語想起課題における検索効率の急速な低下現象と
音韻的短期記憶能力の関連
惠 羅 修 吉
要 旨 語想起課題の遂行中によく観察される現象として、時間経過に伴う単位時間あたりの再生数すな わち検索効率の急速な低下がある。本研究では、成人を対象として数唱課題によって評価した音韻 的短期記憶能力の強弱による2群を設定し、音韻的短期記憶能力が語想起課題における検索効率の 低下現象に及ぼす影響について検討した。その結果、検索効率の低下現象の出現は、両群でほぼ一 致しており、音韻的短期記憶能力が語想起課題に及ぼす影響は確認されなかった。以上より、課題 遂行中に再生した単語を一時的に保持することにより検索効率の低下が惹起されたのではないこと が示唆された。 問題と目的 近年、学習困難のある子どもたちに対する個の特性に応じた教育について関心が高まっている。 子どもたちに対して、その学習困難に対応する適切な教育的支援を提供するには、科学的根拠に基 づく教育実践を確立することが課題である(惠羅,2007)。根拠に基づく教育実践では、①対象児が 抱える困難とその関連要因を明らかにするアセスメントを実施し、②アセスメントの結果と先行研 究の知見に基づいた支援計画を作成・実行し、③指導効果を検証して支援計画の有効性を吟味する ことで計画の継続あるいは修正の判断を行う、といった良き循環を形成することが重要である。こ のような循環プロセスにおいて、心理学が貢献可能な領域として子どもの認知機能を評価する検査 方法を開発することがあげられる。神経心理学は、主として成人期に発症した脳損傷患者を対象と して、心理機能の評価方法を数多く開発してきた。近年の認知神経科学の発展に伴って質量ともに 研究成果が蓄積され、近年、発達障害のある子どもや成人の認知特性を推定するための査定に貢献 してきている(e.g., D’Amato, Fletcher-Janzen, & Reynolds, 2005; Nelson & Luciana, 2008; Reynolds & Fletcher-Janzen, 2009)。本研究で取り上げる語想起課題(言語流暢性検査ともいう。英語では Verbal Fluency Task, Word Generation Task, Controlled Word Association Task, Generative Naming Taskなど複数 の用語がある)は、神経心理学の伝統的な検査であり、脳機能としては前頭葉機能を、認知機能と しては実行機能を反映することが指摘されている(e.g., 惠羅, 1992, 2008; Spreen & Strauss, 1998)。 語想起課題とは、ある共通属性を有する単語を限定された時間内で可能な限り多く再生する単語検索課題である。通常、制限時間内で再生した単語総数が指標となる。課題である長期記憶検索の 手がかりとしては、頭文字(あるいは語頭音)を共通属性として提示する方法と、上位カテゴリ名 (例えば「動物」や「果物」など)を共通属性として提示する方法が一般的に使用されている。制限時
間は、60秒間から90秒間に設定されることが一般的である。
語想起課題の遂行中に頻繁に観察される反応特徴として、課題遂行の時間経過に伴い単位時間 あたりの再生数が急速に低下するという現象がある(Crowe, 1997, 1998: Mattis, Kovner, Gartner, & Goldmeier, 1981; Rosen, 1980)。われわれが行った研究では、成人(惠羅,2010)、小学校低学年児 童(惠羅・大庭,2008a)、知的障害児(惠羅・大庭,2008b;惠羅・伊賀・泉保ら,2012)において、 この現象が確認されている。多くの被験者は、語想起開始直後には努力を要することなく多数の 単語を再生することができる。しかしながら、このような比較的自動的な語彙検索が可能な時間 帯は短く、その後急速に単語を想起することが困難な状態に陥る。この検索効率の急速な低下現 象については、長期記憶内における利用可能な貯蔵語彙が枯渇した、あるいは長期記憶の効率的 な検索を阻害する何らかの困難が生じた、ということが考えられる(e.g., Martin, Wiggs, Lalonde, & Mack, 1994)。前者については、語彙記憶(意味記憶)そのものの崩壊をきたすある種の脳損傷や認 知症患者には該当するかもしれないが(e.g. Rosen, 1980)、健常児・者における低下現象を説明する ものではない。この広く観察される検索効率の低下現象を説明するものとしては、後者の記憶検索 過程で生じる阻害要因を検討することが妥当であろう。 語想起課題における効率的な長期記憶検索を阻害する要因として考えられることとして、課題遂 行中に同じ単語を再度報告しないために既に再生した単語を覚えておくことでワーキングメモリの 容量が費やされ、効率的な検索を実行するために充分な容量が確保できなくなっていることが考え られる。もしこの仮説の通り、一度再生した単語は、課題遂行中、音韻情報として短期記憶に保持 されているとすれば、音韻的短期記憶能力の弱い者は、強い者に比べて、検索効率の低下現象が 早く(あるいは強く)生じるはずである。そこで本研究では、成人を対象として音韻的短期記憶能 力の強弱による2群を設定し、語想起課題における検索効率の低下現象を比較することを目的とし た。 方法 参加者 日本語を母国語とする大学生・大学院学生あわせて50名(平均年齢29.5歳、男性28名/女性22名) を対象に、音韻的短期記憶能力に関するスクリーニング検査を実施した。検査前の聞き取り調査よ り、聴覚障害に関連する病歴がないことを確認した。検査は、個別に実施した。実施に先立ち、そ れぞれの対象者に対して検査の趣旨とその内容について説明し同意を得た。 音韻的短期記憶の評価法として、日本版WAIS-R成人知能検査(品川・小林・藤田・前川,1990) の下位検査である「数唱」の順唱を用いた。刺激は、3個から9個の一桁の数字からなる系列であ り、各数系列2試行となっている。課題の実施は、WAIS-Rの標準施行にしたがった。数字は1秒 間に1字の頻度で聴覚提示し、口頭による直後再生を求めた。同数の系列の2試行がともに再生に 失敗したところで、課題を終了した。 順唱の粗点に基づき、2つのグループを抽出した。粗点の点数が高い方からが8名を高スパン群 (平均年齢29.3歳、男性4名/女性4名)、低い方から9名を低スパン群(平均年齢29.0歳、男性5名 /女性4名)とした。高スパン群の粗点平均は10.5(SD 1.85)、低スパン群は6.0(SD 0.93)で、その 差は有意であった(t=4.86, df=15, p<.001)。
課題 語想起課題:語想起課題にはいくつかのバリエーションがあるが、本実験では音韻手がかり法を 用いた。音韻手がかりである語頭音として「か」と「さ」を用いて、2試行を行った。それぞれの語 彙量について、国立国語研究所(2001)の『教育基本語彙の基本的研究:教育基本語彙データベース の作成』を参照した結果、「か」(n=1821)、「さ」(n=786)であった。音韻手がかり(語頭音)は、 検査者の口頭による聴覚提示とした。対象者は、その音から始まる単語を制限時間内でできるだけ 多く口頭再生することを課題とした。1試行の制限時間は90 secとした。施行順は、「か」「さ」の 固定順とした。対象者の音声反応は、対象者前面の机上に設置したマイクを通してコンピュータに デジタル録音し(44.1kHz, 16bit)、オフラインで分析した。90 secの制限時間をそれぞれ15 secの6 区間に分割して、再生語数を計数した。 数唱(順唱)課題:対象者の音韻的短期記憶能力を確認するため、スクリーニング検査で実施し た順唱課題を再度実施した。 手続き 検査は、スクリーニング検査から3か月後に、大学内の静かな検査室で個別に実施した。課題の 実施順は、数唱課題、語想起課題とした。語想起課題の手順としては、はじめに、対象者に対して 語頭音が「あ」である場合を例として課題の説明を行った。「これから、例えば、“あ” から始まる言 葉をできるだけたくさん言ってください、といいます。“あ”から始まる言葉には、“足” “雨” “歩く” などありますね。思いついた言葉をできるだけたくさん言って下さい。私がやめと言うまで続けて 下さい。ただし、“歩く” といったら “歩きます”、“歩かない” といった活用変化は不可とします。そ れから、人名や地名など固有名詞は不可とします」と教示した。「あ」による短時間の練習試行を行 い、課題内容の理解を確認した上で、本試行を行った。 結果 数唱(順唱)課題 高スパン群の粗点平均は10.0(SD 1.51)、低スパン群の粗点平均は6.0(SD 1.66)であり、両者の差 は有意であった(t=5.17, df=15, p<.001)。以上より、スクリーニング検査により抽出された2群 の音韻的短期記憶能力における弁別性が確認された。 語想起課題 いずれの参加者においても、誤反応は認められなかった。2試行の遂行成績を合計して統計処理 を行った。Figure 1に区間別の再生数を群ごとに示す。全体的に、両群ともに第1区間(0-15 sec) で多くの単語を再生し、その後は徐々に再生数が減衰する傾向が認められた。 高・低スパン群を被検者間要因、区間を被検者内要因として、2(群)×6(区間)の繰り返しの ある分散分析を実施した。その結果、区間の主効果が有意であった(F(5, 75)=58.92, MSE=2.34, p <.0001)。群の主効果と両者の交互作用は、ともに有意ではなかった(群:F(1, 15)=.90, MSE=4.85; 群×区間:F(5, 75)=1.78, MSE=2.34, いずれもn.s.)。区間の主効果が有意であったので、Tukeyの HSD検定を実施した結果、第1区間と他の全区間の間、第2区間と第4区間以降、第3区間と第 5区間以降で有意差が認められた(p<.05)。 考察 本研究では、成人を対象として数唱課題によって評価した音韻的短期記憶能力の強弱による2群
を設定し、音韻的短期記憶能力が語想起課題における検索効率の低下現象に及ぼす影響について検 討した。その結果、検索効率の低下現象の出現は、両群でほぼ一致しており、音韻的短期記憶能力 が語想起課題に及ぼす影響は確認されなかった。このことから、課題遂行中に報告した単語を短期 貯蔵することでワーキングメモリ容量が費やされ、効率的な検索を実行するために充分な容量が確 保できなり、検索効率の低下をまねくという仮説は棄却された。それでは、語彙検索活動により意 識に上ってきた単語の既出性に関する判断は、どのように実行されているのであろうか。ワーキン グメモリ理論に依拠して推察すれば、この理論では遅れて構成要素として追加されたエピソード・ バッファ(Baddeley, 2000, 2007)が、その役割を担っている可能性が考えられる。このことについて は、今後検討を進める必要がある。 われわれの関心の焦点は、語想起課題における検索効率の急速な低下現象である。本研究では、 先行研究同様、時間経過に伴う検索効率の急速な低下現象が確認された。この現象は極めて一般的 に認められるものであることが、改めて明らかになった。では、なぜこのような現象が生起するの であろうか。惠羅(2003)は、成人を対象として語想起課題遂行中に課題と関連しない音刺激(課題 非関連音刺激)を提示し、その音刺激に対する事象関連電位(Event-Related Potentials, 以下ERP)を 測定した。その結果、再生数が減少した、即ち検索効率が低下した時間帯において、課題非関連音 刺激に対するERPのN1成分の振幅が減衰することが明らかになった。課題非関連刺激に対する反 応が弱まることは、課題遂行を妨害する可能性がある刺激を抑制するとともに、課題への集中が高 まったことを示している。つまり、パフォーマンスとしては検索困難な状態になった時に、注意あ るいは心的努力が高まっていることを示唆するものである。この推察が正しいのであれば、検索効 率の低下は、本人が努力しているにもかかわらず、同一手がかりによる語喚起を反復して実行する ことで語彙検索に意図せざる機能低下(抑制)が働いたと考えられる。課題に注意集中し、努力し て記憶検索へ積極的に関与しているにもかかわらずパフォーマンスとしては想起が困難な状況とな ることを検索抑制という(Anderson & Bjork, 1994; Bjork, 1989; Levy & Anderson, 2002)。実行機能 の役割は、このような検索困難な状態に陥った時に、その状態を抜け出すための方略を発見するこ とではなかろうか。語想起課題が実行機能を評価する検査として確かなエビデンスを得るために
Figure 1.高スパン群と低スパン群における区間別再生数 (エラーバーは0.95信頼区間を表す)
は、検索効率の低下現象として現れる検索抑制状態を解除するメカニズムを解明することが鍵とな ると考えられる。
付記
本研究は、JSPS科研費26381325(研究代表者:惠羅修吉)の補助を受けた。 引用文献
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