グ レアム ・グ リー ンの『
お とな しいアメ リカ人』につ いて
On The Quiet American by Graham Greene
1 神 は存在す るとい う表 の側 を とって、その得 失を計 ってみ よ う。二つの場合を見積 ってみ よ う。 もし君が勝 てば、君はすべてを得 る。 もし 君が負け て も、君は何 も失いは しない
t
l
)
フォン- の恋 をパイル との問に賭けて負けた無 神論者 の フ ァウラーは、物語 の結末 で フ ォンを と り戻す とい う反 パスカル的 な- ヅビー ・エ ンデ ィ ングに到達 し、 さらに神- の信仰を も得た、 と考 え られ る。
「捲 きこまれた くない」ために両陣営 の どち らに も加担せず、事実だけを伝 える リポー ターであ ることを 自負す るフ ァウラーが、パイル のイノセン トなテロリズムに堪えきれずにその信条 を覆 してパイルを裏切 り、それに よって起 る彼 の 死 にたいす る罪の意識 を告 白す るために神 の存在 を求め る態度が示唆 されてい るか らである。 彼 が死 んでか らすべてが うま くい ったが、す まない と言 えるよ うなだれかが存在すればいい のに、 とどんなに願 った ことだ ろ う(.2) 願の敗北 か ら勝利- とい う二種 の領域を貫 く鍵 は、作者が幼少年期 の現実生活 の中で味わ った天 国 と地獄を結ぶ国境 としての ラシャ張 りの ドアの 変型 であ るサイ ゴソのカテ ィナ街 にあ るアパー ト (3) の両義性にあ る。
「サイ ゴンで一番 の美女」であ る従順 な フ ォンがいて阿片 の香 りのたちこめ るア メ - トは、 フ ァウラーを外部 の8年にわた るイソ ド:yナ戦争の暴力、狂気 などの死の時間か ら遮断 し、 8千 マイル離れたイギ リスにい る別居 中の妻 との不幸 な過去か ら逃避 させてい る点 で、一時的 ではあ るが平穏 な住居であ り、外界の状況に係わ岩
崎
正
也
Masaya lwasaki
りあ うことのない孤立 した閉塞的な世界であ る。 この孤立 した アパー トか ら、論説 を加えず事実だ けを伝 え よ うとす る捲 きこまれた くない 自己の意 識 を通 して ファウラーの見た外界 の風景 を、 プラ イア ソ ・トマスは 「魅力的ではあ るが、あ る点で(
4
) は根本的に 自己 とは無縁 の客観的な現実 の眺望
」
と述べてい る。2
物語は、 フ ァウラーの意識 と一人称 に よる語 り を通 して、 自分 がパイルに初めて会 った年 の9月 か ら、パイルが死んだ翌年の2月 までの約6か月 間の出来事を、 2月の現在か ら6か月間 を遡 る回 想 として記 されてい る。 トマス ・フ ァウラーは、 イギ リスの新 聞社か ら イ ン ドシナ戦争を取材す るためにサイ ゴン-派遣 された報道記者 であ り、パイルの死 んだ2月が、 彼 とフ ォンとが初めて会 ってか ら2年 目にあた る こ とを考 えると、少な くとも2年 間はサ イ ゴンに 暮 らしてい ることにな る。 カテ ィナ街 にあ るアパ ー ト内での フ ォンとの孤立 した平穏 な 日常は主 と して次の2つの外的な条件に よって崩壊す る危機 を学 んでい る。一つは2か月後 の4月に任期が終 ることであ り、二つ 目は、-イ ・チ ャーチに所属 してい る- レンが離婚に応 じないため、 フ ォンと 結婚 で きない事情 であ る。 そのため フ ァウラーの 「生」はいつ も不安に苛 まれ 、 「死」に よって侵 蝕 されてい る。 なぜ な ら 「今 月か、来 月か、 フ ォ ンは私を棄 てて出て行 くだ ろ う。来年 で なければ(
5
) 3年後には
」 と 「生」 の崩壊を予期す る フ ァウラ (6) 一に とって 「彼女を失 うこ とは死 の始 ま りだ」か らであ る。 この不安 と、 『内な る人』(TheManWithin,1929) の幼 い ときの アン ドル ーズが乳房 と結 びつ く肉感的な母 との関係が父の暴力に よ り 破壊 され ることを怖れ る不安 との間に アナ ロジー の関係が成立す る。一方、国境 としてのアパ ー ト を通 して フ ォンとの 「生」の世界 と対極にあ るの が特派員 として係わ り合 う戦場の 「死」の世界で あ る。 ジャーナ .)ス トとしての信条は、捲 きこま れ ないために どちらの陣営に も味方せず、意見を 述べ ることも一種 の行動だか ら行動す るコ レスポ ソデ ン トで もあ ることを避け、事実だけを伝 え る リポーターとして務 め ることであ る。 したが って、戦場 での非 ア ンガ ジェの態度 は、 「絶 えず幸福を失 うのを恐*7'J, フ ォンとの平安 を維持す るために外界 とは係わ らずに孤立す る点 で、 「生」へ の不関与の態度 と重 な り合 う。 あ る一定 の外圧が ファウラーの閉鎖的 な 「生」 にたい して加 え られ、 「生」へ の不関与の態度が 崩れれば、必然的に他方 の非 アソガジ ェの態度 も 変化 し、 ファウラーの 「生」 は消滅す る運命にあ る。その点で、 6か月前 の 「お とな しい」 パイル の出現 は ファウラーをパスカルの席に引 き出す こ とにな る重大 な事件 であ ったはず であ る。 前年 の9月に、 アメ リカ公使館 の経済援助使節 団員 であ るパイルを コンテ ィネ ンタルの広場 に出 迎えた とき、 フ ァウラーは、 「倣 樫で騒が しく、 (8) 子 どもっぼ くて中年 の」 アメ リカ人記者 たち と異 なるパイルの性格を職業的 リポーター として次の よ うに感知す る。 「パイルはお とな しく (quiet) て、謙虚 に思われ、あの初めの 日は彼が何を言 っ てい るかを知 るために ときには身を乗 りだ きなけ ればならなかった。 しか もたいへん真面目(serious) だ った'J9'。 この観察 は、 6か月後 パイルが殺 され た後、参考人 として警察本部に呼ばれた フ ァウラ ーが/くイルについて ヴ ィゴーに語 る次 の記述 と一 致 してい る点 でわれわれは フ ァウラーの リポータ ーとしての観察力の正確 さを了解 しなければな ら ない。 「彼 な りにいい男です よ。真面 目(serious) だ。 コンテ ィネ ンタルで騒 く小ごろつ きとは違 い ま (10 す よ。 お とな しい(quiet)アメ リカ人だ」 0 われわれは フ ァウラーの最初 の観察 の中に表れ たseriousとquietとい う語が6か月後 の ヴ ィゴー -の報 告の中で くり返 されてい ることに気づ くと ともにseriousがパイルの理性の特徴を、quiet が彼 の感性 の特徴を表す ことを了解す る。 しか し、 報告 のseriousと quietは初めの観察の場合 とは 異 な り、 6か月間 の認識 の変化を示す語 であ る点 に着 日しなければ な らない。半年間 のつ き合いを 通 して フ ァウラーはパイルの理性 と感性 を示す た めに この2つの形容詞 を次の よ うに変化、発展 さ せてい る。
quiet- modest,good,innocent,seemed i n-capable orharm,young,Ignorant,Sil
l
y,
crazy,boyish
serious- punctual,absorbed,determined
,
gotillVOlved
パイ′レの経済援助 の実体が不明であ る うちは フ ァウラーに とってパイルの`quiet'は modestであ り、goodである点で周囲のcynicalな同業者たちに は感 じられ ない青春 の賛美 を示す用語 であ った。 フ ァウラーの アパ ー ト内の平和に崩壊 の兆 しが現 れたのは、 フ ァウラー とフ ォンとが未婚 であ るこ とを知 ったパイルが公 明正大に フ ォンにた い して 求婚 の意志を表 明 した ときであ る。 ファウラーに フォンへの求愛 の意思を話すために、 ナムデ ィソか ら独 りで川を下 り、 ファ ト・デ ィエム の前線-無謀 な冒険を敢行 したパイルは夜半、納 屋 の床に腰 をおろ して、 フ ォンに恋 したい きさつ を ファウラーに告げ、言い終 ったか らには、やが て求婚す ると宣 言す る
。
「彼女は私た ちの うちの どち らかを択べ はいいんです よ。 その方が公 平で す よ`1コ とパ チカルの賭に積極的に参加す ることを 表 明 したのは、 フ ァウラーの不関与 の態度にたい して 「パイルは捲 きこまれ るのが よい と信 じてい 潰 か らであ る。 一つの鰐が お こなわれ る。表が 出 るか裏が出 るかなのだ。君 は どち らに賭け る農?
パイルが フ ォンに求婚す る所 は、国境 としての ファウラーのアパ ー トの部屋 であ り、 それ も当事 者 であ るファウラーの通訳を介 して、 とい う奇妙 な状況の中で行れ る。 フ ァウラーの一 人称 を通 し て語 られ るパイルの求婚 の言葉 は、彼 自身 のでは な く、語 り手 自身 の意志表示 として フ ォソに発せ られ る点 で アパ ー ト内での三角関係の展開は笑 い を含 んでい る。 さらにパイルが フ ォンに向か って賭の対象 として財産 と健康 とを数量 として公開 し た ときに、ファウラーの経験のシニシズムとパイル の青春のイ ノセ ンス との問に生 じた亀裂が笑 いを 惹 き起 こす。 5万 ドルの遺産、 2か月前 の健康診 断書、血球数。 パイルの攻勢に よって賭に捲 きこ まれ る可能性に気づいた フ ァウラーの意識 はそれ を避け るために通訳者 であ ることを拒絶す る。 も う一つの拒否 の理 由は、翌年 の4月に 自身 が特派 員 の任期 を終 え、本社- リポーター としてではな く意見を持 った論説記者 として戻れ とい う電報を 受取 っていた とい う願にマイナスの カー ドをす で に持 っていたので、初めか らフ ェアな勝負にはな らない ことを知 っていた ことであ る。 フランス語 を交 えての英語 に よる求婚に フ ォンは ノー と一言 答 えて、笑 いに幕を下 ろす
。
「ノー」に よって フ ァウラーの理性は フ ォソを失わずにす んだ ことに 救 いを感 じるが、感性は フ ォンを得た ことにな ら ない点に不安 を抱 いてい る。
「行 きた くあ りませ ん」 と言 うフ ォソの言葉 の陰 に 「けれ ども」が続 くか らで あ る。 フ ォンの利益を、急速冷凍冷蔵庫、車、最新型 のテ レビ ・・・とい うよ うな経済的物質的 な数量 として考 え、彼女に 「喜 んで宣誓す る明朗 な若い (tll アメ リカ市民」を子 どもとして持 たせたい とい う 善意 と明確な良心に基づいて行動す る、 フ ェアで あ ると同時 に進 んで捲 きこまれ る態 度を共有す る 点 で、 『第三 の男』(TheThiydMan,1950)qこ登 場す るア メ リカ兵 オプ ライエ ソはパイルの先輩 で あ ると言 うことがで きる。3
第二次大戦後 の英米仏 ソの四大国地区に分割 さ れ、市の中心部を共 同管理下におかれた ウ ィーン で アンナ ・シ ュ ミット事件が起 る。 イ ソネル ・シ ュク ットに関 して ソ連が議長を務 めていた2月に、 ソ連憲兵 のパ トロール ・カーが ア ンナの逮捕に向 か う。 ア ンナの部屋 で主人役の ソ連兵 はア ンナが 着替 えを してい る問 も忠実に看視す る。 オ プライ エ ソはア ンナを ソ連兵 と2人だけに しておかず、 「騎士の よ うに背を向けて立 っていたが、あ らゆ る動作を意識 していたに違 いなL。,51。 フランス兵 は衣裳だ んす の鏡に映 る女 の着替えを眺めてい る。 イギ リス兵 は打つべ き先 の手を考 えて廊下にいた。 ア ンナのアパ ー ト-来 る途上 、車がイギ リス地区 に入 ったのに気づかないイギ リス兵 ス ター リング 伍長に向かい、 ア ンナの逮捕容疑に疑惑を抱 いて い るオ プライエ ソは アンナか ら書類を取 りあげた ソ連兵 に返す よ う抗議す る。車が ア ンナを乗せて 司令部-戻 るときに も、オ プ ライエ ソは ソ連地区 -串が 向かお うとす るのを知 り、 ソ連兵に抗議を くり返 す。 そ して脅えてい るア ンナにたい し、「(
1
6
お ) れがあいつ らに仕返 しを してや るよ」 と言 い、ス ター リングにたい しては 「あの娘 を保護 してや ら なければT とい うふ うに、 自己の正 当な動機 にた い し`serious'であ り、 積極的に捲 きこまれ よう とす る点でオプライエ ソの態度は中世騎士道 のパ ロデ ィとして措かれてい る。 この物語 は、イギ リス人 のキ ャPウェイ大佐の 視点か ら一人称 の語 りを通 して記 され る。英米仏 ソの4人の兵士 はそれぞれ の性格、行動について 均等 なスペ ースを割 いて措かれてはい るが 、キ ャ ロウェイが注 目す るのは部下のス ター リングとア メ リカ兵 のオプライエ ソとの対比であ るので、固 有名詞 は この2人に しか与 え られていない。 『おとなしいアメリカ人』が発表 された当時、そ の政治的意図をめ ぐってイギ リス、アメ リカで激 し い議論 が展開 された。 トマスは 「論争 はパイルに たいす る7 アウラ-の敵意 と究極的にはア メ リカ にたいす るフ ァウラーの軽視が グ リー ン自身 の も (lS) ので もあるのか どうか とい う疑 問に関連 していたJ と述べ てい る。1945年9月か ら54年7月 までの9 年 にお よぶイ ソ ドシナ戦争 の期間に、 グ リー ンは 50年か ら55年 にかけて4回イ ン ドシナを訪 ねてい る。初 回の50年 の訪問の 目的は- ノイで領 事を し てい る友人に会 うためだ った とい う。 『お とな しいア メ リカ人 』の着想 が閃 いた のは ル ロイ大佐 と一晩を過 した後サイ ゴン-車 で戻 る 途 中だ った」 とグ リー ソは語 り、パイルの ヒン ト をその一夜を ともに同 じ部屋で過 した相手 のアメ リカ人経済援助使節団員か ら得 た ことを述 べ てい る。作者が 「おそ ら く 『お とな しいア メ リカ人』 にはこれまで書いた どの小説 よりもルポル ター ジ ュ(ltJ8 が直 接 的 に表 れ てい る』 と言 うよ うに 、 フ ァウ ラーの リポーターとしての観察 の多 くは作 者 の体 験か ら引用 されてい る。た とえは、 フ ァウ ラーが中尉に率 られたパ ラシ ュー ト部隊 とい っ し ょに夜 間作戦 に加わ った ときに溝の中に見 た女 とその子 の死 の風景は、作者が外国人パ ラシ ュー ト部隊 と い っし ょに フ ァ ト ・デ ィエ ム周辺 のパ トロールに 参加 した ときの記事 であ り、 また トル -アソ大尉 との爆撃行は グ ェ トミソ地区- の急降下体験に基 づいてい る。 戦時下の ヴェ トナ ムで旅行者 として また特派員 として死の風景を見た ときの作者 の意識 の中に次 の ようなフ ァウラーの非 ア ンガジ ェの ヒン トを伺 うことがで きる。 (1) 「死の支配す る地域に一一才トの非戦闘員旅行者 と して 自分がい る場合、わた しはいつ も一種 の罪 の意識 を もつ」のは 「暴力の窃視者 の よ うに感 じる」か らであ る讐 (2) グ リーンは カ トリック教区 ビュイ ・チ ュの大 聖堂 で行れた ミサにただ1人 の ヨー ロ ッパ人 と して出席 して、感動す る
。
「ヨ- ロ ッパほな く ともキ リス ト教は存続 で きる。 なぜ民衆 を信頼 ez) しないのか?」 (3) 「丘をのぼ り、わた しはパ ゴダ-入 った とき いつ もす るよ うに仏陀に祈 ってい る自分をみい :-・い -:i (4) グ リーンが リベ リアを旅行 した とき、 「原始」 の風景か ら遠 ざか るにつれ、 「文 明」 の風景は じょじょに近づいて きた とい う。 アフ リカの小屋 - グラン ド ・バ ッサ の貿易商 の住居-モ ソロヴィアの領事館-貨物船-イギ リス グ リーソが望んでいたのほ国境を取 り除 いた あ との 「原始」 と 「文明」の二種 の風景の直接 的な対比であ ったが、イ ン ドシナでは、 1世紀 を隔 てた ビエ ソチ ャソとサイ ゴンはその二種 の 風景 の対極だ った33 (5) 「しか し、今晩 の酒場は、罪のない ア メ リカ 人の声 のみ いたず らに高 く、それ こそは最悪 の 不穏事 なのだ」
「アメ リカ経済使節 団 の一員にわた しは言 っ てみ た。 この戦争-の フランスの参加は終 りに 近づ きつつあ るのではないか と。 『そ んな こと はで きませ ん よ。 フランスはわれわれに借 りを 返 さな くてほな らんですか ら諸包」
(6) ヴ ェ トナム人か ら、独立を得ていないのに、 この戦争 に ど うして戦 え るか と聞かれた グ リー ンは この戦争が現実 の戦場 での 「死」 を見 た こ とのない人 々の間で解決 され ることを予知 し、 また、- ノイの空港-降 り立つ ヴニ トナ ム傷病 兵 は英雄 としてではな く犠牲者 として迎 え られ ¢5) る点 に ヴ ェ トナ ム人 の挫折を感 じる。 (7) 戦争の解決策は ヴニ トナムの完全独立である ことを予感 してい るCoQ 1946年 か ら54年 の8年 にわた るイ ン ドシナ戦争 に ア メ リカは フラソスにたい し26億3,500万 ドル の援助 を与 え、 これ は フラソス全戦費の30%余に Ci'77 当 るとい う。 沖縄が ア メ リカ施政権下 にあった 日本で も、『お とな しい ア メ リカ人 』の制作意 図をめ ぐって知識 人 の間で議論が行われた。武 田泰淳 は 「グ リーン¢
ゆ
は 『お とな しいイギ リス人 』を書 くべ きだ った」
と言い、阿部知二 は 「アメ リカ人はそれほ ど 『不 愉快 』にな らな くて もいいのではないカ雪当 と述べ てい る。 『お とな しい アメ リカ人 』を 「物語 であ って歴史書 ではなし苧当 として読 めは、 け ル ド ・ 辛- ソの 「記者 の シニシズムには下 向 きつつ あ る ヨー ロ ッパの長い経験に基 いた知恵が現われ てい るが、ア メ リカ人の理想主義 は幼稚 なそ して有害 な ものであ るとして も、不安げに アメ リカ人 をな がめ るこの知恵 もまたいかに不毛 であ るかがわか 81) る」 と言 う批評 は、 F地図のない族』(
Journey WithoutMaps,1936)、 『提 な き道』(TheLaw-lessRoads,1939)、 F英国が私をつ くった』.(En g-landMadeMe,1935)な どの作品にあ る ヨー ロ ッ パ文明の衰退 と堕落 を この作品の結末での フ ァウ ラーの罪 の意識 の中に読み とった もの として注 目 すべ きであ る。 グ リー ンは1952年2月 ヴ ェ トナ ムか らアメ リカ に向か う途 中 日本に寄 ったが、マ ッカラン法 に よ って入 国を拒否 され、 また アメ リカで も同 じ理 由 で 入国を断 られ てい る。 3年後 に出版 された 『お とな しいアメ リカ人 』の主人公パイルの`quiet' が持つ両義性に、 フ ァウラーの眼 を通 して グ リー ソのアメ リカ批判を見 ることは可能 であろ うが、 この入 国拒否以前に、1950年 出版 の 『第三 の男 』 に出 るアメ リカ兵 オプ ライエ ソがす でにパイルの 先駆者 としでquiet'の二重性であるchivalryと 「捲
きこまれ る」態 度 とを もつ人物 として措かれてい ることは、 グ リー ンのアメ リカ人観が入 国拒否 の 前後 とで基本的 に変わ っていない ことを示 してい る。
4
7 ァウラーは、 パ イル との賭 に 敗北 を予想 し たが、 「老年 は性 のゲームでは若 さと同 じくらい 強 い切利男 であ ることを 自負 してい るので、本社 宛 てに在任期間延長 の申請をす るとともに、妻 に たい し離婚承諾 を要請す る。 しか し、パイルの関 与 の態 度 に よって フ ァ ウラーの 「生 」 が 侵され るに比例 して戦 争の 「死」に向 き合 う非アンガジェ の態度 もしだ いに侵蝕 されて くる。 ファウラーが フ ァ ト ・デ ィエ ムの前線 で十数人のパ ラシ ュー ト 隊 に合流 した とき、指揮者 の中尉が-ル メ ットを 脱 いで彼にすす め ると彼 は 「それは戦 闘員のため の ものです」 と言 って被 ることを拒む。 それは、 フ ァウラ-が非 アンガジェであ る態度を表 明 した か ったか らであ る。一行の行手を遮 る運河には死 体 が充満 してい る。 また農家に近 い溝には女 と男 の子の死体が あ った。 中尉は 「不運だ った」 と言 い、 フ ァウラーは 「戦争はいやだ」 と思 う。 フ ァ ウラ- とパイルが乗 った事はティ ニソの カオダイ 教 の祝典か らサイ ゴソ-帰 る途 中、 ヴ ェ トナム地 区に入 った ところでガ ソ リソ不足のために止 まる。 その夜を看 視塔の上 で2人 の ヴェ トナ ム少年兵 と ともに過 ご した後、 グェ トミソ兵 の襲来に よ り、 フ ァウラー とパイルは、少年兵を残 して稲 田の中 へ隠れ る。 フ ァウラーは跳び下 りた とき左足の産 を痛 め、直後 /ミズ-カ砲弾の粁裂 に よって左脚 に 負傷す る。 水 田に横たわ るフ ァウラーは、仲間を殺 された 少年兵の泣 き声を聞 き、先 日、溝の中に見た子 ど もの死を憶 い起 して 「子 どもを捲 き添 えに して戦 うべ きではな且 と悩み始 め る。パイルが外人部 隊 のパ トロール隊員を連れ戻すために独 りで出か けた後、再 び看視塔 の残骸か ら聞 こえて きた少年 の苦痛 の泣 き声が、 「暗闇 の中で泣 いてい るあの ¢4) 声 に私 は責任 があ る」 とい うふ うにそれ まで誇 り に して きた フ ァウラーの非 アンガジェの態度を揺 り動かす。 この とき、神にたい して 「私を死 なせ るか気絶 させて くだ さい」 と少年兵 の苦痛 の責任 を とろ うとす るフ ァウラーの意議 の上 に、非戦闘 員 と して ヴェ トナ ムを旅行す るグ .)- ソ自身 の罪 の意識を重ね合わせ ることがで きるだ ろ う。 パイ ルが経済援助 と称す る第三勢力が惹 き起す テ ロ リ ズムが2度作品の中で扱われ る。 テ-将軍 が仕掛 けた 「自転 車爆弾」事件 とプラステ ィック爆弾事 件 とであ り、前者 の ときは人身被害はない ものの、 後者 の場合には昼 どきの広場での爆発が多数の死 傷者 を出す。 パイルの捲 きこまれたい とい う`se -rious'の態度に よって惹 き起 された赤 ん坊 の死 と、 首 のない輪 タクの車夫 の死 の風景 と、血 に濡れ て い る とも気づかす 、汚 れた靴を見て気味悪 が って、 「公使に会 う前に靴を きれ いに しな くてGJ と言 う`innocent'の態度 との認識の落差に フ ァウラー の非 ア ソガジ ェの信条は一瞬 の うちに変化す る。 前 者 の爆発 事件 の後 、 フ ァウラーは 、 プラス テ ィック爆弾を造 る装置が隠されているモイ氏 の車 庫を訪ねてか らアパ ー ト-戻 った ときに、 これ ま で侵 され まい と努 めて きた 「生」が崩壊 したのを 知 る。 フ ォソが家財道具を持 って引越 していたか らであ る。 この よ うに して フォンを失 うこ とに よ って ファウラーは死が始 まった ことを意識す る。 これ以後 、物語が、 アパ ー ト内の平和 な 「生」 を奪われた ファウラーが、パスカルの賭 の論理 と 認識 に従 って、非 アソガジ ェの態 度を棄 て、パイ ルを裏切 る役割を引受け ることに よって、それ ま で無意識の中に感知 した 自己の死を意識 の上 に成 就す る、 とい うよ うに展開す るプ .]ットに は 『内 な る人 』のア ソ ドル ーズが 自己を殺す こ とに よっ て内な る父-の復讐を完了す るとい うモチ ーフが 再現 されてい る。 パイ/レを裏切 り、その罪 の意識 を告 白すべ き神の存在を烈 しく希求す る結末に、 フ ァウラーが神を得た、少 な くとも意識 が神 の存 在 に収欽 され る可能性を見出 した と言 うこ とがで きないか。5
パイルが死 んだ夜、 アパ ー ト-戻 って きた フ ォ /を迎 えて物語は- ッビー ・エ ソデ ィソグに終 る。 しか し、賭に負けてすべてを貿 うとい うフ ァウラ ーの 「生」は、す でに ア ンガジ ェを信条 としたからに は以 前 の平 和 な 「生 」 とは異 な り、 「死」を 通 過 した後 の∴ 「生」 の転化 した位 相 で あ る再 生 に到 達す る。 フ ァ ウラー の- ッビー ・エ ンデ ィン グは密使Dの場 合 と同 じ く新 た な不 安 に脅 か され 続 け るに違 い ない。 (1989.1.31受理) 註 (1) 松浪信三郎訳 「パンセ」 (1971;rpt. 『デカル ト ・パスカル』筑摩世界文学大系19ー筑摩書房ー1975), p.196.
(2) Graham Greene,TheQILietAmerican(1955;
rpt.London:TheBodleyHead,1973),p.211. (3)Ibid.,p.39.
(4) Brian TholnaS,An'_Unde7grOundEFate.
(Georgia:The UniversityofGeorgiaPress, 1988),p.33.
(5)GrahamGreene,TheQuietAmen'can,.p.42.
(6) Ibid.,p.83. (7) Ibid.,p.42. (8)Ibid.,p.15. (9)Ibid"p.24. (10)Ibid.,p.10. (Il) zbtd.,p.59: (l母 Ibid.,p.23. (13) 松浪信三郎訳 「パンセ」,p.196.
(J4)Graham Greene,T72eOzLZ'etAmen'can, p. 148.
(lゆ Graham Greene,`TheThird Man'(1950; rpt.TheThird ManandLoserTakesAll,
London:TheBodley Head,1976),p.91.
(1q Ibid・,p.93. (1勺 Ibid.,p.93.
(18) BrianThomas, AnUndeTgTTOundFate,p.26. (1功 Graham Greene,TVaysofEscape, (London:
TheBodleyflead,1980),p.164.
的 田中西二郎訳 『コンゴ ・ヴェトナム日記』 (早川 書取 1982), p.112. ¢Z) laid.,p.118. 的 Ibid.,p.125. 的 Graham Green,WaysofEscaPe,p.174. ¢i) 田中西二郎訳 『コンゴ ・ヴェ トナム日記』. p. 134. ¢う Ibid.,pp.138-140, ¢ゆ Ibid.,p.148. 的 日本大百科全書第2巻 (小学館,1985),p.819. ¢ゆ 武田泰淳
「
『お とな しいアメリカ人』 を読んで」 (毎日新聞,1956),p.6. ¢9 阿部知二「
『お とな しいアメリカ人』 を読んで」 (毎 日新聞,1956),p.6.的 Graham Greene,TheQuietAmerican, V..
(
3
9 ドナル ド・キーソ「
Fおとなしいアメリカ人』 を 読んで」 (毎 日新聞,1956),p.6的 Graham Greene,TheQuietAmerican, p. 69.
的 Ibl'd.,p.117. 的 Ibid.,p.124. (39 Ibz'd.,p・.182.