金融工学への誘い(4) 1.分散投資 過去 3 回で金融工学の最も中心的な課題であるオプション価格の理論について述べました が、今回は金融工学のもう一つの中心課題であるポートフォリオ理論について解説しまし ょう。個人も企業もいろいろな種類の資産を組み合わせて所有し運用しています。この資 産の組み合わせのことをポートフォリオといいます。全ての資金を一つの資産に投資する ことは危険です。もしその資産価格の変動が激しいときは、価格が上昇すれば大きな利得 が得られますが、下落すれば損失も大きくなります。価格変動が激しい資産はリスクが大 きいといいます。通常、リスクの大きさは変動の尺度である標準偏差で表します。リスク を避けるために、資金を複数の資産に分散して投資しておくこが賢明です。このことは、 比喩的に「全ての卵を一つの籠に入れておくな」と表現されます。つまり一つの籠に全て の卵を入れておくと、籠を落としたときに、全ての卵が割れてしまうリスクがありますが、 卵を分けて籠に入れておけばこのようなリスクを回避することが出来るからです。他方、 資産運用に当たっては収益、すなわちリターンも当然考慮しなければなりません。誰しも、 出来ることならリターンは大きく、リスクは小さくしたいと考えるでしょう。リターンと リスクを勘案しながら、どのように資産を分散させれば良いかということを教えてくれる のが、ポートフォリオの理論です。 分散投資をすることの利点を次のような簡単な例を使って説明しましょう。 例1 資産1と資産2の期待収益率と分散は次の表に与えられたとしましょう。 表1 資産1 資産2 期待収益率
μ
1=2%μ
2=6% 標準偏差σ
1=1%σ
2=3% さらに資産1 と資産 2 の価格の間の関連の度合いを表す相関係数をρ
12とします.このとき 資産1 と資産 2 へ分散投資してポートフォリオを構成したとします。このポートフォリオ を資産3 とします。そして資産 1 への投資比率をX
、資産2 へは投資比率を1
−
X
とし、X
は0と1 の間の数とします。このとき資産 3 は 資産3=資産 1×X
+資産2×(
1
−
X
)
と表されます。そして資産 3 の期待収益率(リターン)とリスクは次の式で表されること が知られています。 (1) 資産 3 のリターン=X
μ
1+
(
1
−
X
)
μ
2 (2) 資産 3 のリスク= 2 1 2 12 2 2 2 1(
1
)
σ
2
(
1
)
σ
σ
ρ
σ
X
X
X
X
+
−
+
−
この二つの式に、上に与えられた数値といろいろなXの値をいれてリスクとリターンを計算してみると次の表のような結果が得られえます。この表で
X
=
1
は,資金を全て資産1に 投資することを, は全ての資金を資産2の投資することを表しています.この表に 示された結果から二つの資産を組み合わせると,個別に資産を運用するよりリスクを減少 させることが出来ることがわかります.しかしこの結果は、どのように二つの資産を組み 合わせても,二つの資産の高い方のリターンを上回ることはできないことも示しています.0
=
X
表2 ポートフォリオのリスクとリターン X 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1 リターン 0.06 0.056 0.052 0.048 0.044 0.04 0.036 0.032 0.028 0.024 0.02 リスク 0.03 0.0261 0.0222 0.0187 0.0156 0.0132 0.012 0.0123 0.014 0.0167 0.02 次のグラフ1は表2 のリスクを横軸に,リターンを縦軸にとってグラフに表したものです. この曲線を有効フロンティア曲線といいます.この曲線は,たとえば0.04(あるいは 4%)の リターンを上げるポートフォリオを構成したいとしましょう.そのようなリターンをもた らす組み合わせは多数あるのですが,その中からリスクを最小にする組み合わせ見つける ためには,リターンを表す縦軸の0.04 のところを右に辿っていってこの曲線とぶつかる点 を見つければ,その点の横座標の値が最小のリスクを示しています.この場合,最小リスク は0.132 です.そしてそのようなリスクとリターンをもたらすポートフォリオは資産 1 と 資産2に50%ずつ投資すればいいことを表しています.逆にリスクを 0.132 に止めたいと き,最大のリターンを求めたい場合は,リスクを表す横軸の 0.132 の所から真上にたどっ て行ってこの曲線と交わる点を見つけます.その点は0.04 です.すなわちリスクが 0.132 のとき,得られるリターン中で最大のリターンは0.04 であることを意味しています.この ようにこの曲線は,一定のリターンに対する最小のリスクと一定のリスクに対する最大の リターンを表しています.このような意味をもつので,この曲線は有効フロンティア曲線 と呼ばれるのです.このグラフからポートフォリオを組成する際,高いリターンを求めれ ばリスクも高くなり,リスクを下げようとすればリターンも低くなることが分かります. いわゆるハイリスクーハイリターン,ローリスクーローリターンという現象が現れていま す.グラフ1 有効フロンティア
0 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05 0.06 0.07 0 0.005 0.01 0.015 0.02 0.025 0.03 0.035 2.最適ポートフォリオ ここで当然,投資家にとっては曲線上のどの点が最適なのか,という疑問が生じます.し かしこれに対す万人向けの回答はありません.どのような比率で投資するかは,投資家の 好みの問題でもあります.少々危険を冒してでも,大きく儲けたいという投資家もいるでし ょうし,儲けは小さくてもいいから危険を冒したくないと言う投資家もいるでしょう.前 者のタイプをファイナンス理論では「リスク愛好型」,後者のタイプを「リスク回避型」と 呼びます.そのどちらでもない場合を「中立型」といいます.この 3 つのタイプの投資家の リスクとリターンに対する態度は,すぐ下に述べる無差別曲線の考え方によって,次のよ うに分類されます. (1) リスク回避型(右上がりの無差別曲線) リスクが増えれば,それを補って余りあるリターンを求めるタイプ. (2) リスク愛好型(右下がりの無差別曲線) リターンが減少しても(大儲けに賭けて)リスクの増大を厭わないタイプ. (3) 中立型(水平な無差別曲線) リターンが同じであればリスクは問わない. これらの 3 つのタイプを図示したものが無差別曲線と呼ばれるグラフ2です.グラフ2の リスク回避型の無差別曲線を例にとって説明しましょう.横軸はリスク,縦軸はリターンを 表します.この曲線上の点はリスクとリターンの組み合わせを表しています.そしてこの 曲線上ではどの点を取っても,投資家にとっては選好が同じ(無差別)になるような曲線 です.たとえばグラフ2(a)のA点とB点を比較すると,B点はA点よりリスクが大きく なっていますがリターンも大きくなっています.リスクを嫌う投資家にとっては,リスクが増大は,それを補って余りあるリターンの増加が無ければ受け入れることはできません. B点はA点よりリスクは大きいのですが,リターンも大きくなっているので,リスク回避 型のこの投資家にとってはA点もB点も好み(選好)に関しては変わりありません(無差 別です).このような意味で無差別な点を繋いだグラフを無差別曲線といいます.グラフ2 の(b),(c)の解釈も同様です.また無差別曲線は上方にあるほど効用(満足度)が高く なります. グラフ2(a) 0.03 0.035 0.04 0.045 0.05 0.055 0.06 0.065 0.07 0.075 0.08 0 0.005 0.01 0.015 0.02 0.025 0.03 0.035 A B グラフ2(b) 0.03 0 .0 35 0.04 0 .0 45 0.05 0 .0 55 0.06 0 0 .0 1 0 .0 2 0.03 0 .0 4 グラフ2(c) 0 0.00 5 0 .0 1 0.01 5 0 .0 2 0.02 5 0 .0 3 0.03 5 0 .0 4 0.04 5 0 0.01 0 .0 2 0.03 0.04 グラフ3は,3 つのリスク回避型無差別曲線 1,2,3 と有効フロンティア曲線を同じ図に重 ねて描いたものです.先ほど,有効フロンティア曲線上のどの点が最適投資になるかとい う先の疑問に対しては,投資家の好みによるといいました.そこで投資家の好みと有効フ ロンティアとの関係を見るために,グラフ3に無差別曲線と有効フロンティア曲線を同じ グラフ上に描いてみました.もう一度確認すると,投資家にとって有効フロンティア曲線 上の点の中から最適な投資の組み合わせ,すなわちポートフォリオを選ばなければなりま せん(曲線に乗らない点は,最小リスクと最大リターンという観点から有効ではありませ ん).また投資家は満足度(効用)を最大にするようなポートフォリオを選択します.この 二つの要求を満たすようなポートフォリオは,無差別曲線2と有効フロンティアが接する 点以外ではありえません.なぜならば無差別曲線3と有効フロンティア曲線との交点は, 満足度では接点Aに劣ります.また無差別曲線1の上にある点は有効フロンティアから外 れているので有効ではありません.
グラフ3 最適ポートフォリオの決定
0
0.01
0.02
0.03
0.04
0.05
0.06
0.07
0.08
0
0.005
0.01
0.015
0.02
0.025
0.03
0.035
2
1
3
A
以上では,危険資産のみからポートフォリオを構成する場合を説明しました.当然,安全 資産をポートフォリオに組み入れることもありますが,その場合についてはここでは省略 します.また、無差別曲線をどのようにして求めるかについての説明も省略します。 3 トピックス・コア 30 銘柄による最適ポートフォリオ 次の例は,2004 年1月の日次株価データ(終値)を用いて,東証 1 部上場の代表的な 30 銘柄(トピックス・コア30 銘柄、2005年5月時点)を用いて日経225インデックス と同等の収益率をもたらすポートフォリオを実際に月毎に構成しいてみましょう.この月 の日経225 の平均収益率は 0.052,リスク(標準偏差)は 0.996 でした.二つの資産から構 成されるポートフォリオのリスクは,上に示した資産3のリスクを表す式)で表されます. 一般にn 個の銘柄で構成されるポートフォリオのリスクは以下の式で表されます. (3) ポートフォリオのリスク=∑∑
= = n i n j ij j ix
x
1 1σ
ここでx
iは第 銘柄のポートフォリオに占める比率,i
σ
ijは第 銘柄と第i
j
銘柄の共分散 です.いまトピックス・コア30 銘柄でポートフォリオを構成しようとしていますから n=30です.また
σ
ijはこの1 ヶ月の 30 銘柄の収益率のデータから計算されます.日経 225 の平均収益率0.052 をもたらす 30 銘柄の組み合わせは多数ありえます.その中でリスクが 最小になる組み合わせ(構成比)が,最適なポートフォリオです.そのようなポートフォ リオは(3)式を、与えられた収益率に対して,2 次計画法という数学的な手法によって最 小化することによって求められます.この手法によって得られたポートフォリオに占める 30 銘柄の比率は以下のようになりました. 表3 トピックス・コア 30 銘柄から構成されたポートフォリオの例 証券コード 4063 信越化 学工業 4502 武田薬 品工業 4689 ヤフー 4901 富士写 真フイ ルム 5108 ブリヂ ストン 6501 日立製 作所 6752 松下電 器産業 6753 シャー プ 6758 ソニー 6902 デンソ ー ウェイト 0.022 0.000 0.000 0.000 0.000 0.000 0.000 0.036 0.000 0.000 証券コード 6971 京セラ 7201 日産自 動車 7203 トヨタ 自動車 7267 本田技 研工業 7751 キヤノ ン 7974 任天堂 8058 三菱商 事 8183 セブン -イレ ブン・ ジャパ ン 8264 イトー ヨーカ 堂 8306 三菱東 京フィ ナンシ ャル・ グルー プ ウェイト 0.000 0.000 0.000 0.000 0.108 0.016 0.000 0.000 0.000 0.000 証券コード 8307 UFJホ ールデ ィング ス 8316 三井住 友フィ ナンシ ャルグ ループ 8411 三井住 友フィ ナンシ ャルグ ループ 8604 野村ホ ールデ ィング ス 8766 ミレア ホール ディン グス 9020 東日本 旅客鉄 道 9432 日本電 信電話 9433 KDDI 9437 エヌ・ ティ・テ ィ・ドコ モ 9501 東京電 力 ウェイト 0.000 0.000 0.040 0.139 0.000 0.000 0.068 0.248 0.000 0.324 グラフ4は,2004 年 4 月のデータを用いていろいろな収益率を縦軸に,それぞれに対応す る最適ポートフォリオのリスクを横軸に取ってグラフに表したものです.グラフ4 2004年4月の有効フロンティア
-0.6 -0.4 -0.2 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 標準偏差 期待 収益 率 そしてこのポートフォリオのリスクは 0.449 でした.すなわちこのポートフォリオは日経 225 と同じ収益をもたらしながら,リスクはそれより小さいのです.同様に 2004 年の 2 月 から12 月まで月別に日経 225 と同じ収益率をもたらす(リスク最小の)最適ポートフォリ オを求め,それらのリスクを計算しました.グラフ5は,その結果をグラフにしたもので す.横軸は月,縦軸は日経225 と 最適ポートフォリオのリスクを表しています. 表4 ポートフォリオのリスクと日経平均株価のリスクの比較 2004 年 日経平均株価 の期待収益率 日経平均株価のリ スク ポートフォリオの リスク 1 月 0.052 0.996 0.449 2 月 0.125 1.113 0.453 3 月 0.257 1.012 0.556 4 月 0.019 1.117 0.347 5 月 -0.254 2.065 1.004 6 月 0.245 1.194 0.494 7 月 -0.219 1.183 0.601 8 月 -0.099 0.892 0.375 9 月 -0.118 0.840 0.411 10 月 -0.024 1.150 0.535 11 月 0.059 1.020 0.675 12 月 0.251 0.883 0.599グラフ4 ポートフォリオと日経平均のリスク