財政危機を考慮した世代会計の分析
著者
水谷 剛
雑誌名
経済学論究
巻
70
号
2
ページ
79-107
発行年
2016-09-20
URL
http://hdl.handle.net/10236/00025825
財政危機を考慮した世代会計の分析
∗
Incorporating the Risk of Fiscal Crisis
into Generational Accounting
水 谷 剛
Traditional models of generational accounting assume that only future generations bear the burden of repayment of government debt accumulated by past and current generations. However, if we assume that the model of generational accounting incorporates the risk of a fiscal crisis, the current generation would also bear a burden. This paper predicts that a fiscal crisis would occur in FY 2030-2036 and that the current generation would face a high inflation rate (51%-78%) or a high consumption tax rate (56%-79%). Thus, the current generation should take measures toward fiscal consolidation for its own benefit as well as for the benefit of future generations.Tsuyoshi Mizutani
JEL:H1, H3, H6
キーワード:世代会計、財政危機、家計貯蓄、政府債務
Keywords:generational accounting, fiscal crisis, household saving, government debt, Japanese government bond
1 はじめに
政府債務の膨張や急速に進行する少子高齢化を背景に、世代間の不公平が日 本にとって重要な問題となっており、世代間格差を定量的に示す世代会計の活 用が期待されている。 世代会計とは、将来にわたる個人の政府に対する受益と負担を現在価値で * 本稿の作成にあたっては、上村敏之教授から貴重なコメントを頂いた。また、日本財政学会第 72 回大会(中央大学)における討論者の日高政浩先生(大阪学院大学)、本誌の匿名レフェリー を務めていただいた 2 名の先生方からも貴重なコメントを頂いた。ここに記して深い感謝の意 を表したい。なお、すべての誤りは筆者の責に帰す。経済学論究第 70 巻第 2 号 評価し、世代別に集計したものである。世代会計においては、政府の異時点間 の予算制約が最終的に満たされることを前提に、現在生きている世代(現在世 代)には税率や社会保障給付等の現行の政策が維持される一方、将来生まれて くる世代(将来世代)が先送りされた政府債務を負担するとの仮定が置かれて いる1)。 しかしながら、財政危機を考慮すると、先送りされた政府債務を将来世代に すべて負担させることはできない。ギリシャの財政危機でみられるように、財 政危機が起こった時期に生きている世代の負担が非常に重くなるという現実が ある。また、過去の財政危機への対応事例をみると、高率のインフレや厳しい 財政再建策が余儀なくされているが、こうした財政危機への対応の違いが、世 代間の負担に影響することが考えられる。
本稿では、Hoshi and Ito[2014]の手法を参考に、政府債務残高が民間貯 蓄残高を上回る時点で財政危機が発生すると仮定し、財政危機の発生時期を推 計する。次に、財政危機の発生から一定期間に政府がインフレもしくは増税に より対応すると仮定し、世代会計を用いてそれぞれのケースで世代間の負担に どのような影響を与えるかを分析する。財政危機を考慮した世代会計の手法を 用いることにより、財政危機が現在世代にどの程度の負担増をもたらすかを定 量的に示すことが本稿の意義である。 本稿の分析により、財政危機の発生時期は2030∼2036年と推計され、財政 危機の期間には51%∼78%の高いインフレ率もしくは56%∼79%という高い 消費税率が必要となることが示された2)。各世代の負担への影響をみると、財 政危機の時期に税(シニョリッジ)負担のウェイトが大きい世代の負担がより 重くなることが示された。 本稿の構成は以下のとおりである。2節では先行研究と本稿の位置づけにつ いて概説する。3∼5節では財政危機の発生時期および世代会計の推計手法、6 1) 本稿では、世代会計の考え方に従い、現在生きている世代を「現在世代」、将来生まれてくる世 代を「将来世代」と定義する。 2) 推計値の幅は、当期の民間貯蓄残高のうち、どれくらいの割合が翌期に国債に再投資されるかの 仮定の違いによる。詳細は本稿 3 節参照。
節では推計結果について説明する。最後に、結論と残された課題を指摘して本 稿を締めくくる。
2 先行研究と本稿の意義
世代会計はAuerbach et al.[1991]により提唱され、これまで多くの国の 世代会計が推計されている。日本の世代会計については、吉田[2006]、増島・ 田中[2010]、島澤[2011]、北浦[2014]等によって推計され、いずれの分 析においても将来世代と現在世代の間に大きな世代間不均衡があることが示さ れている3)。 このうち、財政の持続可能性を考慮した世代会計には、増島・田中[2010]、 北浦[2014]がある。これらの研究は、遠い将来の特定時点における政府債務 残高を一定水準以下にするために必要な収支改善幅を前提として、世代会計の 推計を行っている4)。また、世代会計ではないが、Ihori et al.[2006]では、 財政を持続可能とするいくつかのシナリオの下で、各世代の厚生水準に与える 影響について世代重複モデルを用いて分析している。日本の財政破綻についての先行研究では、Broda and Weinstein[2005]が、
将来の特定時点の政府債務残高対GDP比が基準時点と同じ水準に戻ることを
財政の持続可能性の条件として、必要な財政収支の改善幅を推計している。こ れに対し、Hoshi and Ito[2014]は、遠い将来に債務残高が基準時点と同じ 水準に戻るとしても、それまでの過程で政府債務残高が民間貯蓄残高(ストッ ク)を上回ると低金利での円滑な国債消化ができなくなる可能性を考慮し、財 政危機の発生時期を推計している。
本稿では、Hoshi and Ito[2014]の考え方に倣い、政府債務残高が民間貯蓄 残高を上回る時点を財政危機の発生時期と仮定し、財政危機発生から一定期間 3) 先行研究の整理は、吉田[2006]、水谷[2013]、北浦[2014]に詳しい。 4) 増島・田中[2010]は、2105 年度の純債務残高対 GDP 比を基準時点の水準もしくはゼロと するための財政収支の改善幅を計算し、増税で対応する場合の世代会計を推計している。北浦 [2014]は、100 年後の純債務残高対 GDP 比を一定水準以下に低下させるために必要な財政 収支の改善幅を計算し、IMF の財政再建策に追加して 2030-40 年度にかけて段階的に増税す ると仮定して世代会計を推計している。
経済学論究第 70 巻第 2 号 にインフレもしくは増税による対応がなされる場合の世代会計の推計を行う。 これにより、財政危機が現在世代にどの程度の負担増をもたらすかを示す。 本稿の推計手法は、財政危機発生後の特定時点における政府債務残高を一 定水準以下とするために必要となるインフレ・増税の政策対応を前提として、 世代会計の推計を行うものである。財政の持続可能性を制約条件にした世代会 計の分析は増島・田中[2010]、北浦[2014]でも行われているが、本稿の意 義は、財政危機の発生を明示的に仮定した世代会計を推計することにより、財 政危機の発生時期に生きている現在世代の負担がどの程度増加するかを明確に 示したことにある。遠い将来の政府債務残高が一定水準以下に戻るとしても、 Hoshi and Ito[2014]が指摘するように、それまでの経路上で国債消化がで きなくなり財政危機が発生する可能性がある。本稿では、こうした可能性を考 慮した場合に、財政危機の時期に生きている現在世代に大きな負担増をもたら すことを示したことに意義がある。 Ihori et al.[2006]は、2024年以降の公債残高対GDP比が財政の持続可 能性が確保される水準で一定となる仮定を置き5)、必要となる増税幅を求める ことにより、各世代の効用を推計している。将来の公債残高対GDP比が一定 水準とすることにより、将来に向けた経路上で財政危機が発生する可能性は回 避されることとなる6)。ただ、 Ihori et al.[2006]では、将来の財政の持続可 能性確保に向けて基準時点から増税が行われることを仮定しているが、現実に は増税や歳出削減は容易でない。このため、財政の持続可能性を確保するため の負担増がどの程度必要かではなく、財政危機が実際に発生したときに各世代 にどの程度の負担増をもたらすかを示すことに意義があると考えられる。 さらに、本稿では、過去の財政危機に対しインフレにより対応した事例が多 いことを踏まえ、財政危機の考慮にあたってインフレによるシニョリッジを取 り入れた分析を行った点も意義であると考えられる。 5) 2003∼2023 年については、公債残高対 GDP 比の伸び率が段階的に縮小する仮定を置いてい る。 6) 北浦[2014]においても、政府債務残高対 GDP 比の水準を一定とするために増税もしくは政 府支出削減を行うとの仮定を置いた推計が行われている。
3 財政危機の発生時期の推計手法
財政危機の発生時期については、Hoshi and Ito[2014]の手法をベースと して、政府債務残高が民間貯蓄残高を超える時点で財政危機が発生すると仮定 する。以下では、財政危機の発生時期の推計手法を概説する。
まず、Hoshi and Ito[2014]に倣い、民間貯蓄残高の推計を行う。基準時
点の民間貯蓄残高は以下の(1)式により計算される。 民間貯蓄残高(A0)=家計の金融純資産−家計部門の保有する株式 +企業部門の保有する現金・預金、国債・財投債 (1) (1)式の民間貯蓄残高(A0)とは、国債購入の原資となりうる民間部門の貯蓄 残高である。家計の金融純資産とは、家計金融資産から住宅ローン等の家計金 融負債を控除したものである。家計の金融純資産をベースとして、家計部門の 保有する株式は将来にわたり保有し続けるものと仮定し7)、国債購入に回らな いものとして控除する。一方、企業部門の保有する現金・預金、国債・財投債 に相当する額は8)、国債購入に回る可能性がある部分として民間貯蓄残高に加 える。 翌期以降の民間貯蓄残高については、以下の(2)式で表される。 At+1={1 + r0+ θ(rt− r0)}At+ St (2) At:t期末の民間貯蓄残高 rt:t期の利子率 St:t期の家計貯蓄 θ:国債への再投資割合(0≤ θ ≤ 1) At+1を求めるために、Atから金利および国債への再投資割合(θ)を調整 して求めた投資額をまず計算する((2)式右辺第1項)。再投資割合(θ)とは、 金利が基準時点を上回る場合、上回った分から生じる利子所得のうちθの割合 が国債に再投資されると仮定している。これは、財政に対するリスクプレミア 7) 家計部門の保有する株式は日本銀行『資金循環統計』より入手。 8) 企業部門の保有する現金・預金、国債・財投債は『資金循環統計』より計算。
経済学論究第 70 巻第 2 号 ムにより国債金利が上昇した場合、上昇分に相当する利子所得がすべて国債に 再投資されない可能性を考慮したものである9)。 こうして求めた国債への再投資額に国債投資に回る可能性のある当期の家 計貯蓄(St)を加えることで、At+1を計算する。 Stについては、まず総務省『家計調査』における世帯主の年代別の収入・支 出のデータを用いて年代別貯蓄率を求める(詳細は補論参照)。基準時点(2013 年度)の年代別貯蓄率が将来にわたり不変であると仮定し、これに年齢別の推 計世帯数を掛けて家計部門全体の貯蓄率を求める。最後に、家計部門全体の貯 蓄率に内閣府『国民経済計算』(以下、SNA)の家計可処分所得を掛け合わせ ることで当期の家計貯蓄(St)を求める。 次に、政府債務残高の推計を行う。本節の財政危機の発生時期の推計におけ る政府債務残高の定義については、Hoshi and Ito[2014]に倣い、土居[2008]
で示された「調整済みネット債務」の概念を用いる。「調整済みネット債務」 は、政府部門の負債額から社会保障基金が保有する金融資産および国庫短期証 券の見合いとして保有する資産の額を控除することで計算する。 翌期以降の政府債務残高については、以下の(3)式で表される。 Dt+1= (1 + rt)Dt+ GEt− GRt (3) Dt:t期首の政府債務残高 rt:t期の金利 GEt:t期の政府支出(国債関係費除く) GRt:t期の政府収入(国債収入除く) (3)式は、Dtに利払い費と基礎的財政収支の赤字額(GEt− GRt)を加え ることでDt+1が計算できることを意味している。将来のGEt、GRtについ 9) 金利上昇分を含めてすべての利子所得が国債に再投資されるケースが θ = 1、基準時点の金利 を上回る部分は全く国債に再投資されず他の資産(株式、土地等)に投資されるケースが θ = 0 となる。Hoshi and Ito[2014]では θ = 0、θ = 0.5、θ = 1 の 3 通りのケースについて推 計を行っているが、金利上昇分が全く国債に再投資されない θ = 0 のケースは想定しにくいこ とから、本稿では θ = 0.5、θ = 1 の 2 通りのケースについて推計を行う。
ては、世代会計の基本推計と同じ手法により推計する10)。 推計された政府債務残高が民間貯蓄残高を上回る時点で、民間貯蓄残高を背 景とした国内金融機関による低金利での国債消化ができなくなり、財政危機が 発生すると仮定する。
4 世代会計の基本推計手法
4.1 本稿の手法の概要 本稿では、増島・田中[2010]の手法をベースとして推計を行う。増島・田 中[2010]の世代会計の手法はAuerbach et al.[1991]を拡張したものであ るが、まず両者の違いを概説する。 Auerbach et al.[1991]の世代会計については、①過去の受益・負担が算 入されておらず比較可能なのは将来世代と0歳世代のみである、②生涯純負担 額では経済成長による所得水準の変化が考慮されず実質的な負担の重さを測れ ない、等の問題点が指摘されている11)。 増島・田中[2010]は、これらの問題点を改善し、過去の受益・負担を反映 して現在世代の生涯純負担を推計するとともに、生涯純負担の生涯所得に対す る比率である生涯純負担率を世代間不均衡の指標として推計している。生涯純 負担率による比較では、経済成長による所得水準の変化が考慮され、世代間の 実質的な負担の重さを測ることができる。 4.2 モデル 世代会計は、将来にわたる政府支出と政府純債務残高を将来にわたる政府収 入でまかなうという政府の異時点間の予算制約式が出発点となる。(3)式のt10) 世代会計の推計の手法は本稿 4 節参照。Hoshi and Ito[2014]では、収入は税・社会保険料 の合計を GDP 比 30%(2010 年の水準)で固定し、支出は①医療・介護は 2008 年の社会保 障国民会議の推計、年金は 2009 年の政府の年金財政検証に従い、②その他の項目は労働生産性 上昇率で将来にわたり延伸している。この点は、本稿の世代会計の手法による政府収入・支出の 推計と異なる。 11) 水谷[2013]参照。なお、Auerbach et al.[1991]の世代会計への批判およびそれに対する 反論については、吉田[2006]に詳しい。
経済学論究第 70 巻第 2 号 にt0(基準時点)から無限遠までを代入して合計すると、政府の異時点間の予 算制約式は以下の(4)式で表される12)13)。 ∞ X s=0 GRt0+s Ys i=t0 „ 1 1 + ri « = ∞ X s=0 GEt0+s Ys i=t0 „ 1 1 + ri « + D0 (4) 世代会計では、 政府収入は全額個人の負担とみなす一方、政府支出(GEt)に ついては、年金・医療のように個人の受益とみなす支出項目(移転支出GTt) と政府消費や政府投資のように個人の受益とみなさない支出項目(非移転支出 Gt)の2つに分けて扱うこととしている。以下のとおり(4)式を変形する。 ∞ X s=0 (GRt0+s− GTt0+s) Ys i=t0 „ 1 1 + ri « = ∞ X s=0 Gt0+s Ys i=t0 „ 1 1 + ri « + D0 (5) ここで、(5)式の左辺は個人の純負担(=負担−受益)を表しており、この純 負担を現在世代の純負担と将来世代の純負担に分けると、以下の(6)式のとお り変形できる。 d X s=0 Nt0,t0−s+ ∞ X s=1 Nt0,t0+s= ∞ X s=0 Gt0+s Ys i=t0 „ 1 1 + ri « + D0 (6) ここで、Nt0,kはk年生まれの人が基準年(t0)以降の生涯に負う純負担の合 計であり、dは生存年齢の上限(寿命)を表している14)。なお、現在世代およ び将来世代の純負担額はt0年における割引現在価値で表されている。 12) (4) 式の左辺に limt→∞Dt Qt i=t0 “ 1 1+ri ” の項が残ることとなるが、世代会計では将来の政府 債務が発散しない異時点間の予算制約が満たされゼロになると仮定することにより (4) 式が導 出される。
13) 3 節の財政危機の発生時期の推計における政府債務残高は Hoshi and Ito[2014]に倣い「調 整済みネット債務」を用いるが、本節の世代会計の推計にあたっては増島・田中[2010]など の先行研究に倣い SNA の政府純債務残高を用いている。両者の違いは、財政危機の際に債務 返済に充当できない性質の資産を相殺するかどうかである。財政危機の発生時期の推計では財 政危機が起こったときに充当できる資産であるかを問題視しているのに対し、世代会計では政府 の異時点間の予算制約式が最終的に満たされることを問題視している。このため、財政危機の発 生時期の推計と世代会計の推計で異なる定義の政府債務残高を用いている。 14) 増島・田中[2010]における世代会計の手法の説明では、Nt,kを各世代の合計ではなく 1 人当 たり純負担額と定義しているが、本稿では、Auerbach et al.[1991]に従い、各世代の純負 担の合計額を Nt,kと定義する。
(6)式は世代会計の基本式であり、政府の異時点間の予算制約において、現 在世代及び将来世代の純負担の現在価値の合計が、将来の政府の非移転支出の 現在価値及び政府純債務残高の合計をカバーしなければならないゼロサムゲー ムの性質を示している。 左辺第1項の現在世代のNt0,kはk年生まれの人のm年における人口Pm,k を用いて、以下の(7)式のとおり定義される。 Nt0,k= k+d X S=t0 ¯ Ts,kPs,k Ys i=t0+1 „ 1 1 + ri « (7) ここでT¯s,kはk年生まれの人のs年の1人当たり純負担額を表す。T¯s,kにs 年に生存しているk年生まれの人口Ps,kを掛けて現在価値化した額を基準年 以降の生涯分を合計することでk年生まれの純負担額Nt0,kを求める。現在世 代のNt0,kについては基準年からの純負担額の合計となり、将来世代のNt0,k については生年からの純負担額の合計となる。 現在世代のk年生まれのs年における1人当たり純負担額(T¯s,k)の計算に ついては、各受益・負担項目の基準年の額をベースとして将来の額を推計し、 k年生まれのs年における各負担項目の合計から各受益項目の合計を差し引く ことで求めることができる。 現在世代の各世代の純負担額が(7)式から計算されると、将来世代全体の純 負担額が(6)式を左辺第2項について解くことにより求められる。将来世代の 各世代の純負担額は、生年が1年遅れるごとに純負担額Nt0,t0+sが労働生産 性上昇率だけ増加すると仮定することで計算可能となる15)。 Nt0,kは各世代の合計の純負担額であるため、各世代人口で割ることによ り16)、1人当たりの純負担額を求める。(7)式で計算される現在世代の各世代 の純負担額は基準時点以降の合計であるが、本稿では過去分の受益・負担も考 慮することとしている。現在世代の過去分の純負担額については、次の(8)式 により計算される。 15) この仮定により、成長を調整した将来世代の各世代の純負担率が等しいとみなすことができる (Auerbach et al. [1991]参照)。 16) 現在世代については基準時点の人口(Pt0,k)、将来世代については生年の人口(Pk,k)で割る。
経済学論究第 70 巻第 2 号 Ntp0,k= tX0−1 s=k ¯ Ts,kPs,k Yt0−1 i=k (1 + ri) (8) (8)式により計算された現在世代の各世代の過去分の純負担額を(7)式と合計 し、k年生まれのt0年における人口で割ることで過去分の受益・負担を反映 した現在世代の各世代の生涯純負担額が計算される17)。 次に生涯純負担率の導出について概説する。生涯純負担率の計算に必要であ る生涯所得は、k年生まれの1人当たり所得額を生年から寿命まで合計するこ とで求める。k年生まれ世代の生涯所得をlyk、k年生まれ世代のs年の1人 当たり所得額をY¯ s,kとすると、lykは次の(9)式のとおり計算される。 lyk= tX0−1 s=k ¯ Ys,k Ys i=k(1 + ri) + k+d X s=t0 ¯ Ys,k Ys i=t0 „ 1 1 + ri « (9) (9)式の右辺第1項はk年生まれ世代の過去分、右辺第2項は基準年以降の1 人当たり所得を表し、その合計が生涯所得となる。Y¯については、s年におけ る国民所得を各世代の所得に分配することにより計算する18)。現在世代の各 世代の生涯純負担率は、(7)式と(8)式から計算した1人当たり生涯純負担額 を(9)式から計算した1人当たり生涯所得で割ることで求める19)。 4.3 本稿のデータおよび仮定 本稿のデータについては、SNAから基準時点の政府収入・支出の各項目の 総額をとり20)、これを総務省『全国消費実態調査』等の年齢別統計を用いて各 年齢に分配することで21)、1人当たり純負担額を計算した22)。生涯純負担額 17) (4) 式の政府の異時点間の予算制約式は、基準時点から将来にわたる収支の均衡を表しているた め、(8) 式により求められる過去分の純負担額の影響は受けず、将来世代の生涯純負担額に影響 しない。 18) 分配データの詳細については水谷[2016]参照。 19) 将来世代の生涯所得については、生涯純負担額と同様、生年が 1 年遅れるごとに労働生産性上 昇率だけ増加すると仮定する。この仮定を置くことで、将来にわたり生涯純負担額と生涯所得の 伸び率が等しくなるため、将来の各世代の生涯純負担率も等しくなる。したがって、将来世代の 生涯純負担率は、t0+ 1 年生まれ世代の生涯純負担率(= nt0,t0+1/lyt0+1)で表すことが可能 となる。 20) 所得税と法人税の分配については、国税庁統計を用いた。 21) 法人税負担については、労働者と資本家が 2 分の 1 ずつ負担の前提の下で各年齢に分配してい る。 22) 医療・介護支出については厚生労働省統計を用いて分配している。所得税等の分配については、 『全国消費実態調査』の勤め先収入を『国勢調査』から計算した就業率で調整した年齢階級別デー
および生涯所得の将来推計に必要となる人口については、国立社会保障・人口 問題研究所『日本の将来推計人口(平成24年1月推計)』を用いた。 政府収入・支出の将来推計については、①総額を経済成長率で延伸する項目 (税収、政府消費、公共投資等)23)、②年齢別1人当たりの額を労働生産性上 昇率等で延伸する項目(社会保険料、社会保障支出等)に各項目の性質に応じ て分類し24)、推計を行う。 例えば、年金・医療・介護等の支出項目については、高齢者向け1人当たり 支出が若者向け1人当たり支出に比べて圧倒的に多く、高齢者人口の増加の影 響が支出額に反映できる②の手法での将来推計を行う。一方、税収や公共投資 については、年齢構成による影響が比較的少ないと考えられることから、①の 手法で将来推計を行う。 なお、既に決定された政策は推計に反映させる世代会計のルールに従い、消 費増税(2014年度8%、2017年度10%)および年金保険料の引上げスケジュー ルを推計に反映する。 成長率・金利等の経済前提については、2023年度までは内閣府『中長期の 経済財政に関する試算(平成27年7月22日)』(以下、中長期試算)のベー スラインケースに従い、2024年度以降は、名目経済成長率=生産年齢人口増 加率+労働生産性上昇率(1.0%で一定)+物価上昇率(1.0%で一定)、金利成 長率格差を2.0%で一定として推計している25)。 タを用いた。 23) 生涯所得の計算のベースとなる SNA の国民所得についても総額を経済成長率で延伸して推計。 24) 増島・田中[2010]に倣い、医療支出は CPI 上昇率と賃金上昇率の平均、介護支出は CPI 上 昇率 35%と賃金上昇率 65%の加重平均で年齢別 1 人当たりの支出が伸びると仮定した。年金 支出は、制度を反映して、新規裁定年金が前期の 65 歳の受給額に前期の賃金上昇率を、既裁定 年金が前期の 1 歳若い年齢の受給額に前期の CPI 上昇率をそれぞれ掛けた額としている。さ らに、マクロ経済スライドを厚生労働省『平成 26 年財政検証』(ケース F)の給付水準調整終 了年度(= 2040 年度)まで適用している。なお、賃金上昇率=労働生産性上昇率、2024 年度 以降は CPI 上昇率= GDP デフレータと仮定している。増島・田中[2010]では、医療・介 護保険料が医療・介護給付に応じて変化するよう定式化されているが、本稿ではそれぞれ基準時 点の値を延伸して推計される。 25) 労働生産性上昇率は日本における過去 20 年間の平均(日本生産性本部資料)、金利成長率格差は 日本における過去 20 年間の平均(平成 26 年経済財政白書)を参考として設定。物価について
経済学論究第 70 巻第 2 号
5 財政危機に関する想定
5.1 財政危機への対応手段 財政危機が発生した場合、どのような対応が考えられるであろうか。終戦直 後の日本においては、高率のインフレにより対応し、GDP比200%を超える 政府債務残高を圧縮した26)。一方、最近のギリシャの財政危機では、付加価値 税率の引上げや年金の支給開始年齢引上げ等の厳しい財政再建策による対応が 進められている27)。 長い歴史をみると、財政危機の多くの事例があり、インフレや財政再建策 (増税や歳出削減)による対応策が採られてきた28)。本稿では、財政危機が発 生した場合に、インフレもしくは増税により対応せざるを得なくなると仮定 し、どの世代の負担がより重くなるかについて世代会計を用いて分析を行う。 5.2 インフレによる対応 Auerbach et al.[1991]の世代会計では、税・社会保険料とともにインフレ による民間部門から政府部門への富の移転であるシニョリッジが負担項目とし て算入されている29)。 Auerbach et al.[1991]では、シニョリッジをマネタ リーベースの増加額と定義して、これを世代別の貨幣残高(money balance) を用いて各世代の負担として分配している30)。本稿では、財政危機を脱する は、中長期試算の最終年度(2023 年度)の GDP デフレータ 0.5%、CPI 上昇率 1.2%を参 考に 1.0%とした。増島・田中[2010]では労働生産性上昇率 1.5%、金利成長率格差 2.0%、 物価上昇率 1.0%と仮定している。 26) 小黒・服部[2015]に詳しい。 27) ギリシャの基礎的財政収支(プライマリー・バランス)をみると、2009 年は 10.2%の赤字で あったが、EU・IMF と合意した厳しい財政再建策により改善し、2013 年には黒字化した。 28) Reinhart and Rogoff[2009]に詳しい。29) 日本の世代会計では、島澤[2011]を除き、ほとんどの先行研究でシニョリッジを考慮してい ない。 30) 小黒・服部[2015]によると、シニョリッジの推計方法は機会費用アプローチ、マネタリー・ アプローチ等があるとされている。本稿では、Auerbach et al.[1991]に倣い、マネタリー・ アプローチに従う。なお、小黒・服部[2015]は、日本の終戦前後のシニョリッジの推計を行 い、終戦前後の期間において機会費用アプローチを採用するとシニョリッジが過小推計となるこ とを示した。
ために必要となるマネタリーベースの増加額を計算し31)、貯蓄現在高を用い て各世代の負担に分配する32)。なお、本稿では財政の長期推計に関心がある ため、マネタリーベースと比例的にマネーストックが増加し、マネーストック の変化率とインフレ率が一致するとの単純化された仮定を置く33)。 次に財政危機の調整期間はどれくらい継続するのか、どのような状況になれ ば財政危機を脱することができるのかを考える。調整期間については、過去の 財政危機時に高率のインフレが継続した期間を参考に34)、 5年間と仮定する。 すなわち、財政危機発生から5年間にわたりインフレが継続することで、(3) 式のGRtが増加し政府債務残高を減少させることにより35)、財政危機を脱す ることができると仮定する36)。調整期間に必要となるマネタリーベース増加 額については、調整期間終了時の状況をどのように仮定するかに依存する。本 稿では、調整期間終了時の政府純債務残高対GDP比を基準時点(2013年度) の水準以下に戻すことが財政危機を脱する条件になると仮定し、そのために必 要となるマネタリーベース増加額を求めた上で、世代会計の推計を行うことと する37)。 31) 財政危機の発生から財政危機を脱するまでの調整期間の各年度の経済成長を除いたマネタリー ベース増加額が同額であると仮定する。 32) 世代別の貯蓄現在高は総務省『全国消費実態調査』から入手。 33) 貨幣の流通速度が一定かつ貨幣の数量方程式が満たされることを前提としている。なお、本稿の 世代会計において、インフレ率は生涯純負担率の分母の生涯所得および分子の生涯純負担額とも に変化させるため、各世代の生涯純負担率の推計結果への影響はほとんどない。 34) 日本の終戦前後の事例では、5 年間(1944∼1948 年)にわたり高率のインフレが続いた。他 の先進諸国の例をみると、ドイツ(1919∼1923 年:5 年間)、フランス(1942∼1948 年:7 年 間)、イタリア(1943∼1947 年:5 年間)で高率のインフレを経験している。 35) シニョリッジの増加が GRt の増加に反映されることとなる。 36) 財政危機の発生時期は (3) 式の政府債務残高が (2) 式の民間貯蓄残高を超える時点として推計 されるが、財政危機が発生すると大幅な調整を強いられる現実を考慮して、本稿では政府債務残 高が一定水準以下となることにより財政危機を脱することができると仮定している。 37) 調整期間終了時の政府純債務残高対 GDP 比の水準を基準時点以下としているのは、一つの仮 定にすぎない。このため、本稿では、調整期間終了時に政府総債務残高が EU のマーストリヒ ト条約の上限である GDP 比 60%(純債務残高対 GDP 比 0%にほぼ相当)に改善すると仮 定した推計を行うことで、結論の頑健性を確認した。
経済学論究第 70 巻第 2 号 5.3 増税による対応 次に、財政危機に増税により対応するケースを考える38)。本稿では、財政 危機が起こった時期に生きている世代の負担が重くなる現実を踏まえ、財政危 機の発生から財政危機を脱するまでの調整期間においてのみ増税が行われ、調 整期間終了後は元の税率に戻すと仮定し39)、世代会計を推計する40)。 調整期間については、インフレによる対応と同様、5年間と仮定する41)。財 政危機発生から5年間にわたり増税による対応を行うことで、(3)式のGRtが 増加し政府債務残高を減少させ、財政危機を脱することができると仮定する。 調整期間に必要となる増税幅については、インフレによる対応のケースと同 様、調整期間終了時の政府純債務残高対GDP比を基準時点の水準以下に戻す ことが財政危機を脱する条件になると仮定し、そのために必要となる増税幅を 求めることとする。 5.4 財政危機の経済成長率・金利への影響 本稿の世代会計では、中長期試算の推計値のない2024年度以降、実質経済 成長率は生産年齢人口増加率と労働生産性上昇率(1.0%で一定)の合計とし、 金利成長率格差2.0%で一定として推計している。しかしながら、財政危機が発 生すると、実質経済成長率が低下し、金利が大幅に上昇するケースが多い42)。 本稿では、財政と経済成長率・金利に関する過去の実証研究を参考に、財政危 機の経済成長率・金利への影響を考慮する。 実質経済成長率については、財政危機により低下することが予想される。 38) 本稿では、税率表示の負担感の分かりやすさの観点から消費増税を中心に取り上げる。 39) 本稿では、財政危機が各世代にどの程度の負担増をもたらすかに主眼を置いているため、調整期 間終了後は消費税率を 10%に戻すと仮定する。 40) 世代会計では、一般に政策の変化が家計行動や経済に与える影響は考慮しないが、本稿では消費 税率を変化させた場合の物価への影響のみ反映させて推計を行う。消費税率の変更に伴う物価 の変化幅は、Hoshi and Ito [2013]に倣い、消費税率の変更幅の 3 分の 2 と仮定する。 41) 政策対応の違いによる世代会計への影響の比較可能性を確保するため、増税により財政危機に対
応するケースにおいても、調整期間を 5 年間と仮定する。なお、増税による対応の場合は、イ ンフレによる対応に比べて負担が長く継続することも考えられることから、調整期間 10 年間の ケースについても試算する。
Reinhart and Rogoff[2009]は、1800∼2008年の世界のデフォルト事例か ら、デフォルト前後の実質GDPの変化を調査し、国内債務デフォルト前3年 間の実質GDPの累積減少率は平均8%であることを示した。本稿で想定する 財政危機は、対外債務デフォルトではなく国内債務デフォルトであることから、 Reinhart and Rogoff[2009]を参考に、財政危機の発生年度に実質GDPが 8%低下する仮定を置くこととする43)。 金利については、財政危機が起こると国内金融機関による低金利での国債消 化ができなくなるため、大幅に上昇することが予想される。本稿では、Gagnon and Hinterschweiger[2011]で推計された純債務残高と金利の関係(純債務 残高対GDP比1%の上昇が金利を0.035%押し上げる)を参考に、基準時点 からの純債務残高対GDP比の増加幅(%)に0.035を掛けた値を財政リスク プレミアムとして財政危機発生年度の金利に上乗せした。この財政リスクプレ ミアムについては、財政危機の発生年度に顕在化し、調整期間(5年間)で一 定割合ずつ解消していくと仮定する44)。
6 推計結果
6.1 財政危機の発生時期 はじめに、財政危機の発生時期の推計結果をみる。図1のとおり、民間貯蓄 残高がθ = 0.5、θ = 1の両方のケースで緩やかな増加傾向で推移するが45)、 調整済みネット債務はそれを上回るペースで増加する。その結果、θ = 0.5の ケースで2030年度、θ = 1のケースで2036年度に政府債務残高が民間貯蓄 残高を超え財政危機が発生すると推計される46)。 6.2 世代会計の基本推計 世代会計の基本推計により推計された生涯純負担率をみると0歳世代は 16.8%、将来世代は37.2%となり、将来世代と0歳世代の間に大きな世代間不 43) 本稿では簡略化のため、財政危機発生年度に GDP 成長率が低下すると仮定する。 44) Hoshi and Ito[2014]では、Gagnon and Hinterschweiger[2011]の財政リスクプレミアムを考慮した政府純債務残高と金利の関係式を用いたシミュレーションを行っている。本稿 では、過去の財政危機の事例では財政危機発生後に金利が大幅に上昇していることを反映し、財
経済学論究第 70 巻第 2 号 図 1 民間貯蓄残高と政府債務残高の推移 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 2 0 1 3 2 0 1 5 2 0 1 7 2 0 1 9 2 0 2 1 2 0 2 3 2 0 2 5 2 0 2 7 2 0 2 9 2 0 3 1 2 0 3 3 2 0 3 5 2 0 3 7 2 0 3 9 2 0 4 1 2 0 4 3 2 0 4 5 2 0 4 7 2 0 4 9 ᖺᗘ Ẹ㛫㈓ṧ㧗㸦θ=1㸧 Ẹ㛫㈓ṧ㧗㸦θ=0.5㸧 ㄪᩚ῭ࡳࢿࢵࢺമົ 均衡があることが確認された(図2参照)47)。現在世代内の生涯純負担率をみ ると、基準時点の年齢が0歳∼40歳代は16%台でほぼ横ばい、50歳を超え ると生涯純負担率が小さくなり、70歳で約10%、80歳代後半では受益超過と なった。 財政危機を考慮しない世代会計の基本推計においては、将来にわたり現行の 政策が維持されるとの仮定が置かれることから48)、若年世代と中年世代の生 涯純負担率の差は大きくない。一方、先送りされた政府債務を返済すると仮定 される将来世代については、現在世代と比べて生涯純負担率が大幅に高く推計 されることとなる。 政危機発生年度に財政リスクプレミアムが顕在化するとの仮定を置く。 45) 民間貯蓄残高を対 GDP 比でみると θ = 0.5 のケースでは減少傾向、θ = 1 のケースでは横ば いないし減少傾向で推移する。
46) Hoshi and Ito[2014]では θ = 0.5、θ = 1 のケースともに政府債務残高が民間貯蓄残高を 超える時期が 2027 年度と推計されており、本稿よりも財政危機の発生が早くなっている。こ の差異については、本稿推計では消費増税や年金保険料引上げを反映させたことにより税・社会 保険料の合計が Hoshi and Ito [2014]の想定である GDP 比 30%を上回って推移するこ とに加え、家計貯蓄率の推計方法の変更(補論参照)により、ほぼ説明可能となる。 47) 世代会計の推計結果を示す図 2、図 3、図 4、図 6 は、5 歳刻みの生涯純負担率から作成してい
る。
48) すでに決定されている年金保険料引上げやマクロ経済スライドについては世代会計の推計に反映 している。
6.3 財政危機を考慮した世代会計の推計 財政危機の発生時期の推計結果を踏まえ、財政危機を考慮した世代会計を推 計する。本稿の分析の枠組みでは、財政危機発生後の調整期間に財政危機を脱 するために必要となるマネタリーベース増加額もしくは消費税率を推計し49)、 その負担を年齢階級別の貯蓄現在高、消費支出額を用いて各世代に分配するこ ととしている。 (1)インフレによる対応 はじめに、調整期間終了時点の政府純債務残高対GDP比を基準時点(2013 年度)以下の水準に戻すために必要となるマネタリーベース増加額を推計す る50)。 2030年度の財政危機にインフレで対応する場合51)、調整期間に 1年当たり 110兆円のマネタリーベースの増加(成長を考慮しない現在価値ベース)が必 要となる。本稿の分析の枠組みでは、このマネタリーベースの増加分がシニョ リッジに相当し、個人の政府に対する負担の増加となる。インフレ率がマネタ リーベースに比例すると仮定して計算すると52)、財政危機発生の2030年度の インフレ率が51%で、その後低下傾向で推移する53)。 2036年度の財政危機にインフレで対応する場合54)、調整期間に1年当たり 170兆円のマネタリーベースの増加が必要となる。インフレ率を計算すると、 財政危機発生の2036年度が78%で、その後低下傾向で推移する。2030年度 の財政危機のケースと比べると、必要となるマネタリーベースの増加額および インフレ率が高くなる。これは、財政危機が遅くなるほど発生時点の政府債務 49) 前述のとおり調整期間は 5 年と仮定する。 50) 2013 年度の政府純債務残高対 GDP 比は 122%である。 51) θ = 0.5 のケース。財政危機の前年度末(2029 年度末)の政府純債務残高対 GDP 比は 200%に 達する。 52) 本稿では、2014 年 3 月末のマネタリーベース 220 兆円を基準としてマネタリーベースの増加 がインフレ率に与える影響を計算した。 53) 5 年間のマネタリーベースの増加幅は成長を除き一定としているが、調整期間中のマネタリー ベースの増加に伴いインフレ率は低下傾向となる。 54) θ = 1 のケース。財政危機の前年度末(2035 年度末)の政府純債務残高対 GDP 比は 248%に 達する。
経済学論究第 70 巻第 2 号 残高が増加していることから、より多くの調整コストがかかるためである。 財政危機を考慮した世代会計の推計結果をみると、図2のとおり、基準時点 の中年世代を中心に現在世代の負担が基本ケースより重くなっている55)。こ れは、シニョリッジの負担の世代間分配に貯蓄現在高を用いているため、財政 危機の調整期間に貯蓄残高が多い高齢者となる世代の負担が重く推計されるた めである。 将来世代については、基本ケースで将来世代に先送りされていた債務の一部 が、財政危機への対応により現在世代の負担となるため、生涯純負担率は減少 することとなる(図2参照)。本稿の枠組みで考慮している財政危機の経済成 長率・金利への影響を除くと56)、現在世代の生涯純負担の増加分が、将来世代 の生涯純負担の減少となる。 本稿では、最初に政府債務残高が民間貯蓄残高を上回る時点の財政危機が各 世代の負担に与える影響に焦点を当てることとしており、財政危機の調整期間 図 2 インフレによる対応のケースの生涯純負担率 -10 -5 0 5 10 15 20 25 30 35 40 ⏕ ᾭ ⣧ ㈇ᢸ⋡ (㸣 ) ᇶ‽Ⅼࡢᖺ㱋 ࣥࣇࣞ㸦2036ᖺᗘ༴ᶵ㸧 ࣥࣇࣞ㸦2030ᖺᗘ༴ᶵ㸧 ᇶᮏࢣ࣮ࢫ 55) 財政危機が発生する時点で存在していないと仮定される現在の高齢世代は、財政危機の影響を受 けないため、基本ケースとの生涯純負担率の差がゼロとなる。 56) 本稿では、財政危機による経済成長率・金利の変化を反映させているが、世代会計の推計結果へ の影響は大きくない。
終了後に再び政府債務が増加することとなるため、将来世代と0歳世代の生涯 純負担の差が完全には解消しない57)。 財政危機の発生時期の違いによる各世代への影響を比較すると、財政危機が 2036年度のケースの方が2030年度のケースと比べて、全体的に負担が重くな ることに加え、負担増の中心となる年齢が5歳程度若くなっている。全体的な 負担増の要因は、財政危機が遅くなる間に政府債務残高が増加するため、必要 となる調整幅が大きくなることにある。また、負担増の中心となる年齢が若く なる要因は、財政危機の時期が遅くなることで、調整期間に負担が重くなる世 代の基準時点の年齢が低下することにある。 (2)消費増税による対応 まず、調整期間終了時点の政府純債務残高対GDP比を基準時点以下の水準 に戻すために必要となる消費税率を推計する。2030年度の財政危機に消費増 税で対応する場合、調整期間5年間に必要となる消費税率は56%となる58)。 2036年度の財政危機に消費増税で対応する場合、調整期間に必要となる消 費税率は79%となる。2030年度の財政危機のケースと比べると、必要となる 消費税率が高くなる。これは、インフレによる対応のケースと同様、財政危機 が遅くなるほど発生時点の政府債務残高が増加していることから、より多くの 調整コストがかかるためである。 世代会計の推計結果をみると、図3のとおり、基準時点の若年層を中心に基 本ケースと比べて負担が重くなる。消費税の負担の世代間分配には、消費支出 を用いているため、財政危機の調整期間に消費支出が大きくなる世代の負担の 増加幅が特に大きくなる。将来世代については、基本ケースで将来世代に先送 りされていた債務の一部が、調整期間における消費増税により現在世代の負担 となるため、生涯純負担率は減少する。 財政危機の発生時期の違いによる各世代への影響を比較すると、インフレに 57) このような枠組みの中で残された将来世代の追加負担を分析する意義は乏しいため、本稿では現 在世代の各世代の負担に与える影響に焦点を当てた分析を行う。 58) 現実には、経済への影響等を考慮すると消費税率 56%という数字は実現困難であるが、財政危 機を脱するために大きな負担が必要となることを示したものである。
経済学論究第 70 巻第 2 号 よる対応のケースと同様、財政危機が2036年度のケースの方が2030年度の ケースと比べて、全体的に負担が重くなることに加え、負担増の中心となる年 齢が若くなっている。 図 3 消費増税による対応のケースの生涯純負担率 -10 -5 0 5 10 15 20 25 30 35 40 ⏕ ᾭ ⣧ ㈇ᢸ⋡ (㸣 ) ᇶ‽Ⅼࡢᖺ㱋 ᾘ㈝ቑ⛯㸦2036ᖺᗘ༴ᶵ㸧 ᾘ㈝ቑ⛯㸦2030ᖺᗘ༴ᶵ㸧 ᇶᮏࢣ࣮ࢫ (3)財政危機への対応の比較 財政危機にインフレおよび消費増税で対応するケースの世代間の負担を比 較すると、インフレで対応する場合は消費増税で対応する場合よりも中高年世 代の負担がより重くなることが示された(図4参照)59)。これは、インフレに よるシニョリッジの負担の分配は高齢世代が多く保有する貯蓄現在高を用いる 一方、消費税の負担の分配は中年世代がピークとなる消費支出を用いることが 要因である(図5参照)。 さらに2030年度の財政危機に所得増税により対応するケースでは、現行の 5.8倍の所得税率が必要となる。現実には所得税の実効税率が100%に近づく こととなり実施は困難であるが、実現可能性を無視して世代会計を推計すると、 20歳代・30歳代を中心に若年世代の負担が大幅に重くなる結果となる(図4 参照)60)。 59) 図 4 では 2030 年度に財政危機のケースで比較しているが、2036 年度に財政危機のケースで も同様の傾向が示される。 60) 全税目を比例的に増税することにより対応するケースでは、現行の 2.3 倍の税率が必要となり、 世代別の生涯純負担率は消費増税による対応のケースとほぼ同じになる。
このように、財政危機への対応手段の違いが、世代間の負担の重さに影響を 与えることとなる。過去の財政危機の事例をみると、財政危機の状況下では政 策を選択できる余地が限られているケースが多いが、財政危機への対応手段に よって、財政危機の時期に生存している特定の世代に重い負担をもたらす可能 性が示された61)。 図 4 財政危機への対応の違いによる生涯純負担率の比較 -10 -5 0 5 10 15 20 25 30 35 40 ⏕ ᾭ ⣧ ㈇ᢸ⋡ (㸣 ) ᇶ‽Ⅼࡢᖺ㱋 ᡤᚓቑ⛯ ᾘ㈝ቑ⛯ ࣥࣇࣞ ᇶᮏࢣ࣮ࢫ (4)推計結果からの考察 本稿の世代会計の推計により、財政危機を考慮すると政府債務をすべて将来 世代に先送りすることが許されず、財政危機の調整期間に51%∼78%のイン フレ率もしくは56%∼79%の消費税率が必要となり、その時期に生存してい る現在世代も重い負担を負うことが示された。また、財政危機への対応の違い が、世代間の負担に影響することが示された。 財政危機の発生時期の違いによる各世代への影響を比較すると、財政危機の 発生が遅くなると、その分だけ負担増の中心となる年齢が若くなることに加え、 全体的に負担が重くなることが示された。これは、財政危機が遅くなる間に政 61) 本稿における政策シミュレーションの意義は、世代間格差を改善する政策を選択する観点より も、財政危機によりいずれかの政策を選択せざるを得なくなった場合に特定の世代の負担が重く なることを示したことにある。
経済学論究第 70 巻第 2 号 図 5 貯蓄現在高と消費支出の世代別ウェイト (1 人当たり平均=1.0) 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8 2.0 ㈓⌧ᅾ㧗࢙࢘ࢺ ᾘ㈝ᨭฟ࢙࢘ࢺ 府債務残高が増加するため、必要となる調整幅が大きくなることにある。この ため、単に財政危機を遅らせる政策は財政危機発生時の調整コストの増加につ ながるため、政府債務残高の増加を抑制する政策が重要であると考えられる。 本稿の分析では、調整期間を5年間とし、調整期間終了年度の政府債務残 高が基準時点を下回る水準にすることで財政危機を脱するとの仮定を置いてい る。この仮定を変更したときの影響について、2030年度に財政危機が発生し 消費増税で対応するケースで検証する62)。 財政危機の調整期間を5年間ではなく10年間とした場合63)、必要となる消 費税率を推計すると43%となり、現在世代の生涯純負担率がやや上昇する(図 6参照)。調整期間終了年度の総債務残高をEUのマーストリヒト条約の上限 であるGDP比60%(純債務残高対GDP比0%に相当)を下回る水準に変更 した場合64)、調整期間に必要となる消費税率を推計すると 96%となり、現在 世代の生涯純負担率が上昇する(図6参照)。 62) ここでは消費増税による対応のケースを検証するが、インフレにより対応するケースでも同様の 傾向となる。 63) 2030∼2039 年度が調整期間となる。消費増税などの財政健全化策で対応する場合は、その対 応が 5 年間よりも長期にわたる可能性も想定される。
64) 北浦[2014]では、Reinhart and Rogoff[2011]において財政危機の発生確率が低下する とされる上限の水準である総債務残高対 GDP 比 90%を用いている。
このように財政危機への対応の仮定の置き方で、財政危機を脱するために必 要となる消費税率および各世代の生涯純負担率が変化するものの、生涯純負担 率のグラフの形状は変わらず、財政危機を考慮した場合の世代間の負担につい ての本稿の結論に影響を与えない。 図 6 財政危機の仮定を変更した場合の生涯純負担率の比較 -10 -5 0 5 10 15 20 25 30 35 40 ⏕ ᾭ ⣧ ㈇ᢸ⋡ (㸣 ) ᇶ‽Ⅼࡢᖺ㱋 ᾘ㈝ቑ⛯㸦⣧മົ0㸣㸧 ᾘ㈝ቑ⛯㸦ㄪᩚ10ᖺ㸧 ᾘ㈝ቑ⛯ ᇶᮏࢣ࣮ࢫ 6.4 先行研究との比較と本稿の意義 本稿の推計結果を増島・田中[2010]、北浦[2014]、Ihori et al.[2006]の 推計結果と比較し、本稿の意義について考察する。 世代会計の基本推計については、本稿のベースである増島・田中[2010]の 基本ケースの生涯純負担率は0歳世代12.9%、将来世代44.1%であるに対し、 本稿の基本推計では0歳世代16.8%、将来世代は37.2%で世代間格差は小さ くなる65)。ただし、本稿の基本推計で反映している消費増税の影響を除いて 推計すると、増島・田中[2010]とほぼ整合的な結果が得られる。 次に、本稿の財政危機を考慮した推計結果を増島・田中[2010]、北浦[2014]、 65) 北浦[2014]は、受益への算入項目が異なることから各世代の生涯純負担率の単純な比較は難 しいが、自然体シナリオにおける 0 歳世代と将来世代の生涯純負担率の差が 31%ポイントと推 計され、増島・田中[2010]の基本ケースと同様の結果が得られている。
経済学論究第 70 巻第 2 号 Ihori et al.[2006]と比較する66)。増島・田中[2010]では、基本ケースと 比較して現在世代のすべての世代で生涯純負担率が上昇し、その上昇幅は若い 世代ほど大きいことが示されている67)。北浦[ 2014]においても、財政の持 続可能性を確保するための増税により、現在世代の純負担が増加し、若い世代 ほど大きな影響を受けることが示されている68)。 Ihori et al.[2006]は、世代重複モデルを用いて2003∼2050年に20歳に なる各世代の厚生水準の分析を行っている。財政再建が遅れ近い将来の公債残 高対GDP比が高くなる「高公債シナリオ」では、財政の持続可能性を確保す るための負担が将来に転嫁されるため生年が遅くなる世代の効用が下がる傾向 がある。一方、財政再建が早く進む「低公債シナリオ」では、足元の増税幅が 大きくなるため生年が早い世代の効用が下がる傾向がある。 これらの先行研究は一定のシナリオに基づく財政の持続可能性の確保を制 約条件にした分析であるのに対して、本稿では財政危機の発生および政策対応 を明示的に仮定した分析を行った。これにより、財政危機への対応には高いイ ンフレ率もしくは大幅な増税が必要となり、財政危機の時期に生存している特 定の世代(インフレによる対応のケースでは中年世代、消費増税による対応の ケースでは若年世代)に大きな負担増がもたらされることを示したことが本稿 の意義である69)。 66) 増島・田中[2010]では「基本ケース」と「債務安定化ケース」、北浦[2014]では「自然体シ ナリオ」と「財政再建シナリオ」とそれぞれ比較することで、財政の持続可能性を確保するため の財政再建策の各世代への影響が分かる。Ihori et al.[2006]においては、財政の持続可能性 が確保される公債残高対 GDP 比の一定の経路に従う「基本ケース」に加えて、基本ケースよ り近い将来の公債残高が高い水準で推移する「高公債シナリオ」、低い水準で推移する「低公債 シナリオ」による推計が行われている。足元の税率が低くなる「高公債シナリオ」では将来の増 税幅が大きくなり、足元の税率が高くなる「低公債シナリオ」では将来の増税幅が小さくなるこ とにより、財政の持続可能性が確保される。 67) 増島・田中[2010]の「基本ケース」では、0∼60 歳世代の生涯純負担率は 12%前後で大きな 差はないが、「債務安定化ケース」では 0 歳世代の生涯純負担率が 23.1%に上昇するのに対し、 30 歳世代は 18.8%、60 歳世代は 12.9%となる。 68) 純負担額の増加幅は、0 歳世代が 2,284 万円で最大となっており、50 歳世代では 1,500 万円 程度となるなど年齢が上がるとともに増加幅は縮小する。 69) 財政の持続可能性を確保することを制約条件とした分析においても、財政再建シナリオの置き方 によっては特定の世代の負担が大きく推計される可能性があるが、財政危機の発生後の財政再建 策をシナリオとした先行研究の分析はみられない。
7 結語
本稿の分析により、財政危機の発生時期が2030∼2036年度と推計され、財 政危機を脱するために51%∼78%のインフレ率もしくは56%∼79%の消費税 率が必要となり、その時期に生存している現在世代も重い負担を負うことが示 された。また、財政危機への対応の違いが、世代間の負担に影響することが示 された。 一般的な世代会計では、将来世代のみが先送りされた債務を負担するとの仮 定が置かれているが、財政危機を考慮すると財政危機の時期に生存している現 在世代も重い負担を負うことになる。このため、将来世代だけでなく自分たち の問題として財政健全化を進めていくことが重要である。 また、財政危機の発生時期が遅くなった場合、政府債務残高が増加する分だ け現在世代の負担が全体として重くなることが示された。このため、政府債務 残高の増加を抑制する政策により、財政危機を回避もしくは影響を軽減するこ とが重要であると考えられる。 最後に、残された課題を指摘して本稿を締めくくる。第一に、財政危機を考 慮した世代会計の推計は、基本的に世代間のゼロサムゲームの枠組みを前提と している。本稿では、財政危機の経済成長率・金利への影響を反映しているも のの、財政危機は幅広い産業に甚大な影響をもたらすこととなる。このような 財政危機の影響を考慮すると、財政危機が世代間の負担の移転のゼロサムゲー ム以上の負担をもたらす可能性があり70)、財政危機を回避するための財政健 全化がより重要になると考えられる。 第二に、世代会計の生涯純負担率はあくまで各世代の平均の数値である。例 えば、財政危機にインフレで対応するケースでは、個人の所有する資産構成に より大きな不公平が生じる可能性が高い71)。このように財政危機は、世代間 のみならず世代内の負担にも影響することに留意する必要がある。 70) 過去の財政危機の事例では、財政危機が起こると多くのケースで金融危機につながるなど、財政 危機が起こった時期に生きている国民に莫大な負担が生じている。 71) 例えば、現金や銀行預金はインフレの影響を強く受けるのに対し、実物資産や海外資産について はインフレの影響を受けにくいと考えられる。経済学論究第 70 巻第 2 号 第三に、世代会計においては家計の最適化行動を考慮していない。将来財政 危機が発生したときにインフレもしくは増税により政府が対応することを家計 が考慮する場合、各家計が将来の負担増に備えて、消費を減少させ貯蓄を増加 させる可能性がある。このような家計の最適化行動が、経済成長率や政府の収 入・支出に影響を与える可能性に加え72)、家計貯蓄率の変化を通じて財政危機 の発生時期に影響を与える可能性がある73)。本稿の分析では、こうした影響 が考慮されていないことに留意する必要がある。 【補論】家計貯蓄率の推計 本稿における家計貯蓄率の計算手法は、まず年代別1世帯当たり貯蓄率を 計算し、世帯数推計を反映して家計部門全体の貯蓄率を推計する74)。 t期の貯 蓄額をSt、家計所得額をHt、総世帯数をNt、i年生まれの年代別1世帯当た り貯蓄額をsit、i年生まれ世帯数をNitとすると、家計所得額に対する家計貯 蓄額の比率である家計貯蓄率(St/Ht)は、以下の(10)式で表される。 St Ht = t X i=0 Nit Nt „ sit Ht/Nt « (10) 右辺の括弧内はsitをHt/Ntで除した年代別貯蓄率であり75)、(10)式は年代 別貯蓄率に各年代の人口ウェイトを掛けて加重平均することで家計部門全体の 貯蓄率を求めることを示している。 (10)式のsitについては、『家計調査』をベースとして計算した年代別1世 帯当たり収入額から年代別1人当たり支出額を差し引くことで求める。『家計 調査』では「総世帯」(世帯数をNTとする)とその内数である「勤労者世帯」 72) 例えば、家計の消費が減少すると消費税収が減少することが考えられる。 73) 家計貯蓄率の上昇は、(2) 式の St の増加を通じて民間貯蓄残高の増加につながる経路が考えら れる。ただし、各家計が貯蓄を増加させることで消費性向が低下し経済成長率が下振れすること により、マクロの民間貯蓄残高が増加しない可能性もあると考えられる。
74) 本稿における家計貯蓄率は、Hoshi and Ito [2014]の推計手法をベースとしたものであるが、 ①人口推計に代えて世帯数推計を用いて家計貯蓄率を推計している点、② GDP 比ではなく家 計可処分所得比の家計貯蓄率を計算している点が Hoshi and Ito [2014]と異なる。 75) 年代別 1 世帯当たり貯蓄率を(年代別でなく)全体の 1 世帯当たり家計所得で除していること
(世帯数をNEとする)のデータが入手可能である。勤労者世帯以外の世帯に は、自営業者世帯(世帯数をNSとする)と無職者世帯(世帯数をNRとする) が含まれる。このため、総務省『労働力調査』のデータを用いてNS、NRを 求める。『労働力調査』の年齢別の雇用者数と自営業主数の比率(NS/NE)を 計算し、この比率を『家計調査』のNEに掛け合わせることによりNSを計算 する。NRは(11)式により計算される76)。 NR= max{NT− NE− NS, 0} (11) (11)式は、総世帯数から、勤労者世帯数と自営業者世帯数を控除したものが、 無職者世帯になることを示している。 年代別1世帯当たり収入額については、勤労者世帯と自営業者世帯の収入 が等しいと仮定し、(12)式のとおり計算される。 年代別1世帯当たり収入額 ={(勤労者世帯の実収入−税・社会保険料)×(NE+ NS) +総世帯の社会保障給付額×NR}÷NT (12) (12)式の勤労者世帯の実収入は、税・社会保険料の支払い前の数字であるため、 貯蓄額の計算のベースとなる収入額の算出に当たっては、税・社会保険料を控 除する。無職者世帯の収入は、総世帯の社会保障給付額に等しくなると仮定し ている。こうして求めた有職者世帯(勤労者世帯と自営業者世帯)と無職者世 帯の各年代の収入額総額をNT で割ることで1世帯当たり収入額を求める。 年代別1世帯当たり支出額についても、勤労者世帯と自営業者世帯の支出 が等しいと仮定し、(13)式により計算される。 年代別1世帯当たり支出額 ={(勤労者世帯の実支出−税・社会保険料)×(NE+ NS) +総世帯の消費支出額×NR}÷NT (13) 76) 集計世帯数が少なく、ほとんどが勤労者世帯である 20∼24 歳では、計算上無職者世帯数が負数 になることがある。この場合、(11) 式に従い無職者世帯数をゼロとしている。
経済学論究第 70 巻第 2 号 (13)式の勤労者世帯の実支出は、税・社会保険料が含まれるため、これを控除 した額に有職者世帯の世帯数を掛けている。無職者世帯の支出額については、 総世帯の消費支出額に等しいと仮定している。 (12)式と(13)式の差を計算することで(10)式のsitが計算される。一方、 (10)式のHt/Nt(1世帯当たり家計所得額)については、(12)式の年代別1 世帯当たり収入額を年齢別世帯数ウェイト(Nit/Nt)を掛けて加重平均する ことにより計算する77)。 以上から、(10)式右辺の括弧内の年代別貯蓄率が計算される。こうして計 算された年代別貯蓄率の2004∼2013年の10年間の平均をとり78)、この数値 が将来にわたり変化しないと仮定する。(10)式の家計部門全体の貯蓄率は、年 代別貯蓄率に国立社会保障・人口問題研究所『将来世帯数推計』から計算した 年齢別世帯数ウェイト(Nit/Nt)を掛けて加重平均することで求める。 最後に、(10)式により計算された家計貯蓄率(3.2%)がSNAから計算し た2013年度の家計貯蓄率(▲1.3%)と一致するように、両者の差を推計で求 めた将来の各年度の家計貯蓄率に加減することで調整する 。 参考文献
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