戦後わが国の金融政策の特色
1運営目標の変更を中心に1
村 本 孜
一 はじめに Galbraithの批判
Galbraithはその近著﹃マネー・その歴史と展開﹄において金融政策の効果について痛烈な批判を加えてい
る︒まず﹁永久に続くようなものは何もない︒ともかく︑そう多くはない︒しかし︑十分に確立されてしまった
ものは︑長続きする可能性が強い﹂としながらも︑貨幣もそれに﹁関する歴史を振返ってみても明らかなことで
⁝⁝なにごとも永久には続かないという事実﹂に立脚することを強調した上で︑金融政策について﹁金融政策が
役立たないというだけでなく︑逆効果さえもっていて︑そのため︑それにたよることは︑挫折感をもたらすどこ
ろか危険を伴うということにほかならない﹂と決めつけている︒このような帰結は(yびra'Fの経済政策観に
依るわけだが︑彼の政策処方箋ともいうべき経済政策の計画・管理が財政政策を中心に考えられ︑金融政策は補
助的で︑むしろ市場支配力︵大企業の管理価格︑大労組の賃金影響力︶への直接介入を重視する立場であることに依
戦後わが国の金融政策の特色
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㈲拠している︒このように金融政策の効果を疑問視するのは中央銀行当局が﹁非常に能力水準の低い人物を集め⁝
⁝その能力水準というのは︑仕事のほうはきわめて不完全な職業であるのに︑それが︑経済学一般という主題︑
とくに貨幣という主題を包むとみなされる神秘性によって保護されている︒⁝⁝当人が力不足であっても︑それ
9は︑政策の失敗が彼らの責任とはならないような仕組みにより︑二重に保護されている﹂ので︑金融政策の失敗
が﹁人間的力不足﹂によるものであってもその責任が問われないことになってしまうからである︒まさに強烈で
皮肉に満ちた批判である︒だからといって︑中央銀行無用論を採るわけではなく︑﹁中央銀行には依然として有
用な役割があり︑その意味では︑それはまだまだ重要である︒それは︑手形交換とか使い古され汚れた銀行券の
⑦取替えとか︑貸付源としての最後のたよりの役とかで︑これらの仕事を立派にやり遂げている﹂と評価している
㈲一方︑﹁中央銀行マンに対する評価というのは︑彼らの担う責任が少なければ少ないほど高い﹂としてその役割
が限定さるべきことを論じている︒
確かに︑金融政策の効果を論ずる際︑明示的に政策当局の責任を問うととは余りないようである︒ただ︑わが
国の昭和四六〜四八年の過剰流動性とそれに伴うインフレーションの研究については小宮︹8︺の極めて明快な
当局の責任追究をしたものが稀な例外であろう︒小宮が︑昭和四八︑四九年の急激なインフレーションの主要な
原因として四五年末から四八年にかけて︑三年間にわたり過大な貨幣の追加供給が年率二五〜三〇%で継続的に
行なわれたことを挙げ︑この貨幣供給は国際収支黒字による外貨増加分に見合うハイ・パヮード・マネーの供給
に依るというよりも︑むしろ日本銀行の積極的な日銀信用拡大によるもの︵とくに四七年後半から四八年にかけて︶
であるとし︑日本銀行の誤った金融政策がインフレーションの原因だったことを指摘し︑また︑為替政策の失敗
は四五︑四六年から四八年にかけて連続したが︑とくに四七年後半の為替政策の失敗がインフレとの関連では大
失敗で速やかにフロート移行をすべきであったとして︑為替政策当局すなわち大蔵省就中国際金融局の責任を追
究したことは︑ュニークでさえある︒とくに︑﹁昭和四八〜四九年のインフレは︑少数の金融政策・為替政策の
担当者の誤った判断から生じたというよりも︑当時の日本経済がおかれていた歴史的・政治的な状況のもとで︒
帥ある種の歴史的必然性によって起こったこと﹂であるという歴史的必然説に対し︑大型ジャンボ機が墜落事故を
起したときには原因のJydos吃がなされることになぞらえ︑現代先進工業国経済も大型ジャンボのように複
雑なシステムであるが故に︑その適切な運営には︑﹁その衡にあたる者が高度の専門的知識をもち︑的確な判断
㈲を下だし︑そして無私公正に勇気と決断力をもって事に臨むことが不可欠である﹂にもかかわらず︑﹁経済政策
上の重大な失敗の結果と考えられる混乱の事態については︑その﹁原因﹂の客観的な解明のための努力がほとん I どなされておらず︑重大な過失に対する責任の追究もなされないのが︑現状なのである﹂と指摘している点は︑
まさにGalbraithの批判と軌を一にするものである︒
金融政策についてのこのような批判をみるとき︑金融政策受難の感なしともしないが︑最近の了不1・サプラ
イ重視の金融政策という傾向をみると通貨当局の戸惑いがあるのかもしれない︒本論は︑金融政策の運営目標
opeot{nnta晨e誌の変更を念頭に置き︑わが国の金融政策の特色につき試論を試みるものである︒
二 戦後金融政策の推移
わが国の金融政策については多くが語られており︑それについては貝塚︹5︺︑呉︹6︺︑鈴木︹13︺などを参
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照することが望まれるが︑本稿では金融政策の運営目標の変化に絞って考察するので︑当面わが国の金融引締政
策がいかなる目標をもっていたかをサーベイする︒言うまでもないが︑経済政策には複数の目標と手段が存在し
ており︑経済政策当局の役割は国民の社会的効用関数に依って決まる政策目標の最適な組合せに対し︑その目標
帥 の組合せの実現のために最適な政策手段の組合せを決定し︑実現することである︒このような政策手段の組合せ
のなかで︑金融政策の任務としてあげられるのは経済の安定あるいは景気循環の平準化であろう︒より具体的に
は︑国内物価の安定︑国際収支の均衡︑完全雇用の維持があげられる︒これ以外にも︑経済成長の促進︑資源の
有効配分があげられよう︒
わが国の経済成長パターンは︑昭和三〇年代には国際収支の赤字がつねに経済成長のブレーキの役割を果たし
ており︑国際収支の天井が低く︑好況はやがて国際収支の赤字を招き︑それを是正するために引綿政策が採られ
るというものであった︒国内経済の過熱から経常収支の赤字︑資本収支の借入超過︑為替銀行のポジションの悪
化が生ずるパターンであった︒ところが︑昭和四〇年代に入ると高度成長の結果として日本経済の体質が転換
し︑対外競争力の増大から経常収支の黒字︑資本収支の貸付超過︑為替銀行のポジション好転というパターンに
㈲ 変化し︑国際収支の基調は赤字から黒字に転換した︒
このような経済成長パターンに即応して︑金融政策も採られてきたのであるが︑戦後わが国では昭和二八年以
降八回の金融引締政策が行なわれた︒それらの金融政策の目標︑より正確には最終的な政策目標policy obie?
個 t‑vaは何であったかをまずみておこう︒ハ回の金融引締政策が採られたのは︑田二八年ス﹂︶月〜二九年三月︑
②三二年三月〜三三年六月︑③三四年一二月〜三五年八月︑㈲三六年七月?三七年一〇月︑㈲三九年三月〜四〇
年一月︑㈲四二年九月〜四三年八月︑⑦四四年九月〜四五年一〇月︑㈲四八年四月〜一二月︑であるが︑②〜㈲
については公定歩合の変更を以ってその時期をとっている︒Iについては︑三〇年八月から公定歩合操作中心の
金融政策が行なわれるようになっており︑当時は高率適用制度が行なわれ︑Iの引綿に際しては高率適用強化が
行なわれたのである︒また︑㈲については︑準備率の引上げが四八年一月から行なわれている点注意すべきであ
る︒さて︑これらハ回の金融引締政策では何が最終目標であるかを明らかにしたのが︑第一表である︒
最終目標を国際収支均衡︑物価安定︑GNPの抑制に絞って考えI無論︑三者は相互に関連し合っており︑
主従を明らかにすることが難しいことは言うまでもないがI︑整理してみると︑㈲と㈲および㈲を除く五回の
引締めはいずれも国際収支の赤字を解消するために開始されている︒先に示したように︑昭和三〇年代のわが国
の経済成長パターンは︑国際収支の天井に制約されたのであるが︑田も含めて︵三〇年代ではないが︶︑②〜㈲の
時期には㈲を除いていずれも国際収支の赤字が引綿の柑子になっている︒㈲の時期には︑国際収支が黒字であっ
たにもかかわらず︑物価とくに卸売物価の上昇を抑制する目的で引綿が開始され︑いわゆる予備的引締といわれ
るものである︒しかし︑国際収支の赤字を解消することを目標としているケースでも︑国内経済活動とりわけ企
業の投資活動の過熱の抑制︵有効需要の抑制︶が同時に目標としてあげられていることがある︒
昭和四〇年代に入ると経済成長パターンが変化し︑国際収支の黒字基調が定着するのだが︑㈲の引締は国際収
支の赤字がその目標であった︒しかし︑三〇年代のように成長率の鈍化は伴わず︑むしろ上昇をしている点で︑
明らかな転換を示している︒⑦︑㈲の時期には国際収支の黒字基調の下で︑むしろ物価上昇の抑制に政策目標が
置かれている︒
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収支均衡︑物価安定を主目標に運営されていたが︑金融政策の直接的な運営目標opり口tmgtargetsとして何を
コントロールしようとしてきたのであろうか︒ごく一般的に言えば︑中央銀行にとって運営目標は﹁金利﹂ある
いは﹁通貨量﹂︵いわゆる﹁量的金融指標﹂monetaryaggregta)のうちどちらか一方である︒中央銀行はその信用
供与に際し︑現金通貨︵いわゆるhigh‑poweredmoney︶の需要関数によって決定される現金通貨の量と金利の組
ところで︑注意すべきことは山一〜㈲の時期については︑政策目標相互 間にいわゆるトレード・オフ関係は存在せず︑引締政策が国際収支の赤 字解消︑物価の安定︑あるいは景気対策として同時に作用していた︒し たがって︑主目標および従属的目標の同時的達成が可能であった︒しか し︑肺および㈲の時期には政策目標相互間にトレード・オフ関係が存在 した︒とくに国際収支は黒字基調であり︑インフレ抑制の引締政策は︑ 国際収支黒字の解消には役に立たず︑国際収支対策とくに為替政策の活 用︑ポリシー・ミックスが議論された︒GNPの制御すなわち成長政策 には財政政策︑物価の安定には金融政策︑国際収支均衡には為替政策と いう・政策割当が認識されるようになったのである︒ 三 運営目標の変化 前節に示したように︑戦後の金融政策はその最終的な政策目標を国際
合せから政策的に適切と思われる任意の組合せを選ぶことができる︒すなわち︑信用供与するに際し︑金利の減
少関数で示される現金需要関数を制御すればよいことになる︒政策手段を活用して︑銀行の支払準備残高を減少
させれば︑マネ1・了・︲・ケットの金利の上昇︵短期金融市場金利の上昇︶を招くのである︒つまり︑銀行部門の通
貨残高である支払準備高と︑その貸借金利である短期金融市場金利との間にはいわゆる流動性選好関数が存在す
る︒
したがって︑通貨量を運営目標として決定すれば金利が内生的に決まり︑金利を運営目標として決定すれば通
貨量が内生的に決まることになる︒中央銀行がどちらか一方を任意に政策的に決定すれば︑市中銀行との自由な
市場取引︵信用割当がないという意味で︶にまかせておくことができる︒しかし︑通貨供給量と金利水準を両方共
に任意の水準に政策的に決定することは自由な市場取引を前提する限り不可能であり︑需要関数から与えられる
㈲ 水準以下に金利ないし通貨供給量を抑えるには︑超過需要が生ずるから︑信用割当が生ずることになる︒
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中央銀行が金融調節に際し市場取引を前提とする限り︑通貨の供給量︵あるいは密接な関係にある総通貨供給量︶
か︑信用供与の条件である公定歩合︵あるいは密接に動く短期金融市場金利︶か︑いずれか一方を運営目標とすれば
よいことになる︒この論理を︑非銀行民間部門について考えれば︑量的金融指標としてのマネー・サプライと︑
金利としての貸出金利・預金金利・債券利回りなどがあげられよう︒
さて何故このような金融政策の運営目標が問題となるのかを考えておこう︒金融政策を行なう場合︑最終的な
政策目標に対して直ちにその効果が波及するのではない︒第一図を参照しつつ政策効果の波及経路transmrs{on
melan{smについて考察しよう︒中央銀行が金融調節の意思決定を行ない︑各種の政策手段︵公定歩合操作・貸
出額調節の貸出政策︑公開市場操作︑支払準備率操作など︶により︑まず銀行部門の通貨である支払準備残高と︑それ
を貸借取引する際の金利である短期金融市場金利に影響を与える︒この二つの変数は銀行部門の行動を制約し︑
非銀行民間部門に対する与信活動が変化することになる︒すると︑マネー・サプライと貸出金利・預金金利・債
券利回りが変化し︑非銀行民間部門を構成する経済主体︵企業・家計など︶の支出活動が変化し︑総需要に直接的
な影響を与える一方︑産出活動・総供給にも間接的に影響し︑かくて︑最終的な政策目標である国際的収支︑物
価︑GNP︵あるいは雇用︶などに影響が及ぶのである︒
このよう・な政策手段から政策目標にいたるまでのトランスミッション・メカニズムには︑その途中において
﹁支払準備残高﹂﹁短期金融市場金利﹂﹁マネ1・サプライ﹂﹁貸出金利・預金金利・債券利回り﹂といった金
融諸変数が介在している︒これらの変数のうちで︑金融政策の運営に当たり︑その目安としてコントロールの対
象となっているものが︑﹁運営目標﹂であり︑このうち銀行部門の金融変数のように政策手段に近いものを操作
目標と呼ぶことがある︒したがって非銀行民間部門の金融変数︵マネI・サプライなど︶は同じ運営目標といって
も政策手段からより遠い変数である︵n'ermedF応oごect‑vaと言うことがある︶︒
トランスミッション・メカニズムを考察する際︑理論的にはケインジアンの主張とマネタリストの主張があ
る︒本稿では︑トランスミッション・メカニズムの理論的検討を加える余裕がないので簡単にサーベイするに留
帥 めておく︒ケインジアンの所得支出モデルにおいては︑短期的には貨幣供給量の変化がまず流動性選好を通じて
利子率に影響を与え︑この利子率の変化は投資需要を変化させ︑乗数効果によって所得水準に影響を及ぼすとい
うメカュズムが想定されている︒〜この利子率経路を重視するケインジアンの主張において︑トランスミッション
・メカニズムは間接的である︒これに対しマネタリストは︑貨幣供給の変化が名目所得水準を変化させ︑財市場
と貨幣市場を均衡させるように価格水準を変化させると考える︒貨幣供給増加は︑貨幣残高増加となるが︑所望
残高を超える部分は他の有利な資産にポートフォリオ調整される︒つまり︑支出の増加となり︑金融資産・実物
資産に対する需要増加をもたらし︑金融資産価格上昇︑実物資産価格上昇となり︑一般物価水準を増加せしめ
る︒かくて︑価格上昇は生産を刺激し︑生産資源・生産要素需要を増加させ︑それらの価格上昇となり︑結局所
得増加をもたらす︒マネタリストの主張ではトランスミッション・メカニズムは価格水準の変化をもたらすとい
う意味で直接的である︒
わが国の金融政策の運営目標を論ずるに当ってやや迂回しすぎたようだが︑本筋に戻ろう︒わが国の金融政策
の運営目標は︑昭和四〇年代央までは︑金利を中心としてきたように思われる︒たとえば︑﹃日銀調査月報﹄昭
和四一年一月﹁わが国金融政策の有効性﹂によれば︑第二図のような金融政策の波及過程を想定し︑﹁今日に至
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まる水準以下の金利水準を選び︑現金通貨の超過需要をもたらしむるのである︒この超過需要を制御する目的で
行なわれるのが日銀の信用割当︵とくに都市銀行に対する︶であるが︑この信用割当は都市銀行の日銀信用のアヴ
ェイラビリティーとコストに影響し︑都市銀行の貸出と︑コール・マネーの取入れ態度すなわちコール・レート
匈 に影響する︒かくて︑日銀の運営目標としては︑都銀貸出増加順とコール・レートがその対象であった︒とくに︑ るまで政策的レバーの中心となってきたのは︑短期金融市場金利の変動で
帥 あった﹂とし︑﹁唯一の短期金融市場であるコール市場の金利に対する影
響︵公定歩合を下限とする範囲︶を通じて︑銀行行動に働きかけている面が
如 大きい﹂と述べていることで明らかである︒しかし︑わが国の金融政策は
低金利政策などを採り︑いわゆる公開市場操作による市場取引によって現
金通貨供給を行なう・という・よりも︑信用割当によってかなりの通貨供給を
しているのである︒公定歩合で日銀から現金供給を受けたい者には区別な
く供給されるのではなく︑その中から日銀が供給先と量を選択して供給を
行なっているのであり︑いわゆる窓口規制によってコントロールしている
のである︒この節の冒頭に示した考察に即して言えば︑現金に対する需要
関数から得られる金利と現金通貨供給量の組合せの中から最適な組合せを
選び︑その下で運営目標を選ぶというのではなく︑むしろこの現金需要関
数にあらわれない組合せを政策的に選んで︑おそらくは現金需要関数で決
都銀貸出増加頓に対しては︑貸出査定︑貸出増加額規制︑ポジション指導などの形で窓口規制を行なっている︒
したがって︑コール・レートの動きが運営目標となっていたのである︒
ところが︑昭和四八︑四九年の狂乱物価といわれたインフレーションとそれに続く不況の中で︑運営目標とし
てのマネー・サプライが重視されるようになった︒その理由として︑世界的インフレーション︑欧米におけるマ
ネー・サプライ重視の傾向もあるが︑従来はマネー・サプライの大勢が銀行貸出増加額によって決まっており︑
都銀貸出増加額とコール・レートをコントロールすればよかったのであるが︑昭和四六年の大量の短資流入︑四
七年以降の大量の公債発行などの要因も大きくなった︒とくに過剰流動性問題が大きな反省をもたらしたのであ
る︒マネー・サプライが分析されるようになったのは︑﹃日銀調査月報﹄でいうと昭和四八年二月号﹁日本にお
叫 けるマネー・サプライの増加について﹂以降である︒
何故マネー・サプライが重視されるようになったかの最大の理由は︑﹃日銀調査月報﹄昭和五〇年七月の﹁日本
におけるマネー・サプライの重要性について﹂において示されたように﹁日本では︑マネー・サプライと経済活
動との間に︑統計上かなりの相関関係が認められ︑とくに咄残高が変動すると︑数四半期後の物価も同じ方向へ
変動するという共変的な関係は︑三〇年代〜四〇年代を通じて観察される﹂ことに求められる︒とくに︑仙︵現
金通貨と預金通貨の合計である仙に定期性預金を加えたものとして定義される︶というマネー・サプライ概念が︑金融政
策上最大目標である物価と安定的な関係をもつからに他ならない︒前節において︑戦後の金融政策の推移をみた
が︑引締政策の目標としては国際収支を重点にしたことが多く︑物価安定を意図したのは︑三〇年代に一度例外
的に予防的に引締措置がとられたことを除けば︑経済成長パターンが変化した四〇年代それもその中葉以降のこ
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とであり︑とくに円フロート以後国際収支の均衡という政策目標から金融政策が相対的に解放され︑物価安定が
金融政策の重点目標として採り上げられることに支障がなくなったからである︒
ところが︑マネー・サプライは第一図に示されているように非銀行民間部門の金融変数であり︑運営目標とい
っても操作目標よりも達いところにあり︑直接的に制御できるものではない︒第三図を参照しよう︒第一図を日
本の現実に即して描き換えたものだが︑従来は仙︵非銀行民間部門の流動性︶は小さく︑都銀貸出とコール・レー
トを制御しておけばよかったが︑非銀行民間部門の手許流動性が豊かになり︑銀行組織の貸出以外に仙の増加要
因がふえてきたといえるので︑仙重視となったことを示す︒この図でも明らかなように仙は政策目標に直接影響
する変数であるが︑政策手段により直接的にコントロールできるものではない︒物価重視といっても︑物価は経
済メカニズムの中で内生的に決定されるのであり︑仙も同様に内生変数である︒さらに二百しておけば︑咄︵そ
して隅︶は観測可能な貨幣量であり︑貨幣の供給量という概念とは区別されることに注意を要する︒実現された
値としての貨幣数量を運営目標とするということは︑貨幣の供給量を操作することではないし︑またそれが可能
であるということでもないしたがって︑咄をいかにコントロールするかという方策か重奏であり︑そこに有効
性が認められなければ政策効果は弱いものとなってしまう︒その意味で︑長渾︹n︺の﹁日本銀行の金融政策
は︑利子率等の操作によって貨幣に対する需要の側の要因に働きかけ︑しかも貨幣数量咄を規準としてそれを実
行するという・困難な裁量的貨幣政策を続けるほかはないであろう︒・Iゅ卿脅Iそれは貸出および預金利子率の最高限度
を公定歩合の上下適当な高さに法定し︑この二つの法定最高限度を公定歩合と連動して変動させるように定める
というようなことになるのではあるまいか﹂という主張は首肯される︒
四 窓口規制の意味
−︱費用便益分析の適用II
前節で示したように︑わが国の金融政策の出発点においては︑日銀の信用割当が重要な意味をもっている︒と
くに︑低金利政策が採られているので︑その役割が金融政策上重視されるのである︒この日銀の信用割当は広く
﹁窓口規制﹂︵日銀サイドからは﹁窓口指導﹂という︶と呼ばれるが︑その中味は鈴木︹13︺によれば︑﹁日常の資金
如 繰り指導﹂と﹁貸出規制﹂に区別できるが︑金融政策上積極的な意味をもつのは﹁貸出規制﹂である︒﹁日常の
資金繰り指導﹂は︑各銀行の毎日の資金収支尻を把握して︑それに対しどの程度の日銀貸出を割当てるかという
もので︑各行の資金収支尻が手形交換尻の決済など日々の資金繰り変動要因の結果であり︑いわば銀行の貸出行
動と預金吸収活動の結果として考えられるものである︒これに対し﹁貸出規制﹂は﹁貸出査定﹂﹁貸出増加額規
制﹂﹁ポジション指導﹂などの形をとっているが︑市中銀行の将来の貸出計画を聴取し︑その貸出増加額を査定
−293−
するものである︒
銀行は資金計画をたて︑とくに四半期資金計画によってその貸出計画額を決定するといわれる︒この貸出計画
額はその決定前に日銀の承認を受けており︑逆にこの承認を通じて日銀は貸出増加額を査定し︑規制している︒
これは道徳的説得として行なわれるわけで︑日銀の要請する貸出水準がその銀行にとって利潤極大を導くかどう
かは判らず︑もっぱら政策的判断によるものである︒したがって︑銀行がこの説得に従うかどうかは判らない
し︑銀行側に守る意志がない限り有効ではない︒しかし︑各行ともこれに従うようである︒というのは︑その査
定を守らないと日銀による日銀貸出の回収︑貸出期間の短縮化などの不利益をこうむり︑極大利潤を減ずること
になり︑とくに都市銀行間では競争意識が強く︑横並び意識が強いので︑日銀の承認した貸出計画額を守るかぎ
り他行並みの収益が得られ︑また資金不足に際して日銀から借り入れられるので満足するのである︒都銀間では
同規模の銀行同士追い抜こう・として争っているが︑それは同規模の他行に負けられないという意識︑あるいは同
帥 規模の他行ならがまんするという横並び意識が作用するからである︒
それでは︑日銀は貸出増加額規制をいかなるルールにより行なっているのであろうか︒日銀は貸出増加額の総
枠と各行ごとの枠を決定しているわけだが︑総枠を各行に割振るときの基準は︑各行の貸出残高が都市銀行総貸
出残高に占めるシェアに各行の資金ポジションの良否を加味したものであるという︒しかし︑この枠については
斡 その決定に当って合理的基準がない︑という欠点をもっている︒また︑窓口規制の対象となっている銀行間のシ
ェアが固定化されてしまう傾向があり︑競争に対し悪影響を及ぼす︒
合理的基準をもたない政策手段がわが国で有効であるとは奇異であるが︑それに対して一つの解決策を与えた
い︒すなわち︑政策の社会的な利害得失を評価する手法として費用便益 析がある︒費用便益分析はあるプロジ
ェクトの適切さ・望ましさを政策的観点から評価する分析手法であるが︑プロジェクトとしては公共投資が対象
とされることが多く︑公共投資の配分基準としても活用されている︒前述のように貸出増額規制の制約をう・ける
各銀行の貸出計画はまさにこのプロジェクトに相当すると考えられ︑日銀という政策当局がそれらのプロジェク
トに対しその社会的利害得失を評価しているのだと理解できよう︒本論では︑具体的な評価の方法等については
ふれる余裕がないし︑便益・費用の計測も容易ではないので割愛するが︑貸出計画それ自体が貨幣額で表示され
ており︑何らかの基準を適用することにより分析することができよう︒あるいは︑すでに日銀は暗黙にこの手続
を踏んでいるのかもしれないのである︒
︵追記︶ 参考文献︹12︺の利用については大友立也教授の御厚誼による︒感謝申し上げたい︒また︑四節のアイデアにつ
いては杉山武彦助教授の教示によるところが大きい︒
なお︑本論は昭和五〇年度信託研究奨励金受贈研究﹁わが国の金融組織の機構と機能︱長期金融機構を中心に
ー︵共同研究︶﹂の一部を構成する︒