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ヴィルヘルム・フォン・フンボルト「国家活動の限界を決定するための試論」の研究

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Academic year: 2021

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ヴィルヘルム・フォン・フンボルト「国家

活動の限界を決定するための試論」の研究

馬 場 昭 夫 序 ジ ョン ・スチ ュアー ト ・ミルが 「自由論

において激賞 してい るヴイルヘルム ・フォン ・フンボル トは,ゲーテ ・シラー と交友 のあ ったプロイセ ンの学者であ り,政治家である(1)。 フンボル ーtは,言語の研 究で著名であるが,徹底 した ヒューマニズムの心情 を持 って, 哲学 ,教育学 ,国家論 ,法学 について研究 し,断片的な論文 を残 した。 また,ベ ル リン大 学の創設者 として有名である。 フンボル トは

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年 に 「国家活動 の限界 を決定す るための試論」 を書 いたが,出版す る ことがで きず,死後

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年 に出版 された(2)0

「Ideenzueinem Versuch,dieGrenzenderWirksamkeitdesStaatszubestimmen」

(

「国家活動の限界 を決定す るための試論

)

は,一部分が 日本語 に翻訳 されてい る(3)0 本稿 では, ミル 「自由論」 に引用 されている部分 について,原文,英文, 日本文 を比較 対照 し, また,刑法 についての章 を抄訳す る。

「試論

の章 は以下である。

I

Einleitung 序

II BetrachtungdeseinzelnenMenschenundderh6chstenEndzweckedesDaseins desselben

個 々人 とそれぞれの存在 の最高の最終 目的の考察

Ⅲ SorgfaltdesStaatsfもrdaspositive,insbesondrephysischeWohlderB立rger. 市民の実際の,特 に身体面の福祉 に対す る国家の配慮

Ⅳ SorgfaltdesStaatsfardasnegativeWohlderBdrger,f誌rihreSicherheit.

市民 の防御 の福祉 ,す なわち彼 らの安全 に対す る国家の配慮 V SorgfaltdesStaatsf正rdieSicherheitgegenausw左rtigeFeinde.

よその土地か らの敵 に対す る安全 に対す る国家の配慮

SorgfaltdesStaatsfardieSicherheitdesBargeruntereinander. 市民相互 の安全 に対す る国家の配慮

(2)

宗教

Ⅷ Sittenverbe sseru

n

g

道徳改善

Ⅸ N去here,PositiveBestimmungderSorgfaltdesStaatsfiirdieSicherheit. EntwickelungdesBegriffsderSicherheit.

安全 に対す る国家の配慮の詳 しい,実際の規定 安全の概念の展 開

SorgfaltdesStaatsfardieSicherheitdurchBestimmungsolcherHandlungender B正rger,welchesichunmittelbarundgeradezunuraufdenHandlendenselbst beziehen (Polizeigesetze)

直接 に, まさ しく,振 る舞い 自体 だけに関係す る市民の行為の規定 による安全 に対 す る国家の配慮 (警察法規)

X

l

SolgfaltdesStaatsf

ar

dieSicherheitdurchBestimmungsolcherHandlungender B正rger

,

welchesichunmi ttelbarundgeradezuaufandrebeziehen(Zivilgesetze)・

直接 に,まさ しく,他 人に関係す る市民の行為の規定 による安全 に対す る国家の配 慮 (市民法規 (民法))

X

l

SolgfaltdesStaatsf也rdieSicherheitdurchrechtlicheEntscheidungder StreitigkeitenderBdrger.

市民の争いの法的な裁断 (裁判) による安全 に対す る国家の配慮

Xm SolgfaltdesStaatsf也rdieSicherheitdurchBestrafungdert5bertretungender GesetzedesStaats(Kriminalgesetze)

′ノ 国家の法規 に対す る違反 に対す る処罰 による安全 に対す る国家の配慮 (刑事法規 (刑 法))

X

N

SolgfaltdesStaatsfGrdieSicherheitdurchBestimmungdesVerhaltnisses derjenlgen Personen, welchenichtim Besitzdernat正rlichenodergeharig gereiftenmenschlichenkraftesind(UnmdndigeunddesVerstandesBeraubte).

自然の,あるいはふ さわ しく成熟 した人間の力 を所有 していない人の関係の規定 に よる安全 に対する国家 の配慮 (未成年者 と精神障害者)

V V

erhaltnisderzurErhaltungdesStaatsgebaudes正berhauptnotwendigenMittel zurvorgetragenenTheorie.Schluβ dertheoretischenEntwicklung.

国家構造一般 の維持 に必要な手段の, これ まで述べ て きた理論 に対す る関係 理論 的展開の結論

TrennungdesVerhaltnissesderB立rgerzum StaatundderVerhaltnissesderselben untereinander.

(3)

Xq AnwendungdervorgetragenenTheorieaufdieWirklichkeit. これ まで述べ て きた理論の現実への適用

1

.第二幸 冒頭の文章 について

J.

S.ミル 「自由論」は出版後140年近 くになるが,その重要性 は 日ごとに増 している(4)0 「自由論」において ミルが言わん としたことは, 自由の尊重,個性の尊重 こそが,人々 の幸福 と国家,社会の不断の発展のための最 も重要な要素である とい うことである。 ミルは, この論 を展 開するにあたって,最 も多 く, フンボル トによっている。 1792年 フンボル ト 「国家活動 の限界 についての試論

執筆 1851年 フンボル トの死 (1835)後,前著出版

1854年 前著の英訳が 「TheSphereandDutiesofGoverment」の題 で出版 された(5)0

同 年 ミル 「自由論」(onLiberty)執筆開始 1859年 ミル 「自由論

出版

「自由論」において, ミルは,

6

ヶ所 において, フンボル トの著書 を引用,あるいはフ ンボル トの考 えを紹介 し, 自己 も全 く同 じ意見であることを述べ ている(6)0

第三章 幸福 の諸 要素 の一 つ と しての個 性 につ い て (OflndividualityasOneofthe ElementsofWelトBeing)の中で,次 の文章 に出合 う。 「学者 と して, また政治家 と し

てあれほ ど著名 な人物であったヴイルヘルム ・フォン ・フンボル トが,或 る論文の主題 と した,次 ぎの ような学説の意味 を理解 しうるとい うだけの人々です ら, ドイツ以外 にはこ れを求めることが困難である。 - 日 く, 「人間の 目的,すなわち,永遠 または不変 なる 理性の命令の指示 した ものであって唆味 なまた移 ろいやすい欲望の示唆 した ものではない ところの,真正 なる目的は,人間の諸能力 を最高度 にまた最 も調和的に発展せ しめて,完 全 に して矛盾 な き一つの全体 た らしめることである.」」(7) フンボル トの著書か ら引用 されている部分 について,原文で対照 してみ る(8)0

1792年執筆,1851年出版 「Ⅰdeenzueinem Versuch,dieGrenzenderWirksamkeitdes staatszubestimmen」第二章冒頭

DerwahreZweckdesMenschen-nichtder,welchendiewechselndeNeigung, sondernwelchendieewlgunVeranderlicheVernunftibm vorschreibt-istdie h6chsteundproportionierlichsteBildungseinerkr益ftezueinem Ganzen.

1854年 出版 「TheSphereandDutiesofGoverment

J

theendofman,orthatwhichisprescribedbytheeternalorimmutabledictatesof reason

,

andnotsuggestedbyvagueandtransientdesires

,

isthehighestandmost harmoniousdevelopmentofhispowerstoacompleteandconsistentwhole.

(4)

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9

年 「onLiberty

「TheSphereandDutiesofGoverment」か ら英文で引用

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7

1

年 「自由論」(岩波文庫)の 日本語訳- 「onLiberty」か らの,従 って,「TheSphere andDutiesofGoverment」か らの訳。対照の便の ために, もう一度記す。

人間の 目的,す なわち,永遠 または不変 なる理性 の命令 の指示 した ものであって暖味 な また移 ろいやすい欲望の示唆 した ものではない ところの,真正 なる目的は,人間の諸能力 を最高度 にまた最 も調和 的 に発展せ しめて,完全 に して矛盾 な き一つの全体 た らしめ るこ とにあ る。

1

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8

9

年 「W.V.フ ンボル ト 人間形成 と言語

C.

メ ンツェ編

K.

ルー メル,小 笠原道 雄,江 島正子訳 (以文社)」Ⅰ 市民福祉 に関す る国家の関与 は どこまで及ぶか ドイツ語原文か らの 日本語訳 であ る。 人間の真 の 目的は, - それは変 わ りやすい傾向ではな く,いつ まで も不変 な理性 によ って示 され る - 人間の もつ諸力 を最高 に しか も最 も調和 の とれた,一つの全体 に形成す ることであ る。 日本 人 に とって, フンボル トの名 は,旧東 ドイツにおけるフンボル ト大学 (ベル リン大 学)の名で知 られているが,その実像,業績 については,必ず しも一般化 していない。 フ ンボル ト財 団は,弟のア レキサ ンダー ・フ ォン ・フンボル ト (自然科学者) を記念 した も のであ る。兄, ヴ イルヘ ルム ・フォン ・フンボル トは言語学者,ベ ル リン大学の創設者, 外 交官,ゲ ーテ ・シラー との交友 な ど断片的 に知 られるが,

J.

S.

ミルが心血 をそそいだ 名著 「自由論

において激賞 されてい るフンボル トについてた どることも重要であ る。そ れが著書 としては, 「国家活動 の限界 を決定す るための試論

である。 ドイツにおける 自由主義, ヒューマニズムの代表者であ るフンボル トが 日本で一般 的 に 知 られない理 由,あ るいは実像 に迫 りに くい理 由は二点あ ると思 われる。 一つは フンボル トが体系 的 な著作 を書 くことが得意ではなか った こ とであ る. 他の一つは, プロイセ ンの 保守主義 ,死後 において も, ビスマル ク治下の ドイツ,ナチ ス支配下の ドイツな どで冷遇 されて きた。 故意 の歪 曲 もな された(9)。 プロイセ ン, ビスマル ク治下 ドイツ (ドイツ帝 国),ナチ ス治下の ドイツを模範 として国 作 りをお こない,又,同盟 関係の時期 もあ った 日本 において, フンボル トの実像が知 られ なか った ことは,歴史的い きさつ としては理解 で きる といえ ようか(10)。

J.

S.

ミル及 び 「自由論」 な どを手がか りとして,真実の姿 に迫 り, 「試論」 を訳 出す る 手がか りとしたい。

(5)

2.第十三章 刑法 (抄訳) 市民の安全 に配慮す る最後の,そ して最 も重要 な手段 は,国家の法規の違反 に対す る処 罰である。 私 はそれだか らなお, この対象 に対 して も, これ まで展開 した原則 を適用 しな ければな らない。 ここで生ず る第一の問題 は次の ことである。 どの行為 に国家は刑罰 を科 せ ることがで きるか,即 ち犯罪 とす ることがで きるかである。 答 は前述 に従 えば簡単であ る。 国家 は市民の安全 だけを最終 目的 として追求すべ きであるな らば,国家 はこの最終 目 標 にむかって走 るために必要 な行為以外 は行 なってはな らない。 処罰の対象か ら,私 は刑罰それ 自体 に目を向ける。 非常 に広 い限界の中で,刑罰の量 を 定めるために,いかなる程度 を越 えてはいけないか を定めるために,私 はただ一般的な, 全 く各部分 と無関係 な理性 において考 えるとい うことは不可能である。 刑罰は犯罪者 をとびのかせ る害悪でなければならない。 しか し,程度は身体的 な感覚や 道義的 な感情の差異の ように,地域 と時間の差異 によって,限 りな く異な り変化す る。 また,犯罪人その人を越 えて,子供や親族 にまで拡大 して科せ られる刑罰 は絶対 に許容で きない。 犯罪 と刑罰 との間の均衡が要請 される。 この均衡 は,絶対的に,一般的に規定す るので はな く,それぞれの犯罪 に均衡の観点か ら,あ らか じめ記述 されるべ きである。 そ してそ の際,同 じ程度 ごとに段 階 をつけるべ きである。 こうして犯罪 と刑罰が法規 に規定 されたな らば,次 にこの与 え られた刑法典 は個 々の犯 罪 に適用 されなければな らない。 この適用 の際 には,法の原則 自体か らして次の ことが言 われる。 即 ち,刑罰 は犯罪者が,それによって行為 をな した ところの故意又は責任 の程度 に従 ってのみ犯罪者 に科 され得 る とい うことである。 捜査 中の犯罪者 に対す る手続 きは,その定め られた規定 を法の一般的な原則 とこれ まで 述べ て きたこととの双方 において兄い出す。裁判官は真実 を追求するために全 ての適法 な 手段 を用いなければならないのであって法の制限の外 にある手段 は許 されるべ きではない。 新 しい立法 においては,国家 は,犯罪が行 われる前 に,犯罪 を防止す るために, どこま での ことをす ることが許 されるか,あるいはす ることが義務であるかが問題である。 直接 の実行行為 を妨 げる以外 は,許 されない。

(6)

最後 に私 は次の ことを指摘 しなければならない。全 ての刑事立法,それが刑罰 を規定 し た ものであ って も,手続 きを規定 した ものであ って も,全 ての市民 に区別 な く全 て公表 さ れなければな らない とい うことである。 私 は今や, これまでに述べ て きた理性 に もとず く考えか ら,次 の ような,全 ての刑法 に 一般的にあてはまる最高の原則 をひきだすのである。 1.安全の維持 に とって最 もす ぐれた手段 の一つは,国家の法規 に対す る違反者の処罰 である。 国家 は市民の権利 を害す る行為 に刑罰 を科せ ることがで きる。 そ して,国家 はこ の観点だけか ら,人が法規 を犯すであろうところで法規 を作 るのである。

2.

最 も苛酷 な刑罰は,個 々人の時 と場所 との関係 に応 じて,可能な限 りおだやかに し, それ以外 はあってはならない。そ して,他の全 ての刑罰 は, まさに,刑罰が加 え られる犯 罪 は,犯罪者 における,他人の権利 の無視 とい うことが前提 となる関係 において規定 され ねばならない。 それで,従 って,最 も苛酷 な刑罰 は,国家 自体の最 も重要な法 を犯 した者 に適用 し, よ りゆるめ られた きび しい刑 は,個 々の市民の同 じように重要 な権利 を害 した者 に適用 し, もっとゆるめ られた刑 は,単 に法規 に違反 した者 に,単 に害す ることを防 ぐとい う意図で 科せ られねばならない。

3.

個 々の刑罰法規 は故意 に,あるいは有責 になされた犯罪 に適用 される。 そ して,他 人の権利 を無視することが証明 された,その程度 に応 じてのみ適用 される。

4.

為 された犯罪の捜査 において,国家 は最終 目的にふ さわ しい手段 を適用す ることは 許 される。 しか し,単 に疑わ しい市民 を犯罪者 として扱 った り,犯罪者 において もまた尊 重 しなければならない人 と市民の権利 を侵害 してはな らない。 また,国家が非道徳的な行 為 を行 なってほな らないのである。

5.

犯罪の防止 に役立たない独特の行事は,直接 の実行行為 を妨げる以外 は,国が行 う ことは許 されない。その他の全 ての ことが ら,即 ち,犯罪の原因 を邪魔す る可能性がある, あ るいは,それ 自身無害だが,犯罪 に導 きやすい行為 を防止 しようとす る,その ようなこ と全 ては国家の活動の限界の外 にあるのである(ll)0 注 (1) フンボル トの経歴 については,

W.

V.フンボル ト 「人間形成 と言語」(以文社) 亀 山健吉 「フンボル ト」(中公新書 ・中央公論社) 西村貞二 「フンボル ト」(清水書院)

(2)出版 は1852年との説もある。(JohnStuartMill,OnLiberty(PENGUINCLASSICS)P.121)

(7)

る国家 の関与 は どこまで及ぶかが 日本語訳 である。

(4)初宿正典,高橋 正俊 ,米沢広一,棟 居快行 「い ちばんや さ しい憲法入 門」(有 斐 閣1996)83頁

表現 の 自由について扱 った章の関連文献 と して取 り上 げ られ, 「表現 の 自由 をは じめ とす る

自由一般 についての,文字 どお りの古典であ り, しか もそ う古臭 くあ りませ ん

」とす る.

(5) なお,近年 の英訳 と して は, 「TheLimitsofStateAction」(editedbyJ.W.Burrow,Liberty Fund,1993)がある。 (6)岩波文庫 「自由論」(塩尻公 明,木村健康訳) 扉,116頁,147頁,206頁,208頁,215頁 (7)岩波文庫 「自由論

116頁 (8)岩波 文庫 「自由論」訳 注 第三章 (2)(256頁) にお いて 「訳 者 木村健 康 は,念 のため フ ン ボル トの rイデー ンJを再通読 してみたが, この訳 書 に英訳 されてい るような表現 は原 文 に 存在 しない

」とす るが,納得で きない。

(9)馬場 昭夫 JohnStuartMill"OnLiberty" の ドイツ語訳 について (暁星論叢第39号)

(10)フンボル トを長年研究 してこ られた西村貞二東北大学名誉教授 は, フ ンボル トを研究す る き っか けは,哲学者三木清 に 「フンボル トを訳 してみ ないか」といわれ たこ とか らであ る とい う。1941年 (昭和16年)初夏 の頃であ る とい う。西村貞二 「フ ンボル ト」(清水書 院) まえが きに記 されてい る。 また,当時のい きさつ を直接 お うかがいす るこ とがで きた。謝意 を表 し たい。三木清 は1945年 (昭和20年)9月, 日本が敗戦 した後 に獄死 した。 (ll)ドイツにおける刑法 の変遷 については 馬場昭夫 「刑法学入門」(慶友社1996)参照

参照

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