I
はじめに
21
世紀は分権時代であるといわれている。第2
次世界大戦後の半世紀が、経済成長を社会の戦 略的目標とし、社会システムとしては集権型であっ たのに対して、1980
年代以降、経済成長至上主 義への反省から持続可能な社会システムづくりが 取り組まれ、分権型の社会が志向されてきたので ある(宮本2000
)2)。 分権社会を実現するには、そのための制度改革 が必要であることはいうまでもない(Kitamura
2008
)。しかし同時に、新しい分権社会を担う人 材が必要とされるのである。かつて福沢諭吉は、1878
年刊行の『分権論』で、政権と治権とをわけ、 治権を地方にゆだねる制度改革と同時に、分権社 会を担う人材育成の必要性を強くとなえたので あった(福沢1878
)。現代日本の分権改革に先鞭 をつけた地方分権推進委員会によれば、分権とは 「身の回りのことに関する決定権の拡大」であると ひとまずは定義される(西尾2007
)。したがって、 今日の分権社会を担うには、現代社会の変容をふ まえながら、身の回りのことを決定する意思と能力 とネットワークを持つ人材が必要とされるのである。 本稿は、滋賀県内において分権社会の展開をふ まえて人材育成に取り組んできた「おうみ未来塾」 と「地域活性化プランナーの学び直し塾」の事例 を検討し、分権時代の人材育成の課題を明らか にすることを目的とする。 論文分権時代
の
人材育成
1)「おうみ未来塾」と
「地域活性化プランナーの
学び直し塾」の事例分析を中心に
北村裕明 Hiroaki Kitamura 滋賀大学 / 理事 / 副学長 1)本稿は、2010年9月11日に立命館大学 びわこくさつキャンパスで開催された 国際文化政策研究教育学会主催の 「文化政策セミナー2010」における報告 「近江地域創造に向けた人材育成の取り組みに関する研究」 に、加筆修正したものである。報告の場をII
分権時代の人材像
現代の分権社会は、どのような人材を求めてい るのであろうか。戦後の日本社会を念頭に置きな がら考えることにしよう(
富野・早田2008
、北村2009
)。明治以降日本社会は、欧米社会にキャッチアッ プすることをめざしてきた。その際、処方箋の多く は、すでに欧米社会の中にあり、そこから学びとる ことが重要であった。明治以降の近代化の政策や 第
2
次世界大戦後の経済社会政策の多くは、すで に近代化を成し遂げた欧米社会の政策の中で日 本に適用されるべきものを取捨選択し修正を加え ながら導入してきた歴史でもあった。 しかし、1960
年代の高度経済成長を経、さらに1970
年代初頭の経済危機を克服し、先進国の中 では良好な経済パフォーマンスを成し遂げえた1970
年代末以降、日本社会においては、キャッチ アップ型の政策展開ではもはや通用しなくなった のである。日本社会は経済社会問題対応のフロン トランナーとして、自ら問題を発見し、解決の方策 を考え、実践することが強く求められるようになっ たのである。中央政府が欧米諸国の事例を参考 にしながら政策を考え、それを日本流に修正してマ ニュアル化し、補助金をつけて地域で実践させる という集権型の手法では、もはや十分な効果はあ げられなくなってきたのである。新しい経済社会 問題に対応して、地域社会で様々な実践が行わ れ、その中で優れたものを支援し、全国に広げて ゆくという手法が大切となってきたのである。地域 開発政策において、工場誘致等に代表される外 来型開発という手法から、地域資源の活用を柱と した内発的発展という手法への転換は、このこと を端的に表しているといえよう(遠藤2009
)。 また、行政がもっぱら地域の問題を考えて処方 箋を書き実践するという手法も、効果を失いつつ ある。市民と、事業者と、行政との協働が必要とさ れるようになったのである。市民や事業者が自発 的に地域の問題に取り組み、行政が多様な地域 の活動を支援することが求められるようになった のである。そこで必要とされる人材は、他のセク ターと協働しながら、自ら政策を立案し実施する 主体なのである(奥野・栗田2010
)。 そして、このような分権時代を担う人材は、1980
年代以降の各地の地域づくりや市民活動の中で 徐々に育ってきたのである。III
滋賀県における市民活動の展開
人材育成に関する滋賀県内の2
つの取組を検 討する前に、滋賀県における地域づくりや市民活 動について振り返ることにしよう。分権社会への 制度改革が突如始まったのではなく、近代日本社 会における長い取り組みの経験をふまえて1990
年代半ば以降本格化したのと同様に、分権社会 を担う人材も、地域づくりや市民活動のなかで育っ てきたからである。 滋賀県の地域づくりや市民活動を考える場合、 以下の伝統をふまえて活動が展開されていること が理解できる(淡海文化図書編集会議1997
)。 2)分権改革が各国で本格化するのは1980年代であり、 それは現代社会がリスク社会的様相を表してきた時代と 軌を一にする。リスク社会への対応の一つが、 研究センター発足以降、着実な研究活動が行われ、 優れた研究成果を生み出してきている。 リスク研究センターの発足以降6年間にわたり第
1
は、戦後直後から始まる近江学園を中心と した障がい者福祉活動の展開である。糸賀一雄 氏を中心とし、田村一二氏や池田太郎氏らによっ て始められた活動は、日本の障がい者福祉政策 の展開に大きな影響を与えたが、それは滋賀県の 地域住民に支えられた運動でもあった。今日の滋 賀県における福祉関係の市民活動には、糸賀氏 達の精神が脈々と受け継がれている(「滋賀の福 祉を考える」編集委員会2007
)。 第2
は、琵琶湖保全の各種の取り組みである。 赤潮の発生に端的に表れた琵琶湖の汚染に対応 して、行政と市民が一体となった取組が行われ、 合成洗剤の使用をやめ石けんを利用する運動が 進められ、これは滋賀県の条例ともなったことはよ く知られている。 そして、第1
と第2
の活動の結合として、1987
年に 「抱きしめてBIWAKO
」の事業が行われる。この 事業は、近江学園から発展した重度の障がい者 施設である「びわこ学園」の移転新設費用を、26
万人の参加者が1,000
円の参加費で琵琶湖の周 りで手をつなぐ活動によって、琵琶湖保全と福祉 の充実を市民参加で実現しようとした取組であっ た。今日、福祉と環境とを繋ぐ取組は数多く行われ ているが、「抱きしめてBIWAKO
」はその先駆的 取組であるだけでなく、近江の市民活動の特徴を 端的に示す事業であった「抱きしめて(
BIWAKO
」 報告集編集員会1988)
。 第3
は、歴史的文化的資源を生かしたボトムアッ プ型まちづくり活動の展開である。1970
年代初め の八幡堀の保全に端を発した近江八幡のまちづ くりは、八幡堀というまちの固有資源を保存再生 させたいという市民の強い思いを出発点としてお り、草の根市民活動型のまちづくりのさきがけで あった。 第4
は、近江における歴史・文化資源、琵琶湖や それをとり囲む自然資源の豊かさと、交通の要所 であり、商品・文化・情報の流通に支えられた新 しさへの対応力とである。近江商人の地域貢献へ の強い志向は、こうした近江の状況を反映してい るのである。 こうした伝統をふまえて、1980
年代後半以降優 れた地域づくりや市民活動が展開されてきた。 第1
は、「八幡堀の保存と活用」で先鞭をつけら れた地域資源を活用したボトムアップ型地域づく りである。中心市街地活性化の全国的成功例とし ての「長浜黒壁」や、中山間地再生の成功例として の「朽木日曜朝市」等がその典型的な活動である。 また、こうした活動を支える制度として、風景条例 (ふるさと滋賀の風景を守り育てる条例1984
年) に盛り込まれた「近隣景観形成協定」(現在県内80
地区)は先駆的な制度として評価できる(北村2009
)。 第2
は、環境保全・再生の地域づくりである。滋 賀県では多くの優れた環境保全の活動が存在す るが、中でも琵琶湖保全に向けた廃食油のリサイ クル活動から発展した「菜の花エコプロジェクト」 は、旧愛東町での取り組みから、全国展開し、さら には東アジアに広がり、循環型社会づくりへの大 きな展望を切り開いている(藤井他2004
)。県内 自治体の環境基本条例をベースとした地域づくり は、優れた実践を生み出してきている。 第3
は、介護保険制度の開始を契機とした福祉 の地域づくりの展開である。滋賀県のNPO
法人 認証数は、人口10
万人当たりで全国第7
位である が、なかでも福祉系のNPO
法人が多い。福祉系NPO
の多面的な展開は、全国的に共通した現象 であるが、介護保険制度を契機に大きく事業展開 を図ったり、新たに発足している。とりわけ、「しみ んふくし滋賀」は、「抱きしめてBIWAKO
」の運動 を受けて活動を開始した市民型福祉団体であるが、滋賀県
NPO
認定第1
号であり、介護保険を契 機に事業規模を拡大し、現在年間4
億円の事業 規模に至っているのである。IV
淡海ネットワークセンターの
創設と「おうみ未来塾」の活動
こうした滋賀県における市民活動の展開をふま えて、県内におけるボランティア・市民活動を支援 する組織として淡海ネットワークセンター(淡海文 化振興財団)が設立されたのは、1997
年4
月のこ とであった。 設立に至った第1
の要因は、全国的なボランティ ア・市民活動の広がりである。とりわけ、阪神淡路 大震災を契機としたボランティア・市民活動の高 まりは、多くの人々に地域社会を運営するにあたっ てのボランティア・市民活動の重要性と有効性を 認識させた。 第2
の要因は、上述したような80
年代後半以降 の滋賀県における多面的な市民活動の展開であ り、滋賀県がそれらの活動を支援するために「新し い淡海文化の創造」という施策を展開したことで ある。この施策では、地域における人づくりが重要 性な柱と位置づけられ、淡海ネットワークセンター の設立は、「新しい淡海文化の創造」の総括的な 事業となった(淡海ネットワークセンター2008
)。 財団の基本財産は滋賀県と県下の市町村が負 担し、淡海ネットワークセンターの運営については、 滋賀県が財政的に責任を持つ形で運営されてき た。淡海ネットワークセンターの主な活動は、情報 交流誌発行等の情報提供事業、講演会の開催や 相談・コンサルティング等の市民活動活性化事業、 各種の人材育成事業、「おうみNPO
活動基金」等 による地域創造事業にわたっている。 そして、淡海ネットワークセンターの人材育成事 業の柱として取り組まれたのが、「おうみ未来塾」 であった。「おうみ未来塾」は、1999
年に第1
期生 を迎え、2010
年に10
期生を送り出している。表1
「おうみ未来塾卒塾生の推移(市町村別)」に示す ように、11
年間で237
名の卒塾生をおくりだしてき たのである。地域プロデューサーの育成という理 念を明確に掲げ、独自の学習教育システムを開発 し、優れた人材を市民活動の場に送り出してきた という点で、全国的にも高く評価されている。 おうみ未来塾は、地域プロデューサーが育つこ とをめざした塾である。これからの分権時代の地 域社会を担う人材を、地域プロデューサーであると し、そのための教育学習システムを提供しようとし たのである。地域プロデューサーとは、地域の問題 を発見し、解決のための方策を考え、そのための 運動や事業を起こすことができる人である。とりわ け、実際に事業を起こし創り出す能力の開発に力 点をおく必要があると考え塾を運営してきたので ある(北村2000
)。 おうみ未来塾は、公募により毎年20
数名の塾 生を受け入れ、2
年にわたって教育システムを提供 し、各期4
グループ程度で構成されるグループで の研究と実践をまとめたものを卒塾式で発表する ことにしている。1
年目は、基礎実践コースとし、 フィールドワークと講義を結び付けた月1
回の研 修を、週末の土日に行う。同時に2
年目のグループ での研究課題の共有のためのグループワークを行 う。2
年目は、創造実践コースとし、テーマごとに数 人のグループを編成し、現地調査を行い、実践的 な政策を立案し実行する。これを「地域プロデュー サーのためのグループ活動」と位置づけ、卒塾の 最も重要な要件としている。2
年目の途中の中間 報告会でグループ活動を報告し、塾運営委員や 他の塾生や卒塾生の助言をもらう。その後のグ ループ活動を経て、卒塾式ではその成果を発表す市町名 旧市町村名 期 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 合計 卒塾 卒塾 卒塾 卒塾 卒塾 卒塾 卒塾 卒塾 卒塾 卒塾 大津市 大津市 46 2 4 6 6 3 5 8 5 3 4 志賀町 8 2 1 1 1 3 彦根市 彦根市 17 1 1 3 1 1 3 1 3 2 1 長浜市 長浜市 9 2 1 2 2 2 浅井町 2 1 1 びわ町 4 1 1 1 1 多賀町 1 1 虎姫町 2 1 1 湖北町 1 1 高月町 0 木之本町 1 1 余呉町 1 1 西浅井町 0 近江八幡市 近江八幡市 12 2 1 1 2 2 1 1 2 安土町 2 1 1 草津市 草津市 26 1 4 1 3 3 2 2 5 3 2 守山市 守山市 21 3 1 4 1 3 2 1 2 2 2 栗東市 栗東市 6 1 1 1 1 0 1 1 甲賀市 水口町 7 1 1 1 1 1 1 1 土山町 0 甲賀町 2 1 1 甲南町 0 信楽町 2 1 1 野洲市 中主町 2 1 1 野洲町 9 1 1 4 1 1 1 湖南市 石部町 0 甲西町 10 3 1 2 2 1 1 高島市 マキノ町 1 1 今津町 0 朽木村 0 安曇川町 4 1 2 1 高島町 2 1 1 新旭町 1 1 東近江市 八日市市 3 1 1 1 永源寺町 0 五個荘町 2 1 1 愛東町 1 1 湖東町 0 能登川町 2 1 1 蒲生町 1 1 米原市 山東町 6 3 2 1 伊吹町 1 1 米原町 3 1 2 近江町 0 日野町 日野町 4 3 1 竜王町 竜王町 1 1 愛荘町 秦荘町 3 1 1 1 愛知川町 1 1 豊郷町 豊郷町 1 1 甲良町 甲良町 0 滋賀県外 9 1 1 1 1 2 2 1 合計 237 21 25 28 26 18 19 25 27 23 25 表1 おうみ未来塾卒塾生の推移(市町村別)
ることにしているのである。各期の活動の総括とし て、グループ活動を中心に
2
年間の活動をまとめた 報告集を発行している。 塾生の構成は各期によって異なるが、主たる層 は、NPO
等の市民活動や自治会等の地域活動の 参加経験者である。自治体職員でそうした活動に 関心を持っている方が、各期2
割程度参加してい る。市民活動や地域活動にこれから参加するため に入塾する方もいるが、ある程度活動経験を持ち、 さらにステップアップを目指す方を優先的に塾生 として採用してきた。当初は、事前に提出された活 動経験と課題レポートによる書類で塾生を選考し てきたが、塾の目的と塾生の希望とのミスマッチ をできるだけ避けるために、第7
期生からは県内何 箇所かで事前説明会を実施し塾の目的を伝えるよ うにした。さらに、第11
期生からは書類選考に加 えて面接を行うようにしている。年齢構成は、結果 としては中年以上が多いが、できるだけ年齢構成、 性別、職業、地域の多様性が確保できるように配 慮してきた。 塾の運営の特徴として、次の3
点を挙げることが できる。 第1
は、講義とフィールドワークとを結びつけて、 フィールドから学ぶことに力点を置いてきたことで ある。1
年目の講義を担当するのは、塾運営の企画 と課程認定に責任を持つ運営委員会のメンバー (5
名で構成)と一部のゲスト講師であるが、塾生 間のコミュニケーションを深めコミュニケーション 能力を育成する講義以外では、フィールドワーク と講義との連携を重視した。例えば、筆者が講義 を担当した場合には、前述した「しみんふくし滋 賀」の活動の現場を見、代表者の話を伺った上で、 その活動から何を学ぶのかを糸口にして、地域プ ロデューサーがなぜ今日必要とされているのかに ついて講義を行ったのである。他の講義において も、滋賀県内の優れた地域活動の現場を調査し ながら講義を行ってきた。1
年目を基礎実践コース、2
年目を創造実践コースと名付け出したのは、第9
期からであるが、単なる座学ではなく、現場(フィー ルド)から学び、現場に働きかけてゆくことをよりカ リキュラム上明示しようという意図を反映したもの である。 第2
は、塾生が主体的に参加する塾運営を基本 とし、塾生会や塾生提案の学習プログラムを導入 したことである。塾の基本設計は、前述の塾運営 委員会が行い、日常の塾の進行管理は、淡海ネッ トワークセンターの事務局のメンバーが担う。し かし、各期ごとの塾生会を定期的に開催し、必要 とされる追加的な講義、例えば卒塾生の優れた実 践の現場の調査、グループ活動の課題設定や進 行管理、卒塾式の持ち方、卒塾のまとめの報告書 の編集を行ったのである。 第3
は、卒塾の要件としてグループ活動を重視 したことである。グループ活動においては、地域に 入って現場から学び、何らかの形で事業を行うこ とに重きを置いた。地域プロデューサーとして活動 するには、地域の課題を発見し政策化することは 必要であるが、同時にその思い(ミッション)の輪 を広げて行くことが必要とされる。まず、グループ 内でのミッションの共有化が必要である。さらに 課題を設定して地域に入り、グループ内のみなら ず地域の人と共に考え、具体的に行動しながら成 果をまとめてきたのである。すなわち、グループ活 動で重視したのは、グループと地域で思いの輪を 広げ、課題を設定し、それを政策にまとめ上げ、 様々な層と連携しながら実践することである。 これまで10
期で42
のグループ活動が行われた。 紙幅の関係ですべてを紹介できないが、その中で4
つの優れたグループ活動を、卒塾後の活動の広 がりを含めて簡潔に紹介することにしよう。第
1
期生の「セブン・ドロップス」グループは、琵 琶湖や環境保全をテーマにした創作狂言を作り 出しながら環境保全と文化活動を結びつける活 動を展開した。創作狂言は、狂言師の方の協力を 得て、琵琶湖を題材にしたものから彦根の芹川を 題材にしたものに広がっている。他方で、蛇砂川を 上流から下流まで調査し、卒塾後は流域協議会 を結成し、葦の新製品開発にも取り組む等多様な 活動を展開している。 第6
期生の「ビワマスグループ」は、琵琶湖の固 有種であるビワマスを、琵琶湖の南湖でも回帰さ せることを通じて琵琶湖の環境改善に取り組んだ。 滋賀県の水産試験場の協力を得ながら、南湖に 流れ込む大宮川流域を対象にして、子ども達をふ くめて流域の人々と連携してビワマスの稚魚の放 流と、遡上を実現するための流域環境の改善の活 動を行ったのである。この活動は輪を広げながら 継続され、6
年後の2010
年末には、放流したビワ マスの遡上が確認されたのである。 第7
期生の「ひょうたんからKO-MA
」グループ は、地元の人々と映画作成者と協力して、伝統的 な本殻松明を復活する過程を映像で残す事業を 行った。その過程は、地域共同体を再生する活動 そのものであった。映像作成を通した活動は卒熟 後も継続している。またこのグループは、「権座」と いう琵琶湖に浮かぶ田の価値を発見してそこでコ ンサートを行った。この事業を契機に、「権座」と いう地域資源を活用する事業が広がり、近江の酒 米を復活栽培して「権座」銘柄の酒づくりへと発 展している。 第10
期生の「おうみこっとん夢つむぎ」グループ は、かつて広範に栽培されていた綿づくりを、休耕 田を利用して地域ぐるみで復活させ、新たな地域 特産品を作り出そうとしている。塾のメンバーだけ でなく、綿栽培を行う地元の人々、かつて綿栽培 に携わった人々、琵琶湖博物館の学芸員や織物 作家等の専門家、障がい者作業所等との連携を 広げながら、綿栽培・糸つむぎ・織り・染め・デザ イン・商品化の活動を展開しているのである。 このように、おうみ未来塾からは、11
年に及ぶ 事業の過程で、分権時代を担う237
名の地域プロ デューサーが育ち、滋賀県における地域づくりや 市民活動の担い手の一つの供給源となっている。 また、塾のグループ活動そのものが、優れた地域 活動に発展しているのである。他方、座学中心の 従来型の講座に比べ、フィールドワークを重視し 実践的なグループ活動に力点を置いた教育シス テムは、全国的にも高く評価されている。2008
年 からは、愛知県でも「あいち未来塾」が、同じような 教育システムで運営されているのである。 おうみ未来塾は、こうした成果を収めていると 同時に、いくつかの課題も残している。個々の塾生 のスキルを伸ばすという点で教育システムにさらな る改善が必要とされる、卒塾生を塾の運営に参加 してもらうことは早い時期から取り組んできたがさ らなる工夫が必要とされる、優れたグループ活動 を実際の地域政策に生かす仕組みを作る必要が ある等である。V
「地域活性化プランナーの
学び直し塾」の活動
もう一つの人材育成事業は、滋賀大学と関係自 治体とが協力して実施している「地域活性化プラ ンナーの学び直し塾」である。本塾は、滋賀大学 と包括協定を締結している滋賀県内の自治体と の間で、地域政策の立案能力を持った自治体職 員を育てる、淡海地域政策フォーラムを発展させ たものである。滋賀大学側が提起し、協定自治体 の関係者と協議しながら、近江の地で地域政策を実際に立案できる人材を育成できる場を、大学と 自治体 が一緒に創りだすために、
2006
年から フォーラムを開始した。そして2007
年度から、文 部科学省委託事業として「地域活性化プランナー の学び直し養成教育推進事業」が採択され、補 助金が3
年間交付されることになり、淡海地域政 策フォーラムの事業を充実させる形で運営されて きた。委託事業終了後の2010
年度からは、滋賀大 学と職員派遣自治体がそれぞれ費用を負担しな がら塾を運営している。 「地域活性化プランナーの学び直し塾」の特 徴は以下の3
点である(北村2010
)。 第1
は、地域政策の担い手を、地域活性化プラ ンナーと位置づけて、その育成に向けた教育プロ グラムを、①地域政策に関する基礎的な講義と、 ②具体的な3
つのテーマを設定しての実践的な政 策立案作業と、③総括としての地域政策シンポジ ウムという3
つの柱で構成したことである。さらに、 具体的な政策立案作業には、グループでの議論 に基づきながら共同作業することに力点を置いた 教育プログラムとしている。 第2
は、地域活性化プランナー認定委員会を設 けて、上記のプログラムの修了者には、滋賀大学が 「地域活性化プランナー」として資格認定を行うこ とである。 第3
は、外部評価委員会を設けて、地域活性化 プランナー養成にたり得る講義内容と、成果が達 成されたのかについて、外部の評価を受けている ことである。 文部科学省の補助事業として実施した3
年間の 塾を通して、77
名の受講生が塾に参加し、71
名の 地域活性化プランナーとしての認定者を出すこと ができた。滋賀県下の11
自治体から62
名の職員 が派遣された。市民団体・経済団体等の参加は15
名である。2008
年度以降は、自治体職員以外 に、NPO
や商工会等地域の団体に属する方が一 定数参加し、このことがグループでの政策立案の 作業の幅を広げたと評価できる。 塾の期間は8
ヶ月である。講義内容として、まず 開校式と交流会を行い、その後政策形成のため の基礎講義を5
回行い、前半のまとめとして、各受 講生の仕事の自己評価を中心とした中間レポート を提出してもらう。前半の講義と後半のグループ ワークをつなぐ企画として、協定自治体でのフィー ルドワークを実施している。2009
年度は、湖南市 の協力により、旧石部町・甲西町における障がい 者の福祉施設を調査し、湖南市長の講演を聴き 交流会を実施した。糸賀一雄氏らによって先進的 にすすめられてきた滋賀県内における障がい者福 祉施策が、地域で具体的にどのように展開され、 地域社会を変えているのかを学べたことは、参加 者に強い印象を与えた。 後半は、3
つのグループに分かれ、グループ毎の6
回のワークショップで、具体的な政策立案に向け ての作業を行った。その後、中間報告会で、受講 生・講師全員が集まって、それぞれのグループの中 間的な成果について報告し問題点を指摘し合っ た。さらに、各グループで数回、カリキュラムには 現れない自主的な集まりを持ちながら報告をまと め上げる。そして、卒塾式を兼ねる地域政策シン ポジウムで成果を報告した。地域政策シンポジウ ムには、協定自治体の市長や町長等が出席し、報 告へのコメントがなされた。 グループワークはいずれも具体的提案を含む 充実した内容となっている。各年度のテーマは以 下のとおりである。2007
年度のグループワークは、 「自治基本条例を提言する」、「財政構造改革を提 言する−彦根市と安土町の財政について−」、「公 共交通政策を提言する−長浜市と米原市のバス 路線−」というテーマで報告 がまとめられた。2008
年度のグループワークのテーマは、「米原市 の指定管理者制度の検討とNPO
ぽぽハウスに学 ぶ」、「財政構造改革−湖南市財政と長浜市農業 集落排水事業について−」、「琵琶湖・近江路観光 圏の提案」であった。2009
年度のグループワーク のテーマは、「学童保育における協働のあり方」、 「人を伸ばす自治体経営を提言する−米原市への 提言−」、「里の再生を提言する−多賀町での試み −」であった。 各受講生からの個別の最終レポートでは、それ ぞれ3
つのグループごとでワークショップの成果が 生かせるようなテーマに基づいた報告を提出して もらう。したがって受講生は、個別レポートとして の中間レポートと最終レポートに加えて、グループ としての報告という3
種類のレポートをまとめるこ とになるのである。 受講生は、この塾をどのように評価しているの か、3
年間の受講生アンケートに基づいて紹介す ることにしよう。 まず、授業は体系であったかどうかについては、88%
の受講生が体系的であったと評価をしている。 授業の回数については、適切だったという意見が 多いが、もう少し多くして欲しい、どちらかといえば 少なかったという意見も多数ある。授業の内容は、 難しかった、どちらかというと難しかったという意 見が65%
を占める。この点は、受講生の状況に合 わせて適切な難易度を考える必要性と同時に、あ る程度の難しさが学習意欲を高めるために必要で あるという両面での検討が求められるといえよう。 グループワークの評価については、適切だった という意見と、やや難しかったという意見がほぼ 拮抗している。これは、グループでの共同作業は 視野を広げるのに役だったが、具体的提言に生か す際に難しさを感じるという評価であろうと考えら れる。政策立案は、現場の状況を適切に理解した 上で、多面的な視点で検証し、政策に仕上げてゆ く過程が必要である。したがって、こうした相拮抗 する評価は、政策形成の難しさそのものを反映し ているといえよう。 全体として成果があったかという質問に対して は、93%
の受講生がこの塾での成果があったとい う評価である。また、成果を仕事や活動等に生か せるかという質問に対しても、95%
の受講生が好 意的な評価を与えている。 設問表以外の自由記述の意見では、フィールド ワークへの高い評価と、グループワークでの討論 と作業で大きな成果を得られたという意見が多 かったのが特徴である。 他方、講師陣、派遣団体、外部評価者や認定委 員会の特徴的な意見は、以下の通りである。 受講生の構成・意欲の面に関しては、自治体職 員以外の市民団体等の受講生との交流によって、 議論を活性化し深めることができたと評価してい る。また、講義への積極的参加という点では年々 改善されているが、仮説を立てて検証する等の深 化が必要であると指摘されている。 講義内容や講義方法については、理論と実践と の組み合わせを重視し、いくつかの模索を行った ことへの評価があった。中でもワークショップによ るグループワークに対する評価が高く、もう少し回 数を増やす必要があるという講師が多くいる。「グ ループワークが人を育て人を癒す」というのは、講 師陣に共通した思いであった。政策立案を、異な る自治体で異なる経験を持つ職員や、市民団体関 係者と共同して行うという学習方法は、この塾の 特徴であるが、成果をおさめていると評価できる。 フィールドワークについても評価が高く、現場を見 ることが、物事の多面性と問題の本質をつかんだ 上での政策形成にとって大変重要であるという意 見であった。問題点としては、グループワークの成果としての 報告の水準は高いが、各自の中間レポートや最終 レポートの質にややばらつきがあることである。グ ループワークのレポートだけでなく、個別のレポー トの質を高める工夫が必要であるという意見が寄 せられている。 さらに、受講生個人のスキルの形成がより明示 的に見えてくるプログラムづくり、政策能力形成の 教育プログラムのシステム化、自治体職員と市民 団体関係者との共同作業をより有効にするための プログラムづくり、参加者を地域の企業人にも広 げ地域政策づくりの幅を広げること、学生や院生 の参加を意識的に募り学生教育の場として活用 すること等重要な指摘もなされている。 前述したように
2010
年度から、学び直し塾は、 滋賀大学と協定自治体との共同事業として実施さ れている。費用は、滋賀大学と協定自治体がそれ ぞれ分担し、参加費用を別に徴収して対応してい るのである。派遣自治体側は3
年間の学び直し塾 の職員研修の成果を評価し、分権時代に対応し た人材育成の場と位置付けてくれているのである。2010
年度の塾も、これまでの形式を維持して実施 されているが、グループワークの中で参加者個人で はなく、グループでのフィールドワークをとり入れて いるグループがでていることが新しい展開である。 学び直し塾の人材育成の場としての特徴と課 題についてまとめてみよう。 第1
の特徴は、分権時代には地域政策を立案で きる人材の育成が必要であるという認識を明確に し、そうした人材を「地域活性化プランナー」と定 義して育成に取り組んだことである。その際に、受 講生のこれまでの経験を基礎に、政策形成の新し い知識と、異なった経験を持つに人々とのグルー プワークを通して、「学び直す」という手法をとり入 れたことである。 第2
の特徴は、自治体職員とNPO
や地域の団 体との交流を図りながら、グループワークという手 法で、政策のミッションの共有化、政策の持つ意 味の確認、政策遂行にあたっての地域の各主体 の役割等について幅の広い議論を展開したことで ある。 第3
の特徴は、塾が大学と協定自治体との協働 作業として運営されたことである。さらに、認定委 員会や外部評価を受けながら、資格を付与してき たことも重要である。 他方課題としては、個人のスキルの育成、大学 の特性を生かし学生や大学院生を巻き込む教育、 自治体職員と地域活動や市民活動の担い手との 共同作業のシステム化等で、更に改善の余地があ るといえる。VI
おわりに
滋賀県における分権時代の人材育成の2
つの 事例を検討してきた。こうした取組以外にも滋賀 県内では、滋賀県立大学が実施している近江環人 というプログラムや、滋賀大学が実施している環 境学習支援士プログラムや、琵琶湖塾等、分権時 代の人材育成に向けた様々な教育学習プログラ ムが展開されている。取り上げた2
つの経験は、グ ループワークを通して問題の発見と政策化と実践 を行うことに力点を置いていることや、フィールド ワークを重視している点で共通している。また、分 権社会において求められる人材像を、地域プロ デューサーあるいは地域活化プランナーと明確に 規定して、教育プログラムを編成しているという点 でも共通している。 とりわけ今日の分権社会の特徴である様々なセ クターとの協働による地域運営の必要性の増大と いう点で見れば(土山・大矢野2008
)、2
つの事例共にグループワークを教育システムの中心に据え て成果を収めていることは重視する必要がある。 異なったセクターで課題を共有し、政策を作り上 げ、実施してゆくことが、今日程求められている時 代はないといえよう。本稿で紹介した
2
つの事例は、 グループワークによって課題を共有し、政策を立 案し実施することを教育システムの柱に据えてい る点において、分権時代の人材育成の今後の一つ の方向性を示していると評価できよう。 地域活性化プランナーの学び直し塾に職員を 派遣した自治体関係者、受講生、外部評価者の意 見によると、分権時代には地域政策を立案しそれ を実行しながら、地域を活性化する人材がますま す必要であり、そうした人材育成プログラムが、そ れぞれの地域に存在することが重要であるという。 分権社会においてこそ、個性的な地域政策が草の 根から形成され実施され、それらが横につながっ てゆかねばならないといえよう。大学や大学院にお ける制度化された教育プログラムの中にこのよう な課題に対応する仕組みを導入すると共に、地域 社会の中で分権社会を担う人材育成の新しい仕 組みを多面的に作り上げていかねばならないので ある。 参考文献 ⦿遠藤宏一(2009)/『現代自治体政策論』/ ミネルヴァ書房 ⦿淡海文化図書編集会議編(1997)/ 『滋賀の自然と人を語る』/ぎょうせい ⦿淡海ネットワークセンター編(2008)/ 『滋賀の市民社会のカタチ−淡海ネットワークセンターの 10年−』/サンライズ出版 ⦿奥野信宏・栗田卓也(2010)/『新しい公共を担う人びと』/ 岩波書店 ⦿小田野純丸・北村裕明編(2009)/ 『経済経営リスクの日中比較』/サンライズ出版 ⦿北村裕明(2000)/「おうみ未来塾の教育学習システム」 北村裕明『現代社会と非営利組織』/ 淡海ネットワークセンター ⦿北村裕明(2009)/「分権時代における地域政策の課題」/ 『彦根論叢』第381号 ⦿北村裕明(2010)/「地域活性化プランナーの 学び直し塾3年間の成果と課題」 『平成21年度地域活性化プランナー 学び直し塾実施報告書』/ 滋賀大学地域連携センター ⦿「滋賀の福祉を考える」編集委員会(2007)/ 『滋賀の福祉を考える』/糸賀一雄記念財団 ⦿「抱きしめてBIWAKO」報告集編集員会(1988)/ 『11月8日みんなやさしくなった』/草風館 ⦿土山希美枝・大矢野修編(2008)/ 『地域公共政策をになう人々』/日本評論社 ⦿富野暉一郎・早田幸政編(2008)/ 『地域人材教育研修の社会的認証システム』/ 日本評論社 ⦿西尾勝(2007)/『地方分権改革』/東京大学出版会 ⦿福沢諭吉(1878)/『分権論』/ (『福沢諭吉全集第4巻』岩波書店、1959年) ⦿藤井絢子・菜の花プロジェクトネットワーク編(2004)/ 『菜の花エコ革命』/創森社 ⦿宮本憲一(2000)/『日本社会の可能性』/岩波書店 ⦿ Giddens, Anthony (1) / Runaway World /(佐和隆光訳『暴走する世界』ダイヤモンド社、2001年) ⦿ Kitamura, Hiroaki(2) /
“Local Government Finance in the Age of Devolution”/
Working Paper Series A, No. A-10 /
The 21st century has been called the age of
devolution. Needless to say, institutional
re-form is necessary for the achievement of
devolution. At the same time, however, people
with the skills to manage a newly devolved
so-ciety are also required; that is, people who have
the will, the ability, and the networks necessary
to make decisions regarding their environment,
taking into account the changes in
contempo-rary society.
This paper will consider two case studies
re-garding personnel training in the context of the
ongoing devolution in Shiga prefecture, and
will clarify the challenges and problems facing
personnel training in the age of devolution.
First, we describe the kind of human
resourc-es needed for the age of devolution and the
development of civic action in Shiga
prefec-ture. Case studies of the Ohmi Mirai Juku
School and the School for Planners of Local
Revitalization are analyzed.
In both cases, programs that emphasize
group activities and fieldwork have been
adopt-ed. It is important to note that the success of
the two cases results from the placement of
group activities at the center of the educational
system, since devolution requires local
gover-nance in cooperation with various sectors.
Today more than ever, we need to share
prob-different sectors. These two cases thus illustrate
how group activities play an important role in
the ongoing direction of personnel training
system in the age of devolution.
Personnel Training in the Age of Devolution:
Case studies of the Ohmi Mirai Juku School and the School for Planners of Local Revitalization