「分裂せる自
『内なる私』と我」に関する一考察
『秘密の共有者』についてー
玉 木 清 孝 (高知大学人文学部英文学研究室)A Study of The “Divided Mind”
一一on TfieMan Withinand The SecretSharer-Kiyotaka Tamaki
I ●. Graham Greene (1904―)の最初の小説The Man Within (1929)は,主題に関しても又小 説技法に関しても,後年Greeneの諸作品に展開される幾多の特性を備えているが,就中との作 品を貫流するGreene特有の強い倫理感覚を見逃すこ’とは出来ないであろう. この小説の主人公Francis Andrews の内部には二人の人間が棲息している.一人は,「感傷的 で,威張り散らし,物を欲しがる子供」であり,もう一人は,「もっと厳格な批評家」である.前 者は,「浅薄な夢と感傷癖と臆病とで形成されている自我」であり,後者は,「不愉快で,詮索好 きな第二の自我」である.更に言えば,一方は,「低級で脆弱な分身」の「外な,る私」であり,他 方は,「高尚で強靭な分身」の「内なる私」である.この両者の葛藤が小説の核心であり,「分裂 せる自我」の追求が, Graham Greene の意図であるが,それはこの小説のタイトルが,題辞とし て掲げられている Sir Thomas Browne(1605-=82)の言葉-“There's another man within me that'sangry with me.”一一から採られていることからも明白であろう. Andrewsの「分裂せる自我」の相剋は,終生彼に精神的苦悶を与えたのみならず,ト遂には彼を 死に追いやるのであるが,その葛藤の軌跡を三度に及ぶ彼の背信行為を通して考察してみたい. 物語は,恐怖と不安と之怯えながら逃亡する,孤独な主人公Andrewsの姿で始まる.彼の父親 は,酒の密輸団の首領で,外では伝説的な英雄であったが,家庭では圧制的な暴君であった.一方 彼の母親は,優しくもの静かで,ロマンティックな女性であったが,野獣のような夫に身心共に打 ち砕かれて死んだ. Andrewsはそんな父親を憎悪していたので,父の死を知るとむしろ喜んだ. しかし,父親の後を継いで密輸団の頭目となったCarlyonは,醜い猿のような顔をしていだが, 勇敢で冒険好きなロマンティストであり, Andrewsの願望するすべてを備えていたので, Carlyon から誘われると躊躇なく彼も密輸団に身を投じた.だか,彼が密輸船「幸運号」の船上で発見した ものは,執拗な父親の亡霊と仲間達のあからさまな侮蔑であった.彼等は,何かにつけて英雄的な 頭であった父親と比較して, Andrewsを嘲笑し侮蔑しているような気がするし,又彼は唯お情け で置いてもらっているような幻想に苦しむ. Andrews が密輸団の仲間を収税官に密告して逃亡し たのは,このような惨状から脱出するためであり,彼も無視出来ない人間であることを彼等に教示 するためであった.換言すれば, Andrewsの密告は,「無学で,自惣が強く,やたらに威張り散ら す卑しい父親」の亡霊からの解脱行為であ匂,「イ中間遠の密かな冷笑」と「地獄のような無限の世 界」からの離脱行為でもあった.つまり, Andrewsの行為は,「高潔で強靭な自我」が,「臆病で 脆弱な自我」に屈服した結果であり,彼の「内なる分身」が「外なる分身」に敗北した結果で・あっ た.(因みに, Andrewsの背信行為に見られる“Judas-complex”(1)の概念は,後年Greeneの文
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学の主要な主題に発展するのであるが, AndrewsはCarlyon一味の密告以来,内面的には「良心 という仮借なき審問者」の追求に苦悩し,更に外面的には密輸団の執拗な追跡に怯えることにな る.このような図式は,「肉体的,精神的孤立の危機を劇化するためのGreene特有の方法」(2)で
あるが,その意味でAndrewsは, Conrad Drover (EnglandMade M()やScobie (The Heartof theMatter)の原型であり, Greene王国の形成者即y‘Greenelanders”の一人と言えよ う.) Sussex州の丘陵地帯の森の中にある一軒家に辿り着いたAndrewsは,そこで若い娘のEliza- |● jbethに出合う.彼女は彼を匿ってくれた上,追跡して来たCarlyoiiを欺くために, Andrewsの 飲み残した紅茶を自ら飲み干して彼の危機を救ってぐれた↓Andrewsの眼に, Elizabethは聖女の ように思われ,彼女の行為は驚くべき高潔さに映る. Greeneの描く女性か,「分裂せる自我」に苦 悩する男性にとって,しばしば『絶望の砂漠で出合った愛のオアシフ,』り)の役割りを務めるよう に, Andrewsは忽ち彼女の中に,「分裂せる自我を一うにしてくれる希望と,時折彼が音楽の中に 発見したような平和」(4)とを見い出すのである. 更にElizabethは,彼が密告した密輸団の仲間達よりも勇気かおることを証明するために,巡 回裁判の開かれるLewesの町へ行って,正々堂々と証言するようにAndrewsに勧める.しかし, そのことに伴う危険を怖れて,感傷的で臆病な「外な.6私」は疸巡ダるが,彼女は,彼の「内なる 私」を鼓舞し,遂にAndrewsに町へ行くことを承諾させる.だが, Elizabethと別れると,彼は 恐怖と孤独感とに襲われ,「内なる自我」は「外なる自我」の誘惑に敗北して了う.結局, Andrews は, Elizabethとの約諾のためというよりも,検事の情婦Lucyへめ情慾のために証言台に立つ がノ意外にも被告達は全員が無罪放免となり, Andrewsは今迄以上に仲間達の復讐に曝される・ しかも,仲間の一人から,『Carlyonは, Elizabethの,家でお前を待ち伏せるづもりだぞ』という警 告を受けながら, Andrewsは証言台に立った報酬にLucyとー夜を共にし, Elizabethへの危険 の通報を犠牲にするのである.彼の「内なる批評家」はノ淫蕩なLucyの誘惑を受けるや忽ち瓦 解して了い,再び「臆病で好色な自己」に征服される. かくして, Elizabthを二重に裏切った Andrewsは,翌朝激しい自己憎悪に襲われ,『自らを稿し√悔悟し,又自らを植し,それを繰り返 すことの怖ろしさ』(5)に慄然とする.そして,後れ馳jせながらElizabethに警告するために森の .F i- 1小屋に引き返し,彼の裏切りのすべてを彼女に告白して,小屋から逃げてくれるように頼む.だが, Elizabethが彼の依頼を拒絶したので, Andrewsは迷った挙句彼女と二人で小屋に範城して,密輸 団の連中を迎え撃つ決意を固める.その準備をしながらAndrewsは.彼が長い間憧れていた「平 和と確信と健全」とをElizabethから与えられ,しばしの幸福叱浸るのである.しかし,水汲み に出た帰りに,仲間の一人が小屋の中に入って行くのを見ると, Andrewsは恐怖と不安で我を失 う.「内なる私」は,彼に向って『小屋に引き返せ』.と命じるが,「外なる私」は,『奴等の目的 は俺なのだ.それにCarlyonならElizabethを保護してくれるだろう.今引き返したところで, 武器を持たない俺に何か出来ると言うのか』と反駁し,厦に一マイル先の農家に助けを求めに行く 決心をさせる. Andrewsが小屋に戻った時, Elizabethは彼が預けておいた護身用ナイフで自殺 していた.先刻,もし彼が「内なる批評家」の声に従っていれば,このような悲劇は惹起されなか ったであろう.とすれば, Elizabethを殺したのは,彼の内部に巣喰う「外なる臆病者」であった. そして, Andrewsを卑劣な密告者にしたのも, Lewesの町でE!izabethを裏切らせたのも,同じ 「外なる私」であったことに気付く. Andrewsの闘争相手は,最初からCarlyonではなく,自己 の深奥に棲息する「臆病と感傷癖と肉慾」とに象徴される彼の父親であった. そして, Andrews の敵が彼の父親とすれば, Andrews 自身が彼の父親であ剔彼の敵であった.つまり, Elizabeth を殺したのは,彼自身であることをF吾るのである.ヅ ‥・
「分裂せる自我」に関する一考察 (玉木) 1 ろ ろ There had been no struggle with Carlyon but only with his father. His father had made him a betrayer and his father had slain Elizabeth and his father was dead and out of reach. Out of reach. But was he? His father's was not a roaming spirit. It had housed itself inthe son he had created. l am my father, he thought,
and l have killed her.(6)
Carlyonへの敵意も,今で・は「子供の愚かで危険な火遊び」に過ぎないように思われ, Andrews はCarlyonに彼の背信行為を詑びる.そして, Elizabethの死体を激しく抱きしめながら,収税 官の再度の追跡からCarlyon を救い,同時にこれ迄彼を支配し続けて来た父親の亡霊に止めを剌 す決心をする.
His hands clenched he waited for the door to open, waited but with no apprehen-sion, clear in a double duty of salvation, of his friend from pursuit and of himself from his fatherバ7)
Andrewsは,駆けつけた収税官達に自ら犯人だと名乗って逮捕され,連行の途中,役人の眼を 盗んで自分のナイフで自殺するのである.それは,「外なる私」の支配から自己を完全に解放し. 「分裂せる自我」の葛藤から心の永遠の平和を得るための唯一の方法であり,更に又彼が犯した裏 切の償いでもあった.死の直前, Andrewsの心は幸福で平和に満ち,「肉慾も冒涜も臆病も知らな い自我」が彼のすべてを支配し,「内なる批評家」が彼のすべてを占めていた.初めてAndrews の「心的二重性」に終止符が打たれ,彼の「分裂せる自我」が合一されたのである.
To his own surprise he felt happy and at peace, for his father was slain and yet a self remained, a self which knew neither lust, blasphemy nor cowardice, but only peace and curiosity for the dark, which deepened around him. You were always right, he said, in the hope, not yet belief, that there was something in the night which would hear him, the fourth time has brought peace. His father's had been a stubborn ghost, but it was laid at last, and he need n0 longer be torn in two between that spirit and the stern unresting critic which was wont to speak. l am that critic, he said with a sense of discovery and exhilaration.(8)
Andrewsの「外なる私」の象徴か彼の父親であるとすれば,「内なる私」の象徴はElizabethと 言えよう. Andrewsの犯した三度の裏切行為は何れも,彼の「脆弱な自我」即ち,「感傷的で,臆 病で,淫蕩な性格」に起因するものであるが,こうした性格はすべて父親から継承されたものであ る.他方,これに対抗する彼の「高潔な自我」即ち,「高尚で,強靭で,批評的な性格」は母親譲 りであるが,それは又Elizabethの性格でもある.それ故, Elizabethに象徴される「内なる私」 は,絶えずAndrewsを背信行為に駆り立てようとする「外なる私」に強く働きかける「内なる批 判精神」であり,「良心」の声である.更に, K.AUottとM.Farrisのように, Andrewsの「分 裂せる心」を「罪と悔悟」の問題として捕えたり(9)又Greeneが少年時代の経験から体得した信 条である“good and evil" の視点から論考することも可能であろうか,何れにしてもこの小説の 根底を貫流するGreene特有の鋭い倫理感覚を見逃すことは出来ないであろう.
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う.この小説は,実際に英国帆船Cutty Sark 号で起きた殺人事件と, Conradが初めて船長とし てBangkok港で乗船した Otago号での体験を素材にして書かれた彼の中期の代表作の一つであ るが, GreeneのThe MαnWithinと同様に,「分裂せる自我」の問題を追求している. 物語は,初めて船長になった「私」が,指揮する船や乗組員に対してのみならず,自分自身に対 してさえも不案内であるために,必然的に生じる孤独と不安から逃避するため,異例の夜直をして いるところから始まる, 当直中に,「私」は舷側に放置されていた縄梯子を引き揚げようとして,その先端に見知らぬ男 が掴っているのを発見するが,その瞬間,「私」は彼に対して無条件の親近感,即不思議な心の交 流を覚えるのである.
A mysterious communication was established between us two - in the face of that silent, darkened tropicalSea.(lo)
Leggattと名乗るこの若い男は,近くに碇泊中の英国帆船Sephora号の一等航海士であったが, 航海の途中激しい嵐に遭遇し,狼狽と恐怖で何一つ適切な命令の下せぬ老船長に代って,勇猛果敢 にも前植帆を揚げて船を救う.しかし,その際に,命令に従わないのみならず,他の乗組員の義務 遂行も妨害する横柄な甲板員を,自制心を失って絞殺ノしたために,船室に監禁されていたか,今夜 偶然にも部屋の鍵が掛け忘れられていたので,何気なく夜の微風を求めて甲板に出た時,ふと気付 くと,この船の碇泊灯を目指して夜の海を泳いでいたこと等を落ち着いた態度で話す. 「海底」から突然出現したように思われるこの若い男は,気味か悪い程「私」に酷似している・ 年齢や体格や経歴(両者共Conwayの卒業生である)に於てのみならず,心理状態に到る迄,「く すんだ巨大な鏡の奥」に映った自分の姿を見ているような錯覚に襲われる程「生き写し」である. Leggattをこの船迄泳がせたのも,又,「私」が異例ともいえる夜直を買って出たのも,同じ疎外
感に起因しているか,この“sense of identity” は両者に共通する感情であり,それ故に, Leggatt は,「まるで二人の体験か,二人の着ている寝巻きと全く同じであるかのように」,「私」に訴え るのであり,又,「私」もLeggattの身の上話を聞く.と,丁彼自身になりきって,彼の身に起っ た事件が進行して行くのをまざまざと見て取った」のである. . このような疎外感が,「私」にLeggattを密かに船長室に匿まわせたのであるが,その結果, 「私」はLeggattの存在を他の乗組員達に気付かせないよう・にするために若心惨倣することにな る.例えば,船室でLeggattと声を潜めて話す習慣のために,命令を囁き声で伝えたり,船室内 を足音を忍ばせて歩く習慣から,甲板へ出ても忍び足で歩いたりして他の乗組員途に怪しまれるの である.そして,船長にとって必須な「無意識の敏捷性」か失なわれて了い,その結果,目前の事 態に反応するにも「意志の働き」を必要とするようになり,遂には,「私」の心の中では, Leggatt と自己とが混同して了い,彼を「秘密の分身」と感じるようにな・る,(因みに,この小説を通じ
て,20回以上も「分身」を表わずdouble” “other self”“second self”“secret sharer” 等の単語 が繰り返し散見される.)
「私」は睡眠中も勤務中も,「同時に自分か二ヵ所にいることから生じる混乱状態」に憑きまと われ,殆んど発狂寸前迄追いつめられるのである. ,
‥・all the time the dual working of my mind distracted me almost to the point of insanity. I was constantly watching myself, my secret self, as dependent on my
actions as my own personality. sleeping in that bed, behind that door which faced me as I sat at the head of the table. It was very much like being mad, only it
「分裂・・せる自我」に関する一.考察(玉木) 155 was worse because one was aware of it_(ll) と 1 翌日, Sephora号の船長がLeggattの捜索に訪れて,あの男はSephora号のような船の一等
.航海士としては失格者であると宣告されると,「私」はまるで自分のことを非難されているような 錯覚に陥るのである. ・
l had become so connected in thoughts and impressions with the secret sharer of my cabin that l felt as if I, personally,were being given to understand that I, too, was not the sort that would have done for the chief mate of a ship like the Se-phora.(12)
‘しかし, Sephora号の船長を上手く追い返した「私」は,外的には他の乗組員達の疑惑と闘い, 内的には「脅迫観念」にも等しい“a sense of duality”と苦闘した後,遂にLeggattを最後迄匿 まい通し,ある夜彼を近くの島へ逃亡させてやるために,座礁の危険を冒して船を海岸に近付ける
のである.「私」にとって,「出来る限り陸の近くをかすめることは,今や良心の問題」であった のみならず, Douglas Hewitt がその著Conrad-AReassessmentの中で指摘している如く,それ は「秘密の分身」即ち, Leggattに象徴される,「私」の内部に潜む「部外者」との訣別のために も必要であったのだ.この小説の題名は,「私」がLeggattの秘密を共有するという意味と,両 者が船長室を秘密裡に共有するという意味の外に, Leggattが,「私」の内部に存在する「部外者」 をも象徴しているのである.それ故に, Leggattか自己の犯した罪を「法の裁き」という外面的な 掟によってではなく,「自己の良心」という内面的な掟によって裁くことを欲し,終生「カインの 熔印」を背負う地表の放浪者たらんと決意して,誇らかに「新天地」を目指して泳ぎ去った後,そ れ迄すべての不案内に起因する疎外感に苦しんでいた「私」は,この事件を契機に完全に自信を回 復し,部下や自分自身に対して確固不動の信念を持って接することが出来るようになり,又,指揮 する船にも急速に親近感を抱くようになる. −
Already the ship was drawing ahead. And l was alone with her. Nothing! no one in the world should stand now between us, throwing a shadow on the way of silent
knowledge and mute affection, the perfect communion of a seaman with his first Command.(13/ Greene的見地に立って,新米船長の「心的二重性」を考察すれば,「不安と不案内と自己疑惑 の虜」である「私」は,「低級で脆弱な分身」であるのに対し,「果断で,自信に溢れ,堅忍不抜 の精神力を有する誇り高い男」であるLeggattは,「高尚で強靭な分身」である.(因みに,R. W. Stallmanは, Leggattを「船長の道徳意識と人間の潜在意識の両者」の象徴であると述べて いるか, A. Guerardの説によれば, Leggattはて船長の性格に潜む,犯罪への衝動」の具体的表 現であると言う..しかし, Conradの主張する「誰もが自分独自の個性に関して秘かに抱いている あの理想的な概念」(14)を基軸として判断すれば, D. Curleyの解釈のように, Leggattを「高尚な 分身」の象徴とする見解(16)は妥当性があるように思われる.)前者を「外なる私」とすれば,後者 は「内なる私」と言ってよい.つまり, Leggattは,「私」の内部に棲息する「部外者」の象徴で あると同時に,「私」の希求して止まぬ「強靭な分身」の象徴という「二面性」を持っているよう に思われる. だが,「私」はいかに些細な失敗も忽ち身の破滅を招く要素であるLeggattを受け入れること によって,即ち, Leggattという「破壊的要素」を完全に克服し,同化吸収することによって窮地
156 高知大学学術研究報告 第31巻 人文科学 を脱し,精神的な安定感を得たのである.他方,自殺という行為によってしか「分裂せる自我」の 葛藤に終止符を打つことの出来なかったAndrewsの生き方は,Lord Jim(1900)の場合を想起 させる. Jimも終生,彼の「秘密の分身」である過去の亡霊力も脱却出来ず,海賊Brownに「二 人の共通性」を指摘されると,忽ち自己を失って背信行為を犯す.そして, Andrewsと同様に「死」 をもってその償いをするのである.その意味で,広義的には5imとAndrewsとは同じ系譜に属 していると言えるか,この新米船長の生き方は, Conradの新しい人生観の開眼を告げるものとし て,多くの示唆を含蓄していると言えるであろう. 註 本稿の(n)は,拙著『J・seph ConΓαj研究序説』(高知大学英文学研究会い1976)第五章「Conradの短 篇小説」(1)を基に補筆訂正したものである・
(1) Graham Greene,The Lost Childhood(London : Eyre & Spottiswoode, 1954) PP. 43―4.
Greeneは同書の『Henry James 論』の中で, 4 .
“It was only on the superficial level 0f plot. one feels, that James・was interested in the American
visitor ; what deeply interested him, what was indeed his ruling passion, was the idea of
treachery, the ‘Judas complex.' "と述べているが,以上の言葉はそのままGreene自身にも適用出
来るであろう● ・
(2) J P Kulshrestha, Graham Greene; The Noudist(Madras : MacmiUan India Press, 1977) P. 23
(3) Francis L. Kunkel, TKe Lab;yri?ithine Wa-ysof Graham Greene(New York : Appel, 1973) P. 61
(4) Graham Greene, T/l。Man Within (London : Heineman, 1956) P. 78
(5)Ibid.,p. 184 ’
(6) Ibid., P. 238
(7)Ibid.,p. 243
(8)Ibid.,p. 245
(9) Kenneth Allott and Miriam Farris, The Art of Graham Greene(New York : Russell & Russell,
1963) P.51
㈲ Joseph Conrad, 'Ttoix£hand and Sea(London: J. M. Dent, 1947) P. 99
ai) Ibid., pp. 113-4
吻 乃ば., p. 119
11A Ibid。p. 143
叫 乃 「., p. 94
帥 Lawrence Gravelで, Co7irad'sShor£Fiction(Berkeley : Univ. 0f California Press, 1969) PP. 150
−51
(昭和57年9月27日受理) (昭和58年3月1日発行)