I.はじめに 造血システムにおいては造血幹細胞とそれを 支える微小環境の双方が重要な役割を果たして いる。このどちらかの機能が破綻することによ り,再生不良性貧血に代表される造血不全,あ るいは逆に骨髄性白血病や骨髄増殖性腫瘍など の血液腫瘍が発症する。造血微小環境は,様々 な造血サイトカインや接着分子およびこれらの 分子を産生する骨髄間質細胞より構成される。 加えて,最近ではこれらのすべてを取り囲む物 理的な環境因子として酸素濃度の変化が注目さ れている。骨髄内が低酸素環境にあることは古 くより知られており,また酸素濃度変化が造血 機構に影響を及ぼすことも 1980 年代には報告 がなされている。加えて,低酸素応答転写因子 HIF(Hypoxia inducible factor)の同定など, 低酸素応答の分子生物学的機構が解明されると ともに,造血発生における低酸素環境の重要性 についての理解が深まっている。一方,その機 能破綻あるいは暴走が血液疾患にどのように関 与するかについての研究は端緒についたばかり である。本稿では,我々のこれまでの研究を踏 まえつつ,正常および病的な造血における,低 酸素環境ならびに低酸素応答機構が果たしてい る役割について述べてみたい。 II.生体の低酸素応答機構 (1)HIF:低酸素応答の司令塔 生物が低酸素状態に曝された場合には,その
低酸素応答制御と造血システム
桐 戸 敬 太
山梨大学医学部血液・腫瘍内科教室 要 旨:骨髄はヒトの造血発生の場であり,そこには造血幹細胞とそれを支持する間質細胞が存在 し,接着分子を介した直接的な細胞間コミュニケーションとサイトカインやケモカインなどの液性 分子による情報伝達により,秩序だった造血発生制御が行われている。骨髄はその解剖学的な特性 により,中心部から骨幹端へ向かって低下する特徴的な酸素分圧勾配を示す。この酸素分圧変化も, 造血制御に重要な機能を持つ事が明らかになりつつある。最も酸素分圧の低い骨幹端領域は低酸素 ニッチとも呼ばれ,ここに造血幹細胞が存在する。造血幹細胞は,低酸素ニッチに存在することに より,ミトコンドリアに依存しないエネルギー産生経路を発達させている。これにより,酸化的リ ン酸化に伴う活性酸素への暴露を抑え,自己複製能を維持し続けている。一方,骨髄内の低酸素環 境は様々な血液腫瘍の発生や治療抵抗性の獲得にも関わっている。低酸素ニッチは白血病幹細胞の 聖域として機能し,低酸素応答因子 HIF は多発性骨髄腫や悪性リンパ腫など多くの血液腫瘍細胞 で過剰に活性化され,骨髄内での異常な血管新生や腫瘍細胞の不死化をもたらす。骨髄内の低酸素 環境とその応答機構の解明は,造血発生のさらなる理解と造血系腫瘍の新たな治療へのアプローチ として重要な意義を持つ。 キーワード 低酸素ニッチ,造血幹細胞,HIF,白血病幹細胞,糖代謝総 説
〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110 番地 受付:2012 年 10 月 9 日 受理:2012 年 12 月 19 日環境に適応するために様々な反応が引き起こさ れる。個体レベルでは,赤血球の産生を増加 させ,組織レベルでは血管の新生が促進され る。個々の細胞についてみると,エネルギー産 生経路が酸素依存性のミトコンドリアでの酸化 的リン酸化から酸素非依存性の解糖系へとシ フトすることが観察される。細胞の生存を維 持するための,抗アポトーシス蛋白も誘導さ れる。このような多彩な低酸素応答は,主に HIF により制御されている1)。HIF は HIF-1, HIF-2,および HIF-3 からなるファミリーであ り,それぞれαサブユニット (HIF-1α,2α,3α) とβサブユニット(HIF-β)から構成される。 HIF-β は ARNT(Aryl hydrocarbon Receptor Nuclear Translocator)とも称し,共通のユニッ トである。また,その発現は酸素濃度に依存し ていない。これに対して,αサブニットはそれ ぞれに特異的であり,かつその発現は酸素濃度 により調節されている。 (2)HIF-αの発現調節と酸素濃度変化 HIF-αは極めて半減期が短い蛋白である。 通常の酸素分圧下では,HIF-α蛋白のプロリ ン残基が,プロリン水酸化酵素(PHD; Prolyl hydroxylase)により水酸化を受ける。このプ ロリン残基を水酸化された HIF-αには,Von Hippel-Lindau 蛋白を含むユビキチンリガー ゼ複合体が結合する。これに伴い HIF-αのユ ビ キ チ ン 化 が お こ り, 引 続 い て HIF-αは プ ロテアゾームで分解される。低酸素環境下で は,PHD の酵素活性が低下するため,この一 連の反応が停止する。結果として,HIF-αの 分解が抑制され,HIF-αと HIF-βとの複合体 形成が促進される。HIF-αと HIF-β の複合体 は低酸素応答配列(HRE; Hypoxia responsive element)に結合し,転写因子として機能する1) (図 1)。 (3)酸素濃度以外の因子による HIF の作用調節 酸素濃度変化は HIF の機能を左右する最も 大きな要因であるが,この他にも種々の細胞 内外の因子により HIF の機能は調節を受けて いる(図 1)。まず一つは,サイトカインやが ん遺伝子産物などにより HIF-αのタンパク合 成が亢進することである。我々も,造血因子 である Thrombopoietin2)や IL-63),さらには Insulin like growth factor-1(IGF-1)3)に よ り 血液腫瘍細胞における HIF-αの発現が上昇す ることを報告している。この増殖因子による HIF-αの 発 現 誘 導 に は 細 胞 内 の AKT/mTOR 経路や JAK/STAT 経路が関与している。また, 細胞内の糖代謝酵素の異常によっても HIFαの 発現は大きな影響を受ける。TCA 回路の中間 代謝産物である Succinate は PHD の機能を抑 制することにより HIF-αの発現を誘導する4)。 さらに,最近固形がんや血液腫瘍において広く 遺伝子変異が存在することが明らかになって い る isocitrate dehydrogenase(IDH) 変 異 も HIFαの発現制御に関与することが報告されて いる。すなわち,正常な IDH は isocitrate か らα-ketoglutarate への代謝を促進するのに対 し て, 変 異 型 IDH は さ ら にα-ketoglutararte を 2-hydroxyglutarate へと変換する。この結果, PHD の機能が低下し HIF-αの発現が誘導され る5,6)。一方,最近 sirtuin ファミリーの一つで ある SIRT3 によるユニークな HIF-αの制御機 序が明らかにされた7)。この報告では,SIRT3 は細胞内の活性酸素の産生を抑制し,PHD の 機能抑制を解除することが示された。結果的に, SIRT3 は HIF-αの発現を抑制することが明ら かとなった7)。 (4)HIF はホメオスタシスを制御する 当 初,HIF は 低 酸 素 状 態 に 適 応 す る た め に 必 要 な 遺 伝 子, 例 え ば 赤 血 球 造 血 を 促 す erythropoietin や血管新生を促進する VEGF など を制御する転写因子としてクローニングされた。 しかし,現在では糖代謝酵素の発現制御,ミト コンドリアの生合成と分解,さらには鉄代謝酵 素の発現調節8,9)などさまざまな細胞のホメオ スタシスを制御する因子であることが明らかに なっている10)。我々も,HIF が活性酸素セン
サーとしての機能することを報告している。す なわち,サイトカイン刺激後に糖代謝が亢進し 活性酸素が産生されることにより HIF が活性化 される11)。一方,活性化された HIF は糖代謝経 路を酸化的リン酸化から解糖系へとシフトさせ る 酵 素 で あ るPDK1(pyruvate dehydrogenase kinase-1)を誘導し,活性酸素の産生を抑制す ることを明らかにした12)(図 2)。HIF は転写 因子として直接にこれらの遺伝子群の発現を調 節することにくわえて,多くの microRNA の発 現をコントロールすることも明らかになってき た13)。これらの低酸素応答 microRNA(hypoxia-regulated microRNAs; HRMs)の発現調節を介 した遺伝子発現調節についても今後一層の解明 が進むことが期待されている。なお,HIF ファ ミ リ ー の う ち HIF-3 に つ い て は,HIF-1 お よ び HIF-2 の機能を抑制的に作用することが指 摘されている。一方,HIF-3 の発現は HIF-1 / HIF-2 により制御されることも知られておいる。 これより,HIF-1/HIF-2 による低酸素応答に対 してネガティブフィードバック機構として作用 し,その作用を調節していると考えられてい る14)。 図 1.HIFαの発現制御
サイトカインやがん遺伝子産物(BCR-ABL, HER2, RAS)などは主に HIFαの mRNA か
らの蛋白合成を促進する.HIFα蛋白は PHD によりプロリン残基の水酸化を受ける.水 酸化された HIFαは VHL を含むユビキチン複合体と結合し,ユビキチン化を受ける.ユ ビキチン化された HIFαはプロテアゾームで分解される.PHD の酵素活性は,酸素,二 価 鉄 お よ びα-ketoglutararte に よ り 上 昇 す る. 逆 に 活 性 酸 素 や 糖 代 謝 産 物 (succinate, 2-hydroxyglutarate) により抑制される.SIRT-3 は活性酸素産生を抑制させることにより, PHD を活性化する.変異型 IDH は 2-hydrocyglutarate の産生を増やし,PHD に抑制的に 作用する.ING-4 は HIF の転写活性を抑制的に制御する.
III.造血発生と低酸素環境 生物は低酸素環境に応答できる能力を備えて いるが,これは受動的な環境適応のみを意味す るものではない。逆に積極的に低酸素環境を利 用することにより,細胞の機能を維持すること が明らかになってきた。この低酸素環境を利用 した細胞機能の維持は特に幹細胞において特徴 的に認められる15)。実際に,造血幹細胞をは じめ,神経幹細胞や消化管の幹細胞などは組織 内でも特に酸素濃度の低い領域に存在してい る15)。以下は,造血幹細胞の機能維持におけ る低酸素環境ならびに HIF の役割について焦 点をあて考えてみたい。 (1)骨髄内は低酸素環境にある: 骨髄はその中央部に血管が存在しており,酸 素分圧は中心部が最も高く,末梢の骨幹端に向 かい低下するという勾配をもつ。骨幹端におけ る酸素分圧は 0.1%程度と極めて低いことが予 想されている16)。ヒトの骨髄中の酸素分圧に ついては,解剖学的な分布は示されていないも のの,骨髄穿刺血を用いて酸素分圧を測定した ところ,約 55 mmHg(酸素飽和度 85%)と低 値であることが示されている17)。 (2)造血幹細胞と低酸素環境 上述のように,骨髄内の解剖学的な特性から, 骨幹端付近では特に酸素濃度が低い。この骨幹 端は造血幹細胞が存在する場そのものであるこ とが明らかにされており,幹細胞ニッチと呼ば れている。造血幹細胞の自己複製能や細胞周期 を静止させるといった特性は,幹細胞がこの幹 細胞ニッチに存在することにより維持されてい る。幹細胞ニッチでは cadherin などの接着分 子,骨芽細胞,さらには thrombopoietin など 図 2.活性化酸素センサーとしての HIF サイトカイン刺激により糖代謝が活性化され,引続いてミト コンドリアでの酸化的リン酸化による ATP 産生が亢進する. このさいに,活性酸素も産生される.活性酸素は PHD の機 能を抑制し,HIF を活性化する.HIF は糖代謝経路の分岐点 を制御する PDK を誘導し,ミトコンドリアへの糖の流入を 低下させることにより過剰な活性酸素の産生を抑制する.
のサイトカインなどが複合的に機能し,造血幹 細胞の“幹細胞らしさ”(stemness)の維持に 関わる。このような生物学的な要素に加えて, 骨幹端の高度の酸素レベルの低下という物理的 な環境も,造血幹細胞の機能維持に関わること が明らかになり,低酸素ニッチとも呼ばれてい る18)。低酸素環境が造血幹細胞の機能を維持 するメカニズムとしては代謝経路の改変が主に 想定されている18,19)。上述のように,HIF は 解糖系酵素やミトコンドリアの合成・分解を制 御している。造血幹細胞は低酸素ニッチに存在 することにより,HIF の活性を介して,より 活性酸素の少ない解糖系に依存したエネルギー 産生を行うものと考えられている。過剰な活性 酸素は造血幹細胞の機能を失わせることが知ら れており20,21),活性酸素への防御として造血幹 細胞は低酸素ニッチに存在するのではないかと 考えられている18)。この他,HIF はNotch や Cripto など造血幹細胞の機能維持に関わるシグ ナル系分子の発現を制御する事も明らかになっ ている22,23)。低酸素環境は HIF 以外にも直接 に造血幹細胞制御に関わる Hedgehog 経路24) を活性化することも報告されている25)。さら には,低酸素ニッチは造血幹細胞に作用するの みならず,ニッチ構成細胞の一つである骨芽 細胞においても HIF を活性化させ,局所的な erythropoietin の発現を誘導することにより, 造血発生を制御することも明らかになってい る26)(図 3)。 IV.血液腫瘍と低酸素環境応答 骨髄内の低酸素環境とその応答機構である HIF は正常な造血発生や造血幹細胞の機能維 図 3.骨髄内低酸素環境による造血幹細胞制御 骨髄内では低酸素環境により HIF が活性化される.HIF は様々な糖代謝酵素の誘導と ミトコンドリアの合成抑制・分解促進により,糖代謝を解糖系へとシフトさせる.また, HIF は Cripto や Notch などのシグナル系にも働きかけ,造血幹細胞の機能維持に関わる. Hedgehog 経路は HIF とは独立して低酸素により制御される.骨髄内低酸素環境はニッチ を構成する骨芽細胞にも作用し,Erythropoietin 産生を促す.
持において極めて重要な役割を果たすが,この システムの異常は多くの血液腫瘍の病態にも関 わっている(図 4)。以下,代表的な血液腫瘍 において,低酸素環境および HIF がその病態 に関与するかについて概説する。 (1)多発性骨髄腫 多発性骨髄腫は B リンパ系腫瘍の一つであ り,抗体産生を行うレベルにまで成熟した細胞 (形質細胞)の腫瘍と位置づけられる。多発性 骨髄腫においては,腫瘍細胞のみならず腫瘍細 胞をとりまく微小環境が病態形成に重要な役割 を果たしている。すなわち,腫瘍微小環境を構 成する骨髄間質細胞は様々なサイトカインやケ モカインの産生,あるいは接着分子を介した直 接的な細胞間相互作用により,骨髄腫細胞の増 殖や生存を支持している。また,多発性骨髄腫 では骨髄内の血管新生が特徴的であり,病勢の 進行とも関連している。2005 年に,Asosingh らは,この多発性骨髄腫における血管新生には HIF が関与していることを報告している27)。 さ ら に,Colla ら は 骨 髄 腫 細 胞 で は,ING-4 (inhibitor of growth family member 4)の発現
が低下しており,これが異常な HIF の活性化 を招き,血管新生を誘導することを明らかに している28)。我々は多発性骨髄腫細胞の増殖 因子である IL-6 および IGF-1 が AKT の活性 化を介して HIF-1αの発現を誘導することを見 いだした3)。さらに,c-myc が HIF の異常活 性化を誘導するとの報告もある29)。以上より, 骨髄腫細胞では骨髄内の酸素分圧変化に関わ らず,細胞内のイベント(ING-4 の発現低下, myc の発現上昇)および細胞外の刺激(IL-6, IGF-1)により HIF の恒常的な活性化がもたら されることが明らかとなった。異常活性化され た HIF は血管新生の増強に加えて,survivin3) などの抗アポトーシス蛋白,あるいはケモカ インの一つである CXCL1230)を誘導すること 図 4.血液腫瘍と低酸素応答機構 血液腫瘍細胞では,骨髄内の低酸素環境,サイトカインなどの外的要因およびがん遺伝子 産物などの内的な要因により HIF の異常な活性化が起こる.HIF は多彩な遺伝子の発現制 御を通じて,腫瘍細胞の薬剤耐性獲得,生存,浸潤などに関与する.また腫瘍幹細胞とし ての性格の維持にも HIF は関与する.
により多発性骨髄腫の病態に関与することが 示された。最近では,骨髄内の低酸素環境が 骨髄腫細胞における E-cadherin の発現低下と CXCR-4 の発現誘導という二つのメカニズム を介して,骨髄腫細胞の播種(dissemination) に関与するとの研究報告もなされている31)。 骨髄腫の進展に伴い,骨髄内の低酸素領域が広 がり,その結果として骨髄腫細胞および骨髄間 質細胞の双方が低酸素状態に晒されることが 上記の変化をもたらす要因と考えられている。 HIF をターゲットとした骨髄腫治療について も検討が進んでいる。我々は,株化された骨髄 腫細胞のみならず臨床症例由来の骨髄腫細胞 においても,HIF 阻害剤である Echinomycin が抗がん剤による骨髄腫細胞のアポトーシス 誘導を促進することを明らかにした3)。また, 既存の骨髄腫の治療薬が抗 HIF 作用をもつこ とも報告されている。プロテアゾーム阻害剤 bortezomib は,その作用機序より HIFαの発 現を誘導することが予想されたが,HIF の発 現には及ぼさない事が確認されている。逆に, その転写因子としての活性を抑制することが報 告された32)。一方,サリドマイドの誘導体レ ナリドマイドは HIFαの蛋白合成を低下させ る33)。これらの解析はin vitro のものであり, 実際にin vivo あるいはヒトにおいて抗 HIF 作 用が発揮されるのかについては,不明であるが, 今後の新たな治療の開発に向けてのヒントの一 つになるものと期待される。 (2)悪性リンパ腫 悪性リンパ腫もリンパ系の血液腫瘍である が,その多くはリンパ節やリンパ臓器に発症す るため,やや固形がん的な性格を持つ。このた め,悪性リンパ腫における HIF の異常な活性 化は,まず病理学的な解析により確認された。 Stewart らは様々なリンパ腫症例において,血 管 新 生 に 関 わ る VEGF お よ び HIF の 発 現 に ついて免疫組織学的に解析を行い,低悪性度 リンパ腫の 62%,高悪性度リンパ腫では 77% で HIF-1 の 発 現 を 認 め た こ と を 報 告 し て い る34)。HIF-2 の発現はさらに高頻度にみられ ており,低悪性度リンパ腫では 76%,高悪性 度リンパ腫では 94%で活性化が確認されてい る34)。Evens らは悪性リンパ腫の中でも,ろ胞 性 リ ン パ 腫(Follicular lymphoma; FL) と び 漫性大細胞型 B 細胞性リンパ腫(Diffuse large B cell lymphoma; DLBCL) 症 例 に 焦 点 を し ぼ っ て 解 析 を 行 っ た35)。FL 症 例 の 約 11 %, DLBCL 症例では 44%で HIF-1 および HIF-2 の中等度以上の発現が確認されている35)。悪性 リンパ腫細胞において,HIF の発現が亢進す るメカニズムについても様々な解析が行われて いる。我々は,悪性リンパ腫細胞で高頻度に異 常活性化を認める NF-κB が HIF-1αの発現誘 導に関わることを明らかにした36)。Argyriou らは mTORC1 の活性化が HIF- 1αの発現に 関 わ る と し て い る37)。 活 性 化 さ れ た HIF は survivin36) やBcl-xL38)などの抗アポトーシス蛋 白の発現を誘導し,放射線治療や化学療法への 抵抗獲得に関わることが推察されている。FL および DLBCL などの B 細胞性悪性リンパ腫 の治療においては,放射線治療や抗がん剤化学 療法とならび,抗 CD20 ヒト型モノクローナル 抗体 rituximab が大きな役割を果たしている。 Rituximab は,B 細胞リンパ腫の細胞表面に発 現している CD20 分子を認識し,主に免疫学的 な機序を介して B 細胞性リンパ腫細胞を排除 すると考えられている。最近,我々は株化され た B 細胞性リンパ腫細胞を用いて,rituximab が AKT を活性化し HIF-1αの発現を誘導する ことを見出した39)。また,この現象は細胞表 面膜コレステロールレベルの高い細胞株にお いて特異的に認められた。さらに,コレステ ロールの合成阻害剤である simvastatin を用い 細胞膜表面のコレステロールレベルを下げる ことにより rituximab による HIF の活性化は 抑制された39)。Rituximab により活性化され た HIF は抗アポトーシス蛋白 survivin を誘導 し,抗がん剤によるアポトーシス誘導に対して 拮抗する作用を示す事も分かった。これらの結 果は,リンパ腫治療の重要な柱の一つである
rituximab が特定の細胞ではむしろ腫瘍の生存 維持に関わることを示唆する。今後は,このメ カニズムの詳細を明らかにするとともに,細胞 膜脂質構成をもとにした悪性リンパ腫の治療効 果予測システムの構築や,細胞膜脂質の改変に よる rituximab の治療効果改善方法の開発など に取り組む予定である。 (3)慢性骨髄性白血病 骨 髄 増 殖 性 腫 瘍(myeloproliferative neo-plasms; MPN)とは,造血幹細胞に生じた異常 により,一系統以上の骨髄系細胞(顆粒球系, 赤血球系および血小板系)の成熟を伴った過剰 な増殖を示す疾患の総称である。このカテゴ リーに分類される代表的な疾患として,慢性骨 髄性白血病(Chronic myelogenous leukemia; CML)がある。CML はフィラデルフィア染色 体転座と呼ばれる染色体転座 t(9;22)を持つこ とが特徴であり,この染色体転座により BCR-ABL 融合遺伝子が形成される。BCR-BCR-ABL 融 合遺伝子産物は強力なタンパク質チロシンキ ナーゼ活性を有しており,AKT や STAT など 様々な細胞内シグナル伝達経路を活性化する。 CML の治療成績は,BCR-ABL に対するチロ シンキナーゼ阻害剤である Imatinib の登場に より大きく向上している。しかしながら,一 部の症例では Imatinib に抵抗性であり,また いわゆる白血病幹細胞は Imatinib により排除 できないことが指摘されている40)。最近の研 究により,CML における Imatinib 耐性獲得や CML 幹細胞の維持に低酸素応答機構が関わる ことが明らかにされている。CML における低 酸素応答機構との関連性についての研究は古 く,2002 年にはすでに CML 細胞では HIF-1α の 発 現 上 昇 が み ら れ る こ と が 報 告 さ れ て い る41)。また,BCR-ABL 陽性の白血病細胞株を 低酸素環境下で培養することにより,上述の分 子標的薬 Imatinib に抵抗性を持つクローンが 選択されうることも示されている42)。さらに, Imatinib 耐性の獲得のメカニズムとして,低 酸素環境では HIF 活性化に伴う糖代謝経路の 改変であることが示されている43,44)。2012 年 には CML の白血病幹細胞の維持にも HIF-1α は 必 要 で あ る こ と が 示 さ れ た。 す な わ ち, HIF-1αを欠損させた CML 細胞では,細胞周 期を負に調節する p16/Ink4 および p19/ARF の 発現が亢進し,マウスモデルにおける CML 発 症能力が消失することが観察されている45)。 (4)フィラデルフィア染色体陰性骨髄増殖性腫瘍 MPN の う ち, 真 性 赤 血 球 増 加 症(Poly-cythemia vera; PV),本態性血小板血症(Essential thrombocythemia; ET) お よ び 原 発 性 骨 髄 線 維症(Primary myelofi brosis; PMF)の 3 者は フィラデルフィア染色体陰性 MPN と総称され ている。フィラデルフィア染色体陰性 MPN で は,長らくその責任遺伝子異常は不明であった が,2005 年に細胞内チロシンキナーゼの一つ である JAK2 において,恒常活性を来す遺伝子 突然変異が高頻度に見られることが明らかにさ れた46–48)。この遺伝子変異により JAK2 分子の 617 番目のバリン(V)がフェニルアラニン(F) に置換される。このため,慣習的にこの変異 を JAK2V617F 変 異 と 呼 ぶ 事 が 多 い。 フ ィ ラ デルフィア陰性 MPN のうち,PMF について は VEGF レベルの上昇49)や骨髄内での血管新 生50)の増加などが認められることより,HIF の関与も予想される。しかしながら,PMF の 病 態 に HIF が 関 与 す る と の 報 告 は, 現 在 ま で の と こ ろ 発 表 さ れ て い な い。JAK2V617F と低酸素との関連については,我々が研究を 進めている。現在までに,低酸素環境下では JAK2V617F の過剰活性(自己リン酸化)が停 止し,かつ細胞周期の停止やアポトーシス誘導 が認められることを発表している51)。 V.おわりに;低酸素応答機構をターゲットと した血液腫瘍の治療戦略の展開 上述のように HIF は様々な血液腫瘍の病態 に関わることから,HIF をターゲットとした 新たな治療方法の開発も精力的に進められて
いる。この中でも,HIF の機能を抑制するこ とにより,がん幹細胞を排除する試みが注目 されている。Wang らは,HIF の機能阻害剤 echinomycin を用いる事により,in vivo におい てマウスのリンパ腫幹細胞および急性骨髄性白 血病症例由来検体中の白血病幹細胞の機能を抑 制しうることを示した23)。さらに同じグルー プから,シャペロン蛋白の一つである HSP90 (heat shock protein 90)の機能を抑制するこ
とにより,HIF1αの発現を抑制しうること, さらにはリンパ腫幹細胞の排除へと繋がること が報告された52)。白血病幹細胞やリンパ腫幹 細胞などのいわゆるがん幹細胞は,がんの治療 上の最も大きな障害の一つである。HIF ある いは低酸素環境の是正により,このがん幹細胞 を駆逐することができれば,がん治療全体の成 績向上に貢献することも期待される10)。 文 献
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