2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ クロ経済学/有斐閣」 1
第 13 回 フィリップス曲線と自然失業率仮説
〈フィリップス曲線〉
フィリップス曲線とは貨幣賃金変化率ΔW/W と失業率(u)の間にある、 トレードオフ(相反関係)を図で表したもの。縦軸に貨幣賃金変化率、 横軸に失業率を取る。また、縦軸の貨幣賃金変化率を物価上昇率ΔP/P に置き換えたものが物価版フィリップス曲線である。 貨幣賃金上昇率⊿W/W と物価上昇率⊿P/P の間には物価上昇率=貨幣賃金変化率-労働生産上昇率
の関係があるが、ここでは労働生産性上昇率が一定であることを前 提としている。 ex.ハンバーガショップにて 〈ケース1〉 店員の賃金が 10%アップ(=貨幣賃金上昇率 10%) ↓ 働き具合が以前と同じだと(=労働生産性上昇率が一定)、賃金上昇 分は価格に上乗せしないと、前と同じ利潤が得られない。(=物 価上昇率 10%) ↓2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ クロ経済学/有斐閣」 2 つまり貨幣賃金上昇率=物価上昇率 〈ケース2〉 店員の賃金が 10%アップ(=貨幣賃金上昇率 10%) ↓ がんばって働きハンバーガーの販売個数を 10%伸ばした。(=労 働生産性上昇率 10%) ↓ 賃金上昇分を販売個数の増加で補い、ハンバーガーの価格に上乗 せする必要がない。(=物価上昇率 0%) フィリップス曲線は失業率の低下は物価上昇率を上昇させるトレー ド・オフの関係にあり、失業率の低下と物価の低下が両立しないこと を示している。 ※オーカンの法則…総生産量と失業率の間には安定的な関係があり、 総生産の拡大は失業率の減少につながるという 法則。
〈自然失業率仮説〉
自然失業率仮説とは、マネタリストであるフリードマンがケインズ の有効需要政策を、フィリップス曲線によって批判した理論のこと。 フリードマンは、物価版フィリップス曲線は現実の物価上昇率πと 予想(期待)物価上昇率πeが等しい場合のみ有効であるとした。予想物 価上昇率とは、経済主体である人々が主観的に感じる物価上昇率のこ とである。そして、現実の物価上昇率πと予想物価上昇率πeが乖離す るとフィリップス曲線はシフトする。 この仮説は 2 つの仮定を前提としている。第 1 に、労働者は実質賃 金(W/P)を基準に、自己の労働供給量を決定する(労働市場の古典派の 立場)。第 2 に、貨幣賃金の上昇は物価の上昇ももたらすが、この場合 に労働生産性上昇率は一定である。2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ
クロ経済学/有斐閣」 3
2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ クロ経済学/有斐閣」 4 ★自然失業率仮説のまとめ 自然失業率仮説では、政府の裁量的な有効需要拡大政策が有効なの は、人々が現実の物価上昇率と期待物価上昇率が乖離していることを 知らない(=貨幣錯覚に陥っている)短期の間においてのみである。 長期において人々は期待物価上昇率を変更するため、失業率は元の水 準(=自然失業率)に戻り、物価だけが上昇したことになる。 点 AB を通る右下がりの曲線が短期フィリップス曲線である。 自然失業率 uN上で点 AC を結んだ線分を長期フィリップス曲線という。 長期とは現実の物価上昇率と予想物価上昇率が一致している状態であ り、予想物価上昇率が現実の物価上昇率に合わせるのにかかる時間の 長さを表現したものである。 点 A から B への動きは「人々が貨幣錯覚に陥っている」状態を示し、 点 B から C への動きは「人々が貨幣錯覚から脱却する」状態を示して いる。 なお、自然失業率 uNとは、物価上昇率(=インフレ率)を加速・減速 させない失業率と定義される。これは労働者がある実質賃金のもとで 合理的な求職活動の結果生じた失業率で、労働資源の最適配分を実現 しているとされる。 失業は自発的失業(ex.より良い職のための自主的失業)、摩擦的・構造的
2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ クロ経済学/有斐閣」 5 失業(ex.経済構造の変化に伴う一時的失業, 労働者・雇用者間の要素不一致による 失業)、非自主的失業(ex.働く意思があるのに求人が少ない)、潜在的失業(= 労働に従事しているが生産に貢献しない)に分類される。古典派のフリードマ ンは摩擦的失業を認めており、従って彼のいう自然失業率は現行の賃 金で働きたい労働者を完全に雇用していても(=完全雇用)生じる失業 率である。現実の失業率=自然失業率のとき非自発的失業は存在しな いとする。 自然失業仮説の水準自体の決定要因は、多くは摩擦的失業の決定要 因と共通し、経済社会の制度や構造に依存する。すなわち、労働者の 特性(ex.地域・年齢・性別・持っている技術など)や労働市場の情報伝達の迅 速性などである。例えば、失業保険の給付条件緩和は、労働者の求職 期間を長期化し、自然失業率は上昇する。自然失業率を低下させるに は、失業保険制度の改革、労働市場の情報システムの整備などが必要 である。
〈UV 曲線〉
UV 曲線(ベバレッジ曲線)は、縦軸に失業数 U(unemployment)、横軸 に欠員数 V(vacancy)をとって、失業者数と欠員数の関係を示すもので ある。 欠員とは企業側が求めている労働者が見つからない状況である。一 般的に労働市場には失業と欠員が共存する。 図で考える2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ クロ経済学/有斐閣」 6 ① 欠員率 V が低い(=企業の労働需要が小さい)とき、失業率 U は高 くなる。従って、UV 曲線は右下がりである。 ② 欠員者と失業者が 45 度線上では同じ⇒UV 曲線と 45 度曲線の交 点αまでの失業者 OQ は摩擦的失業者数を示す。なお、摩擦的失 業者を減らすには失業者の再訓練が必要である。 ③ ②より、OQ より失業者が多いとき、その差は非自発的失業者を 表す。なぜなら、OQ 以上の失業者が出る時、欠員数は少なく企 業の需要が小さいからである。 ④ 企業の求める労働者と働きたい労働者の能力差が大きいほど、UV 曲線は右上にシフトする⇒高い失業率と高い欠員率は共存する。 ⑤ 現在の失業者は S 点から OR で示される。
〈経済政策論争〉
古典派…………価格(市場)メカニズムを信頼。市場不均衡(需 給の不一致)は価格調整メカニズムで解消。実 物経済(雇用量・生産量など数量の世界)と貨幣世界 (貨幣量・物価など)を二分する古典派的二分法を 採用。 ケインズ系譜…価格が硬直的な世界を想定。市場の不均衡は価 格メカニズムでは解決できず、政府の市場介入 の必要性を認め、失業対策に政府判断による有 効需要拡大政策の有効性を主張。2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ クロ経済学/有斐閣」 7 ★古典派系譜の経済政策 ① 古典派…………上記の通り。 ② マネタリスト…a.ケインズの政府が行う裁量的な経済政策を否定 し、k%ルールに基づく経済政策の運営提唱。 b.ケインジアンの利子率重視の金融政策をフィッ シャーの方程式で否定。 ケインジアンのマネーサプライ Ms↑⇒利子率 r↓⇒投資 I↑⇒生 産・国民所得 Y↑ ↑ マネタリストは長期的にはマネーサプライ Ms↑⇒物価 P↑(貨幣 数量説)⇒予想物価率πe↑⇒名目利子率 i↑ つまり、一時的に利子率は下がり投資を増加させるだけ。 ※k%ルール…短期の景気動向より、長期の経済成長率に見合った 一定の増加率で貨幣供給量を安定的に増加させる政策。 ※フィッシャーの方程式…名目利子率 i=実質利子率 r+予想(期 待)物価上昇率πe ※フリードマンのケインズ的財政政策への批判 フリードマンは、ケインズ的な政府の裁量的な政策にはタイ ム・ラグが存在すると指摘した。
2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ クロ経済学/有斐閣」 8 ・認知ラグ…政策当局者が経済政策の必要性を認識するまでの ラグ ・実行ラグ…実際に経済政策が発動するまでのラグ ・効果ラグ…民間経済における政策効果が発現するまでのラグ 内部ラグ(認知ラグ+実行ラグ)の長さ…財政政策>金融政策 公共事業の予算を通すためは国会の議決が必要で、財政政策 は実施に時間がかかる。 外部ラグ(=効果ラグ)の長さ………金融政策>財政政策 金融政策は公定歩合が下がっても、企業の投資計画に影響 し実際に実施されるまで時間を要する。一方、財政政策は公 共事業の拡大が即座に建築資材等の購入に繋がり、需要は乗 数的に拡大する。 ③合理的期待形成学派…人々は政府政策の効果を合理的に予測し行動 するので、経済政策は経済の実体面には影響 ない⇒人々は貨幣錯覚を起こさず、ケインズ の裁量的財政・金融政策の一時的効果も否定。 a.ルーカス批判(ルーカス・クリティーク) 政策当局は政策効果を見定める場合、常に人々の期待形成に注 意するべきなのに、現実には全く注意を払っていない。 b.クレディビリティ仮説 政策当局の信頼度(credibility)が政策効果に影響を及ぼすこ とを指摘。政策当局が人々の反応を想定して政策を遂行しても、 信頼度が低いと人々は政策当局の想定する行動をとらない。 c.時間的・動学的非整合性 政策立案時に最適な政策も、時間の経過で経済状況が変化する と最適でなくなるという指摘。
2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ クロ経済学/有斐閣」 9 ④リアルビジネスサイクル理論(実物的景気循環理論) a.景気循環は、マネーサプライや物価水準など貨幣的要因以外にも、技 術革新など「実物的」供給サイドの要因の不規則変動で引き起こされ る。この不規則変動は人々の消費行動・供給行動を変える。 ※ここでいう景気循環は財市場の供給である(完全雇用)国民所得の変 動を指す。古典派の二分法では貨幣世界と実物経済(財+労働市場) は無関係。よって、財市場の供給の変動は貨幣的要因にならない。 b.市場の不均衡は価格メカニズムで解消される。 ★ケインズ系譜の経済政策 ①ニューケインジアン…市場の不均衡に価格メカニズムは不完全。価格は 人々の合理的行動の結果硬直的になり、不均衡に 瞬時に対応できない。 a.メニュー・コスト理論 レストランが材料費のコスト変化に合わせてメニューの値段を日々 書き換えるのは却ってコストがかさむのと同様、企業も日々価格を変 化させるのは好ましくなく、価格は硬直的になる。 b.労働契約理論・効率賃金仮説 賃金の下方硬直性(賃金が経済状況に応じてすぐ動かない)を、企業 や労働者の合理的選択の結果とする理論。 労働契約理論は、労働者は企業と固定的な賃金契約を結んでいる ので、労働市場の動向によって賃金を変えることはないという指摘。 効率賃金仮説は、労働サービスの取引は相互の信頼関係に基づく長 期的な関係と捉える必要を指摘する。すなわち、労働の効率(能率)は 労働者のやる気にかかっている。よって、労働市場に失業者がいるか らといって、即座に賃金を低下させると優秀な労働者は集まらなくな り、企業は賃金引き下げに消極的になる。
2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ クロ経済学/有斐閣」 10 ②サプライサイダー(供給重視の経済学)…ケインジアンや古典派とは別 に、マクロ経済の動きの決定で供給面を重視し、マクロ経済活性化に は、生産要素の有効利用や設備投資の促進をもたらす政策的対応が必 要と強調する。マネタリストの理論と共に、レーガン政権(1981~1988) の経済政策(レーガノミックス)の理論的支柱になった。 a.減免措置の提唱 サプライサイダーは供給面を活性化させる必要がある。従って、労 働者の勤労意欲を高めるためには個人の所得税の減税、企業の資本蓄 積(生産設備の蓄積)を図るためには企業の投資減税を提唱する。 b.ラッファーの主張 ラッファーは税率を上昇させると税収も増加するが、臨界点 A を境 に企業や労働者の様々な意欲を阻害する(ディスインセンティブ)ため、 経済が停滞し、却って税収の減少に転じると主張した。サプライサイ ダーの減免措置の理論的根拠となっている。 ※自動安定化装置(ビルトイン・スタビライザー) 景気が悪化すると、政府の行動を待たずに、制度的(自動的) に税率軽減や失業保険の給付が行われて需要を支えること。政策 発動までのタイム・ラグ(=内部ラグ)を伴わない。 Ex.累進課税制度…所得に応じて税率が異なる制度。景気の悪化
2008 年度慶應霞会 参考:伊藤元重著「入門経済学第2版/日本評論社」, 賀川昭夫等著「First Step マ クロ経済学/有斐閣」 11 は所得額の減少はそのまま税率の軽減につな がる。 失業保険………景気の悪化で失業した者は、申請すれば自動的 に失業保険を給付される制度。