ホーチミン医科大学訪問
― 優秀な大学院生獲得にむけて ―
久保田 健 夫
山梨大学医学部環境遺伝医学講座 昨年 11 月 10 日から 13 日まで,山梨大学国 際交流委員会の承認の下,ベトナムのホーチミ ン医科大学を訪問いたしました。目的は,大学 間の友好親善の礎を築き,本学大学院の入学希 望者を募る,ということでした。現地滞在中は, 国際交流担当理事の先生や国際交流室事務の方 に大変お世話になりました。本学の研究などを ご紹介し,留学生受け入れを理解していただき, 留学生派遣に前向きのご検討いただけることに なりました。今後もこれを継続し,本学の良き 海外提携校にむけて準備を進めていきたいと考 えています。 ところで訪問の背景には,工学部と人間教育 学部でここ数年続けられてきた,ベトナムフェ ア(現地での日本の諸大学を紹介するイベント) への参加がありました。山梨大学国際交流委員 会の下,毎年,教員と事務担当者が,留学生獲 得を目的にベトナムフェアに参加し,その結果, ベトナムから留学生が来てくれるようになりま した(今回の訪問ではそのお一人に,現地の先 生への連絡やパンフレットのベトナム語への翻 訳をしていただきました)。これを受けて,医 学部の留学生委員会でも,もっと広くアジア諸 国から留学生を受入れる必要があることから, ベトナムフェアに参加させてもらうとの意見で まとまりました。ただしこのフェアにはベトナ ムの医学部生の参加が少ないことが判明したた め,フェアに参加することに代えて,直接,大 学を訪問することになりました。 晩秋の日本から直行便でホーチミン国際空港 に到着したとたん,着ていた重いコートや上着 をすぐさま脱ぎたくなるほどの,南国の蒸し暑 さに一気に包まれました。一瞬,見知らぬ国に 来た感じがしましたが,空港まで国際交流室の Minh Tam さんが迎えに来て下さり,以後は順 調に用務を進める事ができました。 空港から大学の近くのホテルまで大学のワゴ ン車に載せていただいたのですが,車窓からの 景色は,インディージョーンズかハリーポッ ターの映画をみているようでした。 脇を猛スピードで走り抜ける無数のバイク。 これに二人乗りをしている数えきれないほどの 若者。日本では決して見ることのできない光景 でした。あまりの活気に圧倒された思いがする とともに,ベトナムの若さと経済発展を象徴し ているようにみえました。 ホーチミン市は,ベトナム戦争のアメリカ軍 の拠点となった旧サイゴンにあたり,南部に位 置するベトナム最大の都市です。大学はこの街 の西南にありました。 翌日,ホーチミン医科大学内の瀟洒な会議室 で本学に関する説明のための講演の機会をいた だきました。今回の訪問の窓口となってくだ さった国際交流担当理事の Turan Tran 先生の 司会の下,集まっていただいた 20 名ほどの教 授や若手教員陣の前でプレゼンテーションを行 いました。Tran 先生は 2 回ほど日本留学での 経験(東大と生理研)をお持ちで,私の説明の 山梨医科学誌 25(1),1 ∼ 3,2010 〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110寄 稿
途中で,日本やその文化等について,的確な補 足をして下さいました。このおかげもあり,本 学に多いに関心を持っていただくことができ, さまざまな観点からの質問をいただきました。 お話をしている内に,Tran 先生の専門が私 と同じ小児神経学であることがわかり,留学生 候補を探していただけることにも一気に繋がり ました。その晩は,大学近くの新築のビルの ホーチミンでは初めてのアメリカンスタイルの フードコートでベトナム料理をご一緒させてい ただきました。Tran 先生のご紹介で学長の Vo Tan Son 先生(脳外科医)にもお越しいた だきました。ちなみに,ベトナム料理の代表的 なものとして生春巻きや香草の効いたスープ, バナナの天ぷらなどがあり,日本では店がそれ ほど多くはありませんが,アメリカでは中華・ インド・タイにつづく人気のアジアンフードと なっています。 訪問の最終日となった翌日は,広報担当の英 語が堪能な若い男性の事務の方のご案内で,午 前中,病院をご案内いただきました。最新機器 のそろった放射線部の患者さんの入る奥のス ペースまで,院内の隅々まで見せていただきま した。その中で,一階の外来ロビーは,待って いる患者さんやそのご家族が,建物の外の路地 まで溢れていて,その上には雨をしのぐための 丸い大きなテントが設置されていました。2 年 後の完成をめざして現在,高層階の新病院が建 設中で,完成後は,多数の外来患者と入院患者 を収容できるようになるとのことでした。 午後は,生化学の講師の先生に医学部内をご 案内いただきました。学生数が多い割には教育 や実習,研究への予算がなく,基礎研究棟の内 部は,最新のウイルス遺伝子全自動検査システ ムが整備された病院の臨床検査部とは対照的 に,古い建物の中に旧式の実験道具が眼につき ました。 結局,その日の深夜,帰国の途につき,翌朝, 成田に帰国しました。 ホーチミンの印象は,一言で言うと「噎せ返 るほどの活気」です。若者が醸し出すエネル ギーと(大学では)学問に対する飢えを感じま した。日本を良く知る Tran 先生のお言葉をお 借りすると,「戦後しばらくたった今のベトナ ムは,(そのスピードは日本より遅いが)戦後 しばらくたった頃の日本」となろうかと思いま す。説明のプレゼン後,何人かの留学希望の若 者(若手教員)にお会いしました。彼らの眼は 一様にきらきらし希望に満ちているようにみえ ました。ホーチミン医科大学はハノイ大学に次 ぐベトナム第 2 の医科大学です。しかしそれで あるにもかかわらず,博士課程がないのです (税金が診療(病院)には支払われても,研究 までは及ばないという背景にあるとのことでし た)。したがって博士をもっている教員は全員, 外部(国外)で取得してきているのです。それ だけ若手教員たちの留学へのあこがれは強いと 思われました。 ベトナムから若者を日本に受入れる効果は, 本学における大学院生不足の解消だけでなく, 今の日本が失ってしまったものを思い出させて くれる意味もあるかもしれません。一方,この ようなベトナムからの留学生受入に関心を寄せ ている大学はわが国で山梨大学だけではありま せん。大手に至っては,ベトナムにこの目的の ために事務所まで置いているのです。したがっ て,本学も,ベトナム(およびアジア各国)の 優秀な学生を受入れを考えるなら,国内の競争 に勝ちぬかないといけないという現実がありま す。 本年,申請している予算をお認めいただけれ ば,再度訪問し,さらに関係を軌道に乗せたい と思っています。学生を本学で育てまた母国に 帰って活躍していただき,新たな若者をご紹介 いただく,という良い循環を両校間で構築でき ればと思います。そしてこれが本学危急の課題 である大学院定員充足への一助になるのでは, と思うのです。 大学の財政が厳しい折ですが,国内の競争に 打ち勝ってアジアの優秀な若者を本学の大学院 に入学させるために,留学生の滞在支援のため の,さらなる財政的ご支援を賜われましたら幸 久保田 健 夫 2
いです。 訪問に際しましてご尽力いただきました有田 順医学部長,加藤良平委員長を始めとする医学 部留学生委員会の皆様,学務課留学生担当の渡 辺様や小暮様,いろいろとお手伝いいただいた ベトナムからの留学生(工学部)の Nguyen Hong Phuong さんなど,多くの方にこの場を お借りして感謝申し上げます。 3 ホーチミン医科大学訪問