大学生に対する親の期待が自尊感情と抑うつに及ぼす影響
―期待の受け止め方に着目して― 16010PCM 堀江 美穂
Ⅰ.問題
青年期の親子間葛藤の代表的なものとして親 の期待に対する青年の葛藤がある。柏木(1990) は親の期待や願いが子どもを取り巻く環境を作 り,その環境が子どもの発達に影響を与えると,
また,子安・郷式(2007)は,両親の期待は日 常的に接する親子関係の中で生ずる自然な感情 をベースにしており,子どものパーソナリティ や学力の形成に及ぼす影響は大きいと述べてい る。親の期待に応えすぎてしまう「よい子」の 存在が指摘されている現在,子どもから見た親 の期待は親子関係を考える上で検討されるべき 重要な問題である(庄司・藤田,2000)。先行 研究の多くは子どもが親の期待をどの程度感じ ていたかという点に注目したものであるが,河 村(2002)は「期待に応えた」場合,期待され ることを嬉しく思い喜んで応えたものと,期待 を否定的に捉えながらも期待に応えたものが存 在することを示している。親の期待に関する子 どもの認知は複雑であり,親の期待に応えてい る場合でも,必ずしも期待を受け入れていると は言えない。また,春日・宇都宮・サトウ(2014) は,親の期待に対する反応様式やその結果が青 年の内的側面に影響を与えると述べている。
Ⅱ.研究1 1.目的
親の期待そのものが自尊感情や抑うつといっ た精神的健康に影響を与えているのではなく,
親の期待を子どもがどのように認知しているの かが精神的健康に影響を与えていることが推測 される。本研究では,期待の受け止め方という 認知に着目し,以下の仮説を検討する。
「親の期待をより積極的に受け止めることは自 尊感情を高め,自尊感情を媒介として抑うつを 低減する(仮説1)」。「親の期待をより負担的に 受け止めることは抑うつを高める(仮説2)」。
2.方法
調査対象者・手続き:2017年6月にA大学の 授業時間内に質問紙調査を配布,実施した。有 効データ数は187名(男性35名,女性152名,
平均年齢19.6歳,SD=1.74)であった。
質問紙:自尊感情尺度,親の期待に対する子ど もの期待の受け止め方尺度,ベック抑うつ尺度,
フェイスシート,面接調査の依頼で構成された。
3.結果と考察
因子分析の結果,親の期待に対する子どもの 期待の受け止め方尺度は3因子,ベック抑うつ 尺度は2因子が抽出された。自尊感情尺度は主 成分分析で1因子性を確認した。仮説を検討す るため,共分散構造分析を行った(図1)。
図 1 期待の受け止め方が自尊感情と抑うつに 及ぼす影響。
注)*p< .05 **p< .01 ***p< .001
仮説1,仮説2はともに影響力は弱かったが 支持された。期待の受け止め方が自尊感情と抑 うつに及ぼす直接的な影響だけではなく,期待 の受け止め方が抑うつに影響を及ぼす際に,自 尊感情を媒介とする間接効果の存在が明らかと なった。すべての期待の受け止め方から自尊感 情への有意な影響がみられたが,負担的受け止 めは抑うつに対して直接効果と,自尊感情を媒 介とする間接効果の存在が明らかとなった。以 上のことから期待を負担的に受け止めることは 抑うつに影響を及ぼすことが示唆された。
Ⅲ.研究2 1.目的
個別面接調査を用いて期待を感じたときの子 どもの認知や感情の揺れ動きを追い,期待の受 け止め方のプロセスを明らかにすることを目的 とする。また,研究1で測定した自尊感情と抑 うつの各尺度得点を用いて,期待の受け止め方 に差異を及ぼす要因を検討する。
2.方法
調査対象者・手続き:研究 1 の対象者のうち,
同意を得た 26 名を調査対象者とした(男性 5 名,女性21名,平均年齢19.8歳,SD=1.27)。
2017年7月から 8月にかけて,A大学内の心 理面接演習室にて,親から期待された経験を尋 ねる半構造化面接を行った。
分析方法:逐語録をもとに面接者と心理学を専 攻する大学院生が回答を分類化し,カテゴリー を事例ごとに時間軸上に並べ,期待の受け止め 方ごとにプロセスの共通性を比較検討した。
3.結果と考察
期待の受け止め方ごとに共通するプロセスを 検討したところ,「積極的受け止め」は,「親の 期待と子どもの意思との間の相違に関係なく,
期待に沿うことに葛藤を抱かず,期待された経 験を肯定的に捉える」というプロセスが存在し た。子どもが親の期待を積極的に受け止める場 合は,子どもは親の期待を内在化し,自らの目 標として取り入れ,その後の対処行動へとつな げていくことが示唆された。「負担的受け止め」
は,以下の 3 つのプロセスが存在した。「①親 の期待と対象者の意思は不一致で対処行動に葛 藤を抱いている」,「②親の期待と対象者の意思 は不一致で対処行動に葛藤を抱いていない」,
「③親の期待と対象者の意思は一致で,期待に 沿うことに葛藤を抱くが,期待された経験を肯 定的に捉えている」。親の期待と子どもの意思と が不一致な場合,子どもが親の期待を負担的に 受け止める可能性が示唆された。「失望回避的受 け止め」は,以下の2つのプロセスが存在した。
「①期待に沿うという対処行動に対して葛藤を 抱かず期待された経験を肯定的に捉える」,「② 期待に沿うという対処行動に対して葛藤を抱
く」。①は「積極的受け止め」のプロセスと共通 すること,②は「負担的受け止め」のプロセス の一部と共通することが明らかとなった。この ことから「失望回避的受け止め」には,「積極的 受け止め」と「負担的受け止め」の2つの側面 があることが示唆された。さらに期待の受け止 め方に差異を及ぼす要因を検討するため,研究 1 で測定した自尊感情と抑うつの尺度得点を従 属変数,研究2で分類された期待の受け止め方 を独立変数とした一元配置分散分析を行った。
その結果,自尊感情と抑うつに対して,期待の 受け止め方の有意な効果はみられなかった。こ のことから,期待の受け止め方に差異を及ぼす 要因を明らかにすることはできなかった。
Ⅳ.総合考察
本研究の結果から,期待に対する子どもの受 け止め方が精神的健康に影響を及ぼすこと,期 待の受け止め方によっていくつかの共通するプ ロセスが存在することが明らかとなった。親の 期待は,親子の関係性や子どもの発達に伴いポ ジティブにもネガティブにも感じられる両義的 なものであるが,期待が子どもにとって大きす ぎたり,強すぎたりする場合には親の期待と子 どもの意思との間にずれが生じ,期待がネガテ ィブに作用する可能性が示唆された。渡部・新 井(2008)は,大学生を対象に回顧法を用いて 親の期待との葛藤が強かった時期を検討し,中 高生が最も葛藤を強く感じる時期であることを 示した。以上のことから,親の期待の変化が起 こる時期と子どもが親の期待に対して強く葛藤 を感じる時期がちょうど重なることがわかる。
子どもが心や体の変化を自覚し始める思春期の 時期に,親の期待が変化することと不登校やい じめ,心身症などの問題が出やすいこととは関 連があるのではないか。本研究では,親の期待 を負担的に受け止めることが精神的健康に悪影 響を及ぼすことが示唆された。思春期の子ども における不適応の問題を理解し,支援するうえ で親の期待に対する子どもの期待の受け止め方 や期待を受けとめるプロセスに着目することが 子どもたちの支援にとって重要な意味を持つの ではないだろうか。