策定方針
日本人の食事摂取基準は、健康な個人並びに集団を対象として、国民の健康の保持・増進、生活 習慣病の予防のために参照するエネルギー及び栄養素の摂取量の基準を示すものである。 日本人の食事摂取基準(2015 年版)策定の方向性を図 1 に示した。今回の策定に当たっては、 高齢化の進展や糖尿病等有病者数の増加を踏まえ、平成 25 年度に開始した健康日本 21(第二次) において主要な生活習慣病の発症予防と重症化予防の徹底を図ることが基本的方向として掲げられ ていることから、健康の保持・増進と共に、生活習慣病の予防については、発症予防と共に、重症 化予防も視野に入れ、策定を行うこととした。このため、関連する各種疾患ガイドラインとも調和 を図っていくこととした。 また、科学的根拠に基づく策定を行うことを基本とし、現時点で根拠は十分ではないが重要な課 題については、今後、実践や研究を推進していくことで、根拠の集積を図る必要があることから、 研究課題の整理も行うこととした。 健康日本 21(第二次)の推進〈平成 25~34 年度〉 主要な生活習慣病(がん、循環器疾患、糖尿病、COPD)の発症予防と重症化予防の徹底 高齢化の進展・糖尿病等有病者数の増加 科学的根拠の集積 根拠は不十分だが、 重要な課題 健康寿命の延伸 科学的根拠の整理 実践・研究の推進 食事摂取基準の改定 (食事療法含む)の改定各種疾患ガイドライン 健康の 保持・増進 生活習慣病の 発症予防 生活習慣病の 重症化予防 国民の栄養評価・栄養管理の標準化と質の向上 ○管理栄養士、医師等保健医療関係者による有効活用 図 1 日本人の食事摂取基準(2015 年版)策定の方向性1
1 策定方針 1総 論
Ⅰ
1─1
対象とする個人並びに集団の範囲
食事摂取基準の対象は、健康な個人並びに健康な人を中心として構成されている集団とし、高血 圧、脂質異常、高血糖、腎機能低下に関するリスクを有していても自立した日常生活を営んでいる 者を含む。具体的には、歩行や家事などの身体活動を行っている者であり、体格(body mass in-dex:BMI*)が標準より著しく外れていない者とする。なお、高血圧、脂質異常、高血糖、腎機能 低下に関するリスクを有する者とは、保健指導レベルにある者までを含むものとする。 また、疾患を有していたり、疾患に関する高いリスクを有していたりする個人並びに集団に対し て、治療を目的とする場合は、食事摂取基準におけるエネルギー及び栄養素の摂取に関する基本的 な考え方を理解した上で、その疾患に関連する治療ガイドライン等の栄養管理指針を用いることに なる。 * BMI =体重(kg)÷(身長(m))2
1─2
策定の対象とするエネルギー及び栄養素
健康増進法に基づき、厚生労働大臣が定めるものとされている図 2 に示した熱量及び栄養素に ついて策定の対象とする。 併せて、健康の保持・増進に不可欠であり、そのための摂取量が定量的に見て、科学的に十分に 信頼できるものと判断される栄養素があるかについて、検討する。 1 国民がその健康の保持増進を図る上で摂取することが望ましい熱量に関する事項 2 国民がその健康の保持増進を図る上で摂取することが望ましい次に掲げる栄養素の量に 関する事項 イ 国民の栄養摂取の状況からみてその欠乏が国民の健康の保持増進に 影響を与えているものとして厚生労働省令で定める栄養素 ・たんぱく質 ・n─6 系脂肪酸、n─3 系脂肪酸 ・炭水化物、食物繊維 ・ビタミン A、ビタミン D、ビタミン E、ビタミン K、ビタミン B1、ビタミン B2、ナイアシン、 ビタミン B6、ビタミン B12、葉酸、パントテン酸、ビオチン、ビタミン C ・カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、鉄、亜鉛、銅、マンガン、ヨウ素、セレン、 クロム、モリブデン ロ 国民の栄養摂取の状況からみてその過剰な摂取が国民の健康の保持増進に影響 を与えているものとして厚生労働省令で定める栄養素 ・脂質、飽和脂肪酸、コレステロール ・糖類(単糖類又は二糖類であって、糖アルコールでないものに限る。) ・ナトリウム 図 2 健康増進法に基づき定める食事摂取基準 Ⅰ 総 論1─3
指標の目的と種類
●エネルギーの指標 エネルギーの指標は、エネルギー摂取の過不足の回避を目的とする指標を設定する。 ●栄養素の指標 栄養素の指標は、三つの目的からなる五つの指標で構成する。具体的には、摂取不足の回避を目 的とする 3 種類の指標、過剰摂取による健康障害の回避を目的とする指標、及び生活習慣病の予防 を目的とする指標から構成する(図 3)。摂取不足の回避を目的として、「推定平均必要量」(estimated average requirement:EAR)を 設定する。推定平均必要量は、半数の人が必要量を満たす量である。推定平均必要量を補助する目 的で「推奨量」(recommended dietary allowance:RDA)を設定する。推奨量は、ほとんどの人 が充足している量である。
十分な科学的根拠が得られず、推定平均必要量と推奨量が設定できない場合は、「目安量」(ade-quate intake:AI)を設定する。一定の栄養状態を維持するのに十分な量であり、目安量以上を摂 取している場合は不足のリスクはほとんどない。
過剰摂取による健康障害の回避を目的として、「耐容上限量」(tolerable upper intake level: UL)を設定する。十分な科学的根拠が得られない栄養素については設定しない。
一方、生活習慣病の予防を目的として食事摂取基準を設定する必要のある栄養素が存在する。し かしながら、そのための研究の数並びに質はまだ十分ではない1)。そこで、これらの栄養素に関し
て、「生活習慣病の予防のために現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量」として「目標量」 (tentative dietary goal for preventing life-style related diseases:DG)を設定する。
〈目 的〉 〈種 類〉 図 3 栄養素の指標の目的と種類 摂取不足の回避 過剰摂取による健康障害の回避 耐容上限量 推定平均必要量、推奨量 *これらを推定できない場合の 代替指標:目安量 生活習慣病の予防 目標量
1─4
年齢区分
日本人の食事摂取基準(2010 年版)と同様の年齢区分を基本とする。乳児については、前回と 同様に、「出生後 6 か月未満(0~5 か月)」と「6 か月以上 1 歳未満(6~11 か月)」の二つに区分 することとし、特に成長に合わせてより詳細な年齢区分設定が必要と考えられる場合には、「出生 後 6 か月未満(0~5 か月)」及び「6 か月以上 9 か月未満(6~8 か月)」、「9 か月以上 1 歳未満(9 ~11 か月)」の三つの区分とする。 1~17 歳を小児、18 歳以上を成人とする。高齢者を成人から分けて考える必要がある場合は、70 歳以上を高齢者とするが、高齢者についてさらに詳細な年齢区分の設定が必要と考えられる場合が あるか、検討する。 1 策定方針 3オリジナル資料
❶ 日本人の栄養所要量,食事摂取基準の沿革
………2
オリジナル資料 2
❶ 日本人の栄養所要量,食事摂取基準の沿革
日本人に必要な栄養素量設定の最初の試みは,栄養研究所の創設者である佐伯矩博士の著作「栄養」(大正 15 年)にみられる。以来,昭和 20 年頃までは主として栄養研究所において基礎的研究が行われ,日本人に対する栄養 基準づくりが進められてきたが,その他いくつかの政府関係組織も戦争の長期化に伴う食糧難から,国民の栄養 基準を作成し発表した。第 2 次大戦終了後の策定作業は一本化され,総理府経済安定本部,次いで科学技術庁の 手を経て,昭和 44 年より厚生省の所管事項となり今日に至っている。以下にわが国における栄養所要量,食事 摂取基準策定の経過の概要を記す。 ○昭和 15 年(1940) 食糧報国連盟:日本国民食栄養規準〔年齢別(青少年期,成人期,老人期),性別,労作別の熱量,たんぱく 質所要基準〕,妊産婦,授乳婦栄養規準及び労作別職業分類を発表する。 ○昭和 16 年 9 月,12 月(1941) 厚生科学研究所国民栄養部:日本人栄養要求量標準(年齢別・性別・労作別,及び妊婦・産婦・授乳婦別熱量 及びたんぱく質規準)(表 1―2〜5)についてを発表(9 月),さらに日本人栄養要求量標準補遣として同 12 月発 育期労作別熱量及びたんぱく質要求量(表 2—1)ならびに日本人平均 1 人 1 日栄養要求量標準(熱量,糖質,蛋 質,脂質,蛋質熱量比,動蛋熱量比)(表 2—1,2)を作成する。 ○昭和 18 年(1943) 日本学術振興会(第 16 小委員会):国民の栄養規準(熱量 2,150 カロリー,たんぱく質 97g)を作成する。 ○昭和 19 年 7 月(1944) 食糧行政査察使栄養基準委員会:国民栄養規準ならびに作業強度別職種分類を作成する。 ○昭和 19 年 9 月(1944) 調査研究動員本部:戦時最低栄養要求量(熱量 1,919 カロリー,たんぱく質 68g)を発表する。 ○昭和 20 年 5,6 月(1945) 科学技術審議会:年齢別,性別戦時必需熱量及び必需たんぱく質,作業別戦時栄養規準を発表する。 ○昭和 22 年 4 月(1947) 国民食糧及び栄養対策審議会(内閣):日本人 1 人 1 日当たり所要摂取量(表 3—1)を発表する。 ○昭和 24 年 6 月(1949) 国民食糧及び栄養対策審議会(経済安定本部):日本人年齢,性別,労作別栄養(熱量及びたんぱく質)摂取 基準量(表 4—2〜4)を発表する。 ○昭和 27 年 5 月(1952) 資源調査会食糧部会(経済安定本部):微量栄養素(無機質及びビタミン)摂取基準量(表 5—1)を発表する。 ○昭和 29 年 1 月(1954) 総理府資源調査会:昭和 24 年策定の熱量及びたんぱく質摂取基準量,昭和 27 年策定の微量栄養素基準量及び 昭和 25 年国勢調査による人口に基づいて日本人の栄養基準量(表 6—1)を策定し,同時に栄養所要量と栄養基 準量の定義を明確にする。 ○昭和 34 年 2 月(1959) 科学技術庁資源調査会:日本人の栄養所要量の改定(年齢別,性別,労作別栄養所要量)を勧告する* 1。 ○昭和 34 年 12 月(1959) 栄養審議会(厚生省):昭和 34 年 2 月,科学技術庁資源調査会による日本人の栄養所要量に関する勧告を審議 し,そのうち熱量所要量* 1を答申する。 ○昭和 35 年 7 月(1960) 栄養審議会(厚生省):昭和 34 年 2 月,科学技術庁資源調査会の日本人の栄養所要量に関する勧告を審議し,たんぱく質,無機質,ビタミンの各所要量* 1を答申する。また昭和 30 年の国勢調査による人口に基づいて日本 人の 1 人 1 日当たり栄養基準量* 1を答申する。 ○昭和 38 年 1 月(1963) 栄養審議会(厚生省):昭和 36 年 4 月答申の「将来の日本人体位について」に基づいて昭和 45 年を目途とし た栄養基準量* 2及び食糧厚生基準を答申する。 ○昭和 44 年 8 月(1969):昭和 45 年 5 月(1970) 栄養審議会(厚生省):栄養審議会栄養所要量等策定委員会により改定された昭和 45 年の日本人の推計体位 をもとにした日本人の栄養所要量(年齢・性・労作別及び妊婦・授乳婦別栄養所要量)* 3を審議し,答申する。 さらに昭和 45 年 5 月,この日本人の栄養所要量を基礎として昭和 50 年を目途とした栄養基準量* 3を答申する。 ○昭和 50 年 3 月(1975) 栄養審議会(厚生省):栄養所要量等に関する策定委員会により改定された昭和 55 年の推計体位をもとにした 日本人の栄養所要量(年齢・性・労作別及び妊婦・授乳婦別栄養所要量ならびに日本人平均 1 人 1 日当たり栄養 所要量)* 4を審議し,答申する。 ○昭和 54 年 8 月(1979) 公衆衛生審議会栄養部会(厚生省):栄養所要量策定検討会により改定された昭和 60 年の推計体位をもととし た日本人の栄養所要量(年齢別・性別・労作別及び妊婦・授乳婦別所要量並びに日本人平均 1 人 1 日当たり栄養 所要量)* 5を審議答申する。 ○昭和 59 年 8 月(1984) 公衆衛生審議会栄養部会(厚生省):栄養所要量策定検討会により改定された昭和 65 年の推計体位をもととし た日本人の栄養所要量(年齢別・性別・生活活動強度別及び妊婦・授乳婦別所要量等)* 6を審議答申する。 ○平成元年 9 月(1989) 公衆衛生審議会栄養部会(厚生省):栄養所要量策定検討委員会により改定された平成 7 年の推計体位をもと とした日本人の栄養所要量(年齢別・性別・生活活動強度別及び妊婦・授乳婦別所要量等)* 7を審議答申する。 ○平成 6 年 3 月(1994) 公衆衛生審議会健康増進栄養部会(厚生省):栄養所要量策定検討委員会により改定された平成 12 年の推計 体位をもととした日本人の栄養所要量(年齢別・性別・生活活動強度別及び妊婦・授乳婦別所要量等)* 8を審議 答申する。 ○平成 11 年 6 月(1999) 公衆衛生審議会健康増進部会(厚生省):栄養所要量策定検討会により改定された平成 9 年の体位をもととし た日本人の栄養所要量(年齢別・性別及び妊婦・授乳婦別所要量等)* 9を審議答申する。 ○平成 16 年 10 月(2004) 平成 17 年度から平成 21 年度の 5 年間使用する「日本人の食事摂取基準(2005 年版)」* 10が,「日本人の栄養 所要量―食事摂取基準―策定検討会」においてとりまとめられた。 ○平成 21 年 5 月(2009) 平成 22 年度から平成 26 年度の 5 年間使用する「日本人の食事摂取基準(2010 年版)」が,「日本人の食事摂 取基準」策定検討会においてとりまとめられた。 ○平成 26 年 3 月(2014) 平成 27 年度から平成 31 年度の 5 年間使用する「日本人の食事摂取基準(2015 年版)」が,「日本人の食事摂 取基準(2015 年版)」策定検討会においてとりまとめられた。 * 1昭和 34 年改定 日本人の栄養所要量(栄養審議会), * 2昭和 45 年を目途とした栄養基準量及び食糧構成 基準(栄養審議会), * 3昭和 44 年改定 日本人の栄養所要量(栄養審議会), * 4昭和 50 年改定 日本人の 栄養所要量(栄養審議会), * 5昭和 54 年改定 日本人の栄養所要量(公衆衛生審議会栄養部会), * 6第三
オリジナル資料 4
次改定(昭和 59 年)日本人の栄養所要量(公衆衛生審議会栄養部会), * 7第四次改定(平成元年)日本人の 栄養所要量(公衆衛生審議会健康増進栄養部会), * 8第五次改定(平成 6 年)日本人の栄養所要量(公衆衛 生審議会健康増進栄養部会) * 9第六次改定(平成 11 年)日本人の栄養所要量—食事摂取基準—(公衆衛生 審議会健康増進栄養部会) * 10日本人の食事摂取基準(2005 年版) * 1〜10 の資料がご入用の方は,第一出版までご連絡下さい。1.ガイドラインと職業倫理:食事摂取基準を正しく活用するための基本理念………10 2.発症予防と重症化予防:対象者の拡大と対象管理栄養士・栄養士の拡大………12 3.情報のトレーサビリティ:信頼根拠その1………14 4.メタ・アナリシスと系統的レビュー:信頼根拠その2………16 5.栄養生化学と栄養疫学:食事摂取基準を理解するための基礎学問………18 6.開始点のある PDCA サイクル:活用の基本概念 ………20 7.真のエネルギー必要量はいくらか………22 8.食事アセスメントにおける過小申告………24 9.エネルギーの評価における推定式の限界………26 10.なぜ栄養素摂取量は食事アセスメント(食事調査)で調べてよいのか………28 11.習慣的摂取量と日間変動………30 12.集団における栄養素摂取量の評価はなぜ推定平均必要量で行うのか………32 13.食事摂取基準の活用のための食事アセスメント………34 14.質問票の妥当性研究の例:食事記録法との比較………38 15.質問票の妥当性研究の例:生体指標との比較………40 16.推定平均必要量、推奨量、目安量の使い方:東日本大震災の教訓………42 17.エネルギー産生栄養素バランスの考え方と使い方………44 18.目標量の特徴と使い方:ナトリウム(食塩相当量)を例として………46 19.目標量の特徴と使い方:脂質異常症を例として………48 20.栄養素と食品(群)との関係………50 参考文献………52
❷ 食事摂取基準を正しく活用するために
「日本人の食事摂取基準(2015 年版)」策定検討会ワーキンググループ座長 東京大学大学院医学系研究科社会予防疫学分野教授 佐々木敏1.ガイドラインと職業倫理:食事摂取基準を正しく活用するための基本理念
食事摂取基準はガイドラインの一種である。ガイドラインには『指針』、『基本方針』、『指導目 標』(以上、「広辞苑第六版」)、『指標基準』、『指針』(「ステッドマン医学大辞典改訂第 6 版」)とい った意味がある。これらから考えて、「常に厳格に守らねばならないものではなさそうだが、おろ そかにはできないもののようだ」と分かる。これは、食事摂取基準の『基準』という語にも表れて いる。 ガイドラインは、例えば、車の運転でいえば、センターラインや道路の両脇に引いてある白線 (外側線)だと考えると分かりやすいかもしれない。 センターラインをまたいだからといってすぐに交通事故を起こすわけではない。ところが、セン ターラインの存在を知らなかったらどうだろうか。こんな人に運転してもらっては困る。センター ラインの存在を知っていて、それを常に少しだけ気にかけていれば大きくまたぐことはないだろう し、たとえ少しまたいでいたとしても危ないと感じたらすぐにこちらの車線に戻れるだろう。外側 線の役割もほぼ同様である。 そして、車はセンターラインと外側線を両端とする路面上のどこかを走る。この路面の幅は車幅 よりも広く、路面上のどこを走るかの判断は運転者に任されている。センターラインに寄ったり、 場合によっては少しまたいで前の車を追い越したりする方が安全な場合があるかもしれない。その 時々の状況を観察して判断している。これがガイドラインである。センターラインと外側線につい ての以上の考察を食事摂取基準に当てはめてみると、図 1のようになるだろう。オリジナル資料 10
道路のセンターライン 食事摂取基準 気にしていれば交通事故の確率は下がる 気にしていれば失敗の確率は下がる センターラインと外側線のあいだのどこを走るかは 状況によって異なる 範囲が与えられ、その範囲内で現実に即して用いるべきものである 対向車がなければセンターラインを少しまたいでも すぐに事故が起こるわけではない 状況によっては書かれていることから少し逸脱してもすぐに問題が起こるわけではない 状況を観察してセンターラインに寄るか否かなどを 判断している 食事摂取量や健康状態のアセスメントを怠らず、そ れを参考にして食事摂取基準を使う センターラインを知らない人に運転してもらっては 困る 食事摂取基準を知らない人に栄養業務に就いてもら っては困る 図 1 道路のセンターラインと食事摂取基準の比較目の前の栄養業務に対して食事摂取基準は(ぴったりとは)当たらない。しかし、(大きくは) 外れない。これこそが、ガイドラインが目指すものである。そして、センターラインは幅何センチ だとか、外側線は道路脇から何センチのところに引かれているなどはそれほどたいせつな情報では ない。 そうではなくて、センターラインや外側線が何のために引かれているのか、どういう状況でそれ を守り、どういう状況で(勧めはしないが)それをまたいでもよいかをしっかり理解しておく方が はるかにたいせつである。食事摂取基準も同じである。 ところで、運転者がいくら注意していても、道路に穴があいていたり、路肩が崩れていたりして は困る。同様に、ガイドラインの使い手がいくら注意していても、ガイドラインに書かれているこ とが誤っていては困る。これを保障するのが『科学的根拠に裏づけられた情報』である。したがっ て、食事摂取基準に限らず、栄養業務に用いるガイドラインは例外なく、『科学的根拠に裏づけら れた情報』に基づいていなくてはならない。しかしながら、道路の一部に未舗装部分が残っていた り、工事中であったりするように、その安全性はゼロ(100% 危険)かイチ(完璧)かではない。 同様に、科学的根拠もゼロ(全く事実無根)かイチ(完璧な真実)ではない。すべての科学的根拠 はそのあいだにある。そして、完璧なガイドラインはない。ガイドラインを用いる人はこのことも 理解して、正しく用いることが求められる。 もう一つ、忘れてはならないのが、専門職としての職業倫理である。公益社団法人 日本栄養士 会は「管理栄養士・栄養士倫理綱領(第 4 版)Ver. 4_1(制定:平成 14 年 4 月 27 日、改訂:平成 26 年 1 月 25 日)」を定めていて、その中に、「管理栄養士・栄養士は、保健、医療、福祉及び教育 等の分野において、専門職として、この職業の尊厳と責任を自覚し、科学的根拠に裏づけられかつ 高度な技術をもって行う「栄養の指導」を実践し、公衆衛生の向上に尽くす。」と書かれている。 そして、「生涯にわたり高い知識と技術の水準を維持・向上するよう積極的に研鑽し、人格を高め る。」とも書かれている(ゴシック体は著者)。 このような記述は専門職の倫理綱領では共通しており、例えば、公益社団法人 日本医師会によ る「医師の職業倫理指針[改訂版](平成 20 年 6 月)」では、第 1 章(医師の責務)で、「医学知 識・技術の習得と生涯教育」を医師の基本的責務の一つとしている。このように、専門職は、科学 的根拠に基づいてその職務にあたるべきであり、そのために、生涯にわたって自己教育に励むべし と書かれている。ここから分かるように、最新版の食事摂取基準を正しく理解し、正しく使えると いうのは、職業倫理に照らせば管理栄養士・栄養士としての最低限の責務であると考えるべきであ る。
2.発症予防と重症化予防:対象者の拡大と対象管理栄養士・栄養士の拡大
予防とは相対的な用語である。健康者にとっては疾病を発症させないことが予防となるが、既に 何らかの疾患を患っている人にとってはその疾患を重く(重症化)させないことが予防である。重 症患者にとっては死亡しないことが予防となる。 一次予防とは「疾病を発症させないこと」を指す。しかし、一次予防という用語は何を予防しよ うとしているのかを具体的に示していない。そこで、今回の改定ではこれを発症予防と呼び換えて いる。そして、二つめの予防を重症化予防と呼んでいる(注:重症化予防は「疾患の重症化を予防 すること」であり、二次予防(疾患の早期発見、早期治療)のことではない)。 ここで、食事摂取基準の対象者(又は集団)は誰かという問題が生じる。 第六次改定日本人の栄養所要量(2000 年)、2005 年版、2010 年版、2015 年版までの対象集団の 推移を見ると、図 2のように少しずつ拡大されてきたことが分かる。栄養所要量では「健康人」 とだけ書かれていたものが、2005 年版では「何らかの疾患(例えば、高血圧、脂質異常、高血糖) を有していても…」と対象者の拡大が図られたが、「当該疾患に特有の食事指導、食事療法、食事 制限が適用されたり、推奨されたりしていない者」としており、拡大は限定的なものであった。こ の考え方は 2010 年版に踏襲されたが、「その疾患に関連する治療ガイドライン等の栄養管理指針を 優先して用いるとともに、食事摂取基準を補助的な資料として参照することが勧められる」とし、 部分的ながら、これらの患者にも食事摂取基準を用いることが勧められた。オリジナル資料 12
管理栄養士・栄養士の職場別に見た食事摂取基準の重要度(◎=最重要、○=重要、△=参考)* 行政(公衆衛生) 福祉施設 健康管理(健診センター、 保健センターなど) 病院(給食) 病院(食事指導) *生活習慣病の発症予防、重症化予防を考えると、全ての職域で、食事摂取基準の重要度は 高くなりつつあると考えられる。 図 2 食事摂取基準における対象者(又は集団)の拡大と職場別に見た管理栄養士・栄養士との 関連(私見) (健康) 重症化予防 ハイリスク者 管理 (食事管理が 不要) ハイリスク者 管理 (食事管理が 必要) 健康維持・増進、 発症(一次)予防 栄養所要量 食事摂取基準(2005 年版) 食事摂取基準(2010 年版) 食事摂取基準(2015 年版) (発症) (死) ◎ ◎ ◎ ○ △ ◎ ◎ ◎ ○ △ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ○ △ △ ◎ ◎この基本線は 2015 年版にも踏襲されているが、「高血圧、脂質異常、高血糖、腎機能低下に関す るリスクを有していても自立した日常生活を営んでいる者(該当の検査値が基準範囲内、もしくは 保健指導レベルにある者)を含む」と明記され、さらに一歩踏み込んだ記述になっている。すなわ ち、特定保健指導など、生活習慣病の高リスク者を対象とする食事指導にも食事摂取基準の活用を 勧めるものである。 そこで、栄養業務に当たる管理栄養士・栄養士の立場から食事摂取基準との関わりを考えると、 あくまでも私見であるが、図 2の下半分のようになるのではないかと考えられる。 公衆衛生分野が対象とする人たちの多くは健康であり、したがって、発症予防が中心となるが、 高齢者では何らかの疾患を有している人も多い。また、地域での看護・介護まで考えると、この分 野の管理栄養士・栄養士は、重症化予防の領域まで習熟していなくてはならない。 福祉施設に勤務する管理栄養士・栄養士は、通常業務は健康の管理であるが、特に高齢者施設で は対象者の多くは何らかの生活習慣病を有していることが多く、その管理も職務となる。 健診センターや保健センターなどに勤務し、健康管理を担当している管理栄養士・栄養士は、健 康者を対象とする場合も多いが、特定保健指導など、生活習慣病の高リスク者を対象とした業務も 多い。 病院は、給食管理と食事指導(食事管理)の二つに分かれるだろう。給食管理では常食の患者も いるため、健康維持・増進に属する知識や技術も欠かせない。一方、食事指導(食事管理)ではあ る特定の疾患の重症化予防が業務の中心である。この場合は当該疾患だけでなく、関連疾患の進展 予防や発症予防も考慮しなくてはならない。 以上より分かるように、食事摂取基準は、その軽重の違いはあれ、ほぼ全ての管理栄養士・栄養 士、さらには、栄養や食事が関連する医療職全てを読者・利用者と想定している。