招待論文
プラスチック光ファイバによる車載高速光通信の開発と標準化動向
高橋
聡
†a)斎藤
恒聡
††杉原
興浩
†††In-Vehicle High Speed Optical Communication with Plastic Optical Fiber
– Development and Standardization
Satoshi TAKAHASHI
†a), Tsunetoshi SAITO
††, and Okihiro SUGIHARA
†††あらまし 自動車の内部には数多くの電子機器が装備されており,電磁ノイズ対策が必須な環境である.運転 支援システムや自動運転の実現に向けて今後見込まれる自動車の電子化と車載電子デバイス間の通信量の増加に 対応するため,自動車内の通信にプラスチック光ファイバによるギガビットイーサネットを提案する動きが近年 活発化している.現在IEEE802.3 及び ISO において日本メンバを中心として進められている車載光ギガビット イーサネット並びに関連する測定法の標準化活動の状況と,その活動を支えているO-GEAR プロジェクトの概 要について記述する. キーワード プラスチック光ファイバ,車両内通信,ギガビットイーサネット,標準化
1.
ま え が き
自動車の電子化が進むにつれ,車載電子デバイス間 の通信量も増加し,車載通信の高速化が進行してきた. 図1は,車載通信の高速化の概略を示したものである. また車輌1台あたりに搭載されるノードの数も年々増 加している.この傾向は,ADAS (Advanced Driving Assistant System)に代表される予防安全機能の高度 化や自動運転に向けた技術の進歩とともにますます加 速することが予想され,それに伴い車載通信の更なる 高速化が必要になるものと考えられる. 光ファイバによる自動車内通信には,高速性,電磁 ノイズフリー,軽量性等の様々な利点がある[1]. 光ファイバ通信は,本質的な電磁両立性とともに高 速かつ軽量である等,車載通信に適した利点をもつ. 車載光通信としては,5.6 Mbpsのマルチメディア 系ネットワークD2B(Domestic Digital Bus)を端†POFプロモーション,藤沢市
POF Promotion, 1–10–28–501 Kugenumafujigaya, Fujisawa-shi, 251–0031 Japan
††古河電工株式会社,市原市
FURUKAWA ELECTRIC CO., LTD., 6 Yawata-Kaigandori, Ichihara-shi, 290–8555 Japan
†††宇都宮大学大学院工学研究科,宇都宮市
Graduate School of Engineering, Utsunomiya University, 7– 1–2 Yoto, Utsunomiya-shi, 321–8585 Japan
a) E-mail: [email protected]
図 1 車載通信の高速化
Fig. 1 The increase in speed of in-vehicle network.
緒として,業界団体規格であるMOST (Media Ori-ented Systems Transport)により規定された25 Mbps (MOST 25)や150 Mbps (MOST 150)の通信システ ムが,欧州車を中心として多くの車に採用されてき た.これらはプラスチック光ファイバ(POF)を伝送 媒体とするリングトポロジーの通信システムであり, CD/DVDやカーナビゲーションやセルラフォン等を つなぐInfotainment用途に現在まで20年近い搭載実 績がある. 近年は更なる車載高速通信の実用化を目指し,イー サネットを通信プロトコルとして用いたPOFによる
1 Gbpsの高速通信(GEPOF:Gigabit Ethernet over POF)のデジュール標準化を進める活動が行われて いる.
域で透明度の高いポリメタクリル酸メチル(PMMA) 樹脂をコア材料に用い,クラッドには含フッ素樹脂共 重合体が用いられている. SI形POFはデジタルオーディオケーブル等の民生 用途や短距離のファクトリーオートメーション用途等 で30年以上にわたり使用されており,また厳しい環 境条件下で使用される自動車内通信の配線としても使 われてきた.通信用SI形POFの製品仕様は,IEC 60793-2-40でサブカテゴリーA4a.2として規格化さ れている. SI形POFの最大の特徴は,そのコア径の大きさで ある.車載光通信に使用されているPOFとその他の 光ファイバとの断面の比較を,図2に示す. SI形POFのコア径は約980μmと非常に大きいた め,接続部品に高い精度が不要であり安価な樹脂モー ルド部品等が使用可能である.また接続に許容され る軸ずれも大きい.更にプラスチック製であるため光 ファイバ外径が1 mmと非常に太いにもかかわらず柔 軟であり,衝撃や小径の曲げを受けても破断しない. 2. 2 車載POFケーブルの概要 MOST等で使用されている車載用POFケーブル は,POFに強く密着した黒色の一次被覆と,その外 層にある剥き取り可能な外被という単純な構造であり (図3),車両への配索に要求される抗張力や難燃性及 び耐薬品性を備えている.また,105◦C耐熱を満足す るPOFケーブルも製品化されている. 成端処理は,端末部で前記の外被を除去してフェ ルールに挿入し,一次被覆に対して金属フェルールの 場合は圧着,樹脂フェルールの場合はレーザ溶着によ り固定する.POFの端面は単に切断するかあるいは簡 単な研磨を施すだけであり,工程は非常に簡易である. 車載用POFケーブルは,自動車ハーネスの製造時 に加えられる曲げや衝撃にも耐える充分な機械的強度
Fig. 2 Cross sections of typical optical fibers.
図 3 車載 POF ケーブルの構造
Fig. 3 The structure of in-vehicle POF cable.
図 4 POFケーブルを一体化した車載ハーネスの例
Fig. 4 An example of automotive wire harness com-bined with POF cables.
をもつ.POFケーブルをメタルケーブルに結束し一 体化させた車載ハーネスの一例を,図4に示す.
3. GEPOF
3. 1 GEPOFの概要 SI 形 POF を 用 い た ギ ガ ビット イ ー サ ネット (GEPOF)の製品開発及び規格化活動が,日本及び 欧州のメンバを中心として活発に進められている.基 本的にはMOST等で実績のあるPOFと,赤色LED(波長650 nm)を用いた光トランシーバとの組合せを そのまま採用している.ただしベースバンド帯域がファ
図 5 GEPOF送信側の信号処理の概要 Fig. 5 Block diagram of GEPOF transmission.
イバ長100 mでせいぜい100 MHz程度であるSI形
POFと同様にカットオフ周波数が100 MHzのオーダ である赤色LEDによりギガビットの伝送を実現するた めに,16値のPAM(Pulse Amplitude Modulation),
64B/65Bコーディング,Tomlinson-Harashima pre-coding等の変調技術を組合せて適用している(図5). 詳細については参考文献[2]を参照されたい. また,ギガビット伝送に必要なPOFの周波数特性 を確保するために,次章で説明する方法によりPOF に対する励振条件を規定している. 3. 2 POFに対する励振条件の規定法 マルチモード光ファイバ(MMF)の伝送特性はその 励振条件に大きく依存するため,高速伝送の実現には 励振条件の規定が必要となる.グレーデッドインデッ クス(GI)形光ファイバについては,EF(Encircled Flux)による規定が標準化されている[3].他方SI形 光ファイバの場合,励振条件の数値規定として従来入 射NAが使用されてきた.しかしながら,LEDによ る光送信器の場合レンズ形状等により様々な放射光角 度分布を示すため,単に特定の角度幅を入射NAとし て規定するだけでは不充分である.例えば図6に示し た二つの光源はほぼ同じ半値NAをもつが,図中に実 線で示した光源Aは破線で示した光源Bよりも高次 モード成分が多いため(図中斜線),これらの光源に より測定したSI形POFの周波数応答には-3 dB帯域 で20 MHz以上の差が出ている. これまでSI形POFの通信用途は低速であったた め励振条件に留意する必要がほとんどなかったが, GEPOFの実現にはより厳密な励振条件の規定が必要 となる.その規定法としてEAF(Encircled Angular
図 6 ほぼ同じ半値 NA をもつ光源による励振条件(左)
と周波数応答(右)の測定結果の例
Fig. 6 Frequency responses measured with similar launch NAs.
Flux)が提唱され[4],その測定法規格を日本からIEC (International Electrotechnical Commission)のSC 86Bに提案し,2015年2月にIEC 61300-3-53とし て出版された[5].EAFの考え方はGI形MMFに対 する励振条件規定法であるEFと同様である.EFは 光ファイバ出射端面における光強度分布から計算され る.他方SI形MMFの場合モードパワー分布は伝播 光の角度分布と相関するため,光ファイバからの放射 光の角度分布を示すFFP(Far Field Pattern)を測 定し,ある放射角度以内に含まれる光強度の全放射光 強度に対する割合からEAFを算出する.EAFの定義 を図7に,FFP画像の例とそれに対応するEAFの計 算結果を図8に示す. なおコア径が約1 mmのSI形POFで赤色の光を 伝送する場合,Far field条件を満たすためには出射端 からFFP測定面まで数mの距離が必要となるため, IEC 61300-3-53に測定法の一つとして記載されてい
図 7 EAFの定義 Fig. 7 Definition of EAF.
図 8 EAF計算結果の例
Fig. 8 An example of EAF measured.
る光ファイバからの出射光を直接CCD等の光センサ で受けるDirect imaging法[6]は実際上適用できず, f-θレンズ系を用いることが必須である[7]. 因みにSI形POFではモード変換が大きいため,光 ファイバ出射端面の光強度分布は1 m程度の非常に短 い距離でほぼ均一になる.したがって励振条件の規定 や接続損失の計算等では,放射光の角度分布のみを考 慮すればよい.
4. GEPOF
に関連した標準化の状況
4. 1 IEEE802.3における標準化の動向イーサネットの規格を策定するIEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers)の802.3作 業部会(Working Group:WG)で,日本,スペイン, ドイツ等が中心となりGEPOFの規格作成の検討開 なしで最大40 mの伝送仕様を規定している. 2016年1月には802.3 WGでの投票に付する段階 への移行が承認され,メンバ間での回覧によるコメ ントへの対処を繰り返し,同年7月にIEEEのスポ ンサーによる投票の段階へ進めることが認められた. その後IEEEスポンサーによる回覧を経て,2017年 3月に現規格への追補9: 802.3bv-2017として発行さ れた. 4. 2 ISOにおける標準化の動向
ISO(International Standardization Organiza-tion)でも,前述のGEPOF物理層の適用による車載 ギガビットイーサーネット通信について,IEEEでは 規定しない部分についての規格策定作業が始められて いる.TC 22(Road vehicles専門委員会)のSC 31
(Data communication分科会)及びSC 32( Electri-cal and electronic components and general system aspects分科会)に対し,それぞれ日本から新規提案 文書を提出し,2015年末から2016年1月にかけてい ずれも承認された. SC 31ではIEEE 802.3で規定しない車載に特化 した通信要件の規格化を目的として,自動車内ネット ワーク規格を担当するWG 3内に日本委員をリーダ とするプロジェクトチームが2016年4月に結成され, 原案作成作業を進めている. またSC 32では,車載用POFケーブルやハーネス やコネクタ等の光部品及び試験法の標準化を目的とし て,やはり日本委員を議長とするWG 10が新設され, 原案作成作業が進められている. 現時点における車載イーサネットに関するISO規格 の構成を図9に示す.太線で囲まれた以下の文書4件 について,現在規格案を作成中である. (1) 21111-1:車載イーサネットの概要及び用語等の定 義
図 9 車載イーサネットに関する ISO 規格文書の構成案 Fig. 9 Construction of ISO draft specifications on in-vehicle Ethernet.
(2) 21111-2:光通信と電気通信とに共通する物理層デ バイスの仕様と媒体非依存インタフェースの規定 (3) 21111-3:GEPOF物理層デバイスの仕様及び適 合性試験 (4) 21111-4:GEPOF用光部品の仕様及び試験法 こ れ ら の う ち(1)か ら(3)ま で は 前 述 の SC31/ WG3/内プロジェクトチームで扱われており,車載 通信に特有なWakeup/Sleep等の機能や,媒体非依存 インタフェースの知的財産権の扱い等に関する議論が 行われている. (4)はSC32/WG10において作業中であり,光ハー ネスやコネクタ等の部品に関する仕様や試験法につい て,日本メンバが中心となり原案を作成している.部 品製造及び実装の現場で,GEPOFの複雑な信号処理 を使用せずに実施できる試験法の策定を進めている. なお21111-5以降の文書については,今後新規作業 項目として順次提案される予定である.
5. O-GEAR
プロジェクト
前述のIEEE,ISO及びIECにおける標準化活動 は,経済産業省による「エネルギー使用合理化国際標 準化推進事業委託費(省エネルギー等国際標準共同研 究開発・普及基盤構築事業:大口径マルチモード光ファ
イバ・コネクタ及びその通信性能に関する国際標準化・ 普及基盤構築)」の支援を受けたO-GEAR(Optical Gigabit Ethernet for Automotive aRchitecture)プ ロジェクトにより推進されている.O-GEARプロジェ クトには自動車・電装・光部品等異なる業界の企業や 大学等の研究機関17団体(2016年1月現在)が参画 しており,各々役割を分担しかつ情報を共有し,各標 準化団体における車載光通信の標準化作業のほか,光 部品及び伝送システムの特性評価や実証認証基盤構築 の準備作業を行っている.O-GEARプロジェクトに よる標準化活動の構図を図10に示す. ISO TC 22及びIEC SC86については,それぞれ の国内審議団体である自動車技術会及び電子情報通信 学会へO-GEARのメンバからエキスパート登録し参 加している. IEEEは個人資格による参加であるが,日本の自動 車関連業界団体であるJASPARや欧州企業を中心に 設立された業界団体OPEN Allianceとも協調しなが ら標準化を進めている.O-GEARプロジェクトから は約10名が参加し,プロジェクトの成果に基づいた 提案と討議を行うとともに投票への対応やロビー活動 を行っている. 更 に 2015年 と 翌2016年 に は ,IEEE-SA
Eth-Fig. 10 Standardization activities by O-GEAR project.
表 1 自動車内光通信に関連する標準化状況
Table 1 Status of standardization related to in-vehicle optical communication.
ernet & IP @ Automotive Technology Dayに O-GEARとして出展し,光ファイバによるギガビット イーサネット及びマルチギガビットイーサネットの実 証システムを展示して車載光通信の信頼性の訴求と認 知度の向上に努めた.
6.
む す び
これまで述べてきたように,自動車内通信の高速化 のトレンドに対応して,SI形POFで1 Gbpsの伝送 を可能にする技術の開発と自動車内光通信に関する標 準化が進められており,O-GEARプロジェクトを中 心とする日本のメンバがその主導的役割を果たしてい る.各標準化団体における状況を表1にまとめた. O-GEARプロジェクトは2016年度が最終年度であ るが,今後も標準化作業を進めるとともに,標準の策 定にとどまらず実際の市場形成を目的とした戦略と仲 間作りが重要な課題となる. 文 献 [1] 各務 学,小林 茂,芹澤直嗣,平岩徹也,麻生 修,後藤 英樹,“車載光ファイバ通信の現状と今後,”レーザー研究, vol.42, no.4, pp.320–325, 2014. [2] http://www.ieee802.org/3/GEPOFSG/public/ Tutorial/index.html (2016.11.30現在)Yasukawa, H. Yang, D. Robinson, H. Baghsiahi, F.A. Fern´andez, and D.R. Selviah, “Equilibrium modal power distribution measurement of step-index hard plastic cladding and graded-index silica multimode fibers,” Proc. SPIE, vol.9368, pp.93680N-1–9, 2015. [7] S. Kobayashi and O. Sugihara, “Encircled
angu-lar flux: A new measurement metric for radiating modal power distributions from step-index multi-mode fibers,” IEEE J. Lightwave Technol., vol.34, no.16, pp.3803–3810, Aug. 2016. [8] http://www.ieee802.org/3/bv/index.html (2016.11.30現在) (平成 28 年 12 月 11 日受付,29 年 3 月 31 日再受付, 7月 14 日公開) 高橋 聡 (正員) 昭 61 筑波大大学院修士課程了.同年三 菱レイヨン株式会社,POF の特性解析,新 規市場開発及び規格標準化に従事.平 15 同 社退社,富士写真フイルム(当時)入社.平 18同社退社,科学技術振興機構 ERATO-SORSTプロジェクト参加.平 23 よりフ リーランスの技術コンサルタント. 斎藤 恒聡 (正員) 平 6 東北大・工・応用物理学科卒.平 8 同大大学院修士課程了.同年古河電気工業 株式会社入社.以来光ファイバ通信関連部 品・光ファイバコネクタ物品の研究開発に 従事.IEEE 会員.
杉原 興浩 (正員) 平 3 慶應義塾大学大学院博士課程了.日 本学術振興会,静岡大学,東北大学を経て, 現在宇都宮大学大学院工学研究科(兼担オ プティクス教育研究センター)教授.光学 用有機材料ナノ構造制御と光導波路の研究 及び車載光通信標準化開発に従事.平 21 より科学技術振興機構戦略的イノベーション創出推進プログラ ム(S イノベ)「フォトニクスポリマー」プロジェクトマネー ジャー.平 23 電子情報通信学会エレクトロニクスソサイエティ 活動功労表彰,平 25 エレクトロニクス実装学会理事等を歴任. 工博.