得 し な け れ ば な ら な い ) よって,生存を維持することができな くなる。そこで,政府が市場に介入し, 再分配するのである。(これは民主主義 によって決めている。日本国憲法の生 存権を具体化するためにさまざまな法 律が制定されている)歴史上,政治シ ステム(国家)は貧困を社会の責任だ として,政治システム(国家)が国民 生活を保障する責任を引き受けてきた。 F:「労働」の規制緩和(残業代ゼロ)をどう考える のか?(詳細略)Ⅲ.授業実践例(A)
「保育」は,政府・自治体(財政・税金)か市場か (企業)どちらが担うべきなのか? 保育「新制度」=「子ども・子育て関連 3 法」 (2012 年 8 月 10 日可決・成立,2015 年 4 月施行を めざす)をどのように考えるのか?一待機児童の 増加をどうするのか?「学んだこと」(知識・理解)
から現代の課題を考える
~市場にまかせればうまくいくのか~
The Journal of Economic Education No.34, September, 2015Learning Contemporary Problems Using Knowledge and Understanding Acquired in Classroom: Can Market Do Everything?
Fukuda, Hideshi 福田 秀志(兵庫県立尼崎小田高等学校)
A:保育園を増設,増改築して受け入れ枠を 増員する(国・自治体が税金で) B:新たな保育のしくみを作り,多様な受け入 れ先が受け入れていく。 →株式会社の参入障壁をなくし,供給を増やし, 保育所との直接契約を可能とし,利用者が自由に 選べるものとする。設置最低基準の見直し(規制 緩和) 1.現行の保育制度の特徴 ア:市町村(国)が保育の実施義務を持つ。子どもや 親は,市町村に対し,保育の量や質を確保するよ う求めることのできる権利,すなわち,保育を受 ける権利を保障されている。保育の実施義務が果 たされない場合には,行政不服審査の請求をした り,取消訴訟・義務付け訴訟などの行政訴訟を起 こしたりすることができる。 イ:利用者は市町村に申し込みに行く,入所は市町村 が責任をもち決定する。 ウ:公費負担,必要な財源は国・自治体が負担する。 国や自治体から支払われる運営費は,月額払い。 エ:保育園の主体は国と自治体と社会福祉法人が主体。 オ:保育園を設置するものに最低基準の遵守を求める。 (職員,保育時間,保育内容,保護者との連絡, 公平な選考,利用料など) (上記の根拠) 日本国憲法と児童福祉法(「すべて国民は,児童が 心身ともに健やかに生まれ,且つ,育成されるように 努めなければならない。すべて児童はひとしくその生 活を保障され,愛護されなければならない。」「国及び 地方公共団体は,児童の保護者とともに,児童を心身 とともに健やかに育成する責任を負う」)にもとづい て,親の就労を保障するとともに,子どもの福祉と発 達保障の見地から,国,市町村の責任で実施。 →よって,保育料は「応能負担方式」(保護者の前年 度所得により区分された階層により決定,無料から 最高約 10 万円・月額・国基準),一人一人の保育料 にかかわりなく,どの子にも昼間 8 時間の保育を保 障。(朝夕の延長保育のみ違う) *運営費は保育園の定員規模,在園する園児の年齢 によって異なるが,社会福祉法人など私立保育園 は,運営費のうち保護者負担分を除いて,2 分の 1 を国が,残りの 2 分の 1 を都道府県と市町村が 負担),公立保育園は,一般財源化に伴い,国の 負担分はなくなり,国から自治体に配分される地 方交付税でまかなわれている。よって,最近は市 町村は公立保育園を民営化する方向に動いている。 2.保育「新システム」の特徴 ア:市町村が直接責任を負わない多様な保育事業が認 められる。 イ:利用者が直接,自分で探し,事業者(施設)と契 約し,入所は事業者(施設)が決定する。(直接 契約方式) ウ:補助金は利用者への直接補助とする。(利用者補 助方式) エ:多様な主体の参入をさらに広げる。一定の基準を 充足すれば誰でも参入できる。株式会社が保育の 補助金を株主への配当ができるようになる。 オ:保育園設置の最低基準を下げる。たとえば,子ど も一人あたりの面積基準を下げる。子ども一人あ たりの保育士基準を下げる。→保育園利用者は利 用する保育サービスに対応した「応益負担原則」 (収入に関係なく,利用したサービスの種類と利 用時間で利用料が決まる。保育時間が長いほど, 利用料は高くなる。「保育の必要性」が認定され た以外の時間は,割増料金か全額自己負担になる 可能性大きい。(特別な保育・教育には追加料金 も)。一人一人の保育「必要量」により時間で支 払うシステムに。(選択の自由,直接契約,応益 負担―市場経済システムへ) *実際は「新システム」は非常に複雑な内容と なっている上,詳細は今後の制度設計によるの で「新システム」の説明はおおよその方向性を 示したものである。 3.生徒に配付したワークシート 本日の授業では,保育「新制度」=「子ども・子育 て関連 3 法」をどのように考えるのか? いままでの 授業を踏まえて,考えてもらおうと思います。 「保育所」というものは,「公共財」とも言えるもの であり,また,「所得の再分配」機能である「社会保 障制度」の「社会福祉」のなかの「児童福祉」として 位置づけられ,「児童福祉法」の中の施設として「保 育所」がある。この「保育所」をめぐって,昨年,制 度のさらなる変更が決定され,2015 年 4 月をめざして 動き出しています。 1:いままでの学習(市場システムの優位性,市場の 失敗,財政の役割,政府の失敗,小さな政府,大
きな政府など)を振り返ろう。 2:今日は,保育制度の変更について,君たちの班は, 君自身は,どう考えるのかということが課題です。 【課題 1】(ア)(イ)に適当な語句を入れてみよう。 簡単に言うと,現在の制度は「権利としての保育」 なので,財政の活動として位置づけられています。新 制度は(ア 商品としての保育)なので,(イ 市場) として位置づけようというものです。 【課題 2】 保育「新システム」=「子ども・子育て関連 3 法」 のプラス面,マイナス面を考えてみよう。 プラス面: ① 休日,夜間保育が可能になり,母親が助かる。 ② 待機児童の解消につながる。 ③ 現状に対してスピード感のある改革が期待で きる。 ④ 競争原理が働き,サービスが向上する。 ⑤ 親の希望する園を選択できる。 マイナス面: ① 保育士の負担が増える可能性がある。 ② 親と子どもの接点が少なくなる。 ③ 保育所を探すのに苦労する。 ④ 地域によって保育料が変わってくる。 ⑤ 事故が増える。 ⑥ 保育の質がおちる。 ⑦ 儲からないと撤退する。 ⑧ 園によって保育サービスの格差がうまれる ⑨ お金のある人の方が質の良い保育が受けれる。 【課題 3】 私は,保育「新制度」=「子ども・子育て関連 3 法」に( )である。なぜなら,( )であるか らだ。 3 :生徒はどのように考えたのか。(99 人) ア:賛成意見 22 人 ① 市場に任せると,会社が生き残るために,他 の会社と差別化を図る。地域・親によってど んな施設が欲しいかは様々なので,選択がで きて非常によいことだ。班で出てたマイナス 面は裏返すとプラスになることもある。何よ り,今の段階で待機児童問題があるのだから, 制度変更をしないと何も始まらない。 ② 休日・夜間保育はフルで働いている母親など にとって助かる制度だ。現状に対してスピー ド感がある改革が期待できる。さらにサービ スが向上する。 ③ 市場が担うことで,保育園を誰もが自由に選 べるようになり,市町村に申し込んで探して もらうより,市場の方が決定と行動のスピー ドが速いから歓迎だ。待機児童について解消 へとつながっていく。今のまま地方自治体が 担っていたら,待機児童が増えてしまい,減 少につながらないと思った。 ④ 企業による競争などにより,保育料も下がり, 質の良い保育園を増やすことができる。授業 でやったマイナス面で事故が増えるなどがあ るが,株式会社がやると信用問題に関わり, 倒産してしまったりするので増えるなんて言 う事はない。待機児童も減る。 ⑤ 株式会社は政府・自治体では考えつかないこ とを考えれる。保育事故に対しても素早く対 応でき,より良いサービスを提供してくれる。 評判や知名度によって入ってくる子どもの人 数も左右されてくると必然的にサービスが良 くなってくる。そして親も,評判や知名度に よって安心して預けられる保育園を選ぶこと ができる。保育料は多少変わるけれども,そ れなりのサービスにはそれなりの負担は仕方 がない。 ⑥ 保護者の意見やアイデアを取り入れやすく, 保育園ごとに料金やサービスなどで個性が出 て,より保護者が求める保育サービスを作り 上げていくことができる。保育園が市場化さ れたからといって面積や安全基準など子ども の命や安全を守るためにあるものは残しつつ, その上で民間でできる事は民間でした方が保 育園の更なる質の向上が期待できる。 ⑦ 企業が自由にできるので,保育園の数が増え て,待機児童が減ると考える。その結果,親 も働くことができ,さらに子どもを保育をし てくれるため非常に助かる。しかし,企業側 が行うことで最低基準の規制緩和などによっ て全体的に保育レベルが変わってしまうこと も考えられるが,親が働けるようになるなら 仕方がない。休日・夜間保育が可能になると いう事は親も働くことができ,非常に良い事 だ。しかし実際マイナス面もとても多く存在 するので絶対賛成とは言えない。しかし待機
児童を減らすことを考えるなら賛成だ。親が 仕事をするようになれば保育とは関係ないが, 日本全体が活性化し,経済面が良くなると考 えたからだ。 ⑧ この改革でお金が回ると思う。保育を企業が 持つことによって,雇用が増えるし,企業側 も新しいサービスを行ったりする場合は人を たくさん雇うだろう。事故が増える,子ども が守りにくくなる,保育の格差が生まれるな どといったマイナス点も企業が受け持つこと で解消できるはずだ。利益を得るために競争 し,サービスや安全性はより良くなるだろう。 イ:反対意見 53 人 ① 民間企業が保育所を経営するのには反対だ。 まず格差ができる。また,民間企業だと儲け がなくなると撤退して,通っていた子どもが 保育所に行けなくなる。事故が起きた時は民 間の場合だと不安だ。低所得者層でも預けら れるのは利点である。 ② 競争が激しい民間企業では保育士に負担が生 じる。負担の度合いが大きければ疲れが溜ま る。疲れがたまると勤務に支障が出てくる可 能性がある。また,利益を中心に考えている ので,保育の質が落ち,子どたちに悪影響が でる可能性が高い。 ③ 保育の実施義務を負わないということは保育 所側が子どもを預かるか,預からないかを決 められることになる。身体に障害を持つ子ど もを預かってくれるのか。健常児と同じ保育 料で預かってくれるのかわからない。 ④ 企業に任せると保育料の違いとか,サービス の違いとか,いろいろな問題が出てくると思 う。行きたい保育所に行けるとか,待機児童 の解消につながるとか,休日・夜間保育が可 能になると言うプラス面もあるが,マイナス の方が多すぎる。なにより子どもにとってマ イナスが大きい。誰でも平等で子どもが安心 して過ごせる保育制度が望ましい。 ⑤ 新制度と言うものは今まで政府や自治体が運 営し,「保育を受ける権利」としてあったの ものが,市場と言う「企業のサービス」に なってしまうので,マイナス面に対してプラ ス面が少ないと思う。やはり保育を本当の意 味の保育,つまり「社会福祉の中の児童福 祉」として位置づけるのと,「企業のサービ スの中の商品」として位置づけるのとでは, 大きく違うと思う。新制度の保育というのは 企業が運営する児童施設だから,どうしても ビジネスになってしまい,保育の質が低下す る。また,企業が儲からなければ施設を撤退 してしまい,また別の施設を探さないといけ なくなってしまう。家の近くに安い保育所が ない場合,お金の関係から,子どもを預ける ことができなかったり,遠いところへ預ける ことになったりと,親の負担も増える。現在 の保育制度に問題があるのも事実だが,新制 度はさらに多くの問題があるのではないか。 ⑥ 政府・自治体と企業がやるのでは目的の違い がある。政府・自治体は子どものために保育 園をしている。当然,企業でもそのような人 もいると思うが,大半の企業は利益のために 保育園を経営することになり,利益を求める 事は様々な問題を引き起こす。例えば利益を 上げるために保育士を減らし,勤務時間を増 やす。そうすると保育士に大きな負担となる だけではなく,園児の数が多いと目の届かな い子どもが出てきて事故につながる。他にも 利益を得るために様々なサービスを提供して くれると思うが,それは園内でのサービス格 差が生まれる。こうなるとさらに保育士に負 担がかかる。最終的に儲からなくなり,撤退 してしまう。撤退した場合,園児がどうなる のか。他の保育園を探して入れてもらうため に親の負担も高まる。なので,利益を目的と する事は最終的に園児だけではなく保育士・ 親にも大きな負担が生じるから反対だ。 ウ:折衷案(一部賛成,一部反対,どちらかとい えば賛成・反対) 24 名 ① マイナス面を無視して新制度を採用するのは どうかと思う。でもまだ始まっていないこと なので,予想したマイナス面の全てがその通 りになるかどうか分からない。だからといっ て賛成でもない。はじめは反対だったが,賛 成の意見を見て変わった。たとえば今の保育 園は土日が休みが多い。しかし,土日も仕事 の親からしたら安心した預け先がなく困る。 もし,企業が担えば,ニーズに合って保育園 ができる。なので全てを自治体,すべてを市
場と言う訳ではなく幾つかの割合で存在させ たらいいと思う。 ② 休日の保育・夜間の保育,そういうニーズが あるのに市町村や社会福祉法人は応えること ができていない。企業はそのニーズに応える ことができるし,待機児童の解消につながり, 親の不満もなくなると思う。しかし,マイナ ス面も多く将来に支障をきたすと思う。よっ てどちらかを選べと言われても選べない。 ③ プラスとマイナスで意見を出したらマイナス の方が多い。この時点でマイナスの方が多い から反対である。保育サービスの格差。やは り平等にしないといけない。保育の税金は保 育園がより安全かつ安心できるように使うべ きだと思う。でも賛成なところがある。選択 の自由はいいと思う。規制緩和をしすぎれば, 預けた子どもを怪我をさせてしまったり,最 悪死に繋がると思う。保育士の負担も大きく なり,鬱病や過労死をする人も増えると思う。 人の命がなくなる可能性が新制度の方が高い と思うので,まだ賛成だとは言えない。
Ⅳ.授業実践例(B)
B:国民皆保険制度をどうするのか?混合医療,株式 会社の参入など市場原理の導入をどう考えるのか 1:現在の制度は「誰でも・いつでも・どこでも, お金の心配をせずに,求める医療を受けられ る」 ア:すべての国民が加入し利用できる「皆保険 型」(公的保険)ー財源は(①税金)と個人の 保険料+企業の負担する保険料と窓口負担。 ○医療を受けるための「保険制度」(保険証 1 枚で)ー病院に行けば,窓口で(② 3 割) 負担 ○医療を提供した際の医療者に対する経済的 保障を行うための「診察報酬支払い制度」 ○医療を提供する医療機関の配置体制のこと をさす「医療提供体制」 イ:日本のどこにいても同じ費用で同じ医療が受 けられる「平等性保障型」 ウ:患者の支払い能力に関係なく必要な医療が保 障される「現物給付型」 保険の給付に金額 的な上限設定はなく,必要なだけ現物で医療 が提供できる。 エ:営利を目的に医療を営んではいけない「非営 利型」 株式会社のような組織が株主などの投資家に 儲けをもたらす目的で医療機関を経営するこ とを禁じている。医療の提供で得た報酬は医 療そのものの拡充にしか使えない。お金儲け を考えることなく,診察に専念するための経 営問題に苦しまなくてもよい。 オ:薬の値段,診察報酬もすべて国が決めている (国民が医薬品を安く使え,医療費の膨張を 抑えるようにしている) カ:原則として「混合医療」は認められていない。 診察には 2 種類ある:「③保険診療」(3 割負 担),「保険外診療(④自由診療)」(10 割負 担。保険はきかない) *(④)の医療は高度先進医療である。(④) の値段(薬・治療代)は病院が自由に決 めることができる。 *現在は原則として,(③)と(④)を併用 すれば,(③)の部分も保険が効かなく なり,10 割負担となる。 (A さんの例) ・がん治療(保険治療)で 10 万円→ 3 割負担で 3 万円を病院の窓口に払う。 ・高度先進治療(自由診療)で 20 万円→ 10 割負 担で 20 万円を病院の窓口で払う。 →この人は保険治療と自由診療を併用したので, (⑤ 30)万円を支払うこととなります。しかし, 「混合治療」が認められれば,A さんの支払いは (⑥ 23)万円となります。→「混合医療」が認め られれば A さんにとって,7 万円の治療費が助か ります。これが,「混合医療」のプラス面です。 よって,「混合治療」を認めろという声が出てい ます。 2:混合医療の解禁,株式会社の病院経営の方向性 第二回規制改革会議(2013.2.15)において 「健康・医療」分野の規制緩和①再生医療の推進 ②医療機器の承認業務の民間開放の推進③保険外 併用療養の更なる範囲拡大④一般医薬品のイン ターネット等販売規制の見直しなどが挙げられた。 政府は,財政赤字のなかで医療にかかる財源を減 らしたいという思惑。製薬会社(医療機器メー カー)は薬の公的な価格規制をやめてほしいという思惑。外資を含む保険会社は「混合医療」を解 禁し,保険商品として私的医療保険市場の拡大を はかりたいという思惑があり,TPP への参加も 視野に入れ,国民皆保険制度が空洞化の動きが起 こっています。また,株式会社が医療法人を設立 できるようにするという動きも出てきています。 君は「市場原理の医療への導入」について,どう 考えますか。 3:君はどう考えるのか。 「岩盤規制」と呼ばれ,国民の生活の根幹に関わ る医療について,市場原理を導入しようとする動 きについてどう考えますか?(「混合医療」「株式 会社の医療への参入」の方向性について)「政 府・財政」か「市場・企業」か。私は( ) と考える。 4:生徒はどのように考えたのか。(94 人) ア:政府・財政が担うべき 77 人 ① 混合医療が認められると,民間企業の保険に 人が流れるので,国は当然公的保険にかける お金が少なくなる。すると診察・治療・薬の 値段が上がり,低所得者層が困る。必然的に 病院に行かないようになり,「命の格差」が 拡がっていくだろう。また,企業に医療を任 せる事は人命だけではなく,利益・経営のこ とも考えることになり,医療の質が下がって いく。「混合医療」を考えるのではなく,海 外の発達した医療を受けやすくするために, 政府は早く安全性を確認し,保険に適用させ るべきである。 ② 保育では市場に任せる立場だったが,医療は 原則「平等」に全国民が受けられるべきだと 思う。今でさえそれが難しい状態なのに,市 場に任せると必然的に「格差」が生まれ,受 けたい医療も受けられずに,死ぬ人が今以上 に増える。市場に任せると医療への税金を減 らせるし,企業も利潤を意識するようになる。 儲からない場所に企業は病院を建てないので 地方と都市の医療の格差が今以上に膨らむこ とになるだろう。現在,日本の経済は良くな いので「規制緩和」には反対ではないが,医 療という生死に関わるものだけは,「利益」 を追求するのはよくない。 ③ 医療は人の命を助けるものだ。企業がお金儲 けができる方向にするのは断固反対だ。確か に薬を創るのはお金がかかるかもしれないが, 国民が買える価格を政府が決めているおかげ で命が助かっている。混合医療が認められる と,保険診療の部分が減っていく。風邪で 10 割負担になったりする。アメリカでは民 間の保険に入っていなかったため,助けたく ても助けられないということが起こっている。 混合医療を認めればこういうことが起きる。 所得者層は保険に入れず,医療を受けられな い。こんな社会に住みたくない。 ④ 混合医療だと併用で診察したとき,前まで 10 割だった保険診察の部分の負担が 3 割にな るので良い気がするが,そんな事はない。病 院側からすると3割より10割の方が儲かるた め保険診療の部分を減らし,自由診療の方向 に促すと思う。このことは高額所得者はそれ ほど問題はないが,低所得層は 10 割も払え ないので病院に行かなくなり,症状が悪化し, 最悪死に至ることも起こりうる。もちろん, 市場に任せるとお金の流通が良くなり,景気 が良くなるかもしれないが,低所得者層が病 院に行かなくなり,お金の回りはむしろ悪く なると思う。「企業が参入することで景気が 良くなる」とアピールされても,国民自体が 病院に行くたびに 10 割払えるほどの余裕は ない。 ⑤ 医療は人の命に関わることで市場に任せるべ きではない。現在は誰でも医療を受けること ができるが,企業や市場が介入することで医 療がビジネスとなり,病院側が診察料などを 決めてしまい,低所得者層が受けることがで きなくなる。救える命も救えないと言う状況 になってしまう。今の医療規制は「岩盤規 制」と呼ばれているが,人の命に関わること なので,「規制」して当たり前だ。市場に医 療に介入すれば,企業は利益を求め,中間層 以下にとっては,医療は意味のないものにな りかねない。現在のアメリカのようになって しまう。金持ちにとってはプラス面が増える が,多数の国民はマイナス面ばかりだ。 ⑥ 株式会社が参入してきたら,価格も勝手に決 められて,病院同士でも差が出てきて,撤退 したりして,病院が少なくなっていく。命に 関わる問題だ。 イ:医療の市場化に賛成 4 名
① 日本で国民皆保険制度がなくなり,アメリカ みたいに治療費が高くなったら国民はどうな るのか。今まで健康にあまり興味がなかった 人たちにも健康への意識を持ってもらえるか もしれない。病院代もすごくかかるから「手 洗いやうがいや健康にきちっとしよう」と言 うことで健康への意識が高まるのではないだ ろうか。 ② 患者のニーズに合わせた医療サービスの向上 に期待ができると思った。もちろん,高額所 得者層しか混合医療を受けられないので患者 の選別に結びつく可能性もある。しかし,前 向きながん患者は今のままだと莫大な治療費 がかかってしまう。自己負担額が減り,楽に なる。がん患者に配慮した制度を導入してい くべきだ。混合医療に賛成だ。 ③ 企業が経営する病院が増えると医療の値段を 自由に決められるので,もちろんお金持ちを 対象とした病院も出てくると思うが,いろい ろな病院が出来て,選択ができるようになる。 医療格差は出てくると思うが,今の 3 割負担 でさえ我慢してる人たちにとっては,治療費 の安い病院行けば,治療はしてもらえるので 助かるのではないか。今のままでは十分な治 療を受けられない人もいるそうなので,現状 変えていくべきだ。 ウ:折衷 13 人 ① 所得が一定未満なら「財政・政府」,それ以 外は「企業・市場」にすべきだ。国民皆保険 制度を廃止し,民間保険の中から自分の入り たいものに入れば良い。医療費の 10 割負担 などに耐えられない低所得者や生活保護受給 者は特別に申請を出して,「国民保険」と言 うものに入って負担額を減らせば良い。基本 的には「企業・市場の保険」,低所得者や生 活保護受給者は「政府・財政の保険」と言う ように分けると良いと思う。低所得者や生活 保護受給は先進医療を受けることができない などの格差が出るがこれは仕方がない。 ② 日本の医療の基盤「だれでもいつでもどこで もお金の心配をせずに求める医療を受けれ る」を崩すことになるから反対だ。混合医療 は良い面もある , しかしデメリットが多すぎ る。平等であるべき患者が選別されたりして, 弱者は十分に医療が受けられなくなる。…… 株式会社の参入は今ある「特区」を継続し, 先端医療を受けたい患者が受けられるという 形をとればいい。 ③ 株式会社が参入することは経営の素人である 医師が行うよりも経営のプロである株式会社 の方が病院の経営は安定し,患者にも最善の 病気の治療の場を提供することができるので はないか。
Ⅴ.終わりに
高校生が経済的な見方・考え方を踏まえた上で,現 実に起こっている経済問題を多面的・多角的な視点か ら考え,友人同士の意見交流を踏まえ,価値判断を下 していく力を培うためにこのような試みを数年前から 実施してきた。その一部を経済教育学会の場で紹介す る機会を得ることができた。そもそも経済問題は難解 であり,現在進行中であることが多く,どの部分を切 り取って生徒に資料を提示すればよいのか,非常に迷 いながらの実践が続いている。 しかし,卒業後,経済問題に出会う中で価値判断を 下していかなければならない場面に出会わざるを得な い。その時に,経済的な見方・考え方を踏まえた上で, 価値判断を下す能力が求められている。昨今,教育現 場では,「知識・理解」の上に,「思考力」「判断力」 の培うために「活用」が求められている。今の時代に は必然のことだと考えている。ここでの報告を契機に 今後も時事的な経済問題を生徒と共に考えていきたい。 最後にここで紹介した「保育の市場化」「医療の市 場化」について,生徒に提示した資料を含め,こちら の説明が間違っている部分もあろうかとも思っている。 そのあたりをご教示いただければ幸いである。 参考文献 [1]色平哲朗「TPP が国民全員の暮らしと老後を直撃する」 『 住 民 と 自 治 』 自 治 体 問 題 研 究 所,606 号,2013 年, pp.6-11。 [2]伊藤周平『子ども・子育て支援法と保育のゆくえ』かもが わ出版,2013 年。 [3]神野直彦「市場を民主主義の制御のもとへ」『世界』岩波 書店,No.849,2013 年,pp.99-107。 [4]京都府保険医協会編『TPP は国民医療を破壊する─韓米 FTA に学んだ医療者からの訴え』かもがわ出版,2012 年。 [5]李啓充『市場原理が医療を滅ぼす─アメリカの失敗』医学 書院,2004 年。 [6]長田安司『「便利」な保育園が奪う本当はもっと大切なも の』幻冬舎ルネッサンス,2013 年。 [7]芝田英昭「社会保障制度改革国民会議の議論における医 療・介護の方向性」『社会保障』あけび書房,No.450,2013 年,pp.16-27。 [8]芝田英昭「TPP 参加交渉と公的医療」『住民と自治』自治 体問題研究所,606 号,2013 年,pp.17-21。 [9]高橋太「TPP の露払い,民間版「健康保険」商品の誕生で 浸蝕される皆保険の危機」『住民と自治』自治体問題研究 所,606 号,2013 年,pp.27-31。 [10]堤未果『(株)貧困大国アメリカ』岩波新書,2013 年。 [11]堤未果「株式会社化する国家─奪われる私たちの選択肢」 『世界』岩波書店,No.849,2013 年,pp.90-98。 [12]内田樹,中島岳志『脱グローバル論日本の未来のつくり かた』講談社,2013 年。 [13]山岡淳一郎『医療のこと,もっと知ってほしい』岩波 ジュニア新書,2009 年。 [14]山岡淳一郎,色平哲朗「医療が市場競争にさらされると き」『TPP で暮らしはどうなる?』岩波ブックレット, 2013 年,pp.31-45。