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原因・理由の「だけに」に関する一考察

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(1)

原因・理由の「だけに」に関する一考察

著者 伊藤 智博

雑誌名 三重大学日本語学文学

巻 7

ページ 54‑44

発行年 1996‑06‑02

URL http://hdl.handle.net/10076/6500

(2)

原図・理由の「だけに」に関する一考察・

伊 藤 智 博

1.はじめに

日本語において、原因・理由を表わす従属節の研究は「から」「ので」などの接続助詞 を中心に、多くの研究者によって論究されてきた。本稿では、同■じく原因・理由を表わす

「だけに」を考察の対象として論考してみたい。

(1)僕はこと演劇出藍関して書いてきましたが、…… (鴻上)

(射 そんなわけで私が、道掛こ止めてあった愛車の「軌を粗大ゴミと間違えて、捨 てられそうになった鴻上です。ちきしょう、シャレになんないじゃないか。(附

ああ、情けない。これが、作ったギャグじゃない定日宝よけい情けない。こんな ギャグが実話出藍よけい情けない。 髄上)

(2')……これが、作ったギャグじやない炒ら/のではけい情けない。こんなギャ グが実話ぼから/なのではけい情けない。

(1)の「演劇出藍」は「関して」に対するこ格で、「だけ」はこ格の構成要素「演軌 を取り立てたものであって、原因・理由の意味を表わしていないので本稿の考察対象では ない。一方(幻の「これが、作ったギャグじゃない定日宜」およぴ「こんなギャグが実話 迅±宝」は「よけい情けないJという感情を話し手が発話する原因・理由服地を表わし ている。このように「だけJに「に」が後続して、原周・理由を表わす「から」「ので」

のように接続助詞として機能する用法が認められる。本篇で臥まずこのような原図・理

▲由搬拠を表わす「だ桝こ」の用法を考察し、「から」「ので」の用法との差異に関して

私見を示す。(削)

(3)

郎)

旦潮脛

上で示したように「だけに」は「ので」「から」と原因・理由を表わすという意味の上 で共通していることもあり、しばしば置き換えることができる。しかしながら、その置き 換えは無条件にできるものではない。ここでは「だ捌こ」の前件と後件、それぞれの特徴

を観察することによって、置き換えの条件を探ってみる。以下、本稿では原因・理由を表 わす「だ桝こ」が用いられる文を便宜上「PだけにQ」と表記することにする。

2.1rPだ桝こ」‑「だけに」の前件‑

(3)その間の八日間、家内はおろおろしつづけた。ふだん威勢がよく、人一倍明るい 女劫宝、涙さえこぼすのをみるとかわいそうで、「まだはやいよ」とこっちが なぐさめるしまつ。(生き方)

川 にの映画を)見る前は正直なところ不安だった。なにしろアメリカでの評判が軒 並み悪いのだ。㈱「ヴォーグ」はファッション誌迦宝"アルトマンはファッ ション界のことがわかっていなげと批評している。(プレタボルテ)

")当時私臥自分たちの国土や同胞、親兄弟を守るために戦っているのだから死を

覚博しなければならないと考えていた。若さ故の思い込みもあったであろう汎 そういう意義が強かった出藍、死の恐怖もあまり強く感じないですんだのかも

しれない。 (生き方)

(鋸 ビルディングの部屋々々臥たまには住宅兼用の人もありましたが、たいていは 昼間だけのオフィスで、夜はみな帰ってしまいます。昼間腹やかな出藍、夜の 淋しさといったらありません。 (プキミ)

(7)無表情の顔をみるの軋元気な頃の姿を知っている劫宝辛い。(変る) (8)もっともお医者さまが病気するとi医学に無知な私たちより、もっと不安を感ず

るものらしい。つまり知識がある劫宜重い病気と自分の症状を結びつけてしま うそうだ。 (変る)

(3=4)は「Pだ捌こ」のPにあたる部分の述番が「女だ」「ファッション誌だ」という 名詞述語である。同様に(5川=ま「強かった」「賑やかだ」という形容詞述臥(7=鋸は

「知っている」「ある」という動詞連番である。「Pだ捌こ」のP、つまり前件の述脊の

品詞には制約がないといえよう。(3ト(8)で注意したいのはそれぞれの述番が前件の状態

(4)

即) ないしは属性を表わしている点である。例えば(3)では「家内」の「ふだん威勢がよく、

人一倍明るい女」という属性を表わしているし、'(5)ではr(当時の)意乱が「強かった」

という状態を表わしているし、(8)では「お医者さま」の「知識がある」という属性ある いは「今現在知識がある」という状態を表わしている。殊に状態動詞以外の動詞述番文の 場合、「ている/ていた」形などにして状態や属性を表わさないと、(9'=1l')のように

「だけに」を用いると座りが悪い。

(9)二階で子供が走る‡から/のでl、うるさい。

(9')に階で子供が走る出生、うるさい。

(川 友人が来たは\ら/のでI、仕事ができなかった。

(1=‡友人が来た遊里、仕事ができなかった。

(11)友人が来ていたlから/のでト仕事ができなかった。

(11')友人が来ていた定日宝、任事ができなかった。

(12)彼は毎朝走っている炒ら/のでI、ぜんぜん息が乱れていない。

(121)彼は毎朝走っている出藍、ぜんぜん息が乱れていない。

(12=12'は「彼」の習慣として「走っている」ことを表わした文であるが、このような 習慣の場合も含めて、Pの述話が状態あるいは属性あるいは習慣のものでなければ「だけ に」を用いることができないことがわかる。ここで問題にしているの臥Pが状態を表わ すか、属性を表わすか、習慣を表わすかということではなく、(1=(12')からわかるよう に、これらと対立する概念として一回的出来事がPに表われることはないということであ る。また桝(川=11=12)より「から」「ので」にはこのような制糾まないようである。

(注2)

2.2「〜だ捌こQ」‑「だけに」の後件一

上では「Pガ研こ」のP、つまり前件がどのようなものであるかということを、述掛こ 着目して概観した。その結果Pの述着払状態あるいは属性あるいは習慣として解釈でき るものでなければならないという制約があることがわかった。ここで臥「〜だけにQ」

のQ、つまり後件についてその特徴を観てゆく。

(5)

(13)現在のところ、「防府のラインに合うフォード車はない」(マツダ役員)が、新た

に開発する場合なら、蕃は別だ。新鋭工場だ堕監、多少の円高でも採算はとれる はずだ。 儲売)

(14)F青の愛』は事故死した作曲家の妻を主人公に、その作曲家が未完成で残した作 品をテーマに展開される。そのような内容の作品出生、プレイスネルとしては もっとも作曲家としての脱がふるえたにちがいない。 什リコロール)

(15)彼は昔は若い作家にむかって、「いやしくも自分の妻子にヤニさがるような作家 は大成しない」とよく説教をしていた庭堕監、ヨグレを垂らさんばかりのその顔 をみて、唖然としたのである。 (変る)

中島(19細は後件の内容の特徴を「前件である事態を述べ、後件でその事態をもとに話し 手が現状をどのように分析しているか、すなわち話し手の現状把握のあり方を述べている」

(p.527)と論究している。(13)では「とれるはずだ」、(14)では「ふるえたにちがいない」

、(15)では【唖然としたのである」が中島氏の「話し手の現状把握のあり方を述べている」

そのものである。「話し手の現状把握のあり方」であるがゆえに(川〜(川のような「は ずだ」「ちがいない」「のだ」や、(5)の「かもしれない」といった判断系のモダリティ

が現われ、「話し手の現状把握のあり方」を如実に表わしている。この「話し手の現状把 握のあり方」は、従来から常歳や社会遵念を根掛こなされると指摘されてきた。(川では

「新鋭工場」→「多少の円高でも採算はとれる」、(14)では「そのような内容の作品」

十→「腕がふるえた」、(15)でlま「よく説教をしていた」→「唖然とした」といった関 係が、常款や社会通念と関わって論じられてきた。しかしながら、次のようにQが話し手 の感情や評価を表わす場合は、常議や社会通念といった概念とは区別する必要がある。

(16)監督がヒッチコック藍吐におもしろい。

(川 監督がヒッチコック劫宝つまらない。

(用 健在であれば、三菱グループのリーダーだけではなく、財界の指導者としても大 成したはずの人物迅豊玉残念だ。 性き方)

(19)内陸地裏はこれまで、「個々の活断層の活動で起こる」と考えられ、その周期は

約千年とされてきた。それ盟主宝、活動間隔艦は大幅な見直しが必要だ。(朝日)

(川=17)のようにQが話し手の感情を表現する文や、(18=19)のように話し手の評価を表

現する文は∴話し手がある感情を抱いたりある評価をしたりする段階で常識や社会通念に

(6)

依存することもあるが、なんら依存せずに主観的に感情や評価を表現することができ得る。

そしてこういった話し手の感情や評価を表現した文臥少なくも常識や社会通念をもとに 導かれた「話し手の現状把握のあり方」という概念にあてはまらない。そこで本構で軋 後件Qは前件Pを根拠とするものでありPとQの関係を論理的な関係と捉える。論理的関 係であるがゆえに、Pを根掛こしてQで現実を観察したそのものを表現することができる。

倒)彼は毎朝走っている出藍、ぜんぜん息が乱れていない。

(21)東口ーマ時代からトルコ帝国時代にかけて、常に皇帝の宮城もしくは冬宮があっ た。(略)欧亜に威を振った国柄監吐に、方々の君主からの贈答品が多い。(逝記) (22)黒潮の洗う大王ケ崎の突掛こ立って、わたつみのかなたに"魂のふるさどがあ

るかのように感じた道空臥日本の盲動こくわしかった出生、すぐに記紀や一 万集動に出てくる枇が国、常国という言葉を思い出した。 伯本人)

また、花井(1桐などで否定的に議論されている疑問文にも、PとQの論理的関係の真偽 を問う文では用いられる。

(23)(名前椚三郎藍吐に三男なの?

(24)三重大学出身だ蛙鑑三重県出身なの?

しかしながら、北條(1989)、三掛1㈹1)、花井(19㈹、中尉19拍などで指摘されている ことだが、話し手が、現状把握のあり方をもとに行為要求する命令、依頼や意志などの表 郷ま現われない。

(細*雨が降っている出生、傘を持って行きなさい。

(25')雨が降っているから、傘を持って行きなさい。

(細‡辛がはなせない出藍、一掛こ持って行ってください。

(261)手がはなせないから、一掛こ持って行ってください。

(27)?先生が家庭訪問に来ている藍吐監、いい子でいよう。

(27')先生が家庭訪問に来ている.から、いい子でいよう。

(25川6=川の「だけに」を用いた文は不自然であるのに対して、「から」を用いた文は

相対的に自然なものである。性3)

(7)

ここで述べたことをまとめておく。これまで前件Pと後件Qの閑係臥常議や社会通念 という概念から導かれたもので、後件Qで話し手の現状把握のあり方を表わすと考えられ てきた。・しかしながら、常識や社会通念とは積棲的に関係せずに後件Qで、儲し手の感情 や評価を表現することができることから、後件Qは前件Pを根拠とするものでありPとQ

の関係を論理的な関係と捉えていることがわかった。論理的関係で据えていることから、

後件Qでは、話し手の感情、評価を表わすほかに、現実を観察し現実をそのまま述べたて ることや、その論理的関係の真偽を問うたりできた。しかし「だけに」の後件Qに臥命 令、依頼、意志といった表現はなじまなかった。

3.「だけに」と真偽判断のモダリテイ

「PだけにQ」において、Pは状態、属性、習慣を表わさなければならないという制約 があり、QはPとの論理的関係を表わしているものの、命令や依頼や意志といった表現が 現われない、ということが特徴であった。このような特徴は何に起因するのであろうか。

ここでは、この疑問に対する一つの解釈を施してみようと思う。

3.1「Pだ桝こ」と話し手の真偽判断

坂廣(1985)などで論究されていることだが、十般に理由文の場合前件あるいは後件の真 偽が真と判断されていなければならない。性4)

(28)A:ああ、眠い。

B:あまり寝ていないから、眠いのだろう。

(29)最近あまり寝ていないから、眠いだろう。

(28)において、Aがあまり寝ていないかどうかBは知っている必要Iまない。つまり、前件

「あ草り寝ていない」に関する話し手Bの真偽判断は虎留されている、と考えることがで きる。それを後件の「だろう」が表わしている。一方(細臥「憫き手綱眠い」かどう

か話し手はわからない、後件の真偽判断が保留されたものである。両文とも前件ないし後

件のどちらかが、話し手の真偽判断を保留した文で、そのことを後件の「だろう」が表わ

している。

(8)

¢1)

(2さ')A:ああ、眠い。

B:*あまり寝ていない出生、眠いのだろう。

(29')最近あまり寝ていない出藍、掛1だろう。

(2$')(29')が示しているように、「だけに」を用いた理由文の場合、前件が話し手の真偽 判断を保留した文である(28'=ま文として成立しない。しかしながら、ゝ後件が話し手の真 偽判断を保留した文である(汀=ま成立する。このことから、「Pだ桝こQ」という理由 文に臥「P」は話し手の真偽判断が真と判断されているものでなければならない、とい

う条件があることがわかる。また、「だけに」の前件Pの述語に真偽判断を保留した表現

「だろう」などの判断系のモダリティが「′⊥だろうだけに」や「〜らしいだけに」などの 表現で現われ得ないことからも、消極的ではあるが前件Pは真偽判断が真と既定されたも のでなければならないことがわかる。

また、逆に考えれば、後件Qは前件Pを根拠とするものでありPとQの関係を論理的な 関係と捉えていることから、Pを根拠とする以上、Pは真偽判断が真と既定されたもので なければならないといえる。真偽が未確定であるものを根拠とすることはPとQの論理的 関係をかすめることになるから、Pが断定保留する真偽判断の未確定な表現はなじまない と思われる。

3.2「〜だけにQ」と話し手の真偽判断

すでに観たように、「Q」すなわち後件は、話し手の真偽判断が保留されたものでもよ かった。ゆえに前章で概観したような「だろう」などの判断系のモダリティが現われるこ とがあった。また、坂原(1糊)で記されているように後件「Q」も前件「P」と同様、真 とみなされれば、「のだ」などをともなった表現となる。

(川A:ああ、眠い。

B:最近あまり寝ていない出藍、眠いんだよ。

(31)佑前がに郎出藍三男なの?(=23)

(32)当時私臥自分たちの国土や同胞、親兄弟を守るために戦っているのだから死を 覚悟しなければならないと考えていた。若さ故の思い込みもあったであろうが、

そういう意識が強かった藍担宝、死の恐怖もあまり強く感じないですんだのかも

しれない。(=5) 性き方)

(9)

¢幻

「だ桝こ」の前件Pは真偽判断が真と既定されたものでなければならなかった。一方後件 Q軋(川〜(32)からわかるように真偽判断が真と既定されていてもよいが、必ずしもそ

の必要はなく、真偽判断が保留されたものでもかまわないことがわかる。そこで後件Qは 真偽判断が関与する表現であればよい、と一応一般化できるのである。ここで一応と断っ

たの臥真偽判断と無縁の関係にあると言われている感情表現が既に観てきたように後件 Qに起こり得るからである。この点に関連して益岡(1日1)は次のように論究されている。

備考表出型と訴え型には真偽判断は関係しない。表現者の内面に存する情意を表す情 意表出型は、対象となる事柄が真なるものである他はないという意味において真偽判

断のありようは問蓮にならない。また、聞き手の行為を要求する訴え型臥真偽性と lま無縁の関係にある。 (益岡1的1p.1川

益同氏の「情意表出型」には感情表現、意志表現が含まれ、「訴え型」には命令表現、依 頼表現がそれぞれ含まれる。「Q」に話し手の真偽判断が関与することから、「真偽性と 無縁の関係にある」命令や依頼がなじまないことは説明できる。ここで問題となるの臥 情意表出型に属する意志表現軋「Pだ桝こQ」のrQ」に現われないのに対して、「情

けない」「辛い」「おもしろい」「つまらない」などの感情表現臥すでに観たように「

Q」に現われることである。

(33)監督がヒッチコック出生おもしろい。(=川) (34)監督がヒッチコック藍担監つまらない。(=17)

「情意表出型軋対象となる事柄が真なるものである他はないという意味において真偽判 断のありようは問題にならない」と益岡氏が述べておられるとおり情意表出表現そのもの に真偽判断は関与しないが、その対象が真であることが前提になっているという意味にお いて臥真偽判断が情意表出表郷こ関わっているともいえよう。

(拍?先生が家庭訪問に来ている迅宣宝、いい子でいよう。■(=摘 (摘 先生が家庭訪問に来ている劫宝、いい子でいようっと。

後件Pに情意表出型に属する意志表現が現われた場合も、(35)のように対話性の解釈を許

(10)

¢3)

す文は不安定であるのに対して、(細のように非対話性の解釈、つまり独話と解釈できる 文はその許容度が上がるようである。(注8)ここで確認しておきたいことは、rだ桝こ」の 後件Qも前件Pと同様真偽判断が関与しなければならない、ということである。しかしこ の関与のあり方は、前件Pが必ず真という既定の真偽判断でなければならないという制約 があるのに対して、後件Qの場合は、真偽判断が真と既定されていようが、判断系のモダ リティに代表される真偽の断定保留という未確定のものでもかまわない。

4.おわりに

本稿では「Pだ桝こQ」において、まずPとQの特徴を概観した。その括果、Pは状態

ないし属性ないし習慣を表わすという特徴があり、一回的出来事は現われることがなかっ た。一方Qには命令表現、依頼表現は現われ得ないが感情表現、疑問表現などは現われ得 た。これはPとQの関係が常識や社会通念によって結び付けられるものではなく、論理的

関係によるものであることが起因していた。また、Pを根拠としてQを論理的に結びっけ

るというものであるため、PはQの根拠となり得るべく真偽判断が真と既定されたもので

なければならなかった。これに対して、QはPを根拠に論理的関係を示すものであるため、

真偽判断が関与する必要はあったが、その真偽の既定および未確定にいての制約旺なかっ た。ただし、意志表現の場合は非対話性のものにはこの制約があると考えられるが、対話 性のもの、つまり聞き手に自分の意志を伝達するものにはこの制約め有無に関わらず、文 として不自然な表郷こなる。

「から」「ので」と「だ桝こ」の逢いについてはさまざまな観点からの分析が必要であ り、明確な結論を示すことは今後の課題であるが、少なくとも「Pだ捌こQ」については 上述のようなPおよぴQに対しての軸約があることは指据できよう。このような制約があ ることが、原因・理由を表わす「だ捌こ」の用法を「から」「ので」の各用法よりも限ら れたものにしていると思われる。

【注】

姓い 原因・理由服地の「だ桝こ」とこ格の要素を取り立てた「だ捌こ」の連関につ

いては三枝(1991)を参爬されたい。なお本稿では「から」「ので」の差異について

は便宜上考慮していない。この二掛こついては田窪(198りや南(1M)、益岡(1M)

(11)

などで文の階層構造の面から論考されており、また岩崎(1995)に従来の研究、課題 など要点が述べられている。

(注2)このように動詞述番の場合、動詞の種類やテンス・アスペクトの問潅が大きく関

与していること酎1なめない。また、ここで示したような状態や属性や習慣といっ たことと、一回的出来事の区別がどこまで妥当性のあるものなのか、という問題も ある。これらのことは今後の成果に期したい。

(注3)「ので」は「からJと違って、後件に命令や依頼や意志などの表現が現われない という指摘があること臥周知のとおりである。この点に関しても岩崎(1995)に詳 しい論考がある。

性4)坂原(1M)では「理由文の基底に条件文がある」(p.1細ことを論究なさってい る。詳細は坂原(1985)を参照されたい。

(注5)対話性の意志表現が不安定なのに対して、なぜ非対話性の意志表現が相対的に安 定するのか、ということについては今後、文の階層構造などとの関係からの検討が 必要である。

十参考文献】

岩崎 卓(1995)「ノデとカラー原因・理由を表す接続助帝‑」宮島達夫、仁田義社編一日 本語類義表現の文法作)複文・達文鳶引くろしお出版

北條淳子(1捌)「複文文型」F談話の研究と教育Ⅱj大歳省印刷局

三枝令子(冊1)イ.Fだ捌こ』の分析」一言帯文化J椚号.一梼大学者学研究室 坂原 茂(19細F日常言常の推論j東京大学出版会

阻窪行則(19細「統語構造と文脈債乳 用本番学H別巻剃号 明治書院

中島孝幸(1995)rダケニとダケアッテ一遍念依存の形式r」宮島達夫、仁田義雄編F日本 語類義表現の文法(下)複文・達文割くろしお出版

花井 裕(1993)「原因理由をあらわすFばかりにjとrだ捌こjの表現機能」r平成五年 度日本語教育学会秋季大会予稿集』

益岡隆志(1991)Fモダリティの文法jくろしお出版

‑(1993)「原周・理由鮨と文の概念レベル」未公刊資料

南不二男(1993)喝代日本番文法の輪凱大修館書店

(12)

【用例を引用した資料】

(変る)遠藤周作一変るものと変らぬものj 文春文庫 (沸上)鴻上尚史F鴻上夕日堂の逆山 新潮文庫 伯本人)牧田 茂F日本人の一勘 講談社学術文庫 (遊謁 宮崎市定F西アジア速記j 中公文庫

(生き方)新潮舶編集部編F死ぬための生き加 新潮文庫 (プキミ)日本ペンクラブ編rブキミな人びとj 福武文庫 働日)F朝日新聞jl的挿11月銅日

儀戴 l読売新開Jl州昨4月1柑

(プレタボルテ)けレタボルテLパンフレット 日本ヘラルド映画株式会社 (トリコロールトFトリコロール/青の愛伯の愛/赤の愛Lパンフレット

8unlam…

【附記】

本稿をなすにあたって、益岡隆志先生、中島孝幸先生にご教示、ご助言いただいた。そ のご好意に対して、ここで感謝の意を表わしたい。

[大阪外国語大学留学生センター(非常勤)教貞、1993年3月卒業]

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