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オフィスチェアの座り心地の進化と技術

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Academic year: 2021

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(1)40. 特集:家具のデザインと技術. 白石光昭 Shiraishi Mitsuaki 千葉工業大学 Chiba Institute of Technology. オフィスチェアの座り心地の進化と技術 人間工学的視点をもとに The Relation between the Advance of Seat Comfort and the Technology on Office Chair On an Ergonomic Viewpoint. 1.はじめに 最近の働き方改革の中でも議論されているように,日本人は働きすぎてい るとともに,オフィスの中で長時間座っていると言われている。実際,オ フィス内でどれくらい事務用椅子に座っているかについて,アンケート調査 を行ったことがある。やや古いデータ(20年ほど前に実施)であるが,営業 系で平均約4時間,事務系で同約7時間,技術系で同約9時間という結果で あった。この数値から現在について推測するならば,事務系と技術系は短く なっているとは考えにくい。近年,情報化が一層進み,コンピュータを使用 した作業時間が確実に増えていると考えられるからである。一方,営業系の ように,外に出かける人はネット環境が充実したことによりオフィスに戻ら ないことも増えていると推測できるので,短くなっている可能性はあると思 われる。(ただし,オフィスチェアに座っていないだけで,オフィス外で仕 事をしている場合,何らかの椅子に座っていることは想像に難くない。 )こ のような状況の中で,オフィスそのものだけでなく,オフィスチェアの(座 り心地)の重要性もさらに増していると言える。 本稿は,戦後オフィスチェア(事務用回転椅子)の変遷(進歩)の中で重 要な位置づけがなされている座り心地について,製造側がどのようなことを 考え,いかに向上させてきたかに焦点をあて,まとめた論考である。家具に 限ったことではないが,モノの変遷(進歩)には技術の変遷が大きく関わ る。特に椅子の場合,座った人が直接大きな面で触れるため,座り心地をど う向上させるかが重要なポイントになる。このため,製造側は座り心地を高 めるために,機構や材料の検討・改善を行い,その過程の中で技術の進歩を 図ってきた。 筆者はオフィス家具メーカーにおいて約20年オフィスチェアを中心にオ フィス家具の開発に携わってきた。その際に得た知識も含め,ここで再度オ フィスチェアの開発の変遷と技術の関わりについて考えてみたいと考えてい る。 なお,オフィスチェアとの名称であるが,以前は事務用回転いすと呼ばれ ていたが,近年オフィスチェア,オフィスシーティング,ワークチェア, ワーキングチェアなどというように,企業の独自性をだしたいとの思惑もあ る複数の新しい名称が生まれてきた。そこで,本稿ではある程度共通認識が 持たれているオフィスチェアを使うことにした。.

(2) デザイン学研究特集号  Vol.27-1 No.101. 2.椅子のデザインと人間工学の関係 一般的に椅子のデザインは人間の身体を考慮して行われている。これは, 使用者である人間が直接触れるものであり,椅子の評価ポイントである座り 心地に大きく関係するからである。オフィスチェアの場合を考えてみると, 購入者と使用者が異なる場合が多く,また使用者も特定できない点から,人 間工学的視点はデザイン上特に重要である。 別報で明らかにしたように[注1] ,オフィスチェアの快適性を向上させ る手段として,「姿勢変化への対応」が重要な項目であったことを確認した が,この項目はオフィスチェアデザインにおける人間工学的視点からの対応 の一つといえる。具体的には,背もたれの傾斜機構や座と背もたれが連動し て傾斜する機構等が中心である。これらの機構はオフィスチェアが普及しは じめた時期(昭和20年代)から考えられていたわけではなく,戦後数十年の 時間をかけて徐々に進化をしてきており,姿勢変化への対応過程の中でいく つかの新機構が開発されてきたことが分かっている。その結果,現在では 様々な調節機構を持つ椅子が主流となっている[注2]。 本稿では,まず戦後日本で発表されたオフィスチェアを中心にその変遷を 概観し,人間工学的対応の変遷を明らかにする。次に,姿勢変化への対応と して開発・採用されてきた機構の変遷と特徴を整理し,その発展の背景とし て考えられる人間工学的視点の変遷とその意味について考察する。. 3.調査方法 本稿では,下記の2つについて調べ,考察する。 ① 人間工学的視点からみたオフィスチェアの機能の変遷 オフィス家具の業界誌である「近代家具」 (1966年∼2000年においては月 刊号と年2回の特集号,2001年以降については適宜抽出)からオフィスチェ アに関する記事等を抽出して得られた項目[注3]を中心に,オフィス全般 を記述した書籍,業界史料,オフィス家具メーカーの社史等の文献を参考資 料として,年代毎にオフィスチェアの機能の変遷を調べ,それらの変遷と人 間工学的視点との関連を分析する。 また,日本のオフィスチェアは海外製品に少なからず影響を受けていると 考えられる。そこで,海外製品で人間工学上注目すべき変化があった椅子を 選択し,その特徴を調べる。 ② 座と背もたれの傾斜機構の変遷 姿勢変化への対応としての傾斜機構は戦後のオフィスチェアの大きな特徴 といえる。また,人間工学的に見ても重要な視点と考えられる。そこで,傾 斜機構の基本といえる回転中心(仮想回転中心を含む,以下同じ)の位置の 変遷について調べ,回転中心の位置変更の理由について,人間工学的な視点 から考察する。 1)白石光昭:1966年以降の日本におけるオフィスチェア の製品特性の変遷,デザイン学研究第51回研究発表大 会梗概集,216-217,2004 2)業界各社の製品カタログ. 4.人間工学的視点から見たオフィスチェアの変遷 4.1. 1950年代のオフィスチェア. 3)白石光昭:1966年以降の日本におけるオフィスチェア. 当時の家具メーカーは,1947年(昭和22年)商工省から賠償物資(戦争. の製品特性の変遷,デザイン学研究第51回研究発表大. 行為が原因で交戦国に生じた損失の賠償として供出)として要求されていた. 会梗概集,216-217,2004 4)社団法人日本オフィス家具協会編:オフィス家具業界 の歩み,株式会社近代家具出版,15-17,2001 5)創立50周年記念社史編纂委員会:オカムラ50年の歩み, 岡村製作所,20,1996. 進駐軍用のオフィス家具を作り,糊口をしのいでいたと言われていたとされ る[注4]。進駐軍からの要求で1948年頃から製造された椅子が図1である [注5]。この図から,座や背もたれの上下調整は可能であるが,背もたれの. 41.

(3) 42. 特集:家具のデザインと技術. 傾斜はできなかったことが伺える。 また,この椅子をもとに国内向けとして,Aメーカーから1953年(昭和28 年)に販売されたオフィスチェアが図2である。この椅子の特徴としては, 「標準品として初めて座板と背板にスチールを使用し,背もたれがベンディ ングする」ことであった[注6] 。背もたれをベンディングさせたことは, 事務作業中に人間の姿勢が変化することを意識していたことを表している。 戦前のオフィスチェアとしては FK 式回転椅子があるが[注7],この椅子 の背もたれは固定式であった。このことから考えると,この時期は進駐軍仕 様(つまり,アメリカのオフィス家具)の影響が高かったとしても,身長差 図1 進駐軍仕様の オフィスチェア (1948年). に対応するための座の上下調節だけでなく,人間の身体の動きをもとに,さ らなる座りやすさを考慮していたと考えられる。. 4.2. 1960年代のオフィスチェアと人間工学の萌芽 1960年代は,日本だけでなく世界的に見ても,第二次大戦後の動乱期を経 て,やっと落ち着きを取り戻した時期といえる。特に,日本経済は急速な回 復軌道に乗り始めていた。このため,記憶に残るような社会の出来事が様々 実施された時期でもある[注8]。 例えば,日本では東京オリンピックが1964年(昭和39年)に開催され,ア メリカでは1969年にアポロ11号が月面着陸を果たしている。国民あるいは人 類全体の夢が膨らんでいった時期といえるであろう。また,日本ではテレビ がほぼ各世帯の約半数までに普及し,多くの人がこの月面着陸をテレビでみ て,感動を持ったことも事実である。建築関係では,オフィスビルである 図2 1953年発売の オフィスチェア. 霞ヶ関ビルが1968年に竣工され,超高層ビル時代を予感させ,オフィスがま すます重要になっていくことが予想された。 このような時代背景の中で,1966年に鋼製家具事務器工業会が結成され [注4参照],オフィス家具関係の業界も新しい一歩を踏み出そうとしてい た。そんな中で開発に取り入れられた新しい考え方が,人間工学であった [注9]。 モノの使いやすさを基本として発展してきた人間工学の考え方は戦前から 既にあった。特に、第二次世界大戦中に進歩したと言われている。戦争中、 様々な技術が進歩したが、一方で航空機の訓練中におけるパイロットの事故 死が増える問題が生じていた。そこで、実験心理学者と技術者が原因を探 り、使いやすさの点から事故の原因を突き止めることができ、事故死を削減 している。この過程において、新しい実験方法等の開発も進んだとされる。. 6)オフィス総合研究所:The Chair∼快適な椅子を探る∼, 岡村製作所,16-17,1989 7)岡田栄造他:近代日本における椅子開発とその社会的 背景,日本デザイン学会デザイン学研究,Vol.47­No.6, 1-8,2000. このように、戦争中の武器製造に大きく貢献し,人間工学が注目され、学問 自体も進歩したとされる[注10]。戦後は産業界において応用されるように なり,その役割がクローズアップされはじめていた時期であることから,家. 8)堺屋太一:日本の盛衰,PHP 新書,115,2002. 具業界でも注目していたと思われる。実際,昭和30年代後半,すなわち1960. 9)創立50周年記念社史編纂委員会:オカムラ50年の歩み,. 年以降には例えば座位基準点や背もたれ点といった新しい用語の提案ととも. 岡村製作所,36,1996 10)小原二郎編:インテリア大辞典,壁装材料協会,184∼ 185,1988 11)小原二郎:人間工学からの発想,講談社ブルーバック ス,72,1983. に、寸法設定の参考用としての椅子のプロトタイプ等が提案されることで、 家具開発の理論的フレームとして取り上げられている[注11]。 人間工学の研究手法の多くは,人間との関係が強いオフィスチェアにも取. 12)安藤孚氏からのヒアリングによる。. り入れられ,成果を生んでいく。その結果として開発された椅子の一つが,. 図1:創立50周年記念社史編纂委員会,オカムラ50年の歩. 1961年発表の椅子である(図3)。このオフィスチェアの人間工学的視点か. み,岡村製作所,20,1996 図2:The Chair∼快適な椅子を探る∼,岡村製作所,16-17, 1989. らの特徴としては,体を支えるスチールの座板・背板の形状に,人間の形状 を考慮し,三次元カーブ(曲面)を採り入れた点である[注12]。1950年代.

(4) デザイン学研究特集号  Vol.27-1 No.101. までのオフィスチェアが平板にクッションを乗せて座や背もたれを作ってい た点からすれば,座る人間の最終安定姿勢時の形状を考慮した結果として, 座板及び背板に三次元カーブを取り入れたことは,人間工学上大きな進歩と 考えられる。この考えは,構成する素材等の違いはあっても,現在の椅子の 開発においても通用している基本的な考えである。 1960年代には,この椅子の後にも人間工学面からの調査研究を基にした椅 子が開発されている。1968年(昭和43年)に製作されたレポスチェア(図4) である。この椅子は,第一生命保険相互会社が「姿勢と国民生活に関するあ らゆる問題を科学的に検討して国民の福祉に資するために」設立した財団法 図3 1960年代の オフィスチェア. 人姿勢研究所の最初の研究テーマとして取り上げられ,得られた成果物であ り,人間工学の研究者,医学者(整形外科医),建築家,そしてユーザーが 参加して作られている[注13]。民間企業がこのような法人を設立し,最初 の研究テーマとしてオフィスチェアを選択したことから,オフィスチェアや 事務用家具全般への関心が高まっていったことがうかがえる。また,このよ うな背景には,前述した霞ヶ関ビル建設などの影響があり,オフィス空間全 般への関心が大いに高まっていたためと思われる。 この研究では,図3の椅子を含めた当時のオフィスチェアの問題点を抽出 し,それらへの対策を講じているが,そのポイントとなるのが姿勢変化への 対応である。上述した背もたれの可動機能について, 「有害無益なロッキン グ付の背もたれをやめ,休息位に順応した固定式にすることにした」とある。 つまり,ロッキング付の背もたれは腰部の支持が不安定であるとし,作業時. 図4 レポスチェア(1968年). と休息時の2つの静的な姿勢に,座と背もたれを同時に傾斜させることで対 応させようするものであった[注14]。 静的な姿勢を想定していたとは言え,後述するように,休息姿勢に対応 するための椅子の機能として,座面と背もたれが同時に後傾する考え方は, 1980年代に開発されるオフィスチェアとほぼ同じ考え方であり,この点で 非常に重要な椅子といえる。また,この椅子の開発経緯は家具メーカーが 利益向上を目的に開発したオフィスチェアとは目的を異にしている点も注目 すべき点である。しかし,残念ながらこの椅子の製作を担当した家具メー カーが倒産したこともあり,新たな椅子への進歩は1980年代前後における 外国のオフィスチェアからの影響,そしてコンピュータのオフィスへの浸透 によって事務用家具に対するユーザーの意識の変化が生じるまで待つことに なった[注15]。 ただ,以上のように人間工学的視点をもとに三次元カーブ(曲面)の採用 や座と背もたれの連動機構の開発がなされたが,外観上の形態にはほとんど 影響を及ぼしていない。. 4.3. 1970年代のオフィスチェア 13)姿勢研究所編:姿勢と生活3∼椅子・テーブルの研究∼, 姿勢と生活シリーズ,姿勢研究所,1∼2,1969. 1971年(昭和46年)に,当時の人間工学の成果を採り入れた新しいオフィ. 14)姿勢研究所編:姿勢と生活3∼椅子・テーブルの研究∼,. スチェアの JIS 規格が制定され,日本人の体型に適した寸法・形状の基礎が. 姿勢と生活シリーズ,姿勢研究所,16∼17,1969. 定まったが,第一次(1973)・第二次(1979)と二度のオイルショックの影. 15)工藤雅世:オフィス革命の波,洋泉社,176,1990 16)株式会社イトーキ100年史編集委員会:イトーキ100年 史,イトーキ,94,1991 図3:The Chair∼快適な椅子を探る∼,岡村製作所,16-17, 1989 図4:姿勢と生活3∼椅子・テーブルの研究∼,姿勢と生活 シリーズ,姿勢研究所,16∼17,1969. 響による消費の減退があり,企業もオフィスへの設備投資を削減していた [注16]。前節で述べたように,1960年代は新製品開発が多かったわけでは ないが,もともと戦後に始まった業界であり,人間工学による知見も含め, 新しい分野として活況であったといえる。しかし,1970年代においては不況 の時代に対応するように,各メーカーとも新製品開発を控えていた時代. 43.

(5) 44. 特集:家具のデザインと技術. であった[注17]。 しかし,不況であるが故に「オフィス」は関心の的となった。オフィスは 工場に比べてオートメーション化が進んでおらず,生産性を向上させること が要求されたのである[注18]。このため,関心は家具ではなく,コンピュー タやそれを取り巻く空間になっていった[注19]。また,欧米で1960年代に 西ドイツから発表された「ビューロランドシャフト(オフィスランドスケー プ) 」が流行していたことも[注20],オフィス空間全体に関心が移った原因 の一つと思われる。 このような時代背景の中で開発された椅子は,図5(1970年発表)のよう なものであり,この時期まではどのメーカーから開発された椅子もほぼ同じ であったといえる。また,形態的な面も1960年代の椅子と比べてあまり変化 していない。この年代のオフィスチェアの方が若干スリムになっていて,シ ンプルなイメージが持たれる程度であろう。この年代の共通点は,座や背も たれの張り地のカラー化が特徴となっていることである。 機能的な違いとしては,座の上下調整機能にガススプリングを取り入れた 点がある。座る人が変わっても簡単に調整できるようになり,容易に体格差 図5 1970年代前半の オフィスチェア. に対応できることになったのであるが,人間工学的視点からみると新しい考 え方が導入されたわけではない。また,レポスチェアのような背もたれの ロッキング機能を取りのぞき,背もたれの上下調整機能と背角度調整機能を つけたオフィスチェアも開発されている。これは,体格差に対応するととも に,様々な静的姿勢に対応するためと考えられる。しかし,ユーザーである ワーカーは無意識的にも意識的にも常に動いており,そのたびに自分で背も たれの位置を調整することはほとんどされなかったようである。 この年代は海外のオフィスチェアが人間工学的面において変化を持ちはじ めた時期であり,数年後の日本のオフィスチェアに大きな影響を及ぼしてい る。まず,1972年にスイスのジロフレックッス社から発表されたポリトロー プがその先鞭をつけたといえる(図6) 。この椅子は同社と人間工学研究者 グランジャン博士との研究成果が盛り込まれ,座ったときのフィット感を高. 図6 クッションを考慮 したオフィスチェ ア (ジロフレックス 社,ポリトロープ, 1972年). めるためにクッションそのものの形状を三次元形状とした点に特徴がある。 座板や背板だけでなくクッションにも三次元形状を取り入れることで,座り 心地をさらに向上させようとの発想であったと考えられる。ただし,背もた れの傾斜機構は従来どおりであった。この椅子に影響を受けたと思われるの が,ハーマンミラー社が1976年に発表したアルゴンチェアであり,ポリト ロープと同様な特徴を持っている。. 17)株式会社イトーキ100年史編集委員会:イトーキ100年 史,イトーキ,130,1991 18)加藤力監修:オフィスインテリアのプランニング&デ ザイン,KBI 出版,8∼11,1992 19)ただし,内田繁によれば, 「70年代になると,僕たち は,室内空間のデザインを通して社会と対峙していく. 上記のような人間工学的な特徴を採り入れたことで,結果として座と背も たれ部分の形態が従来の椅子とは異なったものになったと考えることができ る。このような形態が次の年代以降の主流となり,現在まで続いている。そ の影響の大きさが理解できる。. という構図に変わっていった」 (内田繁:家具の本,晶 文社,17∼19,2001)とあるように,オフィス以外の インテリア空間でも同様に家具から空間へ関心が移っ ていった動きがあったようである。 20)黒川正流監訳:仕事の場の心理学,西村書店,38∼41, 1992 21)佐藤方彦編:オフィス・アメニティ∼ オフィスの生理 人類学∼,井上書院,132∼146,1989. 4.4. 1980年代のオフィスチェア 1980年代には,姿勢変化への対応として新しい機構,すなわち座と背もた れが連動して動く機構を持つオフィスチェアが開発されている。これには 2つの大きな理由が考えられる。一つは,工場の合理化に対して遅れている と言われていた事務を合理化すべく,オフィスオートメーション化(以下,. 図5:The Chair ∼快適な椅子を探る∼,岡村製作所,16-17, 1989 図6:ジロフレックス社製品カタログより. OA 化)が進展したことである[注21]。二つ目は,1970年代海外メーカー により人間工学を進展させた考え方によるオフィスチェアが発表されていた.

(6) デザイン学研究特集号  Vol.27-1 No.101. ことである。 前者の OA 化に関しては,多くのワーカーが身をもって感じていたと思う が,事務作業を大きく変化させた。 (さらに,近年の ICT(情報通信技術) の進歩につながり,現在ではなくてはならない技術になっている。 )当時, 筆記作業中心であった従来の事務作業がコンピュータを使った VDT(Visual. Display Terminal)作業に変わっていったのである。VDT 作業と筆記作業の 違いは作業面が鉛直面か水平面かであるが,この違いがワーカーの作業姿勢 を前傾姿勢(机に向かう前かがみの姿勢)から中立姿勢・後傾姿勢中心へと 大きく変化させた[注22]。 図7 座面と背もたれが連動する オフィスチェア (ウィルクハーン社,FS ライン, 1980年). 実はこのことは後者の理由ともつながっていると考えられる。オフィスに お け る OA 化 は 海 外 の 方 が 早 く 進 ん で お り,1978年( 昭 和53年 ) に は ス ウェーデン政府が VDT 関連の公的指針を発表しており,1980年には VDT 作 業を網羅的に解説した書籍「Visual Display Terminals 」(Cakir 著)がイギリ スから出版されている[注23]。また,同年にはドイツの工業規格(DIN) において VDT の人間工学が検討されている[注24]。このように書籍が出版 され,規格等が考慮されたことは,実際のオフィスでは既に様々な問題が生 じていたためと推測できる。 このため,前述したポリトロープのようにクッションにのみ特徴を持つの ではなく,従来とは異なる新しい機能を考えるきっかけになったものと思わ れる。実際,1980年代に入ってすぐに海外メーカーから座面と背もたれが連. 図8 座面と背もたれが連動 するオフィスチェア (ハーマンミラー社, エクア,1980年). 動して傾斜するオフィスチェアが複数発表されている。1980年に世界で初め てとして発表されたものがウィルクハーン社の FS ラインである。また,同 年ハーマンミラー社からもエクアチェアが発表されている(図7,図8) 。 そして,機構の動きは異なるが,座面と背もたれが連動するオフィスチェア は,1982年発表のオープンアーク社のバーテブラチェア,ジロフレックス社 のシントップチェアと続いている。人間工学的視点からこの変化を考える と,主に静的な姿勢を中心に開発されてきたオフィスチェアが動的な姿勢を 中心に開発されるようになったと言え,大きな変化であった。 以上のように,欧米では OA 化により生じた作業姿勢の変化に対応する ために機構の開発が進んだと考えられる。一方,当時の日本の家具メーカー は欧米で開発された座面と背もたれの連動機構を真似る形で椅子を開発し ていたと考えられる。まだ VDT 問題が顕在化していない1984年初めに,座 面と背もたれ連動タイプのオフィスチェアが複数の国内メーカーによって. 22)白石光昭他:VDT 作業に適した事務用椅子の条件,日 本建築学会学術講演梗概集,1989 23)Cakir :Visual Display Terminals ,John Wiley & Sons,. Chichester, 1980 24)中央労働災害防止協会編:高年齢労働者の健康管理面 に配慮した VDT 作業に関する調査研究報告書,中央 労働災害防止協会,7,2001 25)小畑広永他:OA 化オフィスにおける作業椅子の傾向と 生体機能研究,日本人間工学会人間工学,Vol.21­No.5, 245∼254,1985 26)労働省:VDT 作業のための労働衛生上の指針,労働省 労働基準局通達,1985 27)小畑広永他:OA 化オフィスにおける作業椅子の傾向 と生体機能研究,日本人間工学会人間工学,Vol.21­. No.5,245∼254,1985. 発表されているからであり(図9) ,この点に関してオフィス家具メーカー も認めている[注25]。ちなみに,日本で DIN 規格のような VDT 関連の人 間工学の指針が出されたのは,1985年12月(旧労働省通達の VDT ガイドラ イン)であり[注26],連動タイプの椅子が発表されて,1年以上も経過し ている。 ただし,従来になかった座面と背の連動機構が開発されたが,海外製品も 含めてその多くは新しさ故の問題点もあった。初期の座・背連動タイプは, 連動機構の回転中心位置を背ロッキング機構の場合とほぼ同じ位置に設定し たため(座裏支基付近) ,座前縁が持ち上がり,椅子の座り心地評価を左右 するポイントの一つとされる大腿部を圧迫したのである[注27]。これは, 従来の背もたれと座の接合部位がこの周辺にあったこと,このため強度的に. 図7:ウィルクハーン・ジャパン株式会社 HP より. http://www.wilkhahn.co.jp/prdct/work_fr.html 図8:ハーマンミラー社 HP より. も問題が少ないことに起因していると考えられる。また,座と背の連動に開 発の中心が置かれていたことも考えられる。そこで,この問題点に対処する. 45.

(7) 46. 特集:家具のデザインと技術. ため,人間の姿勢変化に適した座と背の連動機構の開発が各メーカーにより 進められた。具体的な対策は,回転中心位置の移動である。新しい機構にな るにつれて徐々に,座裏の支基周辺から膝に近い位置へ移動していることが わかる。この移動により,傾斜したときに座の前縁の持ち上がりが少なくな り,大腿部の圧迫を低減しようとしたものである。 また,単に姿勢に追随するためだけでなく,机に向かっての作業を考慮 し,背もたれに寄りかかっても机から離れないことを目的とした座・背連動 タイプの椅子も開発されている[注28] 。このタイプの椅子も大腿部の圧迫 は考慮しているが,このことよりも同じく人間工学的視点である机上面での 図9 国内における座面と 背もたれが連動する オフィスチェア (1980年代). 作業のしやすさを優先したものである。 また,座と背の連動機構の中に組み込まれた機能として,座が前傾する機 能を持つ椅子も開発された。座の前傾理論は,1974年にデンマークの医者マ ンダル博士により提唱されており[注29],座を前傾させることで腰椎の後 湾を防ぎ,腰痛を防ぐとの考え方である。座の傾斜が可能な機構が開発され たことで組み込まれていったようである。しかし,当時の機能としては単純 に座面を前傾させただけであったため,作業中の不安定さを生み,現在では ほとんど採用されていない。 この年代に海外で発表され,次の年代の日本のオフィスチェアに大きな影 響を及ぼしたと考えられる椅子が,1986年に発表されたスチールケース社の センサーチェアである(図10)。この椅子の人間工学的特徴は,座と背が連 動して動くとともに,インナーシェルと呼ばれる座と背部分に一体のプラス チック素材を採用し,人間の左右の動きにも対応できるとしたことである。 このインナーシェルは柔軟性を持っており,人間が座ったときの身体の形状. 図10 海外における座面と 背もたれが連動する オフィスチェア (スチールケース社, センサー,1986年). を適切に支持できるように考えられている。さらに,座後部にはスリットが 設けられており,人間の尻部分のフィット感を高めている。また,このシェ ルの採用により,従来人間の前後の動きのみの対応だけであったが,左右の 動きにも対応できるようになった。機構中心に開発されていたオフィスチェ アに,フィット感の重要性を再認識させたといえる。 座と背もたれの連動機構を採用した椅子には,FS ラインやエクアに見ら れるように新しい形態の特徴を持つものも多い。これに対し,日本のオフィ スチェアの多くは形態の変化は少なかったと言える。この理由は,先に述べ たように,本質的な問題点を十分理解せず,海外製品の座と背もたれの表面 的な動きのみに注目し,真似たからではないかと考えられる。. 28)Y. Suzuki et all:An ergonomics study of dynamic seating,. HARD FACTS ABOUT SOF T MACHINES ∼ The Ergonomics of Seating∼,347∼373,1994 29) A.C.MANDAL : THE SITTING POSITION ∼ ITS. ANATOMY AND PROBLEMS,Taarba k Sttrandveg (デンマーク) ,1974 30)例えば,NHKビジネス塾編集委員会:NHKビジネス 塾の教科書Ⅰ,日本放送出版協会,2∼3,2001 31)佐藤方彦編:オフィス・アメニティ∼ オフィスの生理 人類学∼,井上書院,132∼141,1989 32)社団法人ニューオフィス推進協議会編:平成12年度生 活文化産業対策調査報告書(オフィス実態調査) ,社 団法人ニューオフィス推進協議会,38,2001. 4.5. 1990年代のオフィスチェア 1990年代になると,バブルが崩壊し,景気は後退を始める[注30] 。不況 は長引き,一般企業が家具への投資を押さえたため,多くの家具メーカーが 新製品の開発を押さえた時代である。 オフィス全般をみると,省コスト(省スペース)とともに生産性向上が求 められた時代である。コンピュータを利用したネットワークの構築が主に行 われ,データの共有化による生産性向上が目的とされた[注31]。このため, コンピュータは着実にオフィスに浸透し,1人1台の時代となった[注32]。 ただし,各ワーカーが常にコンピュータを使用することで,快適なオフィス チェアへの要求が強まる下地が生まれつつあったと言える。. 図9:The Chair∼快適な椅子を探る∼,岡村製作所,16-17, 1989 図10:日本スチールケース社 HP より. 1990年代前半の姿勢変化への対応は,基本的には1980年代から開発されて いた座背連動型の機構を中心に開発されており,そのコンセプトは大腿部の.

(8) デザイン学研究特集号  Vol.27-1 No.101. 圧迫をさらに軽減しようというものが中心であったといえる。1980年代の機 構との違いとして,傾斜機構の回転中心(仮想回転中心)をくるぶしに設定 する椅子が複数の企業から発表されている。それらでは様々なリンク機構が 提案され,座面裏等に内蔵することにより,目的を達成しようとしていたの である。 また,大腿部の圧迫だけでなく従来の機構では背もたれが傾斜するに従 い,背もたれが座っている人の背から離れていくとの問題点が認識されてい た。この点を解消するために,背もたれに寄りかかる際に骨盤の動きも考慮 し,座と背もたれの位置関係が離れない機構となっている椅子も見られた。 ほかにも,回転中心を各部位ごとに複数設定することで,背中の支持を高め ることを目的とした椅子も開発されている。さらに,インナーシェルの採用 や背もたれのシェルを柔構造とし,フィット感を高め,人間の左右の動きに も対応できる椅子が複数開発されている。 このように様々な機構が考えられた理由としては,座と背もたれを単に傾 斜させるだけでは,骨盤を中心に大腿部と腰部・背中が動く微妙な変化に十 分対応できないと考えたからと思われる。 海外製品では,1994年(平成6年)にハーマンミラー社からアーロンチェ アが発表されている。この椅子も連動機構の回転中心をくるぶしに設定して いる。ただし,この椅子の最大の特徴は樹脂製のネットを座面と背もたれに 採用した点にある。このことにより従来の椅子と比較すると,静的状態で あっても,姿勢変化のような動的状態であっても,フィット感が格段に向上 している。すなわち,姿勢変化への対応として座と背の連動機構だけで対応 するのではなく[注33],素材そのもので細かな動きに対応しようとした椅 子として注目される。ただし,ネットを保持するために必要となったフレー ムの存在が,逆に座る人が動く際に体にあたり,人の動きを制限するとの問 題もある。 また,海外ではコンピュータ使用による肉体疲労が問題になってきた時代 である。コンピュータを長時間使用するため,肩・肘・手の疲労が問題に なった[注34] 。手首が痛いあるいはしびれるなどの症状を持つ累積性機能 障害 CTD(Cumulative Trauma Disorder)がアメリカで問題になり,様々な 対応が求められたのである。肩・肘・手の疲労はデスク上にコンピュータを 置いたために,肘を置くスペースがなくなり,かつ長時間作業し続けること 図11 大型化する海外の オフィスチェア (ヒューマンスケー ル社,フリーダム, 2000年). が原因であると考えられた。これに対し,オフィスチェア側では,疲労をで きるだけ解消できる対策として,高さや水平位置の調節機能付きの肘掛けが 開発された[注35]。座と背だけしか考えてこなかった従来の機能とは異な る点から姿勢の変化に対応したものと考えられる。なお,肘掛けの効果は単 に腕を置けることだけではなかった。肘掛けを設置することにより,事務作. 33)白石光昭:1966年以降の日本におけるオフィスチェア. 業中の姿勢変化を観察した所,腰に負担がかかる前傾姿勢が少なくなり,直. の製品特性の変遷,デザイン学研究第51回研究発表大. 立姿勢が増えることがわかった。さらに,肘掛けに腕を置けることによっ. 会梗概集,216-217,2004 34)中央労働災害防止協会大阪安全衛生センター編:VDT 作業の労働衛生に関する新しい対応,中央労働災害防 止協会大阪安全衛生センター,47∼48,1996. て,左右の動きも増えることがわかり,姿勢の自由度が大きく増すことも分 かった。. 35)従来も体格差を考慮した肘の上下調整機構付きの事務. 1990年代後期になると,海外では大型化された椅子が発表されている. 用椅子は存在した。これらとの違いは,上下調整機構. (図11)。大型のオフィスチェアが発表された背景として,次のようなことが. 以外に,疲労軽減という目的に対応して,肘幅が大き いこと,肘の水平位置が可動(例えば,回転や前後ス. 考えられる。特に技術系のワーカーのコンピュータ画面(CAD 用)が大型. ライドが可能)になることがあげられる。. 化し,それにあわせて彼らの姿勢に中立姿勢や後傾姿勢が非常に多く見られ. 図11:コクヨベリーソーホーHP より. るようになった。このことに対応した機能として,人体の支持をより高める. 47.

(9) 48. 特集:家具のデザインと技術. ために,背もたれの高さ寸法の増大,ヘッドレストの設置がなされたものと 考えられる。これも人間工学的視点からの対応の一つといえる。なお,日本 でも同様な考え方に基づいた椅子(エルシオチェア(株式会社岡村製作所)) が同年に発表されている。. 4.6. 2000年代のオフィスチェア 2000年代以降になると,よりネット環境が充実し,データの共有化も充実 していった時代であり,さらにクラウドサービスも始まり,ICT(情報通信 技術)が重要なインフラになっていった時期である。ノート PC だけでなく, より軽量なタブレットタイプの PC も使用されることが多くなり,ソフト キーボードも良く使うようになってきた。また,スマートホンの普及によ り,ちょっとした内容のメールであれば,PC を使わなくても可能になって きた。これらを含め,コンピュータがないと仕事ができないと言っても過言 ではない時代になってきた。 これらのオフィスへの影響は,コンピュータを利用した作業時間がより 増えたことであろう。このため,オフィスチェア開発の考え方も大きく転換 したと言える。従来は,姿勢の変化に対応し,椅子は身体への負荷をできる 図12 健康を志向した海外の オフィスチェア (ハーマンミラー社, エンボディ,2008年). だけ小さくすることが目的であった考え方であった。これに対し,座ること 自体に身体にとってプラスの効果をもたらせようとの考え方が生まれた。 椅子の開発・デザインにおいて,健康をキーワードに設定したのである。 この先鞭をつけた椅子が2008年(平成20年)に発表されたハーマンミラー社 のエンボディチェア(図12)である。この椅子の開発コンセプトは「座るだ けで実際にユーザーの身体に良い効果をもたらすチェアをデザインする」で あった。 特徴は,従来の人に対して前後方向の姿勢変化への対応だけでなく,左右 の姿勢変化への対応や身体各部位(大腿部や背上部)の細かな動きに配慮 し,座面や背もたれを細かなパーツに分けて構成している点にある。従来の オフィスチェアにも左右の変化に対応しようと考えている椅子は存在してい るが,明確なコンセプトとして打ち出した最初のオフィスチェアと言える。 同様なコンセプトで開発された椅子として,2009年に発表されたウィルク ハーン社の ON チェア(図13)がある。この椅子の特徴は,座面が前後左右. 図13 健康を志向した海外の オフィスチェア (ウィルクハーン社, ON,2009年). に動くことができる機構を内蔵することにより,作業中の人間の前後の動き だけでなく,左右の動きも適切にサポートしようとした点である。これらの 椅子の発表以降,似たようなコンセプトの椅子はいくつか発表されている。 以上から,戦後のオフィスチェア開発において重要な人間工学的な視点の 変遷には,身体形状に対するフィット感の向上,姿勢変化への追随性の向上 (大腿部への圧迫の低減,左右の動きへ適合)の2つの方向であったことが 理解できる。後者は言い換えれば,静的な姿勢中心の対応から動的な姿勢中 心の対応への変化であり,人間工学的視点から考えると座と背もたれの連動 機構の導入以降が本質的な姿勢変化を考慮した対応と考えられる。次に,姿 勢変化に対応して開発された機構を整理して考察する。. 5.姿勢変化に対応した機構の変遷 各年代における姿勢の変化に対応したオフィスチェアの機構について,時 図12:ハーマンミラー社 HP より 図13:ウィルクハーン社 HP より. 系列に整理したものが図14である。 戦後初期には,座や背もたれが固定の椅子も事務用として使用されていた.

(10) デザイン学研究特集号  Vol.27-1 No.101. が,1950年代の背ロッキング機構から始まり,座背が連動していく様子が良 く理解できる。これまで述べたように,海外の製品に影響され,またコン ピュータの浸透を受けて,1980年代に新しい座背連動の機構が開発されてい る。ただし,現在は座と背もたれ連動機構による姿勢変化への対応は一段落 し,身体へのフィット感の向上や左右の動きといった細かな姿勢変化に対応 するために,座や背の構造の改良(例えばネット構造)に注目が集まってい る状況である。 この当時に開発された連動機構の回転中心の変化に置き換えてみると (図15),徐々に座背連動の回転中心位置(仮想回転中心を含)が前部に移 動してきており,大腿部の圧迫を軽減するように変化してきたことが理解で きる。 また,機構自体だけでなく,インナーシェルの存在や骨盤を考慮した機構 をもとに,身体の前後の動きについて開発時に想定されていた身体モデルの 変化を推測したものが図16である。単純なピン型のモデルから骨盤を考慮し たモデルとなり,より人間の動きに近づけたものと考えられる。. 図14 座面及び背もたれ傾斜機構の変遷. 図15 座面及び背もたれ連動傾斜機構の回転中心位置と左右の動き. 49.

(11) 50. 特集:家具のデザインと技術. 図16 座面及び背もたれ連動傾斜機構開発における身体モデル. 6.おわりに 本稿では,戦後オフィスチェアの進化の理由として,人間工学の視点であ る椅子に座っている時の姿勢変化に対応することが椅子の座り心地を向上さ せてきたことを紹介した。この点も開発技術の進歩の一つと言えるが、この 目標を達成するためにはさらに製造技術がそれとともに進歩してきた。ま た,ほかにも他の人間工学の視点から開発されている点がいくつもある。例 えば,座り心地に大きく影響するクッションの形状や厚みについては,座る 人の尻の形状への適合性やクッションの柔らかさ・硬さといった嗜好性につ いても検討がなされ,ウレタン材の三次元形状や二層クッション等が採用さ れてきた。これらが可能になった背景には,クッションの製造技術の進化が 背景にある。また,従来のウレタンに代わる新しい素材も複数提案され,ウ レタン材にも負けない座り心地が達成されている。ここでは,新素材開発と いう技術の進歩が背景にある。 オフィスチェアの場合,購入者(例えば,総務担当)と使用者(オフィス ワーカー)が異なるという独特の特性があり,客観的な面からの品質向上と して人間工学的な視点からの開発が必要になったが,一般の椅子においても 座り心地の向上が重要な目標であることに変わりはないと言える。そして, この目標を達成するためには技術の進化が必要であり,両者の相互作用によ り初めて目標を達成することができると言える。 さて,将来のオフィスチェアを考えてみると,身体の姿勢の変化に必要に 応じて対応する椅子ではなく,AI を利用し,人間の姿勢変化を学習させる ことで,人間の姿勢をコントロールできる椅子が発表される時代が来る可能 性が高いと思われる。姿勢をコントロールするとの意味は,身体に負荷が蓄 積し始めたら,AI がそれを感知し,その負荷をなくす方向で椅子が動くこ とで健康を維持しつつ、さらに生産性向上も指向するといったことである。 既にトイレの便座等にセンサーを設置し、健康維持を促進するような機能が 提案されている。このような椅子は,近い将来提案されるものと推測され る。この段階では,コンピュータやセンサーの技術と家具の技術の融合が必 要になるが,それも乗り越えていけると期待している。 本論は、「戦後日本の事務用椅子における人間工学的視点の変遷」(デザイ ン学研究、2006年 52巻5号 7−14頁)をもとに、加筆修正をしている。.

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