﹁国語科の基底構造部﹂考 ㈲
i日本語の文章・文体にかかわる
基底構造部の要素ー
一︑ 山 口 康 子
本稿は︑昭和五八年来︑﹁長崎大学教育学部教科教育学研究報告﹂
に︑第六号以降連載している︑国語科の内容精選のための一連の
試論の一環である︒私は︑国語科の授業が︑母語教育という︑義
務教育課程の中でもっとも基本的な部分を担うものでありながら︑ ハ レその内容さえ明確でない現状を憂え︑国語科の授業内容を二重構
パ い レ パ ヰ レ パ い レ造としてとらえて︑その具体的な内容について︑音・文字・語
ハ ハ レ ハ レ彙・文法の各要素に関して考えてきた︒昨年度は︑筆者の中国吉
林大学出講のため中断したが︑昭和六三年三月発行の本誌第十一
号掲載の1文法にかかわる要素ーに続き︑文章・文体にかかわる
要素について考える︒ ハ レ 私は前掲拙稿において言語生活に必要な具体的な言語能力を要
素に分析し︑基底構造部に据えるべき諸要素の構造を下段・図1
のように構築した︒相互に関連し合うこれらの要素を︑児童生徒
の発達段階に応じて義務教育課程九年間に配分して十全な習得を
はかり︑社会生活に必要な言語能力の育成にあたろうというもの
である︒その考えの根底には︑言語生活に必要な要素・能力を︑
下段・図Hのように分析しているという言語行為に対する認識が 図1
\ キキカタ﹀⊥ヨミカタ ↓ ↓
囚出図の國一﹀i︿協用圃協
話法 表記法 F G カンガエカタ =オモイカタ /
︵文章記述法︶A剣 B 現代語音音韻 現代語文字ー文字
財 \ 品詞睡語彙 ↑ H
語文の成分と種類U文法 文 敬語法 文章
D ↑︵文章表現法︶E 文章の構造文章・文体
図H︵注7︶
L︵聴音︶
2発音・話法
歌文字・表記記号
4表記法 ︑榊5︵感受性︶
&︵論理性︶ Y白嚢現Y文字表現 音韻語彙・文法・文章・文体・敬語文字
Y︵思考能力︶i︵総合能力・統括能力︶
長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第一四号
ある︒ 右の口頭表現・文字表現のいずれにもかかわるものとして︑文
章・文体に関する基底構造部の要素を具体的に整理することが本
稿の目的である︒
二︑
構造図・図1の中に組みこんだA〜Hの各要素については︑既 ハ ハ レにその概念を前稿において規定している︒本稿の対象となるのは︑
E文章の構造文章・文体︑及びH敬語︑の二項で︑次のとおり
に現定した︒
E文章の構造文章・文体
韻文・散文の別︑更に叙事文・浮情文の別をとり扱い︑感性
に訴える文と理性に訴える文があることを考えさせる︒又︑
基本的な修辞法−比喩法・対句法・擬人法などについて理解
させたい︒
H敬語法 日本語の敬語法は︑言語活動全体をおおうもので︑語彙にも
文にも文章にもかかわり︑話法にも文章表現法にも関係する︒
言語表現における基本的な姿勢といえるもので︑これも基本
項目として︑全体とかかわりながら取り扱われなければなら
ない︒
右は大まかな概要・とらえ方の姿勢を示したものであるから︑
更に具体的な内容を示さなければ実際的でない︒とりわけ文章・
文体については︑言語要素としての性格を規定しにくく︑定義そ
二
のものさえ確かではない︒項目としても︑文章と文体の二項目を
まとめて取り扱うことの必然性も明らかにする必要があろう︒
三︑
文章といい︑文体という時︑それは一体︑何を指しているのだ
りろうか︒前稿までに扱った音・文字・語彙・文法に比して︑総体
的な概念であって︑対象自体が明確にしにくいところがある︒ま
ずこの両者の定義を考えてみる︒文体に比し︑文章は︑その概念
規定において幾分明確である︒文章とは︑文の集合である︒勿論︑
一語によって成立する文一語文があり得るように︑一文によっ
て成立する文章も又存在する︒例えば︑大かたの俳句は︑一文に つれなくよって一文章が成立するよい例であろう︒﹁あかくと日は難面も
あきの風﹂︵芭蕉︶は一文であって同時に一つの表現世界を構築す
る文章でもある︒勿論︑俳句十七文字も︑必ずしも一文と限るわ
けではなく︑﹁塚も動け我泣声は秋の風﹂︵芭蕉︶の如く二文や﹁秋
涼し手毎にむけや瓜茄子﹂︵芭蕉︶の如く三文によって構成される
場合も多い︒
一つの文は一つの事柄を述べるが︑文章は複数の︵特殊な場合
として一つの︶文が集合して︑一つのまとまった内容を構成して
いるものを指す︒その媒体が音声であっても文字であっても︑複
数の文の集合体を文章というべきであるが︑︸般には文字を媒体
とする文字表現に関して用いられることが多い︒文自体が語の継
起的連続体として存在するが︑その集合体である文章は︑そうい
う性格を持つ文の継起的連続体である︒現実の言語生活において
は︑基本的にはすべて文章の形で存在する︒一語文というものが
特殊な場合にしか存在しないように︑一文から成る文章も普通存
在しにくい︒現実にもっとも実際的な言語表現は文章の形で提供
されているが︑それだけに文章は︑構成要素たる文の性格にも増
して複雑な形で存在している︒
文章を研究対象として分類整理しようという試みは︑はやく空
海の﹃文鏡秘府論﹄以来︑近世においては国学者の手によってしばしばなされて来た︒本来︑文字そのものを中国に依拠している
日本においては︑文章というのは漢文であると考え︑漢文を正式
の文章として重んじる長い伝統がある︒文章研究は主として漢文
を対象とし︑それを規範として進められてきた︒言語としての性
格を異にする中国語のための表記手段−漢字1をもって日本語を
表記するという無理の中から生まれた和漢混清の表記形式は︑そ
れなりに和漢混清の文章を生み出した︒日本語においては︑表記
形式と文章の性格の関連性がきわめて高いので︑義務教育課程に
おいても︑その事実を習得させることがのぞましいと思われる︒ 文章は規定することはむしろ容易である︒文の集合という形で︑
文法概念の範疇でさえとらえられる︒しかし︑具体的に文章を対
象に整理類型化をすすめるとなれば︑たちまちに文体の問題と関
わってくるのである︒
文体は確かに存在するが︑その規定は難かしく︑実に複雑な要
素を持っている︒文の連続体としての文章は︑全体として一つの
内容統一された観念世界をあらわすほかに︑感性に訴えかける
表現体としての力を持つ︒勿論両者は連動していて分離しがたい
が︑どの文章もそれぞれ独特の雰囲気と特徴を持つことは否めな
い︒この文章表現の特徴を文体と称する︒文章と文体を切り離せ
ないものとして同一項目で取り扱うゆえんである︒
ところでこの文体のとらえ方は︑現状︑実にさまざまな視点が
﹁国語科の基底構造部﹂考
(五)
考えられ︑この名称のもとに種々雑多な要素を抱えこんでいるの
が実態である︒前述︑表記形式の相違による文章の印象の違いも
又︑文体として説かれている︒その他︑作家の個性的な特色︑作
品ジャンルによる差︑文章叙述の態度や目的・様式的特色・言語
主体の発想の類型分類・時代的特徴の典型化・修辞法の価値判断 パ レまでも及んでいる︒これら各種の視点は︑二大別することが一応
は可能であろう︒一は文章の表現類型であり︑一は個別の文章の パ レ特徴である︒ピエール・ギローの﹃文体論﹄の用語を借りれば﹁表
現の文体論﹂と﹁個人の文体論﹂であるが︑この著作の初版刊行
の一九五四年当時以来︑文体の認識の面では大きな進展はみられ
ない︒ いずれにしてもこの項目においては︑ごく基本的な部分を除き︑
国語科教育の上層構造部の中でとらえられるべき性格のものと考
える︒文章の構成法・文体認識の類型化などの重要な問題につい
て︑まだ研究が進んでいない現状もあわせ考え︑ここでは︑文章・
文体を一括して︑基底構造部に取り入れるべき基本項目を挙げる︒
四︑
基底構造部におくべき文章・文体の要素は多くはない︒大きく
次の三項目にかかわるもので十分であろう︒
1 文章の種類−詩歌・小説・説明文・論説文など︑作品ジャ
ンルにかかわる項目︒
H 文章の態度ー普通体︵常体︶・丁寧体︵敬体︶など︑敬語法
にかかわる項目︒
m 文章の技巧ー比喩法・擬人法・対句法・倒置法など︑修辞
法にかかわる項目︒
三
長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第一四号
以下︑各項目を略述したい︒
1 文章の種類
oり詩︑ω俳句︑@短歌︑@随筆︵感想文︶︑㈲小説︵物語︶︑
㈲戯曲︑㈲説明文︵報道文・記録文︶︑@論説文︵意見文︶︑㈲
書簡文︵手紙文︶について︑それぞれの文章的な特色を理解・
感得させる︒特に︑文章のリズムについて感知する力をつけた
い︒七五調及び五七調の韻律は日本語の表現の基調であるが︑
現代日本語においては︑必ずしも詩歌が韻文で書かれるとは限
らない︒形式的な韻文・散文の区別ではなく︑日本語のことば
の中にあるリズムを感じとらせたい︒そのために具体的には音
読の習慣を養うことを重視したいが︑具体的な指導体系につい
ては別に考えることにする︒
H 文章の態度 のダ体︑ωデアル体︑⑰デス体︑ωマス体について︑それぞ
れ表現主体が︑理解主体に対する態度を表明しているものであ
ることを︑理解させる︒このことは日本語の敬語表現の基本で
あるから︑基底構造部において取り扱い︑文体の統一の必要性
を認識させたい︒
皿 文章の技巧
Gり比喩法︑ω擬人法︑㈲対句法︑口倒置法︑㈲反復法︑㈲擬
音擬態︵オノマトペ︶についてその技巧の実態とそれがもたら
す表現効果について着目させる︒これらの修辞について敏感に
反応する言語感覚を身につけさせたい︒
五︑
以上︑国語科の基底構造部のうち︑文章・文体にかかわる事項 四を列挙した︒この事項の大半は上層構造部において取り扱う︒ういう考え方自体についてもご意見・ご批正を乞いたい︒
注
こ
1︑拙稿ω﹁﹃国語の授業﹄管見−国語科では何を教えるべきなのかー﹂︵﹁長
崎大学教育学部教科教育学研究報告﹂第六号︑昭五八・三︶
2︑拙稿⑭﹁﹃国語科の二重構造性﹄試論i特に基底構造部についてー﹂︵﹁長
崎大学教育学部教科教育学研究報告﹂第七号︑昭五九・三︶
3︑拙稿㈹﹁﹃国語科の基底構造部﹄考el日本語の音にかかわる基底構造部
の要素ー﹂︵﹁長崎大学教育学部教科教育学研究報告﹂第八号︑昭六〇・三︶
4︑拙稿㈲﹁﹃国語科の基底構造部﹄考口−日本語の文字にかかわる基底構造
部の要素ー﹂︵﹁長崎大学教育学部教科教育学研究報告﹂第九号︑昭六一・
三︶5︑拙稿⑤﹁﹃国語科の基底構造部﹄考日−日本語の語彙にかかわる基底構造
部の要素1﹂︵﹁長崎大学教育学部教科教育学研究報告﹂第一〇号︑昭六二・
三︶6︑拙稿㈲﹁﹃国語科の基底構造部﹄考四−日本語の文法にかかわる基底構造
部の要素1﹂︵﹁長崎大学教育学部教科教育学研究報告﹂第十一号︑昭六三・
三︶7︑図Hにおいて︵︶に入れた部分は︑具体的な言表行為ではないので︑
直接的に﹁言語﹂の形で具体化することはできない︒しかし言表行為の実
質である言語そのものの質としてあらわれ︑磨き高めることは可能でもあ
り必要でもある︒注2拙稿参照︒
8︑各種辞典類︵例えば﹃国語学大辞典﹄など︶にみられる文体分類の基準
はいちぢるしい数にのぼる︒
9︑﹃文体論1ことばのスタイルー﹂佐藤信夫訳︑白水社︒
︵平成元年10月31日受理︶