ゲ ー テのrス
イ ス旅 行 』 にお け る 自然 観 察 につ い て
一旅 の文 化 史 一
野
原
章
雄
Zur Naturbeobachtung
in Goethes
Schweizerreise
— Eine Kulturgeschichtsseite
der Reise —
Akio
Nohara
Goethe
ist ein Dichter,
der gern
Reisen
gemacht
hat.
In seinem
Leben
ist er etwa
zweihundertmal,
natürlich
einschließlich
langer
und kurzer
Reisen,
auf Reisen
gegangen.
In fremden
Ländern
sah
er das Menschenleben
und beobachtete
die Natur.
Er kannte
auch
die Geschichte
und die Landesverhältnisse
im Ausland.
Durch
die
Reisen
hat
er
viele
Erfahrungen
und
Erlebnisse
haben
können.
Dadurch
entstanden
viele
Dichtungswerke
und
Reisebeschreibungen.
In
Italien
z.B.
führte
er
noch
viele
Zeichnungen
aus.
Goethes
Dichtung
hat
durch
seine
Reisen
an
Reife
gewonnen.
Er
ist
dreimal
in
die
Schweiz
gereist,
ausschließlich
Durchfahrt
durch
die Schweiz.
Auf dieser
Reise
hat
er an allem
in der Natur
Interesse
genommen
: Gestalt
und Lage
der
Gebirge,
Täler,
Bergpässe,
Gesteine,
Boden,
Flüsse,
Seen,
Wolken,
Nebel,
Wind,
Sonne,
Mond,
Sterne
und
Pflanzen.
Das,
woran
Goethe
besonders
Interesse
auf den
Reisen
hat,
wird
in
dieser
Abhandlung
erwähnt
: Wasserfälle,
Gesteine,
Wolken
文教大学 言語 と文化 第9号
Farben,
Pflanzen,
Gebirge,
Täler
und
Bergpässe,
denn
seine
Naturbeobachtung
dient
später
der
Gestaltung
der
Szenen
im
"Faust"
.
ゲ ー テ は旅 を好 む詩 人 で あ っ た 。 異 国 の 人 々 の 暮 ら し を見 、 自然 を観
察 し、 詩 を書 き 日記 を つ け た り、風 景 の 素 描 を し た 。 そ れ で 多 数 の見 聞
や 体 験 を著 した 。 イ タ リア 旅 行 の よ うな 大 きな もの は言 うま で も な く小
旅 行 を含 め る と生 涯 に ゲ ー テ はお よ そ200回 近 くの 旅 を して い る 。 ス イ
ス 旅 行 で は 彼 は 自然 界 の森 羅 万 象 と も言 えそ うな もの に 関心 を向 け て い
た 。 山脈 、 谷 、峠 の 形 態 とそ の位 置 、岩 石 、 土 壌 、川 、湖 、植 物 、空 気 、
雲 、雪 、風 、 霧 、太 陽 、 月 、 星 等 に わ た っ た 。
ス イ ス 旅 行 に は 最 晩 年 に完 成 をみ た 『フ ァ ウ ス ト』 第 二 部 に お け る 山岳
描 写 を髣 髴 させ る もの が 見 られ る 。 この 意 味 にお い て こ の旅 行 は ゲ ー テ
の 単 な る 自然 観 察 に と どま ら ない で 次 な る 作 品 の調 査 と資 料 収 集 を か ね
た もの で あ ろ う。 第1次 と2次 の ス イ ス 紀 行 は ゲ ー テ 本 人 の 手 に な る も
の で あ る が 、3次 の も の は エ ッ カ ー マ ン(JohannPeterEckermann,
1792-1854)が
ゲ ー テ の 遺 品 の 中 か ら編 集 して1833年
に 刊 行 さ れ た も
の で あ る 。
1.そ れ ぞ れ の旅 程 の 概 要
1)第1次 ス イ ス 旅 行 は1775年5月14日 に フ ラ ン ク フ ル ト を 出 発 し て70 日 後 の7月22日 に 戻 っ た も の で あ る 。 そ の 同 行 は ゲ ー テ の 若 い 頃 の 友 人 の シ ュ トル ベ ル ク(FriedrichStolberg,1750-1819)伯 爵 と ハ ウ ク ヴ ィ ッ(ChristianAugustHaugwitz,1752-1831)男 爵 で あ る 。 こ の5月14 日 に ダ ル ム シ ュ タ ッ トで メ ル ク(JohannHeinrichMerck,1741一 一70一ゲー テの 『スイス旅行 』におけ る自然観 察について 1791)に 会 い 、 彼 に 同 行 し て マ ン ハ イ ム へ 行 く 。 メ ル ク は ゲ ー テ の ス イ ス 旅 行 を メ フ ィ ス トー フ ェ レ ス の よ う な 白 い 目で 見 て い た 。 しか しゲ ー テ は こ の 陸 軍 士 官 に して 文 筆 家 、 批 評 家 、 芸 術 家 の 後 援 者 、 古 生 物 学 者 、 製 図 家 、 工 場 主 で も あ る 彼 か ら少 な か ら ぬ 文 学 上 の 影 響 を 受 け て い た こ と も あ り 、 異 議 を 唱 え る こ と は な か っ た 。 17-22日 ま で ハ イ デ ル ベ ル ク と カ ー ル ス ル ー エ に 滞 在 し て い る 。 こ の 間 に 辺 境 伯 の カ ー ル ・フ リ ー ド リ ヒ(KarlFriedrich,1783-1853)の 邸 宅 で の レ セ プ シ ョ ン に も ゲ ー テ は 招 待 さ れ て い た 。 ザ ク セ ン ・ヴ ァ イ マ ル 大 公 の カ ー ル ・ア ウ グ ス ト(KarlAugust,1757-1828)と そ の 花 嫁 の ル ィ ー ゼ(Luise,1757-1830)に も会 っ て い る 。23日 に は1770年4 月 か ら71年8月 ま で 遊 学 し た シ ュ ト ラ ー ス ブ ル ク 市 へ 行 く 。 こ こ で ゲ ー テ は レ ン ッ(JakobMichaelReinholdLenz,1751-92)の 訪 問 を 受 け る 。 さ ら に ア ウ グ ス ト公 と も 再 会 し て い る 。 5月28日:レ ン ツ と 一 緒 に バ ー デ ン の エ メ ン デ ィ ン ゲ ン に住 ん で い た ゲ ー テ の 妹 の コ ル ネ リ ア(Cornelia,1750-77)と そ の 夫 の シ ュ ロ サ ー (JohannGeorgSchlosser,1739-99)を 訪 ね る 。 6月6日 一9日:フ ラ イ ブ ル ク を 経 由 し て 、 こ の あ と シ ャ フ ハ ウ ゼ ン → コ ン ス タ ン ッ → ヴ ィ ン タ ー ト ゥ ー ル へ と行 く。 9-15日:チ ュ ー リ ヒ に 滞 在 し た 。 こ の 町 で は ラ ー ヴ ァ ー タ ー(Johann KasparLavater,1741-1801)を ゲ ー テ は 訪 ね る 。 さ ら に ボ ー ドマ ー (JohannJakobBodmer,1698-1783)の と こ ろ へ も行 っ て い た 。 そ の 後1788年 に ゲ ー テ が ヴ ァ イ マ ル に 招 い た 画 家 で あ り 銅 版 画 家 の リ ッ プ ス(JohannHeinrichLips,1758-1817)と も こ こ で 知 合 い に な っ て い る 。 こ の チ ュ ー リ ヒ で 予 期 せ ぬ 出 会 い も あ っ た 。 フ ラ ン ク フ ル トの 少 年 時 代 の 友 達 で あ っ た カ イ ザ ー(Ph.Chr.Kaiser)と パ サ バ ン ト
文教大学 言 語 と文化 第9号 (J.L.Passavant)に 会 っ た 。 ラ ー ヴ ァ ー タ ー は ゲ ー テ の シ ル エ ッ ト を 素 描 画 家 の シ ュ ル ッ(Schulz)に 製 作 さ せ て い る 。 15日:チ ュ ー リ ヒ湖 に ゲ ー テ は 馬 車 で 行 く 。 ア イ ン ジ ィ ー デ ル ン の 修 道 院 へ は 徒 歩 で 行 っ た 。 16日:パ サ バ ン ト氏 と シ ュ ヴ ィ ー ッ へ 行 く。 17日:リ ー ギ 山 に 登 る 。 19日:フ ィ ア ヴ ァ ル トシ ュ テ ッ テ 湖 へ 出 か け 色 彩 豊 か な こ の 湖 の 印 象 を ス ケ ッチ し た り地 質 学 の 観 察 を し て い た 。 21日:ゲ シ ェ ネ ン→ ア ン ダ ー マ ッ トを 経 由 し て ホ ス ピ ー ッ へ 行 き ゴ ッ トハ ル ト峠 に 登 る 。 22日:こ の 峠 か ら イ タ リ ア へ の 境 界 の 眺 望 を ス ケ ッ チ す る 。 帰 途 に つ く 。 6月26日 一7月6日:チ ュ ー リ ヒ に 滞 在 す る 。 シ ュ トル ベ ル ク 兄 弟 と 別 れ る 。 7月8-9日:バ ー ゼ ル に 滞 在 す る 。 歴 史 家 の イ ー ゼ リ ン と銅 版 彫 刻 家 の メ ヒ エ ル と知 合 い に な る 。 12日:シ ュ ト ラ ー ス ブ ル ク に 着 く 。 13日:こ こ の 大 聖 堂 に 上 っ た 時 の こ と を ゲ ー テ は 散 文 頌 歌 「エ ル ヴ ィ ン の 墓 へ3度 目 の 巡 礼 」 と し て 書 く 。 医 者 で 大 衆 哲 学 者 の ツ ィ ン マ ー マ ン(J.G.Zimmermann,1728-1795)と 知 合 い に な っ て い る 。 ゲ ー テ は 彼 と は こ れ ま で に 手 紙 の や り取 り は し て い た 。 彼 は ゲ ー テ に シ ュ タ イ ン 夫 人(CharlottevonStein,1742-1827) の1枚 の シ ル エ ッ ト を 見 せ る 。 ゲ ー テ は そ れ を見 て ラ ー ヴ ァ ー タ ー の 骨 相 学(Physiognomik)上 の 考 え か ら 映 し 出 さ れ た 人 の 本 質 的 な 特 徴 を 推 論 す る の で あ っ た 。 シ ュ パ イ ア → ハ イ デ ル ベ ル ク → ダ ル ム シ ュ タ ッ ト を 経 由 し て 帰 る 。 ダ ル ム シ ュ タ ッ トで は ヘ ル ダ ー 一72一
ゲー テの 『スイス旅行 』における 自然観察 につ いて (JohannGottfriedvonHerder,1744-1803)と 再 会 し て い た 。 22日:ヘ ル ダ ー と共 に フ ラ ン ク フ ル ト に 行 く 。 こ の 旅 行 中 に ゲ ー テ は 多 数 の ス ケ ッ チ を 描 い て い る 。 2)第2次 ス イ ス 旅 行 の 記 述 は1779年10月3日 の 日 曜 日 の 夕 方 、 ミ ュ ン ス タ ー か ら始 ま る 。 しか し こ れ 以 前 の9月12日 に ゲ ー テ は ア ウ グ ス ト公 の 侍 従 で 上 級 営 林 監 督 官 の ヴ ェ ー デ ル(OttoJoachimMoritzvon Wedel,1752-1794)と 共 に ア ウ グ ス ト公 の お 伴 を し て ヴ ァ イ マ ル を 出 立 し て い る 。 9月14-17日:カ ッ セ ル に 滞 在 す る 。 方 伯 の ギ ャ ラ リ ー で 古 典 古 代 の 美 術 品 を見 学 し た り、 世 界 を 旅 行 し て ま わ っ て い る フ ォ ル ス タ ー (JohannGeorgeForster,1754-1794)と 知 り合 い に な っ た り す る 。 18-22日:ア ウ グ ス ト公 と フ ラ ン ク フ ル トの グ ロ ー サ ー ・ ヒ ル シ ュ グ ラ ー ベ ン の ゲ ー テ の 両 親 の 家 に 宿 泊 す る 。 23日:ハ イ デ ル ベ ル ク に 行 く。 こ こ で 崩 れ か け て い る 望 楼 の ス ケ ッ チ を した 。 25日:シ ュ ト ラ ー ス ブ ル ク の 近 郊 の ゼ ー ゼ ン ハ イ ム の ブ リ オ ン 家 族 を 訪 問 す る 。 フ リ ー デ リ ー ケ ・ブ リ オ ン(FriederikeBrion,1752-1813)と の 和 解 に 努 め る 。 26日:ゲ ー テ は1775年 の 最 後 の フ ラ ン ク フ ル ト時 代 に 恋 を した リ リ ー ・ シ ェ ー ネ マ ン を シ ュ トラ ー ス ブ ル ク に 訪 ね る 。 27-28日:エ メ ン デ ィ ン ゲ ン の シ ュ ロ サ ー 家 を 訪 問 し 、 さ ら に1777年 6月8日 に 歿 し た 妹 の コ ル ネ ー リ ア の 墓 参 を し た 。 29日:出 発 。 フ ラ イ ブ ル ク,バ ー ゼ ル,ビ ー ル,ベ ル ン を 経 由 し て 行
文教大学 言語 と文化 第9号 く 。 10月8日:ト ゥ ー ン に 到 着 す る 。 9日:ラ ウ タ ー ブ ル ン ネ ン に 行 き シ ュ タ ウ プ バ ッハ の 滝 を 見 物 す る 。 こ の 滝 を 見 て 「水 の 上 の 霊 た ち の 歌 」(GesangderGeister er denWassern)を 書 く 。 11日:グ リ ン デ ル バ ル トの 氷 河 を 見 る 。 14日:ト ゥ ー ン に 戻 る 。 15-19日:ベ ル ン に 滞 在 す る 。 20-23日:ロ ー ザ ン ヌ に 滞 在 し て ブ ラ ン コ ー 二(MariaAntoniavon Branconi,1746-1793)と 知 り合 う 。 27-11月2日:ジ ュ ネ ー ブ に 滞 在 し て デ ン マ ー ク の 画 家 の イ エ ンス ・ユ ー エ ル(JensJuel,1745-1802)に 肖 像 画 を か い て も ら う 。 28日:チ ュ ー リ ヒ の ラ ー ヴ ァ ー タ ー に 手 紙 を 書 く。 11月3-6日:シ ャ モ ニ に 滞 在 す る 。 12-14日:ザ ン ク ト ・ゴ ッ トハ ル ト滞 在 す る 。 16日:ル ッ ェ ル ン 泊 。 18-12月2日:チ ュ ー リ ヒ の ラ ー ヴ ァ ー タ ー 宅 に 滞 在 す る 。 当 地 で は デ ッ サ ン 画 家 で あ り銅 版 画 家 の リ ッ フ゜ス(JohannHeinrichLips, 1758-1817)に 肖 像 画 を描 い て も ら う 。 作 家 で 学 者 の ボ ー ド マ ー (JohannJokobBodmer(1698-1783))を 訪 問 す る が 冷 淡 な 応 対 を う け る 。 12月2-8日:ヴ ィ ン タ ー ト ゥ ー ル を 経 て ボ ー デ ン 湖 畔 の コ ン ス タ ン ツ に 達 す る 。 シ ャ フ ハ ウ ゼ ン に 向 い ラ イ ン の 滝 を 見 る 。 11-18日:シ ェ ト ウ ッ トガ ル ト に 滞 在 し て カ ー ル ・オ イ ゲ ン 公(Karl Eugen,1728-93)の も と に 泊 る 。 15日:ゲ ー テ は こ の 旅 の お 伴 を し た カ ー ル ・ア ウ グ ス ト公 と 共 に シ ラ ー 一74一
ゲーテの 『ス イス旅行 』にお ける自然 観察 につ いて (FriedrichvonSchiller,1759-1805)が 生 徒 で あ っ た カ ー ル 学 校(Karlsschule)を 訪 問 し て 、 こ こ で ゲ ー テ は 初 め て シ ラ ー に 会 う 。 19-20日:カ ー ル ス ル ー エ に 滞 在 す る 。 21-23日:マ ンハ イ ム に 滞 在 し て 「ク ラ ヴ ィ ー ゴ ー 」(Clavigo)の 上 演 を み る 。 25日:フ ラ ン ク フ ル ト着 。 30日:ダ ル ム シ ュ タ ッ ト着 。 31日:大 晦 日 を デ ィ ー ブ ル ク で 迎 え る 。 1780年1月1日:ダ ル ム シ ュ タ ッ ト着 。 2-4日:ボ ム ブ ル ク に 滞 在 す る 。 6-9日:フ ラ ン ク フ ル ト に 滞 在 す る 。 10日:フ ラ ン ク フ ル ト を 出 発 す る 。 13日:ヴ ァ イ マ ル に 帰 着 す る 。
3)第3次
ス イス 旅 行
1797年 ゲ ー テ が48才 の 時 に企 て た もの で8月 か ら11月 に か け て 実 施 さ
れ て い る 。 ゲ ー テ は 今 回 の 旅 行 に臨 んで 前 の2回 の もの と は 異 な る 心 構
え を持 っ た 。 つ ま り客 観 的 に もの を観 察 す る態 度 と探 求 心 を抱 い て 出 た 。
旅 行 の記 録 を集 め て 旅 行 作 品 を 出版 す る こ と も計 画 に入 れ た 。 日記 、旅
先 か らの 手 紙 、短 か い記 事 の 類 で あ っ た 。 全 行 程 中ゲ ー テ は 地 質 学 、鉱
物 学 、風 景 の 特 徴 、 農 耕 、 人 口 、 町 の 施 設 、 建 物 、個 々 の 地 域 の歴 史 等
につ い て 日記 に詳 し く記 入 す る 。そ の た め に書 記 の ガ イ ス ト(Ludwig
Geist,1776-1854)を
同行 させ た 。
7月25日:ア イ ゼ ナ ハ 、 フ ル ダ を 経 由 し て 母 親 の い る フ ラ ン ク フ ル ト に文教大学 言語 と文化 第9号 向 っ た 。 27日:ハ ー ナ ウ で 地 質 学,鉱 物 学 の 教 授 の レ オ ン ハ ル ト(KarlCasar vonLeonhard,1799-1862)を 訪 問 す る 。 28日:フ ラ ン ク フ ル ト着 。 29日:夕 方 に ヴ ィ ー ス バ ー デ ン に 到 着 す る 。 8月15日:リ ュ ー デ ス ハ イ ム に 宿 泊 す る 。 16日:ビ ン ゲ ン の 聖 ロ ッ フ ス 祭 に 行 く 。 ゲ ー テ は 自 分 が 描 い た 下 絵 を マ イ ヤ ー(HeinrichMeyer,1759-1832)と ザ イ ト ラ ー(Luise Seidler,1786-1866)に 仕 上 げ さ せ た 聖 者 の 絵 を ロ ッ フ ス 礼 拝 堂 へ 寄 進 し た 。 9月1日 一8日:ヴ ィ ン ケ ル の ブ レ ン タ ー ノ(FranzBrentano,1765-1844)の 別 荘 に 滞 在 す る 。 ブ レ ン タ ー ノ 家 は フ ラ ン ク フ ル トの 著 名 な 商 家 で あ っ た 。 12日:ヴ ィ ー ス バ ー デ ンか ら フ ラ ン ク フ ル トへ 行 き秋 の 見 本 市 を 見 る 。 シ ュ ロ サ ー 家 に 泊 る 。 16-18日:ト ゥ ト リ ン ゲ ン を 経 由 し て シ ャ フ ハ イ ゼ ン に 行 く 。 ラ イ ン の 滝 を 描 写 す る 。 チ ュ ー リ ヒ へ 向 う 。 こ の 町 で は シ ュ ル テ ス (BarbaraSchulthe゚,1745-1818)と そ の 兄 の ラ ー ヴ ァ ー タ ー (JohannKasperLavater,1741-1801)を 訪 問 す る 。 ゲ ー テ は1 782年 か ら 知 り 合 い と な っ た 歴 史 家 の ミ ュ ラ ー(Johannes M ler,1752-1809)と 会 う 。 21日:シ ュ テ ー フ ァ 出 身 の 既 述 の 画 家 で 美 術 史 家 の マ イ ヤ ー と 共 に シ ュ テ ー フ ァへ ゆ く。 22-27日:マ イ ヤ ー の イ タ リ ア で の 下 絵 と こ の 旅 行 中 に 描 い た も の の 点 検 に 明 暮 れ る 。 28日 一10月8日:シ ュ ヴ ィ ー ッ か ら ア ル ト ドル フ を 経 由 して ザ ン ク ト ・ 一76一
ゲーテの 『ス イス旅行 』における 自然観察 につい て ハ ル トに 徒 歩 旅 行 す る 。 帰 り は ア ル ト ドル フ か ら ツ ー ク を 経 由 し て チ ュ ー リ ヒへ 戻 る 。 鉱 物 類 を 採 集 し て く る 。 そ の 途 次 に 「ウ ィ リ ア ム テ ル 」 の 伝 説 を 叙 事 詩 に す る 着 想 が 浮 か ぶ が 実 作 に 至 らず 。 後 に こ れ は シ ラ ー に 戯 曲 化 を 委 ね る こ と に な る 。 8-21日:シ ュ テ ー フ ァ に 滞 在 す る 。 21日:シ ュ テ ー フ ァ か らヘ ル リ ベ ル ク に 向 う 。 22-26日:チ ュ ー リ ヒ に 滞 在 す る 。 バ ル バ ラ ・シ ュ ル テ ス と 彼 女 の 婿 で 司 祭 を し て い る ゲ オ ル ク ・ゲ ス ナ ー と再 会 す る 。 26日:シ ャ フ ハ ウ ゼ ン に 泊 る 。 27日:ト ゥ ト リ ン ゲ ン に 泊 る 。 29日:チ ュ ー ビ ン ゲ ン に 泊 る 。 11月1日:チ ュ ー ビ ン ゲ ン か ら エ ヒ タ ー デ ィ ン ゲ ン → シ ュ ト ウ ツ ガ ル ト → グ ミ ュ ン ト→ エ ル ヴ ァ ン ゲ ン→ デ ィ ンケ ル ス ビ ュ ー ル → シ ュ バ ー バ ッ ハ へ と移 動 す る 。 6-15日:ニ ュ ル ン ベ ル ク の 士 官 の ク ネ ー ベ ル(KarlLudwigvon Knebe1,1744-1834)の 家 に 滞 在 す る 。 16日:エ ア ラ ン ゲ ン → バ ン ベ ル ク → ク ロ ー ナ ハ と 通 過 す る 。 20日:イ エ ナ で シ ラ ー に 再 会 す る 。 マ イ ヤ ー と 共 に ヴ ァ イ マ ル に 到 着 す る 。
H.自
然 観 察
ゲ ー テ の 関 心 を ひ い た こ の3回 の 旅 の う ち で 小 論 に お い て は 「滝 」・
「
岩 石(鉱
物)」 ・「
雲 と色 彩 」・「
植 物 」・「
山 と谷 」 に注 目 して み た い 。
(1)滝
文教 大学 言語 と文化 第9号 1)第2次 の 旅 行 で ゲ ー テ ー 行 は バ ー ゼ ル か ら ビ ル ス 川(Birs)に 沿 っ て ベ ル ン に 行 っ た 。 そ の 先 は ロ ー ザ ン ヌ → ジ ュ ネ ー ブ に 出 て 、 ア ル ヴ 川 (Arve)に 沿 っ て シ ャ モ ニ に 行 く 。 海 抜2,204mの バ ル ム 峠(Colde Balme)を 越 え て マ ル テ ィ ニ に 達 す る 。 ゴ ッ トハ ル ト峠 を 最 終 の 目 的 地 に して い た か ら 、 こ の 行 程 は か な りの 迂 回 を し た こ と に な る 。 モ ン ・プ ラ ン(MontBlanc,4,807m)を 見 る た め で あ っ た 。 ど の 他 の 山 頂 よ り も 高 く聳 え る こ の 山 に ゲ ー テ の 心 は 動 か さ れ る 。 眺 望 の 美 し さ は も と よ りそ の 神 秘 的 な 神 々 し さ に ひ か れ た 。 山 頂 は 幅 広 く 連 な り周 囲 の 星 と 共 に 輝 い て い る の で 山 の 麓 が 大 地 に 着 い て い る と は 思 え な い よ う だ と ゲ ー テ は 書 い て い る 。 11月7日 に マ ル テ ィ ニ か ら ロ ー ヌ 河(Rh6ne)に 沿 っ て レ マ ン 湖(Lac Liman)に 向 う が 途 中 の べ ー(Bex)で 引 返 し て し ま う 。 偶 然 有 名 な ピ ス ヴ ァ ッ シ ュ(Pissevache)の 滝 に 向 っ て い る こ と が 分 っ た 。 夕 方 遅 く こ の 滝 の そ ば を 通 る 。
Die Berge,
das
Tal
und
selbst
der
Himmel
waren
dunkel
und
dämmernd.
Graulich
und
mit
stillem
Rauschen
sah
man
den
herabschießenden
Strom
von
allen
andern
Gegenständen
sich
unterscheiden,
man
bemerkte
fast gar keine
Bewegung.
山 も谷 も空 さえ も暗 く黄 昏 て い た 。灰 色 で 静 か に 音 を た て て 落 下 す る
流 れ は あ ら ゆ る他 の 対 象 と区 別 さ れ 、 ほ と ん ど動 い て い な い よ うで あ っ
た 。(S.36.以 下 「フ ァ ウス ト」 の 他 はす べ て 拙 訳)
こ の よ う に こ の 滝 に つ い て 書 い て い る 。11月13日 に ゲ ー テ の 一 行 は ゴ ッ トハ ル ト(Gotthard)山 頂 に 到 達 し た 。 旅 の 頂 点 で も あ っ た 。 こ の 地 方 は ゲ ー テ が 知 る ス イ ス の う ち で 最 も好 き な 興 味 を ひ く地 方 で あ る 。 ゴ ッ 一78一ゲーテの 『スイス旅行』における自然観察について
トハ ル トは2,108mの
高 さ しか な くモ ンブ ラ ン に比 べ て 半 分 の高 さ も な
い が 、他 の す べ て の 山 々 に ま さ る王 者 の 風 格 が あ る。 ゴ ッ トハ ル トを水
源 の 一 つ にす る ロ イス 川(Reuss)に
沿 っ て ゲ ー テ 達 は下 る 。 具 体 名 は
あ げ られ て い な い が この ロ イ ス 川 の滝 は ゴ ッ トハ ル ト附 近 が 最 も美 しい
形 を して い る とい う 。黒 い 岩 をか な りの 幅 で 落 下 す る 滝 の 美 し さに ゲ ー
テ は 心 を奪 わ れ 、 水 が 黒 と白色 の 混 じっ た 大 理 石 の 上 を流 れ 落 ち る よ う
に見 え る の で あ っ た 。
2)第3次
旅 行 で9月17日
に ゲ ー テ の 一 行 は シ ャ フハ ウゼ ンで ク ロ ー ネ 旅
館 に宿 泊 した 。翌18日 に ラ イ ンの 滝 を見 る た め に早 朝6時 半 に 馬 で 出 た 。
ゲ ー テ の こ の旅 へ の 意 気 込 み が伝 わ る もの が こ の巻 頭 にあ る 。
In der menschlichen
Natur liegt ein heftiges Verlangen,
zu allem,
was wir sehen, Worte zu finden, und fast noch lebhafter
ist die
Begierde, dasjenige
mit Augen
zu sehen,
was wir beschreiben
hören.
人 間の 本 性 に は我 わ れ が 見 る す べ て の もの に対 して言 葉 を見 つ け た い
激 しい欲 望 が あ る 。 我 わ れ が 耳 に す る もの を 目で 見 た い とい う情 熱 は さ
ら に激 しい 。(S.172)
目で 見 た り耳 で 聞 い た こ と を文 章 に した い とい う意 欲 的 な 目的 を持 っ て
滝 の 見 学 を した 。 ゲ ー テ の 出発 時 間 は早 い 。 第2次 の旅 行 で は 日付 の 次
に早 朝 ・朝 ・正 午 ・昼 頃 ・夕 ・晩 ・夜 と あ る こ とが 多 く時 間 が 入 っ て い
て もそ れ は お よそ9時 頃 とか10時 頃 等 とな っ て い た もの だ 。 しか し こ の
第3次 の旅 で は 出発 時 間 が 明示 され て い た 。驢
正 確 さ を記 録 す る た め と読
者 を意 識 した 書 き方 な の で あ ろ うか 。6時 半 ・7時 ・8時 ・8時半 が 多 い 。
具 体 的 な 時 間 が 記 入 され て い な い場 合 に は 「
早 朝 」 とあ る 。
文教大学 言語 と文化 第9号 ラ イ ン の 滝 の 水 煙 が 霧 と ま じ り上 昇 す る 様 子 を 馬 か ら お りて ゲ ー テ は 石 灰 岩 の 上 か ら 見 て い た 。 水 の 流 れ が 最 初 は 緑 色 に 見 え る が そ れ が 泡 立 ち 少 し緋 色 に み え て く る 。 落 下 の 力(GewaltdesSturzes),力 が 弱 ま る こ と の な い よ う な 無 尽 蔵 (UnerschOpfbarkeitalswieeinUnnachlassenderKraft),破 壊 (ZerstOrung),滞 留(Bleiben),継 続(Dauern),運 動(Bewegung>, 落 下 直 後 の 静 寂(unmittelbareRuhenachdemFall)。 こ の よ う に ゲ ー テ は 名 詞 を 並 べ る 。 動 詞 を 使 わ な い こ とが 、 殊 更 に こ の 時 の ゲ ー テ の 心 の 動 き を 表 して い よ う 。 水 底 か ら大 量 に 噴 き 上 が る 飛 沫 は 細 い 水 煙 を 背 景 に し て 鮮 か に 虹 が 半 円 を 描 い て い る 。 滝 の 動 的 運 動 と虹 の 静 的 な 美 の 対 比 に ゲ ー テ は 感 興 を 覚 え る の で あ っ た 。 DasMeergebierteinMeer.(海 が 海 を生 み 出 す 。S.175)大 洋 の 源 泉 を創 作 し よ う と す る 時 に は こ の よ う に叙 述 しな け れ ば な ら な い と もゲ ー テ は 言 う 。
3)こ
の翌18日 に は ゲ ー テ は ラ イ ン の滝 を1日 に2度 見 学 して い る 。 早 朝
と午 後 の3時 で あ っ た 。午 後 の 見 学 で ゲ ー テ は色 彩 の 変 化 を 指 摘 し て い
る 。 夕 日 に照 ら され た 滝 は 美 しい 。 比 較 的 深 い流 れ の 緑 色 は朝 と同 じ よ
うに生 きい き と して い た が 、 泡 や 水 煙 の紫 が か っ た 緋 色 はず っ と生 きい
き と して い る とい う 。 さ ら に滝 に近 づ い て み る 。 色 彩 の微 妙 な 変 化 が あ
る 。水 をか ぶ る大 き な岩 か ら虹 が 弧 を描 い て下 る よ う に み え る の は虹 が
ほ とば しる泡 の 飛 沫 の 中 に生 ず る か らで あ る とい う 。沈 み ゆ く太 陽 が水
の 流 れ の 一 部 を黄 色 に した が 、深 い 流 れ は緑 色 に見 え す べ て の 泡 と、 も
や は 明 る く緋 色 に染 っ て い た 。太 陽 が沈 む 瞬 間の色 彩 の微 妙 な変 化 は もっ
とす ば ら しい と ゲ ー テ は思 うの で あ っ た 。見 物 人 は この 滝 の 威 力 に圧 倒
され て し ま う。 滝 の威 力 と は と りも なお さず 自然 の躍 動 で あ り驚 異 と畏
:1ゲーテの 『スイス旅行 』における自然観察について
怖 の念 を起 こ させ る もの で あ ろ う。 第2次 の 旅 で 見 た ラ ウ タ ー ブ ル ン ネ
ンの 滝 の 印 象 か ら生 れ た 「
水 の 上 の 霊 た ち の歌 」 の第 一 節 を引 用 して結
び とす る 。
Des Menschen
Seele
Gleicht dem Wasser :
Vom Himmel kommt
es,
Zum Himmel steigt es,
und wieder nieder
Zur Erde muß es,
Ewig wechselnd.
(Goethes Werke Bd.1.S.143)
人 間 の魂 は水 に似 て い る
空 か ら来 て
空 に の ぼ る
そ して ま た
大 地 に下 り
永 遠 に 変転 しなが ら。
ゲ ー テ の 滝 へ の観 察 が 凝 縮 され て い よ う 。
(2)岩 石(鉱 物)
1)第2次
の 旅 行 で は ゲ ー テ の一 行 は バ ー ゼ ル か らス イス に 入 っ て い る 。
こ こか ら ジ ュ ネ ー ブ ま で ス イス と フ ラ ンス を分 け る ジ ュ ラ 山脈(Jura)
の 南 を流 れ る ビ ルス 川(Birs)に
沿 っ て進 む 。 谷 川 に並 行 す る道 の 両 側
に は 断崖 が 迫 っ て い る 。 岩 壁 が垂 直 に切 り立 つ 。 巨 大 な 岩 盤 が 川 と道 に
斜 め に くい 込 ん で い た り岩 塊 が重 な り合 っ て い た り離 れ て い た り した 。
岩 山 の 尾 根 は丸 か っ た り、 とが った り、植 物 に お お わ れ た り、 植 物 が 生
え て い な か っ た りす る 。 山頂 が 裸 で 大 胆 に こち ら側 に 見 え た り、岩 壁 や
谷 底 に風 化 した裂 け 目が 入 り ま じる。 お よ そ ゲ ー テ が 這 った 山行 の景 観
文教大学 言語 と文化 第9号 で あ る 。 10月27日 に ジ ュ ネ ー ブ で ゲ ー テ は こ う 記 し て い る 。 ジ ュ ラ 山 脈 は 石 灰 岩 の 高 地 で 太 古 の 水 流 の 作 用 が 見 ら れ る の で 、 ヴ ァ レ ー ・ ド ゥ ・ジ ュ ー (1aValleedeJoux)と 呼 ば れ て い る 。 「山 の 谷 」 で あ る 。
ゲ ー テ は科 学 者 で もあ り特 に 鉱 物 ・植 物 ・動 物 ・形 態 学 ・色 彩 論 にす
ぐれ た 業 績 をあ げて い る 。 ス イス 旅 行 で ゲ ー テ は か な りの 数 の岩 石(鉱
物)類
を採 集 して い た 。第3次 の 旅 の9月25日(月)に
チ ュ ー リ ヒ湖 畔
の シ ュ テ ー フ ァか ら枢 密 顧 問 官 フ ォー ク ト氏 へ の手 紙 で 「
鉱 物 学 や 地 質
学 の 趣 味 も こ の 途 方 もない く らい 広 が る 自然 現 象 が 足 元 にあ る の で た や
す くな った 。
」 と書 い て い る ほ ど で あ っ た 。岩 石(鉱
物)の
描 写 を順 次
挙 げ て み よ う。
第2次 の 旅 の11月6日 ヴ ァ リス の マ ル テ ィ ニ で の 日記 か ら:で
こ ぼ こ
だ らけ の荒 れ た 道 をお りて 、古 い トウ ヒの 森(Fichtenwald)を
通 っ た
が 、 こ れ は 片 麻 岩(Gneis)の
岩 盤(Felsplatten)に
根 を下 して い た 。
(5.31)
翌7日 昼 頃 、サ ンモ ー リス にて:道
端 で 私 た ち は 多 くの花 崗 岩(Granit)
や 片 麻 岩 を観 察 し ま した 。 そ れ ら は さ ま ざ ま な相 違 に もか か わ らず す べ
て 一 つ の起 源 で あ る よ う に見 え た 。(S.34)
2)第3次 の 旅 行 か ら 1797年9月18日 朝:ラ ウ フ ェ ン 。 馬 か ら お りて 石 灰 岩(Kalkfelsen)の 上 に 立 つ 。(S.174) 9月28日 木 曜 日:チ ュ ー リ ヒ 湖 畔 の シ ュ テ ー フ ァ か ら船 で ゲ ー テ の 一 行 は 対 岸 の リ ヒ タ ー ス ヴ ィ ー ル に 上 る 。 そ の 附 近 の 情 景 を ゲ ー テ は 見 て ド イ ツ 中 部 の ハ ー ル ッ 山 地 の 岩 石 と の 比 較 を して い る 。 一82一ゲ ー テ の 『ス イ ス 旅 行 』に お け る 自然 観 察 につ い て
Wir gingen Richterswil
hinauf und fanden mehrere neue Häuser.
Am Wege fanden
wir die grauen
und roten Platten
und andere
entschiedene
Brekzien
zum Gebrauche
hingeschafft.
Die grauen
Platten
haben in ihren Abwechslungen
viel Ähnlichkeit
mit der
Harzer grauen Wacke, indem sie bald porphyr-, bald brekzienartig
erscheinen.
(S.192)
私 た ち は リヒ ター ス ヴ ィー ル の 町 を の ぼ り多 くの 新 しい家 々 を見 ま し
た 。道 端 に は灰 色 で 赤 味 が か っ た板 石 や 他 に は っ き り した 角礫 岩 が 使 う
た め に 運 ば れ て あ っ た 。灰 色 の 板 石 は 時 に は斑 岩 で 時 に は 角礫 岩 の よ う
に見 え る の で そ の 変 化 の 点 で はハ ー ル ツ山 地 の灰 色 の 硬 砂 岩 と よ く類 似
丶して い る 。
又 別 の場 所 で:
Wir fanden einen schönen
Mandelstein
als Stufe.
(S.192)
私 た ち は段 状 のす ば ら しい 晶 洞 石 を見 つ け た 。
ズ ィ ー ル(Sihl)川
の川 岸 の 近 くで:
; links fand sich ein schwarzes Quarzgestein von der größten
Festigkeit,
mit
Schwefelkies durchsetzt,
in großen
Wacken.
(S.194)
左 側 に は 最 大 の硬 度 の 黒 い石 英 が あ っ た 。
黄 鉄 鉱 が 混 じ り大 きな 塊 を な して い た 。
9月28日
は ア イ ンズ ィ ー デ ル ン の 教 会 の 前 に あ る
「孔 雀 館 」(Zum
Pfauen)に
一 行 は泊 り、翌 日聖 ミカ エ ル の 祝 日(Michaelstage)に
こ
の 教 会 へ 行 く。 こ こ の博 物 標 本 室 を見 学 した 。:
Ingleichen
schöne
Adularien,
ein
Granat
mit
natürlichen
Facetten
von Mittelgröße.
( S.195 )
文教大学 言語 と文化 第9号 榴 石 も あ っ た 。 ア ル プ 川(Alp)の 谷 の 小 径 を 行 き 川 原 を わ た る 。 Sie(DieAlp)bringtmeistKalk,wenigSandstein,einigeSt ke sehrfestenundserpentinartigenGesteines.(S.195) ア ル プ 川 は た い て い 石 灰 岩 を 運 ん で く る 。 砂 岩 は 少 な く、 い くつ か の 固 い 蛇 紋 岩 の よ う な 岩 石 で あ る 。 さ ら に 険 し い 道 を 登 る 。 R tlichesTongestein.GrauesschiefrigesTongestein,mitganz feinenPflanzenabdr ken:(S.196) 赤 味 が か っ た 粘 土 岩 。 非 常 に こ ま か い 植 物 の 押 型 の つ い た灰 色 の ス レー ト状 の 粘 土 岩 が 目 に 入 る 。 9月30日 シ ュ ヴ ィ ー ツ の ム オ タ 川(Muota)の 近 くで み た も の: Granitbr ckeindenMauern.(S.197) 石 垣 に 花 崗 岩 の 塊 が あ る 。 10月1日 ア ル ト ドル フ で: DasZickzackderFelslagererscheintwieder.AndieReu゚. Granitgeschiebe.(S.199) 岩 床 の ジ ク ザ ク が 再 び 現 わ れ る 。 ロ イ ス 川 へ で る 。 花 崗 岩 の 玉 石 。 Zusammengest zteMassenGneis.(5.200) く ず れ た 大 量 の 片 麻 岩 。 道 は 上 り坂 と な る 。 WirtratenunsernWegnachdemGotthardan. SchiefrichtTalkgestein.(S.200) 私 た ち は ゴ ッ トハ ル トへ の 道 を 進 ん だ 。 斜 め に な っ た 石 鹸 石 。 10月3日 ホ ス ペ ン タ ー ル を 出 発 し て カ プ チ ン 派 の 宿 坊 を 管 理 す る ロ ー レ ン ッ 神 父 を 訪 ね た 。 そ の 途 次 目 に し た も の: .,
ゲ ーテの 『スイス旅行 』におけ る自然観 察について Glimmerschiefermitvielenundsch nemQuarz.(S.202) た く さ ん の き れ い な 石 英 を 含 ん だ 雲 母 片 岩 。 ゲ ー テ は ロ ー レ ン ッ 神 父 と 神 父 の も と に い る 青 年 と鉱 物 学 の 流 行 に つ い て 話 す 。 MineralogischeModen:erstfragtemannachQuarzkristallen, dannnachFeldsp舩en,daraufnachAdularienundjetztnach rotenSch rlen(Titanit).(S.203) 鉱 物 学 の 流 行:初 め に 水 晶 結 晶 体 、 次 に 長 石 そ れ か ら 氷 長 石 を 求 め そ して 今 は 赤 味 が か っ た 黒 電 気 石(チ タ ン石)が 求 め ら れ て い る 。
す で に18世 紀 に こ の よ う に鉱 物 マ ニ ア の 存 在 が あ っ た と は 時 代 を越 え
た もの が 感 じ られ る。10月17日
に ゲ ー テ は シ ュ テ ー フ ァ か ら テ ユ ー ビ
ンゲ ンの コ ッ タ氏(JohannFriedrich,1764-1832)へ
の手 紙 で は ゴ ッ
トハ ル トの 冬 景 色 を見 な が ら こ の イ タ リ ア の ミ ラ ノ に続 く峠 を通 っ た 。
鉱 物 学 だ け が こ こ で は 興 味 を引 い た こ と を伝 え て い る 。 こ の 日 も う2通
手 紙 をか い て い る 。枢 密 顧 問 官 の フ ォー ク ト氏 に は今 回 の 旅 で 大 い に岩
石 を 叩 い て きた こ と と大 量 の 岩 石 を 持 帰 る こ と を知 らせ た 。 数100キ
ロ
もあ る よ うな 氷 長 石(Adularien)の
真 中 に す わ る と我 慢 で き な い の で
あ った 。 い くつ か 知 られ て い る物 の 中 に は 、 多 少 珍 し くて 美 しい 物 を持
帰 る とい う こ と も書 い て い る 。 ヴ ァ イマ ル の ア ウ グ ス ト公 へ の 手 紙 で は
自分 で 描 い た 素 描 を そ え てチ ュ ー リ ヒ湖 周 辺 の 耕 作 の す ば ら しさ を伝 え
た 。
(3)雲
と色 彩
1)ス イ ス の 自然 は 山 と湖 、 谷 と川 に代 表 さ れ よ う 。次 に ゲ ー テ の 眼 は
文教大学 言語と文化 第9号
地 上 の もの か ら大 空 へ と 向 け られ た 。 山岳 地 方 の 雲 の種 類 や 動 き に は独
特 の もの が あ り詩 人 に と っ て は神 の 恵 み に も値 しよ う。色 彩 豊 か な雲 の
形 態 、水 の色 、 岩 石(鉱 物)の
色 とゲ ー テ は 無 機 物 に色 彩 をつ け る こ と
に よ っ て有 機 的 な躍 動 感 を与 え て い る。 旅 の進 行 に合 わせ て 雲 を 追 っ て
み る 。
第2次 旅 行 の11月3日 サ ヴ ォ ワ地 方 の ク リュ ー ズ で:
Wir hatten seit früh etwas Regen, wenigstens
auf die Nacht,
befürchtet, aber die Wolken verließen nach und nach die Berge
und teilten sich in Schäfchen, die uns schon mehr ein gutes
Zeichen gewesen.
(S.21)
私 た ち は朝 か ら多 少 の 雨 を少 な くて も夜 に は 懸 念 して い た が 雲 は次 第
に 山 を離 れ て そ して 分 れ て絹 積 雲(羊 雲)と
な りそ れ は私 た ち に とっ て
は む しろ吉 兆 で あ っ た 。
この 先 に、
空気 は9月 の初 め の よ う に暖 か く景 色 の す ば ら しい 地 方 で あ る こ とが で
て くる。風 景 描 写 の 中 で ゲ ー テ の色 彩 感 覚 の豊 か さが 随 所 に 見 ら れ る 。
, noch viele Bäume grün, die meisten braungelb,
wenige ganz
kahl, die Saat hochgrün,
die Berge im Abendrot
rosenfarb
ins
Violette,
und
diese
Farben
auf
großen,
schönen,
gefälligen
Formen der Landschaft.
(S.22)
ま だ多 くの 木 々 は緑 で あ るが 、 た い て い は黄 褐 色 で少 しの もの は全 く
葉 が なか っ た 。 発 芽 した 苗 が 青 々 と して 、夕 焼 け の 山 々 は バ ラ色 か ら紫
色 に な りこ れ らの 色 彩 が 景 色 の大 きな きれ い な快 い 形 に な って い ま し た 。
11月4日 シ ャ モ ニ で:
Wir ließen
Sallanches
in einem
schönen
offnen
Tale
hinter
uns,
ゲ ー テ の 『ス イ ス 旅 行 』に お け る 自然 観 察 に つ い て
der Himmel hatte sich während unsrer Mittagsrast mit weißen
Schäfchen
überzogen,
von denen
ich hier eine besondere
Anmerkung machen muß. (S.24)
私 た ち は美 しい 開 け た 谷 間 のサ ラ ン シ ュ を あ と に した 。 空 に は昼 食休
み の 間 に 白い 絹 積 雲 が広 が っ て い た 。 そ の 雲 に つ い て 私 は こ こ で特 別 の
コ メ ン トを しな け れ ば な りませ ん 。
晴 れ た 日 にゲ ー テ の 一 行 が ベ ル ン高 地 の 氷 山か ら絹 積 雲 が 美 し く上 昇 す
る の をみ た 時 の様 子 。
, und diese ganz feinen Dünste von einer leichten Luft, wie eine
Schaumwolle, durch die Atmosphäre gekämmt würden. (S.24)
微 風 に よ っ て この 微 細 な 蒸 気 が 羊 の泡 だつ よ うな毛 の よ うに大気 に よっ
て櫛 け ず られ た よ う で した 。
珍 しい 大 気 の現 象 は まだ あ る 。
11月6日 早 朝 シ ャモ ニ で:
Die Nebel, die sich bewegen
und sich an einigen
Orten brechen,
lassen
wie durch
Tagelöcher
den blauen
Himmel
sehen
und
zugleich
die Gipfel der Berge, die oben, über unsrer
Dunstdecke,
von der Morgensonne
beschienen
werden.
(S.29)
動 く霧 が い くつ か の 場 所 で きれ 天 窓 か ら見 る よ う に青 い 空 が み え 、 ま
た 同 時 に 山 々 の頂 き が もや の天 井 の 上 に 朝 日に照 され て い る。
こ れ が ゲ ー テ た ちの 目 を楽 しませ た の で あ っ た 。
2)11月9日
ゲ ム ミ山 麓 の ロ イ カ ー ・バ ー トで ゲ ー テ は 小 さ な 板 張 りの
家 に泊 る 。 天 井 が 低 く狭 い この家 の 戸 口 に立 っ て 美 しい雲 の 様 子 を み て
文教大学 言語 と文化 第9号 い る 。 ま だ 夜 に な っ て い な か っ た が 雲 が 交 互 に 空 を 覆 い 暗 く す る 。 深 い 峡 谷 か ら 上 昇 し て く る 雲 が 山 の 最 高 の 頂 き に 達 す る 。 こ れ に 引 き つ け ら れ て 雲 は 濃 く な り寒 気 に 包 ま れ て 雪 と な っ て 降 っ て く る よ う に 見 え る 。 ゲ ー テ は 高 い 場 所 で こ の 雲 の 動 き を 見 て い た が 雲 の 動 き で 「泉 の 中 に い る 」 よ う な 気 に な っ た り す る の は 口 で は 言 え な い 寂 し さ を 誘 う と 言 う 。 巨 大 な 岩 を 覆 い か く し た り岩 を 幽 霊 の よ う に 見 せ た りす る 雲 は 陰 う つ な 気 分 に さ せ る と も い う 。 雲 の こ の よ う な 動 き を 観 察 して い る と ゲ ー テ の 心 は 予 感 で 満 ち て く る 。 大 気 の 不 思 議 な 現 象 に す ぎ な い 雲 は 平 地 で は よ そ よ そ し く て こ の 世 の も の と は 思 え な い も の が あ る 。 さ ら に ゲ ー テ は 雲 は 過 客(G舖te)と し て あ る い は 渡 鳥(StreichvOgel)と し て 、 他 の 空 の 下 で 生 れ あ ち こ ち 我 々 の 地 方 を 一 瞬 通 過 し て 行 く に す ぎ な い と も言 う 。 alspr臘htigeTeppiche,womit-dieG tterihreHerrlichkeitvon unsernAugenverschlie゚en.(S.43) 神 々 が 我 々 の 目の 前 の そ の 栄 光 を 閉 ざ し て お くた め の 華 や か な 絨 緞 と し て 雲 を つ く っ た と も い う 。
『フ ァ ウス ト』 第2部 第4幕
「
高 山」 に雲 の 情 景 が 出 て くる 。 フ ァ ウ ス
トの 台 詞 で あ った 。
も っ と も深 い 寂 寥 の 境 を脚 下 に 見 なが ら、 お れ は用 心 ぶ か くこ の 頂 上
の 岩 端 に足 をお ろ す 。
晴 れ た 日 に 、陸 や 海 を こ え て 静 か に お れ を 、 は こ ん で きて くれ た 雲 の
乗 物 に は 暇 をや っ た 。
雲 は散 じる こ と もな く、徐 う に お れ か ら遠 ざか る 。
そ の 群 は 丸 ま っ た列 を な して 東 の 方 へ 向 って ゆ く。
れ は驚 き、 且 つ 感 歎 しつ つ 眼 で そ れ を 追 う。
雲 は さ ま よ い な が ら波 を打 っ て 変 化 す る。
::ゲ ーテの 『スイス旅行 』にお ける自然観察 につ いて だ が 何 か の 形 を と る ら し い 。 そ う だ 、 眼 の 迷 い で は な い 。 (10039-10047)(相 良 守 峯 訳) ゲ ー テ は 空 の 雲 の 動 き と 地 上 の 人 間 の 営 み を 創 造 の 世 界 で 重 ね た 。 自然 界 の 雲 は ゲ ー テ の 内 奥 に 迫 る も の が 少 な か らず あ っ た と 言 え よ う か 。
(4)植 物
1)第2次 の 旅 で ゲ ー テ は バ ー ゼ ル か ら ジ ュ ラ 山 脈 の 南 東 部 の 谷 を 行 く 。 ビ ル ス 川(Birs)を 遡 り ビ ー ル 湖(BielerSee)に 出 て ヌ ー シ ャ テ ル 湖 (LacdeNeuchatel)を 右 手 に 見 な が ら レ マ ン 湖(LacLeman)の 湖 畔 を 行 き ジ ュ ネ ー ブ に き た 。 ジ ュ ラ 山 地 の 南 麓 の 森 林 地 帯 で あ っ た 。 こ の 先 順 次 出 て く る 植 物 を あ げ て み る 。 10月27日 ジ ュ ネ ー ブ で:Durch
Fichtenwälder
stiegen
wir weiter
den Jura
hinan,
und
sahen den See in Duft und den Widerschein
des Mondes darin.
(S.13)
トウ ヒの 森 を抜 け て さ ら に ジ ュ ラ 山 地 に上 り、 もや の 中 の 湖 とそ こ に
反 射 した 月 の光 を見 ま した 。
ゲ ー テ が 馬 に乗 っ て 旅 を続 け る情 景 が 浮 か ば れ て こ よ う 。
11月4日 ア ル ヴ川 沿 い に あ る サ ラ ンシ ュ で:手 前 のバ ル ム の村 で ま ず 小
径 は崩 れ た 石 灰 岩 の 砕 石 をの ぼ る の で あ った が そ れ が 険 しい 岩 壁 の 下 に
堆 積 した もの でハ シバ ミ(Hasel)と
ブ ナ(Buchen)の
灌 木 が 生 い 繁 っ
て い た 。 落 葉 低 木 の ハ シ バ ミ と落 葉 高 木 の ブ ナ が 混 じる広 葉樹 林 帯 で あ
る 。
11月13日
ゴ ッ トハ ル ト山 頂 の カ プ チ ン派 の 宿 坊 に て:ウ
ル ゼ ル ン渓
谷(Urserntal)を
下 っ て行 くと美 しい牧 草 地 が あ っ た 。 そ の 先 の 川 辺
文教大学 言語 と文化 第9号 に 見 ら れ た 。;B chevonSalweidenfassendenBachein,(S.64) ヤ マ ネ コ ヤ ナ ギ の 灌 木 が 小 川 沿 い に 茂 る 。 2)第3次 の 旅9月18日 ゲ ー テ は シ ャ フ ハ ウ ゼ ン か ら ス イ ス に 入 る 。 こ こ で ラ イ ン の 滝 の 近 くの ヴ ェ ー ル トの 小 城 を 見 学 し た 。 そ の 帰 り 道 で 「ふ だ ん 草 」(Mangold)を み た 。 こ の 種 子 を 持 ち 帰 っ て 来 年 の 夏 に ヴ ィ ー ラ ン ト(ChristophMartinWieland,1733-1813)に ご ち そ う し よ う と し た 。 ア カ ザ 科 の2年 草 は 四 季 い つ で も 食 用 に 出 来 る も の だ っ た 。 9月19日 夕 方6時 頃 ゲ ー テ は シ ャ フハ ウ ゼ ン か ら チ ュ ー リ ヒ に 向 う 。 翌 日 好 天 に も 恵 れ て チ ュ ー リ ヒ 湖 畔 へ 出 か け た 。 午 前 中 は 城 跡 の 高 い 菩 提 樹(Linden)の 下 で す ご す 。 こ の ス イ ス 旅 行 に 菩 提 樹 は 珍 し い 。 石 灰 質 や 原 生 岩 石 の 土 壌 が 広 が る ス イ ス に は 各 地 に こ の 土 壌 を 好 む 菩 提 樹 が 見 ら れ た は ず で あ る 。 9月28日 木 曜 日 に ゲ ー テ の 一 行 は8時 に チ ュ ー リ ヒ 湖 畔 の シ ュ テ ー フ ァ か ら 対 岸 の 町 へ 行 く 。 こ の リ ヒ タ ー ス ヴ ィ ー ル で は 多 くの 新 し い 家 や 肥 沃 な 谷 を み る 。 そ こ に 高 い ク ル ミ の 木(Nu゚b舫me)が あ る 。 こ の 木 は こ の 旅 の 途 次 に よ く 出 て き た 。 寒 冷 地 に 自 生 す る も の で あ り小 川 の 岸 辺 と く に 水 車 小 屋 の そ ば で 似 合 う 木 で あ る 。 種 子 が 食 用 と な る こ と か ら も 多 くみ ら れ る 理 由 が わ か る 。9月28日 木 曜 日: DerFu゚pfadf rtaneinerReihevonzehnEichenvorbei. (S.192)歩 道 は10本 の カ シ ワ の 木 が 一 列 に 沿 っ て 通 じ て い る 。 リ ヒ タ ー ス ヴ ィ ー ル → ヒ ュ ッ テ ン に 向 う 。 放 牧 地(Trift),い ぐ さ( Binsen),し だ(Farnkraut),や は り 美 し い 桜(dochsch6ne
Kirschb舫me)が 出 て く る 。10時 半 に ヒ ュ ッ テ ン に ゲ ー テ の 一 行 は 到 着 。 当 地 の 牧 師 の バ イ エ ル 氏 が こ こ か ら 同 行 した 。 ゲ ー テ 達 が り っ ぱ な 西 洋 ひ い ら ぎ(Stechpalmen)に 気 が つ く と バ イ エ ル 氏 は も っ と 大 き
ゲーテの 『ス イス旅行 』における 自然観察 につい て い 男 の 太 股 ほ ど も あ り約12フ ィ ー ト も あ る ひ い ら ぎ を 見 つ け た こ と が あ る と 言 う 。 10月2日 ヴ ァ セ ン を7時 に 出 発 し ゴ ッ トハ ル ト峠 を 目 指 す 。 夕 方8時 す ぎ に ゲ ェ シ ェ ネ ン に 到 着 す る 。 ロ イ ス 川 沿 い の 険 し い 坂 道 を 登 る 。 こ こ で 非 常 に 美 し い 実 を つ け た な な か ま ど(Vogelbeerbaum)を 見 た 。 ト ウ ヒ は 全 く見 え な くな る 。 こ れ ま で の 行 程 で は トウ ヒ の 群 が よ く 目 に つ い た が 植 物 地 理 学 的 に み て 高 距 段 階 が あ が っ た た め の 植 生 の 変 化 で あ る 。 高 度 が 針 葉 樹 林 段 階 を こ え て2500mを こ え る 万 年 雪 の 下 限 の 段 階 に 達 し た も の で あ ろ う 。 10月8日,日 曜 日8時 に ッ ー ク を 出 発 し帰 路 に つ く。 ッ ー ク 湖 と チ ュ ー リ ヒ 湖 の 間 は 短 いOミ ッ テ ル ラ ン ト地 域(Mittelland)の ほ ぼ ま ん 中 で あ る 。 な だ ら か な 丘 陵 と浅 い 谷 が 続 くが 平 地 が 多 く果 樹 園 や 牧 場 が み ら れ る 。 こ こ に あ る バ ー ル の 町 で ゲ ー テ の 目 に つ い た も の 。 GuteWiesen,Baumst ke,nasseWiesen,Weiden,Erle. AufdenbestenWiesenw臘hstvielLeontodon.(S.210) 良 好 な 牧 草 地 、 果 樹 園 、 湿 っ た 草 地 、 柳 、 ハ ン ノ キ 。 最 良 の 牧 草 地 に は 多 く の タ ン ポ ポ が 生 え て い る 。 ハ ン ノ キ は 岸 辺 や 川 沿 い の 緑 野 、 崖 下 に 堆 積 し た 岩 屑 さ ら に 湿 地 草 原 、 石 灰 質 の 湿 め っ た 山 の 斜 面 を 好 む も の で あ っ た 。 こ の 第3次 の 旅 に は 植 物 の 記 述 は わ ず か しか 見 あ た ら な い 。 ナ ナ カ マ ド 、 ク ル ミ 、 リ ン ゴ 、 ク リ 、 ブ ド ウ 、 ニ ン ジ ン(gelbeR en)、 カ ブ ラ (wei゚eR en)、 そ れ に 具 体 名 の な い 酸1生 の 草(sauresGras)と 低 い ア シ 類(niedresR6hrich)等 で あ る 。 山 国 の 旅 で あ る の に 高 山 植 物 と く に 山 野 草 が 出 て こ な い 。 植 物 学 に 造 詣 の 深 い ゲ ー テ に はAlpに 咲 く草 花 は 興 味 が な か っ た よ う だ 。
文教大学 言語と文化 第9号
(5)山
・谷 ・峠
1)山 岳 地 方 の 旅 で あ った か らゲ ー テ らは 時 に は馬 を お りて 歩 く こ と も
多 か っ た 。 い くつ か名 の 知 れ た 高 峰 を 目に した り、雲 が 立 ち の ぼ り雪 を
か ぶ っ た 連 峰 を仰 ぎ見 な が らの移 動 が 続 い た 。 第2次 の11月4日
バ ル ム
で 洞 窟 を探 検 した あ とサ ラ ンシ ュ を経 由 して ゲ ー テ の 一行 は暗 くな っ て
か ら シ ャ モ ニ の 谷 に入 る。
Nurdiegro゚enMassenwarenunssichtbar.(S.25)
目の 前 に 大 き な塊 が 見 え る だ け で した 。
こ の大 きな 山の 塊 が モ ン ・プ ラ ン(MontBlanc,4807m)で
あ っ た 。
どの 山頂 よ りも高 く聳 えて い て ピ ラ ミ ッ ドの よ う で あ る とゲ ー テ は 言 う。
星 が 次 々 に 空 に の ぼ り空 に説 明 の で きな い よ う な光 が 認 め られ た 。 明 る
い が 天 の 川 ほ どの輝 き は な か っ た が ゲ ー テ た ち の 目 を ひい た 。場 所 を変
え てみ る と蛍 の光 に似 た もの で 神 秘 的 な 光 をお び て い た。 これ が 白 い 巨
峰 モ ン ・プ ラ ン の 山頂 で あ っ た とゲ ー テ は 書 い て い る 。
シ ャモ ニ の 谷(dasTalChamonix)は
山 間 にあ っ て 南 北 に の び て 非 常
に高 い と こ ろ に あ る 。 そ の 特 徴 は中 央 部 に 平 地 が ほ と ん ど な くて 盆 地 の
よ う に土 地 が ア ル ヴ川 か ら じか に 山 の頂 上 に くっつ い て い る よ うで あ っ
た 。氷 の大 き な塊 が谷 の 東 側 の 壁 と な り谷 の 全 長 に わ た っ て 氷 河 が7本
さが っ て い る。
11月8日 夜 明 け前 にマ ル テ ィニ → ス イ オ ン に 向 う。 ゲ ーテ は ヴ ァ リ ス の
谷(Wallistal)の
す ば ら しい 眺 め に心 を 奪 れ る 。 こ の 眺 め の お か げ で
多 く の 良 い 考 え が 喚 起 さ れ た と い う 。 右 手 に マ ッ タ ー ホ ル ン
(Matterhorn,4478m)が
目 に入 る は ず で あ っ たが この山 の言 及 は なか っ
た 。
第3次 の 旅10月2日
月曜 日 に ヴ ァセ ンか ら ゴ ッ トハ ル ト峠 を 目指 す 。
一92一ゲーテ の 『スイス旅行 』における 自然観察 につい て UmsiebenUhrab,dieNebelzerteiltensick,Schatten.der BerggipfelindenWolken.(S.200) 7時 に 出 発 。 霧 が 散 り 山 頂 が 雲 の 中 へ 影 を お と す 。 こ の 情 景 は ハ ル ツ 山 地 の プ ロ ッ ケ ン 山 の 現 象 を 思 い 起 こ さ せ よ う 。 太 陽 が 背 後 か ら 照 りつ け て く る と ち ょ う ど 反 対 側 の 雲 や 霧 の 上 に 自 分 の 姿 が 映 り頭 部 が 中 央 に な り虹 の よ う な 美 し い 光 輪 が 現 わ れ る 。 ゴ ッ トハ ル ト峠 に 近 付 く に つ れ て 植 物 は 減 少 す る 。 堂 々 と し た 滝 の 前 を 通 りす ぎ る 。 霧 を す か し て み る と 高 い 所 に 長 い 水 の 帯 が 流 れ 落 ち て い る の が 見 え る 。 高 く築 か れ た ピ ラ ミ ッ ドの よ う な 花 崗 岩 、 ば ら ば ら の 岩 塊 の 滑 ら か な 壁 、 オ ベ リ ス ク状 の も の な ど が あ る 。 太 陽 の 光 の 中 の 前 方 に 雪 山 の 険 し い 円 形 劇 場(Amphitheater)が あ る と ゲ ー テ は 想 像 を め ぐ らす の で あ っ た 。 2)『 フ ァ ウ ス ト』 第2部 第4幕 「高 山 」 を み て み よ う 。 フ ァ ウ ス ト が メ フ ィ ス ト に 言 う 。
Faust. Gebirgesmasse
bleibt mir edel-stumm,
Ich frage nicht woher und nicht warum.
Als die Natur sich in sich selbst gegründet,
Da hat sie rein den Erdball abgegründet,
Der Gipfel sich, der Schluchten
sich erfreut
Und Fels an Fels und Berg an Berg gereiht,
Die Hügel dann bequem
hinabgebildet,
Mit saftem Zug sie in das Tal gemildet.
Da grünt's
und wächst's,
und um sich zu erfreuen,
文 教 大 学 言 語 と文化 第9号 やまなみ
山 脈 は お れ に対 し気 高 くう ち黙 して い る。
ど う して 出 来 た か 、何 故 か 、 な ど とお れ は 問 わぬ 。
自然 が 自分 自身 の 中 に 自分 の 基 礎 を築 い た と き、
地球 を清 らか に 丸 くつ くっ た 。 そ して 、
峯 や谷 に も興 味 を もち 、
岩 に 岩 を 、 山 に 山 を な らべ た て た 。
そ れ か ら丘 を気 持 よ く下 へ む か っ て傾 斜 させ 、
な だ らか な線 を描 き な が ら、 谷 に至 っ て平 ら に した 。
そ こ に草 木 が 緑 に 芽 ば え て 成 長 す る 。 自然 は 、
自分 で 楽 しむ の に狂 気 じみ た 天 変 地 異 を必 要 と しな い 。(相 良 守 峯 訳)
こ の 情 景 は ゲ ー テ の 這 っ た ス イ ス の 自 然 の 景 観 で あ ろ う 。 峨 峨 と し て 屹 立 す る 岩 の 峰 と 重 畳 た る 山 並 は ゲ ー テ の 心 の 底 に 晩 年 ま で あ り続 け た と 言 え よ う 。 ゴ ッ トハ ル トは ス イ ス の 最 高 峰 で は な か っ た が ゲ ー テ は ス イ ス の す べ て の 地 方 の う ち で 最 も好 き な 最 も興 味 深 い 地 方 な の で あ っ た 。(第2次11 月13日)モ ン ・プ ラ ン 遥 か に 高 い 。 dochbehaupteter(=Gotthard)denRangeinesk niglichenGebirges eralleandere,weildiegr ゚ten ,Gebirgskettenbeiihm zusammenlaufenundsichanihnlehnen.(S.56) し か し ゴ ッ トハ ル トは す べ て 他 の 山 々 に ま さ る 王 者 の 山 の 地 位 を 主 張 し て い る 。 そ の わ け は 最 大 の 山 の 列 が こ の 近 く に 集 り 、 ゴ ッ トハ ル ト に よ り か か っ て い る か ら で あ る 。
ゲ ー テ の3度 に わ た るス イ ス の 旅 は 自分 の 目で未 知 の 国 を見 て 自 国 に な
い 未 知 の も の を 知 る こ とで あ っ た 。 ス イ ス が 地 理 的 に ヴ ァイ マ ル か らイ
・,ゲーテの 『スイス旅行 』における自然観察について
タ リ アへ の 中 間点 に 位 置 した こ とが 第1次 、 第2次 の ス イ ス 旅 行 後 の イ
タ リ ア行 き を心 理 的 に も物 理 的 に も容 易 に させ た 面 も少 な か らず あ ろ う。
ス イス の旅 は専 ら 自然 に 目が 向 い て い た が イ タ リ ア旅 行 で は 人 間 、多 様
多 種 な事 物 の観 察 を して い た 。博 物 学 的 好 奇 心 が 多 方 面 に働 い た 。 自 ら
目 にす る もの の 中 に 自己 を再 発 見 す る こ とで あ っ た 。
しか しス イ ス 旅 行 の 収 穫 は 自然 観 察 と 自然 の造 形 物 の 採 集 と記 録 が ま ず
挙 げ られ る が 他 に そ こ に住 む 人 々 の家 の 構 造 や 生 活 を見 た こ と に もあ る 。
今 日の 地域 研 究 と も考 え られ よ うか 。 他 に も まだ こ の旅 の収 穫 が あ る 。
旧 知 の 人 々 と 旧交 を 暖 め た こ と と新 た に知 己 を得 た こ と もゲ ー テ に とっ
て は 大 きな 成 果 と見 做 す こ とが で き るの で あ る 。
Texte : Johann
Wolfgang
von Goethe 12
GEDENKAUSGABE
DER WERKE, BRIEFE UND
GESPRÄCHE
28. AUGUST 1949
ARTEMIS
VERLAG ZÜRICH UND STUTTGART
参考及 び引用文献:
Goethes Leben und Werk in Daten und Bildern
Herausgegeben von Bernhard Gajek und
Franz Götting unter Mitwirkung von Jörn Göres
(Insel-Verlag Frankfurt am Main 1966)
Heinz Nicolai
Zeittafel zu Goethes Leben und Werk
(C.H.Beck München 1976)
GOETHES FAUST
Kommentiert von Erich Trunz
(Christian Wegner Verlag, Hamburg 1963)
GOETHES WERKE Bd.I
文教 大学 言語 と文化 第9号 ゲ ー テ 全 集 第12巻(潮 出 版 社,1979) ゲ ー テ 『フ ァ ウ ス ト』 相 良 守 峯 訳 (ダ ヴ ィ ド社,1966) 世 界 地 理7ヨ ー ロ ッパH (朝 倉 書 店,1977) 世 界 再 発 見4イ ギ リ ス ・中 央 ヨ ー ロ ッ パ(同 朋 社 出 版, 1992) エ コ ロ ン 自 然 シ リ ー ズ 岩 石 鉱 物 木 下 亀 城 ・小 川 留 太 郎 共 著 (保 育 社,1995) 野 外 ハ ン ドブ ッ ク ・5雲 (山 と 渓 谷 社,1994) ミ シ ュ ラ ン 道 路 地 図 ス イ ス (丸 善,1994) ス イ ス'95∼'96(JTB,1995) 一96一