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アスベストの鉱物学 利用統計を見る

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Academic year: 2021

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著者

神山 宣彦

雑誌名

東洋大学紀要 自然科学篇

55

ページ

115-135

発行年

2011-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006085/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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Summar y: The term of asbestos is the traditional and industrial name of some natural

fibrous minerals. As asbestos has outstanding physicochemical properties and cheap in price, it has been produced in large quantities and used for an indispensable material for industrializing of nations. On the other hand, since it became clear that asbestos has carcinogenicity of lung cancer or mesothelioma, the prohibition and substitution of asbestos is advancing in industrialized nations. Because the incubation period of asbestos carcinogenicity is very long, advanced nations had mistaken the directions for use and being produced many victims caused by asbestos exposure. Then, the countries which are now entering on industriali zation stage are also running on the same track. This paper introduces mineralogy of asbestos, such as crystal structure, the issue of asbestiform and cleavage fragment, and weathering of anthophyllite asbestos producing talc, after introducing the defi nition of asbestos. Furthermore, about asbestos carcinogenicity, the hypothesis due to the animal experiment, that is, all thin and long fibrous minerals having durability in the living body have high potential of carcinogenicity, is introduced.

Key Words: asbestos, chrysotile, crocidolite, amosite, anthophyllite asbestos, fibrous

mineral, chemical composition, crystal structure, high resolution electron microscope

要旨:天然繊維状鉱物のアスベストは、優れた物性をもち大量に産して安価であることか ら、工業化に必須の材料として先進国で大量に使われてきた。一方、肺がんや中皮腫を発 症する発がん物質であることが明らかとなり、近年は禁止・代替化が進行している。発症 するまでの潜伏期間が極めて長いため、先進国では使用方法を誤り多くの犠牲者を出して いる。現在、工業化を迎えた国々も同じ轍を踏もうとしている。本稿は、アスベストの定 義について紹介した後、クリソタイルと角閃石アスベストの結晶構造、アスベスト様繊維 (asbestiform)とへき開片(cleavage fragment)の関係、アンソフィライト・アスベスト の風化によるタルク化の現象、などの鉱物学的研究成果を紹介した。さらに、アスベスト

アスベストの鉱物学

神 山 宣 彦

Mineralogy of Asbestos

Norihiko K

OHYAMA

*

*)

Natural Science Laboratory Faculty of Economics, Toyo University 5-28-20 Hakusan, Bunkyo-ku, Tokyo 112-8606

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の発がん性については「体内耐久性のある細くて長い繊維はあまねく発がん性が強い」と する動物実験の知見を紹介した。 キーワード:アスベスト、石綿、クリソタイル、クロシドライト、アモサイト、アンソフィ ライト・アスベスト、繊維状鉱物、化学組成、結晶構造、高分解能電子顕微鏡

1.はじめに

 多くの優れた物性をもつアスベストは、安価で大量に産出することから工業化に不可欠 の材料として各国の工業化を担ってきた。1930 年代に産業発展期を迎えた欧米では、ア スベストの大量消費時代が始まった。それに約 20 ∼ 30 年遅れて始まった日本の高度成長 期にも、アスベストは大量に使われた。そして日本から 20 ∼ 30 年遅れて高度成長期を迎 えつつある中国やインド、ブラジルでは、欧米や日本と同様にアスベストの大量消費が始 まっている。アスベストの有害性とその被害がすでに世界中で報道されているにもかかわ らず、それを使用するという実態は、正にアスベストが工業化に必須の材料であることを 証明している。  アスベストを扱う労働者や鉱山周辺住民のなかに肺がんや中皮腫が発症することは、 1970 年頃までにほぼ確実になっていた。日本では 1971 年に特定化学物質障害予防規則を 制定して発がん性などの有害性が特に高い化学物質の労働衛生管理を厳格にした。その時 にアスベストも特定化学物質の一つに指定された。1975 年にはアスベスト吹付けが作業 者の健康を著しく障害するとして禁止した。現在では多くの先進国がアスベストの使用を 禁止しており、わが国も 2004 年にほとんどのアスベスト製品の輸入・製造・譲渡等を禁 止し、2006 年 9 月にはジョイントシートなど一部の代替不可製品を除き全面禁止にした。  本稿はこうしたアスベストとはどのような物性を持つ鉱物なのか、アスベストの鉱物学 を概説し、アスベストの特徴的な形態である繊維状について光学顕微鏡と高分解能電子顕 微鏡によって詳細に調べた結果を紹介する。また、有害性を生んでいる物性についても考 えてみる。

2.アスベストの優れた有用性

 アスベストは古くから使われていた。例えば、紀元前のフィンランドでは土器の強度補 強とひび割れ防止のためにアスベスト(アンソフィライト)を混ぜて使った記録がある。 また、ギリシャ時代にはすでにランプの芯やテーブルクロス、ミイラの保護などにアスベ ストを使っていたという1)。また、平安時代初期の竹取物語には、かぐや姫が結婚を申し 込んだ貴族の男たちにアスベストで織った布である「火鼠の皮衣」を所望する話が出てく る。江戸時代には、平賀源内が秩父産のクリソタイルで織ったとされる火浣布が有名であ る。源内は火浣布を食べ物などで汚した後、火に投じると汚れが綺麗に消えることを実演 して殿様らを驚かしていたという。その火浣布の現物が京都大学と早稲田大学の図書館に

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それぞれ保管されている。  近代工業化社会においてアスベストは、高温や腐食に耐える材料として保温・断熱材、 耐火隔壁材、防音・吸音材などに大量に使われて人々を危険から守ってきた。高層ビルの 鉄骨材には火災時の融解・崩壊を防止するために吹付けられた。また、製鉄所や発電所、 ごみ焼却場などの屋内や炉付近にも吹付けられ火災から守ってきた。蒸気機関車の胴体に は高温の湯が冷めないようにアスベスト布団が巻かれ、電車の壁や天井には冷暖房効果を 上げるためにアスベスト綿が挿入されていた。自動車やエレベータ、船舶、航空機などの ブレーキにも摩擦に強いアスベストが不可欠だった。住宅の天井裏にはカビや細菌が発生 しないで保温・断熱効果を高めるためにアスベスト綿が漉き込まれることもあった。不燃・ 軽量・高強度の住宅建材としてアスベスト入りの建材は最近までどこの住宅でも使われて きた。化学工場では熱水や酸・アルカリ溶液などが流れる配管のつなぎ目にアスベストジョ イントシートが使われプラントの安全が保たれていた。  アスベストは下記の優れた性質を一種類の物質が全て持っている極めて珍しい鉱物であ る。このような特長を兼備した鉱物はアスベスト以外にない。そのため「奇跡の鉱物」と も呼ばれていた2)。     (1)木綿や羊毛と見間違うほどにしなやかで糸や布に織れる(紡織性)     (2)引張りに強い(抗張力)     (3)摩擦・磨耗に強い(耐摩擦性)     (4)燃えないで高熱に耐える(耐熱性)     (5)熱や音を遮断する(断熱・防音性)     (6)薬品に強い(耐薬品性)     (7)電気を通しにくい(絶縁性)     (8)細菌・湿気に強い(耐腐食性)     (9)比表面積が大きく、他の物質との密着性に優れている(親和性)     (10)安価である(経済性)

3.アスベストの産業利用の始まり

 アスベストの産業利用は 19 世紀に本格化した。産業利用が本格化する前の 1720 年には、 ロシアのウラル山脈でアスベスト(クリソタイル、白石綿)が発見された。時のピヨトル 大帝統治下でそのアスベストから手袋や靴下、テーブルクロスなどの織物が生産されたが、 社会の需要がまだなかった時代で産業としては成立しなかった。このウラル山脈のアスベ ストは、19 世紀末 1885 年に再発見され、現在では世界最大のアスベスト鉱山となっている。 現在、ウラル山脈南東のエカテリンブルグ市の近くに人口 8 万人のアスベスト市がある。 そこに長さ 12km、幅 2km、深さ 300m の船型の露天掘り鉱山があり、その谷間からは大 型ブルドーザーが掘り出した鉱石を長い機関車が積出している(図 1)。鉱山近くのアス ベスト製品製造工場では、織物やアスベストスレートなど、様々な製品が生産されている (図 2)。大部分のアスベストをウラルから産出しているロシアは、最近、生産量・輸出量 ともに急増させており、2004 年には 88 万トンのクリソタイル原綿を生産し、その半分を

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ロシア国内で消費し、半分を輸出している。輸出先は中国やインドなど発展途上国である。  産業としてのアスベスト採掘が本格的に始まったのは 19 世紀末で、アスベストの利用 は産業革命の普及とともに広まった。19 世紀末には世界各地で大規模なアスベスト鉱山

図1 ロシアのウラル・アスベスト鉱山

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が開発され始めた。1878 年と 1885 年にはカナダのケベック地方とロシア・ウラル地方か らそれぞれ大規模なクリソタイル鉱床が発見され、本格的な採掘が始まった。1893 年に は南アフリカのケープ州で青石綿(クロシドライト)が、1907 年には同トランスバール 州で茶石綿(アモサイト)がそれぞれ発見され、採掘が始まった。この他、イタリア、ギ リシャ、オーストラリア、ジンバブエ、アメリカなどで鉱山開発が進められた。第二次世 界大戦後は中国でもアスベスト鉱山の開発が進められ、四川省成都の郊外に大規模なクリ ソタイル鉱山がある。20 年ほど前からはブラジルでも大規模クリソタイル鉱山が開発さ れている。これらの鉱山が世界のアスベストの需要に答えて、大量にアスベストの原綿を 生産してきた。  日本でも 20 世紀には入ると工業化が始まり、アスベストの使用が本格化した。全ての アスベストを輸入に依存していたが、1941 年太平洋戦争開始とともにカナダからのアス ベストの輸入が途絶えたために、産業や造船などに必需品であるアスベストを確保するた め国内および朝鮮(当時)、満州においてアスベスト鉱山の開発を進めた。その結果、北 海道富良野、九州熊本・長崎などにクリソタイルやアンソフィライト、トレモライトなど の鉱床を発見し、1944 年には 1 万 3 千トン程度が採掘されたという記録が残っている。 朝鮮でもソウル郊外の広川でトレモライト鉱床を発見し採掘した。戦後サンフランシスコ 講和条約で独立国に復帰したわが国は、1951 年にアスベストの輸入が再開された。その ため、国内鉱山は徐々に斜陽化し、北海道の富良野地方を中心にした鉱山から 1966 年に 2 万トンを超える生産があったのを最後に、その後は閉山が相次いだ。最近まで唯一の鉱 山が戦時中に掘出した鉱石の残滓(鉱滓)から短繊維のクリソタイルを年間 2000 トン程 度生産していたのみである。この短繊維クリソタイルは、塗料に混ぜて使いひび割れを防 止したり、モルタル混和材としてモルタルのひび割れ防止と左官時の塗り易さなどに貢献 していた。今は完全に使用が禁止された。

4.アスベストの定義

 アスベストという名称は、英語圏の呼び名で、地中海周辺ではアミアントス、中国や日 本では石綿と呼んでいる。いくつかの繊維状鉱物を指す呼び名で、鉱物学で定義された鉱 物名あるいは鉱物群の名称ではない。近代鉱物学では鉱物を結晶構造と化学組成の 2 つの 要素で分類しており、鉱物の形は分類に用いていない。同じ結晶構造・化学組成の鉱物で も生成環境などの影響でその形は様々に変化するので、形は分類の要素に使えないと分 かったからである。アスベストは繊維状の形が重要な特徴である。発がん性が明らかになっ てから何がアスベストで何がアスベストでないかの区別が重要となり、1970 年代以降、 WHO(世界保健機関)や ILO(世界労働機関)、厚労省等の人の健康保持を担当する公的 機関・行政機関は、法的規制のためにアスベストの定義を行なってきた。  WHO は 1973 年に、「アスベストは多様な物理化学的性質を持つ天然の繊維状ケイ酸塩 鉱物の総称で、クリソタイル、アクチノライト、アモサイト、アンソフィライト、クロシ ドライト、トレモライトに分類される。」と定義した3)。これが公的機関がアスベストを 定義した最初である。ここでアスベストとされた 6 種類のうち、蛇紋石族のクリソタイル

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は世界中で使われたアスベストの 9 割以上を占めている。角閃石族のアモサイトとクロシ ドライトは断熱材や吹付けなどに大量に使用され、労働者や鉱山付近住民に中皮腫などの 被害を出していた。産業用にはあまり使用されていないトレモライトやアンソフィライト は、同じ角閃石族に属し繊維状形態で産出する場合が多いことや、欧米に鉱山が幾つかあっ たことなどからアスベストとされた。一方、中国では繊維状ブルーサイト(水滑石)やセ ピオライト(海泡石)なども石綿として採掘されていたが、アスベストには分類されなかっ た。  ILO(1986)は「石綿(アスベスト)とは、蛇紋石族造岩鉱物に属す繊維状ケイ酸塩鉱 物であるクリソタイル(白石綿)、及び角閃石族造岩鉱物に属す繊維状ケイ酸塩鉱物であ るアクチノライト、アモサイト(茶石綿、カミングトナイト―グリュネライト)、アンソフィ ライト、クロシドライト(青石綿)、トレモライト、あるいはそれらの一つ以上を含む混 合物をいう」とし、ほぼ WHO と同じ定義である4)。  わが国は、特定化学物質障害予防規則(1971 年施行)や労働安全衛生法(1972 年施行) で「石綿」という語を使用してきた。法律の中に明確にアスベストを定義していないが、 実際は WHO の定義を踏襲していたと見られる。2005 年に「石綿」に係る規制を特定化 学物質等障害予防規則から単独の石綿障害予防規則に格上げする際に、その施行通達5) で「石綿」を定義した。その定義は、WHO(1973)と同義で「石綿とは、繊維状を呈し ているアクチノライト、アモサイト(茶石綿)、アンソフィライト、クリソタイル(白石綿)、 クロシドライト(青石綿)及びトレモライトをいうこと」とした。  以上の公的機関の定義は、いずれも 6 種類の鉱物名を挙げ、そのうち繊維状のものがア スベストであるとしている。アスベストは繊維状形態が重要な特徴であるので、その定義 には鉱物学上の鉱物名に加えて繊維状という形の限定を加えたのである。 表 1 に現在、公的機関で定義しているアスベストをその鉱物名とともに示した。 表1 アスベストの種類(アスベスト名と鉱物名の比較) アスベスト名 鉱物名 蛇紋石族 Serpentines クリソタイル(白石綿 chrysotile) クリソタイル (chrysotile) 角閃石族 Amphiboles アモサイト (茶石綿 amosite) グリュネ閃石 (grunerite) クロシドライト (青石綿 crocidolite) リーベック閃石 (曹閃石 riebeckite) アンソフィライト・アスベスト (anthophyllite asbestos) アンソフィライト (直閃石 anthophyllite) トレモライト・アスベスト (tremolite asbestos) トレモライト (透閃石 tremolite) アクチノライト・アスベスト (actinolite asbestos) アクチノライト (陽起石 actinolite) トレモライトとアクチノライトは連続固溶体であり、識別は難しいので、トレモライト / アクチノライト と記述して同じアスベストとして扱う場合が多い。  米国ロッキー山脈の北モンタナ州の Libby 市郊外に大きなバーミキュライト(ひる石)

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鉱山があった。その鉱山労働者に中皮腫が発症していることがかなり前から報告されてお り、バーミキュライトに不純物として混在しているトレモライト・アスベストが原因とさ れていた。最近、米国地質調査所の研究グループは、その不純物のトレモライト・アスベ ストは、実は Richterite と Winchite という繊維状角閃石であることを明らかにした6)。そ れらはトレモライトに類似しているが、鉱物学上の分類ではわずかに Na や K を成分に持 ちトレモライトではないので、現行の定義ではアスベストではないことになる。米国の公 的機関である OSHA(米国職業安全衛生庁)も NIOSH(米国労働衛生研究所)も現在表 1 と同じアスベストの定義を採用している。しかし、現在アスベストの使用を禁止してい ない米国は、2007 年に初めてアスベスト禁止法案を連邦議会に提出した。その中に、ア スベストの定義として、トレモライトに上記の Richterite と Winchite を加えることと、 更に繊維状の角閃石全てをアスベストとする修正案が含まれている。注目すべき法案であ る。

5.アスベストの繊維状形態とアスペクト比について

 それでは、繊維あるいは繊維状はどのように定義されているのだろうか。繊維(fi ber)は、 一般の辞書では「細長い糸状の構造物」という程度の記載であり、化学辞典や百科事典で も「繊維とは直径数百μ m あるいは数十μ m 以下の細長い糸状物質」というのが平均的 な説明で、特別な定義は見当たらない。  一方、繊維状(fi brous)については、一般的には「繊維」の連結形の意味で、「細長い 糸状をなす・・・」という以上の意味はない7)。したがって、繊維状と繊維状でないもの の区別には基準が必要になる。  筆者は「繊維状」について文献レビューし「繊維状形態は顕微鏡レベルで長さと幅のア スペクト比が 3:1 かそれ以上の粒子として確認された場合」という NIOSH と OSHA の

Asbestos Work Group(1980)および British Advisory Committee on Asbestos の見解が合

理的なものと述べた8)。その後、「繊維状」についてこれ以上の議論はなく、「繊維状とは 肉眼あるいは顕微鏡レベルでアスペクト比が 3 かそれ以上の粒子」とするのが広く納得さ れていると考えられる。なお、上記の顕微鏡は、光学顕微鏡と電子顕微鏡のいずれとも限 定せずに両方を指している。  一方、長さ 5 μ m 以上でアスペクト比 3 以上の繊維状粒子を計測するという基準が、 各国の公的な浮遊アスベスト測定法に広く採用され、多くの疫学調査においてアスベスト の量−反応関係を求める基礎になってきた。これはあくまで浮遊アスベストについての計 測上の決まりであり、原材料や建材等のバルク試料も含めたアスベストの定義に繊維の長 さ 5 μ m 以上という見解はないので注意が必要である。  したがって、つぎのように浮遊繊維と原材料中の線維を分けて考える必要がある。  浮遊繊維の場合:作業環境中の浮遊アスベストは、位相差顕微鏡法を用いて長さ 5 μ m 以上で長さと幅の比が 3 以上の繊維を計数することが採用されている。これは光学顕 微鏡の測定上の制約により繊維サイズを限定せざるを得ないからである。WHO は、幅 3 μ m 以上の太い繊維は肺胞にまで到達せず吸入性ではないということから、「幅 3 μ m

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以下」という枠を追加した。アスベスト以外の繊維状物質の浮遊繊維を測定する場合には、 WHO の浮遊アスベスト測定法と同様に「長さ 5 μ m 以上で幅 3 μ m 以下のアスペクト 比 3 以上の繊維」という基準を用いるのが適当である。  建材や原料中の繊維の場合:これらにも測定上の制約から浮遊繊維と同様の計測基準を 用いることがあるが(ISO、その他のバルク材中のアスベスト測定の例)、浮遊繊維には ない大きな問題を抱えている。仮にアスベスト等の原料を 5 μ m 以下の微細繊維に粉末 化したら、「長さ 5 μ m 以上で幅 3 μ m 以下のアスペクト比 3 以上の繊維」という基準 からは測定対象繊維でなくなり、その製品はアスベストでなくなるのかという問題である。 電子顕微鏡で測定すれば 5 μ m 以下の繊維も計測できるので、原料中のアスベストやア スベスト以外の繊維状物質の測定は、光学顕微鏡測定に限定すべきではない。長さ 5 μ m 以上という基準はこうした原料加工のケースには適用できないことがあるからだ。

6.アスベストの化学組成

 アスベスト 6 種類の化学組成を表 2 に示した。表 2 の各アスベストは、現在、標準試料 として使用されているものの分析値を集めた。ケイ酸塩鉱物の化学組成は、各陽イオンの 酸化物の形、すなわち SiO2、Al2O3、Fe2O3、FeO、MgO の様に表現することが多い。各

アスベストの化学組成を特徴付ける成分を灰色の欄で示した。

表2 アスベストの化学組成

クリソタイル アモサイト クロシドライト アンソフィライト トレモ

ライト UICC-A(1)UICC-B(1)JAWE111(3) UICC(1) JAWE211(3) UICC(1) JAWE311(3) UICC(1) Afghan(2) 松橋(2) 山鹿(4)

SiO2 39.89 38.10 39.00 50.53 50.70 48.84 50.92 55.31 57.97 56.28 50

TiO2 0.02 trace trace nd 0.04 0.02 trace 0.03 0.01 0.02 trace

Al2O3 0.76 0.40 0.53 0.55 0.59 0.06 0.08 0.99 0.05 0.59 0.07 Fe2O3 1.97 2.39 2.75 1.90 1.84 19.07 17.86 <6.32> nd 3.60 <7.2> FeO 0.49 1.14 0.98 35.34 34.93 19.95 18.59 5.75 8.38 5.96 6.6 MnO 0.06 0.06 0.08 1.82 2.45 0.11 0.09 0.17 0.33 0.30 0.42 MgO 42.60 43.26 41.68 6.43 5.79 2.32 3.23 31.15 28.81 26.74 25 CaO 0.33 0.17 0.45 0.51 0.39 1.08 0.94 0.29 0.28 0.47 17 Na2O trace 0.02 0.05 0.02 0.03 5.58 5.31 0.03 0.02 0.02 0.02 K2O trace 0.02 trace 0.27 0.38 0.06 0.08 0.43 0.00 0.02 0.01 H2O(+) 12.58 13.67 13.43 2.32 2.30 2.33 2.35 4.22 2.64 4.50 H2O(-) 0.87 0.66 0.44 0.20 0.36 0.34 0.25 1.31 0.07 1.69 Total(%) 99.57 99.89 99.39 99.89 99.80 99.76 99.70 99.68 98.56 100.21 99.12

データ: (1)Kohyama, et al, 1996;(2)神山、他、1994;(3)神山、1989;(4)神山、未発表 ; Afghanistan ア ンソフィライト及び山鹿トレモライトは、現在、それぞれ JAWE411 および 511 でもある。

< >: 3 価鉄で表現した場合の値、 網掛欄:同定に使われる特徴成分クリソタイル

 クリソタイルは、ほぼ等量の SiO2と MgO から成る。アモサイトは、主成分の SiO2

2 価鉄(FeO)および MgO に加えて、少量の MnO から成る。一方、クロシドライトは、 SiO2と鉄成分が主成分であることはアモサイトと似ているが、鉄成分の内訳は、3 価鉄

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してクロシドライトの鉄は 3 価が多いのが特徴である。また、NaO を 5%程度持っている のも大きな特徴である。アンソフィライトはクリソタイルと似て SiO2と MgO から成っ

ているが、MgO の比率が SiO2のほぼ 1/2 に成っている。トレモライトは、SiO2と MgO

に加えて、CaO を持つのが特徴である。アルカリ成分はない。トレモライトとアクチノ ライトは、同一結晶構造を持つ角閃石であり、鉄成分の多少による連続固溶体を成してい る。つまり、アクチノライトはトレモライトが鉄成分を多く持ったもので、鉄成分の多少 によってのみ区別される。特に詳細な区別が不要な場合には、トレモライト−アクチノラ イトとして一括りにして表わされることが多い。表 2 のトレモライトは、鉄成分を 6.6%(価 数別の定量を行っていないので、全部 2 価か 3 価で表現している)持っているが、やや鉄 成分の多いトレモライトで、アクチノライトとしては鉄成分が少ない。  これらの主成分と特徴成分(表 2 の網掛け部分)は分析電子顕微鏡で得られる EDX ス ペクトルで検出できるので、EDX スペクトルから繊維の種類を特定する際に重要な指標 となる(図 3)。

7.アスベストの X 線回折パターンと結晶構造

1)クリソタイル(白石綿)  表 1 にあるように、クリソタイルはアスベスト名でもあり鉱物名でもある。このことは、 クリソタイルが鉱物学的に定義されていることを意味している。鉱物学的に定義されてい るクリソタイルがそのままアスベストということである。クリソタイルは、結晶構造が単 斜晶系の層状ケイ酸塩鉱物に分類され、[SiO4]4 −四面体シートと MgO 八面体シートが対 図3 アスベスト 6 種類の EDX スペクトル図

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となった構造を持ち、八面体シートを外側にして管状に巻いた繊維状形態を呈している。 理想化学組成式は、Mg3Si2O5(OH)4で表される。図 4 は、蛇紋石鉱物の結晶構造を約 0.7nm の基本層を中心に描いたものである。蛇紋石には、クリソタイル以外に板状結晶を示すリ ザルダイトおよび波状構造が途中で反転してマクロ的には板状結晶のように見えるアンチ ゴライトの 3 種類がある。  クリソタイルは、X 線回折分析では他の蛇紋石(アンチゴライトやリザルダイト)から 識別するのは難しいが、アンチゴライトとリザルダイトはそれぞれ特徴回折ピークがあり、 比較的同定しやすい。つまり、アンチゴライトあるいはリザルダイトをマトリックスとす る蛇紋岩の中に少量のクリソタイルが存在していても、X 線回折分析ではクリソタイルの 同定は難しいが、その逆は同定できる。  蛇紋石 3 種の X 線回折パターンを図 5 に示した。どの蛇紋石にも X 線回折分析では、0.7 nm と 0.35nm の強い回折ピークが現れているが、そのピークからは蛇紋石相互の識別は 難しい。アンチゴライトとリザルダイトは、0.7 と 0.35nm 以外に識別に有効な回折ピー クが存在する(点線の四角内)。しかし、クリソタイルにはそうした特徴ピークがないので、 リザルダイトあるいはアンチゴライトに混じっている場合はその確認が難しい。アンチゴ ライトあるいはリザルダイトが大量に含有されている試料では、アンチゴライトは 35.6° (0.253nm)、リザルダイトは 35.9°(0.250nm)付近の回折ピークを目印に存在確認がで きる。しかし、クリソタイルの目印になりそうな 36.6°(0.252)付近の回折ピークは強 度不足でありアンチゴライトあるいはリザルダイトの強い類似ピークと重なることから、 少量存在している場合は検出されなかったり、見分けられなかったりするのである。 図4 蛇紋石の結晶構造(大括弧の数字は 0.7nm の層間隔を示す)

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 クリソタイルの管状の繊維幅(太さ)は、約 0.04 ∼ 0.06 μ m 程度と極めて細い。繊維 の長さは 1 μ m 程度∼数 mm まで多様である。透過電子顕微鏡観察でクリソタイルの特 徴的な管状構造を持つ繊維が確認されれば、それはクリソタイルと判定される。  クリソタイルの繊維を光学顕微鏡と電子顕微鏡で見た写真を図 6 ∼ 8 に示した。 図5  蛇紋石 3 種類の X 線回折パターン Ant: アンチゴライト、Liz: リザルダイト、Chr: クリソタイル C: クロライト(緑泥石)、T: タルク(滑石)、B: ブルーサイト(水滑石) 図6 光学顕微鏡で見たクリソタイル繊維(画面横幅が約 0.2mm)

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 光学顕微鏡観察(図 6)ではクリソタイル繊維のしなやかさが伺える。しかし、やや高 倍率の電子顕微鏡で見た繊維は直線状で針のように見える(図 7)。カールした長い繊維は、 吸入されて仮に鼻咽腔を通過して気管・気管支に侵入しても肺胞に到達するまでに捕捉さ れやすいので、このような直線状で比較的短い繊維が肺胞に到達・沈着しやすい。  クリソタイルの繊維構造をより詳細に観察するために、繊維をプラスチックに包埋して ウルトラミクロトームで繊維軸に垂直に薄切した観察標本を作製して、繊維の横断面を高 図7 電子顕微鏡で見たクリソタイル繊維 図8 クリソタイルの横断面の高分解能透過電子顕微鏡写真(縞模様は 0.7nm の層間隔を現している)

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分解能透過電子顕微鏡で観察したのが図 8 である。約 0.7nm の基本層がロール状に巻き 上がってできたクリソタイル繊維の構造がよく観察できる。また、比較的太い繊維から細 い繊維まで基本層の枚数には幅があることも分かる。 2)角閃石アスベスト  図 9 は角閃石アスベスト 4 種とクリソタイルの各 X 線回折パターンを比較して示した。 角閃石アスベストの回折ピークは互いに似ていることが分かる。そのため被検試料の各回 折ピークの位置から詳細な面間隔を求めて、それらが標準角閃石アスベストのどれに一致 するかを調べて同定分析を進める必要がある。  図 10-1 は、角閃石の C 軸(繊維方向)に垂直に切断したときの横断面の結晶構造を表 している。角閃石は、形が英語の I に似ていることから I ビームと呼ばれる八面体シート を四面体シートがサンドイッチした複鎖構造の単位(図 10 の挿入写真)を基本単位として、 それらがお互いにジグザグに組み合わさって実際の結晶ができている。また、図中の点線 で示したのがへき開(cleavage)の起きやすい部位で、太い繊維もへき開により細い繊維 に次々に開綿してゆく。  図 10-2 は、I ビームが互いにジグザグ組み合わさった様子と単位胞(赤点線)を示した。 A、B、C は Si を除く陽イオンの位置(席)を表している。クロシドライトの Na イオン は A 席を占めている。トレモライトの Ca イオンは B 席にある。そのため、長い間水溶液 に漬かっていたりしたクロシドライトは Na イオンが溶出して、I ビーム同士がバラバラ にへき開して細くなりやすい。その結果、細くなったクロシドライトは肺胞に到達する極 細吸入性繊維になりやすいし、肺胞から胸腔への体内移動もしやすいと筆者は考えている。  角閃石はこのように基本的に C 軸方向に沿ってへき開し易く細く割れて繊維状になり やすい性質を持っている。一方、角閃石の結晶ができるときに霜柱のように a 軸と b 軸方 向に比べて c 軸の成長が速く、最初から細い繊維の集合体としてできることがある。これ 図9 アスベスト 5 種の X 線回折パターン

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が ア ス ベ ス ト で あ る。 一 般 に こ の よ う に し て で き た 細 い 繊 維 を ア ス ベ ス ト 様 繊 維 (asbestiform)と呼ぶ。太い一般の角閃石が外力や溶液の影響で細くへき開したいわゆる 「へき開片(cleavage fragment)」とアスベストは違うので、測定のような場合両者を区別 すべきだという議論が一部にある。しかし、へき開片 cleavage fragment も細くなれば asbestiform と区別がつかなくなり、かつ生体影響の面からも細くへき開した cleavage fragment は asbestiform と同じように発がん性を持つことが知られていることを考えると、 ことさら両者を区別して測定する必要はないと筆者は考えている。 図10-1 角閃石の結晶構造図 図10-2 角閃石の結晶構造図

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 クロシドライト繊維を光学顕微鏡と電子顕微鏡で見た様子を図 11 と 12 に示した。クロ シドライトの光学顕微鏡写真(図 11)は、クリソタイルと異なり、直線状の針のような 繊維が観察される。クロシドライトとアモサイトの電子顕微鏡写真(図 12)では、太い 繊維が細い繊維にへき開している様子が観察されている。この場合、元の比較的太い繊維 も asbestiform と よ ば れ る ア ス ベ ス ト で、 細 く へ き 開 し た cleavage fragment も

asbestiform であり、前述の asbestiform と cleavage fragment の区別といった議論が意味

を持たないことは明らかである。  クロシドライト(UICC 標準試料)の繊維に垂直な横断面を高分解能電子顕微鏡で観察 した写真を図 13 に示した。図 10 に示した角閃石の複鎖構造と同様な構造が格子像として 図11 クロシドライトの光学顕微鏡写真(画面横幅が約 0.2mm) 図12  クロシドライトとアモサイトの透過電子顕微鏡写真 (繊維が開綿して細い繊維に変化している様子が観察されている。)

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観察できている(図 13 の右下挿入の拡大格子像)。写真の真ん中の繊維断面には、2 つの 繊維粒子が 30 度位の角度で双晶しており、さらに右側の粒子は丸みを帯びた黒い線で表 されるへき開が起きはじめている様子が示されている。周辺の粒子も凹凸の形と格子像か ら結晶軸方向は異なるが一緒に結晶成長した粒子であることが分かる。  図 14 はアモサイト(UICC 標準試料)の繊維断面の高分解能電子顕微鏡像である。図 13 のクロシドライトと同様に図 10 に示した角閃石の単位胞である複鎖構造が格子像とし て観察されている。繊維断面には割れ目が白い線として写っている。それがへき開面であ る。へき開面のその両側の格子像から、この繊維粒子の結晶軸方向は同じで、一つの結晶 がへき開で 2 つに割れようとしていることがわかる。 図13 クロシドライト(UICC 標準試料)の繊維横断面の高分解能透過電子顕微鏡写真

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 次にアンソフィライト・アスベスト(熊本県松橋町内田産)の繊維断面の高分解能電子 顕微鏡像を図 15-1 ∼ 3 に示した。また、図 15-1 の粒子全体の電子回折パターンを図 15-4 に示した。  図 15-1 の粒子は、いくつかに分裂しているが、格子像から結晶軸の方向が互いにほぼ 一致しており、へき開する前は一つの結晶粒子であったことが分かる。図 15-2 は、拡大 格子像で角閃石の基本複鎖構造が格子像として観察できる。いく筋もの縦方向に伸びたい く筋もの白い線は、このアンソフィライト・アスベストが風化によって b 軸方向に 2 倍 周期あるいは 3 倍周期の単位砲に変化している様子を示している。  図 15-3 は、粒子の表面付近を観察したもので、上のほうの部分は複雑な粒子表面の形 図14 アモサイト(UICC 標準試料)の繊維横断面の高分解能透過電子顕微鏡写真

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状を示している。下の写真の左端部分は、風化によって 2 倍周期、3 倍周期の構造へ変化し、 さらに長周期のタルクにまで変化している様子が観察されている。すなわち、アンソフィ ライトは風化により表面がタルク化するということである。これらの粒子の電子回折パ ターンには回折斑点間に b* 方向にストリーク(線状模様)が見られ(図 15-4)、格子像に 見られたような長周期構造が存在することを示している。 図15-1 アンソフィライト・アスベスト(熊本県松橋町内田)の繊維断面の高分解能 TEM 写真 図15-2 アンソフィライト・アスベストの繊維断面の高分解能 TEM 写真

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8.発がん性と危険な繊維サイズ

 アスベストの発がん性が確認されてから、アスベスト以外の多くの繊維状物質の生体影 響が懸念されるようになり、動物実験などによって盛んに調べられた。その結果、「細く て長い繊維で体内耐久性のあるものは化学組成や結晶構造によらずに発がん性が強い」と いう説が Stanton や Pott によって提示された(Stanton, et al., 1981; Pott, 1978)9,10)。これは、

図15-3 アンソフィライト・アスベストの繊維断面の高分解能 TEM 写真

図15-4  アンソフィライト・アスベストの繊維 断面の電子回折パターン

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発がん性は、アスベストに限らないことを示唆するとともに、繊維幅が 0.25 μ m 付近で 長さ 8 μ m 以上の繊維が特に強いというもので、同時に長さが 8 μ m より短い長さ数μ m の繊維でも発がん性は弱くなるものの依然として存在していることが確認されている。  その頃、トルコで中皮腫が風土病のように広く発生していることがトルコの医師バリス 博士によって報告された(Baris,1978)11)。この報告は、その原因がエリオナイトという 繊維状ゼオライトであることが判明し、実際にアスベスト以外の繊維状物質で人が発ガン した初めての例として一躍脚光を浴びた。その後の調査でも、カッパドキアを中心に分布 している火山性凝灰岩に繊維状エリオナイトが確認され、動物実験でも繊維状エリオナイ トによって中皮腫が発生することが確認された10)。現在では、繊維状エリオナイトは IARC の発がん評価でも 1(発がん性あり)にランクされている。  こうした Stanton や Pott の卓越した発がんのメカニズムに関する研究は、その後の研究 の作業仮説として大きな影響を与えてきたが、その発ガンメカニズムは今でもブラック ボックスのまま不明である。しかし、少なくとも発がんに影響する要因の一つを特定した ものとして評価は高い。今後のアスベストの発がん研究には、このブラックボックスの中 身を明らかにすることが求められている。  アスベスト使用禁止国では、アスベストの多くの用途を、ロックウールやグラスウール をはじめ種々の繊維状物質に代替している。繊維状物質なしに現代工業社会は成り立たな いことは自明である。そこで代替化に当っては、代替繊維状物質の発がん性はアスベスト に比べどれだけ低いか、人が吸入する可能性はあるのかなど、安全性について十分なリス クアセスメントがきわめて重要になっている。

9.おわりに

 アスベストの結晶構造とへき開について高分解能電子顕微鏡によって詳しく観察した。 その結果、へき開片 cleavage fragment もアスベスト様繊維 asbestiform も究極のところで は区別があいまいになることが分かった。建材や原材料中のアスベストの同定分析におい て、cleavage fragment と asbestiform を区別して測定すべきだとする議論は、人の健康管 理に関する測定法としては意味を持たないことを述べた。  また、アンソフィライト・アスベストは、他のアスベストより風化しやすいことが推定 されるが、風化によってタルク化が起きていることが高分解能電子顕微鏡観察によって発 見された。  アスベストによる疾病は、ばく露から発症までの潜伏期間が非常に長く、正に忘れた頃 に発症する時限爆弾だといわれている。そのため、アスベストばく露の機会は忘れ去られ、 因果関係が分りにくい典型的な有害物質でもある。曝露して直ぐに体調に変化が現れるよ うな物質であれば、それなりに警戒もしやすいが、何の変調も起きないとつい軽視してし まうのが人間の常である。現在、アスベストの使用は禁止されたが、アスベスト使用建物 の解体・改修は今後もアスベストばく露の危険性の高い職業として存在するので、この点 は十分に意識して対処すべきである。

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参考文献

1) Selikoff IJ and Lee DHK (eds.) :Asbestos and Diseases, p.1-5, Academic Press, New York、1978.

2) 神山宣彦(1986)石綿とは何か、産業医学ジャーナル 9、14-20.

3) WHO (1973) IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risk of Chemicals to Man: Some inorganic and organometallic compounds Vol. 2, IARC, Lyon.

4) ILO (1986) Convention 162: Convention concerning safety in the use of asbestos, ILO, Geneva, Swiss.

5) 厚生労働省(2005):基発第 0811002 号「労働安全衛生法施行令の一部を改正する政

令及び石綿障害予防規則等の一部を改正する省令の施行等について」

http://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-47/hor1-47-46-1-0.htm

6) Meeker GP, Bern AM, Brownfi eld IK, Lowers HA, Sutley SJ, Hoefen TM, Bance JS: The composition and morphology of amphiboles from the Rainy Creek complex, near Libby, Montana, Amer. Miner. 88, 1955-1969, 2003.

7) 地学辞典、平凡社、東京 1970

8) 神山宣彦:石綿の鉱物学的特性と産業利用、p. 4-5、環境省大気保全局企画課監修:

大気汚染物質レビュー 石綿・ゼオライトのすべて、(財)日本環境衛生センター発行、 川崎、502pp, 1987.

9) Stanton MF, Layard M, Tegeris A, Miller E, May M, Morgan E and Smith A : Relation of particle dimension to carcinobenicity in amphibole asbestoses and other fibrous minerals, JNCI 67: 965-975, 1981.

10) Pott F : Some aspects on the dosimetry of the carcinogenic potency of asbestos and other fi brous dusts, Staub-Reinhalt. Luft 38: 486-490, 1978

11) Baris YI, Artvinli M, Sahin A: Environmental mesothelioma in Trukey, Ann N Y Acad Sci 330: 423-432, 1979.

図 1 ロシアのウラル・アスベスト鉱山
図 15-3 アンソフィライト・アスベストの繊維断面の高分解能  TEM  写真

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