2015年9月18日 岩手県立大学研究発表会
Ⅰ はじめに
宮古市田老に所在する「たろう観光ホテル」は、東
日本大震災の震災遺構として、鎮魂・後世に向けて防
災・減災に役立つものとして保存することが決定して
いる。
本研究発表は、震災遺構として保存される「たろう
観光ホテル」を①鎮魂、②災害文化の伝承、③次世代
への継承(学びの場)としての活用策、たとえば、震
災遺構のスタディ・ツーリズム施設化等を検討するこ
とを目的として取り組んでいる3年間の研究プロジェ
クトの
初年度の報告
である。
とくに、研究プロジェクトの一部として実施した「
ゼミ列車」を中心に報告する。
2Ⅱ 震災の風化:人間は忘れやすい
大災害から8年ぐらいまでは、災害への備
えが熱望され、
10年で経験が楽観に変わり、三陸では高
台移転した集落が戻り始め、
15年経つと災害経験が生かされなくなる。
(首藤伸夫・東北大名誉教授:『朝日新聞』2014年3月10日記事より)
時間の経過と復興の進行、まちづくりの進
展の中で、「気づき」の要素が消えていく。
3(『岩手日報』2012/12/31)
Ⅲ 被災地で震災と復興から学ぶ意義
1.現場に立ち、現場を見て、現場で考える
(1)写真や映像と違うリアルな現実、驚き
(2) 「気づき」
*自然観(自然の脅威と自然の恵み、自然と歴史文化)
*命の大切さ、日常生活の危うさ・無常観(生き方を考える)
2.利他的行為や貢献
(1)災害時に見られる強い利他的行為・貢献
「私も何かしなければ」「私でも役立てる」
(2)社会参加意識の醸成
自らのコミュニティのことを考える。行動する。
(3)教育的効果
「何のために学ぶのか」「何を学ぶのか」「生き方を考える」
3.教訓を引き出す
51.現場に立ち、現場を見て、現場で考える
実際に見ることで、いろんなことを「感じ」、「気づく」
現場に立つ
» 日本人の自然観の再認識、自然との付き合い方の特徴を知る。
» 津波の悲惨さや防災上の教訓を知り、自然との付き合い方、
英知を再認識する。
» 日本の自然とその景観は災害によってもたらされたと言って
も過言ではない。被災当初は破壊と荒涼の不毛の地ではあっ
ても、いつしか、自然は自らの秩序を取り戻し、そこで生き
続ける人々に他所では得られない恵みをもたらしてくれる。
日本人のDNAには、災害の悲惨に負けない楽天的で前向き
な自然観がある。
» 地域の歴史文化と関連させながら、自然観などを考える。
» それでも海で働く。海と一緒に生きていく。その恵みをいた
だく気持ち。
7» 災害時に見られる日本人の相互扶助、利他と貢献
の行動:災害時に見られる強い利他的行為の共
有。被災地の現場が持つ教育力、学ぶ力に着目
した考え方で、その特徴は強い利他的な行為や
貢献の感情。
» 被災地(応援)ツアーや青少年の教育旅行への
参加など、災害被災地や被災者に直接触れる体
験を持つことで、そこから得られる強烈なイン
パクトを伴った「私も何かしなければ」「私で
も役立てる」という
貢献の意識の醸成
が、その
人の社会参加をポジティブに変えていくと期待
される。
8教育・研究の視点から
学ぶ方向性・生きる方向性をつかむ
大学生にとっては、
地域まるごと研究対象
:自
然環境、気象、地質・地形、歴史、文化、民俗
学、コミュニティ、まちづくり、建築学、土木、
海洋、エネルギー、PTSD、人間関係、家族、
文学、観光学、高齢者問題、交通権、防災、医
学、水産、農業、林業、さまざまな法律問題、
保険、地価、行政、自衛隊、海上保安庁、警察、
音楽、絵画、映画、情報処理、資料館、博物館、
雇用問題、マスコミ論、食物、教育学、政治学、
企業、・・・・・・。
93.教訓を引き出す
津波てんでんこ
要支援者の避難
避難場所での障害者、女性問題
トイレ、電気、備蓄
避難路の整備
防潮堤建設、ソフト面の整備
各種の連携
高台移転
復興作業の難しさ
国、自治体の取り組みの問題点
1011 たろう観光ホテルは、2013年11月、国費保存が初めて認められた震災遺構第1号。 宮古観光文化交流協会が行う学ぶ防災は、2012年4月から始まり、2015年5月末の累計 見学者は約8万2千人を数え、津波の脅威と教訓を学ぶ新たな資源として定着している。 現在、宮古市は、復興交付金1億8000万円を活用して保存整備工事を進め、2016年3月 には工事を終える予定である。 また、道の駅たろうは、土地区画整理事業が進む市街地の中の、国道45号と防潮堤の間に ある田老町漁協の南側に整備される。面積は約1ヘクタールで、同漁協の新鮮な魚介類など の直売施設や食堂などを併設し、概算事業費は約2億7000万円。2017年3月までには大 半を整備する方針である。 田老地区には、三陸ジオパークの見どころとなる「ジオポイント」が5カ所もあることから、宮古 市検討委ではこれらを連携させて、一体的、効果的活用策を考えていくこととしている。 たろう観光ホテルの見学は、地区中心部に移転整備される道の駅「たろう」を発着点として、 30~45分程度を想定。津波映像が撮影された最上階の6階客室から学ぶ防災ガイドの説明 を受ける。 内部には西側の外付け階段から入場。東側階段の交換・修理も行い、主に非常用として活 用する。客室(定員40人)は2部屋の照明や空調を整備し、DVDの観賞にも対応。年に数回 は市民向けに時間を指定した無料公開を予定する。 たろう観光ホテルと道の駅「たろう」の一体的活用
Ⅳ 震災遺構:たろう観光ホテル
Ⅴ 宮古短大三鉄ゼミ列車
1.東日本大震災の被災地で、現地を見て、考える。 2.東日本大震災と三陸鉄道、ホテル羅賀荘、そしてこれからの課題を聞く。 3.宮古観光文化交流協会の「学ぶ防災」と教育旅行プログラムを考える。 4.大学生のゼミ列車企画を含む、スタディ・ツーリズムの可能性を探る。 宮古短大三鉄ゼミ列車プロジェクトチーム 1213 昭和三陸津波契機に建設の記念館 現存1ヵ所のみ 1933年3月の昭和三陸津波を契機に、宮城県が戦前、県内沿 岸33カ所に建てた「震嘯(しんしょう)記念館」が、東日本大震災 を経てわずか1館となった。惨禍を伝承し防災意識を高める目的 で整備されたが、老朽化や震災の津波に流されて姿を消した。 昭和三陸津波から80年。各地の記念館の設置経緯や利用状 況を調査した宮城県気仙沼市教育長の白幡勝美さん(68)は 「今後整備される東日本大震災の資料館は、教訓や被災者の思 いが後世に残るものにしてほしい」と訴えている。(高橋鉄男) <義援金元に建設> 記念館は地震と津波の古い呼び名「海嘯(かいしょう)」を組み 合わせて名付けられたとみられ、地域によっては「海嘯記念館」 や「災害記念館」とも呼ばれた。 全国から寄せられた義援金を元に、県が35年ごろから、現在の 気仙沼、石巻、南三陸、女川、山元の5市町計33地区に建設し た=図=。(1)非常時の避難場所(2)共同作業所(3)津波災害 の伝承の場-といった複数の機能を持っていたという。 老朽化に伴い、多くが取り壊され、東日本大震災前に残ってい たのはわずか5館で、このうち4館が震災の津波で流失した。
宮古短大 集合・出発 10:00 田野畑駅 11:20 ホテル羅賀荘 ホテル羅賀荘 11:30 13:15 田老駅 田野畑駅 13:30 14:05 震災遺構 たろう観光ホテル 14:10 15:00 10:10 宮古駅 10:30 宮古駅 15:20 14:50 宮古短大 着・解散 15:40 2014.9.18 ≪行程表≫ 宮井 「復興ツーリズムと 教育旅行プログラム」 望月社長 「三陸鉄道と東日本大震災 そして、これからの課題」 宮古観光文化交流協会「学ぶ防災」 三陸鉄道 三陸鉄道 三陸鉄道 バス バス バス バス バ ス バ ス 羅賀荘支配人 「羅賀荘と東日本大震災 宿泊施設の防災対策」 昼食・自由時間