氏 名 篠原 諭史 博士の専攻分野の名称 博 士 ( 医 学 ) 学 位 記 番 号 医工博4甲 第 260 号 学 位 授 与 年 月 日 平成 31 年 3 月 20 日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 先進医療科学専攻
学 位 論 文 題 名 Effect of infertility treatment on intrauterine growth: multilevel analysis (マルチレベル解析を用いた不妊治療が胎児発育に与える影響の 検討) 論 文 審 査 委 員 委員長 教 授 松川 隆 委 員 准教授 横道 洋司 委 員 講 師 三枝 岳志
学位論文内容の要旨
【研究目的】 不妊症とは、生殖年齢の男女が妊娠を希望し、本邦においては一般的に1年間避妊すること無く性 交渉をおこなっているにもかかわらず、妊娠の成立をみない場合を指す。不妊治療の方法には、タイ ミング療法・人工授精・体外受精(凍結融解胚移植・新鮮胚移植)など様々なものがある。近年不妊 治療の方法の違いと出生体重との関係性についての報告が散見され、自然妊娠と比較し、凍結融解胚 移植は出生体重が増加するのに対し、その他の不妊治療は出生体重が減少するとされている。将来の 健康や特定の病気へのかかりやすさは、胎児期や出生後早期の環境の影響を強く受けるという Developmental Origins of Health and Disease(DOHaD)説とも関連して、様々な不妊治療の方法と 胎児発育との関係性を詳細に検討することは重要である。しかし、その胎児発育の軌跡に不妊治療の 方法の違いがどのよう反映されるか明らかにした研究はない。本研究の目的は、繰り返しデータの解 析に適したマルチレベルモデルを用いて胎児発育を軌跡として描き、不妊治療が胎児発育に与える影 響の検討を行うことである。 【方法】 2012年7月から2017年9月までの間に当院で妊婦健診を受け分娩に至った、染色体異常を除く単胎 妊婦2377人の、合計37239回(1人平均15.6回)の妊婦健診データを用いた。妊娠方法によって、自 然妊娠群、体外受精以外の不妊治療群、新鮮胚移植群、凍結融解胚移植群に分類した。男女別に、従 属変数を胎児推定体重、主たる独立変数を妊娠方法とし、その他の胎児発育に影響する因子(母体年 齢・非妊時BMI・分娩回数・喫煙・妊娠高血圧症候群・前置胎盤・甲状腺疾患・妊娠糖尿病)を共変 量として投入したマルチレベルモデルを構築した。その結果をもとに、胎児の発育を軌跡として描き、 不妊治療が胎児発育に与える影響を縦断的に検討した。【結果】 対象妊婦の平均年齢は32.5±5.1 歳、初産婦は 1250 人(52.6%)、男児の出生は 1196 人(50.3%) であった。自然妊娠群、体外受精以外の不妊治療群、新鮮胚移植群、凍結融解胚移植群はそれぞれ、 1764 人、171 人、112 人、330 人であった。自然妊娠と比べ男児では凍結融解胚移植と妊娠期間の 交互作用項(p=0.02)のみに推定胎児体重と有意な関連を認めた。女児では凍結融解胚移植(p=0.001)、 凍結融解胚移植と妊娠期間の交互作用項(p=0.001)のみに推定胎児体重と有意な関連を認めた。ま た、マルチレベルモデルをもとに作成した胎児発育の軌跡を検討したところ、妊娠中期からFET 群 のみが自然妊娠群より推定胎児体重が大きくなる傾向を認め、特に女児で顕著であった。 【考察】 凍結融解胚移植群において、自然妊娠群に比べ出生体重が大きくなるメカニズムには、概ね以下の 3つが報告されており、胎児発育が妊娠中期から自然妊娠と比較して促進されるメカニズムにも当て はまると考えられる。 ① 凍結融解胚移植の過程に起因する外的ストレスによるpositive selection ② 凍結胚の自然周期法による移植が可能 ③ 凍結融解胚移植という技術が受精卵に与えるエピジェネティックな変化 また本研究から、胎児発育に対する凍結融解胚移植の影響には性差がある可能性が示唆された。そ の詳細なメカニズムは未だ不明だが、喘息、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病などの合併症が胎児発育 に与える影響も同様に性差があることが指摘されている。つまり、外的ストレスに対する胎内での男 児と女児への影響には違いがあると考えられる。凍結融解胚移植による妊娠は、受精卵の凍結や融解 してからの移植という行為自体が、受精卵に対して明らかな外的ストレスとなりそれが本研究結果に 反映されている可能性がある。しかし、凍結融解胚移植が胎児発育に与える影響は未解明な点が多く 今後さらなる検討が必要である。 本研究には、①単一施設の後方視的検討である②胎児発育に影響を与えるとされている因子(妊娠 中の体重増加・アルコールやカフェインの摂取・社会経済地位など)がモデルに組み込まれていない ③マルチレベル分析によって、欠損データ(予定日前に出生した症例)を補完した解析が研究結果に 影響を与えている可能性があるなどのLimitationがある。しかし、比較的数の多い母集団を用いてマ ルチレベル解析を用いた不妊治療と胎児発育の関係性についての検討を世界で初めて行うことが出 来た。 【結論】 凍結融解胚移植妊娠における胎児発育は、妊娠中期から自然妊娠と比較し促進される可能性が示さ れた。本研究結果が、DOHaD 説と関連し、不妊治療が胎児発育に与える影響を検討する、さらなる 基礎または臨床研究の土台となることが望まれる。
論文審査結果の要旨
1.学位論文研究テーマの学術的意義 不妊症とは、生殖年齢の男女が妊娠を希望し、本邦においては一般的に1年間避妊すること無く性 交渉をおこなっているにもかかわらず、妊娠の成立をみない場合を指す。不妊治療の方法には、タイミング療法・人工授精・体外受精(凍結融解胚移植・新鮮胚移植)など様々なものがある。近年不妊 治療の方法の違いと出生体重との関係性についての報告が散見され、自然妊娠と比較し、凍結融解胚 移植は出生体重が増加するのに対し、その他の不妊治療は出生体重が減少するとされている。将来の 健康や特定の病気へのかかりやすさは、胎児期や出生後早期の環境の影響を強く受けるという Developmental Origins of Health and Disease(DOHaD)説とも関連して、様々な不妊治療の方法と 胎児発育との関係性を詳細に検討することは重要である。しかし、その胎児発育の軌跡に不妊治療の 方法の違いがどのよう反映されるか明らかにした研究はない。本研究は、繰り返しデータの解析に適 したマルチレベルモデルを用いて胎児発育を軌跡として描き、不妊治療が胎児発育に与える影響の検 討を行うことを目的としている。 2.学位論文および研究の争点、問題点、疑問点、新しい視点等 本研究結果より、男児・女児ともに妊娠中期からすでにFET群と自然妊娠群において胎児発育に差 を認めた。 凍結融解胚移植群において、自然妊娠群に比べ出生体重が大きくなるメカニズムには、概ね以下の 3つが報告されている。 ① 凍結融解胚移植の過程に起因する外的ストレスによるpositive selection ② 凍結胚の自然周期法による移植が可能 ③ 凍結融解胚移植という技術が受精卵に与えるエピジェネティックな変化 今回の研究結果は、凍結融解胚移植による良好胚のPositive selectionの推論を疫学的に示唆するも のとなった。また本研究から、胎児発育に対する凍結融解胚移植の影響には性差がある可能性が示唆 された。その詳細なメカニズムは未だ不明だが、喘息、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病などの合併症 が胎児発育に与える影響も同様に性差があることが指摘されている。つまり、外的ストレスに対する 胎内での男児と女児への影響には違いがあると考えられる。凍結融解胚移植による妊娠は、受精卵の 凍結や融解してからの移植という行為自体が、受精卵に対して明らかな外的ストレスとなりそれが本 研究結果に反映されている可能性がある。しかし、本研究結果には下記のような限界点がある。 ① 単一施設の後方視的検討である ② 胎児発育に影響を与えるとされている因子(妊娠中の体重増加・アルコールやカフェインの摂 取・社会経済地位など)がモデルに組み込まれていない ③ マルチレベル分析によって、欠損データ(予定日前に出生した症例)を補完した解析が研究結 果に影響を与えている可能性がある。 そのため、男児においてFETが胎児発育に影響を与えないという結果自体がβエラーの可能性もあ り、今後もさらなる症例数を蓄積して検討を行っていく必要がある。 しかし、比較的数の多い母集団を用いてマルチレベル解析を用いた不妊治療と胎児発育の関係性につ いての検討を世界で初めて行うことが出来た。 3.実験およびデータの信頼性 本研究において、研究のデザインや患者選択や除外基準、統計解析の方法、妊娠方法以外の共変量 の選択基準など明確に記載されており、これらの研究データの信頼性は十分であると判断した。 4.学位論文の改善点等 今回提出された論文は、内容も様式も学位論文として全く問題が無く、改善点は無いと判断した。