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ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知 : ヤンゴン・アシェジョーゴン地区チンロン場を事例として 利用統計を見る

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(1)

ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知 :

ヤンゴン・アシェジョーゴン地区チンロン場を事例

として

著者名(日)

松尾 綾

雑誌名

白山人類学

10

ページ

99-128

発行年

2007-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002372/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

(2)

白山人類学 10号 2007年3月

ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知

ヤンゴン・アシェジョーゴン地区チンロン場を事例として

松 尾 綾* [[hcit Knowledge of Myanmar Tbeaditiona1 Spor・t C九εη’oπ:   ACase in the O九inton Play Hal1, Ashe Jogon, Yangon       * MATsuo Aya Chinlon is a traditional sport commonly played in Myanmar. Players keep tossing a cane−made bal1 With their feet. The purpose of this paper is to clarify the context for the formation of tacit knowledge of C1血tlon With a Sport Anthropology point of view,      The tacit knowledge that Michael Polanyi advocates has some precondition. It is difficult to translate in language, also the width and depth of cognition depends on a person. In my opinion, the tacit knowledge is formed through physical knowledge, and it’s more immanent. Therefore, the paper first defines what the“tacit knowledge of Chinlon”is, and explains who the notion of“intermediate players”are.As a Japanese player myself,1 have been practicing Chinlon for over two and a half years in Myanmar and Japan、 Following techniques were used in the fieldworl(for the paper, fixed point observation in the Ch血lon play haU and interViews With the players. As a result of the analysis, the foUowing pomts were clarified. ln Chin]on play hall, good practical instruction is proVided naturally and satisfactorily, and the place has become a part of their hfe for, people who visit、 Hence it is found that Chinlon is a虹fe−long sport. Besides, the player’s dally connection has invented the system called player temporary staffing, Moreover, the influence from Buddhism is seen by manners in play, and there is a spirit of just“give and take”is clearer.It has been confirmed that the secret of progression of playing is based on traditional sense of beauty血sk沮s and master apprenticeship relationship.      The paper concludes that Chinlon’s tacit knowledge is formed With three elements,i.e.,“Player”, “Place”, and“Cognition of the tradition”. In summary, the more closely these three elements are intertwined, the easier Chinlon’s tacit knowledge is formed. キーワード:チンロン,暗黙知,身体知,場,伝統 Keywords:Chinlon, Tacit knowledge, Physical knowledge, Place, Tradition *白山人類学研究会会員;Hakusan Society of Anthropoiogy, Toyo University,5−28−20,   Tokyo,112−8606/aya.moemoekyaw@gmaU.com Hakusan, Bunkyo,

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序章 課題と方法 1本研究の視座  この研究は,ミャンマーの伝統スポーツである「チンロン」1)を取り上げ,スポーツの行為 空間であるチンロン場を観察の拠点としながら,チンロンのプレイそのものとプレイヤーの双 方に迫りつつ,このスポーツ特有の「暗黙知」について,スポーツ人類学的な立場から考察を 加えるものである。  最初に,スポーツ人類学[宇佐美2002:3−6]という学問領域について少し説明しておきたい。 この学問は,対象をスポーツに変えただけの文化人類学ではない。あらゆる人類学の基本とな る参与観察という方法に,他とは大きく異なる点があるのが特徴である。あるスポーツを囲む 社会に身を置いて,できるだけ現地の人々の視点に並んで観察をし,考察をすること自体は同 様である。しかし,調査方法に対する姿勢はそれだけに留まらず,当該スポーツを継続的に実 践することにより自身の身体感覚を伴った上での観察や考察が行われるのである。つまり,ス ポーツ人類学には,観察者という客観性とプレイヤーという主観性が同居しあうなかで理解で きる,スポーツそのものとスポーツ文化を研究できるという持ち味[宇佐美2002:39]があり, それゆえ実践的な応用が可能になりえる分野なのである。  それでは,研究をすすめるにあたり,問題を解く手がかりとなる二つの用語の整理をしたい。 一つ目は,「身体知」である。筆者の考える身体知とは,「自分の体を使い込んでいく中で身に つけた技術と,その過程で習得している身体動作に関する知識との集合体」をさす。二つ目は, 「暗黙知」である。この用語は,我々は語ることができるより多くのことを知ることができる という事実に基づくマイケル・ポラニーの提唱した暗黙知[ポラニー1980]の概念を用いなが ら,次のように定義したい。暗黙知とは,「身体を媒介として形成されている,意識に埋もれ ている認識」である。筆者は,「暗黙知は身体知を通して形成される,より内在的なもの」と 考えており,両者は次元の異なる知識と位置づけをしている。  次に,暗黙知の前提となる行為にっいて説明しておきたい。私達がカラダを媒介として知る こと,また,カラダ自体が主体となって知るものとは,感覚としては理解していながらも,言 葉を用いた時に明確に表現できないことが多い。つまり,第一に言語化が困難であることがあ げられる。次に,仮に対象が同じである場合でも,個人によって経験や体得するものに違いが あることは容易に推測できる。そのため,そうした個人による身体知の違いから,第二には, 1)チンロンについて用語の解説をしたい。本来ミャンマー一一語では「チン」とは籠や籐をさし,「ロン」と  は丸いものをさす。ただし,「チン」のみでチンロンのボールそのものや,スポーツとしてのチンロン  をさすこともある。本文中のカタカナで示した現地語については,一定の記述方式に従っているわけ  ではなく,実際に耳に聞こえるものをそのままに記してある。

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松尾:ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知 認知の幅や深さが異なることがあげられよう。  こうした前提条件がそろう暗黙知を,果たして読み解くことができるのか。その方法として, 目の前で起こる現象に対し,自らの身体知を頼りにした情報収集を進めることで,多少なりと        ロも可能性が見いだせると考えた。それは,筆者自身が既にチンロンの初級プレイヤーでもある という事実に基づいている。このことは,先に触れたスポーツ人類学の持ち味を通して読み解 いた,チンロンの内感をもとにするということである。具体的には,スポーツの行為空間であ るチンロン場を中心に,そこへ出入りする人々,そこで起きた事象,また周辺地域に注目し, 同時に当該スポーツに触れることで,解読困難とされる暗黙知も捉えられるのではないだろう かと考えている。従って,この研究における「チンロンの暗黙知」とは,「チンロン初級者と いう立場から捉えた,チンロンの中級以上のプレイヤーに共有されている知識ならびに感覚」 と定義づけることにしたい。  ここで,定義の解説をしよう。分析者をチンロン初級者とするのは,現段階での筆者の立場 や見方がそれにあたることと,この先,筆者が中級レベルに達した段階では,暗黙知の見方が 異なるであろうことが,あらかじめ予測されるからである。また,対象を中級者以上と絞るの は,プレイヤーの身体知がある一定レベルを獲得済みであることに等しく,そのことは同時に, 暗黙知が表出される確立が高いことを意味しているのである。このことは,上述した暗黙知の 前提条件によるところが大きい。  次に,チンロンの中級者以上を明確にするものとしては,次の三つを条件と設定する。一つ 目は,後述する六つの基本技術(II章一1)が,実践ゲーム中に自然に使える状態にあることで ある。二つ目は,チンロン界に身を置く人々から,実践での蹴り姿について「味がある」「美 しい」といった評判をすでに得ていることである。三つ目は,アフラカチンと呼ばれる祭りへ の出場回数の多さである。チンロンの場合,段位制を取っているスポーツとは異なるため,プ レイヤー一・一の技術レベルを明確にするものが存在しない。加えてプレイヤーの経験年数は,技術 的なレベルに比例はするものの,身体知の習得レベルが個人によってまちまちなために,一概 に何年以上と特定することはできない。そのため,後述するアフラカチン(II章2−3)の出場 回数が,既に数えることが出来なくなった状態にあることが目安となる。従って,これら三つ の条件を満たす人を,中級者以上と位置付けすることにした。  以上述べてきたように,本研究は「チンロンの暗黙知」を形成するものの一端を明らかにす ることを目的とするわけである。 2先行研究の検討  これまでのチンロンに関する先行研究を整理すると以下のようになる。  (1)ミャンマー語による「技術解説」と 「精神的側面の解説」と「歴史」資料

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 (2)英語や日本語による「表面的な」スポーツ紹介  (1)については,ウバゾの『チンロンを蹴って遊ぶことの歴史』[eS。っceっ1968],チンウバテ ィンの『ミャンマーのチンロンの歴史』[邑&§・。っSS↓: 1985],ミャンマーチンロン連盟の『チン ロンあるいはミャンマーのスポーツ』[C・↓・?邑E:a?:ng.¶1δ1964]の三冊がまずはあげられる。い ずれも,ミャンマー人プレイヤーによってつくられたものであるため,チンロンをする上での 心構えから,実践でのルールや歴史的事実が綴られており,チンロンというスポーツそのもの, またそのスポーツ文化を研究する上で,大変有益なものである。しかし,現在,日本語での翻 訳が進められてはいるが,現状としてはミャンマー語による原著しか存在しない。  また,上記二冊以外では,日本人研究者によって書かれたミャンマー語による一本の論文 [eg。。82006:1−11]がある。これは,ある一人のチンロン指導者に注目して,その指導方法を 観察,また研究者自らも指導を受けることで,動きの伝授や,伝承者誕生までの原理を検討し たものである。よって,身体知を扱う論文としては参考になったが,筆者の扱う暗黙知にっい ては触れられてはいない。  (2)については,チンロンのプレイヤーでない人達によりつくられた,旅行会社のホーム ページ2)やガイドブックでのコラム[土橋1997:118−121]や,遊戯事典での一項目[士佐 1998:397−398]などである。これらは,当該スポーツの持つ規定の認識に誤りがあったり, その情報量白体も少なく内容は充実したものでない。また,チンロン連盟による海外向けに 制作された英語字幕入りのVCD[Myanmar Chinlon Federation 2006]については,映像資料と しては価値があるが,全編が15分程度のものであり,一般に市販され公開されているもので はない。他には,映像資料として最も充実したホームページ3)が近年になって立ち上がった。 これは,チンロンのカナダ人プレイヤーが作成したサイトではあるが,当の本人が手がけたド キュメンタリー映画『Mystic Ball』の宣伝向けの観が否めない。  また,上記の二っに当てはまらないもので,チンロンに関連する次項を取り扱ったいくつか の研究報告[時本・宇佐美1999:113−122;2001:105−116]がある。しかし,それらは本題がミ ャンマーのスポーツ組織を分析するものであるため,チンロンの団体組織の位置づけを確認す る上で役には立っが,スポーツそのものや,スポーツを取り巻く社会的な背景について触れら れてはいない。以上をまとめると,本研究が対象とする「チンロンの暗黙知」については,こ れを正面から取り扱った研究は存在していないわけである。 3フィールドワーク  次に,調査データの収集方法について説明したい。調査データの収集は主にフィールドワー 2)http:〃myanmartravelinformation.com/mti−myanmar−cUlture/chinlon.htm(2006/Il/13) 3)http:〃www.chinlone.com/index,html (2006/11/13)

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松尾ニミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知 クによって得られたものを用いたが,他には,関連する文献の収集もおこなった。フィールド ワークについて,具体的には,プレイヤーの個人的・社会的な諸条件(年齢・チンロン歴・身 内でのチンロン愛好者の有無・職業・住まい)に注目するために,参与観察を中心としたチン ロン場での定点観察と,インフォーマル・インタビュー4)の形式を取って調査を進めていった。 インタビューは,通訳を通して聞き取りにあたった。  また,チンロンそのものの身体知を掴むために,自らのトレーニングがデータの収集に際し て大きく役立った。本研究に関連する調査やトレーニングは2004年9月より始められ,2007 年2月現在に至るまで,延べ160日間をかけて現地にて行っている。このように,フィール ドワークは断続的に,トレーニングは日本での自主練習を含めると継続して進められた。最後 に,現地調査だけでなく,トレーニングからも直接・間接を問わず,この研究のデータとして 得るものが大きかったことは強調しておきたい。

1調査対象の概観

1チンロン場の地理的・社会的背景  調査地区は,東南アジアに位置するミャンマー連邦の首都であるヤンゴン中心部より,車で 40分程北上した郊外に位置する。この辺りのジョーゴンという区域はさらに東西二つに分か れており,西と束の境界線となるインセン通り(ヤンゴン中心部に至るバス通り)の東側(ア シェ)から,街一番の大きく有名なパゴダの敷地内までの地域を,アシェジョーゴン地区とい う。ミンガラドン空港からは車で10分程の距離であり,その人口は推定5)15,000人とされて いる。街は,全長約4キロメートルのメインストリートであるマハトゥキッダ通りを中心に商 店が立並んでおり,メイン通りの両脇には,1番通りから10番通りまでの細い小道が横切っ ている。そこには住宅が密集しており,2つの小学校と一つの中学校がある。また,ところど ころに,鍋や容器を作るアルミ加工業や,パイプを作るプラスティック加工業の他,縫製業を 営むいくっかの工場も点在している。  この研究の主たる調査対象であるチンロン場は,10番通りに面している。通常,四方を壁 4)本文中のインフォーマル・インタビューとは次のようなものである。(1)聞き取りのt’1台となる質問を  あらかじめ用意する。(2)本番インタビューの事前に,通訳者には個々の対象者に対する筆者の意図す  るものを丁寧に伝え,質問の言葉に食い違いが起こらないように注意をしてもらった。(3)本番では,  準備した質問の順番で一応は進行されるが,インフォーマントの回答内容にあわせて,その場で質問  の順番や聞き方を変えていく偶発的な方法が取られることも多かった。また,インタビューは,あら  かじめ長めになると予想できる対象者には事前に日付や時間のアポイントを取ったが,それ以外はチ  ンロン場内で顔を会わせた時の状況により順不同で行われ,一人あたり約15分から30分を要した。 5)調査時において対象地区の正確な人口数は把握されていない。本文中の数字は,区役所や地区住民に  尋ねた際に返ってきた大まかなものである。

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に囲まれたチンロン場が多い中で,四隅に柱,その周囲を金網で張りめぐらせるのみという造 りになっているのが,アシェジョーゴン・チンロン場の特色である。降りつける雨が強い時に は,金網の外側にシートが下ろされることがあるものの,普通は通りから中の様子がよく見え る。身内や顔見知りがそこに居るのを簡単に確認でき,誰でも気軽に声をかけることができる のである。  チンロン場のすぐ隣には喫茶店があり,その道沿いには,他にも数件の店が軒を並べている。 飲み物や菓子類,揚げ物や麺類など,軽食を取り扱う店がほとんどなので,地元の人が買い物 や休息によく訪れる。同じ通りに面して,道の反対側にはチャウトージパゴダがある。信仰深 いミャンマー人が朝な夕なに通う大きなパゴダである。チンロン場前には,その道すがら,お 参りや買い物がてらに足を止める人がかなり多い。  また,しばしば起こるヤンゴンの停電も,このチンロン場に限っては,先のパゴダが近くに あるために電力の供給が非常に良い。明かりは人を呼ぶ。暗くなってもチンロン場のコートだ けはこうこうと照らされているため,金網越しにもいっしか人が集まってくる。チンロン場内 で行われている練習やゲームといった光景は,通りすがりの人にとっては足を休めるきっかけ の場として,またチンロンに興味を持つ人にとっては娯楽の場として楽しまれている。アシェ ジョーゴン・チンロン場は,こうして昼夜を問わず,人々の交差点となっているのである。 2チンロン場の設立から運営  このチンロン場では,2月の満月である「ダボドェ月」をさかのぼった十日間6)において, 大々的な祭りが行われる。この祭りは,チンロン場のはす向かいにあるチャウトージパゴダと 密接に関係している。全身大理石からなる巨大大仏が,2000年にミャンマー中部の都市マン ダレーから,ここアシェジョーゴン地区にあるチャウトージパゴダに運ばれた。到着後,一年 以上の歳月をかけて,細部の彫刻がほどこされ,同時に仏塔の建立が進められた。その大仏が 祀られた2002年には,同パゴダ敷地内に建てられた特設会場にてチンロンが披露7)された。 これ以降,チンロンは恒例行事となり,アシェジョーゴン・チンロン場が中心となって毎年 「ローカーチャンダーチンポエ8)」と呼ばれる,チャウトージパゴダのチンロン祭りが行われ ているのである。  ただし祭りの会場は,当初から現在のチンロン場が使われていたわけではない。祭りが初め 6)2007年度は政府の許可が下りず,祭りの期間は1月26日から30日までの五日間であった。 7)ミャンマーでは,祭りなど祝い事の際に伝統スポーツが行われることが多い。チンロン以外には,伝  統スポーツとしてミャンマー式キックボクシング(ラッウェ)の例もある。また,事例としては大変  稀であるが,チンロンは葬式の際にも行われることもある。 8)ローカーチャンダーとは,石から切り出して作った仏像を意味しており,ポエとは祭りのことをいう。  チャウトージパゴダは,ローカーチャンダーの俗称になっている。

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松尾1ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知 て行われた2002年については上記のとおりであるが,続く2003年,2004年にはパゴダ敷地 内ではなく,チンロン場の建設予定地となっていた空き地に作られた特設会場で行われた。そ の当時,チンロン場は区役所に併設される別の場所(1番通り)に存在していた。しかし,チ ャウトージパゴダの祭りに伴い,チンロン場の移設が行われ2004年11月に現在の新チンロ ン場が建てられたのであった。現在の新チンロン場が建つ土地そのものは区の所有地ではある が,資材については旧チンロン場の廃材に加え,多くがチンロン愛好者や地区住民の寄付によ って賄われたという。  チンロン場は,平日と週末,また催事日9)とで使われ方が異なる。一般的な利用状況は, 表1に示したとおりであり,夕方前には子供用の練習場所として使われ,夕方以降は大人用の スポーツの実践の場として使われている。このような時間帯に利用されるのは,プレイヤー等 の諸事情に関係しており,詳細はIII章で述べたい。 表1チンロン場のタイムスケジュールと活動内容 時間帯 月∼金曜日 土日       催事日 8:00∼9:30 子供午前トレーニング 15:30∼17:00 子供午後トレーニング 子供午後トレーニング 17:00∼17:45 大人1回目ゲーム 大人1回目ゲーム 9:00∼19:00まで S5分刻みのゲーム 17:45∼18:30 大人2回目ゲーム 大人2回目ゲーム 18:30∼19:00 大人3回目ゲーム 大人3回目ゲーム  また,チンロン場がどのように運営されているのかについても確認をしておこう。下に示す のは,場内に掲げられているボードの一つである。 ・スポーツをする服装10)で蹴って下さい。 ・使用料を払って下さい。 ・ゲームに参加する場合は1回50チャットとなります。 ・当チンロン場のオープン時間は15−19時11)となります。 9)チンロン祭りとは別に,年間を通して数回,祭りや施設維持の資金集めのためにチンロンの催しが行   われる。催事日には,いくっものチームが参加し開始から終rまで絶え間なくゲームが続く。 10)ここではミャンマーの日常着であるロンジーのたくし上げではなく,必ず短パン着用が求められてい   る。 11)時間については次の理由がある。平日は皆,学校や仕事があるために三時以前には事実上プレイヤー   が存在しない。ただし,休日など蹴り手がいる場合には,午前中から使用されることもあるが,通常   告知としては掲げていない。また,夜七時以降は,練習場裏手にある僧院の瞑想時間にあたるために,   静けさを配慮してのことである。

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・ゲームはお一人様1回のみ12)です。 ・月額制なら,ひと月1000チャット,毎月1日に徴収いたします。 ・規則を守って使用して下さい。お客様は大歓迎です。  ここには,服装,利用時間,使用料,集金方法の一般的な注意が記されており,料金を支 払えぱチンロン場は地区住民以外の外部の人でも利用可能である。また,集められた資金は, 設備修繕の他,年に一度の祭りのための準備に充てられる。服装と料金についての注意以外, 2005年9月時点まではこうした決まりはなかったが,10月に施設利用のためのルールが整備 され告知された。こうした施設利用にっいての約束事は,このチンロン場に特有のものではな く,マンダレーにおいても同様に存在しているという13)。  上述したようなチンロン場の管理運営は,ここの主要メンバー11名が中心となり行われて いる。このうちの一人の話によると,代表・副代表以外は特別な役職はなく,皆が協力して運 営が成り立っているという。そのため,ここではメンバーに分担されているといえる彼等の役 割を便宜的に記してみることにする。 代表14):1名   副代表:2名   外部への会議出席者:2名 経理全般担当:1名   出納係:1名   設備管理:4名  なお,施設の鍵の管理にっいては,チンロン場隣の喫茶店で保管され,施錠については,最 初と最後に出入りしたプレイヤーにより行われている。  代表と副代表を除いたメンバーは,各担当の責任者としての意識こそ低いが,それぞれがこ うした得意分野を受け持っている。このことは,役割が明確化されていなくとも,団体として の活動が機能していることを示しており,少なくとも上記に挙げた役割が存在することで円滑 な運営がなされているとみることができる。  しかしながら,チンロン場の床の張替えや,ペンキ塗り,周囲の草刈りなどは,役職者を問 わず,その場に居合わせた人が自発的に参加して行われている姿が観察された。加えて「運営 会議」と称する会議が定期的に開催さることもないのである。つまりは全ての活動が,「何か 12)一人が立て続けにプレイするよりも,大勢の人が平等に蹴られるようにという配慮からとのこと。当  然,次のゲームが六人以下で蹴り手不足である場合には,この限りではない。 13)2005年11月観察時において耳にしたマンダレー在住ウラハンからの情報。 14)この人物はチンロン場の代表であると同時に,この地区の区長を務めている。ミャンマー語で「オカ   タ」と呼ぶこの言葉は,英語のchaimanにあたる為,自他共に両方の意味を込めて使われているが,   ここではあえて訳を代表として使用した。

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松尾:ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知 あれば手の空いている人がそれに取り掛かるのが自然なことになっている」とみて差し支えな いであろう。 3チンロンの組織  次に,アシェジョーゴン・チンロン場が組織としてどのような位置づけであるのか確認しよ う。ミャンマーにおけるチンロンの組織は,国家の組織構造の中に明確に位置付けられている。 それは,以下の組織図[時本・宇佐美2001:107]のとおりである。  図が示すように,チンロンはミャンマー・オリンピック・カウンシル15)の傘下にあり,具 体的にはミャンマー・オリンピック委員会の下部組織となる36のスポーツ団体の一っ「チン ロン連盟」として存在している。注目したいのは,36団体のうち,その名称にミャンマー語 そのものが用いられた二団体16)の中にチンロンが入っていることである。このことは,日本 ミャンマー・オリンピック・カウンシル(8) (H声心r【}U・pic Couハcm {卯政府組剛 ミャンマー ・オリンピック委員会(15} ミ ヤ ンマー ・ スポトーツ . 体育委員会  〔8 )

(H脚田r〔}h叩ie Co娩‘tte■) 〔Uy抱n“r sρ。rt5払nd PE Co鎮itt“)

36のスポ・一ツ団体 州・管区 スポーツ・体育委員会〔9) | アーチェリ・一 2 燈上競技 3 バドミントン 4 パスケットポール 5 ピリヤード 県 スポーツ・体育香員会(7} 8 ポデイーピル 7 ボウリング 8 ラウエイ (ミャンマーボクシング} 9 チェス 10 テンロン 郡 スポーツ・体曹書員会(5) 11 自転車 ㍑ 障害者ス,,ξ一ツ 口 乗馬 14 サッカー ‘5 ゴルフ 地区・小村 スポーツ・体育喬員会(3) 16 体操 」7 登山 ‘8 フィールドホッケー 寧() 内は、構成人数 19 柔道 ll緊ト スポーツ省 (政府組損) 22 セパタクロー 〔田i川3try of Sp。rω 23 水泳 24 射撃 25 スポーツライター      3【 パレ・一ポール 26 卓球      32 ウエイトリフ〉イング 27 テコンドー        33 女性スポーツ 28 テニス      34 ヨット 29 タイン(ミャンマー武術〕 35 武術 (中国) スポーツ・体育専門学校 スポーツ・体胃局

30 伝統スポーツ      36 スカイダイピング (ln5tit“e。f PE} ωepart囎nt of Sport3ばnd PE)

加寸×刈1︵代、r刈︶SX斗っー.×車峰介違浦曲功爵VN叩﹀ 図1ミャンマーのスポーツ行政関係図  出典:時本・宇佐美[2001:107] 15)ミャンマーのスポーツ組織として興味深いのは,政府の組織であるスポーツ省よりも,MOCの方が   上位組織である点といえる。このことは,非政府組織であるMOCの方に,実質上の権限があること   を示している[時本・宇佐美2001:105−116コ。 16)ここで組織図に誤りがあることを提示したい。36のスポーツ団体のうち,8番目に該当するラウェイ   (ミャンマーボクシング)の記載についてであるが,正しくは「インターナショナルボクシング」と   のことである。情報訂正については著者の一人である宇佐美より確認。よって,本文中の二団体にあ   たる,チンロン以外の団体とは,29番口に該当する「タイン(ミャンマー式武術)」のことである。

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語への翻訳が不可能であった二つのスポーツが,明らかにミャンマー独自のものであること を示している。また,チンロンが伝統スポーツ連盟17)の一スポーツ種目という枠に治まらず, 独立したスポーツ団体として活動していることは,多少なりとも組織の勢力や,その規模の大 きいことがうかがえる。  最後に,アシェジョーゴン・チンロン場の位置付けを明らかにしておきたい。チンロン連盟 の傘下には,州や管区の行政区分を基本とした下部の団体が組織されている。しかし,ミャン マー全土を正式に分割する14の州・管区において,チンロンの下位団体が組織されているか は現時点で不明である18)。いずれにせよヤンゴン管区では,チンロン場を一つの団体の単位 としており,現在18のチンロン場が確認されている。アシェジョーゴン・チンロン場は,こ の中の一っの団体として位置付けられているのである。

IIチンロンの基礎知識

1基本技術

 このスポーツを規定する枠組みとして重要なものに,ボールが足に触れてよい箇所が限定さ れていることがあげられる。写真1から6はその箇所を示すものである。それでは,チンロ ンを蹴る際の基本的な技術を,身体の六部位にわけて説明する。なお,カタカナでの表記はミ ャンマー語を,コロン後方は,その訳を表記している。 1)チービャー:爪先  通常爪先とは,爪が生えている指の先端部を指すが,チンロンではそれとは別の部位が指し 示される。足の指を上向きに反らせると,指と甲との間にほんの少し窪地ができる。チンロン でいうところのチービャーとは,その窪地を作った状態での,親指と人差し指の付け根部分を 指している。  ボールを正確に目的の場所に送るには,ボールを上手くコントロールすることが必要である。 コントロールに関わる基本的な要素は,足の方向,その角度,そして蹴る際の力の入れ具合19) 17)伝統スポーツ連盟のパンフレットによれば,現在,連盟には,ミャンマー式キックボクシング・凧揚   げ・綱引き・ミャンマー式鬼ごっこ,の四種目が登録されている。 18)2006年9Aの調査において,ミャンマー北部のカチン州にあるナマティ地区を訪れた際,現在チン   ロン場建設に尽力しているメンバーに出会った。彼等は,地元のチンロン愛好者であり,自発的に役   員を結成しつつ資金集めと土地の選択にあたっていた。以上の段階であるため,ナマティ地区は現在   のところ,組織には未加入である。今後の彼等の活動にも注意を払い,カチン州の下位組織の確認も   していきたい。 19)上級者になるとボールを爪先付け根部分で受けながら,同時に足指の表面部分にボールをひっかける   ようにして蹴り,回転速度を故意に操作することもある。

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松尾1ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知 写真1 チービャー 写真2 ドゥー 写真3 チークイン 写真4 ポワア 写真5 パナウ 写真6 パミャ 写真1−6の出典:宇佐美隆憲(東洋大学ライフデザイン学部教授)所蔵の写真 にあるといえる。ここで蹴るという動作について考えてみたい。最も自然に使われるのは,や はり足の甲である。このことは,数ある技の中でも最後にチービャーを使ったものが圧倒的に 多いことにも示されている。その意味で,ボールコントロールの中心となる身体の動きは,こ のチービャー一一に集約されており,チービャーがチンロンの基本とされていることがわかる。  本格的に修行を志す者には,チービャーでの連続蹴りの練習が課せられる。連続100回を

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第一の目安とし,続き500回,1000回という回数を越えることで,コントロール術が身につ くとされているのである。  しかし,そのボール練習の前に,さらに重要視されるのは型の練習である。チービャーの場 合には,型づくりのために初期の段階から素振り練習を2000回も要求されることがある。そ こでは,型が繰り返し行われることで,プレイヤーに身体感覚の刻印がされていくのである。 また,こうした型練習は,蹴る側の足だけでなく,立ち足や腕などの筋力強化にもつながって いる。 2)ドゥー:膝  膝といえば,屈伸運動には欠かせない身体の間接の一部分である。しかし,チンロンでドゥ ーと呼ばれる箇所は,実際には膝ではなく,腿の部分,それも膝頭に近い辺りを指す。  一般に腿上げと呼ばれる身体運動があるが,それと同様な動きで,できるだけ腿を真上に引 き上げる。ドゥーとは,腿上げ中にボールを受け,そのまま蹴り上げる技である。体の前方は もちろんのこと,膝を体の真横に上げた状態で用いられることもある。 3)チークイン:内足  チンロンをする際,チービャーに続いて大事な技術がチークインである。使う部位としては, 土踏まずの横,アーチの側面部分を指す。チークインは,内股を開くようにして膝を上げなが ら蹴る。この時に,膝が地面と平行になるように足を高く上げる方が,受けるボールも安定す るため,よしとされている。 4)ポワア:足の裏  ポワアの場合は,その言葉どおり足の裏を指すのであるが,さらに厳密にいうと,足裏の前 方部を指し示している。それでは,右足でポワアを使う場合を説明しよう。まずは左足で立ち, 上体を大きく左にひねる。次に,立ち足に対して垂直以上になる高さまで右足をあげ,そのま まボールを蹴り上げる。この時,足裏全体を受け皿のように反らせ,そのまま足裏でボールを 持ち上げるように蹴るとよいとされる。 5)パナウ:踵  チンロンでいうところのパナウとは,実際には踵ではなくアキレス腱のことを指している。 パナウを使う時は,腰を大きくひねり,立ち足の裏側から蹴り足を交差させる。その状態でボ ールを待ち,ボールが落ちてきたところをアキレス腱を用いて蹴り上げる。

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松尾:ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知 6)パミャ:外足  この技は,自分の後方に飛んできたボールを受ける技であり,蹴り足となる外足部が地面と 平行な状態に構えるのがよしとされる。  チンロンでは,これまでに挙げた六部位の他に,肩・頭・背中・尻・肘・脛を用いてボール が蹴られることもある。しかし,それは本来使うべき足が追いつかない状況のあくまで補助的 な場面や,祭りでの明らかな娯楽的要素が求められている場面で用いられるものである。つま り,上記六つの基本技術を使うこと(部位として数えると左右あわせて12箇所のみ)が正統 な蹴り方とされている。現在チンロンには百種類程度の技があるとされているが,最終的にボ ールを蹴るのは,これら六部位のいずれかが用いられる。あとはジャンプ,回転ひねりや反 らしなどといった身体の動きの組み合わせにより,技のバリエーションが広がっているのであ る。 2プレイ・スタイルの三形態  チンロンのプレイ・スタイルを分類すると,三っの形態に大別できる。それでは,三形態の それぞれが,どのような場面で,どんなプレイがされるのかを順を追ってみていこう。 1)競技形式  この形式は,勝敗を決することを目的としており,それは大小様々な大会で行われる。一チ ーム六人制であり,試合時間は30分間である。大会は,規定の種目数を目安にレベル分けさ れており,通常は四種類と六種類の二つの競技種目が存在する。競技空間は次の図のようにな っている。       JJ∠GO   図2競技用コート 出典:〔i&§3。う03{:[1969:106] 競技開始前にボールが置かれるのが中央の黒点である。外円20)までが競技空間であり,こ 20)外円は直径22フィートであり,内円は12フィートとなっている。また,中心部の黒点の直径は5イ   ンチである。

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の線を越えると減点対象となる。試合進行については,事前に与えられた共通課題(規定の種 目)を五分毎に区切られた時間内で行い,その達成度により順次ポイントが加算されていく。 また,その際ボールが床に落ちたり,プレイヤーが競技空間となる外円を超えると,一点の減 点となる。各チームは最終的なポイントの合計数によって順位を競い合うことになる。そのた め会場には必ず審判員がおり,得点ボードが常備されている。 2)個人ショー形式  この形式は単独プレイで行われるのが一般的であり,プレイヤーの多くは女性である。彼女 等が活躍する場としては,競技大会の途中のショータイムや,祭りの最終時間帯である。この 形式の特徴は,プレイヤーがボールを蹴りながら,別の動きも平行して行うという見事なバラ ンスカを披露することにある。その小道具として,ボール以外に縄跳びや踏み台,リボン,瓶, 大小の輪などが用いられる。そのため舞台には,プレイヤーの他に,こうした小道具を受け渡 しする補佐役が必ず一,二名いる。  つまり,個人ショー形式とは,常に大勢の観客が見守る中で,完全なる娯楽を提供する立場 にある。このことは,彼女等がスポーツのプレイヤーというよりも,むしろエンターテイナー としての位置づけが観客から与えられていることを意味しているのである。 写真7(左)最大16個のボールを保持する芸人 写真8(右)高所でのパフォーマンス 写真7,8とも筆者撮影 3)ワインチン形式  ミャンマー語のワインとは日本語で「輪」の意味を指す。つまり,ワインチンとは人々が円 陣を組んでチンロンを蹴ることであり,そうしたゲーム形式の名称である。

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松尾:ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知      図3ワインチンをする人々 出典:ミャンマーの5チャット紙幣の裏面より抜粋  ワインチンは,ある程度の空間があればプレイ可能であるため,男性21)の間ではチンロン 場以外でも,空き地や道端などで遊びとしてよく行われている。ここでは,それらを便宜上ス トリートチンロンと呼ぶこととする。ストリートチンロンとチンロン場内で行われるワインチ ンでは,プレイ時間やプレイヤーの人数の制限が異なる。前者は特別な制限は設けずプレイさ れるのに対して,後者はプレイ時間やプレイヤーの人数が,競技に準じて行われているといえ る。両者に共通するのは,競技のような得点制を取らないため,勝敗とは無縁の,純粋にプレ イを楽しむことといえる。  さて,ここでワインチンの中でも,ストリートチンロンの対極にあるものとしてアフラカチ ンと呼ばれる別の形式にっいても少し触れたい。アフラカチンが行われるのは,祭りや,チン ロン場の特別な催しのみ22)である。また,ミャンマー語で「アフラ」とは,日本語で「美し い」,「カ」とは「蹴る」の意にあたる。っまり,「美しく蹴るチンロン(アフラカチン)」とは, 観客のいる場においてプレイヤーの蹴り姿やゲームの展開など,ワインチンというプレイ全体 に美しさが備わっているものが指されるのである。通常のワインチンはあくまでプレイヤーが 自分達のために楽しむものに過ぎないが,アフラカチンには美しいと評価されうるレベルが求 められている。アフラカチンプレイヤーはそのことを自覚しながら蹴り,観客は彼等のプレイ に期待し,感動を求めるのである。 21)ワインチンプレイヤーには女性も見られるが,その数は圧倒的に少ない。ミャンマー人女性の場合,   幼少期には経験があっても,成人してからは自分がプレイすることには興味がなくなるというケース   がほとんどである。その理由として,服装にまつわる文化的な習慣と,ある程度のレベルでなければ   人前で蹴ることに抵抗があるような価値観があるのではないかと考えられる。 22)チンロン上級者同士のワインチンであれば技術も高く,それはどこで蹴ろうともアフラカチンと呼ん   で差し支えないと思うかもしれない。しかしながら,特定の場の設定がない限りにおいては,アフラ   カチンとは呼ばない。

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IIIチンロン場へ通う人々と,そこでの相互行為

 チンロン場に腰を据えて一日を過ごすと,実に多くの人に出会える。この章では,実際にチ ンロン場を出入りする人々のデータをもとにいくつかの分析を試みたい。 1チンロン場の実際  表2は,チンロン場に出入りする人々の滞在時間を示した,ある日23)の午後である。黒や 白のマークは,プレイヤーとしてチンロンを蹴っていたか(黒),それとも誰かのプレイを見 学していたのか(白)を示している。  表の黒と白のマークを見るだけでも,チンロンを蹴らずにただそこに居る人がどれほど多い かがわかるであろう。人によって異なるものの,滞在時間は概ね一,二時間前後である。また, 表2は一例にすぎないが,チンロン場が混み合い出すのは,定点観察を行った13日間を通し てつねに夕方4時過ぎから6時の間で,5時台にはどの日も一番人出が多かった。これは,仕 事が終わってから夕食前の時間帯であることと一致している。  さらに人の出入りを詳しく見ていくと,人々の流れは,そこで行われている練習やゲーム, あるいはプレイヤーなど,内容によって変化していることもみてとれる。知り合いに声をかけ るために場内を出たり入ったりする人もいれば,見学に徹する人,蹴り終えたあとに見学して いく人,ゲームまでの出番待ちをしている人,一度蹴って次のゲームを休み,3回目の時にま た蹴る人などもいる。つまりは,場内にとどまる時間もそれぞれの事情から様々のようである。  それでは,プレイヤーごとに異なる事情を少しでもつかむために,実際に出入りする人々の 主立ったデータを紹介しよう。  13日間を通してみると,皆勤賞の者が三人いる。これらは全員,子供プレイヤーである。 彼等は学校が終わると,決まって三時半にはチンロン場にやってくる。調査当時は九月である が,そのひと月後にチンロンの学生大会が予定されており,このチンロン場から五人(事例7, 20,24,25,26)の子供が選出された。子供の出席率が高いのは,大会出場に向けての熱の 入った練習のためであった。五時からは大人のワインチンの時間に変わるため,子供達は時間 いっぱい練習をし,それが終わると邪魔にならぬように即座に帰るのがつねであった。  子供の次に出席率が高いのは,50代以上の人々(事例32,33,34,36,39,40,44)だっ た。彼等は既に仕事を引退したり,仕事を持っていても早めに帰ってこられるような時間的に 余裕のある人々であった。そのためか,まだ子供の時間帯である四時過ぎから場内に顔を出し, 23)データは2005年9月8日から20日にかけて13日間連続で行った,チンロン場での定点観察の一部  である。

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       松尾1ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知       表2チンロン場に出入りする人々 i:tt.Ods’”.年9.月tt.i.3..日.《災..).「牛’後.ttttttt』’..「.......................’..1”..’...』.’..... ci◆.蹴らて.る..6A.そる...1マニク三.io分単位 .1

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五時からのワインチンまでの時間をのんびり過ごす姿がよく確認された。待ち時間の間はいず れも,目の前の子供の練習に口を挟みながら,ベンチに並ぶ隣同士でのおしゃべりに花を咲か せていた。また,こうした人々は皆,チンロン場の役員を兼ねている。  次に,役員ではあるが,早い時間帯には顔を出さない二人(事例37,38)をみてみよう。 彼等は先の年配組と違い,年も若く仕事が長引いてチンロン場入りが遅くなるのがつねであっ た。そのため,自分のプレイが終わる頃には,ちょうどチンロン場の閉場時間であり,プレイ 終了後はそのまま帰宅となっている。  また,役員であるにもかかわらず調査期間中に一度も現れなかった人にも触れたい。事例 35は,チンロン愛好者であるが当時は仕事のために出張中で,アシェジョーゴン地区には不 在であった。また,もう一人の事例46についてであるが,彼は普段からチンロンを蹴ること がない人であり,偶然の不在というわけではなかった。事例46がチンロン場の役員を務める 理由は,いわゆるチンロン好きとは別のものである。それは,彼の仕事の成功と,その経済力 が関係している。本人も周囲の人も認めるとおり,彼には何よりも「祭り」の時の資金繰りに 関する能力の高さを買われての役員抜擢なのであった。これには,先に取り上げた皆勤賞なみ の事例44と,この事例46とが兄弟であることも関係しているようである。  次に,事例41,42,43をとりあげてみたい。彼等の職業はみな政府の役人である。しかし, 実際にはこの三人はミャンマー切ってのトッププレイヤーでもある。わかりやすくいうと,彼 等は省庁お抱えのチンロン選手であって,ほぼ毎日専門のチンロン場でトレーニングを重ねて いる。加えて彼等の仕事の拘束時間は長く,そのため,地元のチンロン場に足を運べるのは十 日間に一,二度の割合になってしまうのが現状なのであった。  最後に,身内の経験者の有無についてであるが,真面目にチンロン場に通う人の中には,身 内に経験者がいない人もかなりいることが確認できた。 2チンロン場での相互行為と作用  ここでは,チンロン場がどのような働きを持っているのかについての整理を試みたい。その ため,チンロン場でみられる人々の相互行為を取り上げていく。 1)実践教育  チンロンを実際に行う時に,最も注意が払われることに,ボールの飛んでくる位置というも のがある。大きく分類すると,自分の体の前方か後方か,そして,ボールが高いか低いかの四 つである。これが組み合わさった状況を,プレイヤーは瞬時に判断し,状況に対して最も合理 的な技で対応しているといってよい。それを培うために,チンロン場で実践練習がなされてい る。

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松尾;ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知  しかし,その習得に関する方法をみてみると,子供と大人とでは明らかに異なるものがある。 それでは,最初に子供の場合を例に出そう。彼らの練習メニューには,型練習とボール練習と いう行程が必ず含まれる。そこで,あらゆる型を叩き込まれ,ワインチンという実践ゲームに 備えての身体知が獲得されていく。この時,子供は指導者から手取り足取りで体の向きや角度 を直され,同時に言葉でも注意を促される。型やボールの練習が一通り終わり,いざ実践ゲー ムが始まると,指導者や周囲で見学している大人から,子供に向かってたくさんの言葉が浴び せられる。ボールを受ける前や蹴る瞬間には技の名称やタイミングに関する指示が,蹴った直 後には動きが良いか悪いかの評価が飛んでくるのである。練習では既に知ってはいるはずの技 も,本番である実践ゲームでは出せないことも多く,また,かろうじて技を用いたとしても, それが教わったとおりの美しい型でないことは多い。ゲームが続くなかで,子供達は受けた注 意を次なる課題として再挑戦する。この時,指導者の他に口を挟む人というのは,子供がそれ までにどんな練習をしてきたのかを知っている人に限られている。つまり,子供の練習時間に はチンロン場内にいて,ほぼ毎日それを見ている年配組のプレイヤーということである。目の 前で練習に励む子供等に抱く思いを聞いてみると,何人ものプレイヤ・一一が,「僕達が子供の頃 は,子供がこうした指導をしてもらえるような場がなかったからな」と切り出した。彼等は一 様にして,恵まれた環境の中で子供達が上達していく様をとても喜ばしく思うと言う。そして, コーチのように本格的な技術は教えられなくとも,自分たちが出来る範囲で力を貸したいと皆 が口々に語る。子供にとって,こうした人々からの声は,単なる目上の人からの助言という域 にとどまらない大きな意味があるだろう。それは,表3の身内の経験者の有無の結果をみて もわかるとおり,チンロンをすることに,身内の手本や勧めがなくてもさほど影響はなく,逆 に,こうして日々接する指導者やプレイヤー達からの影響の方が強いことが考えられるのであ る。また,年配組にしても,日頃からその練習姿を目にし,靴の修理やボールの手入れを手伝 ってあげている関係から,子供への助言にも愛情が込められているのが感じられる。子供の教 育場面をみるかぎり,指導する者・される者の互いの思いが特に良好であり,それがある種の 師弟関係から生まれる技術と認識の伝承となっていることが見受けられるのである。  次に,大人同士の教育場面をみてみよう。大人の場合,型やボールの練習というものは一切 ない。夕方以降にじわじわ集まる人々が,六人単位でワインチンという実践ゲームをするのみ である。この時間帯になると,たとえ子供への指導を本業とする人であれ関係なしに,一プレ イヤーになって,ワインチンを楽しむのである。それでは,ゲームの中でどのような教育がな されているのだろうか。真っ先に考えられるのは,チームメイトや見学者からの野次や感嘆の 声である。そこには,自分のしたプレイが明らかに評価されている現実がある。また,チーム メイトの蹴る姿は,良くも悪くも手本となる。もちろん,何れも自分自身で気づいたプレイヤ ーだけが,実践の中から学んでいくことになるわけである。他に,チームメイトからの技のリ

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クエストが出ることもある。その場合は,子供と同様に,プレイヤーがその技を出来ること, あるいは練習中であることを知っている人が,挑戦してみる場を与えてくれるのである。反対 に,自分がその技を勉強中であるために,見る機会を求めて相手にリクエストをかけるという こともあるだろう。ワインチンの時間には,子供のように大会出場のための練習という名目も, 一切の勝敗もなく,っねに場内の笑い声が絶えない。仲間と一緒に体をほぐし,適度な汗をか いて一日の労をねぎらう。こうしたワインチン本来の楽しみ方が,実践ゲームを通して誰に教 わるわけでもなく和やかな雰囲気の中で人々に培われているのである。  これまで見てきたとおり,チンロンというスポーツは子供から大人まで互いに教え合いなが ら楽しめる生涯スポーツであることが分かる。これは,長く続けることで,さらなる技術の上 達や,健康のためにもなることが見込まれるという,チンロンという身体運動そのものの楽し み以外の,別の効用があることを示しているとみてよいだろう。 2)生活の一部  表3をみると,ワインチンの常連の中には,バスやオートバイに乗って遠くからこのチンロ ン場に通う人たちもいる。聞くところによると,彼等はいずれも元アシェジョーゴンの住人だ った。もちろん彼等とて自分の住む街にもチンロン場はあるが,あえてここに通ってくる理由 表3チンロン場に通う人々の属性データ(2005年9月) 事例身内の経験 出席日 住所 職業 年Pンロン場役 きっかけ 行動パターン 123459 ’、 ,、工   かつ一いい 力   一 に 7 123456789 生 で    から トレーニン 1 5h→ / 一 一二、       −P 1 F>Frノ 12356789 生 の め →1ゲーム→ 4 」FCr/ 123456789 1 h 小 生 12 メン ーになLたかった トレーニン 1 5h−・ ノ 12345678 マ,、   ・・   ‘ ’、 め レーニン  1 5h→ {    一 、、  一 、一       → 写 ,べs  」 ’、 → r 、 ・ 56789 、 ンロン 4 め ・  →† 一ム→ 123456ア89 生 34 マ ンマ ン   て 1   ・  1   のみ 工   一 つ →12ゲームー・ 32 ・:蘂 、・゙菜 †23456789 マハトゥキッダ通 区長 7 ● 大人のを見ていて 見学→2ゲーム→見学 33 二 ㍗1’≒ 123456789⑩⑫⑬ マハトゥキッダ通 引退者・指導者 62 ● 母の勧め 指導→1ゲーム→見学 4 七’ 123456789  ≡一 A え ● の め →2ゲーム→ 35 h 工場社長 ● 健康の為 †2345678 マハト  ・’  し 主 50 に  一か’ →1 2 一ム→ 37 、」 A †23456789⑩⑬ h 工場員 7 ● 大人のを見てて 見学→1ゲーム→帰宅 38 無 1234689⑩⑬ オウチン地区 タクシー運転手 ● 体力にみあうから 見学→2ゲーム→帰宅 12456789

4h

50 ● とにかく したくむった →1 一ム→ 40 無 123456789⑯⑬ インセン通り 引退者 4 ● 健康の為 見学→1ゲーム→帰宅 41 1 h の め 2 一ム→ 4 萱%『 、s’ 5 h 23 の め 1ゲーム→  /  1h / 346 の め 2ゲーム→ 4 123456789 h 工 4 一ム→   1→  一ム 4 4 h 目    ん 38 にみ 、から →1 一ムー→ h 工 4 ● の 4569 42 →1 2 一ムー◆ 4 12345678 シェジョーゴン 生 つ →   →  一ム→ 4 ウ 1235678 アシェジーゴン 白生 ⇔ 主 →  → 一ム→ ⇔ 24 フー ン ⇔ →1 一ム→ ⇔ “. _  、  〉 つ 53 123456789⑩⑫⑬ 1 h 遊びで 見学のみ 1256789 工 の 12356789 h 工 45 で のみ 1234579 工 むし のみ

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松尾:ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知 は,馴染みの顔に会えることだという。彼等もまた,一日の終わりに過ごす時間を,自分にと って最も居心地のいい場所として,このチンロン場を選んでいることがわかる。  子供であれ大人であれ,同じ空間で時間を共有している同士が,互いに日々の様子24)を確 認する。これはチンロン場というものが,彼等の仲間意識を深め,その親密度を高めて,さら に持続させるような自然な交流の場として機能しているとみていいだろう。  また,チンロン場が果たしている役割に,小さな子供にとっての遊び場という一面がある。 これはミャンマーでは兄弟の数が多く,大人だけでなく子供が子供の面倒をみるのが当たり前 になっていることが背景にある。つまり,子供プレイヤーが,もっと小さな兄弟等のために練 習場を「お守りの場」として使うのである。自分達が練習している間,目の届く範囲で兄弟を 遊ばせておく。小さな妹や弟は,たまにボールを拾ったり,端の方でふざけっこなどをしなが ら,兄や姉が練習している間の時を過ごす。そして,自分達の練習が終わると幼い兄弟の手を 取りながら一緒に家路に向かうのである。小さい子があまり派手に遊んでいると注意されるこ ともあるが,大人たちは皆,子供プレイヤーが兄弟連れで来ることを容認している。もちろん, 夕方以降にワインチンをする大人の中にも,まだ歩き始めてまもない自分の孫や親戚の子を連 れて来ては,見学の人にお守りを任せてプレイする人もいる。誰かの膝に乗り,その腕に抱え られながら,プレイに励む肉親を何とはなしに目で追っている乳幼児の姿を見るたびに,チン ロン場が,スポーツ施設と併設する託児所としても立派に機能していることがわかった。  他には,遊び場と練習の場が交じり合っている例もよくみかける。昼間練習していた子供が, 家に帰って水浴びや学校の宿題を済ませた夕食後に,またふらっと遊びにくることも日常的に みられる。普通は友達同士連れ立って,単におしゃべりするために寄っている感じで,彼等は ほんの少し見学をしてはすぐに去っていく。しかし,時にはその場の大人達にそそのかされ, 急に個人特訓の時間になることもある。ちょっと遊びに来たっもりが,また大汗をかくことに なるのだが,本人は難しい技を教えられてとても満足そうである。  このように,チンロンのプレイヤーだけではなく,この地区に住む人々にとっても,チンロ ン場は生活に根ざした空間として,彼等の中に溶け込んでいるのである。 3)人材の派遣  アシェジョーゴン・チンロン場でプレイする人の大多数は,チンロン場より徒歩圏内の近所 に住む人々である。しかし,先に挙げた元住人という特別な例を除き,時より全く別の地区か ら,はるばるこのチンロン場を訪ねてくる人たちがいる。このことは,1章2で取り上げたシ 24)ここで指す様子とは,互いの技術の上達ぶりや,会話に出てくる個人や仕事や家庭,あるいは隣近所   の事情そのもの,また彼等の肉体や精神の健康状態全般を意味する。

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ステムの運営に少々関連している。チンロン場は,アシェジョーゴン地区の住民以外の人にも 貸し出され,それが運営資金の一部となっていることは述べたとおりであるが,こうした貸し 出しは,単に資金源の確保だけではなく,プレイヤーという人材の派遣にも大きく関係してい る。  あるプレイヤーは言う。「ここ(アシェジョーゴン)以外では,あんまり蹴らないな。呼ば れれば,たまに行くけどね」。これは彼等にとって,ホームコートとアウェイコートという意 識の存在があると同時に,相互扶助を基本とするプレイヤーの行き来があることを意味してい る。繰り返していうが,チンロンは六人で一チームのスポーツである。通常のワインチンであ れば,一人くらい人数が足りなくとも大きな問題とはならない。しかし,特別な催しでのアフ ラカチンの場合,メンバーが一人でも欠ける事態は好ましくない。身体の故障や,何らかの事 情で出場の予定されていたメンバーが参加不可能という事態が起きた場合,その補充人員が必 要になる。その際,自分達のチームに補欠選手の用意がない場合,つまり,蹴り手不足の緊急 事態には,外部からの助けを求めることとなるのである。  このような場合,通常のワインチンで訪問しあった仲,それまでに培ったネットワークがも のをいう。全くの初対面の人よりも,過去に一緒にプレイしたことのある相手の方が安心で頼 りになるのはいうまでもない。日頃から交流があれば,相手の事情や実際に蹴る時の癖も察し やすい。また,外部からはチンロン場の代表者を通して,「アウンソーモー25)を中心として1 チーム作って参加してもらえないだろうか」,「子供達のチームを出してくれないか」,あるい は,「この時間帯をアシェジョーゴンのメンバーで繋いでほしい」など,個人単位26)ではなく, チーム単位の出場の要請を受けることもよくある。こうした時に,次回は自分のチームが応援 を求めることになることもあるかもしれないと想定し,代表者は事情が許す限り蹴り手を用意 し送り出すのである。いかにも,持ちっ持たれつの外部とのつきあい状況がもたらすがゆえの, 人材の派遣システムがここには存在しているのである。  そして後日,お世話になったチームの関係者が感謝の挨拶がてら,遠くからここアシェジョ ーゴン地区にワインチンをしにくるのである。もちろん,ホームコート側としては,それを快 く受け入れ,訪れた人々にできるだけ楽しんで蹴ってもらえるようにと,取り計らう。  チンロンプレイヤーの人材派遣が単なるビジネスと違うのは,金銭よりもこうした日々の人 間関係があってこそ成り立っていることにある。逆にいうと,この関係性があるために,否応 25)現在のチンロン界におけるトップスター選手。元々はマンダレー出身の彼だが,ヤンゴンに来てから   はこのアシェジョーゴン地区に住居を構えている。彼のアフラカチンでの蹴り方の美しさ,その展開   は独創的で,常に見る者を魅了している。 26)指名された選手には必ず事前に祭りの主催者側からの打診がある。主催者は,出場依頼をする選手の   自宅へと出向き,選手の都合や日程の確認をして,選手からある程度の了承を得るまでの事前交渉を   行う。

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松尾:ミャンマーの伝統スポーツ「チンロン」の暗黙知 なく人材の派遣もしなければならない状況27)を作り上げている。このことから,チンロン場 という空間が,プレイヤーに意識させずに人材派遣のシステムを成り立たせているといえるだ ろう。

IV常連たちの言葉

 ここではチンロン場に通う人の中でも,チンロンが中級以上のレベルにあり,特に常連とさ れる人々から,彼等が自分なりにチンロンについて知っていると感じていることについてを, それぞれの言葉で取り上げていく。なぜなら彼等の言葉にはJ「かくされてはいるがそれでも 我々が発見できるかもしれないなにものかについて,彼等がもっている内感」28)を示す暗黙知 の手掛かりがあると考えられるからである。 1ワインチンのマナー  「昔も今も変わらない。基本は個人にある」,チンロンについてこう切り出したのは,筆者の 師匠マウンマウンである。確かにボールを蹴るという行為について注目するならば,それは個 人そのものに依拠する。しかし,このスポーツのプレイ形態として最も広く普及されているの が「ワインチン」であり,これこそが彼等が思い浮かべるチンロンなのである。ここでは,ワ インチンがどのように考えられているのかを見ていくことにする。以下は,サッカーや他のス ポーツとの違いにっいての質問に対して返ってきた彼等の言葉である。  「サッカーは適当に蹴ってもいいけどチンロンは落ちないように蹴らなきゃだめなん だ。」(事例27) 「サッカーなら,1,2年もすればできる。チンロンは少なくても5,6年29)はかかる 27)ある程度以上の技術や知名度を持った選手の場合,ポエでのチームとしての注目度やその集客率を見   込まれて,蹴り手の意志とは関係ないところで要請が入ってくることがある。しかし,同日に別練習   場からの要請がいくつもかち合う場合,車を持たない選手にとっては,まずはその移動だけでも大変   なものになる。連続のプレイは体力の消耗も激しい。さすがに身体は一つ,本人はどちらかを選ばざ   るをえない状況も時に生まれるのである。その時の判断材料となるのが,日々の対人関係であること   はいうまでもない。 28)原文では「…我々がもっている内感」と表現されている[ポラニー1980:42]。 29)いわゆる一人前となる年数は人によって解釈が異なるため,次の要約も参照されたい。「私はミャン   マー人なので一つのミャンマー伝統スポーツである蹴まりに興味を持っていました。それだけに蹴ま   りの歴史を調べて,自分自身も10年以上蹴まりをしてきました。蹴まりするのに10年という時間   は長いとは言えませんが蹴まり界の人々の気持はかなり分かるようになりました」[厨吟6&嘩3⊃g.¶1δ   1964:38]。

参照

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