はじめに
本稿は知的障害特別支援学校の高等部に通学する児童養護施設等の入所生の現状と課題を 明らかにし,今後の社会的養護及び特別支援教育の改善に資するための一報告である。教育 現場サイドからの聞き取り調査を通して,児童養護及び特別支援教育が共通して抱える課題 改善への一助としたい。
高等部単独設置校である埼玉県立のA知的障害特別支援学校(以下「A校」と表記)の現 状と課題を中心に報告し,併せて児童福祉施設入所児童生徒が在籍する他の知的障害特別支 援学校 3 校における聞き取り調査よる情報を参考に今後の在り方を探った。
注 本稿では教育現場での指導を踏まえ, 6 歳から12歳まで(小学生)を「児童」,12歳から18歳 まで(中学から高校卒業時まで)を「生徒」と表記した。
ここで取り上げる課題は児童養護と特別支援教育という福祉と教育の双方にかかわってい る。しかし,これまで学校と児童福祉施設間での個々の連携の努力はうかがえるものの,教 育行政及び福祉行政間の機能的連携の姿は必ずしも見えてこない。心身の発達と生育環境に 課題を抱えた生徒の自立と社会参加というノーマライゼーションの理念の実現は喫緊の課題 である。
次の項目を中心に面接調査を行った。
① 児童養護施設等に入所し,中学校の通常の学級及び特別支援学級に在籍する生徒が,
中学校卒業時点での進路として通常の高校ではなく知的障害特別支援学校高等部を選択 する理由は何か。
② 入所生の進路選択が本人の能力,適性,意欲,志望が最優先されて行われているか。
③ 通常の高校か,特別支援学校高等部かの進路選択は生徒本人の自己選択,自己決定の
第 3 章 児童養護施設等から通学する知的障害特別支 援学校の生徒の実態
―
高等部単独設置のA校を中心として―
IssuesofSpecialNeedsHighSchoolStudentswithIntellectual DisabilitieswhoareCommutingfromFosterHomes:
withaFocuson “ A ” SpecialNeedsHighSchool 堺 正一
*ShouichiSakai
*立正大学社会福祉学部社会福祉学科
キーワード:知的障害,児童養護施設,特別支援学校,高校進学,就職
機会が保障されたうえで自由意思に基づいてなされているか。
④ 進学する知的障害特別支援学校についての十分な情報が提供され,そのうえで進路選 択がなされているか。それとも児童施設サイドの卒業後の思惑に主導され,本人の意思 とは別の進路選択・決定がなされてはいないか。
⑤ 入学後の生徒指導上の課題解決のために,学校及び保護者・施設による事前事後の適 切な支援がなされているか。
厚労省の「社会的養護の現状について(平成24年 9 月版)」によると,社会的養護を必要と する児童においては,障害等のある児童が増加しており,児童養護施設においては平成20年 が23.4%(昭和62年が8.3%)と,約10年間に「障害有り」が 3 倍近くになっている。本来は 障害児が対象ではない児童養護施設等に,知的発達の遅れやいわゆる発達障害の傾向を示す 児童生徒の入所が増え,教育現場においても新たな課題となっている。
各種の障害児施設に入所している学齢児童生徒は特別支援学校に通うのが一般的である。
一方,児童養護施設はさまざまな理由から児童生徒が保護者から離れて一時的に生活する施 設であり,子どもの心身の障害を前提とはしていないため,就学先は多様である。
発達障害だけではなく知的障害の疑いのある入所児童生徒が,小中学校の通常の学級,特別 支援学級,さらに特別支援学校に通学している。また家庭での虐待等が入所理由であるため,
高校卒業時点で退所しなければならない生徒は自宅に戻ることに困難が伴うケースが多い。
そのため,卒業後の自立のためには就職及び住居の確保をワンセットで支援する必要があ り,高校卒業後の進路を見通して,自宅通学生とは異なる対応が求められている。
1 .A校の聞き取り調査の概要
A校に在籍する児童福祉施設入所生について,入学,生徒指導,進路・生徒指導上の課題 を,教育及び福祉の両面から質問し,回答を得た。インタビューでは個別のケースだけでは なく,教育行政及び福祉行政の現状と課題もテーマとして取り上げた。
① 聞き取りした学校:高等部単独設置の埼玉県立の知的障害特別支援学校
② 面接応対者:管理職 1 名 学年主任 1 名 学級担任 1 名 計 3 名 *聞き手:筆者
③ 面接日時:日時 2012年 8 月22日(水) 14:00-16:30
④ 聞き取りの内容:A校に通学する児童福祉施設等入所生徒の現状と課題 2 .A校の概要
① 設置 平成19年 4 月に高等部単独設置の埼玉県立の知的障害養護学校として開設
② 学校教育目標 個々の生徒の能力や特性を踏まえ,社会生活・職業生活に必要な知識・
技能・態度を養うとともに「生きる力」をはぐくみ,社会の一員としての自覚を持ち,
ゆとりある充実した生活を送れる人間の育成を図る。
③ 学校経営の方針の例
職業教育に重点を置き,100パーセント就労を目指した特色ある教育課程の編成・実施
④ 対象の障害種及び程度
埼玉県内に居住し,知的障害の程度が比較的軽い者で,自力通学が可能な者
⑤ 生徒募集定員及び学級数 定員: 1 学年80名× 3 学年 =240名
学級編制等:現在 1 学級10名編制 24学級 (参考 専任教育職員数 86名)
*高校定数法上,公立特別支援学校高等部の学級編制基準は 1 学級 8 名
⑥ 設置学科: 4 職業学科(各学科とも 2 コース制)
生産技術科(農園芸コース・フードデザインコース)
工業技術科(木工コース・インテリアコース)
家政技術科(福祉コース・服飾デザインコース)
環境・サービス科(環境コース・メンテナンスコース)
⑦ 受験資格:療育手帳の取得者で自力通学ができる者
療育手帳の提出ができない場合は,それに代わる知的障害者である旨の医師の診断書 の写しを提出 (*「平成24年度生徒募集要項」)
3 .施設入所生の概要
(*聞き取り及び平成24年度学校要覧,学校案内,募集要項,ホームページによる)
A校には,児童福祉施設からの入学生が全校生徒の約 5 %(13名)いる。そのうち知的障 害児施設からは 1 名だけである。情緒障害短期治療施設経由で中学校卒業時に児童養護施設 に移り,入学してきた生徒が 1 名,他に中学校卒業時に児童自立支援施設を退所し,自宅に 戻った者 3 名である(表 1)。なお埼玉県における情緒障害短期治療施設内の特別支援学校の 分教室には高等部は設置されていない。
軽度の知的障害者である生徒を対象として,卒業後100%の就業を目指している学校であ る。通学区は埼玉県全域であり,入学者は全員が中学校の特別支援学級か通常の学級からの 進学者で,知的障害特別支援学校の中学部からの進学者はいない。
入学の条件は,①原則として自宅からの自力通学ができること(スクールバスの配車はな い),②療育手帳(知的障害者のための手帳で,埼玉県では「みどりの手帳」)の所持者であ ることである。埼玉県内に居住していれば,居住地による入学の制約はない(表 2)。
児童養護施設に入所中にA校への進学を決定し,中学校卒業と同時に施設から自宅に戻り,
自宅から通学する傾向が見られる。しかし,多くが保護者による虐待が入所理由であり,必 ずしも家庭環境の改善による退所ではなく,親子関係に課題を抱えたままのケースもある。
それぞれの生徒に多様な生育歴があること,また埼玉県全域から通学してくるため,片道 1 時間半から 2 時間以上の遠距離通学者も少なくないことから,A校が一律に家庭等訪問を
するのは難しく,自宅通学生と同様に個別に対応せざるを得ない。
知的障害児施設等と高等部単独設置校以外の特別支援学校との間では,通学区が狭く,特 定の施設に集中して児童生徒が入所しているため,定期的に施設と学校との情報交換の機会 を設けられている。しかし,A校では県内全域が学区であるため,施設と定期的な情報交換 の機会を特別に設けてはいない。そのため自宅通学生と同様の対応をしている。
4 .聞き取りの内容
⑴ A校への進学決定に関わる現状と課題
・進学先決定に際して,生徒の自由意思による選択・決定がなされていないと疑われるケー スが見られる。
・中学校の教師,施設関係者,保護者の主導で学校選択が行われ,生徒本人が特別支援学校 であることを理解し納得せずに入学した場合,入学後に不適応を起こし不登校,中途退学
表 1 A校に在籍する施設入所生徒の療育手帳の取得状況と障害の程度 療育手帳1 ) A(重度) B(中度) C(軽度) 未取得 備考
在籍801 年生 0 人
( 0 %) 3 人
(3.8%) 68人
(85.0%) 9 人2 )
(11.2%)
・知的障害児施設: 1 人
・児童養護施設: 6 人
(うち 1 人は入学時に情緒 障害短期治療施設より児童 養護施設に移る)
在籍802 年生 0 人
( 0 %) 9 人
(11.3%) 60人
(75.0%) 11人3 )
(13.7%) ・児童養護施設: 2 人 在籍783 年生 2 人
(2.6%) 4 人
(5.1%) 62人
(79.5%) 10人4 )
(12.8%) ・児童養護施設: 3 人 計238 2 人
(0.8%) 16人
(6.7%) 190人
(79.8%) 30人
(12.6%) 施設入所者数の合計
=11人(4.6%)
注 1 療育手帳の障害の程度は,都道府県によって異なる。埼玉県では,重いほうから順に,Ⓐ・
A・B・Cと呼んでいる。A校にはⒶは 0 人である。
注 2 「 1 年生・未取得者 9 人」=療育手帳の写しに代えて「知的障害」との医師の診断書の提出者 のうち,精神障害者保健福祉手帳のみ(不登校等) 2 人,身体障害者手帳のみ 1 人,中学校 卒業時に児童自立支援施設から自宅に戻った者 1 人
(*他に療育手帳と精神障害者保健福祉手帳の両方を所持している者 1 人)
注 3 「 2 年生・未取得者11人」は療育手帳の写しに代えて,医師の診断書の提出者 注 4 「 3 年生・未取得者10人」は療育手帳の写しに代えて,医師の診断書の提出者
表 2 A校生徒の居住地
生徒の居住地区 主な市町村 居住地区の生徒数の割合
東部地区 ◎春日部市・越谷市・三郷市・草加市他 約22%
西部地区 川越市・所沢市・富士見市・◎日高市他 約19%
南部地区 ◎さいたま市・川口市・上尾市・蕨市他 約54%
北部地区 熊谷市・行田市・北本市・鴻巣市他 約 5 %
◎印は通学生のいる児童養護施設所在地
したケースがある。
・この課題改善のため,現在では「入学志願者は出願手続きの前に,事前相談を受けること」
を義務づけている。応募時にA校が知的障害者の学校であり,通常の高校とは教育課程等 に大きな違いがあること,及びA校で学ぶことのメリットを個別に生徒に説明し,受験者 は納得のうえで入学してくること(インフォームド・コンセント)を重視している。
① 事前説明と納得の徹底
応募前に受験生及び保護者等とA校の教員とが,それぞれ 2 者面談を行い,A校の実 情を生徒本人に説明するとともに,生徒自身および保護者等が通常の高校との違いを理 解し,納得の上で受験させる努力をしている。
② 不適応者の減少
事前の個別面談実施の結果,かなりの改善(中途退学者の減少等)が進み,意欲をもっ て学習する姿が見られるようになってきている。
③ 療育手帳(緑の手帳)の取得の意義
障害者雇用制度を活用することを前提とした進路指導であるため,療育手帳を持つこ とは不可欠である。A校は知的障害者を対象とした特別支援学校で,知的障害者以外は 入学できない。一方,表 1 に見られるように一部の生徒は療育手帳を取得せず,それに 代わるものとして医師による診断書という便法によって入学を許可されている。しかし 入学後の療育手帳取得の申請手続きは必ずしも順調に進んではいない。
④ 療育手帳未取得の背景
療育手帳が入学条件であることを考えると,入学後も未取得者がいるという事実は,
手帳取得に戸惑いのある保護者の存在をうかがわせる。保護者の中にはA校に入学させ ようとは決心しものの,「知的障害者」という我が子へのラべリングに抵抗をおぼえてい る様子が想像できる。すでに手帳を取得した保護者中にはA校に子どもを入学させたい ために,不本意ながら療育手帳を申請したケースもあろう。
しかし,療育手帳の取得は入学(入口)より,むしろ進路(出口)指導上就職を有利 にするために不可欠の課題である。厳しい雇用情勢の中,一般雇用では難しく,障害者 雇用制度を活用することになるが,そのためには療育手帳が必要だからである。取得生 徒の約87%(未取得者を含めると75%)の障害の程度が一番軽い「C」であることから も,雇用以外には福祉面でのメリットは少ない。(表 4)
⑵ 願書提出前のA校による説明の徹底
受験生および関係者(保護者・施設職員,中学校教員等)に次の説明と確認を行っている。
① 知的障害者対象の学校であること
② 職業教育を重視した教育課程であること
③ 学校の方針等の共通理解の重要性
⑶ 就労100%を目指す高等部単独設置校への人気
表 4 の入学試験の倍率に見られるように,埼玉県内高等部単独設置校及び高校内分校(高 等部のみ)の人気が高い。A校の志願倍率も1.7~1.9倍で推移している。人気の原因は①高い 就職率 ②少人数による丁寧な指導 ③職業教育の充実と進路保障 ④スタッフの専門性,
施設設備の充実等である。
⑷ A校に受験生が集中する原因
① 高校に特別支援学級が設置されていないこと
学校教育法上は設置が認められている高等学校の特別支援学級が,現実には設置されて いない。そのため,自閉・情緒障害児学級に在籍の生徒が,やむを得ず就職率の高い知的 障害特別支援学校の高等部への入学を希望することになる。
② 障害及び特別支援教育についての理解啓発
軽度の障害の子どもをもつ保護者が,将来の子どもの自立および幸せを最優先に考えて,
学校を選択するケースが増えてきている。
⑸ A校等の入学試験に不合格になった場合
入試倍率が高いために,不合格になった受験生は他の知的障害の特別支援学校に入学する ケースが多い。中には,やむを得ず通常の高校(昼間制,夜間制,通信制)に入学するケー スも見られる。しかし,入学はしたものの,そこで一人ひとりの生徒のニーズに合った指導 がなされる保障はなく,表 3 に見られるように高校を中途退学した2,550人の中には,自閉 症・情緒障害学級等に在籍していた生徒等が,不本意に高校進学し,通常の学級の中で挫折 したケース含まれていると思われる。
埼玉県の知的障害特別支援学校高等部(県立,市立,国立合計)の平均就職率が,平成21 年度が約36%,22年度が約32%(表 4の 5 校の卒業生を含む)と比較すると,A校の就職率 90%強(表 5)が極めて高いことがわかる。一般の知的障害学校の中学部に子どもを在籍さ せている保護者中には,高等部段階では一般の知的障害特別支援学校ではなく,表 4 の 5 校 に入学させたいという声もある。しかし,現実には入学者のすべてが中学校(通常の学級,
知的障害及び自閉症・情緒障害特別支援学級)の卒業生に占められ,入学させることは困難 である。
表 3 平成22年度の埼玉県の県立・市立高校の中途退学者数(通信制は除く)
全日制高校 1,724人 前年度比 △239人 定時制高校 826人 前年度比 +138人 全定合計 2,550人 前年度比 △101人
⑹ 卒業後の就職と住居の確保
自宅通学生の保護者も児童養護施設等の職員も「どうかして障害のある子どもを自立させ たい」という思いは同じである。しかし児童養護施設に入所している児童生徒,特に高校卒 業後自宅に戻ることが困難な事情をかかえた生徒にはいっそう切実な問題であり,施設関係 者にとっても最大関心事の一つである。
卒業時にはアパートや社宅などの住居が保障される就職先を確保しなければならないから である。施設側が就職率の高いA校に入学させることによって,退所後の自立を願って,表 4 の学校に入学させ,卒業後の社会自立,職業自立を最優先に考えるのも当然の成り行きで ある。
施設関係者が,本人の自己選択に優先して,就職に有利であるA校等への入学を主導する 理由はここにある。
⑺ 入学選考の課題 A校の入学選考方法
学力検査(国語・数学),運動能力検査,作業能力検査,面接,中学校長等が作成した入 学志願者調査書に基づいて総合的に選考を行う。(同校平成24年生徒募集要項)
表 4 以外の埼玉県立の知的障害特別支援学校の高等部入学試験は,形式的な定員はあるも のの,入学試験の成績による「合否」というよりも,現実には受験生の知的障害特別支援学 校で学ぶのが「適」か「不適」で判断され,適と判断されれば,希望者全員が合格になる。
表 4 平成24年度入学生募集人員及び志願者数等 ( )内の数字は2011年度
学 校 名 一学年募集人員 志願者数 倍率
A校(高等部単独設置校) 80( 80) 146(135) 1.83(1.69)
B校(高等部単独設置校) 40( 40) 57( 79) 1.43(1.98)
C特別支援学校高校内分校 16( 16) 33( 24) 2.06(1.50)
D特別支援学校高校内分校 16( 16) 29( 31) 1.81(1.94)
E特別支援学校高校内分校 16( 16) 35( 32) 2.19(2.00)
計 168(168) 300(301) 1.79(1.79)
*高校内分校 3 校は県立高等学校内に近隣の特別支援学校の分校として設置された軽度の知的障害 者対象の高等部単独設置で, 1 学級 8 人編制
表 5 A校卒業生の就職率
19年度 20年度 21年度 22年度 23年度 合計
卒業生数 15 28 58 77 76 254
就職者数 14 28 56 71 68 237
就職率 93% 100% 100% 92% 89% 93%
一方,表 4 の 5 校については定員が厳格に守られ,入学試験の結果,成績の上位から合格 することになる。
A校に子どもを入学させたいという親の思いを背景に,これらの学校の受験者向けの進学 塾があるという。A校の入学試験対策の専門コースを学習塾が設けている。そこでは過去の 入学試験を分析し,合格に向けて指導を徹底し,試験当日は塾の教師が学校の門の外で待機 している光景も見られるという。この種の学習塾の存在は親の子どもの将来の職業自立への 熱い思いを反映している。
入試において中学校の通常の学級の生徒や知的障害を伴わない自閉・情緒障害学級の生徒 との競争に加わるとなれば,保護者が塾での受験対策に子どもの将来を託するのもうなずけ る。
⑻ 在学中の生徒指導の現状と課題
① 学校への愛着について
A校の教育課程は,知的障害者の教育課程であるため通常の高校の教育内容とは大きく 異なる。そのため,中学校時代の仲間との共通の話題がもちにくいことが原因で,自分の 学校への愛着が持てずに,高校に通う中学校時代の友人と行動することが多くなり,不登 校,怠学など学校生活に適応できない者いる。特に同じ施設で共同生活する入所生の場合,
自分が通う学校に対して嫌悪感を抱くケースである。
中には「特別支援学校」という学校名や「知的障害」という障害名に反発し,学校生活 になじめないケースもあり,生徒指導上の課題になっている。
② 教育課程の違いから生じる高校に通う友人との人間関係
中学校時代の友人たちと違い,特別支援学校の生徒であるということが,学習意欲の面 でもマイナスの影響が見られる。
一方,中学校時代にリーダー的立場に立つ経験が少ない生徒がA校に入学して初めて各 種場面でリーダー的役割を果たし,達成感,自己有用感,自尊心を高めることができると いった成果をあげている。
③ 劣等感から解放し,自己有用感を高めるための対応
施設入所生は恵まれない家庭環境に加え,学習面,生活面で自信が持てない生徒が多い ことから,わかる授業を通して,学ぶ喜びを体験させ,自信を持たせることが大切である。
A校はすべての生徒に「わかる・できる」授業づくりを推進し,生徒が自分自身に自信を 持ち,自分の学校への愛着心の涵養に努めている。
④ 職業自立,経済自立,社会自立に向けての対応
100%の就業を目指していることが,多くの受験生がA校を選択した主な要因である。社 会に出てすぐに役立つ職業教育・就業体験・就労支援・地域との関わりに重点を置いた指 導をするため,職業学科さらにコース制をしき密度の高い指導をしている。完成度の高い
製品の生産と地域での高い評価を通して,学習そのものが生徒にとって喜びとなり,自信 につながる教育課程の作成と実施に主眼を置いている。
⑤ 通学時間及び通学経路
就職するためには,自力で通勤できることが前提となる。「自力通学」が入学の条件と なっており,全生徒が公共交通機関等を利用して通学している。社会自立への訓練の機会 になっている。
遠距離通学生が多く(表 2),電車・バスの乗車時間だけでも通常 1 時間以上はかかり,
2 ~ 3 回の乗り換え時間を入れると 2 時間前後の通学時間も珍しくはない。乗り換えのた めの時間をいかに過ごすか,その自律的な行動も課題の一つである。一般乗客,同世代の 高校生と乗り合わせるため,社会人としてのマナーを身に着けることも目指す生徒像の一 つとして掲げられている。
⑼ 学校生活における現状と課題
① 学校になじめないグレーゾーンの生徒の指導上の課題
過去には,学校生活になじめず,中途退学したケースもあったが,現在はかなり改善さ れているという。
「埼玉県立特別支援学校 ○○△△」というのがA校の正式名称である。そのため,公式 に校名を用いるときはフルネームを用いることが通例である。「○○△△」という略称では なく「特別支援学校」という部分に抵抗を感じている生徒がいるという。
例えば,公用の封筒に「特別支援学校」と印刷されているために自校の封筒を持ちたが らないなどである。公簿上はともかく,障害者であることをあえて明示しなくとも,「○○
△△」という通称だけを用いるなどの配慮が検討されてもよいと思われる。
② 福祉施設入所者の ADL(日常生活動作)について
特に自宅通学生と施設からの通学生(施設入所経験者を含む)との間に,生活態度等に ついて目立った違いは見られない。しかし,いわゆる日常生活に関して,明らかに施設で の生活を経験している生徒の方が知識・技能・態度・習慣が身についている。
例えば,掃除,洗濯,衣類の整理,料理,報告・連絡・相談等である。A特別支援学校 には給食はない。すべて弁当持参であるが,ほとんどは保護者が作ったものを当然のよう に持ってきている。しかし,施設入所経験者の中には,毎日自分で弁当を作ってくる生徒 もいる。
生徒にとって昼食は最大の楽しみの一つであり,人間関係形成の機会であり,楽しいひ と時でもある。保護者が工夫を凝らした弁当,手の込んだものも珍しくはない。施設から 通う生徒の中には自分で作った弁当を持参しているが,自宅通学の生徒のものに見劣りす るものではない。生徒への自信につながっているようである。
卒業後,親元に戻らず,就職してアパートで自立していくことが求められ生徒にとって,
施設入所中に自然に身についた ADL の力は,生きる力そのものといえる。
5 .現状と課題
A校に通う児童福祉施設入所生(中学校卒業を機会に自宅に戻った生徒を含む)の入学ま での経緯,入学後の学校生活,卒業後の就職に向けての課題に目を向けてきた。知的障害の ある生徒の自立と社会参加に向け,100%の就職率を目標としているA校の運営は各種の課題 を抱えつつも,順調になされ,生徒本人及び保護者の期待に一応は応えられているといって よい。
これまで述べた現状を踏まえ,課題に目を向けてみたい。
⑴ 入学の手段としての「療育手帳」取得
入学の条件が「軽度の知的障害のある者」であることから,中学時代までは自閉症・情緒 障害として指導を受けてきた生徒たちを,知的障害特別支援学校がいかに受け入れ,指導し,
社会に送り出すか,が課題である。特に児童養護施設等の入所者は家庭での虐待が原因であ る場合が多く,低学力の原因が知的障害によるものか,発達障害の 2 次障害によるものか,
単なる恵まれない生育環境に起因するものか,の見極めが難しい。
⑵ 入所生の保護者支援
発達障害の症状を示す生徒の中には,わが子の養育に窮した保護者が虐待に及んでしまい,
その結果が発達障害の傾向や低学力を増幅させているのか判断しかねるケースが多い。いず れにしても,生徒の健やかな成長を保障するには,生徒への指導に加え,保護者への支援は 不可欠である。しかし,特に虐待が原因で施設に入所している生徒については,通常は保護 者に代わる施設とのやり取りに終始し,保護者と学校との直接の接点は限られるというのが 課題である。
高等部卒業時点で施設を退所しなければならない生徒は,保護者のもとに戻るか,就職し て住居を確保して自立するかの二者択一を迫まわれている。前者の場合,親子関係の改善が 前提となり,好ましいことであるが,在学中に学校が保護者に対して,卒業後の生活に必要 な情報提供や支援が十分できていないという限界がある。一方,自宅通学生の指導では, 3 年間の在学中を通して卒業後の生活の準備を保護者とともに考えるのは,一般的なことであ る。
⑶ 児童養護施設の進路指導の視点
施設関係者は高等部卒業段階で入所生を手放さざるを得ない現実から,いかにして自立(独 立)した生活ができるようになるか熟慮の末,知的障害のボーダーライン上にあるか,また は二次障害による低学力である入所生の進学先として知的障害特別支援学校をすすめざるを
得ない現実がある。同程度の学力であっても,自宅からの通学生であれば,あえて知的障害 特別支援学校を進学先に選ばないことも考えられる。
⑷ なぜ生徒の学習の場は知的障害特別支援学校高等部か
小中学校の通常の学級や,自閉症・情緒障害特別支援学級に通う児童生徒の中には,自分 自身が「知的障害者」という自覚などまったくない生徒,自分の子どもが「知的障害」とは 考えていない保護者も多い。表 1 によるとA校ですでに療育手帳を取得している91%の生徒 の障害の程度は,一番軽い「C」ランクであり,入学させたいがためにあえて取得したもの と推測される。Cランクでは,障害者雇用制度の利用を除いてあまりメリットはないからで ある。
施設入所生であっても,自宅通学生であっても,就職難という現実を考えたあげく,就職 に有利と思われる知的障害の特別支援学校に入学させる手段として,不本意にも療育手帳を 申請することになるという実態は,表 1 からも明らかである。これは療育手帳に代えて知的 障害を証明する医師の診断書を提出して受験させている保護者が少なくないことからもうか がわれ,自閉症・情緒障害という必ずしも知的障害者とは言えない生徒の進路先としては疑 問が残る。
⑸ 知的障害を伴わない特別支援学級生徒の進路先
国立特別支援教育総合研究所の調査(「小・中学校における自閉症・情緒障害等の児童生徒 の実態把握と教育的支援に関する研究-情緒障害特別支援学級の実態調査及び自閉症,情緒 障害,LD,ADHD 通級指導教室の実態調査から-研究報告書」平成20年 3 月)によると知 的障害を伴わない児童生徒が小学校情緒障害学級で全体の21.3%,同じく中学校では25.3%在 籍している。多くの高等部単独設置の知的障害特別支援学校は入学試験での成績順で合格さ せているため,これらの生徒も「知的障害」というラベルのもとに入学することになる。は たしてこれらの生徒の教育的ニーズにかなった学習の場なのかは疑問である。
その原因の一つは学校教育法と,実際の教育行政とのギャップにある。学校教育法上は,
高校等にも特別支援学級を設置できることになっているが,「高等学校学習指導要領」等に特 別支援学級の教育課程に関する記述がないため,実際には設置されていないことである。現 実には,小中学校の「自閉症・情緒障害学級」に在籍する児童生徒の進路先としては高校の 通常の学級か,知的障害特別支援学校高等部しか進路先はない。
多くの高等部単独設置の知的障害特別支援学校が,入学試験の成績順で合格させているた め,これらの生徒も就職率100%を意識して入学志願している。療育手帳を持たない者が入学 するため,主障害が知的障害であることがはっきりしている生徒が入学できなくなっている ことに異議を唱える保護者も出ている。
知的障害を伴わない発達障害の生徒に中学校卒業後の教育の機会が保障されていないため,
身近な知的障害の学校を選択している。果たしてこの現象を是としてよいか疑問が残る。
⑹ 他の知的障害特別支援学校との比較
A校と同様の目的で設立された県立B知的障害高等部単独設置校を訪問し同様の面接調査 を行った。6.5%( 9 名)の生徒が児童養護施設から通学しているが,現状と課題の概要はA 校とほぼ同様であった。なぜ自分が高校ではなく特別支援学校に通わなければならないのか 納得できず不適応を起こしているケースがあり,生徒指導上の課題になっている。
小学部,中学部,高等部を設けている通常のD知的障害特別支援学校に通学する児童養護 施設から通学する高等部生は7.0%( 9 名)で,A校とほぼ同じ人数が同じ施設から通学して いる。できれば表 4 のA校かB校等に進学させたかったが,不合格になったためにやむをえ ず上記 5 校以外の全入の特別支援学校に入学している。
おわりに
以上の面接調査の結果から,以下の問題点を指摘し,本稿を閉じたい。
⑴ 発達障害等の生徒の後期中等教育における機会均等の保障
知的障害ではなく発達障害等が原因で高校の通常の学級での学習に困難が予想される生徒 が,結果として知的障害特別支援学校の高等部を選択しなければならないのが現状である。
今回の面接調査で発達障害や虐待などが低学力の主たる原因になっていると思われる子ども たちの中学校卒業時の進路選択,特に児童福祉施設入所生の課題の一端が浮き彫りになった。
中学校までは自閉症・情緒障害特別支援学級で学んでいた生徒が,後期中等教育段階にお いて一人ひとりのニーズにあった教育の機会が制度上保障されているとは言えない。自閉症・
情緒障害の生徒が結果として知的障害特別支援学校に在籍せざるを得ない現実には変わりは ない。学校教育法に規定された高等学校の特別支援学級の設置を検討することは喫緊の課題 である。
⑵ 一人ひとりのニーズに合った施設入所生の後期中等教育の場の再検討
児童養護施設等の入所生が中学校卒業段階で,教育的視点ではない別の事情で進路決定を しなければならない現状は再検討の必要がある。後期中等教育段階で発達障害の傾向を示す 生徒を知的障害学校が当然のこととして受け入れることの是非である。
例えば,通常の高校に中学校と同様の自閉症・情緒障害特別支援学級を設置し,高等部単 独設置特別支援学校において行われている以上の自立と社会参加を目指す教育の場の設置を 検討する必要ある。
⑶ 福祉現場と教育現場の職員配置基準のギャップ
明らかな矛盾をはらみつつ,現行の教育制度のもとで,これらの課題に手が付けられない
原因として,福祉施設と教育現場の職員定数配置基準を最後にあげておきたい。児童養護施 設現場では,たとえこの課題に気付いていたとしても人的,時間的余裕がなく対応できない のが現実であろう。本来は障害児対象でない児童養護施設に,発達障害傾向を示す
“
困って いる子”
(“
困った子”
ではなく)が入所している実態に対応する職員の配置基準は適切か再 検討の余地があろう。(*小学生以上の子ども 6 人に対して職員 1 人となっている現行の基準 を子ども 4 人に対して職員 1 人が,現在提案されている。知的障害児入所施設は現行4.3人に1 人)
一方,特別支援教育においては,教員一人当たりの担任児童生徒数の全国平均は2.8人であ る。一概に比較することには無理があるにしても,福祉と教育の現場における人員配置の ギャップは大きく,支援を必要としている入所生のきめ細かな指導はむずかしい。職員定数 の改善は教育現場と同等の改善が必要であると考える。(*教師が児童生徒に直接責任を持つ のは,原則として登校から下校までの時間帯であることや,長期休業があることも考慮する 必要があろう。)
⑷ 知的障害特別支援学校の教室不足問題について
児童養護施設等からの知的障害特別支援学校への進学者の現状と課題を見る中で,図らず も高機能自閉症等の知的発達の遅れが伴うとは必ずしも言えない生徒の中学校卒業時の進路 選択の問題(等しく教育を受ける権利の保障)が浮かび上がった。
知的障害特別支援学校の教室不足が全国的に大きな課題になっているが,外部からの高等 部への入学者の増加が主な原因である。校舎の増築等で対応しているケースが全国的にみら れるが,この際,中学校の特別支援学級卒業後の後期中等教育の在り方に目を向け,高等学 校における特別支援教育の抜本的な見直しなしには,この課題解決はないことを提起してお きたい。
注
児童福祉施設等の入所児童生徒が通学している特別支援学校を訪問し,関係者に面接調査 を行ったのは下記の通りである。
・埼玉県東部地区の知的障害高等部単独設置の特別支援学校(訪問日:2010年 9 月 7 日)
・埼玉県西部地区の知的障害特別支援学校の分教室(訪問日:2011年 3 月 8 日)
※この分教室の障害種は病弱領域で,高等部はない。
・埼玉県東部地区の知的障害特別支援学校(訪問日:2011年 3 月28日)
・埼玉県南部地区の知的障害高等部単独設置のA特別支援学校(訪問日:2012年 8 月22日)