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中国農村部における社会保障の課題 および解決策

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中国農村部における社会保障の課題 および解決策

王 艶 莉

■アブストラクト

中国農村部の社会保障制度は市場経済導入の対策の一環として改革の取り 組みを進めている。しかし,制度の改革は社会保障の機能が十分に果されて いないために,農民の生活がさまざまな危険にさらされている。本稿は財政 の視点からその機能が発揮されていない原因を分析した。また,医療保険制 度の整備を先行することが,社会保障制度全体の整備の課題を解決する鍵に なっていることを分析した。さらに,多元的な保障体系の確立が必要であり,

そこで,日本の農協共済事業の検討が重要な意義をもっていると考えられる。

■キーワード

社会保障の役割,社会保険,財政

1.はじめに

中国では1951年 労働保険条例 に基づいて社会保障制度を整備した。こ の制度は都市部と農村部を二元して保障の基準を定めている。都市部におい ては,年金保険,医療保険,生産保険・生育保険,労災保険,家族保険など 先進諸国に負けないようなレベルの保障制度を実施した。一方,農村部に対 しては,家族扶養を提唱すると同時に,就労保障制度, 五保 制度,社会 救助制度,農村合作医療制度を実施した。諸制度は保障レベルが極めて低い

*平成21年1月24日の日本保険学会九州支部報告による。

/平成22年1月25日原稿受領。

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にもかかわらず,社会安定に貢献した。

1980年代以降,制度の改革は依然として都市部と農村部を二元して行って いる。現行の制度には社会保険,社会救済,社会扶助,軍人優待など四つの 面を含んでいる。そのうち,社会救済,軍人優待,社会扶助の制度はいずれ も農民をも対象者として適用している。社会保険の制度は都市部では,養老 保険,医療保険,失業保険,労災保険,出産育児保険を整備しているのに対 し,農村部には社会養老保険及び合作医療保険制度が存在しているものの,

いずれも試行の段階であり,正式な制度はまだ整備されていない(図表1,

図表3を参照)。また,生活保護・社会救助制度としての農村最低生活保障制 度,農村特困世帯救助制度, 五保 扶養制度,農村医療救助制度が整備さ れているにもかかわらず,カバー範囲が狭く,保障水準が低いため,保障の

図表1 中国の農村部における社会保障制度の仕組み

袖井孝子 転換期中国における社会保障と社会福祉

p

.354を参照,筆者作成。

(3)

役割は計画経済時代の制度より劣るではないかと考えられる。

経済が発展し,国民の生活が日々向上する今日,農民の生活の保障問題は むしろ計画経済時代より不安になっている。現在農民は生活上,生産上,農 業経営上においてさまざまな危機に瀕し,農民の安定的な生活を脅かしてい る。この問題はいったいどのような背景下で生じえたのか,計画経済時代と 市場経済時代の社会保障制度はどのような違いがあるか,本稿は国の財政制 度の視点から問題を分析し,その上に制度上の提言を試みる。

2.計画経済時代の農村社会保障制度

建国当時の中国は1951年 労働保険条例 を発表し,都市部の社会保障制 度を整備しはじめた。一方,農村部の生活保障に対し,中国政府は農民が土 地を生産手段として家族保障を中心に実施すると提唱し,その上に人民公社 がレベルの低い集団保障制度を提供するという政策を実施した。その保障制 度には就労保障制度,五保制度,社会救助制度,農村合作医療などがある。

次は農村社会保障事業の性格を分析するためにこれらの保障事業について逐 次検討する。

2.1 計画経済時代における社会保障制度 2.1.1 就労保障制度

就労保障制度は,農業生産の公有化対策の一環として確立された。この制 度は末端組織の人民公社により行われる。農民は一定の年齢に達し,あるい は,一定の労働能力が付けば人民公社の社員になり,集団の生産及び集団の 配分に参加する。

農民は定年退職制度がないが,老齢労働者に対し,所在する生産隊は彼ら の体力に応じて軽い農作業をさせ, 工分 を配分する。すなわち,農民は

1) 人民公社化された後の農民は,生産隊で農作業を行い,出勤によって毎日働 いた時間,報酬を合わせ, 工分 として計算・記録され,年度末,生産隊の 利益より 工分 の価値を計算し,現金または実物を支給する報酬制度である。

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働けるまで働く,動けないときに家族に頼るか,家族がいない者は 五保 制度で対応する。

この意味で,就労保障制度は養老保障の機能を果たし,農民の生活保障に 効果を発揮したといえる。この制度が1980年代の農業経営の請負責任制の導 入まで続いた。この請負責任制の施策により多くの農民は仕事を失った。

2.1.2 従来の合作医療制度

従来の合作医療制度は1956年農村の人民公社化をきっかけに,1959年11月,

中国衛生部は合作医療制度をフォーマルな農村社会保障制度として認めた。

この制度の対象者はすべての農村住民,財源は農民が働いて記録された 工 分 より天引きされ,また,生産隊の公益金の10〜15%を保健費として拠出 し医療基金とすることが一般的であった。実施機関は農村部末端組織である 生産大隊下の衛生室,或いは人民公社下の衛生院 により行われる。保障内 容は生産大隊の衛生室で, 赤脚医生 により,重篤な疾病を除いて無料で 外来診療が受けられ,出張診療も無料で受診できた。また,一部の医薬品は 無料で提供されており,疾病の予防サービスも無料で受けることができた。

軽い病気の場合は村の衛生室で,重病の場合は郷の衛生院で治療し,更なる 重病の場合は,県の病院で入院し無料で治療を受けることができた。

合作医療制度は農村衛生条件の改善,農民の健康状況の向上などに大きな 役割を果した。統計によると,新生児の死亡率は建国前の200‰から1980年

2) 人民公社は政府行政の末端組織であり,その下に生産大隊,生産隊がある。

人民公社社員(農民のこと)は生産隊を単位として,農業生産を行い,幾つか の生産隊は生産大隊になり,人民公社の行政命令に従う。

3) 医療・衛生活動に従事する半農・半医の衛生要員である。一般に県の病院で,

1年半ぐらい医療技術を修得し,軽い病気や,怪我などの処理ができる。1965 年6月26日毛沢東の呼び掛け 医療・衛生活動の重点を農村に置こう により,

68年9月,上海市川沙県江鎮人民公社に誕生した。以降,全国各地の農村で多 数養成され,農村の医療・衛生制度の改革に重要な役割を果した。一般に,正 規の病院の協力を得て,病気の予防活動,衛生知識の宣伝をはじめ,診察,往 診,軽い病気の治療,予防注射,鍼灸等の医療活動に従事する。1975年末には,

500万人あまりが活躍した。(王文亮(2004)p.528)

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の34.7‰になり,期待寿命は建国前の35歳から1982年の67.9歳に伸びた 。 この制度は政府の高度な重視により急速な発展を遂げた。1962年カバー率が 全国農民の50%に至り ,1966年ほとんどの農村が合作医療制度を導入した。

しかし,1980年以降この制度は集団財源としての人民公社の衰退に伴って破 綻した。

2.1.3 その他の農村部の生活保障制度

農村部の社会保障制度は就労保障制度と従来の合作医療制度の他に, 五 保 制度,社会救助制度が存在する。

五保 (1956年整備)制度は法定扶養義務者がいない障害者,孤老,寡婦,

孤児を対象とし, 服装,食事,燃料,医療(年少者の教育),年輩者の死後 葬儀 の生活上の5つの内容を保障する。財源は人民公社の下での生産隊の 公益金により賄う。この制度は農村社会の弱者に保護の役割を果たし,社会 の安定に大きな効果を発揮した。しかし,この制度は1980年代にその財源が 依存してきた人民公社の崩壊に伴い,制度の存続が危機に立たされた。

社会救助制度は自然災害,病気,障害,不毛の地に住む貧困者を救済する 制度である。政府は1950〜1954年間で10億元以上の金銭及び救済現物を調達 し救済活動を行った 。また,各級各地域組織を動員し互助救済活動をも行 った。さらに,農業税の免除や食料の調達などを通じて救助活動を実行した。

しかしこの制度は政府が力を入れたものの,財力の制限の面から,その救済 効果は顕著ではなかったと言わざるをえない。

以上,計画経済時代における中国農村部の社会保障制度を論述してきた。

見てきたように社会救助制度を除いて基本的に農民の生活を保護する役割を 果たした。同時期の中国は依然として極めて貧困な状態であり,財政的にも 必ずしも豊かではなかった。では,なぜ農民の生活を効果的に保障できたの か,次に財政的な視点から分析し,制度を考察する。

4) 鄧大松・劉昌平ら,前掲書

p.191。

5) 鄧大松・劉昌平ら,前掲書

p.190。

6) 鄧大松・劉昌平ら 新農村社会保障体系研究 2007年

p.51。

(6)

2.2 計画経済時代における農民社会保障制度の分析

中国の財政制度は3期に区分される。具体的には1950〜1978年に中央集権 的な 中央統収・統支 制,1980〜1983年に 財政請負 制,1994年以降今 日に至る 分税制 に分けて施策されていた 。

中央統収・統支 制は中央の高度の集権体制下に地方の収入は全て中央 に上納すると同時に,地方の支出は中央の審査の後に交付され,決算による 剰余金も中央に上納した。また,地域間の経済格差を少なくするために,日 本の地方交付税交付金に似た制度も存在する。

当時の人民公社は政府の農村部の末端組織(政社合一)として,政府の各 種の指令と計画指標にしたがって,その下に属する生産大隊,生産隊により 農業を運営し,利益は国家に上納する。人民公社の社員としての農民は,生 産隊(戸数20〜30戸,自然村に相当)で農業生産労働に従事する。農民への 分配は生産隊がまず農業税をとる。次は生産コストを差し引き,合作社の投 資用の公積金, 五保 世帯の生活保障資金,合作医療資金などに用いられ る公益金を留保する。さらに予備費などを差し引き,残部を出勤点数に応じ て個人に分配する 。なお,自然災害,不確実な事情などにより,不足が発 生した場合,上級組織からの調整収入でその不足部分を補助する。

これから見ると,従来の合作医療制度は保険料の納入が農民自身の意志に よらず, 工分 から天引きすることで,強制の意味をもつ。また,会計上 において各級政府の間に調整機能を果たすことができるから(例えば,上海 から貴州省へ ),リスク分散の仕組みは全国に及ぶと考えられる。これに より健康者から疾病者への社会所得再分配を実現したと考えられる。したが って,この制度は保障水準が低いというものの,農民の生活を安定させ,社 会保障の役割を果した。また,退職制度がないといっても,家族扶養を中心

7) 津上俊哉 中国地方財政制度の現状 と 問 題 点

RIELI Discussion Paper Series

04‑

J

‑020,2004年,p.4参照。

 

8) 山内一男ら 中国経済の転換 1989年,p.122。

9) 津上俊哉,前掲論文,p.12。

(7)

に就労保障制度, 五保 制度を備え,養老問題は社会問題になっていない。

なお,就労保障制度, 五保 制度の財源を見ると,これらの制度は所得再 分配の役割を果し,農民の安定的な生活を確保したといえる。

農村社会保障制度は1978年以降の農村部の一戸請負制 の導入に伴ない,

制度の崩壊が始まった。その結果,農民は何の保障もない状況にさらされ,

生活の中に不幸に遭遇した場合,自分の家族以外に頼ることができない。し かし,個人はこのような危険に対処することは常に限界があるため,農民は 生活困窮に陥る現象が多発し,経済格差も急速に広がった。この問題の解決 を図るために,中国政府は農村部養老保険制度の導入, 五保 制度の改正,

合作医療保障制度の再構築,特困世帯(特別困難世帯)救助制度などの整備 に取り込んだ。さらに2007年に最低生活保障制度をも整備した。次は都市部 の社会保障制度に触れながら,現行の農村部における社会保障制度を解明し,

制度の役割を十分に果たしえない原因を検討する。

3.現行の農村部社会保障制度

現行の農村部社会保障制度には図表3に示しているように養老社会保険制 度,新型合作医療保険制度,最低生活保障制度,特困世帯救助, 五保 扶 助制度,医療救助制度がある。次にそれぞれの制度について逐次論述する。

3.1. 農村部の養老保険制度

1980年代以降,農村部では一人っ子政策の実施,平均寿命の伸長,若者の 都市部への出稼ぎにより,農村部の少子高齢化が都市部のそれよりも深刻に なってきた。この問題を解決するために,1991年,民生部は 県級農村社会 養老保険基本方案(試行) (以下 試行方案 と省略)を公布し,農村部に 養老保険制度を導入し始めた。

10) 一戸請負制とは,生産隊から当該農家に生産量計画などの諸指標と生産資材 が供給され,一戸単位で指標完遂を請け負う方法である。(山内一男ら(1989)

p.133)

(8)

この制度はすべての20〜59歳の農村住民を対象とし,保険の運営方式を採 用している。加入体制は個人の意思によるものであり,保険料は2〜20元の 間で,2元ごとに10のランクを設定し,農民が自由に選択することができる。

支援政策は保険料の集団補助及び納付した保険料の税制上の優遇措置を実行 する。財政方式は積立方式である。

この制度は法整備が遅れ,国と地方政府の曖昧な態度,制度設計上の欠陥,

監督管理体制の不十分などの問題 が指摘され,その進展が十分でない。図 表2に表示したように1998年末普及はピークに達し,2000年から急激に減少 の様子をみせ,2002年末参加者数は5,462万人まで減少した。2003年から減 少率は著しくないというものの,縮小する傾向は変わっていない。2007年末 の実績は加入者数5,171万人,受給者数392万人,年間一人当たり年金受給額 1,081元になっている 。

図表2 中国農村部養老保険の衰退

出所:労働・社会保障部 労働と社会保障事業発展統計公報 各年版

11) 沙銀華,前掲論文,p.60。

12) 中国国家統計局(2007)年間一人当たり受給額は筆者の計算。

(9)

図表3 中国農村部生活保護・社会保障体系における各種制度の概要

制度 名称

政府の通達名及び

下達時間 制度普及の進捗状況 主管

部門

養老 保険

1991年, 県級農村社会養老保 険基本方案(試行)

1998年 全 国2,123の 県・市 の 8,025万人が加入し,制度のピ ークとな っ た。2002年5,462万 人,2007年5,171万人へと減少。

労働 社会 保障

新型 合作 医療 保険

2003年 新型合作医療制度の構 築に関する意見 ,2006年 加 速に農村合作医療試行地域の推 進に関する工作の通告

・2003年 に 全 国304の 県,2004 年333の県,2005年678の県。

・2007年2448の県の全国の86%,

加入者数は7.30億人。

衛生

農村 最低 生活 保障

1996年 農村社会保障体系の加 速構築に関する意見 ,2007年 農村最低生活保障制度の構築 に関する通告

・2004年 全 国1,206の 県,2007 年2,777の県,全国97%の県

・受給者数は 五保 と特別困 窮世帯を含め2004年735万世 帯,2007年3,451.9万世帯。

民政

農村 特困 世帯 救助

2003年5月22日 農村特別困難 世帯の救済工作の改善に関する 通告

・2004年末526.3世帯で875.1万 人をカバーし,2007年14.7万 世帯30万人に減少。

民政

五保 扶養

1994年1月 農村五保扶養工作 条例

・2004年 は248.6万 世 帯,2007 年は492.4万世帯へ増加

民政

医療 救助

1994年 中国農村合作医療制度 改革

・2007年医療救 助603万 人,合 作 医 療 制 度 へ の 加 入 援 助 2305.5万人

民政

出所:石里宏(2007) 中国農村部における養老保険をめぐる現状・課題と日 中協力のあり方 ,JICA中国の 農村社会養老保険制度整備調査 報 告書,筆者加筆。

(10)

3.2. 新型合作医療保険制度の構築

従来の合作医療保険制度の崩壊は,農民の健康問題を招き,毎年病気で貧 困状態に陥ったり,貧困に戻ったりする農民が多く出てきた。この問題を解 決するために中央政府は,1997年 衛生改革と発展に関する決定 ,2003年 に 新型合作医療制度の構築に関する意見 (以下 意見 ),2006年 加速 的に農村合作医療試行地域の推進に関する工作の通告 (以下は 通告 )を 3回にわたって政策を公表し,改革の取り組みを進めた。

2003年の 意見 に基づき,制度は依然として保険の運営方式を採用して いる。保険料は農民10元,地方政府10元,中央政府10元,合計して一人当た り年に30元を設定された。中央財政からの出資は農村医療制度において初め てのことであるが,拠出が不足するため,制度が円滑に実施できなかった。

さらに,中央政府は2006年の 通告 を公布し,2006年から中央政府及び 地方政府の財政援助は従来の10元から20元に増やすこととなった。ただ,財 政が困難な地域では2006年,2007年にそれぞれ5元を増やし15元に,2年以 内に20元に増すべきだと定めた。これにより,制度の導入県(市,区)数は 2006年 の1,451の 県(市,区)(全 国 県(市,区)の50.7%)か ら2007年 の 2,460の県(86%)に増え,加入者数は4.1億人から7.3億人に達した。制度 の強化を図るために,2年後中央と地方政府の財政援助はさらに80元に増や し,農民も10元を増やし20元を拠出することを講じた 。

保障内容はすべての病気を治療する費用を給付することではなく,農民が 重病に罹った場合のみ,その治療費用の40%前後 を本人にまたは家族に給 付する制度である。この 意見 をきっかけに,中国では新型合作医療制度 の構築をめぐって地方ごとにさまざまな形式が生まれた。

これを見ると,この制度は依然として重病の患者しか保障しない原則を堅 持していることがわかった。これはある程度財源の確保はできるが,軽い病

13) 温 家 宝 政 府 工 作 報 告 2008年,http://news.xinhuanet.com/news

center

/2008‑03/19/

content

7819983.

htm  

(2008.12.20)

14) 衛生部 加快新農合和農村衛生服務発展―陳竺部長2009年工作会議報告

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気の農民が疾病を我慢し重病になるケースが生ずる。また,この制度の保障 水準は低く,保障限度額が存在するため,何万元も要する重病の農民に対し ては,その保障割合が低すぎるので保障効果にはならない。現在の農村部で は経済的な要因で,病気になっても病院へ行けないものが65%,家で死亡し た者が78.6%となっている 。

3.3 農村部の生活保護・社会救助制度

農村部の生活保護・社会救助制度に対しては民政部が主管する農村特困世 帯(特別困難世帯)救助制度(2003年), 五保 扶養制度(1994年),農村 医療救助制度(1994年),農村最低生活保障制度(2007年)など4つの制度 を実施している。

これらの制度は,理論上は補完的な役割を果しているが,(たとえば 五 保 制度でカバーできない世帯では,農村最低生活保障制度が適用されてい る,最低生活保障制度が設置されていない地域では,農村特困世帯救助制度 が適用される)現実では極めて不十分である 。

4.現行の農村部における社会保障制度の問題点

現行の中国農村部社会保障制度は多くの問題を抱えている。以下は社会保 障制度の役割の視点で,そのいくつかの問題点を指摘してみたい。

4.1. リスク分散機能が十分に果していない

改革開放後,農民の社会保障制度は県・県以下(鎮・郷)を単位として行 う。その財源は県の財政に依存する。県の財政収入は図表4に表したように その下級政府である郷・鎮の財政に依存する。すなわち,農村社会保障制度

15) 景天魁(訳出和暁子) 農民の健康問題をめぐって 転換期中国における社 会保障と社会福祉 2008年,pp.123〜143。

16) 李石(石里 宏) 中国農村部における養老保険をめぐる現状・課題と日中協 力のあり方 , 中国の社会保障改革と日本 2007年,p.1。

(12)

の資金プールは県地域内で行い,リスクの分散は県地域内に限定する。一方,

現状の中国では地域間の経済格差が大きいため,県の財政状況に依存するこ とは保障水準の差がでてくる。貧困な地域では制度の発展条件が備えられて いないから,制度の導入ができない地域も存在する。これは普及率が最も高 い合作医療制度を例にすると,2007年全国の2,860の県のうち,合作医療制 度を実施する県数は2,448の県にとどまり,412の県は当該制度の導入ができ ていない。

4.2 所得再分配機能が十分に果していない

また,農村合作医療保険制度及び養老保険制度において,加入体制は強制 ではなく個人の意志により参加することが原則となっている。この任意加入 性を採用する体制では社会保険の普遍性を実現することができない。特に合

図表4 国家予算管理体系

注:各級政府総予算=当該級政府予算+下級政府の累計された総予算

出所:自治体国際化協会 中国の地方行財政制度

CLAIR  REPORT  NUMBER

209 (

July

5, 2000)

(13)

作医療保険の場合,重病のみ保障する制度であるため,病気になりやすい層 や高齢者などは制度への加入が多いのに対し,若者は重病を患う確率が低い ため,常に加入する行動を避ける。このような逆選択行為は健康者から疾病 者への所得移転機能の効果がなく,社会保障における社会再分配の機能を果 すことができない。他方,政府の財政援助に対し,合作医療保険制度は政府 の財政援助を明確にしたが,養老保険制度は単なる政府から政策上の援助を 承諾し,財政上の援助は曖昧なところがある。

4.3 諸制度の欠陥

1994年の財政改革により現行の財政制度は中央と地方政府との財制権と職 権一致の原則に基づき,分税制財政を採用している。これにより,中央と地 方政府の財政は連動ではなく分割している。

一方,社会養老保険制度は政府の拠出がなく,すべての拠出金を農民の設 けた個人口座に積立てるという仕組みとなっているため,社会プールの機能 をもっていない。また既述のように,合作医療保険制度は政府の財政拠出が あるものの,それは政府の加入促進政策であるにすぎない。なお,社会保険 制度は強制的な加入体制を採用しなければならないことから見ると,農村社 会保険制度及び合作医療保険制度は社会保険ではなく,社会保障の役割を果 さない根本的な原因といえよう。さらに,生活保護・社会救助制度はその財 源が地方政府である県の財政や郷・鎮などの末端集団組織に依存するため,

基金の社会プール範囲が狭い。これにより,県の財政状況によって農民の生 活保護・救助の水準が決まり,貧困な県は制度の導入ができない。したがっ て,この制度は農民の生活を保障するには限界がある。

結論として農村部における現行の社会保障制度は社会所得再分配の機能が なく,生活保障の効果が十分に発揮していないといえる。

4.4 都市部と農村部の社会保障制度の格差

農村部における社会保障制度は改革・整備の時期,保障水準,国の財政補

(14)

助の面においてはどの制度も都市部のそれより遅れている。また,医療保険,

社会養老保険において加入体制は都市部において強制的に行うのに対し,農 村部は任意加入の政策を採用している。この制度の設定はもちろん農民の拠 出能力を考慮した結果であるものの,保険は任意加入性を採用する限り,逆 選択問題を避けることができない。そうなれば大数法則が効かなくなり,保 険料が最終的に高くなるおそれがある。また,社会養老保険において,都市 部は賦課方式と個人の積立方式をあわせ修正賦課方式で行うのに対し,農村 部では完全に個人の積立部分のみに依存する。そのため,農村部の養老保険 基金の社会プールの機能が存在しないといえ,制度は社会養老保険制度では ないと考えられる。

さらに生活保護制度の最低生活保障制度では,都市部は1997年制度化され たものの,農村部は2007年であった。これにもかかわらず,給付水準は都市 部の一人当たり182.4元/月であるのに対し,農村部のそれはわずか70元/

月にすぎない。この金額は,日本円に換算すれば月にほぼ1000円に当たる。

したがって,農村部の社会保障制度はどのような政策を採用して農民の生 活を安定させ,社会保障の役割を果すか大変重要な課題である。

5.農村部における社会保障制度の重要性及び解決策

5.1 社会保障の効果

社会保障制度の構築には農民の生活安定・向上効果,所得再分配効果,経 済安定・促進効果などがある。社会保障制度が整備すれば,農民は不慮時の リスクに対し社会保障制度で対処してもらうから,生活に対する安定感を与 え,リスク対応するための貯金をしなくても安心に暮らすことができる。そ うすると,貯金は消費活動に賄うことができる。言い換えれば,社会保障制 度は整備されれば,農民の生活に不安感を消すことができ,消費活動を促進 する機能がある。農民が安心して消費できることは需要の創出である。需要 の創出が可能になると経済が発展し,農民の所得が増加・財政が増えること につながる。そして,農民は所得が増え,所得はさらに消費活動に回る。こ

(15)

うすると社会保障制度は需要創出の良性循環に入り,経済の安定,発展を促 進する。また,所得再分配は所得を個人や世帯の間で移転させることにより,

国民の生活の安定を図る機能があると同時に,農民の所得は消費に回され,

経済が発展し,労働創出効果が出てくる。そうすれば貧困人口数が減り,生 活保障の財源を減らす効果が出てくる。この意味で,社会保障制度の確立,

特に医療保険,社会養老保険の整備は最も重要な意味をもっている。

5.2 農村部社会保障制度整備の要綱

医療保障制度は農民の健康にかかわる制度であり,農業経営資源を確保す る働きがある。この意味で,制度の整備は最も重要である。ところが,この 制度の現状は毎年中央財政と地方財政の拠出は20元ずつ,また農民の拠出し た10元を合わせてもわずか50元であり,財源の不足が顕著で,大病しか保障 できないシステムとなっている。このため,農民は軽い病気を我慢し,重病 になるケースが増えている。この制度を充実すれば,農民は病気にかかった ときに効率的に治療し,早めに生産現場に復帰することが考えられる。これ によって,農民の稼動能力が向上し,農業生産性を向上する効果が期待でき る。また,強制加入制により保険上の危険率と保険料率の不一致によって生 ずる逆選択を防ぐ機能も存在する。逆選択を防がないと,社会保障の所得再 分配機能を果すことができない。この制度の創設は当初財政に負担を伴うこ とが予測されるが,負担できないとはいえない。次は中国国家統計局で公開 されたデータをもちいて,簡単な試算をしてみよう。まず,2006年農村人口 は7.374億人,農村の一人当たりの医療保険料は130元 (2004年),財政収 入は38,760.2億元,財政支出は40,422.7億元である。この数値を借りて,さ らに医療保険制度は強制加入制を設定し,そして,中央と地方財政は60元ず つ合わせて120元を負担し,その残りは農民が負担すると仮定すればその結

17) 2004年広東省仏山市徳区(中国豊かな地域)保険料の基準。(景天魁 出和 暁子訳 農民の健康問題をめぐって 転換期中国における社会保障と社会福

p

.130。

(16)

果は図表5のように試算される。

図表5をみると,この制度を確立すると財政に占める割合はわずか財政収 入の2.28%,財政支出の2.19%にすぎない。また,この制度の整備は貧困状 況に陥る人口数が減少するメリットがあり,最低生活保障制度及び農村医療 救助制度へ(この二つの制度について後述する)の財政拠出負担を削減する 効果が期待できる。さらに,社会保障制度間の財政調整により年金制度への プラス影響を与えると推測できる(図表6を参照)。したがって,この制度 の整備は波及効果の発揮により社会保障制度全体の整備課題を解決すること ができると考えられる。

この目標に向けるために政府は具体的な政策を実施し豊かな省と貧困な省 の間に,また省内の県の間に財政調整を行い,最終的に全国農村部に及ぶ制 度を普及することが1つの良策であろう。その後,条件が備えられるとすれ ば,都市部の社会保障制度と統合し全国的に同じようなレベルの社会保障制 度を構築することであると考える。この制度の実施は社会保障制度の効果を 果せ,都市部と農村部の経済格差を解消することも可能になると考えられる。

さらに,人的資本の確保,農民の安定的な生活の確保,社会全体の経済発展 に資する機能をもっている。したがって,この制度の整備は重要であると考 えられる。

図表5 医療保険を整備する場合の財政拠出

制度が整備する場合の財政拠出: 7.374億人×120元=884.88億元 財政収入に占める割合: 884.88億元÷38.760.2億元×100%=2.28%

財政支出に占める割合: 884.88億元÷40,422.7億元×100%=2.19%

出所:筆者作成

(17)

5.3 多元な保障体系の確立

現在中国の農村部は公的社会保障制度が普及していない。また,私的保険 も経営の採算性の問題により農村部に進出していない。農村部の生活保障問 題の解決に当たり,社会保障制度のみならず,私的保障制度も重要である。

まさに中国で提唱された保障理念は,多元的な保障体系の確立が更なる有効 的な制度保障として農民に提供することが重要である。また,私的保障制度 の確立にとって日本の農協事業である共済事業の役割はよい見本になると考 えられる。この事業は農民生活を守る効果があると同時に,農協理念,運営 方法により,その掛金が安いことも,中国農民にとって重要なポイントであ る。したがって,政府は責任をもって,共済事業の導入を検討・指導し,ま た,農民を教育することにより事業の推進を行い,さらに,適度な財政上の 支援政策も重要であると考えられる。

5.4 国の責任

国家が社会保障実施の責任を負うことの理由としては,次のようなことが 考えられる。第一は,社会になんらかの共存する危険が存在する。この危険 出所:筆者作成

図表6 医療保険制度の整備における社会保障制度への影響のイメージ図

(18)

は社会化された危険と呼ばれ,常に個人によるものではなく,社会的なもの によって引き起こされる。そのため,社会全体すなわち国家が責任をもって 保障すべきである。第二は,この社会化された危険は常に個人的意思ないし 個別的な対応能力を超えると同時に,その危険が偶然的なものであり,予測 不可能なこともありうる。なお,この危険に対し市場で対応することは限界 があり不適切である。既述したように,医療保険は保険市場に任せると,逆 選択の問題が発生する可能性が高い。この問題を回避するためには,強制加 入を前提とする社会保険の仕組みが求められる。第三は,個人はリスクの存 在をきちんと認識せず,リスクに対する十分な備えをしない傾向がある。そ のため,政府は強制的に個人に危険に備えさせる必要がある。これはパター ナリズムからくる社会保障の存在意義である 。第四は,経済的な理由を加 えて,家族役割の低下といった社会構造の変化も大きな原因となっている。

核家族の進展や一人暮らしの増加などで従来家族の構成員間のリスク・分散 機能が低下し,政府がその機能を肩代わりしないといけない。このような認 識は日本をはじめ,多くの先進諸国ではすでに常識として定着されている。

5.5. 全国統一的な社会保障整備の可能性

現在,政府及びほとんどの学者は政府の財政力の制限のために全国統一的 な社会保障制度の整備が不可能であると認識している。筆者は財力の限定が あるとはいえ,計画経済時代の医療制度は経済が未発展の状況の下で発展し,

農民の健康を保障する役割を果たしたと考えている。この成功の事例が示す ことは生活保障制度の整備に当たり,農民の財力,財政上の負担問題のみな らず,民政施策者の認識は最も重要であろうと考える。社会保障制度の整備 に重要なポイントは高騰な医療費を抑えるための,医療体制の見直しである。

ここで節約された財源は医療保険の整備に回し,社会保険の再建に一役を果 す。その上に財力があるとすれば,制度の普及に力を入れる。具体的な措置

18) 石田成則 老後所得保障の経済分析 2007年,pp.4〜5。

(19)

として,農民の生活保障の整備によって条件が備えられた地域に制度の安定 的な運営を促進するため,地方政府の役員に生活保障の役割・効果を認識さ せ,そこで社会保障の講座を開設することが重要であろう。また,制度の整 備条件を備えた地域に対し,中央政府は責任をもつ積極的な財源援助や地方 政府間の財政調達が重要であろう。さらに,社会保障法の整備は制度の安定 的な運営の役割を果たすことから,中央政府は法の整備が必要であると考え る。

6.まとめ

本稿はまず財政制度の視点で,農村部の社会保障制度はなぜ計画経済時代 に機能し,自由経済時代に機能していないのか,を検証した。その結果,従 来の農村部の社会保障制度は社会保障制度の性格を持ち,所得再分配の機能 を果し,社会の安定に貢献した。これに対し,現行の社会保障制度は基金の 社会プール機能が十分に果たしておらず,かつ自由加入体制により逆選択の 問題があり,社会所得再分配の機能を十分に果していないことを明らかにし た。最後に,社会保障制度の重要性,農村部で実施する可能性及び制度整備 に将来への道を切り開く効果がある制度は医療保険制度であることを分析し たが,その具体的な効果は検証の余地が残り,これからの課題として取り組 んでいきたいと考える。

(筆者は山口大学東アジア研究推進体研究員)

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