保険自由化の評価と消費者利益
⎜⎜ 損害保険業を中心に ⎜⎜
堀 田 一 吉
■アブストラクト
戦後保険業に大きな影響をもたらした 護送船団行政 は,保険市場の安 定的成長を保証してきた一方で,保険市場に非効率を生じさせる要因でもあ った。その弊害を改め,保険自由化・規制緩和への政策転換が図られた。保 険自由化後の保険市場をみると,①代理店販売チャネル改革,②市場集中 化・寡占化,③損害率の上昇,経費率の減少,④料率競争の進行,⑤国内事 業収益の相対的低下と海外事業進出への動き,などに顕著な変化が見られる。
しかし,保険自由化は,全体として消費者利益の増大をもたらしたが,その 配分は均等に及んだわけではなく,利益を享受できる者と,不利益を強いら れる者とが明確に選別された。本稿では,保険自由化が保険業(とくに損害 保険業)に及ぼした影響について,主として消費者利益の観点から評価をし つつ,今後の保険業の課題を述べる。
■キーワード
保険自由化,構造変化,消費者利益
はじめに⎜本稿の目的⎜
1996年の新保険業法が制定されてから,10年余りが過ぎた 。この間,保
*平成20年10月25日の日本保険学会大会(獨協大学)報告による。
/平成21年1月27日原稿受領。
1) 日本保険学会においても,保険自由化が導入されるにあたって,その課題と
険業界は,保険自由化が進んだ結果,激動の時代を過ごしてきた。保険料率 の自由化による料率競争の激化,外資系保険会社の躍進,新保険商品の登場 など,保険業界の競争は激しくなっている。
また,わが国の保険市場を取り巻く環境をみると,人口減少社会の到来,
経済のグローバル化,恒常的な低成長経済など,大きな外生的要因が影響を 及ぼしているが,保険会社は,環境変化に対処すべく,資本提携や合併など 業界再編成を活発に推し進め,また,海外事業展開に乗り出す動きも加速し ている。こうしたダイナミックな構造変化についても,保険自由化に少なか らぬ起因している。
本稿では,保険自由化が保険業(とくに損害保険業)に及ぼした影響につ いて,主として消費者利益の観点から評価をしてみたい。まず,戦後保険政 策の特徴を整理して,保険自由化への政策転換に至る経緯と必然性を考察す る。次に,保険自由化後の損害保険市場の構造変化について統計的分析を行 い,その要因を解明する。さらに,進展する経営戦略の多様化に関して,消 費者利益の観点からどのように捉えることができるかを考える。最後に,保 険市場を取り巻く環境変化を踏まえて,今後の保険業の課題を述べることに する。
2.戦後保険政策の転換と意義
2‑1 護送船団行政の功罪
戦後保険業に対する保険行政は,いわゆる 護送船団行政 という言葉に 象徴される。損害保険業では,その中心は,カルテル体制を容認した算定会 料率体制であった。この体制では,主要な保険料率は,全社一律に定められ,
料率競争は徹底的に排除されていたのである。保険業界全体の進度を最も経 営効率の劣る保険会社に合わせて調整して,全ての会社が存続可能な状態に 保持すべく行政指導が行われた。このような競争制限的な規制を行うことで,
展望を議論したことがある。日本保険学会(1996)を参照。
保険市場の安定性は保証されることになった。同時に,保険業界がその運用 資産を産業界や公共機関に長期資金として,安定的に供給し,国民経済の発 展に大きな役割を果たせるような枠組みを形成してきた。
しかし,こうした保険行政は,二重の意味で保険市場に非効率を生じさせ ていた。一つは,経営効率の悪い限界的保険者の存続を可能とするというこ とであり,もう一つは,効率的な保険会社に対してレント(超過利潤)を保 証したことである。保険契約者の観点からすると,これらのコストを代償と して,保険会社の破綻を回避することができたのであり,消費者は,決して 無償の保護を与えられていたわけではなかった。併せて,料率競争が制限さ れた結果,契約獲得競争あるいは非価格的サービス競争に集中され,無駄な 経営コストを支出することにもなった。
反面において,護送船団行政では,保険会社の経営者が,自主性,自律性 を喪失した。経営者にとっては,経営革新に対する意欲がそがれ,もっぱら 関心は,市場シェアの拡大を目標とすることになったのである。また,保険 会社に対して,保険料率,配当,商品開発など,画一的政策を押しつけたの である。このことは,市場原理ならびに自由競争を否定するものであった。
競争制限的規制を通じて,既存の保険会社,とくに大規模会社にレントを 保証したことは,セーフティネット機能を持たせることでもあった。すなわ ち,仮に,経営不振に陥った保険会社が発生したとしても,政府は,大手の 保険会社に救済させることを暗黙の前提としてきた。大手の保険会社には,
それが十分に可能なほどに経営体力が温存されてきたのであった。このよう な不透明な形のセーフティネットのメカニズムは,政府が直接的にセーフテ ィネットへ公的資金を注入することを不必要としていたので,一見合理的で あるようでありながら,実際にはその社会的費用は,保険契約者全体で負担 していたのである。
護送船団行政からの政策転換において重視されたことは,自由競争・規制 緩和を推進するための環境整備であった。それは,事前調整型行政から事後 監視型行政へという転換に伴うものであった。従来,横並び協調体制にあっ
た保険業界では,その体制から逸脱する企業行動を行政監視による規律を求 めるものであった。1990年代になって,経済のグローバル化が顕著となり低 成長時代を迎えると,競争力回復のために,保険自由化と規制緩和を基本と する事後監視型への政策転換を図ったのである 。そこでは,一般的な共通 ルールを定めた上で,そのルールが順守されているかについて事後的にチェ ックする。基本的な経営の自由を認めるが,そのルール違反に対しては,厳 重なペナルティを科すことで,企業に,自己責任原則の徹底と自己規律の確 保を強く求めるものとなる。
2‑2 政策転換(=保険自由化)への背景
こうした中で,保険自由化がすすめられることになった。保険システム改 革の目的は,金融自由化に対応した新たな市場構造を構築することであった が,それは3つの段階を通じて行われた。第1段階は,保険業法の改正であ る。1992年の保険審議会答申 新しい保険事業のあり方 を受けて具体化さ れたのが,1995年に成立した新保険業法であった。主な骨子としては,⑴規 制緩和による競争の促進(①生損保相互乗り入れ(第三分野,業態別子会社 方式),②募集(ブローカー制度の導入,一社専属制の見直し),③商品・料 率の規制緩和(算定会制度の見直し,届け出制の導入))⑵消費者保護(① ソルベンシーマージン基準の導入(健全性の維持),セーフティネット(保 険契約者保護基金)の創設),⑶公正な事業運営(透明性の確保,ディスク ロージャーの改善)という内容であった。
さらに,保険自由化への流れを決定づけたのが,第2段階としての日米保 険協議の合意(1996年12月)であった。1998年7月の 損害保険料率算出団
2) 事後監視型行政への転換は,企業行動を,行政だけでなく,市場や消費者も 一緒になって監視することを意図するものでもある。つまり,保険会社に対し てだけでなく,消費者自身にも自己責任の意識を持たせることも意図されてい た。この対策として,保険業法改正の結果,事前的措置としてソルベンシー マージン比率と,事後的措置としてのセーフティネットである支払保証制度の 2つが導入されることになった。
体に関する法律(料団法) の改正により,火災,自動車,傷害の各保険に ついて,算定会料率の使用義務は廃止された。これにより,保険規制のいわ ば象徴的存在であった算定会料率(=カルテル)体制が崩壊し,料率自由化 や商品開発に弾みを与えた。ただし,消費者保護や健全性確保に支障が生じ ることがないために,商品(保険約款)および料率の認可制は維持された。
そして,第3段階は,1998年の 金融システム改革法 である。これは,
保険自由化の最終段階というべきもので,金融サービス業における競争を促 進し,銀行法,証券取引法,保険業法を同時に改正した法律である。従来の 縦割り行政に大幅な変更が施され,銀行,証券,保険の相互参入が認められ ことで,業界再編成の動きが一気に加速した。巨大な金融グループが形成さ れる中で,保険業界においても,他業界との提携を含めて大きな変化をもた らした。
こうした政策転換がはかられたのには,これを推し進めた背景があったと 考えられる。すなわち,第1に,護送船団行政の非効率に対する認識の高ま りがあったことである。戦後保険業の発展に少なからず貢献をしてきた保険 行政は,学界内外においても指摘されていた。また,保険会社の 儲け過ぎ 論 も含めて,国民世論として批判の対象となっていた。第2に,保険業界 自体が保護行政を必要としない程度にまで成長したことである。十分に成長 を果たした保険業界にとって,保険行政がさらなる成長を阻害する要因とも なってきたのである 。第3に,保険市場の飽和化が見られる中で,保険業 界も新たな事業領域への進出を希望していたことである。英米で先行してい た金融自由化を受けて,付加地の高い金融保険サービスを提供することで,
金融機関としての地位の向上を目指そうとする意図があった 。第4に,保
3) 規制緩和論議の初期段階では,保険業界は,むしろ積極的に意見を述べ賛成 していたと思われる。庭田 (1990,p.92) において, 保険の高度発展を踏ま えて,保険業界と保険企業の実力が強大となり,保険行政を通しての干渉と支 配を撥ね返すまでに至った という見解が示されている。
4) 庭田 (1991,pp.26‑27) において, 保険企業の幅広い活動を可能ならしめ るためには,保険業界側と保険行政側の両方から,諸規制の緩和,自由化促進
険に対する消費者意識の高まり,さらに自身のニーズも多様化し,保険商品 開発に自由度が必要となったことである。高齢社会が進展する中で,老後保 障のニーズの高まりをはじめ,国民生活の高度化,価値観の多様化を受けて,
保険商品の柔軟性が求められていた。第5に,海外からの規制緩和・市場開 放の強い要求である。結果的に,保険自由化が進んだのは日米保険協議によ る合意であったが,この決着により,この路線は,後戻りができない状況に 至ったのである。
2‑3 保険自由化により期待された効果
規制緩和・保険自由化を進めることは,市場原理を導入することである。
市場原理とは,同質であれば価格の安いものを,また,同じ価格ならば高品 質のものが選択されることで,市場規律と効率性を図ろうとするものである。
ここでは,最終的に,消費者に商品選択を委ねる仕組みである。そして,企 業は,経営努力に応じた正当な報酬が認められることにより,効率化に向け たインセンティブをもたらすことになる 。
保険自由化により期待された効果を整理すると,以下のようになるであろ う。第1に,料率自由化により,保険料率(価格)の低下が期待された。そ のことは,経済的には,消費者余剰の拡大を意味することになる 。また,
保険供給の拡大を通じて,資源配分の効率性をもたらすものといえる。ただ し,保険会社にとっては,これまでのレント的な利潤が失われることになる 第2に,事業領域の拡大と保険市場の活性化である。保険業法の改正によ り,第3分野保険の相互参入が解禁され,また,販売チャネルの多様化がす
を図らざるを得なかった とある。
5)
Vickers
(1995,pp.3‑4) では,自由競争の意義について,次の4点を指摘 する。すなわち,①自由度の拡大,②競争企業数の増大,③共謀の排除(つまり 各企業独自の行動が可能であること),④企業努力に対する正当な報酬が認めら れること(逆にいえば,経営失敗に対するペナルティが科されること)である。6) カルテル料率と消費者余剰の関係性に関する経済学的考察については,
French and Samprone
(1980)ならびに堀田 (2003) 第7章を参照されたい。すめられた。この結果,既存の事業領域に新たな領域が加わったことになる。
第3に,新しい保険商品開発へ勢力が傾けられることになった。いち早く ニーズをキャッチすることで,開発利益を享受する可能性も期待されたので ある。このことは,消費者にとっては,ニーズに適応した保険商品を選べる ことにもなる。従来まで,画一の保険商品しか提供できなかった保険会社に とって,独自性を発揮した商品開発が認められることになる。
第4に,保険自由化により,多様な保険商品が登場するに伴って,消費者 の意識自立意識が高まることになれば,民間による自助努力を促すことにな り,それは,保険自由化による副次的効果といえるだろう。
第5に,行政コストの軽減である。これは,行政認可に関する機会コスト の節約という意味を持つものである 。これまでの事前調整型の行政システ ムでは,企業自身の自己責任・自己規律という概念が乏しく,また,業者と 政府との間の癒着を産み出しやすい面があった。事前調整にかかわる行政コ ストの軽減は,国民負担の軽減にもつながる。
3.保険自由化がもたらした構造変化
保険自由化が保険会社の経営効率を高めるかどうかは,大変に興味深い研 究課題である。(家森=小林(2002))自由化の先進国とされる米国では,州 ごとに規制の方法が異なっていることから,それらの比較を通じて,果たし て料率規制がどのような影響を及ぼしているかについての精力的に分析され ている。French and Samprone(1980)では,料率規制が実施されている 州の方が,自由化されている州よりも,非効率であり保険料が高いという結 論を述べている。これに対して,Harrington(1984,1987)では,逆に,
規制されている州では,経営が悪化するほどに低く抑えられて,料率抑制
(rate suppression)が生じている可能性が指摘されている。そこで得られ た共通した結論は,規制料率は,経済的に非効率な状態をもたらしていると
7) 植草 (1991),pp.189‑192.
いうものである。日本に関しても,まだ実証的分析が始められたところであ るが,保険自由化の効果を総合的に評価するには,理論的考察を補強するう えでも取り組まなければならない課題である 。
そこで,保険自由化以降の損害保険市場で生じた構造変化について,統計 資料に基づいて検証を行いたい。保険会社それぞれには,個別事情に応じた 変化が見られるであろうが,ここでは,保険市場全体の傾向を辿ることにす る。
最初に,保険自由化以降の自動車保険の契約動向を見てみる(図表1を参 照)。2000年頃まで順調に増加していた保険契約件数が,その後,頭打ちの 傾向を見せている。この保険需要の低迷は,自動車需要の低迷や少子高齢化 などが要因として考えられる。一方,1件当たりの平均保険料が,低下して いることは注目に値する。この最大の原因が,料率競争の結果であると推測 できる。自動車保険の場合には,等級別料率の採用により,全体としての等 級進行による保険料低下が要因として考えられるが,その形状を見る限り,
単なる等級の進行で生じたものでないことは明らかである 。
次に,販売チャネル改革の成果に関して,代理店に着目して観察してみる。
保険自由化以降,損害保険会社は,高コスト体質であるとされてきた代理店
8)
Hirao and Inoue
(2004) では,保険自由化以前の日本の損害保険業のコス ト構造に関する実証分析を行っている。そこでは,第三分野を取り入れること で,大企業ほど範囲の経済性が高くなることが確認されており,さらに,自由 化以降に進められた合併メリットは大企業の損害保険会社ほど大きいだろうこ とを推測している。久保 (2007) では,料率自由化により,付加価値,経常利 益,基礎利益で測った効率性は,業界全体として上昇していることを示してい る。こ れ に 対 し て,柳 瀬 ほ か (2007) で は,今 の と こ ろ,規 制 緩 和 以 降 のM&A
が,企業の生産性,経営効率を高めたという事実は得られていない。ただし,合併メリットの効果測定については,経過年数や経済環境などの複雑な 要因が影響するので,一時点での評価だけでなく,追跡的評価が必要であろう。
9) 新規契約が減少しているところでは,等級ランクの上昇は大きな影響をもた らすが,その場合には漸減的傾向を示すであろう。しかし,平均保険料が示す 形状は,複雑なかつ急激な変化を示している。
チャネルの改革に着手した。図表2は,代理店数と代理店平均手数料の推移 を辿ったものである。効率の良くない代理店の整理に加えて,この間に進ん だ会社同士の合併の結果,代理店数は,急速に低減している。一代理店あた りの手数料は逆に増加しており,整理後に生き残った代理店については,取 り扱いが増えているものと理解できる 。
図表3は,自動車保険における損害率と経費率,ならびに両方を合計した コンバインドレシオ(合算比率)である。保険自由化が始まって以降,傾向 的に損害率は上昇し,一方で,経費率は減少している。損害率ならびに経費 率は,保険料との関係で示されるものであり,損害率の上昇は保険料率低下 に伴うものと推測できる。他方,そうであるならば,保険料収入が低下する 中での経費率の減少は,保険会社の経営効率化による経費削減を示すものと 捉えることができる。これらは,競争が激化していることを示すものである。
さらに,コンバインドレシオについては,100に接近しており,利益率の低 下傾向を示している。ただし,現時点までは,数値は100以内に収まってお り,一応の利益を確保している。
こうした中で,図表4に見るように,市場集中度は自由化後に一段と高ま っている。保険自由化以降,生命保険会社の損害保険子会社が相次いで設立 され市場に新規参入してきたが,そのほとんどは,設立から数年の間に,保 険市場から撤退している。さらには,大手を中心に,企業の経営統合や合併 がなされた結果,一時的に増加した企業数は,その後減少している。この間 の市場集中率(ハーフィンダール指数)は大幅に上昇しており,市場集中が 進んでいることがわかる。これは,競争が進展する中で,経営効率の良くな い保険会社が淘汰されてきた結果である。このこと自体は,保険自由化によ る市場原理の導入が,経営効率の悪い保険会社の淘汰を促し,市場全体の効 率化を改善したものと理解できる。
最後に,利益構造に与える影響を見てみたい。図表5は,大手3社につい
10) 販売チャネルの多様化に関する研究についてのサーベイは,井口(2007)を 参照。
て,保険収益と資産運用収益の最近5年の傾向を見たものである。明らかに,
保険収益が減少傾向にあることが分かる。(一部の会社は,保険収益がマイ ナスを示している。)これに対して,資産運用収益が,保険収益を上回って 大幅に増加している。これは,長く続いたバブル経済崩壊のから,2003年以 降,ようやく金融環境が改善したことが顕著に反映したものであろう。この ように,近年では,保険収益の低下を資産運用収益が補うばかりでなく,全 体の収益において,資産運用収益に大きく依存する経営体質が築き上げられ つつあることを示している。
このように,保険自由化は,保険市場の構造の顕著な変化をもたらした。
図表1 契約件数と一件当たり平均保険料の推移(自動車保険)
注)元受契約件数ならびに元受正味保険料で計算
資料) インシュアランス損害保険統計号 各年度版より作成。
資料) インシュアランス損害保険統計号 各年度版より作成。
図表2 代理店数と代理店平均手数料の推移(1996〜2006年)
資料) インシュアランス損害保険統計号 各年度版より作成。
図表3 損害率と経費率の推移(自動車保険)
注)元受正味保険料で測定したもの
資料) インシュアランス損害保険統計号 各年度版より作成。
図表4 市場集中率(ハーフィンダール指数)
資料)各社のディスクロージャー資料より作成
図表5 保険収益と資産運用収益の最近5年間の傾向(大手3社)
4.経営戦略の多様化と消費者利益
4‑1 保険自由化以降の経営戦略の多様化
保険経営の観点からすると,保険自由化は,経営戦略の多様化をもたらし た。まず,1997年9月のリスク細分型自動車保険を販売認可により,外資系 保険会社が通販販売やインターネットによる市場参入した。これが,料率競 争の始まりであった。
これに対して,国内保険会社は,料率競争に追随することは得策ではない として,料率競争への参加を避けて,特約付加による商品差別化を図り,む しろ保険単価を引き上げることで,収入保険料の減少を阻止しようとした。
その結果,一時的には,平均保険料は上昇したのであった。(図表1を参 照。)この段階で,人身傷害補償特約,等級プロテクト特約など,多くの保 険サービスが登場してきたのである。
一方,保険会社は,これまで高コスト体質と批判されてきた代理店体制に 対して,代理店チャネル改革に着手した。代理店手数料の自由化により,優 良な代理店を優遇する半面で,成績の良くない代理店を削減することで,代 理店数は大幅に減少させたのである。また,この間,経営効率を上げるため に,大手保険会社を中心として経営統合や企業合併を実施され,価格戦略の 複雑化,生保との販売提携,通販会社の設立など,各社独自のビジネスモデ ルを模索してきた。
当初は料率競争に参画しなかった国内保険会社ではあったが,料率競争は,
企業向けの保険から急速に進展をしたのであるが,それはやがて,個人向け 保険へ拡大した。リスク細分型保険の販売にも踏み出すこととなり,年齢区 分の車種用途区分の細分化や,走行距離別料率の導入など,新しい料率区分 を採りいれた。また各種割引(ゴールド免許割引,優良契約割引など)を導 入することで,優良リスクを優遇するための方策がなされた。結果的に,優 良ドライバーにとっては保険料負担が軽減したものの,これまでは企業収益 を支えていた彼らから保険料収入が減少することにより,また保険収益の悪
化を招く大きな要因となったといえる。
料率競争の前提となるリスク細分型保険では,その料率体系において保険 会社の経営戦略が鮮明に反映されることになった。保険料率が自由化されて から,保険会社は,料率体系と商品開発を組みわせた高度かつ複雑な経営戦 略を進めている。料率体系は,自らが積極的に引き受けたい契約者と,でき れば引き受けを拒否したい契約者を選別するために,料率体系を活用してい るのである。かつては,全社統一的であった料率体系は,保険自由化により,
高度に経営戦略的な重要性を持つにいたった。
4‑2 経営環境の変化と経営戦略
損害保険事業においては,保険自由化によって,保険料率が低下して,主 力商品であった自動車保険は収益力を低下させた。同じく,火災保険におい ても料率自由化による収益力低下を余儀なくされている。
収益力低下を補うために,保険業界では,経営統合や企業合併などの業界 再編成が進められた。これは,経営統合による規模の利益を追求するための 手段であると考えられる 。
さらには,大手の保険会社を中心として,海外保険事業への積極的進出の 動きも顕著になってきた。ただし,会社によってその戦略的方針は異なって おり,その成否が企業収益にも大きな影響を与えている。他の事業領域を取 り入れた総合的戦略の再構築の必要性も迫られている。また相対的に,保険 収益よりも,資産運用収益に依存する傾向が強まっている。いずれも,企業 収益力の格差を生みだす要因となっている。
これらの動きは,保険経営にとっての変動性,言い換えれば,経営リスク を高めることにもなっている。保険自由化の結果,損害保険会社はかつての ような安定した保険収益が保証される状況ではなく,それを補う目的で,新 たな事業展開を求めている。しかし,それは,新たな経営リスクを抱えるこ
11) 柳瀬(2007)では,保険自由化以降にみられた損害保険会社の経営統合によ り,事業費に関して規模の利益の存在が認められたとしている。
とになっている。そのことが,結果的に,契約者に対してリスクを負わせる 結果となっている可能性がある。消費者自身がその事実に対して注意を払う 必要がある。
わが国の保険市場を取り巻く環境をみると,人口減少社会の到来,経済の グローバル化,恒常的な低成長経済など,保険業の将来に対してはさまざま な外生的要因が働いている。加えて世界的な金融危機が生じる中で,現在,
金融市場に対する規制強化の動きもみられている。こうしたダイナミックな 構造変化についても,少なからず保険自由化に起因するものである。
4‑3 保険自由化と消費者利益
保険自由化によって,保険料率の低下,保険商品の選択多様化,消費者意 識の高揚などにおいては,消費者にとって一定の利益増進が認められる。し かし,同時に,保険自由化は,リスクに応じた保険料を負担するという保険 原理へ回帰させることになった。したがって,個人のもつ属性や条件に応じ て,保険料には格差が発生する。リスク細分化や各種割引を通じて,保険料 軽減を享受できた契約者が存在する一方で,一部の契約者には,保険料負担 が増大している。
かつては,保険業界は,行政指導による協調体制の中で,できる限り契約 者を平等に扱うようを心がけてきた。保険自由化により,契約者に対して平 等主義を廃して,差別主義を受け入れることに他ならない。結果として,消 費者利益の配分は,均等に及んだわけではなく,利益を享受できる者と,不 利益を強いられる者とが明確に選別された。保険自由化は, 保険契約者が 保険会社を選ぶ時代 であると同時に, 保険会社が保険契約者を選ぶ時代 をもたらした。
とくに,保険料率設定のあり方は,補償サービスの多様化と絡んで,保険 会社にとってますます経営戦略の中核となっている。そのことは消費者にと って,多種多様な保険商品の中から適正に選択することを通じて,消費者利 益を享受できる可能性が高まった半面で,逆に,消費者は,情報氾濫の中で,
実際には比較困難な状態に置かれており,体制整備が急務となっている。
消費者自身は,価格志向とサービス志向の二極化傾向が顕著になっている。
とくに,保険加入チャネルの選択多様化が見られる。価格志向による通販チ ャネルによる保険加入も確実に増加する傾向がみられる 。しかし,保険情 報に関しては,氾濫傾向がみられ,全ての消費者が,その情報を理解してい るわけではない。とりわけリテラシー(情報理解力)の低い消費者にとって は,適正な商品選択が困難な状況にある。
保険金不払い問題の発生により,保険会社に対する消費者の信頼を著しく 低下させることとなった。これを保険自由化による商品多様化の行き過ぎに 原因を求める向きも見られた 。ただし,問題の本質は,業界側の自由化へ の認識不足にあり,保険自由化自体に問題であったわけではない。保険会社 が提供すべき保険サービスは,アンダーライティングから保険金支払いまで が完結されて初めて達成されるものであり,この点が,保険自由化以降の激 しい販売競争の中で,業界全体において疎かにされていたという事実は否め ない。
これに関連して,保険自由化により,保険会社,保険消費者,政府の相互 関係についても変化が生じている。業界内部においても,また業界と契約者,
政府と業界との関係においても,以前と比べて緊張感が高まったことは,保 険自由化の大きなメリットである。ただし,現状としては,相互に存在する 不信感を払拭する方策が見出し切れていない状況にある。
保険自由化は保険業の効率化を目指すものであるが,自由競争の結果,非 効率会社から市場淘汰される可能性も大きくなっている。とくに,国内保険 市場の成長鈍化や金融業務依存の高まりは,経営リスクが高まっていること
12) 節約志向のドライバーの増加に加えて,ガソリン代高騰の影響を受けて,
2007年度の自動車保険通販のシェア7.4%となり,5年前の2倍になったとい う。(日本経済新聞2008年6月20日朝刊)
13) 田畑(2008)では,保険金不払い問題の原因として,保険会社が,保険の特性 に乗じて,保険原理を軽視したことがあげられるという見解が述べられている。
を意味しており,最終的にそのリスクが契約者に及んでいると捉えるべきで ある。
したがって,将来にわたって保険自由化を維持する限り,契約者保護のた めのセーフティネット(=契約者保護機構)の重要性は,非常に高いのであ り,より強固に整備しておかなければならない 。したがって,セーフティ ネット運営のための追加的コストは,自由化体制の維持コストとして契約者 自身も負担する必要がある。また公正な競争を実現するために,行政監視コ ストも合理的な範囲で消費者は負担をせざるを得ない。
このように,総合的にみると,保険自由化・規制緩和は,消費者利益を増 進したと判断しうるが,残された課題も多い。
5.保険市場の環境変化と損害保険業の将来課題
5‑1 損害保険業をめぐる環境変化
保険業を取り巻く環境は,大きく変化をしている。保険業の発展を下支え してきた人口構造が大きく変わっていることである。人口減少社会の到来は,
多くの産業の将来低迷を予測させる大きな要因となっているが,損害保険業 にとっても深刻な問題である。戦後の損害保険業の成長を牽引してきたのは,
自動車保険の普及拡大であり,その背景には国民生活における自動車の普及 が大きいことは言うまでもない。(宮下=米山(2007))ところが,今後,人 口が減少していく中では,自動車需要が低迷し,それにつれて,自動車保険 への需要も減少していくことは避けられない。
とくに,人口減少社会の到来は,産業構造を大きく変える要因である。い かなる時代が訪れようとも,保険の必要性が減ずるということはないが,保 険産業が構造的に困難な状況に置かれているように見える。他方で,国民の 安心 と生活の 安定 を支える安全網としての役割を担う保険業への期 待が減ずることはない。国民の信頼や期待に応えるためは,保険業の健全な
14) 規制緩和下での契約者保護機構の意義と問題点についての詳細な考察は,堀 田(2007)を参照されたい。
発展・成長は不可欠である。縮小市場での自由競争は,結局,企業間の苛烈 なシェア争いに陥る可能性が高い。料率競争が展開されると無益な体力消耗 戦に引きずられかねない。
加えて,近年の金融不安定な経済状況は,保険業に新たな課題を突き付け る形となった。金融に大きくウェイトがかけられる中で,金融システムの信 用不安が,ますます保険システムに大きく影響を及ぼす時代になっている。
一方において,新たなリスクにも直面しており,損害保険業への期待は少 なくない。一つは,地球温暖化による自然災害の多発をはじめとする環境問 題は,新たな保険リスクとして保険事業への期待が高まっている。また,地 震リスクをはじめとする巨大リスクは,国民生活を脅かす大きな不安であり,
そこでの損害保険業への期待は大きい。
5‑2 保険自由化と損害保険業の課題
こうした中で,今後の保険自由化が進められるに際して,損害保険業の課 題について考察しておきたい。
第1に,人口減少社会に備えて,縮小市場におけるビジネスモデルの構築 が不可欠である。それは,規模拡大志向から利益安定志向への質的転換であ る。そのためには,消費者ニーズの掘り起こしを図りつつ,付加価値の高い 商品開発に向けた不断の取り組みは欠かせない。保険事業の活性化は,保険 商品の開発に依存する部分が大きいと思われる。保険自由化により,料率競 争が熾烈になっているために,利益率は低下する傾向にある。これに対応す るためには,適正規模を目指すビジネスモデルを考える必要があるだろう。
第2に,海外事業展開への動きと経営戦略である。保険事業は,元来ドメ スティックな性質を有しているのであるが,国内保険市場に限定し,限られ たパイを奪い合うという経営戦略は,互いに体力消耗で経営資源を疲弊させ ることになりかねない。国内市場の縮小傾向を打開する目的に,海外への進 出が活発であるが,国内の保険市場で培ったノウハウをこれからグローバル 化への対応の中で活かすという発想も重要である。しかし,保険業の場合に
は,製造業とは異なり,国内で開発された保険商品をそのまま海外で販売す ることはできないために,国内事業とのシナジー効果を期待しにくいという 特性を有している。したがって,グローバルな事業展開を図るに際しても,
経営戦略全体における位置づけを明確にすることが必要である。
第3に,金融リスク管理体制の強化である。保険自由化以降,保険収益の 減少に対応して,資産運用収益に依存した経営体質になっていることは指摘 したとおりである。しかし,金融市場が非常に不安定な時代において,これ は非常にリスクが高い経営戦略である。大きな収益を期待できる半面で,保 険業務が好調であっても資産運用の失敗により,経営破綻に陥る可能性を常 にはらむことになる。したがって,金融リスク管理の巧拙が,損害保険業に 大きな結果となるであろう。
最後に,第4として,保険自由化が進められる中で,改めて問われている のが,利益志向と消費者重視の両立をいかに図るかである。言い換えれば,
企業の社会的責任(CSR)の遂行をどう考えるかである。長期にわたって,
リスク引き受けを行う限り,保険業は永続的な産業と見るべきである。その ためには,短期的な利益追求に偏った保険経営は抑制されなければならな い 。
6.結論
この10年あまりを振り返るとき,保険自由化は,保険市場の構造変化に多 大なインパクトを与えたことは明らかである。その間,保険自由化に対応す るために,保険会社はさまざまな経営戦略を講じており,ビジネスモデルも 多様化している。ただし,保険自由化によって,保険経営が新たなリスクに 直面することになり,それが,消費者自身に及ぶ可能性が高まっていること も認識すべきである。
消費者の視点からは,保険自由化により全体として消費者利益が増進した
15) 保険業における企業の社会的責任(CSR)に関しての考察については,堀 田(2008)を参照されたい。
と認められるものの,その利益は均等に分配されたわけではない。それが,
保険自由化の本質であり当然の成り行きであるが,消費者利益が公正に享受 されているのかについては,政策的監視が続けられる必要である。同時に,
保険自由化が成果を上げるうえでは,あくまでも市場規律が尊重されるべき であるが,そのためには,消費者自立に向けた環境整備を進めるべき部分が 多い。
最後に,人口減少社会の到来,経済のグローバル化などの保険業の将来を 取り巻く厳しい経営環境を鑑みると,保険自由化は,ある程度不可避的な手 段であったといえるだろう。
(筆者は慶應義塾大学教授)
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