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21世紀型危機と労働運動

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2019 年 3 月 March 2019

桜美林大学 経済・経営学系

J. F. Oberlin University Division of Economics and Management Studies

The Journal of J. F. Oberlin University

桜美林エコノミックス第10号(通巻66号)

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21 世紀型危機と労働運動

藤 田   実

目   次 はじめに 1. 労使妥協からノンユニオンの時代へ 2. 労働運動の停滞と日本的労使関係の機能不全 3. 21 世紀型危機と労働運動の変革 おわりに

はじめに

 冷戦体制崩壊後、資本主義諸国では、新自由主義的政策が全面化していくもとで、資本による労 働への大攻勢が無遠慮に進められてきた。そのなかで欧米でも日本でも労働組合の組織率が低下し、 ノンユニオン化が進行している。例えば、日本の労働組合組織率は 1995 年の 23.8%から 2015 年に は 17.4%に、アメリカは 14.9%から 11.1%に、イギリスは 32.4%から 24.7%に、ドイツは 36.0%から 19.0% に、それぞれ減少するなど、日・米・欧諸国の組織率は軒並み減少している。  労働組合の組織率の低下に合わせて、各国とも格差が拡大している。冷戦体制の下で、労使妥協 による賃金の継続的上昇とそれによる消費拡大が資本主義経済の安定的成長を可能にしたが、冷戦 崩壊後、資本は国内市場を基本とする成長ではなく、グローバル化による高利潤の確保を目指すように なった。また冷戦崩壊により、資本も国家も国内における「社会主義」勢力を封じ込めるための労使 妥協の必要性が薄れた。これが資本による労働への攻勢を強め、各国とも賃金停滞と非正規(非典 型的)労働の増大を招いたのである。  資本による労働への大攻勢は、21 世紀の資本主義経済がICT革命やAI革命という技術革新の進 展にもかかわらず、間歇的なバブル的成長を除けば、国民経済全体を成長させることはできず、グロー バルな低賃金利用による搾取強化に求めざるを得なくなったという事態を背景にして行われているもので ある。この意味では、現在は国民経済の枠組みでの経済成長とそれによる国民全生活全体の改善が 困難になっているのである。ここに 21 世紀型危機の本質がある。  そこで本稿は 21 世紀型危機と規定される資本主義の危機が労働者と労働組合に何をもたらしてい るのか、分析しようとするものである。

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1. 労使妥協からノンユニオンの時代へ

(1)労使妥協による労働者生活の安定  1970 年まではアメリカを除けば日英独仏の各国失業率は 1 〜 2%台との完全雇用状態にあった(図 1)。これは、IMF=GATT体制によって日本やヨーロッパ諸国の自由貿易が拡大し、高度成長を実現 していったからである。高度成長を背景にヨーロッパでは福祉国家政策が、アメリカでも完全雇用政策 が、日本では日本的労使関係により、労働者生活の安定が図られるようになった。これは冷戦対抗が 激化する中で、労働組合や労働運働を社会主義的指向から切り離し、資本主義の枠内に止めておく 必要があったからである。福祉国家政策や完全雇用政策を実行するためには、経済の安定的な成長 が重要となる。そのために国家が経済成長目標を設定し、金融財政政策によって不況期には景気刺 激策を、過熱期には景気抑制策により、経済を安定的に成長させることができるようになった。 出所:労働政策研究・研修機構『国際労働比較』  経済の安定的成長のもとで、賃金も労働生産性を上回って上昇した。1960 年を 100として賃金と生 産性の関係を賃金コスト指数(賃金指数÷労働生産性指数)でみると、アメリカを除くといずれも労働 生産性の上昇を上回って賃金が上昇している(表1)。これは 1960 年代に各国とも機械化・自動化・ テーラー主義的労働により、労働生産性が上昇したが、資本は国内での安定的労使関係を維持する ためにも、賃金への分配をより多くせざるを得なかったからである。これは国際的にソ連を中心とする社 会主義勢力との対抗関係のもとで労働運動を社会改良的な方向に留め置くためにも、賃金を上昇させ、 労働者生活を安定させる必要があったからである。  当時の世界の労働運動はソ連の影響力の強い世界労連と資本主義経済の枠内での雇用や生活の 図1 主要先進国の失業率推移

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維持、公正な分配などを掲げる、反共主義的な国際自由労連があり、対抗関係にあった。国際自由 労連には、日本の同盟、アメリカ労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)、イギリス労働組合会議(TUC)、 ドイツ労働総同盟(DGB)フランス民主労連(CFDT)など日欧米の主要ナショナルセンターが加盟し ており、社会民主主義的潮流が強い組合が多かった。  こうした欧米の主要労働組合は、産業別労働組合として組織され、労働時間や賃金などの労働条 件は産別組織と経営者団体との中央交渉で決定し、そこで結ばれた労働協約はその産業で働く全て の労働者に拡張適用されるので、未組織労働者においても基本的に同一の労働条件となる1。産別の 中央交渉が難航すれば、ストライキを構えて資本に要求実現を迫る。  またドイツでは産別の中央交渉以外に、企業内の経営協議会で労働者と使用者との間で交渉すると いう二元的形態をとっている。陳(2010)によれば、産業、地域別の労働組合が労働条件について 使用者団体と交渉し、産業別労働協約を締結し、次に産業別労働協約を前提として、企業内で人事、 経済事項に関して交渉する(P212)。  このようにヨーロッパでは中央交渉を中心に企業内交渉で労働条件を決定する仕組みになっている。 しかも交渉が妥結しなければストライキも構えて資本に譲歩を迫ってきた。資本の側も、冷戦対抗の圧 力の下では労働者・労働組合を体制内化しておくためにも、賃上げや労働時間の短縮要求に応えざる を得なかった。  団体交渉を通じての賃金上昇は、それだけ労働者の消費購買力を高めるので、1960 年代は家電 品や自動車など、いわゆる耐久消費財の普及が進んだこともあり、消費財の需要を拡大させる。消費 財の需要拡大は消費財部門の設備投資を拡大させ、それはさらに消費財部門の生産手段を製造する 資本財部門の需要も拡大させる。消費財部門を起点とする需要拡大の連鎖は、企業の販路を安定さ せ、企業利潤の拡大にも寄与する。したがって賃金上昇は生産性上昇とパラレルに進む限りは、利潤 を圧縮することなく、むしろ利潤を拡大させる方向に作用する。1960 年代には労働組合は生産性向上 に協力する代わりに、賃金上昇を勝ち取るという、ある種の労使妥協が成立したと考えることが出来る2  また雇用や医療、年金など労働者生活を全体的に安定させる福祉国家政策がとられたことも、労働 者の消費需要の喚起に役立つとともに、福祉国家政策それ自体が福祉サービスの需要を創り出し、経 済を成長させることになった。

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(2)政府による労働組合潰しと労働運動への規制強化  労使妥協による賃金上昇と経済成長は、それを支えたアメリカの冷戦対抗への支出拡大がもたらし た金・ドル交換停止とオイルショックによる原油価格の高騰により、その基盤を動揺させた。欧米各国の 経済は急速に縮小し、1970 年代はスタグフレーションと呼ばれる停滞状態に陥った。  1970 年代のスタグフレーションの進行は、従来のケインズ政策による需要創出策がインフレと財政赤 字を増大させるだけで、景気を浮揚させることができず、機能不全が露わになった。各国とも1970 年 代後半には失業率は 60 年代と比べて約2倍に上昇し、80 年代にはさらに増大した(図 1)。70 年代 から 80 年代を通じて、欧米各国はスタグフレーションの中で高い失業率から抜け出せなくなったのであ る。  こうして欧米資本主義国の行き詰まりが明らかになるなかで、需要創出のケインズ政策ではなく、サ プライサイドを強化する政策がとられるようになった。それはレーガン政権やサッチャー政権の経済政策 が典型で、①財政支出の大幅抑制(ただし国防費は増額)、②個人・企業の大幅減税、③規制緩和、 ④マネーサプライの抑制を特徴とする。  サプライサイドを強化するためには、もう一つ重要な政策がある。それは、労働運動の抑え込みである。 レーガン政権では、連邦公務員賃金の抑制とストライキに参加した連邦公務員でもある航空管制官の 解雇による労働組合潰しでが容赦なく行われた。またレーガン政権は、スタグフレーションのもとで進行 していたインフレを封じ込めるため、金融引き締めと賃金抑制政策をとった。  賃金全体を抑制する突破口としてレーガン政権が企図したのは公務員賃金であった。人事院は 1981 年度の連邦公務員(非現業)の 15.1%の賃金引き上げを勧告していた。しかしレーガン政権は, 公務員の賃上げ率を平均 4.8%に縮小することを議会に提案し、議会もこの法案を議決した。これを受

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ける形で、民間でも83 年の鉄鋼産業の労働協約改定では従来 1 時間当たりの基準賃金は平均 14・ 33ドルであったものが 1・25ドル(9%)引き下げられた3  また 1981 年 2 月から年間平均賃金 3.3 万ドルの 5.2 万ドルへのり引き上げと週労働時時間 40 時間 を 32 時間への短縮等の要求を掲げて航空管制官組合は連邦航空局と交渉を始めたが、交渉は紆余 曲折の上不調に終わり、航空管制官組合は 8 月 3 日からストライキに入った。これに対してレーガン政 権は 8 月 6 日までに職場復帰しない組合員は全員解雇すると警告し、全員が職場復帰に応じなかった ため実際に解雇した。これを契機に連邦労働委員会も航空管制官組合の交渉権と代表権を剥奪する 決定を行い、組合そのものを消滅させたのである4。ここで重要なのは、航空管制官組合は戦闘的な 組合ではなく、大統領選挙ではレーガンを支持するなど保守的な組合であったということである。レーガ ン政権は、保守的であろうとなかろうと、労働運動それ自体が供給力を制限するもので許容しないとい うことを明確にし、所得政策など労働組合との協力関係を維持してきたいわゆるニューディール型労使 関係を転換させたということである。  イギリスでもサッチャー政権が労働組合への大攻勢を始めた。それは労働組合に対するさまざまな規 制強化として現れたほか、より直接的には当時最も戦闘的な炭鉱労働組合(NUM)の 1984 年から 1年間にわたるストライキに対して徹底的に対決し、労働組合を敗北させたことに現れている5。炭鉱 閉鎖や大幅な合理化を強行しようとするサッチャー政権に対して、NUMはストライキで対抗し、当初は 80%以上の炭鉱がストに入り、約 14 万人が参加したと言われている。しかしストの長期化に伴い、NU M内部の対立が激化し、ストから脱落する炭鉱も増大していくが、その背景にはピケに対する警察権 力の介入、第二組合とも言うべき政府の支援を受けた民主炭鉱労働組合(UDM)の結成などサッチャー 政権による労働組組合潰しともいうべき策動があった6  サッチャー政権の労働組合潰し、組合規制の強化は、完全雇用を目指す政府と労働組合との一定 の協調政策を終焉させ、資本と労働の関係を市場メカニズムのもとに置くことを意味していた。それは、 当時のスタグフレーションが進行するもとで、ケインズ的な財政支出による雇用の維持を放棄し、市場競 争を再機能させようとするものであった。市場競争に任せると言うことは、競争力のない企業の倒産と それに起因する大量の失業を発生させ、それによって賃金を引き下げ、企業利潤を回復させようとする ものである。市場メカニズムを自由に機能させることによって、労働組合による賃金引き上げなど市場へ の介入を抑制させようとしたのである。  日本では、中曽根政権が国労を解体に追い込むことによって、また総評解体―連合成立によって対 抗的労働運働を縮小させた7。民間企業の労働組合では、60 年代後半には大企業を中心に労使協 調的な労働運動が主流となっていたが、総評の官公労、とくに「労働者階級の解放」を掲げる国労は、 職場闘争に偏重しているきらいはあるものの、頑強に政府に抵抗し、1970 年代の国民春闘の中軸組 合として戦闘力を発揮してきた。市場における自由な競争原理が貫徹できるようにするためには、資本 支配の枠内の運動に制限する必要があり、そのためには資本や政府に対抗的な国労と総評の解体は 絶対条件だったのである。  国労の解体は、中曽根政権のもとで国鉄の赤字と職場秩序の乱れを理由にした国鉄の分割民営

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化を強行する中で行われた。政府や国鉄再建管理委員会は国労組合員に対して新会社への採用が 困難になるとの雇用不安をあおり立て、国労からの脱退を求めた。その結果、国労という組織は残っ たものの組合員数は分割民営化前の 86 年 1 月の 18 万 4000 人からJR発足時の 87 年 4 月には 4 万 4012 人へと激減した。  また 89 年には、さまざまな潮流を含みながらも対抗的労働運動の柱であった総評が、民間大企業 を中心とした労使協調勢力による労働戦線統一の波に巻き込まれ、連合に統一されるようになった。対 抗的労働運動は、ナショナルセンターとしては全労連が結成されたが、官公労と中小企業労組中心と いうこともあり、総評時代と比べれば、社会的影響力は弱かった。  こうして 1980 年代には日本、アメリカ、イギリスで戦闘的な労働組合を潰し、労働組合の影響力を 削ぐ反労働組合の潮流が形成された。  1980 年代の戦闘的労働組合潰しと平行して、労働運動の規制と労働市場の柔軟化政策が進めら れた。  労働運動の規制は、イギリスでサッチャー政権とそのあとを引き継いだメージャー政権のもとで行われ た。すなわち第二次争議・ピケットの制限、組合承認の法的手続の廃止、クローズド・ショップの禁止、 労働組合の免責の除外、スト事前投票の義務化など労働運動に制限が加えられた。労働運動の制限 と平行して、労働市場の柔軟化が進められた。失業の増大に対しては、「ワークフェア」型の就労支 援策か導入され、失業給付など社会保障給付に対して職業訓練への参加および就労を義務づけ、 忌 避する者にたいしては給付カットの厳格な懲罰が課された。  アメリカでもレーガン政権の下で、全国労働関係局は、企業が労働組合のある職場で働いていた労 働者を労働組合との交渉抜きに労働組合のない職場に移すことを認めたり、ストライキ中に企業が一時 的に代替要員を雇うことを認めるなど、労働組合の交渉力や争議行為を無力化する手段を認めるよう になった(仲野、2000 年、P46)。  こうした労働組合潰しと労働運動への規制の結果、日本や欧米主要国では、労働組合の組織率 は 90 年前後から急速に低下するようになった(図2)。1985 年と2015 年のデータを見れば、アメリカ 18.0 から 11.1%へ、日本 28.8 から 17.4%へ、イギリス 45.5%から 24.7%へ、ドイツ 35.0%から 19.0%へ、 いずれも大きく組織率を減少させている。各国とも労働組合に組織されない労働者が圧倒的大多数と なっているのである。まさにノン・ユニオン時代である8

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  出所:労働政策研究・研修機構『国際労働比較』 (3)労働運動の規制と労働市場の新自由主義的改変  労働運動への規制強化と労働組合組織率の低下を背景に、労働市場の新自由主義的改変も各国 で進められた。失業率の高止まりの原因を労働規制によって労働市場が硬直化し、市場メカニズムが 機能しなくなったことに求める新古典派的経済理論に基づき、労働市場における供給システムの効率 化、失業者の労働力化の促進、労働市場規制緩和による雇用拡大を目指す政策が 1990 年代から先 進各国で行われた。これらの政策を具体的に述べれば、労働市場における供給システムの効率化は 職業紹介事業の民営化や民間の人材供給サービス事業の拡大などによって、労働市場の流動化を促 進しようとした。失業者の労働力化の促進は、失業者への職業訓練の義務化や失業給付の削減によっ て、低賃金労働でも選択せざるを得ないような状況に追い込むことで、失業者が相対的過剰人口とし て滞留するのを防ごうとした。労働市場規制緩和では、派遣労働や有期雇用規制を緩和し、企業が それらを利用しやすくした。解雇規制の緩和は、労働者の解雇をしやすくし、企業が新規に労働者を 採用するインセンティブを強めようとするものである。これらの政策によって、労働市場において市場メカ ニズムを機能させ、労働需要が少ない不況期には、労働者を解雇しやすくしたり、労働コストを削減す るために低賃金労働や非正規(非典型)労働を雇用しやすくした。不況期には労働需要に見合う形 で労働供給を調整し、賃金を低下させたり、好況期には賃金上昇を抑えるために非正規(非典型) 労働を活用できるようにしたのである。労働市場の新自由主義的改変である。  労働市場の新自由主義的改変は、労働市場の柔軟化と表現されることが多い。労働市場の柔軟化 とは、Gibson ほか(2004)によれば、派遣労働、請負契約、有期雇用契約など契約上の柔軟性、 パー ト労働、ショブ・シェアリングなど労働時間の柔軟性、在宅就業など働く場所の柔軟性に大別される。  契約上の柔軟性では、日本やイギリスで派遣労働の合法化や規制緩和が行われたり、アメリカでは 図2 労働組合組織率推移

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インデペンデント・コントラクター(個人請負)が激増したことが知られる。  労働者派遣事業は、日本では 1966 年のマンパワージャパン成立以来、業務請負という形式で行わ れていたが、1985 年に労働者派遣法が成立し、ソフトウェア開発や通訳・翻訳など専門的業務 13(後 に 16 業務が追加)に限って認めるという限定的なものから始まった。その後、1996 年には対象業務 が 26 業務に拡大されたあと、1999 年には港湾運輸業務や建設業務、製造業務などを除いて原則自 由化された。2004 年には製造業務への派遣が解禁されるとともに、専門業務については派遣期間の 制限が廃止された。派遣労働の原則自由化は、日雇い派遣という究極の不安定雇用を生み出した。  アメリカでは、労働者を人材派遣業に移籍させ、雇用責任から逃れようとして派遣労働が拡大され ただけでなく、インディペンデント・コンタクターと呼ばれる個人請負業が急拡大した。仲野(2000)に よれば、1995 年で 830 万 9000 人存在しており、産業別ではサービス業が 336 万 5000 人で全体の4 割を占めている。職種別では、経営・管理、専門、セールス、精密機械製造など多岐にわたっている (P115)。  労働時間の柔軟性では、パート労働など短時間労働の増大が顕著である。とくに女性のパート労働 が増大しているのがわかる。日本では、2015 年で 36.9%、ドイツでも37.7%、イギリスでも37.4%といず れも1985 年比で大幅に増大している(表 2)。臨時的・一時的雇用であるテンポラリーワーカーの推 移を見ると、日本、ドイツ、フランスでは 10% を超える割合を示し、とくにドイツ、フランスでは 1990 年 比で5%程度増加している。日本でも、2005 年には 14%まで増大している(表 3)。    こうして 1980 年代におけるスタグフレーションの進行と1991 年の冷戦崩壊により、資本は対抗力とし ての労働組合と労使妥協を顧慮する必要がなくなり、労働市場における市場メカニズムを回復させるた めに、戦闘的な労働組合を潰したり、労働運動に対する規制強化進めたのである。労働運動の規制 強化は労働組合組織率を低下させ、労働市場における規制力の低下をもたらした。すなわちそれは、 労働市場の新自由主義的改変とそれに基づく労働市場の柔軟化に対する抵抗を弱くし、2000 年前後 から過少就業や僅少労働(ミニジョブ)、不安定就業を意味する派遣労働や個人請負、パート労働者 やテンポラリーワーカーなどの非正規(非典型)労働者を拡大させたのである。

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2. 労働運動の停滞と日本的労使関係の機能不全

(1)日本における労働市場の新自由主義的改変の特殊性  労働市場の新自由主義的改変は、アメリカやイギリスの場合が典型であるように、戦闘的労働組合 潰しと労働運動の規制の上に成立したが、日本の場合は事情を異にする。日本でも、すでに見たよう に 80 年代には戦闘的労働組合である国鉄労働組合(国労)を潰し、労使協調路線をとる連合が成 立したが、アメリカやイギリスのような労働運動に対する規制の強化はなされなかったからである。  なぜ日本では労働運動の規制強化なしに労働市場の新自由主義的改変は可能になったのだろうか。 それは、日本の労働運動が 1980 年代までに労使協調化を完成させていたからである。日本の労働運 動の労使協調化は、1950 年代後半から 60 年代にかけて大企業労働組合の労使協調化に始まる9  鉄鋼業の労使協調化は、1954 年の日鋼室蘭争議などを経て、高度成長期に新鋭設備の導入ととも に作業長制度など労務管理秩序変革の必要性から、資本による労働組合内の労使協調派の育成に よって成し遂げられた。  自動車産業では、1950 年代の人員整理などに端を発する争議を通じて、労使協調的な潮流が生ま れ、それが組合の主流派になると言う経過をたどっている。すなわち日産争議やトヨタ争議では、組合 要求の拒否―ストライキ―会社の強硬姿勢―資本の一致した組合締め付け―企業と労使協調を目指 す第二組合の結成―対抗的労働組合の切り崩しという形で、協調的組合への転換に成功している。  電機産業では、もともと労使協調的な勢力が強かったこともあり、産別組織として電機労連が成立し た後も春闘などでのストライキを伴う統一闘争に積極的な組合もあれば、そうではない組合もあり、資本 に対抗的な労働運動ではなかった。それでも東芝は、1949 年の大量解雇を契機として分裂した経験 もあり、1970 年代にはインフォーマル組織を作り、左派系労働者の監視と孤立化を図るようになった。  こうして日本の労働運動は、大企業労働組合を中心に労使協調が主流となり、しかも正規労働者を 組織する企業別労働組合であったために、正規労働者の利害を守る運動になりやすかった。正規労 働者の賃金は企業経営の状況に左右されるから、企業別組合は生産性向上などに協力し、分配を大 きくすることに大きな関心があった。他方で企業内の非正規労働者や下請け企業労働者の労働条件 や処遇については、余り大きな関心は有していなかった。企業内の非正規労働者は労働集約的な工 程を担当し、正規労働者はより複雑な工程を担当することで、生産性を高めたり、不況期の雇用調整 として非正規雇用が利用されたりすることで、自らの雇用の安定を確保できるからである。  このため日本の企業別労働組合は、アメリカやイギリスのように労働運動の規制がなくても、非正規

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労働の拡大や低賃金労働の拡大、不安定就業を促進する派遣労働の原則自由化など労働市場の新 自由主義的改変に大きな反対運動を展開することはなかった。また低賃金労働の拡大に対して、生協 労連などごく少数の組合を除いて、同一労働同一賃金を要求することもなかった。日本の企業別労働 組合は、企業が成長し、利益配分を受けられる限り、労働市場の柔軟化や規制緩和などの新自由主 義的政策には余り関心を有していなかったのである。  日本の労働市場における新自由主義的改変の特徴は、アメリカ・イギリスのように労働運動への規制 強化の上に成り立ったのでもない。またドイツのようにコーポラティズムのもとで 35 時間労働や産業別協 約による賃金決定など労働攻勢と労使妥協の行き詰まりとしての成長の停滞、高失業率、高労働コスト という「構造的危機」への打開策として行われたものでもなかった。日本の場合は、資本と一体となっ たとも言える協調的労働運動が主流となる中で、正規労働者の利益を守ることになるものとして、非正 規労働の拡大は受け入れられてきたのである。 (2)協調的労働運動の限界の露呈  労使協調で正規労働者の利益を守ることを主眼としてきた日本の協調的労働運動は、90 年代から 経済停滞が長期化し、希望退職の募集などリストラの深刻化や賃金の停滞が現実化するようになると、 資本に協調的行動をとっても、その見返りは少なくなった。図3から標準労働者の賃金分布の推移を見 ると、高卒では 2000 年前後から、大卒でも2007 年前後から賃金指数は低下している。しかも低下 度合いは低賃金層(D1)ほど大きくなっていることがわかる。2000 年前後から労働者の間で格差が 広がり、とくに低賃金層は大きく低下するようになったのである。協調的な労働運動を展開しても、企業 成長ができなくなると、賃金は停滞し、格差が拡大するようになったが、労働運動はそれに有効な歯止 めを構築できていないのである。  またリストラの局面では、企業別組合は、組合員の雇用を守る立場から希望退職者選定の公平さや 面談への介入も限定的である。リストラに同意したあとは、リストラ遂行過程での労働者の権利侵害に 対して交渉しない場合が多い。賃金制度改革でも、低評価に「一定の歯止め」をかけることができる 程度で総額人件費の抑制に協力し、中高年層の賃金は横ばいになる企業も多くなっている。つまり協 調的労働運動では、企業の経営環境の悪化によって、労働組合側が「譲歩」を迫られる場合が多く なっているのである。企業成長が困難になった 2000 年代以後は、協調的労働運動の限界が現れてき たのである。    

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図3 標準労働者賃金分布の推移(1997 年= 100.3)  出所:日本労働組合総連合会「連合・賃金レポート 2017」 (3)企業別労働組合とそれに基づく労使関係の機能不全  現在は、協調的労働運動の限界が現れてきただけでなく、日本的労使関係の特徴の一つである企 業別組合も機能不全に陥っている。企業別組合は、正規労働者を対象とする労働組合であるが、す でにみたように資本の賃金抑制攻勢を打ち破ることができず、とくに低賃金層の賃金が低下していること で、集団的労使関係による労働条件向上という役割を果たせなくなっている。しかも、リストラの深刻化 に対しても有効な手段を講じることができなくなっており、雇用を守ることも十分にはできなくなっている10  また企業内に非正規労働者が増加したことにより、企業別組合は従業員代表組織としても機能しな くなっている。例えば流通産業やサービス業などを中心に、正規労働者だけを組織対象としていては、 労働組合は労働者の過半数を代表する組織とは言えなくなっているという点だけでも、従業員の利害を 代表する組織とは言えなくなっている。  企業別労働組合の機能不全は、春闘にも見られる。労働組合が団結と実力行使により賃上げを迫 るという春闘での賃上げが、90 年代以後は定期昇給プラスアルファ程度しか勝ち取れなくなっている。 90 年代以後の春闘で賃上げが進まないことによって、マクロ経済的には消費と投資の循環が機能しな くなり、日本経済の長期停滞を招いた。これに危機感を持って政府自ら企業に対して賃上げ要請する ようになった。2014 年から続く政府による、法人税減税と引き替えの企業への賃上げ要請、いわゆる 官製春闘である。  なぜ政府は労使自治の原則を踏み出して、企業に賃上げ要請をしたのだろうか。それは資本の強さ と労働運動の弱さを前にして、自らの経済政策、いわゆるアベノミクスを機能させようとしたからであろう。 資本は個別企業の利害を重視して賃上げ抑制の方針を変えようしない。他方で、協調的な労働組合 は労働者の団結とストライキなどの団体行動で賃上げを獲得しようとしない。つまり内部留保を増やすだ けで、賃金を引き上げようとしない個別企業とその利害を代弁している資本の「強さ」と協調的な労働

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組合の「弱さ」を前にして、政府が分配面から労使関係に介入して「労使妥協」を図ろうとする試 みであるとも言える。政府の介入がなければ、賃上げを獲得できない状態になっているのであり、その 意味では企業別の協調的労働運動の限界が明確になったといえる。  賃金の停滞に見られる企業別労働組合の機能不全は、資本の機能不全をも招来している。それは 2000 年代以後の内部留保の増大に見られる。企業の内部留保である利益剰余金は 5 年連続過去最 高を記録し、2016 年では全産業で 406 兆 2348 億円に達している。小栗(2017)によれば、資本金 10 億円以上企業の内部留保は 1971 年度から85 年度までが 3.9 兆円から33.3 兆円に、割合では 8.9% から 11.4%に 2.5 ポイント増加した。次の 1986 年度から 2000 年度までは 36.2 兆円から 88.0 兆円へ、 12.0%から 14.7%へ 2.7 ポイント増加した。これに対して、2001 年度から 2015 年度まででは、84.7 兆 円から 182.2 兆円へ、14.3%から 22.8%へ 8.5 ポイント増加した。2000 年以後、日本企業は賃金を抑 制して得られた利益を内部留保として蓄積しながら、金融投資や自社株買い、国内や海外でのM&A に充てており、2000 年代以前のように設備投資には充当していない。産業資本は利潤の再投資で拡 大再生産を目指し、利潤の増大を目指すのが本性だから、内部に蓄積するだけでは、資本の拡大再 生産にはならない。投資分野を見つけられないのは、資本の劣化と腐朽化を示している。  このように労働組合は賃金の引き上げを実現できず、資本は投資先を見つけられず内部留保を増や すだけというのは、企業別労働組合に基づく労使関係の機能不全を示しているといってよい。   

3.21 世紀型危機と労働運動の変革

 現在の資本主義経済は、グローバリゼーションとICT革命、AI革命が進展する下で、生産のグロー バル化、金融経済の肥大化と金融投機の拡大が進み、国民経済の枠組みでの経済成長による「労 使妥協」が困難になっている11。そのため、グローバル競争に打ち勝つためにと言う言説の下で、賃 金の抑制や不安定就業の増大による格差と貧困の拡大に対して、有効な対抗策を打ち立てることがで きなくなっている。  冷戦崩壊後は、資本はグローバル展開を進めることで、自国の国民経済に基盤を置かなくても企業 成長が可能になった。グローバル市場こそが資本間競争の主戦場になったのである。そうなると資本 は労使妥協による賃金増大と消費増大を基軸として国内での成長を主軸とする必要性が薄れてきた。 資本は国内の「社会主義的」あるいは社民主義的潮流に配慮せず、市場主義的に対応するようになっ たのである。こうなると労働組合の組織率が低下している現状では、労働者は独力で資本に向き合わ ざるを得なくなっている。ポスト冷戦期の市場主義的=新自由主義的労使関係のもとで労働者は労働と 生活を営まなければならなくなったということができる。労働場面でのノンユニオンと市場主義にさらされ 独力で強大な資本に向き合わなければならなくなった点に、労働者からみた 21 世紀型危機の本質が ある。  では労働者はこの 21 世紀型危機にどのように対抗すべきなのか。その対抗点において、労働組合 はどのような役割を果たせるのか。以下で検討してみよう。 (1)企業別組合変革の可能性

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 日本の企業別労働組合が企業内の正規労働者の狭い利害に止まっているだけでなく、組合によって は企業の利害を代弁する役割を果たしているように見え、会社組合と指摘されることも多い。  資本に対抗できない日本の企業別労働組合の否定的現実を前にして、企業別組合をどのように変革 すべきかをめぐって、二つの議論がなされている。一つは木下(2007)らの、企業別労働組合の企 業主義の弱点を批判し、欧米型の産業別労働組合への転化を求める主張である。これに対して職場 闘争を重視する立場から、木下らの議論を批判するのが小林(2015)、兵頭(2013)(2015)である。 小林(2015)は、「企業別組織の自発的結集に依拠することにより、産別機能(例えば統一ストの組 織)を発揮することは十分に可能である。」(P11)として、職場での闘いを基礎に産業別組織の関与 を主張している。兵頭(2013)も職場闘争強化こそ、労働運動再建の鍵であるとしている。すなわち 「労働組合運動の再建とは、労働者の間に「仲間と団結して使用者と対峙交渉すれば、法的な最 低基準を超えて自分たちの要求を実現することもできる」という信憑を再生させることに他ならない。そ して、そのような信憑を共有しうるような労働者集団の在する基盤は、基本的には、労働者が日ごろか ら顔を合わせてコミュニケーションをとりつつ働く場であり、同時に、現実の交渉相手である使用者やそ の代理人たる管理職と向き合う場=職場をおいて他にないのである」(P30)  企業別か産業別かをめぐる議論は、それぞれがある意味では非現実的な状況を想定したものである ように思われる。労働者にとって、企業や職場という単位は自分達が労働を通じて生活を維持する場 であり、同僚は働く仲間として共感を持ちうる存在であることを考えると、企業単位での組織化は「合 理性」を有している。また資本にとっても、企業別組織形態は、企業内の経営状況にあわせた労働 条件を受け入れさせることができるという点で、労働者統轄機構として労務管理上の必須なものになっ ている。これらのことを考えると、企業別形態を産別形態に変革するには大きな困難がある。  同時に小林や兵頭が主張するように、職場闘争の強化はもちろん正論であるが、現実に職場闘争 において極端にストライキなどが少ない日本で、どのように実力行使を含めて職場闘争を強化し、交渉 力を回復させるのか、という問題に答えていない。抽象的に職場闘争の強化を唱えても、現実の労働 者や労働組合をどのように変革していくのか、という道筋は具体的には見えない。  企業別労働組合の変革を考える時、この問題については、終局的には産業別労働組合への転化を 目指す必要があるとしても、現状では各企業での交渉において、企業別組合の連合体としての産業別 組織(連合体)が企業横断的な労働条件を統一要求にし、それぞれの企業別組織が横断的に交渉 に参画する試みを拡大していくという方法しかないように思われる。企業別組織と産業別組織が連帯し て、交渉していくことで、産業別の運動の強化を図ることが現実的であるように思う。具体的には企業 別労働組合も私鉄総連などが追求してきた対角線交渉や業界団体との懇談など産別交渉を代替する 機会を確保する途を追求すべきである。 さらに企業別組織、とくに協調的労働運動の自己変革を迫るためには、外側から「圧力」を加える 必要がある。労働組合の組織率が 17.4%であるということは、組織労働者は労働者全体を代表してい ないということを明確にすべきである。したがって産業別であれ企業別であれ、労働政策で労働者全

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体に影響を与えるような決定をする場合には、安易に妥協をしないような「圧力」が必要である12 (2)新しい社会運動としての労働運動再構築の可能性  企業別労働運動の低迷に比して、労働者の雇用と労働条件を守る運動として、地域ユニオンや非 正規労働組合などの労働組合組織、反貧困ネットワークなどの社会運動が注目を浴びている。確かに 2008 年のリーマンショック後、派遣切りで、それまでの住まいであった派遣会社の寮を追い出され、文 字通り路頭に迷う寸前にあった労働者を支援し、社会に派遣労働者の不安定性と企業の身勝手さを 印象づけるのに大きな貢献をしたのは、反貧困ネットワークであった。また学生を中心に労働相談にのっ ているパッセや最低賃金 1500 円を目指すエキタス、1988 年から過労死相談を行っている過労死 110 番全国ネットワークのような NPO 団体が組織化され、それぞれの目的に応じて活発な活動を展開して いる。

 2011 年 9 月から始まったアメリカでのオキュパイ運動は、"We are the 99%"というスローガンを掲げ、 格差と貧困の広がりに対する一大抗議運動となった。抗議活動は 9 月下旬から 11 月15日の強制排除 まで毎日行われ、地域的にはワシントン、シカゴ、サンフランシスコ、フィラデルフィア、ワシントン DC な ど全米各地に広がりを見せた。オキュパイ運動には、明確なリーダー存在せず、活動方針はゼネラル・ アセンブリー(総会)を通じて合議制による話し合いで決められる。運動の広がりを作ったのは、フェイ スブックやツイッターなどの、いわゆるソーシャルメディアである。そして人々はボランティアでウェブサイト を立ち上げ、集会を計画し、それをソーシャルメディアで広め、参加者を組織していった13  誰でも参加できるジェネラル・アッセンブリー(総会)を開いて、時間がかかっても議論を尽くして合 意を形成し、コンセンサスを重視する運動形態は、従来の階層的な組織により、指導者たちが集まっ て運動方針を決めて、目標に向かって組合員や大衆を動員する労働運動にも大きな刺激を与えた。ス テファニー・ルース(2016)によれば、ニューヨークの組合とコミュニティ・グループのオルガナイザーと オキュパイ運動の活動家とは交流があり、そこでの「官僚的束縛を超越し、冒険性と戦闘性」(P58) のある運動形態は、ファストフードに大きな刺激を与えた。2012 年 11 月 29 日のニューヨーク市内のマク ドナルドやバーガーキングなどのファストフード店で行われた最低時給 15ドルを求めるストライキ行動には 多くのオキュパイ運動の活動家が結集し、支援活動を行った。そして最低賃金の引き上げを求める運 動は、SEIU(Service Employees International Union)や多くの社会運動団体と結びつき全米各 地に広がった。また空港労働者や介護労働者、小売労働者などの低賃金労働者にも広がり、時給 15 ドルと労働組合結成を要求する短時間のストライキまで行われたという(P59)。  このようにアメリカでは自由なオキュパイ運動と労働運動(ただし従来のビジネスユニオニズムではなく 社会運動ユニオニズム)が結びつくことで、労働運動や社会運動に大きな刺激を与え、最低賃金の引 き上げという具体的な成果をあげている。  こうしたアメリカでの経験から私たちは何を学ぶことができるのだろうか。労働運動を社会運動と対立 させるのではなく、社会運動は労働運動と結合することで、要求が具体的になり、社会を変革させる 原動力となるということである。ただしその労働運動は、企業内での正規労働者の賃上げや労働条件 の獲得にのみ関心を持つ企業別労働運動ではなく、社会的連帯に基づいた新しいタイプの労働運動

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に鋳直されなければならない。そのためには、労働組合の民主的な運営と実践性・戦闘性の回復が 絶対条件となろう。  労働組合の民主的運営のためには、労働組合の階層的組織をより直接民主主義的な組織と全組 合員投票による意思決定が必要であろう。既存の労働組合がとっている、集権的なシステムでは、組 合員個人の意思は職場討議を通じて上部機関に反映されることになるが、職場討議が形骸化している 職場組織では、本部の決定を伝達するだけになりやすい。組合員個人の意思や意見は何層にもわた る集権的組織のなかで反映されることは少なくなるからである。これらの変革は日本の労働組合運動の 現状を考えると極めて絶望的であるが、従来型労働組合の組織形態や意思決定の仕組みの変革抜き では、労働組合は、グローバリゼーションとICT・AIの進行によって生じている、労働と生活の危機を 打開する組織とはならないであろう。 (3)闘いの基盤としての職務概念の確立と生活保障賃金  日本において進行している格差と貧困を是正するために、同一価値労働同一賃金原則に基づいて、 職務価値を評価し、それに基づき是正を求める運動や訴訟が行われている。同一価値労働同一賃金 をめぐっては、差別是正の手段だけでなく、日本の賃金制度において年功賃金から職務給など仕事給 への移行を主張する見解がある14。他方で、職務評価と職務給の問題点を指摘し、それに基づく同 一価値労働同一賃金原則の導入を批判する主張もある15  仕事給を主張する論者は、年功給を性差別賃金であるとして批判し、仕事給を性中立的賃金であ るとする。しかし岩佐(2010)が主張するように、年功賃金それ自体は性差別的要素を含んではいな い。年功賃金は、高度成長期の「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業のイデオロギーのなかで、 男性にのみ長期勤続が期待され、勤続に応じて仕事もできるようになる、つまり仕事を通じて企業特殊 的熟練を身につけ、「生産性」も上昇すると考えられるので、その限りでは年功賃金の適用も「合理的」 である。これに対して短期勤続で家庭に入ることが期待される女性は、男性の補助的業務を担当する ので、企業特殊的熟練を身につける機会からも排除される。短期勤続で企業特殊的熟練を身につけ る機会が少なく、「生産性」は高くないので年功賃金が適用されないのも「合理的」だったと考えるこ とができる。だから年功賃金は企業が女性に適用しなかったから性差別に見えるだけで、それ自体は 性差別ではないというのは、岩佐の主張する通りである。  また非正規労働者も、女性と同じく長期勤続を期待されない存在であり、正規労働者の補助的業務 や労働集約的業務を担当するので、「生産性」は高くない。したがって非正規労働者には年功賃金 ではなく、職務と市場を基準とした賃金が適用されている。年功賃金は、長期勤続を期待されない非 正規労働者には適用しようがない賃金なのである。この意味では、年功賃金は性差別賃金ではないが、 非正規労働者に対しては差別的な賃金なのである。  年功賃金は、若年期の低賃金を取り戻すためには、中高年期に相対的に高賃金を獲得する必要が あるので、長期勤続が必要となる。労働者からしても年功賃金は長期勤続とセットでなければ、「割に 合わない」制度なのである。そのため労働市場は流動性が少なく、長期勤続という形で企業に緊縛さ れる。年功賃金と長期勤続雇用によって、労働者は安定的な生活が保障される代わりに、会社による

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生活保障を通じて、企業にまるごと取り込まれることになる。いわゆる会社人間である。  また、年功賃金と長期勤続雇用が成立するためには、企業が成長しつづけ、事業内容もあまり変化 しないことが必要となる。つまり従来の延長線上の改良的な技術革新や事業内容の変化であれば、年 功的な労働者の再教育や配置転換で対応できる。しかし従来の技術を一変させるような技術革新が起 きるようになり、外部から「破壊的な」技術革新に対応する労働者の採用が増大すれば、年功賃金 では賃金を決定する客観的な基準を見いだすことができない。  年功賃金は勤続年数が大きくなるにつれて、功つまり熟練度も増大するという関係が成立するのでな いかという想定で「合理性」があると考えられてきた。しかし年功と熟練度との関係は、あくまでも想 定できるもので、客観的に証明できるものではない。しかもその熟練度とは、その企業内での熟練度で あって、企業外でも通用する職務に関連した客観的基準ではないのである。  もともと日本では、企業横断的に判断できるような職務概念が希薄で、企業内で入社以来経理の仕 事をしていても、担当している職務の価値が評価され、格付けされているケースは少ない。同じ職務 労働者は能力評価や役割評価で評価・格付けが行われ、賃金として現実化している。この場合の能 力評価や役割評価は、協調性や意欲、態度、努力度など恣意的な項目も含んで評価されるので、企 業目標と方針に忠実に仕事をこなすことが求められる。しかも仕事への意欲を見せるために、長時間 残業をこなし、有給休暇もとらず、仕事に集中する姿勢を示さなければならない。客観的基準を有しな い年功賃金や職能給が、労働者を企業に従属させる基盤を提供しているのである。  また個人の成果や能力、役割などで決定される成果主義賃金や役割賃金では、賃金は個人別で 決定されるので、労働者全体で共有できる賃金水準は存在しない。労働組合が賃金のばらつきを算定 し、分析しようとしても、個人の賃金を開示することは自己の評価を開示することになるので、自己の賃 金を開示することには消極的にならざるを得ない。査定や評価のある賃金制度では、労働者の団結基 盤を形成することは困難なのである。  これに対して職務を基礎とした仕事給は、職務分析と職務評価に基づいて客観的に職務価値を設 定するので、社会的に自分の職務能力(○○ができる)を証明できる。自己の職務能力という客観的 な基準があるので、その職務水準を求める求人があれば、他企業への移動は容易である。職務価値 に基づく仕事給は流動性のある労働市場を形成する。この意味では、年功賃金よりは、企業への従 属度は少ないと言うことができる。日本では、リストラで希望退職に応じない労働者に対して、従来の職 務とは無縁な業務への配置転換を命じたり、組合活動を忌避して配置転換したりすることがあるが、そ うした場合には職務を盾に抵抗できる。職務は労働者にとって抵抗の基盤になり得るのである。もちろん、 企業も余剰部門では、リストラを行い合理性のある基準で解雇する。労働組合は、その人選が合理的 なのか、差別的でないのか、厳しく監視する必要がある。  しかし現在の日本で、職務給をすぐに導入できる環境にはないのは事実であろう。職務給では、年 齢に関係なく同じ職務価値の仕事に対しては同じ賃金となるので、生活費の上昇に合わせて賃金が上 昇する訳ではないからである。賃金を上げようとすると、より上級の職務につかなければならないが、そ のためにはそれをできるだけの能力があることを証明しなければならない。したがって、仕事給を導入

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するためには、年齢の上昇に伴う生活費の増加をまかなうための方策が必要である。それは教育、医療、 住宅、失業時の生活保障、転職のための職業訓練など総合的な労働者生活を保障する政策である。 だから企業に対して単純に職務給の導入を迫るだけでは、不十分である。  他方で、非正規労働者が増加し、同一労働同一賃金が公正な賃金として求められるようになった現 在、それを実現する手段としての同一価値労働同一賃金の導入を避けるべきではない。年功賃金を 擁護し、職務給を批判する論者は資本による職務分析・評価の恣意性を問題にする。職務分析・評 価の方法にはさまざまな方法があるが、例えば仕事に関わる要素を「知識」「負荷」「責任」「環境」 などの大項目に分け、全体を 100として、それぞれにウェイト付けをする。大項目はさらにいくつかの小 項目にわけ、それぞれにウェイト付けをする。そして小項目ごとに評価を軽いものから重いものまで5段 階や8段階に評価し、得点づけをする。だから問題は、要素のウェイトと評価点をどのように決めるか であるが、そこに企業の恣意性を許さず、組合が介入することで労働者の納得性を担保できるのでは ないか。個人査定を排し、職務分析と職務評価で客観的な基準のある賃金制度を作りだし、賃金の 水準と体系の見える化を図ることが必要なのである。  低賃金の非正規労働者が増加し、公正な賃金を求める要請が一段と高まるとともに、労働組合の 組織率の低下により集団的労使関係で守られず、個人で資本に対抗せざるを得ない労働者が増加し ていることを考えると、格差是正の手段としてまた抵抗の基盤として職務概念とそれに基づく賃金制度 の導入を検討すべき時に来ているのではないか。

おわりに

 先進国の資本主義経済は、経済成長の動因を国民経済のなかでの「労使妥協」に求めることは できず、グローバル化に拠る海外での事業活動および投機的な活動によるバブル的成長に求めるように なっている。グローバル化は国内産業の空洞化を招き、バブル的成長はその崩壊を必然化し、多くの 労働者を路頭に迷わせる。資本主義経済は、今や労働者の労働と生活を全体として改善させる力を 失ったのである。こうして現在の資本主義経済は格差と貧困を拡大し、労働者の労働と生活を危機に 陥らせている。そしてアメリカでは在来型産業の労働者は「忘れられた労働者」として、排外主義を 煽るトランプ政権の支持基盤となってしまった。  では、労使妥協の必要性を感じなくなった資本に対して、労働者はどのように対抗すべきなのか。し かも従来型の労働組合組織と労働運動は機能不全に陥るとともに、労働組合に組織すらされない労働 者が多数を占めるなかでである。  この問いに対しては、資本に対する反抗が始まったと答えることができよう。それは、既成の労働運 動ではなく、非正規労働者の組織化であり、ローカルユニオンのような地域からの反撃であり、社会運 動ユニオニズム的な運動である。そしてそれらの運動が既成の労働運動と結びつくとき、新しい労働 運動を創り出すだろう。それは、21 世紀型危機にふさわしい労働者による新しい反撃である。  

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参考文献 井村喜代子(2000)『現代日本経済論』有斐閣 岩佐卓也(2010)「年功賃金を考える」石井まこと・兵頭敦史・鬼丸朋子編著『現代労働問題分析』 法律文化社 遠藤公嗣(2014)『これからの賃金』旬報社 木下武男(1999)『日本人の賃金』平凡社新書 木下武男(2007)『格差社会にいどむユニオン -21 世紀労働運動言論』花伝社 小林宏康(2015)「労働組合運動の再生・強化と日本型産業別組合の可能性」労働運動総合研究所『労 働総研クォータリー 2015 夏号』本の泉社 島崎美代子「戦後重化学工業段階における危機成熟の内的要因」『新マルクス経済学5・戦後日本 資本主義の構造』有斐閣 ステファニー・ルース「低賃金を引き上げるー米国の最低賃金引き上げ運動とその背景」『労働法 律旬報』2016 年 2 月 18 日号 陳浩(2010)「産業別労働協約の分散化に伴うドイツ型労使交渉の変容」立命館大学『立命館国 際研究』23 巻2号 仲野組子(2000)『アメリカの非正規雇用』青木書店 萩原進(1989)「転換期の労使関係とレーガン政権」川上忠雄・増田寿男編『新保守主義の経済 社会政策』法政大学出版局 早川征一郎(2010)『イギリスの炭鉱争議(1984 〜 1985)』お茶の水書房 兵頭敦史(2013)「格差社会に立ち向かう労働組合運動再生の条件」全国労働組合総連合『月刊  全労連』2013 年 2 月 兵頭敦史(2015)「賃金・労働条件決定における産業別組織の機能—春闘を中心とする分析−」労 働運動総合研究所『労働総研クォータリー 2015 夏号』本の泉社 藤田実(2017)『戦後日本の労使関係―戦後技術革新と労使関係の変化』大月書店 増田寿男(1989)「イギリス資本主義の危機とサッチャリズム」川上忠雄・増田寿男編『新保守主 義の経済社会政策』法政大学出版局 増田寿男(2004)「ポスト冷戦と『21 世紀型危機』」法政大学『経済志林』71 巻 4 号 森ます美(2005)『日本の性差別賃金―同一価値労働同一賃金の原則』有斐閣 南克巳(1976)「戦後重化学工業段階の歴史的地位」『新マルクス経済学5・戦後日本資本主義の構造』 有斐閣 南克巳(1994)「ME=情報革命の基本的性格:「ポスト冷戦段階への基礎資格」慶應義塾大学『三 田学会雑誌』87 巻 2 号 二瓶敏(1981)「戦後日本資本主義の諸画期」『講座今日の日本資本主義2・日本資本主義の展開過程』 大月書店

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Gibson, V. and Luck, R.(2004)“Flexible Working in Central Government: Leveraging the Benefits. Study of Central Civil Government Flexible Working Practice”, Office of Government Commerce 1 本文で述べたような産別による団体交渉は、兵頭(2013)によれば、ヨーロッパには妥当するが、北米では妥 当せず、交渉単位は企業単位であり、そこで結ばれる労働協約も企業単位であるという(P29)。 2 労使妥協という考えは、周知のようにレギュラシュオン学派が主張したものである。しかし労使妥協による賃 金上昇と消費拡大による経済成長は、日本の高度成長にストレートに適用できないということも確かである。 なぜなら日本の高度成長は、労使妥協による単純な経済成長ではなく、アメリカの冷戦体制のもとでの重化学 工業化であり、1960 年代前半は新鋭重化学工業化に伴う設備投資主導の、後半にはアメリカや東南アジアな どへの輸出主導の経済成長だったからである。ただしすでに見たように、経済成長と企業成長に伴い、春闘の 展開により賃金も上昇し、それに合わせて家電品などの耐久消費財も普及し、消費財部門の成長に寄与するよ うになった。また労働組合運動も、1960 年代には大企業では労使協調的な勢力が主導権を握り、生産性向上 に協力する代わりに賃金の引き上げを求めるという、ある種の労使妥協が成立している。この点については、 藤田(2017)の第3章を参照のこと。なお日本の戦後重化学工業化の特殊性については、南(1976)、二瓶(1981)、 島崎(1976)、井村(2000)を参照のこと。 3 ただしこの引き下げは 84 年以降段階的に回復され(84 年 85 年 40 セント、86 年 45 セント)、旧水準に復する ことになっている(大原社研、1984 年、P 5)。 4 レーガン政権の労働政策については、萩原(1989)を参照のこと。 5 サッチャー政権は、他の組合による労働争議を支援するための同情ストの禁止、事前のスト権投票や組合執行 部の投票による選出の義務化など労働組合を弱体化させる政策を進めた。サッチャー政権と労使関係の詳しい 分析については、増田(1989)を参照のこと。 6 1984 年から 85 年にかけての炭鉱労働組合の争議の過程については、早川(2010)を参照のこと。 7 国労解体、連合成立によって全国的なレベルで協調的労働運働が主流となったが、他方で全労連が成立したこ とで、一定の対抗的関係は維持された。80 年代における労働運動の変質については、藤田(2017)を参照のこと。 8 労働組合組織率の低下を情報革命の文脈との関連で「ノンユニオン」と喝破したのは、南(1994)である。 9 大企業における労使協調化の過程については、藤田(2017)第 3 章を参照のこと。 10 2000 年代におけるリストラの深刻化については、藤田(2017)P206 〜 213 を参照のこと。 11 この点に関して、増田(2004)は「グローバリゼーションとアメリカナイゼーションの進展が世界各国の内外で、 貧富の格差の拡大,企業モラルの崩壊、地域社会の破壊を引き起こしており、これに対する大きな反対の運動 がまき起こってきている」と指摘している。ここで「反対の運動」の担い手として指摘されているのは、シア トルやポルトアレグレでの反グローバリゼーションの運動であり、ATTAC などである。これらの運動には労 働組合も参加しているが、中心になっているのは市民・社会運動団体である。 12 2017 年 7 月に連合が高度プロフェッショナル制度や裁量労働制の拡大で政府案を容認しようとしたとき、ネッ トで呼びかけに集まった市民が連合本部前で「連合は勝手に労働者を代表するな」「執行部は働く私達を守れ」 「私の残業、勝手に売るな!」「労働組合の看板を下ろせ」などと抗議行動をした結果、連合が容認を撤回した 事態を想起する必要がある。 13 オキュパイ運動は強制排除で収束したが、そこで形成された若者主体の運動の精神は、2016 年の大統領選で のバーニー・サンダース候補の躍進を支えることになったと言われている。オキュパイ運動で生まれた社会運 動の精神は、大統領選という具体的な政治場面「社会主義者」を標榜するサンダース候補の善戦を作りだした のである。 14 例えば、木下(1999)、遠藤(2014)、森(2005)を参照のこと。 15 例えば、岩佐(2010)を参照のこと。

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